オカルト詐欺師 完結版
第4話 上 神様になる方法/親を亡くした少女
- 作者
- 大野知人
- このエピソードの文字数
- 18,312文字
- このエピソードの最終更新日時
- 2021年8月9日 03:32
「ハハァー、そりゃ大変だね。助手ちゃんも。毎日毎日学校終わった後にもオカルト(?)の授業があるってんだから、二倍勉強してるような物じゃないのさ」
秋月さんの一件から早くも十日近く。調べ物があるという瓜坂さんに事務所を追い出された私は、成平さんと有名チェーンの喫茶店で駄弁っていた。
「二倍は言い過ぎですけど……。でも、自分の事もあるしちゃんと学ばないとな、って」
「へーん。優等生でやんの。しかし、言われてみるとナニ習ってるのか気になるね」
「何と言われると……。先週は確か、『魔法と魔術の違いについて』でした」
言いつつ、私はコーヒーを啜る。あまり美味しくはない。雑味が気になった。
「アタシにはどっちも同じに聞こえるけどなぁ……。でも、探偵さんなら人に教えるのは上手そうだよね。アタシの事件の時も、結構分かりやすく説明してくれたし」
詐欺師だからというのもあるのだろうが、瓜坂さんは人と会話したり、伝えたいことを相手に理解させるのがとても上手だ。
「それで、結局魔法と魔術って何が違うのさ……」
成平さんはジュースのコップを手で弄びつつ、首を傾げる。短髪がさらりと揺れた。
ガラス窓の向こうに見える落ち葉が秋の風情を醸しているが、商店街の清掃の仕事が頭をよぎる辺り、あの探偵事務所兼何でも屋に私も馴染んで来たのだろう。
「なんか複雑で私に美味く説明できるかわからないんですけど……」
まず大前提として言うと、魔術や魔法を含むあらゆるオカルトは『魔力』と『伝承』の二つの仕組みによって成り立っている。『魔力』と言うのは人の心や魂から生まれ、意志の影響を受ける物理エネルギーであり、『伝承』というのはそれをコントロールする法則の事である。らしい。
「そういやあ探偵さんも言ってたな、ルールがどうだとか……」
「ええ。例えば吸血鬼は十字架を恐れますし、悪魔は契約を守らなくちゃいけない。オカルトは超常的な存在ですが、それなりにルールがあるんです」
そしてまた、魔力が人の精神・知性の影響を受けるからこそ、文献としての伝承がある程度影響を与えるとされる。
嘘が吐けないから、伝承にも嘘は無い。的な簡単な仕組みではないのだ。ちなみにそのようなことを瓜坂さんに言ったら『伝承を書いた奴がオカルト本人とは限らない』と言われた。至極ごもっともである。
「へぇ。アタシの場合は中国の死神だっけ……? そのルール上、『一定の確率で死の運命を回避できる』から『一定の確率を引くまでやり直し続ける』呪いだって言ってたね」
「はい。……話を戻しますけど、瓜坂さん曰く『魔法って言うのは、そういう名前のオカルト』『魔術って言うのはオカルトを利用する技術そのもの』なんだそうです」
言うと、得心が言ったとばかりに成平さんはポンと手を叩いた。
「なるほど。『魔力』と『法則』で魔法なのか。つまりあれだろう? 開けゴマと言うと、秘密の扉が開く感じの……」
「フフッ……。いや、すみません。なんだかメルヘンな表現だなって」
秋月さんの一件などのグロテスクさとの落差に思わず笑ってしまう。
「いや、いいさ。アタシも結構死んだ分色々見たしね。オカルト側のもう少し『深い』部分を見た事があるなら、確かにズレた表現だったのかもしれないね」
言うと、成平さんは私に合わせるようにクスクスとしばらく笑った。
「それ以外はどうなんだい? あの探偵さんの所に居候してるんだろ、男一人に女一人ってのは……。いや、あの探偵さんを信用してない訳じゃないけどさ」
