オカルト詐欺師
第一話 虹色魔法陣/魔術師探偵
- 作者
- 大野知人
- このエピソードの文字数
- 19,578文字
- このエピソードの最終更新日時
- 2021年7月30日 23:55
それは八月の終わり、もうすぐ防災の日だなんだと、町内会長が騒ぎ始めた頃。菓子屋の搬入を手伝わされてヘトヘトになって帰ってきた俺に、電話が掛かって来た。
「ほい。こちら瓜坂探偵事務所」
「よぉ、親友! 私だよ私、君の言う所の(so called)ヤマモトだ!」
「(ああ、畜生。知り合いの中でもいっとう厄介な奴だな……)」
ヤマモトは俺の親友……を自称する、高校時代の同級生であり、ちょっとした仕事の関係者。つまりは赤の他人だ。
「英語の使い方が微妙に違(ちげ)ぇ! ……じゃなかった、蝉の声がうるさくて良く聞こえません。多分間違い電話だと思うんで、もう一度電話番号を確認してください」
やや棒読みになりつつも、完璧な間違い電話対応をする俺。
「(うん、流すのは無理か。つか、どーせ面倒ごとを押し付けられるし……)」
嫌な予感しかしないけど、取り敢えず冷蔵庫から麦茶を取り出した。
「相変わらずつれないなぁ、君は……。ともあれ、瓜坂……いやさ、セイジ!」
「どうでもいいが、さっきから混ざる妙な外国かぶれは何なんだ。また海外出張か?」
ヤマモトはチンケな探偵である俺と違い、海外にも展開するそこそこ大規模な事業主である。そして何処かに行っては、変な物を貰ってくるのだ。土産とか、口調とか。
「イエース! 今、イギリスに居るんだ。ところで、私の娘は元気にやっているかい?」
発された問いに、事務所の奥でクスクス笑っている少女へ目を向ける。そんなに俺の嫌がる表情が面白かったか。黒い二つ結びに化粧っ気のない愛嬌のある顔。真面目そうな彼女の名前は矢加部月菜。今年で高校二年生になる居候兼バイトである。
「娘と言ったって、養女だろう? まあでも、元気にやってるよ。大体、二十も半ばで養子を貰うってのがどうなのさ……」
「気にするな。君と私の仲だからって君が引き受けてくれたんじゃないか、快く」
「全くそんなことはなかったからな! もしかして、もう一人居候を増やそうって話じゃないだろうな?」
探るように用件を急かせば、ノンノンと変な英語被れの返事が返ってきた。
「いやちょっと、こっちでできた魔術師の知り合いにお願いされてしまってね……。だから今回の仕事は『魔術探偵』としての仕事だよ? お金が入るんだから、喜びたまえ」
余り表立って知られてはいないがこの世界には魔法が実在する。いや、それに限らず、神、妖怪、魔術師、悪魔、超能力者や都市伝説と言った古今東西の伝承上の存在は粗方どこかに存在し、そこそこ静かに暮らしていた。ざっくりまとめて、オカルトと呼ぶ。
静かに、とは言っても意志ある存在。人間の世界が気に食わないと暴れ出す者もいれば、逆に彼らを利用しようとする人間も居る。結局のところヤのつく自由業やマのつく犯罪組織の如く、ある程度の口封じが行われているからこそ表沙汰にならないだけである。
「魔術探偵、ねぇ。俺としてはそんな名前を流行らせること自体、出来れば勘弁してほしいんだが……」
「HAHAHA! 君はいつもそう言いながら面倒ごとに首を突っ込んでいくからね、一周回って伝統芸を見ている気分だよ。まあ多分だけど、今日明日あたりに依頼人が行くと思うから、ヨロシク!」
「しかも直前連絡かよ! 今日俺が出払ってたらどうするつもりだったんだ!?」
「そんなはずはない、万年金欠・仕事不足の君だろう? どうせ商店街の手伝いくらいしか、することはなかっただろうに……」
ぐぬぬ。正確な分析だけに腹が立つ。
「祝福されざる妖精(アンシーリー・コート)か死霊達の狩り(ワイルドハント)にでも襲われろ!」
「殺意高いなぁ、全く……。それじゃあね(Good bye)!」
ガチャリ。
通話と一緒に人の縁も切れないかと、心の底から願った。
とはいえ、これくらいで切れる様なのを、人は腐れ縁とは呼ばない。
やれやれ、と思いつつ。とりあえず飲みかけの麦茶を飲み干した。
「矢加部ちゃん、ちょっと良い緑茶買ってきて!」
「イギリス人なら、紅茶じゃないんですか?」
「生憎と俺、魔術師っていう連中はあんまり好きじゃないんだ」
「瓜坂さんだって、魔術師じゃないですか……。同族嫌悪って奴ですか?」
言われて一瞬、ポカンとする。そういえばこの子には魔術師で通していたか。
「……ん。ああ、まあそんなもんだ。とにかく、買い物頼むぞ」
「はいはーい。紅茶と緑茶、両方買ってきます」
そう言うと、矢加部ちゃんは事務所のドアを開いた。
ピン、ポーン。と探偵事務所のベルが鳴り響く。それは電話の翌日の事。
「はいはーい。ちょっとごめん、矢加部ちゃんドア開けたげて!」
居候兼バイトの女子高生に声をかけて、ドアを開けてもらう。
「分かりました~。回覧板ですかね?」
「事件で合ってほしくないけど、事件じゃないと今月の家賃が厳しい」
彼女の声を聴きつつ、己の頬を一つ叩いて営業モードに。ヤマモト相手とは違い、
「はいはーい。って、どちらさんですか? まさか、本当に事件!?」
矢加部ちゃんの声に驚いて見ると、ドアの向こうに居たのは何とも可愛らしい――透き通るような白い肌の金髪美少女。
「貴女は瓜坂探偵さんで合ってますか? 今日は依頼があって来たのです……」
チェックキルトをあしらえたバッグを握りしめた彼女こそが、今回の依頼人だった。
矢加部ちゃんが手渡した来客用スリッパに履き替えて入ってきた彼女を、応対用のソファに座らせる。
「さて、わざわざ名指しでいらっしゃったって事は、ロンドンは魔術師協会のお嬢様って所で良いのかな。ミス?」
