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『アイデア置き場』のエピソード「 」の下書きプレビュー

アイデア置き場

 

作者
クファンジャル_CF
このエピソードの文字数
3,556文字
このエピソードの最終更新日時
2018年7月1日 06:25

どこまでも続く湿原だった。

人の背丈よりも高い草が生い茂り、油断すれば泥沼や藪蚊、悪霊にすら襲われる危険な土地である。草むらを掻き分けた先で巨獣とばったり、という事例も珍しいものではない。時に、地元の狩人ですら犠牲となった。

そんな土地を自在に行き来する術はただひとつ。

ゆったりと草を掻き分けていく巨体があった。

灰に染まった砂礫の肌を持ち、柱のごとき脚で体を支え、縄のごとき尾で蟲を追い払い、刀剣のごとき牙を備え、翼のごとき耳を持ち、そしてとてつもなく長い鼻を備えたそいつの名をエレファント

象使いと呼ばれるひとびとのみが使役できる怪物である。

湿原のほとんどの生物よりも巨大なこの獣の背に揺られている限り、危険に遭遇することはまずない。昼間であれば、という条件が付くが。水竜ウォータードラゴンですらこの怪物を獲物に選ぶのは躊躇うほどだった。

「わぁ……」

感嘆の声を上げたのは少女である。彼女は貸し与えられた着衣と草を編んだブーツに身を固め、少年の腰にしがみつきながら周囲を見回していた。

対する少年は、己の跨る象の鞍。その手もたれの部分に両手を添えている。象の背は、大人四人が跨がれるほどに広い。されど今乗っているのは象使いの若者を含む三名のみだった。

「若ぁ!待ってくだされ、先々行かれては困りますぞぉ!」

後方より追ってきたのはこれまた象に乗った禿頭の戦士である。彼に急かされた象使いは「勘弁してください…」とたじたじしていた。この巨獣、よほどのことがなければ走らせるべきではないのだ。象使いにとって象は大切な財産である。足腰に負担がかかることは避けたい。

「ははっ!そんなに叫ぶと、獣が皆逃げてしまうぞ!」

「若ぁ!」

戦士をからかい終えると周囲を見回す少年。果たして、目当てのものは―――いた。

草むらの向こう。象の背という高所でなければ発見できぬであろうが、それでも十分な巨体。白く分厚い鎧のごとき肌と角、発達した体躯を備える巨獣の小さな群れ。

さいと呼ばれるこの獣たちは、のんびりと草を食んでいる。うちの何頭かは、背に鳥を乗せていた。寄生虫を餌とする彼らは犀と共生関係にあるのだ。

「見てみよ」

言われた少女は視線を向け、目を丸くする。

「凄い……」

その様子に少年は、連れてきてよかった。と思った。昨夜、月を目にしたときからの少女は混乱し、憔悴し、見るからにやつれていたから。少しでも元気を取り戻してくれれば。

彼女ともう少し意志疎通できるようになれば、近くの集落に連れていくのもよかろう。その頃には素性も知れているはずだった。

それにしても。

この少女は一体何者なのだろう。大陸全土で用いられている言語は、変遷こそあるものの根本的に同一のものである。少なくとも、人の類の間で用いられているものは。なのに言葉が通じないとは。そして、見たこともないような計数法。驚くほど精緻な未知の布。構造すら分からぬ魔法の品々。極めつけは、月を。世界中どこからでも見える、月神の姿を昨夜初めて見たかのような様子。

―――まるで、この世の者ではないかのようだ。

考えを振り払う。少女は紛れもない人間である。そんなことはあるはずもない。

もの思いにふける少年。

彼は、だから気が付かなかった。今まさしく、自分たちへと向けられている監視の目に。


  ◇


悩ましい。

少年らを監視する者たち。そのチーフの正直な気持ちであった。

眼前を行くのはニンゲンに操られた巨獣ども。乗っている者を殺すのは造作もないが、そうなれば操り手を失った象が暴れ出すであろう。しかも、相手は二騎。万一、どちらかにでも逃げられれば大変な事となる。我々の存在が集落のニンゲンどもに知られてしまうのだ。後々のことを考えればそれは避けたい。

―――よし。殺そう。

略奪の魅力と危険とを天秤に乗せた彼は、決断した。二騎を同時に始末するのだ。身振りで手勢へと指示を下す。敵は何も知らずに寄ってくる。後は見つからぬよう祈るのみ。もっとも、今は太陽神が支配している時間。チーフたちが信奉する、闇の神々は眠りに就いているが。まあ問題あるまい。背の高い草むらが、の姿を隠し通してくれよう。

そのはずであったが。

手下の一匹。そ奴の表情が極度に強張っていることにチーフは気が付き、次いで事態の深刻さに愕然とした。手下の体に絡みつき、するすると昇って行くのは毒蛇。分泌するのは、噛まれればあの世行き間違いなしの猛毒である。助けを求めるようにこちらを見る手下へ、身振り手振りで動くな!と伝えはしたものの、もちろん蛇がこちらの事情など斟酌しんしゃくしてくれるはずもない。

張り詰めた空気。限界はすぐに訪れた。

恐怖に耐えかねた手下が、絶叫を上げたのである。同時に、驚くべき素早さで毒蛇はそいつをひと噛み。もはや助かるまい。

だが、チーフにはそんなことに構っている余裕などなかった。眼前の、より深刻な脅威に対処せねばならなくなったからである。気付かれた!!

