最*強|も最:弱もハ|ー-レ:ムもない少年ジャンプ系バトルモノ
DAYBREAK FRONTLINE 第2話
- 作者
- ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ
- このエピソードの文字数
- 19,214文字
- このエピソードの最終更新日時
- 2020年2月11日 18:40
「さて…じゃあ一緒に逃げるのはOKとして。
なんで佐野木くんが狙われてるのかとか、なんでぼくまで危険なのかとか、色々と説明してほしいんだけど――――――」
夜十一時。
屋上の貯水タンクの陰で、二人膝を抱えて相談中。
「……………」
佐野木くんは目を伏せるだけ。そわそわ、ぼくは落ち着かない。
「頼むよ。ぼくだって死にたくないんだ」
畳み掛ければ、やっと重い口が開いた。
「……………………簡潔に言うと」
「うん」
「オレは所属機関の命令で、とある科学者からとあるモノを盗んだ。
科学者は奪還のため刺客を雇った。刺客には
1・オレを殺してモノを奪還すること
2・秘密漏洩防止のためにオレと関わった人間は全て消すこと
の命令が下った」
「え?」
「オレのために救急車を呼び、病院まで付き添ったアンタは、2に抵触したと思われる」
「待って」
「よってアンタも逃げなくてはならない」
「とばっちりじゃねーか!!」
おま…おまえ、ふざけんなよ!!助けたぼくがバカみたいじゃねーか!!
「100%おまえが悪い!!そりゃあちらさんも怒るわ!!機材一つ、書類一枚の紛失が学者人生に関わるんだぞ?!」
「そうか」
「盗んだモノ返してやれよ、かわいそうに!ぼくも一緒に謝ってやるから。な?」
「不可能だ」
「嘘だろ……」
「謝罪する」
「言う相手、間違えてない?ぼくじゃなくて科学者にだよね?」
「………………」
「何盗んだのさ…」
「秘匿する」
「……………おまえなぁ…」
頭をボリボリ掻いて考える。
(状況だけ聞けば、100%こいつが悪いけど…)
もしかしたら、悪の組織から殺人ウイルスを盗んだとか、そんなオチかもしれない。うん、そうだ。きっとそう。そうに違いない。そうであってくれ。
「確認します。ぼくは君と逃げる必要がある」
「ああ」
「理由は、佐野木くんが科学者からとあるモノを盗んだから。佐野木くんに関わったぼくも命を狙われる」
「ああ」
「逃げないと死ぬ」
「ああ」
「……えー…もうちょっと事情を根掘り葉掘り聞きたいんですが、横に置いておいて」
よっこらしょと左から右へ手を横に置く。
「先に指針決めないとやばめな香りしますね。これからどうする」
「アンタの電子端末を貰う」
「何するの?」
「検索する」
「おっ、いいね。今日のホテルでも探すか」
佐野木くんは端末を手に取り、京都の地理を調べ始めた。京都のバスとか。地下鉄とか。そこに至るまでの道筋とか。
「京都行くの?かなり遠いね」
「いや」
「じゃあなんで――――――」
電子端末を掌の上に置く。
そして、端末を燃やした。
「は?」
ボッと。音を立てて、掌に火柱が上がった。
ぼくの端末は一瞬でガラクタに成り下がった。もう復元は無理だろう。
「なにしてんだ貴様ァアアッ!??!」
悲鳴。思わず掴む胸ぐら。
『どうやって燃えた』より『何故燃やした』が先行した。だって血の剣やら大跳躍やら見てるし、体から炎が出てもイマサラっていうか…。
「端末がありゃなんでもできんだろうが!!駅探!!ホテル探し!!友達への連絡!!なんで燃やした!!」
「GPS」
「あ?」
「GPS探知されないためだ」
……………ぼくは黙って、胸ぐらを掴んでいた手を下ろした。
「…怒鳴ってごめんなさい」
「別に」
「でもぼくの持ち物に何かする時は、一言いれてほしいな。うん。びっくりしちゃうから…」
「了承した」
無表情。感情の起伏がほぼゼロ。何なん?融通の利かないロボットなの?
(本当にわかってるかなあ…)
佐野木くんってちょっと言葉が少なすぎる…っていうか、大変機械的だから少し心配になる。
「これからどうしよっか」
「休める場所を探す」
「京都はいいの?」
先ほど、京都を調べてたのに。
「アンタのアカウントに検索履歴を残したかっただけだからいい」
「ふうん…?なんでそんなことを?」
「アンタのアカウントが特定された際の
逆手に取って目晦ましをしたかった。
小細工で撒けるとは思えないが、追跡リソースを削れる」
「敵、そんなことできんの…?」
「正確には追跡スキルを持ってるのは京楽ではなくデフラグだが。
だが
「待て。いきなり登場人物増やすな。デフラグって誰?ぼく、その人と会った?」
「情報屋。推定二十代の男。京楽のビジネスパートナー。アンタは会ってないはずだ」
「えーと、キョーラクって…」
「刺客。赤茶色の髪に赤い目をした女」
「ああ。佐野木くんと因縁がありそうな彼女…?あの、機関銃ブッ放してきた緑の巨人連れてた…8号機とかって呼ばれてた…」
「ああ」
「あの巨人がデフラグじゃないんだ?」
「ああ」
「…………じゃあ、アレ何?」
「京楽の雇い主である科学者の…………。………。部下だ」
「そっかぁ、部下か〜。えー…。緑の肌だったし、腕がサイコガンになってたしで、どう見ても人間じゃなかったんだけど………」
「ああ」
「あまり知りすぎると、日常生活送れなくなるアレかな」
「ああ」
「緑サイコガン機関銃巨人がいた気がするけど、ほうれん草を食べ過ぎただけの人間なんだね。わあ、個性強い職場〜」
巨人の機関銃を思い出す。改めて思うけど、アレから逃げなくちゃいけないのかあ…。そっかぁ…。
佐野木くん曰く『一週間以内にケリを付ける』とのことなので、まあ…うん。きっと多分大丈夫だと思いたい。
「じゃあ敵を纏めます。京楽って女子と、デフラグっていう二十代半ばの情報屋と、雇い主である科学者と、ほうれん草の部下。地獄の闇鍋ハロウィンか??」
「そうか」
「ぼくらの目標を纏めます。これから一週間くらい?敵から逃げきったら勝ち。合ってる?」
「認識に誤謬があるが、結果的にはその解釈で問題ない」
「よっしゃ、二人で一週間生き延びるぞ〜〜」
「…………」
(わあ、無愛想〜)
佐野木くんの表情は動かない。ずっと無表情。表情筋が死んでいる。相槌もやばい。バリエーションが死んでいる。
「京楽と知り合いっぽかったけど、なんで刺客になってんの?」