まずは事務所の札を『来客中』に変えて、それからちょっといい緑茶と先日和菓子屋でもらった賞味期限ギリギリの茶菓子を出した。
「どうぞ、日本の菓子に日本のお茶ですが、良かったら」
一通りの俺の応対に、彼女はしばし瞬きして。それからニッコリと笑う。
「貴方、流石ですわね。それなりに有名な方だけあって、洞察力も随分高いのですね。でも一点だけ言うと、私、どちらかと言えば日本茶は好きではないなんです」
「それは失礼。それなり程度なものですから。一通り、説明でもしましょうか?」
「では、折角の機会ですから聞かせてくださいな」
こちらの嫌味も気にせず、彼女はお茶を一口。聞く姿勢に入った。
「まず一点目ですが、『ウリ』の発音と外見から日本人ではない。二点目、タータンチェックの鞄に織り込んだ自衛用の術式と、鞄のボタンがケルトの魔除け石だったこと」
答え合わせをするように軽く目配せをすると、緑茶を飲んでいた彼女は静かに頷いた。
自分の仮説があっていたことに気を良くした俺は、ついでに二つほど続けた。
「三点目。こなれた様子に反する『文法通り』の喋り方から、日常的には使わないものの本国で日本語を学んでいたのでは? 最後に入口で足元を確認した事。日本文化への理解度と実情にやや疎い事からして、縁者が日本に住んでいるか、日本通って所ですね?」
問えば、お国特有の笑みとも呼びづらい茶目っ気を顔に浮かべ、彼女は口を開く。
「Exactly、その通りでございますわ。では改めて、ルイス・スリップジグと申します」
それこそまさしく、ヤマモトとは比べ物にならない流暢な英語の発音だった。授業でしか聞いたことが無いだろう、ネイティブの発音に矢加部ちゃんが少し感動している。
ルイスが口にした某漫画を真似た台詞に、俺は思わず笑ってしまった。
「ハハハ。これはどうも。『魔術探偵』こと瓜本誠治と、そっちのは訳あって預かっている居候兼助手の矢加部月菜です。漫画にも造詣が深いというなら、ぜひ語り合いたい所ですが。そろそろ用件を聞きましょうか。既に事件は起きた後なんでしょう?」
「ええ、実は昨日、私の姉であるマリー・スリップジグが死んだとしか思えないような奇妙な失踪をしまして……。貴方に犯人捜しをお願いしたいのです」
淡々と語った彼女の口調に、俺と矢加部ちゃんは思わず顔を顰めた。
魔術師と言う連中はいつもそうだ。目的のためなら他者の――それこそ身内の命ですら対して顧みない。伝承に親和的であり、また感情に重きを置く魔法使いと違い、魔術師にとってのオカルトはただの研究対象である。故に、人道を軽んじることがとても多い。
「まあ、粗方お察しの通り、私にはそう含む所もないのです。ですが、それはそれとしても裏切り者は罰さねばなりません。でなくては、互いに信用できませんからね」
ああ、これだ。反吐が出る。技術的な物以外を見下すマッドサイエンティスト。神秘を科学するところの彼ら。溜息を一つ挟んで、話を続けた。
「……まあ、そうでしょうね。現場を見る前に、簡単に事情を聴かせてもらっても?」
「別に構いませんわ。けど、言葉だけで信用できるものですかしら」
「しらばっくれても無駄ですよ。魔術師が嘘を吐けないのは、俺だって理解しています」
この世界はクソゲーだなどと言うが、こと戦闘力に関してはかなりまともだ。武器を扱うには制作・維持コストが必要で、大概は諸刃の剣――何らかのリスクを背負っている。
オカルトにおいても同じ。使用するためのコストと呼べるのが魔力や生贄、触媒、場合によっては自身の生命力。そしてリスクに当たるのが、『嘘を吐けないこと』。
「理由と言われるものは、諸説ありますけどね。『自然の理を欺くからこそ、言葉は欺けない』とか、『人の信仰によって魔力が生まれる故に、偽りの言葉は許されない』とか」
色んな言説がある辺りに、学問としての魔術の未熟さを感じるが。ともあれ、ほぼ周知の事実として魔術師やその他の超常存在は嘘を吐けないのだ。
もちろん俺のような一般人、『存在を知ってるだけで何の能力もない者』には関係ない事であるが、口封じされないために魔術師を名乗っている。嘘だけど。
「ちなみに私の一族では、『悪魔が約束を破れず、妖精が質問に答えねばならないのと同じ』と習いましたわ……。まあ、一般人如き簡単に口封じ出来るのですが」
言葉に、視界の隅の矢加部ちゃんがガタガタと震えている。物騒なのに耐性が無いのだ、脅さないでほしい。いやそのつもりはないんだろうけど。
「あんまそういう物騒なの、好きじゃないですよ、俺は」
「あらあら、人死に事に好んで首を突っ込む探偵さんですのに?」
一応反論してみたが、還って来たのはさらにおぞましい反論。話を元に戻す。
「それで、事態を聞きたいのですが」
「ええ、私たち姉妹は元々日本の物に関心がありまして。特に姉は、日式魔術――陰陽道なども研究に取り入れていたので、その関連の調査でこちらに来ておりました」
「なるほど。期間はどれくらい?」
「こちらに来たのは、五日程前ですわ。滞在予定は二月程」
「そして、亡くなったのが昨日。ホテルではなく借家に滞在していらっしゃるのですね」
問えば、ルイスが頷く。カップが空になったのを見て、矢加部ちゃんがお茶を注いだ。
「あら、ありがとう。それで、借家に術を施して簡易の工房化を済ませた後、姉は何人かの研究者に会いに行く予定でした。私は日本の鉱石やハーブを集めるために別行動を」
工房、と言うのは魔術師たちにとっての研究室の事だ。同時に、研究を盗まれないための要塞の役割も果たしても居る。他人の工房の中で自由に動くのは、中々難しい。
「その別行動中に、お姉さんが亡くなられたと」
俺もお茶を飲み干し……。矢加部ちゃんが注いでくれないので、自分で入れる。