「別に普通ですよ……。それこそ成平さんの言う通り、漫画じゃないんです。特に変なハプニングが起きる訳じゃないですし、っていうか探偵という職業柄、向こうの観察力が高すぎてまず発生しえないんですよ」
私も少し前まで中学生だっただけあって、『年上の知らない男性との共同生活』というにはそれなりに警戒していた。その前段階として、まずヤマモトさんの家での生活もあったのだが、正直ソレ系のハプニングに関してはヤマモト邸の方がまだ多かったくらい。
「助手ちゃん、その言い方だと少し期待してるようにも聞こえるけど……」
「いや、尊敬できる部分も結構ありますけど、正直瓜坂さんは無いです」
ムッと、顔を顰めて言う。探偵としての仕事は尊敬するが、先ず詐欺師なのが気に食わない。ついでに言うなら、お養父さんと同い年。ちなみに、彼女には『瓜坂家に居候している』以上の事は話していない。養父がどうのと言い出すと、長くなってしまうし。
「あ、でも一つだけ」
「お、なにさなにさ?」
それこそ年ごろらしく、何か面白い話題が出てきそうだと成平さんはこっちに顔を寄せてくる。にやにや、ニマニマと意地の悪い笑みだ。
が、残念ながら浮いた話ではない。
「あの人、食い合わせのセンスが結構おかしいんですよね……」
「思ってたのとは違う方向性だけど、結構面白そうじゃあないの。アタシもそこまで食にこだわる方じゃないけど……、そんな感じ?」
「いえ、むしろ逆です。妙なこだわりを持って妙なことをするタイプです」
例えば、茶菓子。
「紅茶と和菓子を合わせる所までは分かるんですけどね、漬物でコーヒーを飲むとか、チーズをのせたカボチャを焼いて緑茶に合わせるとか言い出すんですよ、時々」
「それは妙な話だけど……。不味いの?」
「なぜか美味しいんですよ、これが」
例えば、ご飯のおかず。
「納豆とハムが並んでいるのは別に構わないんですけど、カレーに小豆を入れたり、筑前煮にソーセージとトマトを入れたりするんですよ、時々」
「それは妙な話だし、最後の奴に至っては筑前煮じゃない気もするけど。不味いの?」
「なぜか美味しいんですよ、あんななのに」
「アッハッハッハッハ。案外普通の人より舌が良いのかもしれないよ。……アタシとしちゃあ、まず料理上手ってことが驚きだったわけだけども」
そう、恐ろしいことに何故かそこそこ美味いのだ、瓜坂さんの料理は。『料理が下手な人はいらないアレンジをする人だ』なんて言葉もあるけど、彼が珍奇なことをしてもなぜか上手く纏まってしまう。
「この間なんてアレですよ……。クリームチーズと一口大のリンゴを豚バラでくるんでワカメと一緒にトマトソースで煮込んでたんですよ?」
「それでもやっぱり美味しかったと?」
「ええ、業腹なことに」
瓜坂さん曰く、少量の小麦で解けない様に纏める事と、めんつゆを使って緩めに味を調整するのがミソだそうだ。正直、訳が分からない。
「今度一度食べてみたいね、それ」
「私ばっかり話しててずるいです。成平さんは最近どんな風なんですか?」
「最近、て言ってもね……。ここの所試験だったから、あんまり」
試験という言葉に、少し息が詰まる。探偵絡みで忘れがちだが、私は来週に中間試験を控えている。理系はともかく、社会とかの暗記系は……。うぅ。
「ああ、今週結構変な死に方したよ?」
「出てくる話題がそれですか……」
本人が良いと言おうとも、微妙にネタにしにくい話題である。
「慣れちゃうとねぇ。ある意味あれよ、センセーショナルって奴よ」
「まあ、生きてる人間にはビックリにもほどがある内容ですけどね……」