「京楽が便利屋だから」
「べんりや」
「報酬と引き換えに仕事を請け負う職業。風呂掃除から要人暗殺まで内容を問わない。類似職として傭兵が挙げられる」
「……浅からぬ因縁があったみたいだけど、本当にいいの?」
「面識がある程度」
「うそ…。絶対何かあった…。どうやって知り合ったの?」
「京楽は雇い主によって仕事が変わる。協力者として手を組んだことも、敵として殺し合ったこともある」
殺しあうってウソだろ。物騒過ぎかよ。勘弁してくれ。
「そういえば佐野木くんって、京楽からオクトって呼ばれてたけど、アレ何?」
「コードネーム」
「マジか……」
ふと、思い返す。攻撃に躊躇いがないくせに、佐野木くんに降伏を促した京楽。根っからの悪人には見えなかったけど…………
(イヤ…便利屋なんだし、殺ることは殺ってるっしょ。じゃないと食いっぱぐれちゃう)
それでも
『全部捨てて。アタシを選んで。
キミの正義はただの
佐野木くんに手を差し伸べた彼女が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
***
とあるビジネスホテルの一室。
五十代半ばの男が安酒を煽っていた。血走った目と浮かんだ隈が、彼の疲労と消耗を如実に伝えている。
傍らに立つのは少女。男は少女をジロリと睨み上げる。
「――――――オクトに同行する子供は見逃せ、だと?」
「はい。あの猫目の少年は、オクトの協力者の可能性が限りなく低いです。殺すに値しないかと」
少女は、赤茶色のショートカットに夕焼けのような赤い瞳。ラフなトップスに細身の八分丈ジーンズ、よく似合うストーンピアス。
「いいか?大事なのは、その猫目小僧が真に協力者であるかどうかじゃない。協力者かもしれないということだ。救急車を呼んだ上に、
「駅行きのバスを待っていたものと思われます」
「かもな。だが何度も言ってるように、大事なのは協力者かもしれない、ということだ。
消せ。オクトに関わった人間は皆殺しだ。後顧の憂いは全て断て」
「ですが」
「じゃあ聞くがな。もしその猫目が本当に協力者だった場合、誰が責任取ってくれるんだ?誰が被害を負担してくれるんだ?貴様が全責任負って補償してくれるのか?え?」
「それは…出来ません」
「私だって、殺人なぞ嫌に決まってるだろうが!だが最悪の事態を考えるとそうもいかん。どうしてもと言うなら、その猫目が協力者じゃない証拠を持ってこい。それが出来なきゃ消してくれ」
「………………しかし」
言い募った京楽に腹が立ったのだろうか。男は沸いた薬缶のようにサッと朱を滲ませ、立ち上がる。
「だいたい、任務失敗しておいて、よくもまあデカい顔できるもんだな?!え?!」
「申し訳ございません、お客様」
「言ってみろ!!貴様は私のなんだ?!」
「便利屋です。この度はオクトを殺し、
「そうだよなあ?!なのになんだ、この無様は!!この役立たずが!!貴様なんぞ雇った私が馬鹿だった!!」
「申し訳ございません、お客様」
「謝罪なら鸚鵡でもできるわ!!」
グラスに入った酒を思い切り京楽に振りかける。避けようともしない。
ただ
「ええい忌々しい!大口叩いておきながらこのザマかッ!!8号機まで貸し出してやったのに、何をしてたんだ貴様は!!」
「申し開きもございません」
「オクトに千夜華胥を奪われたことが、''
「はい」
「金が必要なんだよ!!言ったよな、娘の治療費を稼がねばならないと!!この研究を成功させて初めて、報酬が入ると!!
あの子の心臓がいつまでもつかわからないと…!
あともう少しのところだったのに…!あの子が死んだら貴様のせいだ!!どうしてくれる!!」
男は殴りつけた。殴り飛ばされる京楽。
男は肩で息をしながら荒々しく吐き捨てる。
「これから御前様の使者に偽装報告をする。いいか、絶対にあと一週間以内にケリをつけろ。さもないと貴様ら纏めて8号機の餌だ。わかったなッ!!」
憤懣遣る瀬無いといった風に、足音荒く男は部屋を出て行く。
一人残された京楽は、殴られた頬を押さえて毒づいた。
「………気軽に言ってくれる。オクトがどんだけ強いか知らないくせに」
今回の雇い主は、非道な実験に手を染める科学者だった。
実験内容は、『強化した
"
その実験は実際、成功の兆しを見せていた。しかし、オクトが研究に必要な動力源―――――"千夜華胥"を盗んだ。
そのせいで実験は急遽中止。血相変えた科学者は京楽たちを雇った。
貴重な成功例だろうに、8号機と呼ばれる強化
(8号機、本当に強かったな…。あのオクトの腹に風穴開けたのすごいよ…。うーん……あと三日、メンテナンスで使えないのが痛いな……)
何故、御前様とやらは強化した
(……戦争でも開くおつもりかね、"御前様"っていうのは。裏社会に一波乱起きそうだ。今のうちにアメリカに飛んじゃおっかな)
カチャリ。軽やかに部屋のドアが開いた。
入ってくるのは、眼鏡を掛けた二十代半ばの男。
灰色の髪に翡翠の瞳。
彼は京楽の殴られた頬を一瞥し、クスリと笑う。
「ずいぶんと派手にお仕置きされたねェ」
情報屋のデフラグ。京楽のビジネスパートナーだ。
こんな時もチェシャ猫のような微笑を浮かべる男に、京楽は苦笑いを返すだけ。のろのろと立ち上がり、洗面所で口を
「ごめんね、デフ。アタシのせいで残業になった」
「勤勉なのが俺の売りだからね。付き合うさ」
「さすが
気軽なお世辞に男―――――デフラグは軽く眉を上げる。
「いいねぇ。美少女に褒められると、ますますやる気が湧いてくる」
「デフのそういうとこ、ホント大好き」
「よく大人しく殴られたね。らしくもない」
「ここで溜飲を下げさせておかないと、後々土壇場でアタシの指示聞いてくれないと判断した。感情のリセットってやつ」
「ああ…。あの科学者センセは癇癪持ちだからねぇ。さもありなん」
「キミも殴る?」
「殴って問題が解決できるなら、いくらでも」
「デフはとことん建設的だなぁ。それにアタシのケツを狙わない。最高」
「
軽口の応酬。京楽は特に感慨もなく口に溜まった血を吐き出した。殴られた跡がジンと痛むが、問題ない。こんな暴力なんて慣れっこだ。
「うんうん…骨に異常無し。口の中が切れただけ、と。デフ、ごめーん。ティッシュ取ってー」
「あいよ。京楽ちゃんは強い子だねぇ」
「それ、皮肉?