「いえ、姉は借家の中で死んでおりました。昨日は私の帰りが遅かったもので」
「工房内で死んだとなると少し厄介ですね。貴女がた姉妹のほかに、借家に居たのは?」
工房を要塞と称すなら、それを破るには相当規模の攻撃を加えることが必要となるし、目立つようなことをすれば公権力や暗部の陰陽師たちが動くはずだ。
「借家に居たかどうかは知りませんが、工房の結界はスリップジグ家の人間以外を弾くように設定しておりました。後は、姉か私の許可した人間であれば、入ることはできるはずです。血族全員が容疑者と言うことになりますわね。日本に来る手段は、まあ何とでも」
身内に犯人が居るかもしれないというのに、それを何の痛痒もない様子で語る少女。全くもって、おぞましい。見たまえ、矢加部ちゃんも顔を青くしているぞ。
「一応言って置きますが、魔術で日本に来るのは不法入国ですよ」
「私達は飛行機で参りましたし、他がやった事については知りませんわ」
嫌味はすげなく跳ね返された。
「それで、現場がどうなっているか分かる物は有りますか? 調査に必要な道具なども、全部を持って行くわけにはいかないもので……」
言うと、さっきまで震えていた矢加部ちゃんが噛み付いてきた。
「みみっちい内情を言わないで下さいよ、瓜坂さん!」
「だってしょうがないだろう。高い機材をおいそれとは使えないんだよ……」
「それが貧乏くさくて嫌だって言うんですよ!」
少しやり取りをするうち、クスクスと笑うルイスの姿。
「仲がよろしくて結構ですわね。でも、ちょっと見てもらっていいかしら?」
言って出したのは、三枚のスケッチ。いや、念写魔術の類であろうか。
「カメラを使わないとはまた随分とこだわりが強いようですね」
「あんまりそういう機械とか、好きじゃないんです」
みっともないところを見せたと顔を赤くする矢加部ちゃんを横目に、渡された紙を見る。モノクロでこそあるが、血の色がはっきりと脳裏に浮かんだ。
「血だまりに塗りつぶされた魔術陣、神殿を模した家具の配置、そして密室ですか。ありきたりな所を言うのなら、魔術儀式の生贄にする形で殺された、と言う所でしょうが」
「何か、もうわかったんですか!? 生贄って言えば、悪魔ですよね!?」
矢加部ちゃんが判ったとばかりにこちらを見ているが、生憎と細かくは断言できない。
「そもそもただの悪魔召喚であれば、俺なんぞを呼ぶまでもなく解決しているでしょう。術の痕跡から召喚者も、召喚された側の悪魔も割り出せるはずだ」
「ええ、そこが問題なんですけれど。ハッキリと申し上げて、私の知らない術式が用いられているのです。血だまりが無ければまだ何とかなるのですが、『何をする術式か』すら判らないので、お手上げですの」
「となると、お姉さんが招き入れた日本人の術者が犯人と言う線が濃厚ですね……」
「ええ、そうなりますわ。ただ、それだけとも言い切れませんの……」
どうやって殺したか、その問題についてはひとまず事務所で出来る事は片が付いた。
「では最後にもう一つ。お姉さんが殺される心当たり、有りますか?」
どうして殺したか、その問題はオカルト相手には非常に有用だ。何故なら、『嘘が付けない』から。動機がある人物が一人に特定されるのなら、そいつが犯人に決まっている。
「取り合えず、血族については全員動機があるでしょうね、私含めて」
彼女がそう言った以上。これもまた真実だ。ルイスの誤解と言う可能性もあるが、
矢加部ちゃんは息を呑んでいるが、これがまあ良くある話なのだ。だから俺はこの質問を最後までしたくなかったわけだが。
「姉は相続権第一位、本家の長女でしたからね。私もそうなりますが、彼女が居なくなることで得をする人物は多いはずです」
「……そんな、実の家族なのに損得勘定だけで考えるなんて……」
普通の人間だったら、『得をしても、実の家族を殺せるはずがない』と言うだろう所を、損得込みで『殺すかもしれない』と言ってしまう。実に不快。だが、依頼人だ。
「矢加部ちゃん、堪えろ。これが魔術師の現実(リアル)だ」
「あら、そちらの方は魔術師ではなくて……?」
「俺が預かっている、『訳アリ』の子だ。深くは聞かないでくれ」
「分かりましたけど、話は続けますわよ。彼女は家を継ぐべき者でありながら、日本の技術を取り入れようと言い出し、あまつさえ日本にまで来た身です。古い考えを持つ者達の中には、そのことを恨みに思ったりするものも当然居たでしょうね」
若手は損得勘定から、老練は誇りから。それぞれ動機があったという訳だ。
「ちなみに聞いておくが、お宅の家督に関するルールはどうなってる?」
「ルールというよりは、派閥の問題ですわね。そういう意味では、姉が相続権第一位だったことも『長女だったから』ではなく、『政治的に強い派閥に担がれたから』とも言えますわ。彼女にとっては疎ましいだけだったでしょうけど」
一族の中でも派閥争いをしているということは、次女のルイス以外にも『後継者候補が潰れた事で』得する奴が多いのだろう。『ルイス嬢は実績が少ないから』などと言い出して、分家の子供を養子にして当主に仕様とする奴も居るか。……しかし
「そういう割には貴女とお姉さんは仲が良かったように聞こえるがな?」
「まあ、姉は魔術師としてはかなりズレた――と言うより、『一般人より』の感性をしておりましたので、私の事はかなり可愛がって下さって居たのです。私自身も、愛情と呼ぶには些か物足りないでしょうが、それでも比較的大事には考えていたんですのよ?」
彼女が云々ではなく、魔術師としての感性そのものが大問題なのだが。それでも、魔術師なりに実の姉の事を大事にしていたらしい。嘘ではない、のだろうな。
「さて、粗方話しましたし、後は聞くよりも見る方が早いでしょう、私が『妖精の裏道』を用意しておりますので、先ずは現場の方に来てくださいな」