「ちなみに、空から鉄骨が落ちてきて死んだ」
ベタというか何というか。
「この体になってから分かった事だけどね、『高所から落ちる』とか『通り魔』とか、『交通事故』辺りは結構起こるんだけど、物が飛んできたのは図書室で死んで以来だよ」
「図書室って言うのは……。本ですか?」
「いや、運動部が使っていた備品が換気用の窓の隙間から飛んできて死ぬんだ。ちなみに、金属バットとバーベルと砲丸投げ辺りまでは食らったよ」
そういえば、ループのパターンによっては死因が変わるんだったっけか。
「ちなみに、今回は鉄骨以外にもなんかネジとか工具とかでも死んだよ。十回くらい」
時々こうして成平さんの死亡報告を聞くことがあるが、ここの所地味にループ回数を縮めつつある。ちょっと嫌な成長だなぁ……。
「さて、そろそろ行こっか。助手ちゃんも晩御飯あるでしょ?」
ズズズ、と成平さんはジュースを飲み干して席を立つ。スマホを見れば既に五時過ぎ。
夕陽がきれいな時間帯であった。
「成平さん、今日はありがとうございました」
「いいよ、別に学校の同級生と遊ぶ予定もなかったし。……あ、アタシ事務所まで送ってってもいい?」
「別に構いませんけど……。どうかしました?」
女の子を一人で帰らす訳には~みたいなことを言う人でもなかったはずだ。っていうか彼女も女の子である。
「いや、そう言えば探偵さんに用事があったのを思い出してね……」
頬をポリポリ書きながら成平さんは言う。その様子を見て、さっき揶揄われたのの仕返しとばかりに私は口を挟んだ。
「そういえば、さっきも『信用してる』とか言ってましたしね。少年漫画でもないのに、惚れちゃいましたか? 瓜坂さんに」
言うと、成平さんは羞恥三割、嫌気七割くらいで顔を赤らめて首を振る。分かっちゃいたけど、やっぱ違うか。或いは、案外自覚なく……ってそれこそ漫画じゃあるまいし。
「そういう話じゃないよ。全く……。さっきの仕返しだね?」
「ええ、そうですとも。ともあれ、何の用事ですか?」
問うと、微妙に言いづらそうにしつつ、彼女は口を開いた。
「いやー。ちょっと中間試験で暗記系の成績が思ったより良くってね。その関係で、後遺症とかどうなってるのかな、って確認がしたくてさ。……あとまあ、ズルしてるような罪悪感もあるし」
「それは確かに、私じゃどうにもできませんね……。なんか、調べもの中らしいので居ないかもですけど。それでもいいなら寄って行って下さい」
夕日の中に薄っすら見える細い月が、妙に綺麗に見える。
私たち二人は喫茶店を後にした。
「わざわざ寄ってくれたのか。環君、ちょっと待っててくれ。今お茶でも淹れてこよう」
「別にいいよ、探偵さん。お茶なら今飲んできた所だしさ」
成平さんはジュースだったが。何でも、チェーン店の紅茶やコーヒーは苦手らしい。
「そうかい。まあ、座るだけ座ってきなよ。ちょっと調べ物中で資料散らばっててゴメンね」
瓜坂さんは言いつつ、ソファの上からクリアファイルをどける。散らばっているという程でもない物の、普段以上に書類や箱が多い印象だ。
「そういや、ここの所忙しいって助手ちゃんから聞いたよ」
「まあ、私も大分見慣れてきましたけど……。常ならぬ感じですし、そのうち説明してくださいよね、瓜坂さん」
「アタシもちょっと聞いてみたいかも!」
私と成平さんがジッと視線を向けると、探偵はいやいやと首を振る。
「流石に部外秘だから。矢加部ちゃんにも説明しなきゃだけど、もう少し細かくわかってからね。……こっちが整理しきれてないから、うまく説明できないと思うし」
言うと、ファイルやプリントを数枚まとめてポンと床に置いた。刹那。
ドゴッ!
