魔術探偵は嘘吐きだ! 完結版 第二稿
第1話 虹色の魔法陣/魔術師探偵
- 作者
- 大野知人
- このエピソードの文字数
- 20,921文字
- このエピソードの最終更新日時
- 2021年10月22日 00:03
【
それは九月の初め。防災の日が終わってもうすぐ三丁目の神社で秋祭りだなんだと、町内会長が騒ぎ始めた頃。和菓子屋の搬入を手伝わされてヘトヘトになって帰ってきた俺に、電話が掛かって来た。
「ほい。こちら瓜坂探偵事務所」
「よぉ、親友! 私だよ私、
「英語の使い方が微妙に
やや棒読みになりつつも、完璧な間違い電話対応をする俺。
「(うん、流すのは無理か。つか、どーせ面倒ごとを押し付けられるし……)」
「相変わらずつれないなぁ、君は……。ともあれ、瓜坂……いやさ、セイジ!」
「どうでもいいが、さっきから混ざる妙な外国かぶれは何なんだ。また海外出張か?」
ヤマモトは俺の親友……を自称する、高校時代の同級生であり、ちょっとした仕事の関係者。つまりは赤の他人だ。彼はチンケな探偵である俺と違い、海外にも展開するそこそこ大規模な事業主である。
嫌な予感しかしないけど、取り敢えず冷蔵庫から麦茶を取り出す。長期戦を覚悟した俺は電話をスピーカーモードに切り替えた。
「イエース! 今、イギリスに居るんだ。ところで、私の娘は元気にやっているかい?」
発された問いに、事務所の奥で少し気恥しそう笑っている少女へ目を向ける。そんなに俺の嫌がる表情が面白かったか。黒い二つ結びに化粧っ気のない愛嬌のある顔。真面目そうな彼女の名前は
ヤマモトと養子縁組をした今でも、『矢加部』と呼ばれたがるのは、本人の中でまだ折り合いがついていないからだそうだ。仲は悪くないと聞いているが。
「娘と言ったって、養女だろう? まあでも、元気にやってるよ」
「知ってるとも! 今朝がたも近況報告がてら、少し電話したからね!」
「ならなぜ俺に質問した? ……ハァ、お前と話してると頭が痛くなる。大体、二十も半ばで養子を貰うってのがどうなのさ……」
「気にするな。先生の子供だからって君が引き受けてくれたんじゃないか、喜んで」
そんなことを言われてはメンツに関わる。俺は慌てて否定した。
「全くそんなことはなかったからな! もしかして、もう一人居候を増やそうって話じゃないだろうな?」
探るように用件を急かせば、ノンノンと返事が返ってきた。
「おい、それはフランス語だぞ。英語じゃねぇ」
「こりゃ失敬。でね、用件なんだけどさ。こっちでできた魔術師の知り合いにお願いされてしまってね……。だから今回の仕事は『魔術探偵』としての仕事だよ? お金が入るんだから、喜びたまえ」
「魔術探偵、ねぇ。俺としてはそんな名前を流行らせること自体、出来れば勘弁してほしいんだが……」
余り知られてはいないがこの世界には魔力という物が存在する。それによっておこる現象を魔術と言ったり、魔法、妖怪、神なんて言うが、ざっくりまとめてオカルトと呼ぶ。
ヤのつく自由業やマのつく犯罪組織の如く、ある程度の口封じが行われているからこそ知られていないだけで、彼らは人間社会に深くかかわって生きていた。
「で、相手さんの名前は?」
「先方のお願いでね、折角なら自分で挨拶したいとの事だから。私からは何とも」
「お前が仲介している時点で、厄介事の予感しかしねぇんだが……」
「HAHAHA! 君はいつもそう言いながら面倒ごとに首を突っ込んでいくからね、一周回って伝統芸を見ている気分だよ。まあ多分だけど、今日明日あたりに依頼人が行くと思うから、ヨロシク!」
「しかも直前連絡かよ! 今日俺が出払ってたらどうするつもりだったんだ!?」
「そんなはずはない、万年金欠・仕事不足の君だろう? どうせ商店街の手伝いくらいしか、することはなかっただろうに……」
ぐぬぬ。正確な分析だけに腹が立つ。
「祝福されざる妖精(アンシーリー・コート)か死霊達の狩り(ワイルドハント)にでも襲われろ!」
「殺意高いなぁ、全く……。私相手にいいチョイスしてるよ。全く。まあいい。それじゃあね(Good bye)!」
ガチャリ。
通話と一緒に人の縁も切れないかと、心の底から願った。
とはいえ、これくらいで切れる様なのを、人は腐れ縁とは呼ばない。
やれやれ、と思いつつ。とりあえず飲みかけの麦茶を飲み干した。
お茶請けに梅干しの蜂蜜漬けを一つ、口に放って冷たい麦茶でコロコロ味わう。それから一息ついて、口を開いた。
「矢加部ちゃん、ちょっと良い緑茶買ってきて!」
「イギリス人なら、紅茶じゃないんです?」
「生憎と俺、魔術師っていう連中はあんまり好きじゃないんだ」
「瓜坂さんだって、魔術師じゃないですか……。同族嫌悪って奴ですか?」
言われて一瞬、ポカンとする。そういえばこの子には魔術師で通していたか。
「……ん。ああ、まあそんなもんだ。とにかく、買い物頼むぞ」
「はいはーい。紅茶と緑茶、両方買ってきます」
全く。出来た子だ。少々優等生過ぎるきらいもあって、良いだけとも言えないけれど。
「晩御飯までには戻りますからね。何か一品作っといてもらえると嬉しいです」
そう言うと矢加部ちゃんは事務所のドアをガチャリと開いた。
ピン、ポーン。と探偵事務所のベルが鳴り響く。それは電話の翌日の事。
「ちょっとごめん、矢加部ちゃんドア開けたげて!」
居候兼バイトの女子高生に声をかけて、ドアを開けてもらう。
パタパタと、スリッパの足音。二つ結びの髪の毛が、彼女の肩上を跳ねた。
「分かりました~。回覧板ですかね? それとも依頼?」
「事件であってほしくないけど、事件じゃないと今月の家賃が厳しい」
彼女の声を聴きつつ、己の頬を一つ叩いて営業モードに。ヤマモト相手とは違い、丁寧な態度を心がけないとな。
「はい、今開けます。って、どちら様ですか? まさか、本当に事件!?」
矢加部ちゃんの声に驚いて見ると、ドアの向こうに居たのは何とも可愛らしい――透き通るような白い肌の金髪美少女。十代後半と言った所であろうか、長身だ。
イギリス出身らしく、ハーブ入り小瓶やタータンチェック、ケルトの守り石などを身に着けている。ウェールズ・アイリッシュ・スコティッシュを問わない乱雑なラインナップには、実用一辺倒に偏った『魔術師』らしさも垣間見えた。
「はじめまして」
「おう、よろしくな。お嬢ちゃん」
イギリス風味を匂わせる割に、と言うべきか。よれたTシャツやジーンズなど、どこかアメリカ人っぽさもある。日本人が雑に想像した『外人の子供』って感じの外見の少女だ。
