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回復魔法を極めたら1

 その男は勇者と呼ばれる異世界からの召喚者の一人だった。
日本と呼ばれる国のごく平凡な家庭で産まれ、十五年余りを過ごした時異世界にクラスごと召喚された。

「勇者様方、世界を救うために魔王を討伐して欲しい……」

 王の願いに対してこう答えた。

「元の世界に帰られるのなら……」と。

 武芸に魔術と一年余りの時間をかけ基礎的な戦い方を学び、犠牲者を出しつつも魔王軍の幹部を打ち破り、遂に魔王を討取った。
 しかし戦いは終わらない。

 魔王と言う共通の敵を失った人類は、やがて人類同士で戦争を始め勇者達は魔族に向けていた刃を人間に向けるようになった。

 戦乱も落ち着いた頃。
 勇者達の多くは、所帯を持ち元の世界に帰る事を諦めた者が多かった。
 しかし俺を含めた一部の人間は違った。
 クラスメイトで友人の家を旅に行く前に立ち寄っっていた。

「佐藤、お前本当に行くのか?」

 男の腕には小さな子供が抱き抱えられている。
 彼によく似ている。

「ああ……お前も両親にその子を見せたいだろ?」

「それはそうだけど俺はもう諦めたんだ……」

「俺はお前と違って妻も居ないからな俺ぐらい足掻いてもいいだろ?」

「……」

「これで最後にするつもりだ。戻らなかったら死んだものと思ってくれ……」

「……判ったそん時はお前の墓は立ててやるよ。『世界を救いし愚か者。|佐藤一郎《サトウイチロー》ここに眠る』ってな……」

「なら戻ってこないといけないようだな……」

 こうして夜通し騒いだ後、遺跡へ足を運んだ。







 護衛に雇った冒険者は道中で全員死んだ。助けることも出来なかった。
 勇者と言えども老いには勝てなかった。
 鞄も壊れ、三日三晩何も食べていない。
 病に掛かったのか不思議と身体に力が入らない。

「神代の遺跡……」

 超古代文明と呼ばれる時代の遺跡に、一縷の望みをかけて遺跡中部に潜入した。
 遺跡の壁には多くの壁画が残されていた。
 創生神話や権力者を讃えるもの、彩色されていたと思われるものの長い年月のせいか色褪せている。

 中央に祭られた白亜の女神像ぐらいしか運びさせるものもない。
 つまり帰還に繋がるものはない。
 考古学的な価値意外何もないのだ……。

「ここもだめか……」

 日本へ帰りたい。ただそれだけの願いのために、女や所帯を持つといった心の重しを遠ざけて今まで生きて来た。

 帰れないと判っていたのなら、友人のように心休まる家族を作りたかった。家族を置いていくなんて無責任な真似をしないために避けて来たモノが急に恋しくなった。

「帰えろう……」

 しかし足がもつれバタリと、石造りの祭壇に倒れてしまう。
 立ち上がろうとするも、足に力が入らない。
 餓死……不意にそんな言葉が脳裏を過った。
 まだ死ねない。と言う思いよりもこれで自由になれると言う安堵の方が強かった。

「すまん加藤……約束守れそうにない。神様、仏様もし願いを叶えて下さるのならもう一度人生をやり直させて下さい」

 力の入っていない掠れた声で信じてない神に乞い願う。
 人間最後に頼るのは超常の存在と言うことだろうか? 渇いた笑いが漏れる。
 さっきまで冷たいとすら感じていた石に触れている体の感覚が無くって来た。

 気っともうすぐ意識を失って死ぬのだろう。
 誰も訪れる事の無い果ての遺跡で……俺の死体を見つけてくれるのは何百年後だろうか?
 薄れゆく意識の中で過去の想いでが蘇る。
 その時俺はこの世界で所帯を持たなかった理由《わけ》に気が付いた。

 怖かったのだ。
 他人の人生に責任が持てなくて、だから日本に帰るなんて無茶な方便を選んだ。
 きっと皆判っていた。
 でも口にしなかったその理由《わけ》に死に際で気が付いた。

 でももう遅い……
 流れる涙はもうない。
 掠れた小さな声で叫んだ。

「無駄にした人生をやり直したい。暖かな家庭を築いて幸せに生きたい……」

刹那。

 白亜の女神象が金色に煌めいた。

『魔王を倒し勇者と呼ばれし異界からの客人よ。女神の名において汝の願いを叶えよう』

 こうして勇者と呼ばれた男は、誰も知らない遺跡で息絶えた。

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