「……ッ!」
轟音と共に、黒いマントを被った何者かが事務所のドアを蹴破り、押し入って来る。
「何者ですか貴方!」
「……」
返事には答えず、向こうは懐から短い杖の様な物を取り出してこちらに向けた。ご丁寧にもマントの下にも顔全体を覆うマスクを被っていて、正体がまるで分らない。
ポゥ、と青い光が散って、雷光が中空を駆ける。
「少なくとも味方じゃないし、どう考えてもオカルト側だ、な! 環君、隠れてろ!」
狙われたのは瓜坂さん。地面を転がるように避けて、胸ポケットに手を伸ばした。
「きゃ!」
呪文すら発さずに連発される雷は、時たま私にも飛んで来て、慌てて避ける。いや、よく見れば短杖を握る指が妙な動き方をしていた。
「これで、どうだ!」
瓜坂さんが突き出したのは、彼曰く奥の手の一つである『矢避けのルーン』。その護符は自分に向けられた飛び道具をある程度逸らす効果があると聞いた。
「いつまでダンマリだよ、っていうかそのマントにマスクじゃあ、幾ら十月でも暑いんじゃないの?」
二。
「伏せろ!」
その時、これまでソファに隠れて黙っていた成平さんが声を発した。
瞬間、私の視界が歪んだ。いや、とてつもない密度の風が通り過ぎて、私の目の前の景色がブレたのだ。サイズが大きすぎるのか、矢避けの加護の対象外だったようだ。
無色透明なそれが、瓜坂さんの後ろの壁紙に傷をつける。
「助かったよ、環く……」
「二発目が来る! 今度は横に!」
言いながらも、成平さんもソファから這い出して横に飛んだ。一瞬にして現れた土塊――いや岩石が黄色い燐光と共に爆ぜ、ソファと机がズタボロになる。
爆発物も、やはり矢避けの加護の対象外……。案外不便だなと思いつつ、警戒は怠らない。
「やってくれやがる!」
「……!?」
瓜坂さんが毒づくとほぼ同時に、ソファから飛び出した少女を見た術者は目を丸くして息を呑んだ。いやマスクをしていたのでどちらも推測に過ぎないが、確かにそう見えた。
「……ァッ!」
マントの人物は今度は懐から小さな袋を取り出して、杖を振る。赤い光が生まれ、それに包まれたワンドから金属製の刃が生えた。
「簡易の錬金術か!」
瓜坂さんの驚愕にも構わず、標的を変えた襲撃者は成平さんに切り掛かった。
三、四、五。
振りかぶって、袈裟斬り、そこから横に払い、間髪入れずに突きを入れる。
「見えて、るんだよ!」
相変わらずギリギリのラインで躱し、成平さんは狭い室内で距離を取る。
「チッ!」
だが、成平さんの顔に何を見たのか。襲撃者は苛立つように舌打ちをすると、何事か小さく呟きながら杖を頭上にあげ、そのままマントを軽く払った。
その払った風に誘われる様に緑色の閃光が生まれ、光の眩さに瞬いた時には、既にその姿は事務所から消えていた。
「すまねぇな、探偵さん。アタシのループにまた巻き込んじまったみたいで」
成平さんがそう言ったのは襲撃から三十分ほど、ソファから散った羽毛や、欠けた湯呑などを片付け終わった後の事だった。結構お気に入りだったのに……。
「いや、多分違いますよソレ。成平さん言ってたじゃないですか、今週は既に一度『死んで』居るって。週に二度死ぬことはまずありえないですよね、瓜坂さん?」
物理法則をガン無視している分、オカルト達は自分の課したルールに厳格だ。
「ああ、環君が今週既に『死んで』居るなら、この襲撃は俺たちの事務所を狙った物と断定できるな。……悪いが環君、用件は日を改めてもらっていいかな」
襲撃の件は危急ではあるが、成平さんが困っているのも事実、私はあわてて口を挟む。
「しかし、瓜坂さん。何とかならない物なんですか?」
「アタシとしては、今のところ問題は起こってないからいいんだけどね」
話だけは聞いてくれたので、どうにかならないかと視線を送ってみる。