「貴女はウリサカ探偵さんで合ってますか? 今日は依頼があって来たのです……」
キルトをあしらったバッグを握りしめた彼女はスニーカーを脱ぎながら言った。
「(大分流暢な日本語ですが、ハーフの方ですかね?)」
「(いいや、違うと思うよ)」
矢加部ちゃんが手渡した来客用スリッパに自然に履き替えて入ってきた彼女を、応対用のソファに座らせる。同時に、その動きを見て少し気付くことがあった。
「あ、どうぞどうぞ。座ってください。……随分と日本慣れしている様子ですけど、ブリテンから来た魔術師のお嬢さん、本日はどんなご用件で?」
視界の端で事務所の札を『来客中』に変える矢加部ちゃんを見つつ、ちょっといい緑茶と先日和菓子屋でもらった賞味期限ギリギリの茶菓子を出した。
「どうぞ、日本の菓子に日本のお茶ですが、良かったら」
一通りの俺の応対に、彼女はしばし瞬きして。それからニッコリと笑う。
「私、どちらかと言えば日本茶は好きではないなんですけど」
「それは失礼。それなり程度なものですから」
まあ事実、俺の事務所がある浜岡市は小さな地方都市だし、そこまで有名でもない。
返しの嫌味に動じる事もなく、彼女はやけに細い手で湯呑を持ち上げた。
「ちなみに、私が日本慣れしていると思った理由をお聞きしても?」
「正直、その流暢な喋り口調が何よりの証拠だと思いますが……。自然に靴を脱いでスリッパに履き替えた事が大きかったですね。合ってました?」
「Exactly.その通りでございます、わ」
お国特有の、笑みともつかない茶目っ気を浮かべて彼女は言う。
それこそまさしく、ヤマモトとは比べ物にならない流暢な英語の発音だった。授業でしか聞いたことが無いだろう、ネイティブの発音に矢加部ちゃんが少し感動している。
ルイスが口にした某漫画を真似た台詞に、俺は思わず笑ってしまった。
「ハハハ。これはどうも。『魔術探偵』こと瓜坂誠治と、そっちのは訳あって預かっている居候兼助手の矢加部月菜です。漫画にも造詣が深いというなら、ぜひ語り合いたい所ですが。そろそろ用件を聞きましょうか。既に事件は起きた後なんでしょう?」
「ええ、実は昨日、私の姉であるマリー・スリップジグが死んだとしか思えないような奇妙な失踪をしまして……」
言う口元には微笑すら浮かべて、ロクに悲しむそぶりも見せず。ただ淡々と、事務報告か何かのように彼女は語る。その様に、俺たち二人は怖気を覚えた。
ある意味、ルイスが細身の少女であったことが、一番恐ろしい部分だったかもしれない。
「ま、正直私としてはどうという話でもないのですが。ケジメは必要ですからね。犯人捜しをお願いしたいのです」
その言葉に、思わずといった風に矢加部ちゃんが噛み付いた。
「お姉さん、なんですよね!? どうという事もないって……ッ。そりゃあ、死んだことが実感できないとか、色々あるかも知れませんけど。それでも、その言い方はあんまりじゃないですか!?」
彼女は少し前に肉親を失っている。姉の死という言葉に同情を抱いても居たのだろうか。だからこそ
「やめたまえ矢加部ちゃん。これは本人の問題だよ。君がどう思おうが、踏み込むべきじゃない。……たとえ、どれだけ腹が立っても」
本心を言えば、俺も気に食わなかった。
魔術師と言う連中はいつもそうだ。目的のためなら他者の――それこそ身内の命ですら大して顧みない。伝承に親和的であり、また感情に重きを置く魔法使いと違い、魔術師にとってのオカルトはただの研究対象である。故に、人道を軽んじることがとても多い。
「ええ、貴方がたの言う『一般人の感性』とやらも理屈では分からないでもないですが……。正直、どうでも良いですわね。他人なんていつ裏切るかわかりませんし」
「だからって、実の姉でしょう!?」
「矢加部ちゃん、ストップだ。ストップ。ルイス嬢も、余り煽らないで下さいよ」
「血がつながって居るだけでそこまで思い入れる方が、私には理解できませんわ。……おっと失礼。話を戻しますが、それはそれとしても裏切り者は罰さねばなりません。でなくては、互いに信用できませんからね」
ああ、これだ。反吐が出る。技術的な物・筋の通った理屈以外を見下すマッドサイエンティスト。神秘を科学するところの彼ら。溜息を一つ挟んで、話を続けた。
「……まあ、そうでしょうね。現場を見る前に、簡単に事情を聴かせてもらっても?」
「別に構いませんわ。けど、言葉だけで信用できるものですかしら」
「しらばっくれても無駄ですよ。【魔術師(オカルト)が嘘を吐けない】のは、俺だって理解しています。こちら側じゃあ、常識じゃないですか」
この世界はクソゲーだなどと言うが、こと戦闘力に関してはかなりまともだ。武器を扱うには制作・維持コストが必要で、大概は諸刃の剣――何らかのリスクを背負っている。
オカルトにおいても同じ。使用するためのコストと呼べるのが魔力や生贄、触媒、場合によっては自身の生命力。そしてリスクに当たるのが、『嘘を吐けないこと』。
「理由と言われるものは、諸説ありますけどね。『自然の理を欺くからこそ、言葉は欺けない』とか、『人の信仰によって魔力が生まれる故に、偽りの言葉は許されない』とか」
色んな言説がある辺りに、学問としての魔術の未熟さを感じるが。ともあれ、ほぼ周知の事実として魔術師やその他の超常存在は嘘を吐けないのだ。
もちろん俺のような一般人、『存在を知ってるだけで何の能力もない者』には関係ない事であるが、口封じされないために魔術師を名乗っている。嘘だけど。
「ちなみに私の一族では、『悪魔が約束を破れず、妖精が質問に答えねばならないのと同じ』と習いましたわ……。まあ、一般人如き簡単に口封じ出来るのですが」
言葉に、視界の隅の矢加部ちゃんがガタガタと震えている。物騒なのには耐性が無いのだ、脅さないでほしい。いやそのつもりはないんだろうけど。
「あんまそういう物騒なの、好きじゃないですよ、俺は」
「あらあら、人死に事に好んで首を突っ込む探偵さんですのに?」
一応反論してみたが、返って来たのはさらにおぞましい反論。話を元に戻す。
「それで、事態を聞きたいのですが」
「ええ、私たち姉妹は元々日本の物に関心がありまして。特に姉は、日式魔術――陰陽道なども研究に取り入れていたので、その関連の調査でこちらに来ておりました」
「なるほど。そういうご趣味でしたか。期間はどれくらい?」