哀れな男一人、救うことも殺すこともできなかったアタシなのに?」
京楽は自嘲する。彼女が思い返すのは佐野木朧―――――オクトのコードネームを持つ男。
デフラグは一拍の沈黙の後―――――フ、と息をついた。
「京楽ちゃんはベストを尽くしたよ。ただ相手がちょーっとばかし悪かっただけ。あの状況は誰がどう見たって王手だ」
「だよね?!本当にそうだよね?!情けをかけたアタシがバカだった!!なんで死なないんだ、あいつ!機関銃をあんな避け方するかフツー!」
「ああ、アレには驚いた。京楽ちゃんに情けなんてものがあったんだねえ」
「アタシにも人情と慈愛はある」
「
「うるさーい」
京楽は洗面台の鏡に背を向けて、皮肉げな笑みを片頬に浮かべる。
「――――――ま、愚痴るのは全部終わった打ち上げ会で、ってね。おまたせ。作戦会議しよう」
「仰せのままに、京楽姫」
京楽は洗面所から出て、ベッドに腰掛ける。
そんな彼女にデフラグは電子端末を投げて寄越した。
「太っ腹なことに、雇い主の旦那は部下を十人ほど貸して下さるらしい。ありがたいねえ。新しい奪還チームを編成できるよ」
「部下…ねえ。どうせ、実験失敗作の
「まあ、そうとも言う」
「屍鬼かあ…。一緒に仕事したい相手じゃないなあ…。従順なのはいいけど、頭悪くって……」
デフラグは寄越した電子端末を顎でしゃくる。
「わがまま言うんじゃないよ。ほら、そいつが部下の早見表」
「ふむふむ………。うん。スペックいいね。
デフ、この中で車かバイクを持っていて、かつ一時間半以内に招集できるのは何人いる?」
「十人中、五人だね。車が三人、バイクが二人。ついでに車持ってないけど一時間半以内に来れる奴は一人。あとはみんな県外」
「すぐ来れるのは六人か。上々。車持ちの三人をさっきの総合病院に呼ぶように手配して」
「残りはどうすんの?」
「雇い主の護衛。県外組の実働は明日から。今夜の結果次第かな」
「了解。このホテルを作戦本部にするのは…まあ、ないね。うん」
「無い無い。ありえない。窮鼠猫をなんとやら、向こうが反撃に出た時を考えると絶対にダメだね。ここは雇い主が篭る場所。プランがトチっても、ここが無事ならアタシらはまだ負けてない。
だからここが鉄火場になることだけは、絶ッッッッ対に避けなきゃいけない」
「あー…そうか……オクトちゃんって…」
「そ。あいつの血は死ぬほどヤバい。十人揃えたって逆転負けが普通にあるから……反則だよ……」
「招集先を病院指定にする理由は?」
「作戦本部の確保。本音を言えば適当なビジホを拠点にしたいけど、確実に読まれてる。ビジホ以外で電波通ってて、駐車場があって、赤の他人が長時間居座っても不審がられない場所って言ったら総合病院くらいしかないでしょ、この街。都会じゃないんだし」
「漫画喫茶があったけど、潰れたしねえ」
「ついでにどんなに物騒な内容だろうがゲーム雑談を装えば誰にも怪しまれないし、暖房が
「夜はどうすんの?」
「適当なとこに忍び込んで、やり過ごしとくよ」
「わかった。じゃ、そういう風に通達しとくよ」
「部下たちには主に偵察か捜索に当たってもらう。デフ、人数分のマップ用意して。確かこの近く、県境を跨る山があったよね。そこも込みで」
「お。山狩り用?」
「うん。キミはアナログが天敵だからね。山中経由で県外に逃げられたら、さすがに捜索難易度が上がるでしょ」
「へいへい。どーせ俺はデジタルの外に逃げられると何もできませんよー。
他の便利屋、何人に声かける?」
「論外。アタシたちだけでブツを取り戻す」
「京楽ちゃん、もしかして頭打った?」
「正常だよ。失礼な」
「元の奪還チームはオクトちゃんに皆殺しにされて、もう俺と京楽ちゃんしか残ってないじゃん。手負いで死にかけとはいえ、オクトちゃんは機関の秘蔵っ子っしょ?」
「ここで人手増やしたら、まーた雇い主がうるさい。金もかかるし。
関係者が多くなれば多くなるほど、雇い主の失態が拡散されるリスクを抱える」
「なるほどね。ごもっともだ。正論だ。
で、勝算は?」
京楽は窓の向こうに鋭い瞳を向ける。
「あの傷だ。オクトは今夜、まともに動けないはずだ。まず真っ先に、休息できるとこを探すんじゃないかな。その間に勝負かける」
京楽はくしゃりと髪を掻き上げた
「ま、念のための保険は掛けておくか。
デフ。キミの能力を―――――
***
夜。屋上の貯水タンク裏にて。ぼくらは引き続き作戦会議。
佐野木くんは少し黙ってから、続ける。
「少々負傷している」
「佐野木くんの話?なら『少々』じゃないよ。『かなり』だよ」
最初会った時、既に腹に穴が開いていた。
「戦闘は極力避ける必要がある」
「…………
「別に」
「何かぼくにも手伝えること…」
「無い」
「あっはい…」
佐野木くんは黙る。思考中かな。それとも実は怒ってるのかな。無表情からは何も読み取れない。
数秒の後、淡々と続ける。
「故に休息所の確保、及び休息所への移動手段を確保する必要がある」
「わかった。ホテル行こう」
「非推奨だ。道中、監視カメラに映る」
「…えーと…刺客…なんだっけ」
「京楽とデフラグ」
「そうそれ。デフラグって公的ネットワークをハッキングできるんだ?」