「ほぼ間違いなく問題ない、ってのが俺の見解だが。まず第一に不確かすぎる状況証拠しかないからな、環君の記憶力や脳がどうなってるのか、ちゃんと調べないと意見は言えない。それから、君自身が抱えている『テストでズルをしているんじゃないか』という気分についてもだ」
「ぅぐ……」
図星だったのか、成平さんはすこし気まずそうに視線を逸らした。
「まあ、そういう精神的ケアも俺の仕事だけどな……。見ての通り、地味に逼迫した事態なんだ、今日中にどうこう出来ることは無い、ってのが実情だ」
「はぁ……。それなら仕方ない、ですよね」
「うん、アタシも一回帰るよ……。助手ちゃんも、またね!」
言うと、少女はドアを開いて去っていく。
扉に覗いた空は既に暗く、太陽の姿はどこにも無い。
「さて、事態を整理する前に言っておくことがあるんだが……」
「なんですか?」
成平さんを追い返してしまったことに若干の後ろめたさを感じつつ、些か理不尽ながらも瓜坂さんを睨んでしまう。こちらの事態の緊急性は分かるのだが……。うう。
「睨むなよ、眉間にしわが定着するぜ。ともあれ、厄介なことにマリー嬢から預かっていた研究ノートが紛失した。ほぼ間違いなく盗まれたんだと思う」
「さっきの襲撃者に、ですか?」
「そうだろうな。でもって、ついでに言えば先日の秋月の一件とも関係があると見た」
そういえば『黒幕』のような人物が居て、それが秋月さんにクトゥルフ召喚セットを与えたんだとかなんだとか……。
「そういえば、成平さんの一件の時に襲ってきた怪物も関係しているのかもでしたっけ」
「おう、アレの術式解析の結果はまだ返ってきてないから、情報としては微妙なんだが」
「まだ返ってきてない、ですか?」
ふと疑問に思って、首を傾げる。だいぶ時間がかかりすぎているように感じた。
「おう、ああいうのは結構大変なんだ」
「本当、ですか?」
嘘を吐いているようには思えなかったが、だからこそ嘘を吐いているような気がする。
表情にも、仕草にも違和感を感じないのに、そのことそのものが偽装とも考えられた。
「魔術っつったって、流派とか区別して行けばとんでもなく広範に渡るからな。解析にしろ、対処にしろ、そうそう簡単にはいかないさ」
理由を聞けば納得、なのだが。そこにすら嘘を探してしまう。
この人が悪人なのか、善人なのか。未だに私にはわからなかった。
「かく言う俺の『矢避け』が切り札なのも、『飛び道具全般』っていうデカいくくりで防げるからこそ、隠してるわけだし。まあ、威力が高すぎると防げないけどね」
或いは、私の暗示みたいに『見る事』がトリガーになって居たり、強の襲撃者のように『飛び道具』以外の形をとった場合でも対処はできないようだ。
「成平ちゃんと言えば、あの娘はもう一件関わってるかもしれないんだよね」
「何かありましたっけか?」
「ホラ、成平ちゃんに霊の呪いをかけたカルト教団の連中。奴らの裏に今回の『黒幕』が居る可能性だってある。それに正直、あの子の家庭も心配だ」
「家庭、ですか」
呟いて返しつつも、私の脳裏は別の単語でいっぱいであった。
それは『カルト教団』。思えば私がヤマモトさんの養子となった――そしてこの事務所に居候する切っ掛けとなった事件もまた、そう言った狂信者達が関わっていたのである。
「そう、家族。あの娘、カルト教団に拉致られたって割に結構夕方遅くまで遊んでても怒られた様子とかないじゃん? 門限とかも無さそうだし、何か不安なんだよ……」
瓜坂さんの言葉は右から左に、脳を通らず耳の上だけを流れていく。
「ありゃりゃ、矢加部ちゃんなんか眠そうだね……。ちょっと休んできなよ。片付けは大方終わってるしさ」
「あ! いえいえ、大丈夫です」
慌てて我に返り、思わず大きな声が出た。