「こちらに来たのは、五日程前ですわ。滞在予定は二月程」
「そして、亡くなったのが昨日。ホテルではなく借家に滞在していらっしゃるのですね」
「まあ実際には死体は見つかっていないので、生きている可能性もありますが……。現場に残っていた血の量からすれば、死んだとみて間違いないでしょう」
「生きているなら、出てこない理由もないでしょうしね?」
問えば、ルイスが頷く。カップが空になったのを見て、矢加部ちゃんがお茶を注いだ。
「あら、ありがとう。それで、借家に術を施して簡易の工房化を済ませた後、姉は何人かの研究者に会いに行く予定でした。私は日本の鉱石やハーブを集めるために別行動を」
俺もお茶を飲み干し……。矢加部ちゃんが注いでくれないので、自分で入れる。
工房、と言うのは魔術師たちにとっての研究室の事だ。同時に、研究を盗まれないための要塞の役割も果たしても居る。他人の工房の中で自由に動くのは、中々難しい。
「その別行動中に、お姉さんが亡くなられたと」
「いえ、事件があったのは借家の中ですの。昨日は私の帰りが遅かったもので」
「工房内で死んだとなると少し厄介ですね。貴女がた姉妹のほかに、借家に居たのは?」
工房を要塞と称すなら、それを破るには相当規模の攻撃を加えることが必要となるし、目立つようなことをすれば公権力や暗部の陰陽師たちが動くはずだ。
「借家に居たかどうかは知りませんが、工房の結界はスリップジグ家の人間以外を弾くように設定しておりました。後は、姉か私の許可した人間であれば、入ることはできるはずです。血族全員が容疑者と言うことになりますわね。日本に来る手段は、まあ何とでも」
「身内の犯行の線も、結構あると思っていいですかね?」
「むしろ、そちらの方が濃厚ですわ……。ついでに邪魔な派閥に睨みを利かせられますし、そこまで困る話でもないですわね。いえ、蹴落とすチャンスかもしれないですわ」
身内に犯人が居るかもしれないというのに、白い頬を赤く染めてクスクスと楽しそうに語る少女。全くもって、おぞましい。見たまえ、矢加部ちゃんも顔を青くしているぞ。
「一応言って置きますが、魔術で日本に来るのは不法入国ですよ」
「私達は飛行機で参りましたし、他がやった事については知りませんわ」
「……それで、現場がどうなっているか分かる物は有りますか? 調査に必要な道具なども、全部を持って行くわけにはいかないもので……」
言うと、さっきまで震えていた矢加部ちゃんが噛み付いてきた。
「みみっちい内情を言わないで下さいよ、瓜坂さん!」
「だってしょうがないだろう。高い道具をおいそれとは使えないんだよ……」
「それが貧乏くさくて嫌だって言うんですよ!」
少しやり取りをするうち、クスクスと笑うルイスの姿。
「仲がよろしくて結構ですわね。では、ちょっと見てもらっていいかしら?」
言って出したのは、三枚のスケッチ。いや、念写魔術の類であろうか。
先ほども思ったが、紙を握る手首の、異様な細さが気になった。
「カメラを使わないとはまた随分とこだわりが強いようですね」
「あんまりそういう機械とか、好きじゃないんですの」
みっともないところを見せたと顔を赤くする矢加部ちゃんを横目に、渡された紙を見る。モノクロでこそあるが、血の色がはっきりと脳裏に浮かんだ。
「血だまりに塗りつぶされた魔術陣、神殿を模した家具の配置、そして密室ですか。ありきたりな所を言うのなら、魔術儀式の生贄にする形で殺された、と言う所でしょうか」
「魔術陣の上にあった血の量からすると、失血死していてもおかしくない量ですわね」
「そもそも、ある程度より大きな怪我でなければこの量の血は出ないでしょうね。ところで、被害者自身の写真が無いようですが……?」
「ええ。チラッとは言ったと思いますが、死体は影も形もありませんでしたの。……あ、それと。この絵では分かりづらいでしょうが、奇妙なことにこの魔術陣は虹のように七色で塗り分けられておりましたの」
言われてよく見れば、確かに線の淡さがそれぞれ違う。ルイスが奇妙と言ったのは、普通の魔術陣は汚れを防ぐためにも一色で描く物だからだ。
「ふむふむ……。なんとなく見えるような、見えないような」
「何か、もうわかったんですか!? 生贄って言えば、悪魔ですよね!?」
矢加部ちゃんが判ったとばかりにこちらを見ているが、生憎と細かくは断言できない。
「そもそもただの悪魔召喚であれば、俺なんぞを呼ぶまでもなく解決しているでしょう。術の痕跡から召喚者も、召喚された側の悪魔も割り出せるはずだ」
「ええ、そこが問題なんですけれど。ハッキリと申し上げて、私の知らない術式が用いられているのです。血だまりが無ければまだ何とかなるのですが、『何をする術式か』すら判らないので、お手上げですの」
「となると、お姉さんが招き入れた日本人の術者が犯人と言う線が濃厚ですね……」
「ええ、そうなりますわ。ただ、それだけとも言い切れませんわ」
どうやって殺したか、その問題についてはひとまず事務所で出来る事は片が付いた。
「では最後にもう一つ。お姉さんが殺される心当たり、有りますか?」
どうして殺したか、その問題はオカルト相手には非常に有用だ。何故なら、『嘘が付けない』から。動機がある人物が一人に特定されるのなら、そいつが犯人に決まっている。
「取り合えず、血族については全員動機があるでしょうね、私含めて」
彼女がそう言った以上。これもまた真実だ。
矢加部ちゃんは息を呑んでいるが、これがまあ良くある話なのだ。なにせ、連中は派閥争いが大好きだから。故にこそ俺はこの質問を最後までしたくなかったわけだが。
「姉は相続権第一位、本家の長女でしたからね。私を含めて、彼女が居なくなることで得をする人物は多いはずです。悔しいですが、姉は家督にふさわしいだけの腕を――いやそれ以上の『天才』とでも呼ぶべき魔術師でしたからね。嫉妬する者も多かったでしょう」
「……そんな、実の家族なのに損得勘定だけで考えるなんて……」
普通の人間だったら、『得をしても、実の家族を殺せるはずがない』と言うだろう所を、損得込みで『殺すかもしれない』と言ってしまう。実に不快。だが、依頼人だ。
「矢加部ちゃん、堪えろ。これが魔術師の
「あら、そちらの方は魔術師ではなくて……?」
「俺が預かっている、『訳アリ』の超能力者の子だ。深くは聞かないでくれ」