妖精の裏道、と言うのは要するにワープゲートの類の魔術だ。四次元的に世界を歪めるだの、風水の応用で距離そのものを一時的に縮めるだのと聞いたが良くは知らない。
「最後に一つ――いや、これは興味本位の質問だがね。俺の事はどこで知った?」
「姉のメモに貴方の名前もありましたの。魔術探偵ウリサカ。まあ、姉は会いに来れなかったようですが、『何かの縁』と言うのでしたかしら」
「それで頼ってもらえるとは光栄だね。全力を尽くそう」
言って荷物をまとめ始めるこちらの背に、彼女は一言。
「私からも一つ良いかしら。一応聞いておくわね、貴方は姉を殺した犯人ではない?」
ルイスはこちらを魔術師と思っている。俺が嘘を吐けない前提で。
「もちろん、俺は貴女のお姉さんを殺してはいない。ミス・ルイスは?」
「もちろん、私も殺してなどおりませんわ」
彼女もまた、嘘を吐いていない。まあそうだろうな。この状況なら一番可能性が高いのはルイスだ。が、そもそも彼女が殺したのなら自力で証拠隠滅して終わりである。
空になった湯呑をシンクに下ろすと、俺たちは事務所を出た。
「念写ではわからなかったと思いますが、このような何とも無粋な有様ですの」
そう言ってルイスが指さしたのは色鮮やかに彩られた二畳ほどの円陣。
「これはまた、一体どうしてこうなったんだか……」
「皆目見当もつきませんわ。少しばかり呼んでくる人がいるので、お待ちください」
言うと、ルイスはスタスタと去っていった。
「しっかし、これは酷いね。綺麗に魔術陣が潰れてら」
着くなり上げられた一室で、血塗られた魔法陣をつぶさに観察する。矢加部ちゃんは部屋の中をきょろきょろと見回していた。
「瓜坂さん、不謹慎じゃないですか? 人が死んでるんですよ」
「不謹慎かどうかを気にするような相手なら、俺だって言葉を選ぶぜ?」
チラと目を向けた先のルイスが三人の男女を連れてきた。
「お待たせして申し訳ありません。こちらは一族の中でも昨日の一件に関してアリバイが取れていない、と言うより黙秘している者達です」
「黙秘も何も、皆さん嘘を吐けないんだから犯人じゃないことの証明には事実を言ってしまうのが一番じゃないですか?」
「あちらさんにも色々あるんだよ。魔術師は秘密事が多いからな。アリバイがあっても話したがらない連中は多いのさ。……そうでしょう? 皆さん」
問えば、ルイスが通訳してくれた上で、三人とも頷いて返した。
「取り合えず、現場の確認を優先したいので、お三方とルイスさんは別室の方にお願いできますか? ……万が一にも証拠隠滅などされては敵わないですからね」
ここがルイスの工房であり、魔術の使用に制限が掛かると言っても、強引な手段を使って証拠隠滅を図る人物がいるやもしれない。向こうもおとなしく引き下がった。
「ではまた、後ほど」
そう言ってドアを閉めるルイスを見送ると、俺と矢加部ちゃん二人きりになる。
「さて、検視と行きたいとこだが……。矢加部ちゃん、気持ち悪いようなら飴でも舐めときな。この間八百屋さんとこでもらってきた奴、ほらこれ」
「別に要りません。私だって超常現象(こっち)側の事件はもう何回か見てますし……」
言うものの、やはり顔色が悪いので市販ののど飴を強引に握らせる。
慣れないだろうな、と思う。俺自身、血生臭いのは今でも苦手だ。
「うちは町内会の手伝いとかの何でも屋の仕事が多いからな。本当はそっちだけ手伝ってもらいたい所なんだが、信頼できる人手が居ないとオカルトの方の仕事も難しい。申し訳ないけど、荒事になったら手伝ってもらうからね? 俺、魔術師としては三流だし」
矢加部ちゃんは超能力者だ。幻影系の能力なので戦闘には向かないけれど、相手に幻を見せて足止めするのは、逃げる時にとても役立ってくれる。
俺がただの一般人だということは彼女にも伝えていないが、『戦闘力が無い』と言う意味で三流魔術師という風に教えてあった。
「ええ、はい。分かってます。そもそも、ヤマモ……お父さんに頼んで居候させてもらってるのは私なんですから、出来ることぐらいはやります」
「まあ、八歳差だっけか? 別に、ヤローを父親と思わなくてもいいさ」
矢加部ちゃんが口を閉ざし、飴玉を舐め始めたので現場に目を移す。
「(はてさて、これまた珍妙な……。色とりどりの魔術陣とはね)」
形は一般的な円陣。しかし普通は一色で描くそれが、なんともカラフルに。実に五色刷り。いや、白と黒を混ぜれば七色になるのか。紙の地と白色がそれぞれ別で紛らわしい。
「(つってもまあ、色は属性を表すから、多色の物も珍しくないけど)」
魔術陣の上に広がるのは黒い血溜り。ルイス曰く、工房の管理システムの一部にルイスとその姉・故マリーの血を使っていたらしく、試した結果姉の物で間違いないとのこと。
「ねえ、瓜坂さん。魔法陣の上に転がっているものに、血が固まったにしては変な形のものがありませんか? そこの、そうそう。端っこの方の奴とか。お手柄、ですかね?」
右往左往する矢加部ちゃんの指の先。いくつかの固形物が目に映る。
「ああ、かも知れん。触媒や魔術鉱石だろうな。今の魔術は錬金術みたいな古・中世科学や鉱石信仰を応用したものも多いから、術を安定させたり属性を付けるのに使うんだ」
血に染まっていて正体がわからないので、表面を擦るための歯ブラシを……。おっとっと、いけない。まずは現状保存のために写真を撮らないと。
「矢加部ちゃん、カメラ取って。カメラ!」
「え、ルイスさんはなんだか嫌がってましたけど……」
「考え方が古いんだよ。それに人の嫌がることをするのが魔術師だしな」
「捻くれてますねぇ。ルイスちゃんのあの冷酷さもどうかと思いましたけど、瓜坂さんもちょっと悪人っぽい所ありますよね」