「ああ」
「こっわ」
けど裏返して言えば、オフラインカメラなら問題ないというわけで。
屋上。びゅうと風が吹き荒ぶ。
今現在、夜の十一時。
この繁華街は塾近くの繁華街。いまぼくらがいるのは、居酒屋やホストクラブが多い、いわゆる『夜の街ゾーン』。眠らぬ街は今がゴールデンタイムだ。
屋上の柵に近寄って、顔を出す。
(うん、恨めしいくらい人が多い)
監視カメラの問題をクリアしても目撃情報はどうしようもできない。佐野木くんの服、超ボロボロで目立つからね…。地上を素直に歩くのは得策とは言えないだろう。
「佐野木くんの消耗を抑える方向じゃないと、明日に響くな」
「オレのことは構わなくていい」
「本調子じゃないんだろ」
「アンタを抱えて運ぶくらいはできる」
「ありがとう。お礼にもっと良い足を用意してあげるね」
後ろ手を挙げて、ヒラヒラと振る。
「眠らぬ街、繁華街。タクシーなんて掃いて捨てるほどある。街頭監視カメラに映らないギリギリの位置で手を挙げて、そこまでタクシーに来てもらえばいい」
「許可できない」
「なんでさ」
「オレと関わった人間は消される」
「あー……」
失念していた。それこそ、ぼくもそのせいで命を狙われてるんだった。
「じゃあヒッチハイクもムリだな…。どうする?」
「屋上伝いに移動すればいい」
「今は暗いからそれでいいけど、夜が明けたら『怪奇!屋上を跳ぶ人間!』として有名人だ。サインの練習はしたか?」
「マンホール」
「の中に入るとか、まさか言わねえよな?」
「そうだが」
「反対。断固反対。君、お腹に穴が開いてるだろ。
そんな状態で下水道なんて不衛生なトコ行ったら、天国が見えるよ」
「オレの耐久性は高い。問題ない」
「ふーん。寄生虫や
ぼく、嫌だぜ。君が苦しむの」
「……………………」
佐野木くんはちょっと黙ってから
「提案がある」
つい、と視線を背後に向けた。
病院の方角へ。
夜。十一時十二分。
佐野木朧が搬送されていた総合病院に、三台の車が向かっていた。
科学者の部下―――――実験失敗作の
繁華街から外れれば、しんとした静けさが街を覆う。
その中を滑るように進む車三台。邪魔は一切入らない。当然だ。そもそもこの時間帯に出歩く者は少なく、この道の先は病院くらいしかない。
だが、順調な召集はいきなり途切れた。
それは最後尾の車に向かって起きた。
ガシャアン、と耳障りな金属音が辺り一面に響く。最後尾で運転していた男は咄嗟にブレーキを踏んだ。運転中、空から『何か』降ってきたのだ。
「おい、どうした」
音を聞きつけて、前二台も止まる。
「敵襲か」
運転手たちは俊敏に車の外へ出た。注意と警戒を一気に車外に向ける。敵襲の心当たりはある。痛いほどある。
「…………」
三人は無表情で『何か』に近づいた。
近付かなくてもわかる。『何か』は変哲も無いブリキのバケツだった。それでも三人はバケツに近付いた。
『なんでいきなり空からバケツが降ってくるんだ』とは誰も言わない。
—————————これは奇襲だ、と。彼らはそう推測した。
奇抜なもので目を引いて、注意を逸らす。そして背後から闇討ち奇襲。
虫の息の敵が取れる戦法はそんなものしかない。男たちは密かに反撃の準備。そして、わざとらしく声を上げた。
「なんだ。ただのバケツかよ。驚かせやがっ」
言葉は続かなかった。
最前列の車が突然走り去ったのだ。
「すげえ!マジで全員車降りやがった!!なんで降りるってわかった?!」
「領域を展開しないと戦闘にならない」
「領…?なに?」
「ここでオレを殺せば仕事が終わる」
「なるほどな!」
『提案がある』と言った佐野木くんは、病院近くのホームセンターの屋上まで移動した。ぐるり、屋上から四方八方を見渡す。病院へ続く道がよく見えた。
そしてぼくにブリキのバケツを渡して、ぼくを抱き上げた。
『合図したら投げろ』
『どこに?』
『車に投げろ』
『なんで?』
『投げろ』
『ウッス』
そんなわけで。佐野木くんに抱っこしてもらいながら過ごすこと十分。何本かの車を見送った後合図されたので、バケツを全力投球。
すると、運転手たちは俊敏に車から降りた。と、同時に車外へ警戒。
自分たちの車には、一欠片ほどの注意も払わなかった。
男たちはバケツに近付く。その隙に佐野木くんはぼくを抱えたまま、最前列の車の傍に降り立つ。そして侵入。
んで、アクセルを踏んだ。
「それにしても、よくこの車がぼくらの敵だってわかったね」
「病院は赤の他人が出入りしても不審に思われない。また、電気も通っているし、軽食も取れるし、暖房も無料で使える。夜は適当な場所に忍び込んでやり過ごばいい。京楽なら作戦本部拠点として設定する。
本来この時間に病院へ向かうのは急患しかないが、車には運転手一人しかおらず、また運転手に不調は見られない。よってこの車三台が刺客と判断した。
京楽はオレが動かないことを前提にプランを立てると推測した。だからその裏を掻いて初手を潰した」
「めちゃくちゃ視力いいね!」
バックミラーをチラリと見た。騙された男たちがぼくらに手を伸ばす。だが残念、車に追い付けると思ったか!ざまぁ見ろ!