「あんまそうは見えないな……。後で晩御飯もってくからさ、一回寝なよ」
「そう、ですか。ありがとうございます」
お言葉に甘えて、とお辞儀をして。
事務所裏の居住スペースにもらった自分の部屋に引っ込んだ。
母が死んだ時の事は、よく覚えている。
『ねぇ、月菜。こんな事になって、そしていきなり色々と押し付けてしまってごめんなさいね……』
私の育った横浜で、私の生まれた家で、母は死んだ。
『突然自分が普通の人間じゃないと言われても困ると思うけれど……。でも知らないよりは、良いと思ったのよ。いえ、今まで言わなかった私たちが悪かったわ、ごめんなさい』
殴られ、蹴られ。腹をナイフで突き刺されて殺されたらしい。いつも通りに中学から帰って来た私は、既に息絶え絶えの母と邂逅することとなった。
母は、救急車を呼ぼうとする私の手を引いて、放さない。間に合わないと悟ったのだろう。ただ見送ることしか出来なかった私は、『人って、ゆっくり死ぬんだな』なんて場違いなことを思いつつ、あまり感情の無い涙と共に話を聞いていた。
『貴方の力は、きっと何かの役に立つ。あるいは、『誰かの』かも知れないけどね。月菜、何が正しいか、何をしたいか。よく考えなさい?』
父も母も、私と同じだった。私と同じ力を持っていたから、それを狙っていた狂信者どもに襲われて、従わなかったから殺されたと聞く。
『いい? 正しさってのは、信じる事じゃないのよ。何が正しいか、考える事なの』
死ぬ間際の母は、力の使い方も私たちの一族の事も教えてはくれなかった。
ただ唯一、『これからどうやって生きたらいいか』という事だけを教えてくれた。
それからカルト教団に追われ、ヤマモトさん助けられ、やがて養女になるに至る。
母の言葉通り、正しさという物をよくよく考えてここまで来たつもりだ。
「私は間違っていなかった、はず……」
ノイズが混じって乱雑になった記憶を引っ掻き回して、枕に伏せる。
私を助けてくれたヤマモトさんは、自分には仲間がいると言った。その人は大したことも出来ないのにオカルト側の問題に首を突っ込む探偵で、私たち一家が襲撃された事件の、その犯人たるカルト教団を追っていた男だとも聞いた。
そして彼――瓜坂誠司が、事件からしばらく後にその狂信者たちを捕まえた事も。
「だから、会ってみたくなったんですよね……。その上、勢いづいて居候なんて……」
ヤマモトさんは結構なお金持ちだったから、実のところ誰かの家に預けてもらう必要はなかったのである。ただ、私が知りたいと思ったから瓜坂さんの所に居候したのだ。
「でも実際会ってみたら……。詐欺師だなんて」
最初の一月ほど、彼が偽装していた間はまだ良かったかもしれない。だが、正体を知ってしまったからにはそうは行かないし、『知らなければよかった』などとも言わない。
「けど同時に、詐欺師(あの人)でなければどうにでもならない状況も……いやいや、だからって許せるもんでもないし! 他に手があったかは……分からないけど」
言っておくと、死に際に母が『正しさ』という言葉を使っていたから、正義にこだわっているわけではない。というかむしろ、私が生まれつき潔癖をこじらせていたから、母はわざわざ『正義』という言葉を使って私を諭したのだ。
「うう……。どうするかなぁ」
唸りつつ私は枕を抱いて、そうして夜は更けていった。
翌朝。私よりいくらか早く朝食を食べ終えた瓜坂さんは席を立つ。
「んじゃあ、俺はちょっとばかり調べ物に行ってくる。多分だけど、昨日みたいな襲撃は無いはずだし……。よしんば狙われたとして、俺達には自分の命を守るので精一杯だ」
「ええ、残念ながら私の能力じゃ大したことは出来ません。藍崎組に応援を頼むとかは、出来ないんですか?」