聞き流しつつ、受け取ったカメラで写真を撮る。返事はしない、ぐうの音も出ない。
「はい、カメラありがと」
押し付けるように返し、ビニル手袋をして触媒を調べ始める。
「全部、錬金術系か……。硫黄、辰砂、食塩。こっちの三つは、並びからして硫酸塩と塩化水銀の特殊鉱石かな。矢加部ちゃん、触るなよ。ほぼ全部劇物だ」
「そうなんですか?」
「まあ、うん。錬金術の三原質っていうのがあってな、中国の練丹にも通じるんだが……。ざっくり言えば、化学的に尖った物質どもだ。体内に入れることはお勧めしない」
言うと、怯えたように矢加部ちゃんは一歩後ずさる。俺も丁寧に手袋を取り、自前のゴミ袋に突っ込んだうえ、両手をコンビニのお手拭きで拭った。
「しかしまあ、食塩と硫酸銀のある当たりの陣が比較的綺麗で助かった。全く、モノクロの念写はこれだからいけないってんだ。色は属性に照応し、錬金術で洋の東西を繋いだ、と。中々滅茶苦茶な変換を行っていやがるな……」
よく見てみれば、通常二重円で構成されるべき魔法陣が、約七層。
相当複雑な形状になって居る。
「これを即席で描いたってのは考えにくいが……。矢加部ちゃん、部屋にある物見てもらっていい? 痕跡にしろ、道具にしろ。フリーハンドでこれを書くのは無理だろうし」
「なんか道具が無いかって所ですね!? 分かりました、探しますよ~」
意気込んで端の化粧台に向かって行く彼女。そこは違うと思うけど。棚上げして、魔術陣の調査に戻る。矢加部ちゃんが見つけるのには時間がかかるからな。仕事、仕事っと。
「時に矢加部ちゃん、折角だからちょっとした魔術の授業だ」
「聞くだけなら何も起こらないですよね? 私これ以上、変な力とかいりませんよ」
嫌そうな物言いに俺は首を横に振ってから、矢加部ちゃんがこちらを見ていないことに気付き、言葉に替える。
「何も起こらんよ。ま、一応俺の助手だからな。ある程度の知識は着けてほしい」
「そういうことなら。ぜひぜひ、聞きたいです」
応ずる矢加部ちゃんにどこから説明しようかと、しばし悩む。
「矢加部ちゃん、魔術陣ってなんだと思う?」
「……んーと、魔術を使う時になんかよく出てくる奴ですよね? 幾何学模様の」
案の定というべきか。大した知識はないらしい。
「魔術陣っていうのはね、大本のところは神様を降ろしたり、悪魔を召喚するタイプの儀式のときに、『魔術師が作業するスペース』を確保するための物だったんだ」
「作業するスペース……?」
「まあ、ざっくり言っちゃうと、悪魔や神が現れた時に生贄と間違われないためだったり、危害を加えられないための結界、みたいなイメージだ」
日本のサブカルの影響で勘違いされがちだが、魔法陣・魔術陣というのは『術を使うための道具』ではなく『術者を守る魔術』である。
「まあ、魔術師たちも『作業スペース』としての使いやすさを拡張して行って、今の時代じゃア色んな魔術陣が存在しているがな」
俺は魔術陣の周りをグルグルしながら、呼びかける。しばし間があって、返事。
「使いやすさ……。ああ、元々が身を守るための物ですもんね。『外の敵を攻撃する機能』とか、『中に居る魔術師が魔術を使いやすくする機能』とかってことですか?」
「大正解。そして人によっては、『中の魔術師を守る機能』を除外(オミット)して、攻撃特化型の魔術陣なんかも作るようになった」
問うと、化粧台を諦めてクローゼットの方を見ていた矢加部ちゃんは言った。
「それが、今日本の漫画とかアニメに出てくる『魔術を撃ち出す幾何学模様』ですか」
「まあ、諸説あるうちの一つだけどね。単純に格好いいってのもあっただろうし」
「なんかいい加減ですね、瓜坂さん」
矢加部ちゃんはクローゼットも無理だと思ったか、本棚に移動。
「しかしでも、そう言う意味じゃあ『攻撃機能も防御機能も削って魔術の使用性アップに特化した魔術陣』みたいのも存在するのかもしれませんね」
言われて、ピンと来る。確かにわかりやすい印象だ。
「よし、それ採用!」
「へ? なんですか。採用って……」
「気にしない、気にしない。ところで、これなんだと思う?」
指さしたのは部屋のドアにさりげなく掛けられた皿の形のインテリア、その裏から取り出したるはゴツ目の電卓だ。明らかに家庭用ではなく、事務用のそれである。
「あれ、魔術師の人たちって機械の類を嫌うんじゃないでしたっけ?」
この娘の手柄にしようと思っていたのだが、時間がかかりそうなので自ら指摘した。
「おう、でもその魔術師がわざわざ計算機を使ってまで、何を計算したんだろうな?」
「さて、一通りの検分は終わったのかしら?」
矢加部ちゃんに頼んで、ルイス含む四人を連れてきてもらう。
「まあ、一応。本当はそちらのお三方にも話を聞きたかったのですが……。どうやら必要ないみたいです」
「おやまあ、すごい自信ですこと」
「どちらかといえば、運が良かっただけですよ……」
言われた俺は、軽く謙遜する風に頬を掻いてから、堂々と見えるように半歩踏み出す。
「お三方に話を聞かない理由は単純。『この状況』を生み出す理由が無いから。まず家督狙いであるなら、妹のルイスさんを一緒に殺していないことがおかしいです」
「まあ誰だって、実の姉が死んだとなれば警戒ぐらいはしますわね。魔術師ともあろうに、それを理解しない愚か者はいないでしょう」
身内といえども仲は良くないのだろう、ルイスと親族たちが視線で火花を散らす。
「まあまあ、落ち着いて。たとえ家督狙いでなかったとしても、状況証拠の残し方が杜撰すぎます。それに、国を跨ぐだけでも星の並びや霊脈のズレが生じます。わざわざ不利な日本で殺人を行う理由は無いんですよ」
「言われてみれば、そうですね……」
と、矢加部ちゃんが相槌を打ってくれる。ナイスタイミング!