男たちの姿はどんどん遠のき、角を曲がれば見えなくなった。
「この車、敵のモンだよね。
提案しようとした時には、カーナビに血の剣が突き刺さっていた。
「わあ、仕事がはや~い」
「ナンバープレートも変える」
「どうやって?」
「文字を剥いで火で溶接」
「君の能力、便利やなぁ」
「電子機器を探して窓から捨てろ」
「なんで?」
「早く」
「はあ…」
急かす佐野木くん。ぼくは素直に従い、ダッシュボードから足元まで隅々まで探す。
「ちょい待って…んー……助手席周辺には無いな」
「後ろは」
「後ろ……………無いぜ。シートの上に何も乗ってない。下にも落ちてないし」
「北方向に県境を跨ぐ山がある。山中経由で県外に逃げる。京楽たちを山で
「最高。でもなんで電子機器?」
「京楽がデフラグと組んでいる可能性が高いから」
「デフラグって誰だっけ?」
「京楽のビジネスパートナーの情報屋。デフラグは………、特殊な電子蜘蛛を飼い慣らす能力者、で理解できるか」
「めちゃくちゃ
「通称:
「少年漫画かよ…。
デフラグってヤツは回線やネットさえ繋がってたら日本のパソコンからブラジルのパソコンまで電子蜘蛛を侵入させることができるってこと?んで、画面から蜘蛛が出てくる?」
「ああ」
「なるほど。だから電子端末を片っ端から捨てなきゃいけないんだ。まあ、蜘蛛が出てきたとこで、って感じもするけど……佐野木くんが警戒するってことは、ただの蜘蛛じゃないんだろ?」
「攻撃力も毒もないが、
「あっ…。そりゃ、全速力で捨てなきゃだ…」
「デフラグの情報収集力は
「すげえ!この逃避行、一週間どころか一日もかからなかった!」
「連れないねェ。もうちょっと遊んでってもいいのに」
艶がかった男の声が、車中に響いた。
「ッ?!」
思わず体が強張る。くつくつと笑う声は背後から。
「いやー、京楽ちゃんの読みってぇのは凄いもんだね。本当に車強奪してるよ、この子ら」
カサカサと。何かが這う音が聞こえる。
蜘蛛だ。
1cmほどの蜘蛛が、後ろのシートから這い出ている。
真っ黒な蜘蛛。目だけが爛々と赤い。
「ドーモドーモ俺ちゃん登場~。
ご機嫌いかが?」
艶がかった男の声は、その蜘蛛から。胡散臭い。なんだこの胡散臭い声。ふざけていて、無責任で他人事。飄々として底知れない。そんな印象。
佐野木くんはバックミラーをチラリと見ただけだった。決して車を止めようとしない。
「――――――デフラグか」
「久し振りだね、オクトちゃん。
「本体のお前は何をしている」
「野球中継見てるぅ。面白いよ。一緒にどう?」
「…………」
「相変わらず無愛想だねぇ」
デフラグ――――京楽と共に行動する情報屋。ぼくらの敵。
(なんで…周りに電子機器なんてないはずなのに…!)
蜘蛛はぼくに向いて、大仰なお辞儀。
「おや。そっちの猫目おチビちゃん………いや失敬。そっちの猫目クンはハジメマシテかな。
近所の夕飯から国家機密まで、秘密という
佐野木くんは流れをぶった斬るように、口を挟む。
「交渉だ」
「聞くだけ聞こうか」
「この一般人に手を出すな」
「イヤ、俺もそう思う。どう見たって機関の協力者じゃない。殺す
なぁ猫の若旦那。実際ただの通りすがりっしょ?善意で救急車を呼んだだけの、一市民」
「はい!!ただの巻き込まれです!!ぼくは部外者!!」
「可哀想に。こんなに小さな子が、ねえ。まだ中学生っしょ?どこの学校行ってんの?」
「……………………。ノーコメント。ぼくの個人情報スッパ抜いて何する気ですか、情報屋さん」
「あはは。ただの雑談だよ」
「雑談に付き合ったら助けてくれる…?」
「それは無理。ごめんね、コレお仕事だから。俺も京楽ちゃんも殺す必要性感じてないけど、雇い主が殺せって言うから殺す。雇い主のちょっとした疑心暗鬼とヒステリーでお前さんは死ぬ。
つーわけで、交渉はここまでだ。悪いね」
「ウソだろ?!なんでもするから助けてください!!」
「ホント?じゃ、手始めに三千万積んでもらおっかな。あ、現ナマの即金一括払いね。そしたら雇い主も京楽ちゃんも裏切って、全力で助けてやんよ」
「そこをなんとか……お、お願いします、お金ないけど……あの……あの……
なんとか助けてください…!」
「五点。無理を通す時はうんと厚顔無恥になるのがコツ。無理言ってる自覚出しちゃったらダメダメ〜」
「
「いやー、この子好きだわぁ」
ケラケラと楽しそうに笑うデフラグ。
「命かかった大一番で捨て身のギャグかぁ。いいよぉ、すっごくイイ。その愛嬌に免じて、一つだけ。情報を
「(ギャグのつもりはなかったんだけどな…)マジ?!デフラグさんめっちゃ良い人ですねありがとうございます!!」
「おや嬉しや。次はどうぞご贔屓に」
やっぱ命乞いはするもんだな!!胡散臭いとか思ってごめん!超優しいじゃん!