ちなみに、『嘘が吐けない』にしても、黙秘権の行使ぐらいは認められている。いや、ほぼ全員がなにがしかの秘密を抱えている以上、必須とも呼べることだ。
「分かりましたけど、話は続けますわよ。彼女は家を継ぐべき者でありながら、日本の技術を取り入れようと言い出し、あまつさえ日本にまで来た身です。古い考えを持つ者達の中には、そのことを恨みに思ったりするものも当然居たでしょうね」
若手は損得勘定から、老練は誇りから。それぞれ動機があったという訳だ。
「ちなみに聞いておくが、お宅の家督に関するルールはどうなってる?」
「ルールというよりは、派閥の問題ですわね。そういう意味では、姉が相続権第一位だったことも『長女だったから』ではなく、『天賦の才能が有ったから』『政治的に強い派閥に担がれたから』とも言えますわ。彼女にとっては疎ましいだけだったでしょうけど」
一族の中でも派閥争いをしているということは、次女のルイス以外にも『後継者候補が潰れた事で』得する奴が多いのだろう。『ルイスは実績が少ないから』などと言い出して、分家の子供を養子にして当主にしようとする奴も居るか。……しかし
「そういう割には貴女とお姉さんは仲が良かったように聞こえるがな? それに、『疎ましい』って言うのはどういうことだい?」
「まあ、姉は魔術師としてはかなりズレた――と言うより、『一般人より』の感性をしておりましたので、私の事はかなり可愛がって下さって居たのです。私自身も、愛情と呼ぶには些か物足りないでしょうが、それでも比較的大事には考えていたんですのよ?」
彼女が云々ではなく、魔術師としての感性そのものが大問題なのだが。それでも、魔術師なりに実の姉の事を大事にしているらしい。嘘ではない、のだろうな。
「さて、粗方話しましたし、後は聞くよりも見る方が早いでしょう、私が『妖精の裏道』を用意しておりますので、先ずは現場の方に来てくださいな」
妖精の裏道、と言うのは要するにワープゲートの類の魔術だ。四次元的に世界を歪めるだの、風水の応用で距離そのものを一時的に縮めるだのと聞いたが良くは知らない。
「最後に一つ――いや、これは興味本位の質問だがね。俺の事はどこで知った?」
「姉のメモに貴方の名前もありましたの。魔術探偵ウリサカ。まあ、姉は会いに来れなかったようですが、『何かの縁』と言うのでしたかしら」
「それで頼ってもらえるとは光栄だね。全力を尽くそう」
言って荷物をまとめ始めるこちらの背に、彼女は一言。
「私からも一つ良いかしら。一応聞いておくわね、貴方は姉を殺した犯人ではない?」
ルイスはこちらを魔術師と思っている。俺が嘘を吐けない前提で。
「もちろん、俺は貴女のお姉さんを殺してはいない。ミス・ルイスは?」
「もちろん、私も殺してなどおりませんわ」
彼女もまた、嘘を吐いていない。まあそうだろうな。この状況なら一番可能性が高いのはルイスだ。が、そもそも彼女が殺したのなら俺に依頼は来ない。
空になった湯呑をシンクに下ろすと、俺たちは事務所を出た。
金髪を揺らして、ルイスが屋敷を案内してくれる。舞った時に枝毛がいくつも見えて、研究一筋の彼女の性格がよく理解できた。
「念写ではわからなかったと思いますが、このような何とも無粋な有様ですの」
ルイスが指さしたのは色鮮やかに彩られた二畳ほどの円陣。七色に分けられたその魔術陣は、血さえなければ前衛アートと言われた方が納得できたかもしれない。
「確かに、見事に塗分けられてますね」
「ええ、ハッキリと申し上げて、意味不明ですわね。全くもって」
「これはまた、一体どうしてこうなったんだか……」
「皆目見当もつきませんわ。少しばかり呼んでくる人がいるので、お待ちください」
言うと、ルイスはスタスタと去っていった。
「しっかし、これは酷いね。綺麗に魔術陣が潰れてら」
着くなり上げられた一室で、血塗られた魔法陣をつぶさに観察する。矢加部ちゃんは部屋の中をきょろきょろと見回していた。
「瓜坂さん、不謹慎じゃないですか? 人が死んでるんですよ」
「不謹慎かどうかを気にするような相手なら、俺だって言葉を選ぶぜ?」
チラと目を向けた先のルイスが三人の男女を連れてきた。
何やら英語で言い合っているが、あそこまで入り組んだやり取りは俺には聞き取れない。
「お待たせして申し訳ありません。こちらは一族の中でも昨日の一件に関してアリバイが取れていない、と言うより黙秘している者達です」
連れて来た、というには些か喧々諤々なやり取りにも見えるが。雰囲気からして、ルイスは大分目下にみられているようにも感じられる。
姉のマリーさんが天才だと聞いていたことからすると、『腰巾着が威張ってるんじゃない!』みたいな感じだろうか。
「黙秘も何も、皆さん嘘を吐けないんだから犯人じゃないことの証明には事実を言ってしまうのが一番じゃないですか?」
「あちらさんにも色々あるんだよ。魔術師は秘密事が多いからな。アリバイがあっても話したがらない連中は多いのさ。……そうでしょう? 皆さん」
問えば、ルイスが通訳してくれた上で、三人とも頷いて返した。
やはり、ルイスにブツブツ文句を言いながらであったが。
「それぞれご挨拶は……」
言いかけた言葉を制するように、俺は掌を彼女に向ける。
「取り合えず、現場の確認を優先したいので、お三方とルイスさんは別室の方にお願いできますか? ……万が一にも証拠隠滅などされては敵わないですからね」
ここがルイスの工房であり、魔術の使用に制限が掛かると言っても、強引な手段を使って証拠隠滅を図る人物がいるやもしれない。向こうもおとなしく引き下がった。
「ではまた、後ほど」
そう言ってドアを閉めるルイスを見送ると、俺と矢加部ちゃん二人きりになる。
「さて、検視と行きたいとこだが……。矢加部ちゃん、気持ち悪いようなら飴でも舐めときな。この間八百屋さんとこでもらってきた奴、ほらこれ」
「別に要りません。私だって超常現象(こっち)側の事件はもう何回か見てますし……」
言うものの、やはり顔色が悪いので市販ののど飴を強引に握らせる。目元も少し赤い。
慣れないだろうな慣れないだろうな、と思う。俺自身、血生臭いのは今でも苦手だ。
「うちは町内会の手伝いとかの何でも屋の仕事が多いからな。本当はそっちだけ手伝ってもらいたい所なんだが、信頼できる人手が居ないとオカルトの方の仕事も難しい」
「ええ、はい。分かってます。そもそも、ヤマモ……お父さんに頼んで居候させてもらってるのは私なんですから、出来ることぐらいは手伝います」