「という訳で、あり得るとしたら日本人の犯行、誰ぞやの衝動的犯罪という所でしょうが……。今回の事件、残念ながら犯人はいません。事故です」
「些か強引にまとめられた気もしますが、身内に犯人が居ないというのは理解できました。ですが、事故死と断定される理由がわかりませんわ」
ズイと寄ってルイスは説明を求めてくる。引かず、俺は応えた。
「もちろん、理由は有ります。それをこそ、たまたま運が良かったという所の話なんですよ。……この魔術陣、何のための術式だと思いますか?」
「何って……。魔術師は研究を秘匿する物、分かるはずありませんわ」
それを調べる本職を前にしているだろうに、よくもまあ言ってくれるものである。俺は、部屋に隠されていた計算機を取り出した。
「ちょっと、瓜坂探偵!? 私達が機械を好まないのはご存じでしょう?」
「これはね、貴女のお姉さんの所持品です。そしてお姉さんが機械を使ってまで計算しようとしていたのが何か、その答えがこの魔術陣です」
「そんなもの、見つかりませんでしたわよ!? それに、計算ですって! 錬金術や占星術でもなければ使いませんわよ。馬鹿にしているのかしら?」
よし、激昂した。これで、安心して話に乗せられる。
「計算機を頼ったのが恥ずかしかったのか、隠してありました。……この魔術陣はね、東洋と西洋の術を属性を起点に変換し、並列化・混合運用を可能にするための『変換器』の術式なんですよ。貴女の姉はきっと、天文学的なわずかな穴をも埋めるために、わざわざ機械を頼ったのでしょう」
「わざわざ混合運用などしなくても、一度系統化し直せばいいじゃないですの? なぜ私の姉がそんなことをしたのか。魔術師を馬鹿にするのも大概になさいまし!」
よし、食いついた。放さないよう丁寧に、しかして大胆に俺は騙る。
「いいや。馬鹿にしてなどおりませんとも。系統化……術を解体しきって再構成すれば確かに自由度は増しますが、その分伝承の力を引き出し辛くなって効果は弱まります」
魔術というのは、あらゆる奇跡や伝承を模倣し、その仕組みを調べ、統計的な技術に落とし込む。実に科学的な学問であった。いわゆる自然科学でなく、人文科学の類だが。
しかし、分解すれば伝承からは遠のく。そして力も弱まってしまう。
「それを避けるために、この魔術陣を作ろうとしたのでしょう」
先ほど矢加部ちゃんに言った通り、本来は、術者の作業場所を整えるのが魔術陣だ。
「この魔術陣が意味する『変換器』というのは、錬金術の応用によって西洋四大元素と東洋五行を整え直し、神秘の行使をしやすくするための物だと考えます」
告げた内容に、居並ぶ四人の魔術師がフムフムと頷き、専門用語多めの解説に矢加部ちゃんが目を白黒させている。
「失礼ながら、助手への授業を兼ねて細かい説明をさせていただきますと……」
「それはまあ、なんとなくは分かる気がします。私自身、オカルト側ですし」
「魔術で『属性』を付与する場合、『属性』ということそのものが文化・伝承の在り方によって異なるために、系統の異なる魔術と重ね合わせて使うことが難しいんだ」
「仕組みとしては、なんとなくわかります。日本の『鬼』と西洋の『悪魔』が厳密には違う、みたいな話ですよね?」
「おう。正解。……この魔術陣はな、中国の道教仙術・日本の陰陽術の五行を西洋の四大属性に変換し、魔術の行使をしやすくするための物なんだ」
そこまで言い切った事で、なんとなく納得がいったか。矢加部ちゃんは頷いた。
「さて、しかして問題はこの『属性の変換』をどのように行ったかに有ります」
俺が指さした魔術陣は、七重の超複雑な幾何学模様。
「そもそも日本の陰陽術や中国の道教においては、仏教の縁起法――全ての物はお互いに関連し合っているという考え方――の影響が強いために、五行の属性はそれぞれに鉱石や色などと紐づけられて居ました。そこで西洋式の魔術陣に五行で使う『色』と錬金術における属性配分に『鉱石』を当て嵌めることで、属性の変換を図ったのだと思います」
「確かに姉は日本の魔術に興味を持っていましたわ。ですがそんな目的が……?」
「元からの研究対象なのか、偶々そういうことが出来る事に気付いたのかは知りません。いえ、思い付きで作っている途中だったのかもしれません……」
言葉を紡げば、後は言わずともわかるとルイスが食いついた。
「不完全な魔術の実験中だった、というのなら事故死もやむを得ないかも知れません……。後学のために、ですが。事故の理由などは?」
勿論、諸説用意してある。
「まず根本的な問題ですが、西洋魔術の四大元素『火・水・土・風』に対して、道教や陰陽道の五行は『木・火・土・水・金』です。なまじ被る所が多いのですが、五行においては『風』の属性は『土』に含まれてしまうため、細かい変換ミスは起こるでしょう」
そしてダメ押しにもう一つ。計算機を取り出しながらも、俺はおずおずと陣の上の触媒を指さした。
「もう一つの可能性としては計算不足。汎用性を上げるためと思いますが、内側が五行ベース、外側が四大元素で纏めてあり、それを調整する形で触媒に錬金術の三原質・五元素である『塩・硫黄・水銀』とその化合物が使われている。ハッキリ言って欲張りすぎだ」
しかも、それぞれに伝承的背景が異なるから、変換の計算が難しすぎる。計算機を持ち出してすら、ミスの一つや二つあってもおかしくない。
「最後に付け加えるなら、術者の性格でしょうね。聞くところによると、故人は『魔術師らしからぬ』方だったようで。周りに迷惑をかけないように、己に作用する術を使ったもののそれが暴走して……、という所かと予想します」
「あの姉ならば、かなりあり得る話ですわね……」
「本当は死者の研究を暴くべきではないのかもしれませんがね、マリーさんは偉大な研究をしようとして、しかし急ぎすぎたのでしょう。誠に、残念です」
話は終わりだとばかりに告げると、しばしの沈黙。同じ魔術師として、欲張る気持ちも事故への恐怖もあったのだろう。それぞれが物思いにふける。
やがて気を持ち直したルイスから謝礼を貰い、俺達は館を後にした。
翌日の昼間。矢加部ちゃんが学校で事務所に居ない中、俺はとある客に応対していた。
「さて、そう言った具合で話を着けてまいりました。マリーさん?」
「ありがとう。ミスター・ヤマモトにそう言った専門家が居ると聞いたときは半信半疑でしたが、何とお礼を言っていいやら分からないです……。これで魔術師をやめられます」
彼女こそは今回の『本当の』依頼人にして、『被害者』ことマリー・スリップジグである。ちなみに幽霊ではなく、ちゃんとした生身の人間である。