「オクトちゃん、周りに電子端末がないのに
「………………」
佐野木は押し黙る。
蜘蛛は―――――表情は一切ないが、それでも雰囲気で――――にんまりと笑う。
「実は車強奪なんてトンチキ強行策を喰らった時用の保険として、トランクシートの底に仕込んでたりして」
ピク、と。ハンドルを持つ佐野木くんの指が強張った。
この車のトランクルームは、外側からしか開けられないタイプだ。乗車席からは干渉できない。
だが車は単調に走る。
速度は落とさない。
「あれ?せっかく場所を教えてあげたのに。停まって、トランクを開けて、シートを剥いで、電子端末を捨てなくていいのかな?このまんまだと、旦那方は発信機をつけてドライブだよ」
「え…で、でも停まったら…」
バッと後ろを見る。静かな夜の街が流れるだけ。
でも
(今ここで停まったら――――――)
この車の持ち主が――――――先程、出し抜いた刺客が、この車を捕捉するだろう。
佐野木くんだって、ビルとビルの屋上を伝って大跳躍できたんだ。追っ手ができないとは思えない。
「別にね、情報屋の
ま、旦那方がご利用になられないなら仕方ない」
カサカサと。蜘蛛が這う。
カサカサ。カサ。カサカサカサカサ。
カサ
「けど気をつけろよ――――――
後部座席が、ブワリと黒い靄に覆われた。
いや、違う。靄じゃない。
蜘蛛だ。
何百、何千、何万もの蜘蛛が――――――後ろから溢れ、蠢いている!!
「俺の
「う…!」
何万もの蜘蛛が、統率のとれた軍隊のようにぼくの方へと迫り来る。
黒い蠢き。うじゃうじゃうじゃと、カサカサカサカサカサと。
河のように、襲い来る。
「車を停めな、オクトちゃん。このまま山へ逃げ切るなんざさせねえよ。
「――――――――――」
その言葉を聞くや否や。
佐野木くんは車を急停車。ドアを蹴って開けて、ヒラリと車の外へ出て行ってしまった。続けて出ようとしたぼくは、佐野木くんに制止される。その代わり腕を引かれて、強制的にハンドルを握らされた。
「そ。それがオクトちゃんの限界。一般人は保護しなさいって命令に従わないといけないもんねえ?可哀想な機関の
「さ、佐野木く………」
「京楽の慈悲を蹴ったのはお前だ。
自分の生き方、地獄で悔いな」
佐野木くんがトランクを開ける音がする。ベリ、とシートを剥がす音。
「アンタは何も気にしなくていい。刺客が来たら、オレを
「気軽におっしゃる!!!」
チラリ。バックミラーを見る。静かな夜の街しかない。まだ、追っ手は見えない。
「まだ来てないよ。早く!」
「―――――――屍鬼か」
「え?なに?何か言った?!」
「バックミラーは見るな。サイドミラーもだ。前だけ見てろ。何が聞こえても無視しろ。いいな」
「え、ええー」
「アンタは…………………悪夢を見てるだけだ。怖いことは何もない」
「佐野木くん?」
「だから———————絶対に見るな」
その、忠告は
「さ、佐野木くん」
遅かった。
「あれ…なに…?」
バックミラーに映るソレは
「見るな」
男だった。
いや、男のようなものだった。
頭がイソギンチャクになっていた。
「アンタには関係ないものだ。だから見るな。見る必要なんてない」
イソギンチャクの体は虹色。ぶよぶよと、虹色に濁った脂身が重なり合って肉体になっている。
肉体から、人間の手が百足のように這い出た。
ぞわぞわ。ぞわ。ぞわぞわぞわぞわぞわ。
ぞわ。
手は、赤子のものだった。
赤子の手が
違う。赤子の手は自分の体を
赤子は赤子の手を毟っている。
赤子が赤子を間引いていく。
間引かれた赤子は、水になった。
「ヒッ…」
イソギンチャクから赤子の泣き声がした。
イソギンチャクは、びたびたびたびたと——————赤子を間引きながら、ぼくら目掛けて突進してくる!
「ヒィイイッ!!く、来るなぁっ!!」
絶叫。涙目。震えあがった体は運転席で縮こまる以外、何もできない。
(何あれ何あれ何あれ)
佐野木くんは逃げなかった。
あんなに恐ろしい化物を迎え撃つ気らしい。
(な、なんで逃げないの)
逃げちゃえばいいのに。いや、逃げられると困るんだけど!!
でも、震えて動けないぼくを餌にしちゃえばいいのに。その間に逃げればいいのに。
(なんで、ぼくを守ってくれるの…?)
こわく、ないの?
そんなはずないよね。こわいよね。
(なのに…どうして―――――?)