「まあ、八歳差だっけか? 別に、
「それだけじゃないです。父さんの――実の父の事をそうそう忘れられる訳、ないじゃないですか……」
「ああ、そうだろうな。俺にはどうにもしてやれねぇが……」
彼女の過去については諸事情あってかなり詳しく知っている。その家族がどうなったかもだ。矢加部ちゃんが口を閉ざし、飴玉を舐め始めたので現場に目を移す。
「(はてさて、これまた珍妙な……。色とりどりの魔術陣とはね)」
形は一般的な円陣。しかし普通は一色で描くそれが、なんともカラフルに。実に五色刷り。いや、白と黒を混ぜれば七色になるのか。紙の地と白色がそれぞれ別で紛らわしい。
「(つってもまあ、色は属性を表すから、多色の物も珍しくないけど)」
魔術陣の上に広がるのは黒い血溜り。ルイス曰く、工房の管理システムの一部にルイスとその姉・故マリーの血を使っていたらしく、試した結果姉の物で間違いないとのこと。
そして死体が無い、と。ツンと来る錆臭さは、血の新鮮さを示している。
「ねえ、瓜坂さん。魔法陣の上に転がっているものに、血が固まったにしては変な形のものがありませんか? そこの、そうそう。端っこの方の奴とか」
右往左往する矢加部ちゃんの指の先。いくつかの固形物が目に映る。
「うーん……。確かに気になるな」
「お手柄、ですかね?」
「ああ、かも知れん。触媒や魔術鉱石だろうな。今の魔術は錬金術みたいな古・中世科学や鉱石信仰を応用したものも多いから、術を安定させたり属性を付けるのに使うんだ」
血に染まっていて正体がわからないので、表面を擦るための歯ブラシを……。おっとっと、いけない。まずは現状保存のために写真を撮らないとな。
「矢加部ちゃん、カメラ取って。カメラ!」
「え、ルイスさんはなんだか嫌がってましたけど……」
「考え方が古いんだよ。それに人の嫌がることをするのが魔術師だしな」
「捻くれてますねぇ。ルイスちゃんのあの冷酷さもどうかと思いましたけど、瓜坂さんもちょっと悪人っぽい所ありますよね」
「矢加部ちゃん、『悪』みたいなの、まとめて嫌いなタイプかい?」
「ま、『正しさだけじゃ世界は回らない』みたいなことは理解できなくもないですけど、それでも間違ってると思ったらすぐに言っちゃうタイプではありますね。あ、あと嘘とかも大嫌いですね。隠し事くらいならいいですけど、人を騙そうなんてのは腹が立ちます」
上向きに睨むような表情に、手ぶりも入れて彼女は全身で義憤を表した。
これだからなぁ。俺が魔術師だと嘘を吐いているなんて、口に出来そうもない。ましてや、その先にある正体なんぞ、迂闊にばらす訳にはいくまい。
小狡い企みを回しつつ、受け取ったカメラで写真を撮る。
「はい、カメラありがと」
押し付けるように返し、ビニル手袋をして触媒を調べ始める。
「全部、錬金術系か……。硫黄、辰砂、食塩。こっちの三つは、並びからして硫酸塩と塩化水銀の特殊鉱石かな。矢加部ちゃん、触るなよ。ほぼ全部劇物だ」
「そうなんですか?」
「まあ、うん。錬金術の三原質っていうのがあってな、中国の練丹にも通じるんだが……。ざっくり言えば、化学的に尖った物質どもだ。体内に入れることはお勧めしない」
言うと、怯えたように矢加部ちゃんは一歩後ずさる。俺も丁寧に手袋を取り、自前のゴミ袋に突っ込んだうえ、両手をコンビニのお手拭きで拭った。
「しかしまあ、食塩と硫酸銀のある当たりの陣が比較的綺麗で助かった。全く、モノクロの念写はこれだからいけないってんだ。色は属性に照応し、錬金術で洋の東西を繋いだ、と。中々滅茶苦茶な変換を行っていやがるな……」
よく見てみれば、通常二重円で構成されるべき魔法陣が、約七層。
相当複雑な形状になって居る。
「これを即席で描いたってのは考えにくいが……。矢加部ちゃん、部屋にある物見てもらっていい? 痕跡にしろ、道具にしろ。フリーハンドでこれを書くのは無理だろうし」
「なんか道具が無いかって所ですね!? 分かりました、探しますよ~」
意気込んで端の化粧台に向かって行く彼女。そこは違うと思うけど。棚上げして、魔術陣の調査に戻る。矢加部ちゃんが見つけるのには時間がかかるからな。仕事、仕事っと。
「時に矢加部ちゃん、折角だからちょっとした魔術の授業だ」
「聞くだけなら何も起こらないですよね? 私これ以上、変な力とかいりませんよ」
嫌そうな物言いに俺は首を横に振ってから、矢加部ちゃんがこちらを見ていないことに気付き、言葉に替える。
「何も起こらんよ。ま、一応俺の助手だからな。ある程度の知識は着けてほしい」
「そういうことなら。ぜひぜひ、聞きたいです」
応ずる矢加部ちゃんにどこから説明しようかと、しばし悩む。
「矢加部ちゃん、魔術陣ってなんだと思う?」
「……んーと、魔術を使う時になんかよく出てくる奴ですよね? 幾何学模様の」
案の定というべきか。大した知識はないらしい。
「魔術陣っていうのはね、大本のところは神様を降ろしたり、悪魔を召喚するタイプの儀式のときに、『魔術師が作業するスペース』を確保するための物だったんだ」
「作業するスペース……?」
「まあ、ざっくり言っちゃうと、悪魔や神が現れた時に生贄と間違われないためだったり、危害を加えられないための結界、みたいなイメージだ」
日本ではサブカルの影響で勘違いされがちだが、魔法陣・魔術陣というのは『術を使うための道具』ではなく『術者を守る魔術』である。
「まあ、魔術師たちも『作業スペース』としての使いやすさを拡張して行って、今の時代じゃあ色んな魔術陣が存在しているがな」
俺は魔術陣の周りをグルグルしながら、呼びかける。しばし間があって、返事。
「使いやすさ……。ああ、元々が身を守るための物ですもんね。『外の敵を攻撃する機能』とか、『中に居る魔術師が魔術を使いやすくする機能』とかってことですか?」
「大正解。そして人によっては、『中の魔術師を守る機能』を除外(オミット)して、攻撃特化型の魔術陣なんかも作るようになった」
問うと、化粧台を諦めてクローゼットの方を見ていた矢加部ちゃんは言った。
心なし、自慢げだ。何か思いついたんだろうか。
「それが、今日本の漫画とかアニメに出てくる『魔術を撃ち出す幾何学模様』ですか」
「まあ、諸説あるうちの一つだけどね。単純に格好いいってのもあっただろうし」
「なんかいい加減ですね、瓜坂さん」
矢加部ちゃんはクローゼットも無理だと思ったか、本棚に移動。