彼女が俺にした依頼は一つ。価値観が合わないものの周囲の重圧のせいでやめられない魔術師をやめる方法を探すこと。それに対して俺が提示した解決策は、彼女の死を偽装して体よく逃がすことであった。
「お礼というなら、ルイスさんから相応の礼金と口止め料を頂いておりますし、残りは俺の正体――魔術師で無いことの黙秘を徹底していただけば十分ですよ」
彼女は気まずそうにした後、何か思いついたように一冊の大学ノートを取り出した。
「ですが……。そうね、コレを追加報酬とさせて貰ってもいいですか? 魔術師で無いウリサカさんには要らないかもですが、何かにお役立てください」
パラパラとめくって見ると、それは正しく彼女の最後の研究。西洋魔術と東洋魔術の属性変換に関する、研究資料であった。
「では、ありがたく頂きます……」
「ええ。では、『死んだはず』のワタシが長居するものではないですからね。失礼します」
言うと、マリーさんはいくらか紅茶が残ったカップを机に置いて、立ち上がる。
「お見送りしますよ」
「あら、ありがとうございます」
ドアの向こうに広がるのは、まだ蒸し暑い青空。
「本当に、お世話になりました」
「お達者で。よい人生を、マリーさん」
立ち去る彼女の未来を祝福するかのような空をしばし見やり、ドアを閉めようとしたその時、声が響く。
「瓜、坂さん。私、今日半ドンで帰って来たんですけど……。じゃなくて、今のって誰ですか!? え、マリーさんって……」
我が事務所の居候こと、矢加部ちゃんが驚いた顔で立っていた。
「誤魔化し、効かない感じかな?」
「まあ、一通り追求しますし、何ならルイスさんに連絡しますよ! 瓜坂さん、どういうことか聞かせてもらえますよね?」
やや潔癖のケがある彼女に、凄むように言われる。そんなことされたら、非力な俺は縊り殺されてしまう。
「それは流石に困るね。じゃあ、解決パート第二部と行こうか!」
バレてしまったらしょうがない。変に探りを入れられたり、疑心暗鬼を生じたままやっていくくらいなら、洗いざらい話してしまった方が良いだろう。
ひとまず俺は、緑茶とお茶請けの和菓子を取りに、キッチンの方へ入っていった。
「どこから聞いたものだか、というのもなんですね。単刀直入に聞きます、先ほどのは一体どういうことなんですか?」
「どうもこうも、見たまんまよ。あの人が『本当の』依頼人。事故死したはずのルイス・スリップジグの姉こと、マリーさんだ」
「本当の依頼人……」
その言葉一つ拾って、矢加部ちゃんは熟考する。実に聡く、情報に敏感だ。探偵としてはこの上なく重要な才能で、そして俺のもう一つの稼業においても、それは同じ。
「……オカルト詐欺師。ヤマモトがそう呼ぶところの仕事が、俺のもう一つの仕事だよ」
「詐欺師。犯罪じゃないですか! ……そんなこと、許されると思ってるんですか!?」
やや潔癖な所があるのは分かっていたが、タイミングが早かっただろうか矢加部ちゃんが激昂する。後悔しても始まらないように、俺は落ち着けと手ぶりで伝える。
「うん。厳密に言えば、『解決法の一環として人を騙している』というのが近い。基本的には何でも屋だね。よほど悪辣な相手なら、それ相応の報いは受けてもらうけど」
「だったとしても! 人を騙すのは悪い事です!」
嘘を吐けない超常存在の中には、他人が嘘を吐く事に拒否を示す者も居る。大概は擦れて『騙されたら殺す』狂気に至るけど、彼女はオカルトとしては日が浅い。嘘を吐けない性質と生来の潔癖が合わさり、強迫観念じみた正義感を抱くようになったのだろうか。
肩で息をしながらも、冷静さを取り戻そうとする矢加部ちゃんを見つめ、煎餅を一口。
「正直、私自身としては誰かのためであっても『騙す』ことを良い事とは思いませんけど……。ヤマモトさんが知っている以上は私に逃げ道はない、という事ですよね?」
細かい所にもよく気付き、そして何より冷静に問題点と『手の打ちようがない問題』を区分できる能力。その器用さは、ぜひ手元に置きたい。
「うん、そうだね。まあ、ヤマモトはあれで中々親切な奴だけど、別に裏が無いわけじゃない。アイツがどういう対応をするかはともかく、君自身が耐えきれないだろう?」
「ええ、瓜坂さんが『詐欺師』と分かって居ながら私を預けたんですから!」
「うん。だからまずは、そうだね。今回の事件の話からしようか」
俺が言い切った時、矢加部ちゃんは既にこちらに掌を向けていた。
「別に私、今すぐ逃げてルイスさんのところに言ったっていいんですよ?」
幻術で俺を足止めして、か。内心の冷や汗を、おくびにも出さずにおどけて返した。
「おいおい、能力を使うつもりかい。察していると思うが、俺は無力な一般人だぜ?」
「やはり、そこから嘘なんですね。ハァー。でもだからって、実力行使をためらうほど私は甘くありませんよ!」
「おいおい、野蛮な正義だね。君が言う通り、俺がやっているのは詐欺だ。好きなだけ追及してもらってもいい。だが、無自覚とはいえ君も詐欺の片棒を担いだんだ。ルイスのところに行ってただで済むと思うのかい?」
「脅すつもりですか!?」
正義(やかべちゃん)と悪(おれ)、先ずはその構図をハッキリさせた。
その上で、冷静さを取り戻させる。実力行使に正統性と有効性が証明された以上、矢加部ちゃんが能力の使用をためらう理由が無い。だからこそ、話を聞く。
「別に、脅しちゃいないさ。ただ、話を聞いてから判断しろと言っている」
他の相手なら騙す所だが、長い付き合いになるんだ。今回は嘘を吐くだけ分が悪い。
「まあ、魔術師と違って一般人の瓜坂さん相手なら実力行使が効くでしょうし。話くらいは聞いても良いです」
そして案の定、クールダウンした彼女はドサッとソファに座り直す。
「……私だって、自分の了見が狭いのは知ってますよ。でも、そう言う『器用』なやり方みたいなの、あんまり好きじゃないんです」
「潔癖の自覚があるのは良いことだよ。嘘も方便だ、なんて言葉で丸め込まれるとも思っちゃいないがね。取り合えず没交渉ってわけでも無くて安心した」
「でも、これで嘘を吐かれては敵いませんからね……。暗示をかけさせてもらいます」
言うと、彼女は俺の方に再び掌を向けた。言葉に、俺は素直に驚く。
「おいおい、幻影系能力の応用で暗示まで使えるのか! 待てよ、じゃあさっきの矢加部ちゃんは俺を自殺させるような事も出来たわけか?」
実際、西洋の魔物や日本の妖怪には人に暗示をかけて自殺させる者も居る。矢加部ちゃんにそんな度胸が無いことは知っていたが、彼女の底を見ようと俺は口にした。