***
「ヒィイイッ!!く、来るなぁっ!!」
悲鳴。運転席で縮こまる
ついに、追っ手が来たのだ。
しかしそれも一瞬のこと。すぐに元の無表情に戻り、やっと見つけた電子端末を燃やす。
炎に包まれる電子端末。出入り口を失った蜘蛛たちが、ボロボロと崩れていく。
しかし黒蜘蛛は――――――デフラグは勝ちを確信した声。
「オーダー通り、敵の足は止めてやったぜ、京楽ちゃん。あとは屍鬼三体が時間稼ぎをしてくれる。その間に現場に急行しな」
ボロ、と蜘蛛は崩れ落ちる。それでも自分の仕事は終わったと言わんばかりに、満足気に消えるのだった。
佐野木は血の剣を作り、イソギンチャクを迎え討たんと鋭く見据える。
「………………………」
この時、彼は無心だ。
だがあえて言語化するなら『どうしたものか』と思案していた。
化物、三体。
南は気付いていないが、実はイソギンチャクの後ろから、巨大な豚頭の鬼と、同じく巨大な人面花が迫ってきている。
普段ならどうということもないが、現在の体調で三体同時に相手取るのは、難しい。
「………………………………」
だが、南翔斗だけは————守らねば。
「…………」
南がいる車体を庇うように、佐野木は剣を構える。
それと同時にイソギンチャクと人面花が、触手と蔓を鞭のように振るって攻撃。佐野木は伸ばす触手を斬り落とし、返す刀で蔓を断つ。
第二波。触手と蔓がまた同時に鞭のように襲いかかってくる。それを斬って捨てても第三波。四。五。六、七、八—————
「…………ふ、」
立ち眩み。病院で少しは回復したが、普段からは程遠い。
それでも人面花の蔓とイソギンチャクの触手を斬り続ける。隙を見て、豚が大斧を振りかぶった。
それを間一髪で避ける。
「ギギッ」
豚が人語を話せない口で笑った。
佐野木が弱ってることを確信し、ほくそ笑んでいるのだ。
「……………………は、」
ぐらり、佐野木はバランスを崩してよろける。そんな佐野木を、南は固唾を飲んで見守るだけ。
しかし戦えない南を責めるのは酷だ。彼はごくごく普通の人間なのだから。
再び攻撃が始まった。蔓と触手で佐野木を追い立て、豚がタイミングを見て首を獲りにかかる。
佐野木は全て避ける。だがジリ貧。そんな状況だった。
――――――再度言うが、佐野木朧は何も考えていない。
全てが刹那のこと。それをあえて言語化するなら、『あと一体消えれば戦況がひっくり返る』と考えていた。
敵は三体。イソギンチャクと人面花は佐野木から距離をとりつつ、ひたすら負荷をかけるだけ。
豚はここ一番のタイミングでのみ大斧を振るうだけ。
決して総攻撃を仕掛けない。
常に付かず離れずの距離から狙ってくる。
佐野木の息は上がり、顔色の生気は失い、額からはまた脂汗が垂れてきた。どう見ても満身創痍。そんな相手に仕掛けるにはずいぶんと慎重な戦い方だ。
京楽が来るまでの時間稼ぎという意味もある。
しかし、それよりも―――――三体とも、この期に及んで佐野木を警戒しているのだ。
佐野木が『機関の秘蔵っ子』と渾名され、憎悪と恐怖を一身に集めているのを、彼らはよく知っているから。
――――――事実
(イソギンチャクと人面花だけなら、殺せる)
と。彼はこの満身創痍の状態でそう確信している。
(だが、この二体に集中すれば豚が躱せない)
佐野木の集中が二体に向いたのを、決して見逃さないだろう。
そうなればあの大斧は容赦なく佐野木を切り裂く。
二体だけだったら殺せるのに。あえて言語化するなら、佐野木はそう思っていた。
いつもならこの程度の三体、どうということもないが――――――この絶不調では確実に命を落とす。
(せめて……)
(人間は脆い。人間は弱い。
"人間"は、守らなければいけない…!)
ぐらり、目眩。体が
目眩は一瞬。しかしバランスを崩して膝を付く。
(しまっ――――――)
だがもう遅い。この一瞬を豚は見逃さなかった。
「ピギャアアアアッ!!」
突進。勝利の雄叫びと共に斧を振りかぶる。避けられない。
(―――――――――)
死ぬ
その刹那
胸に去来したのは
「――――うるッッッせェ!!
家畜が人間サマに楯突いてんじゃねえ!!」
ぱかーーーーん!!
……………まったく場違いな、コミカルな音が響いた。
思わず豚の足も止まる。
「ッ!」
豚の横っ面を何かが
筆箱だ。
車窓から身を乗り出し、筆箱をぶん投げた南がいた。
虚を突かれた豚を見て、南は――――――
「ムダにデカい図体、狙いやすーい。
ダイエットしたらぁ?ブ・タ・さ・ん♥」
トドメとばかりに、中指をピッと立てて、心底煽る。顔は青く、立てた中指も震えてるのに挑発の笑顔は崩さない。
「ピギ、ギ、ブビ、」
「あはっ じょーず、じょーず。ブヒブヒ上手♥
次は『卑しい豚野郎を下僕にしてください、女王様』って鳴くのかな?」
「ピギ…!」
唐突な煽り。佐野木は一瞬だけ
確かに言いたいことは山ほどあった。
アクセルはどうした、とか。
いつでも逃げられるようにハンドルは握れ、とか。
アンタ怖がってたんじゃないのか、とか。
でも それよりも
「は?なにその目。キッモ。死ねば?
汚物の分際で呼吸してごめんなさいって、全生物に謝罪して。
ほら。さっさとしろよ 豚」
誰もが戦力外だと思っていた。
佐野木ですらそう思っていた。
その意識外からの攻撃。
神経を逆撫でする挑発。
結果—————
「ガァアアアアッ!!」
当然、豚は南に向かって突進する。
豚にしてみればたかが人間、殺すのに大した手間はない。五秒あれば余裕で仕留められる。何より、また変な物を投げられて邪魔されれば支障を来す。ゆえに先に南を殺す方を取った。
南は——————
「は、はは…」
恐怖に目を見開き、口元は戦慄き、頬を引き攣らせながらも
それでも、笑った。
「釣れたぜ、佐野木」
ほんの五秒。
自分自身に引きつけた、その五秒。
完全に豚の意識が南に向いたその五秒。
一対三の状況が
一対一と一対二になった。
「—————————感謝する」
豚が振り仰ぐ。
月下。跳躍の佐野木。煌めく血刃と白銀の髪。
舞い上がる花吹雪。
いや、花吹雪じゃない。
豚が目を逸らした隙に細切れにされた、人面花とイソギンチャクの肉片だと。
豚がそう知ることはなかった。
斬撃 一閃。
剣は美しい孤を描き、豚を斬り捨てた。
「………ふ、」
「大丈夫か!」
運転席から急いで出る南。佐野木はその場に崩れ落ちた。
肩で息をしつつも、駆け寄る南をまっすぐに見る。
「怪我は」
「こっちのセリフ!無事?!」
「何故」
「何が?」
「何故、筆箱を投げた」
「援護射撃邪魔だった?いやもう、ホントッ………あ、やべ、今になって震えてきた……こわ!!ヒーー、無理無理無理無理!なんなのアレ……ほんと……なん……あっ、涙出てきた……」
「………ならば、何故」
「ぼく気付いちゃったんだよな。ぼくが動かなきゃ死ぬんじゃね?って。だったら大博打打った方が、死神だって退屈しないだろうよ」
南は軽口叩いて親指を上げるが、指の震えはごまかせない。笑顔も未だに引き攣っている。
「だから二対一と一対一の構図に持ち込んだんだけど…。いや、本当は佐野木が二匹と戦ってる間に、豚を轢き殺すつもりだったんだ。結局全部任せちゃったけどさ……」
「………………二度と囮になるな。邪魔だ」
「OK。次は最初から轢き殺す」
「……………………」
佐野木は振り返る。繁華街も病院も遥か向こう。
追っ手は、無い。
「…まだ逃げなきゃ、ダメ?」
「ああ。京楽が来る」
「…………クッソ…!」
南は佐野木に肩を貸し、車に運び込む。そしてアクセルを踏んで―――――盛大に舌打ちをした。車が動かないのだ。
「なんで…っ」
「デフラグだな。オレが電子端末を燃やしてる隙に、車の基底部に細工したと思われる」
「そんな…これじゃ県外に脱出するプランが…!」
この街に留まってれば、そのうち見つかる。しかも身を隠す場所はどこでもいいわけではない。佐野木は重傷なのだ。となると、ますます場所は限られてくる。
襲い来る絶望――――――しかし、フッと南に妙案が舞い降りる。
(そうだ…今日は金曜日だから…!)