もはや猶予はない。

―――殺せ!!

手下どもに攻撃を命じたチーフは、自らも咆哮とともに飛び出した。


  ◇


―――WWWWWWWVVVVVVUUUUOOOOOOOOOOOOO!!


異様な叫び声が響いた時、少女はびくっと身を震わせた。驚くほど近くから、それは聞こえてきたから。

続く咆哮に目を向けた彼女は、今度こそ恐怖で身をすくませることとなった。何故ならば草むらから現れたのは、手に手に粗末な石槍や弓矢を携えあるいは投石紐スリングを振り回した、醜悪な小人たちだったから。黄土色の肌に折れた鼻を備え、みすぼらしい皮を身に付けたそいつらは全体としては人の形をしてこそいたが、しかし人間でないのは明らかだった。こんな人間などいるはずがない!!

小鬼ゴブリン。闇の神々を奉じる邪悪なる怪物どもを少女は初めて目の当たりにしたのである。

ときの声を上げ、こちらに突っ込んで来る十数という敵勢。殺される!

飛来する矢弾は、随分とゆっくりに見えた。

もう駄目か。目を閉じた少女の耳に入り込んできたのは少年の言葉。まるで祈りを捧げるかのような、しかし力強いそれが響き渡り。

―――何も、起きない?

恐る恐るまなこを開いた少女は、今度は驚愕にそれを一杯まで広げることとなった。

何故ならば、幾つもの矢や石礫いしつぶてが、空中にしていたからである。

"魔法の盾マジックシールド"と呼ばれる守りの秘術。この世の理と魔法の秘密に触れた者のみに振るうことが許される力の行使だった。

「嘘……」

少女が呆然としている間にも、眼前のは動き出す。

「じい!!」

「はっ!!」

聞こえた叫びに振り返ってみれば、こちらへと突っ込んで来るもう一頭の象。それを操る象使いの後ろですっく、と立ち上がった禿頭の老人は、手にした槍を振りかぶると無造作に投じる。

それは、迫りつつある敵勢。うちの一匹を貫通し、勢い止まらず二匹目を大地へと縫い付けた。恐るべき強力ごうりきである。

怪物どもの軍勢が、明らかにひるんだ。

それで終わりではない。

突進する象の背中より、老人が飛び降りた。


  ◇


―――油断した!

禿頭の戦士は痛恨の思いだった。こうも近くに闇の種族が迫っていたとは!

とはいえ運はこちらにある。少なくともまだ、死人がいない。太陽神のご加護であろう。

だから、戦士は祈りを捧げると、敵勢へと飛び掛かった。そう。疾駆する象の巨体から、飛び降りたのである。

爪先より着地、勢いのままに体ごと回転して衝撃を吸収し、小鬼ゴブリンの一匹へとぶつかっていく。

五点着地。即ち爪先。すね。尻。背中。そして肩の順に衝撃を分散する高度な受け身だった。

突っ込んで来る象を回避した小鬼ゴブリンも、まさか空中から人間が襲ってくるとは思っていなかったらしい。面食らっている脳天に強烈な鉄拳を喰らい、眼球を飛び出させて絶命する。

投げた槍の代わりに石槍を奪い取った戦士は、そのまま踏み込んだ。

狙いは敵首領。目星はすぐついた。他の小鬼ゴブリンの倍以上の体格。人間にも匹敵する、否、逞しい人間以上に屈強な大小鬼ホブゴブリンへと、禿頭の戦士は斬りかかった。


  ◇


―――なんということだ!!

小鬼ゴブリンたちのチーフたる大小鬼ホブゴブリン。すなわち小鬼頭ゴブリンチーフは、振り下ろされた槍を捌くので精一杯だった。こちらは盾と鉄の槍だというのに、相手の石槍に手も足も出ないのだ!

後退する。押し込まれる。このままではやられる!

だから、小鬼頭ゴブリンチーフは手下を使うこととした。下がった先にいたそいつを、敵に向けて蹴り飛ばしたのだ。

串刺しとなる手下。石槍が封じられる。そこへ踏み込む。

―――俺の勝ちだ!!

結論から言ってしまえば、甘い考えだった。

戦士はあっさりと、武器を手放した。どころか突き込まれたこちらの槍を紙一重で回避し、つかみ取ったではないか。

引っ張られる。崩れる小鬼頭ゴブリンチーフの姿勢。そこへ、強烈な鉄拳が襲い掛かった。揺さぶられる脳。意識が遠くなる。首に剛腕が絡みつく。

自らの頸骨が破壊される音を聞きながら、小鬼頭ゴブリンチーフは意識を喪失していった。

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アイデア置き場
作者
クファンジャル_CF
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