「しかしでも、そう言う意味じゃあ『攻撃機能も防御機能も削って魔術の使用性アップに特化した魔術陣』みたいのも存在するのかもしれませんね」
言われて、ピンと来る。確かにわかりやすい印象だ。
「よし、それ採用!」
「へ? なんですか。採用って……」
「気にしない、気にしない。ところで、これなんだと思う?」
指さしたのは部屋のドアにさりげなく掛けられた皿の形のインテリア、その裏から取り出したるはゴツ目の電卓だ。明らかに家庭用ではなく、事務用のそれである。
「あれ、魔術師の人たちって機械の類を嫌うんじゃないでしたっけ?」
キョトンとした顔で、矢加部ちゃんは首を傾げた。ちょいとあざといが、多分無意識なんだろうなぁ。
「おう、でもその魔術師がわざわざ計算機を使ってまで、何を計算したんだろうな?」
「さて、一通りの検分は終わったのかしら?」
矢加部ちゃんに頼んで、ルイス含む四人を連れてきてもらう。
「まあ、一応。本当はそちらのお三方にも話を聞きたかったのですが……。どうやら必要ないみたいです」
「おやまあ、すごい自信ですこと」
「どちらかといえば、運が良かっただけですよ……」
言われた俺は、軽く謙遜する風に頬を掻いてから、堂々と見えるように半歩踏み出す。
微笑みを消し、代わりに少し自慢を匂わせる。説明するぞと、顔で言った。
「お三方に話を聞かない理由は単純。『この状況』を生み出す理由が無いから。まず家督狙いであるなら、妹のルイスさんを一緒に殺していないことがおかしいです」
「まあ誰だって、実の姉が死んだとなれば警戒ぐらいはしますわね。魔術師ともあろうに、それを理解しない愚か者はいないでしょう」
身内といえども仲は良くないのだろう、ルイスと親族たちが視線で火花を散らす。
天才と言われた相続権一位のマリー殺害の容疑があるのだ、遺恨も深まっているのか。
「まあまあ、落ち着いて。たとえ家督狙いでなかったとしても、状況証拠の残し方が杜撰すぎます。それに、国を跨ぐだけでも星の並びや霊脈のズレが生じます。魔術も影響を受けるでしょう。わざわざ不利な日本で殺人を行う理由は無いんですよ」
「言われてみれば、そうですね……」
と、矢加部ちゃんが相槌を打ってくれる。ナイスタイミング!
「という訳で、あり得るとしたら日本人の犯行、誰ぞやの衝動的犯罪という所でしょうが……。今回の事件、残念ながら犯人はいません。事故です」
「些か強引にまとめられた気もしますが、身内に犯人が居ないというのは理解できました。ですが、事故死と断定される理由がわかりませんわ」
ズイと寄ってルイスは説明を求めてくる。
近付いてきた拍子に金髪がバサっと広がり、睨むような表情を際立たせた。
「もちろん、理由は有ります。それをこそ、たまたま運が良かったという所の話なんですよ。……この魔術陣、何のための術式だと思いますか?」
「何って……。魔術師は研究を秘匿する物、分かるはずありませんわ」
それを調べる本職を前にしているだろうに、よくもまあ言ってくれるものである。俺は、部屋に隠されていた計算機を取り出した。
「ちょっと、瓜坂探偵!? 私達が機械を好まないのはご存じでしょう?」
「これはね、貴女のお姉さんの所持品です。そしてお姉さんが機械を使ってまで計算しようとしていたのが何か、その答えがこの魔術陣です」
「そんなもの、見つかりませんでしたわよ!? それに、計算ですって! 天才と呼ばれたあの姉が!? 錬金術や占星術でも滅多に使いませんわよ。馬鹿にしているのかしら」
よし、激昂した。これで、安心して話に乗せられる。
目に宿る対抗心と猜疑心の交わった光を、じっと見据えた。
「計算機を頼ったのが恥ずかしかったのか、隠してありました。……この魔術陣はね、東洋と西洋の術を属性を起点に変換し、並列化・混合運用を可能にするための『変換器』の術式なんですよ。貴女の姉はきっと、天文学的なわずかな穴をも埋めるために、わざわざ機械を頼ったのでしょう」
「わざわざ混合運用などしなくても、一度系統化し直せばいいじゃないですの? なぜ私の姉がそんなことをしたのか。魔術師を馬鹿にするのも大概になさいまし!」
よし、食いついた。放さないよう丁寧に、しかして大胆に俺は騙る。
「いいや。馬鹿にしてなどおりませんとも。系統化……術を解体しきって再構成すれば確かに自由度は増しますが、その分伝承の力を引き出し辛くなって効果は弱まります」
魔術というのは、あらゆる奇跡や伝承を模倣し、その仕組みを調べ、統計的な技術に落とし込む。実に科学的な学問であった。いわゆる自然科学でなく、人文科学の類だが。
しかし、分解すれば伝承からは遠のく。そして力も弱まってしまう。
「それを避けるために、この魔術陣を作ろうとしたのでしょう。それに天才とは、難しい問題に挑むものですからね」
先ほど矢加部ちゃんに言った通り、本来は、術者の作業場所を整えるのが魔術陣だ。
「この魔術陣が意味する『変換器』というのは、錬金術の応用によって西洋四大元素と東洋五行を整え直し、神秘の行使をしやすくするための物だと考えます」
告げた内容に、居並ぶ四人の魔術師がフムフムと頷き、専門用語多めの解説に矢加部ちゃんが目を白黒させている。
「失礼ながら、助手への授業を兼ねて細かい説明をさせていただきますと……」
「でもまあ、なんとなくは分かる気がします。私自身、オカルト側ですし」
「魔術で『属性』を付与する場合、『属性』ということそのものが文化・伝承の在り方によって異なるために、系統の異なる魔術と重ね合わせて使うことが難しいんだ」
「言ってることが難しいですね……。というか、それってそんなに大変なんですか?」
「そうだな。ちょっとアレな言い方になっちまうが……。『魔力さん』っていう人物が居たとして、それに対して声や文章でお願いをする。それが大雑把な魔術の仕組みだ」
「ああ、妖精さん的なアレですね。だいぶファンシーなこと言いますね」
ニヤニヤと、ちょっと揶揄うような目線を向けてきた。構うもんか。
「『魔力さん』は実在する言語でしか会話が通じないし、闇雲に線を引いても話を聞いてくれない。正しい単語・文章を使って初めて聞いてもらえるし、当然英語と日本語をミックスして喋るなんてのは論外な訳だ」
そこまで言い切った事で、なんとなく納得がいったか。矢加部ちゃんは頷いた。
「つまり、『I 謝謝 言い want』みたいな文章でも『私はお礼が言いたい』っていう意味で通じる、ってことですね」