「あともう少しだけ、ビルの屋上伝いに跳躍できる?」
「ああ」
「よし…!」
(この距離なら――――行けないこともない…!)
南は大きく頷いた。
「ぼく、監視カメラも無くて、絶対に誰も立ち入らない超穴場スポット知ってる。なんとベッドも暖房も無料で使い放題。お菓子も包帯もあるぜ」
「どこだ」
「休日の学校」
今日は金曜日。
明日は土曜日と日曜日。
南の学校は繁華街の近くにある。
「本当は明日も授業なんだけど、ラッキーなことに学校行事による振替休日なんだ」
「セキュリティは」
「校門横に銀のアルミ箱がある。錠くらい、壊せるよね?」
「ああ」
「じゃ、その中に装置があるから、そこに『19851115』って入れて。そうすれば全警備が解除される。防犯システムはかなり旧型だから、他は心配ないよ」
何故そんなことを知ってるんだ、という視線を佐野木は送る。南はそれにニッと笑った。
「うちの高校は代々、学校創設記念日に文化祭をやるんだ。んで、文化祭準備で遅くまで残ってたことがあって。先生がパスワード入れるの見てたんだ。あの時は『学校創設記念日をパスワードにするなんて、アホやなー』って思ったけど、このザル警備がこんなとこで役立つとは。サンキュー平和ボケジャパン」
「そうか」
「案内する。そこまでお願い」
「ああ」
佐野木は南を再度抱き上げる。
そしてビルの屋上に跳躍、学校に向かい跳ぶ。
***
「あ゛ーーー?!」
夜の街に、京楽の悲鳴が響き渡った。
「に、にげられた…」
『え。うそだろ。誰もいないの?』
「いない…。多分三体とも殺された…。時間稼ぎにすらならなかったっぽい……」
『ええ……?あの傷だぞ、そろそろくたばってないとおかしいのに……オクトちゃんのあの生命力なんなの?プラナリアなの?』
「さすがにドン引きだよ…」
佐野木と南が学校へと去った二分後。
京楽がようやく現場に到着。しかし
「あいつおかしいよ…。やっぱあそこで殺しとくべきだったんだ……」
『………あんな回りくどいことしないで、最初から
「わかってるとは思うけど―――――それは愚策だ。デフは最上の仕事をしてくれたよ。気を利かせてくれてありがとう。よく彼を傷つけず、車だけを
『京楽ちゃんとは何度か組んでるからね。これくらいは
「オクトが連れてる猫目の奴、なんだっけ。えーと…」
『
「本当に性格悪いよね。何が『猫の若旦那』よ。最初っから何もかもわかってたくせに…」
『ま、じゃああんな感じで良かったってことで』
「うん。交通事故なんて起こされたら南クンが死んじゃう。オクトごと死んでくれたらいいんだけど、最悪はオクトだけ生き残っちゃうパターンだから……。いや普通は死ぬけど、あいつはマジで生き残りそうだから……。
今、南クンに死なれたら困るんだよねー…」
南翔斗を殺すつもりなのは事実だ。しかし殺すにも順番がある。
「お荷物がいるから、オクトは本気で戦えない。巻き込んで殺すから。ついでに言うなら、お荷物がいるからオクトは
だから絶ッッ対に殺さないでね…殺す殺す詐欺はしても、実際には絶対に殺さないでね…。
南クンはいるだけで手枷で足枷なんだ。絶対にオクトを殺してから南クンを殺すんだよ」
『オクトちゃんが本気で向かってきたら…』
「さすがにアタシの圧勝。なんだかんだ言って瀕死だからね。でも窮鼠猫を噛むって言うし、絶対に捨て身にさせないで。枷はあればあるほどいい」
『OK。じゃあボス、これからの指針は?』
「――――……今夜は休んでいいよ」
『へえ。本当にいいの?』
「いいよ。オクトは三日絶食しても生きてそうだけど、南クンはそういう訓練受けてないから。絶対どこかでちゃんとした食料を調達しないといけない。スーパーにしろ、コンビニにしろ、必ずどこかでだ。
監視カメラに映らずに数日生存するなんて絶対にムリ。てか、オクトがさせない。リスクを負ってでも南クンの健康を優先するはず。デフラグ、
『もうやってる~。けど、いつも言ってるとおり、そういう
「それでも、やってくれるだけありがたいよ。……アタシも帰って休む」
『二十六時間フル活動、おつかれ~。先寝るわ』
通話が切れた。
星のない夜。京楽は髪をくしゃりとかき上げた。
「…疲れたな」
脳裏に浮かぶのは、オクトに抱き抱えられた猫目の少年。南翔斗。
猫のような人懐っこさ。
真っ直ぐな眼差し。
「……久々に"人間"に触れたな」
自嘲は夜風が攫って消えた。それに背を向け、京楽もまた闇夜に溶ける。
共有されたエピソードはここまで。 ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺさんに感想を伝えましょう!
小説情報
- 小説タイトル
- 最*強|も最:弱もハ|ー-レ:ムもない少年ジャンプ系バトルモノ
- 作者
- ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ
- 公開済みエピソードの総文字数
- 0文字