「そこまでは出来ませんよ。『心の底からしたくないこと』レベルなら抗えます。でも、くだらない嘘で時間を食われるのは嫌なんです、私」
声と共に彼女の掌が軽く発光し、キーンという耳鳴りのような音がなり始める。
矢加部ちゃんの掌の上の人魂は揺れ動く五円玉のように不安定で、しかして目を逸らし辛いような何か引き寄せるものをもって俺の視線を釘付けにする。
「(ッく。ああ!? こりゃマジ物の洗脳能力並みじゃないか……。抗うのは、無理か。自覚はないんだろうが、問われないように気を付けよう……)」
恐らくだが、『何をしゃべるか』はある程度コントロールできるが、『聞かれた事』には余さず答えねばならないのだろう……。厄介極まりない。
耳鳴りと頭痛は三十秒ほど続き、そしていきなりパッと晴れた。
「ハァ、ハァ……。矢加部ちゃん、ちょっと休んでいい?」
「何息乱してるんですか瓜坂さん。私の暗示はそんなに持たないんで、テキパキ質問させてもらいます」
矢加部ちゃんが言いたいこととしては、つまるところ二つ。俺が詐欺師としての仕事をしているのが気に食わないが、しかし意味があることも理解できる、という所か。
「まず、昨日の一件の真相がなんなのか、そこから教えてもらえますか?」
「そうだね、まずは軽く事情を整理する所からだ。マリーさんが依頼に訪れたのは一昨日の事。矢加部ちゃんに茶葉のお使いを頼んでた間だな」
「つまり、ヤマモトさんの電話ですぐに来ることが分かって、私をお使いに?」
「そこら辺は長年の経験だな。ヤマモトが『昨日今日』と言ったら、三十分以内の事だ」
予知能力でもあるのか。電話が掛かって来るのは決まって依頼人が来る直前である。
「それで、依頼内容は……。『魔術師をやめたい』っていう事だったんですか?」
「おう、正解。ルイス嬢の言っていた通り、『魔術師らしからぬ感性』を持っていた彼女は家族とのズレや自分が家督を継ぐことに疑問を感じていた……、と思われる」
「って言うと、どういう事なんです?」
「単純に、自分の事をあまり語りたがらなかったからだな。ある程度は『探偵』としての推察にはなるが。まあ、そこまでの大外れではないはずさ」
実際、それこそ自殺しかねない様相で激しく思い詰めていたのだ。
「事件現場の偽装トリックは、科学捜査が入らない前提だったからかなり雑だな。あらかじめ百均の血糊を塗って乾燥させた魔術陣の上から、生理食塩水で薄めた少量のマリーさんの血を掛ける。これで、『致死量の血液』の出来上がり」
乾いていない上澄みを何らかの魔術で検証することは見えていたので、魔術陣の汚し部分を血糊で代用し、検証に使うだろう部分だけ本物を使ったわけだ。
「向こうが警察に依頼したり、理科学の知識を持っていた可能性は無いんですか?」
「ない。魔術師は法に触れるような事も平気でやる連中だから、警察には近づきたがらないし。スリップジグ家が自然科学の技術や機械を毛嫌いしているのは、昨日見ただろ? ちなみに、あの計算機も俺の私物だかんね」
あとはまあ、話術の応用で『事故死以外の可能性』を追求しにくい雰囲気を作ったり、あらかじめ聞いていた情報を『今推理しました』という顔で告げて、俺の言葉の信頼性を上げた程度。
「簡単とは言わないが、『嘘を吐く』事を念頭に置かない連中だ。存外簡単に騙される」
「だから、その態度が良くないって言ってるんですよ!」
一度冷静さを取り戻したからだろう。言葉に、先ほどのようなすごみは無かったが、しかしそれでも辛抱ならない様子で彼女は続けた。
「真相は分かりました。でも、本当に騙す必要があったんですか? それに、きっと今までにも瓜坂さんは色んな人を騙してきたはずです。本当に正しいと言えますか?」
そう、本日二つ目の議題。それは結局、この娘が俺の仕事に納得するかどうかだ。いや、納得などはしまい。それでも最低限、許容はさせなければならない。
「矢加部ちゃんは、本当に実直だね。実にオカルトらしい」
オカルトが嘘を吐けない理由について。一説には『常ならざる力を持つために嘘を吐く必要が無いから』という物がある。彼女はそこまで傲慢ではないけど、しかし明確に『吐かない』という意思を持って嘘を吐かない少女なのだ。
まずは詐欺師らしく、彼女の正義感に付け込んで指摘を入れる。
「まあね、騙すことを悪とする、嘘を吐くのを好まないって気持ちは分かるが……。今回の一件、損をしたやつが誰か一人でもいるか?」
「それは……」
「マリーさんは望み通り後腐れなく魔術師をやめた。スリップジグの一族は冷血な魔術師らしく彼女に未練はないだろうし、どころか若手どもは家督を奪うチャンス、老人達にとっては疎ましい日本魔術が入り込む可能性が消えたわけだ」
「でも、それでも結局、瓜坂さんはルイスさんとマリーさんから『謝礼を騙し取った』事にはなるじゃないですか!」
「ルイスが言ってたろ、『一族の全員に動機がある』って。実際、『死んだこと』にせずにマリーが家を出ようとしていれば、ひと悶着では付かないどころか、全て終わった後に怨恨で殺されても仕方なかっただろうさ。第三者が立ち入らずに解決するのは無理だ」
「それは……。でも、やっぱり騙すのは……」
「『真実はたった一つ』なんて皆言うけどね、真実が一つという事は『得した奴と損した奴が一セット居る』という事なんだよ。そんな真実、新たな怨恨の火種に過ぎない」
「だからって、真実を隠して偽りの平和と幸せをばら撒くんですか!?」
「おう、そうするとも。優しい嘘なんてものを自称するつもりはない。幸福の贋作をばら撒いて、そっから中抜きでお金を盗むのが俺の仕事だからね」
だけども、だからと言って。誰かを不幸にすることを、俺は正義と認めない。
「でも、慈善事業じゃないからと言って、真実だけが正しいことだとは、俺は思わない。『残酷な真実』なんて言葉の陳腐さは、それだけ傷付いた人が多いってことだ」
矢加部ちゃんは、長く返事をしなかった。
「手伝えとは言わないからさ、取り合えず俺の仕事を見て、また考えなよ。とりあえずは、探偵業務のお手伝いだけで良いから」
言うと、俺は新しいお茶を注ぎに調理台の方へ向かう。矢加部ちゃんは結局、事務所を出て行かなかった。
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小説情報
- 小説タイトル
- オカルト詐欺師
- 作者
- 大野知人
- 公開済みエピソードの総文字数
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