咄嗟にその言い回しが出来る辺り、この子も脳の回転が速い。
「さて、しかして問題はこの『属性の変換』をどのように行ったかに有ります」
俺が指さした魔術陣は、七重の超複雑な幾何学模様。
「そもそも日本の陰陽術や中国の道教においては、五行の属性はそれぞれに鉱石や色などと紐づけられて居ました。そこで西洋式の魔術陣に五行で使う『色』と錬金術における属性配分に『鉱石』を当て嵌めることで、属性の変換を図ったのだと思います」
「確かに姉は日本の魔術に興味を持っていましたわ。ですがそんな目的が……?」
「元からの研究対象なのか、偶々そういうことが出来る事に気付いたのかは知りません。いえ、思い付きで作っている途中だったのかもしれません……」
言葉を紡げば、後は言わずともわかるとルイスが食いついた。
「不完全な魔術の実験中だった、というのなら事故死もやむを得ないかも知れません……。後学のために、ですが。事故の理由などは?」
勿論、諸説用意してある。
「まず根本的な問題ですが、西洋魔術の四大元素『火・水・土・風』に対して、道教や陰陽道の五行は『木・火・土・水・金』です。なまじ被る所が多いのですが、五行においては『風』の属性は『土』に含まれてしまうため、細かい変換ミスは起こるでしょう」
そしてダメ押しにもう一つ。計算機を取り出しながらも、俺はおずおずと陣の上の触媒を指さした。
「もう一つの可能性としては計算不足。汎用性を上げるためと思いますが、内側が五行ベース、外側が四大元素で纏めてあり、それを調整する形で触媒に錬金術の三原質・五元素である『塩・硫黄・水銀』とその化合物が使われている。ハッキリ言って欲張りすぎだ」
しかも、それぞれに伝承的背景が異なるから、変換の計算が難しすぎる。計算機を持ち出してすら、ミスの一つや二つあってもおかしくない。
「最後に付け加えるなら、術者の性格でしょうね。聞くところによると、故人は『魔術師らしからぬ』方だったようで。周りに迷惑をかけないように、己に作用する術を使ったもののそれが暴走して……、という所かと予想します」
「あの姉ならば、かなりあり得る話ですわね……」
「本当は死者の研究を暴くべきではないのかもしれませんがね、マリーさんは偉大な研究をしようとして、しかし急ぎすぎたのでしょう。誠に、残念です」
話は終わりだとばかりに告げると、しばしの沈黙。ルイスは金髪を揺らして俯く。
同じ魔術師として、欲張る気持ちも事故への恐怖もあったのだろうか。家族を大切にするという思いはなくても、同志の死から学ぼうとする姿勢は真摯である。とはいえ。
「こちらも商売ですからね。申し訳ないですが料金の話を……」
「ちょっと、瓜坂さん! 不謹慎ですよ、こんなタイミングで」
「いえいえ、商売なのだから当然の事ですわ」
頭が固い矢加部ちゃんと違い、ルイス嬢は話が早くて助かる。
「それで、幾らぐらいになりますかしら?」
「ざっと見積もって……。四十万と、謝礼がいくらかって所だな」
「……ッ!?」
息を呑んだのは矢加部ちゃんだ。俺がぼったくっていると思うのか、こちらを睨みつけてくる。
「矢加部ちゃんは殺人系は初めてかもだけど。だいたいこんなもんだよ」
「えぇ……」
引いた様子の彼女の手前。ルイス嬢が分厚い封筒を手渡してくる。
「はい、謝礼込みで六十万ほど入っておりますわ。お確かめくださいな」
アッサリとだされた大金にビビる矢加部ちゃんを引きずりつつ、俺は館を後にした。
翌日の昼間。矢加部ちゃんが学校で事務所に居ない中、俺はとある客に応対していた。
ルイスの時とは違い、ちゃんと紅茶を出し、ちょっといいカステラを隣に添える。
綺麗な金髪、上品なワンピースを纏った彼女に、伺いを立てた。
「さて、かくかくしかじかな具合で話を着けてまいりました。これでよかったですか? マリーさん」
「ありがとう。ミスター・ヤマモトにそう言った専門家が居ると聞いたときは半信半疑でしたが、何とお礼を言っていいやら分からないです……。これで、魔術師をやめられます」
彼女こそは今回の『本当の』依頼人にして、『被害者』ことマリー・スリップジグである。ちなみに幽霊ではなく、ちゃんとした生身の人間である。
ルイスより大分外見に気を使っているようで、平坦に言えば、とても美人だった。
「家督を継ぐ人間ともなると、やめるにやめられず……」
「ええ、大変だったでしょう」
彼女が俺にした依頼は一つ。それは魔術師をどうにかして辞めたい、という願い。
一般人に近い価値観を持つ彼女にとっては、確かに重圧であったのだろう。
対して俺が提示した解決策は、彼女の死を偽装して逃がすことであった。
「ですが、お礼というなら、ルイスさんから相応の礼金と口止め料を頂いておりますし、残りは俺の正体――魔術師で無いことの黙秘を徹底していただけば十分ですよ」
彼女は気まずそうにした後、何か思いついたように一冊の大学ノートを取り出した。
物憂げな表情も、大分絵になるなぁ。そう思いつつ、受け取る。
「ですが……。そうね、コレを追加報酬とさせて貰ってもいいですか? 自分で言うのもお恥ずかしいですが、ワタシもかつては天才魔術師と呼ばれた身。その研究資料ですから何かの役に立つでしょう」
パラパラとめくって見ると、それは正しく彼女の最後の研究。西洋魔術と東洋魔術の属性変換に関する、研究資料であった。それこそ、天才の研究にふさわしいトンデモ理論の完成品。裏ルートで売ったとしても良い金になるだろう。
「では、ありがたく頂きます……」
「ええ。お納めくださいな」
まだ二十歳になるかならずずかだというのに、『死んだ』彼女は流暢な日本語を話す。
同じ血の、同じ金髪でもルイスとはかなり違うさらさらしたストレート。美容に気を遣う以前に、栄養状態すら違ったんじゃないかと感じ、俺は少し訝しんだ。
「……それはさておき。さて、こちらが偽造戸籍と……。各種書類に当たります」
続いて俺が手渡したのは、恐らく今後『死んだ』事になるマリーの、新しい戸籍。役所にはオカルト関係の部署もあるので、そこに通じるものも含めたいくつかの関連書類である。
「何と言っていいか……。ありがとうございます」
言葉に悩むようにしてから、ただ静かに彼女は礼を言った。
「さて、『死んだ』人間が長居する物でも無いですからね……。お暇します」
言うと、マリーさんはいくらか紅茶が残ったカップを机に置いて、立ち上がる。
しゃなりと揺れたワンピースの裾からは、香水だろうか。スズランの香りがした。
「折角ですし、お見送りしますよ」
「あら、ありがとうございます」
ドアの向こうに広がるのは、まだ蒸し暑い青空。セミの声こそ少し前に消えたが、そろそろスズムシの季節である。
「本当に、お世話になりました」
「お達者で。よい人生を、マリーさん」
立ち去る彼女の未来を祝福するかのような空をしばし見やる。
「事件の締めとしちゃあ、魔術陣に掛けて空に虹でもありゃあ最高なんだけどね……」
ここ数日秋晴れが続いていたので、そうそう上手く話が落ちる訳がない。
少しだけ欠けた満月が、夕暮れに重なって薄く浮かび上がる。
「おいじゃあ、プレイバック!」
マリーさんが訪ねてきたのは一昨日の夕方。矢加部ちゃんがお茶葉を買いに出た、すぐ後の事だった。突然の金髪美女に、俺は少しビビったものだ。
「失礼します。瓜坂探偵事務所は、こちらでしょうか?」
長年の経験則から、ヤマモトの奴が『数日中』と言った時には、小一時間以内には客が来る。多分なんかそういうオカルトであろう。知らんけど。
ちなみに矢加部ちゃんを追い出したのは、事情を説明するのが面倒だったからだ。
「何でも、魔術師を『騙す』仕事をしている方がいると聞いて来たのですが。ああ、えっと。ワタシはマリー・スリップジグ。Mr.ヤマモトの紹介で来ました」
そう、事情。俗に言う裏稼業というヤツ。
表向きにはオカルト絡みの探偵。裏の仕事は事件を解決のためなら嘘と脅迫と書類偽造で立ち回る何でも屋。それが、実のところの俺である。
ヤマモトの奴には詐欺師だなんだと言われるが、騙すのは手段であって目的じゃない。
「ええ、まあ。聞いてみないと何とも言えませんが、出来るだけの事はしましょう。それで、ご用件は?」
「実はその、魔術師をやめたいんです……」
魔術師らしからぬ暖かい感性を持ちながら、当主の座を手に入れてしまった彼女。そのズレと重圧によるストレスは相当であったのだろう。彼女はポロポロと涙を流しながら事情を話してくれた。
だいぶお金がかかっているように見えるブラウスに染みを作ってはならぬと、俺はとりあえずハンカチを差し出す。
「これ、良かったら使ってください。……それで、もう少し詳しくご用件を聞けますか?」
「……ワタシは運悪くも、魔術師としては才がある方でした。そのお陰もあって次期当主に担ぎ上げられてしまったのですが、その事以上に妹と比べて贔屓されてしまったのが――何より、同じ姉妹であることに妹に圧を掛けるような者も家中に居りまして……」
優しい心根のマリーにとってその才能は優越感に浸れるような物では無く、むしろ大事な妹が自分のせいでイジメられるという状況に苦しめられていた。
実際、俺が会ったルイスも痩せていたり、他の親戚からけなされていたからな。事実として、その事もマリーの胃痛の元なのであろう。とはいえ、ルイスは堪えていないようだが。
「勿論、周囲との噛み合わなさや、魔術師としての行いに耐えかねた部分もあります。それに何より、周りの誰にも相談できなかったのも、辛かったです……」
非道も邪道も、結果さえ出るなら構いはしない。それが魔術師の流儀である。
狂気に身を焦がされ続ける事態は、マリーさんの心身を削っていた。
「なるほど、分かりました。では……」
彼女の相談を受けた俺は、一計を案じて彼女を『死んだ』事にしてスリップジグ家から解き放つことを考えた。
スリップジグの連中が科学捜査を嫌うのは分かっていたので、仕掛けは雑な物を使う。
魔術陣自体は、実際に彼女が研究中に生み出した失敗作を使い、そこに赤黒い絵の具と血糊を塗ってそれっぽく偽装、上澄み部分にだけ、採血した本物の血を用いた。
「あとは、俺の名前を妹さんに伝えておいてください。大事にはしたくないでしょうから、きっと警察ではなく個人の探偵を頼るはずです」
「ありがとう、ございます……」
あとはまあ、ご存じの通り。失踪したマリーさんは状況から死んだと判断され、事件解決のためお声が掛かった俺が一芝居打って、『マリーは事故死した』という事実の完成。
「矢加部ちゃんは正義感が強いからなぁ……。どう話したもんか」
そう呟いてみれば、噂に影。ドアが開いて、セーラー服の少女が帰って来る。
「瓜坂さん、今晩の晩御飯に魚屋さんでサバを四切れ買ってきました! 鯖ですけど塩と麹、どっちが良いですか?」
勢いのいい声に合わせるように、俺も幾分テンションを上げて応じた。
ここら辺、演技力が問われると思う。ニッと頬を吊り上げ、元気そうに見せる。
「生で買って来たの!? じゃあ、塩で!」
言いつつ、戸籍偽造などに掛った代金を帳簿に書き込んで、席を立った。
法外なアレでも、ちゃんと書いておかないとね。経営破綻はマジでヤバい。
「しっかし、昨日のはやっぱりボッタクリに思えるんですけど! 瓜坂さん」
鯖の下処理をやりつつも、矢加部ちゃんが不満げな声を上げる。
「表に出せないタイプの死亡事故だからな。口止め料も入ってあの値段なんだよ」
今朝作った味噌汁の残りを取り出し、軽く温め直しながら彼女と視線を合わせた。
「口止め料っていうなら、ルイスさん側から出す物じゃないんですか?」
「そこはホレ。相場ってものがあるんだよ」
「そんなもんですか?」
「そんなもんだ」
言い合いながら、それぞれに手を動かす。鍋が少し温まってる間に、もう一品軽く用意しようと冷蔵庫に足を向けた。
「(先生の娘さんとはいえ、俺の本業はまだまだ矢加部ちゃんには明かせないなぁ……)」
料金の事もそうであるが。矢加部ちゃんは擦れていないというか、潔癖な所が強い性格をしている。
本能的に嘘を忌避するオカルトの性質と、『良い子』として育った彼女自身の気性が合わさった結果なのだろうが、いずれ話さねばと思いつつも後回しにしているのが現状。
「矢加部ちゃん、後十分ぐらいで味噌汁と簡単な野菜の和え物出来るけど。鯖は?」
「大丈夫です。もういい具合になってます」
「……じゃあ、食器並べといてね」
妙に家族じみたこの関係性を壊したくなくて、つい口が重くなった。秋も始まった今日このころである。
共有されたエピソードはここまで。 大野知人さんに感想を伝えましょう!
小説情報
- 小説タイトル
- 魔術探偵は嘘吐きだ! 完結版 第二稿
- 作者
- 大野知人
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