「流石に昨日の今日じゃ、無理だよ。打診はして置くけど、しばらくは自力で何とかするしかないね。……それじゃあ、行ってきます」
今日も朝早く、瓜坂さんは事務所を飛び出して行く。『も』というのはここ数日ずっとそうだという意味であり、どれくらい早いかというなら私の登校時間より早い朝六時だ。
「……行ってらっしゃい。お皿は片づけておきますね」
トーストを齧りつつ少々他人行儀に、というか不機嫌に私は声を返す。構ってほしいわけではないのだが、昨晩はなかなか寝付けなかったせいで頭が痛かった。
「そういえば、最近ヤマモトさんに電話してないな」
パンを皿に置きつつ、ふとカレンダーを見て思う。
義理とはいえ父であるところの彼とは、週に一度くらいのペースで連絡を取り合っていたのだが、そう言えば先週の月曜日を最後に電話はしていなかったかも。
「(瓜坂さんが詐欺師だって聞いてから、どうにも気乗りしないんだよなぁ……)」
結局のところ、私には核心を問う覚悟も無ければ、なあなあに済ませるだけの大人気も無い。だからどちらにも振り切れず、こうして悶々としている。
「えい!」
一つ、気合を入れるように音を発して、席を立つ。パン粉にまみれた皿はシンクに下ろし、皿洗いより先に電話へ走る。今の時間なら、イギリスは夜更けくらいだろうか。
「もしもし。おと……ヤマモトさん?」
『やあ、もしもし私だよ。マイスイートドーター!』
相変わらずハイテンションで、どうにもつかみどころがない。瓜坂さんとはまた違う胡散臭さに、左肩をグルグル回して気を紛らわす。
『元気にやってるかい? 体調とか崩してないかな』
「私は大丈夫ですよ。ヤマモトさんは元気にしてますか?」
『相変わらず口調が硬いねぇ……。まあ、いずれ慣れればいいさ。私はもちろん、いつだって元気だよ! ……ところで今日は、なんか悩んでる感じだけどどうしたんだい?』
「……んぐ。まあ、そうなんですけど」
なんで寄りにもよってこのタイミングで気づくのかとか、ここ一月余りずっと悩みっぱなしだったのだがとか。まあ色々思う。その時。
『まあなんとなく分かっちゃいたけど、瓜坂の副業の事だね? 私が詐欺師と呼ぶところの、ソレ』
息を呑む、程ではなかった。別に瓜坂さんから聞いている可能性だってあったし、そうじゃ無くても彼は数少ない魔術探偵の正体を知る人物なのだ。いや、もしかしたらこの一か月間悩んでいたのも含め、知った上で流していたのかもしれない。
「ええ。……私としては、色々複雑に思う所があって」
『まあ、君は色々と硬く考えすぎるきらいがあるからね。手段も選ばないうえに、人助けに対して代価を求めるような瓜坂のやり方じゃあ、不満も収まりがつかないだろう』
「ぐうの音も出ない程、図星です」
伊達に探偵の親友をやっていない。観察力が高いうえに整理するのも上手だから、こちらの考えがスパスパ見抜かれる。
だからこそ、面倒を省いて本音をそのままに口にした。
「でも結局、瓜坂さんを超えられるような方法は私には思いつかなくって……。だから、多分あの人の方が正しいんだろうなって。無理やり納得しようとしても、出来ない感じなんです」
『出来なくていいんじゃないかな』
至極単純な返事が返って来て、私は驚く。
「な!」
『合議制による結論が必要な場合は実はそう多くない……って、言い方が回りくどいよね。簡単に言ってしまうと、『正義は一つじゃない』っていう所だね。うん』
それって言うのは、瓜坂さんが言っていた『真実が一つである必要はない』って言うのと同じに聞こえて、だからこそ私には受け入れられないものに感じた。
「それじゃあ、瓜坂さんの主張が正しいってことじゃないですか!」
『そうとは限らないんだよ、これが。いいかい、月菜ちゃん。物事をメタ的に――もっと広範に考えるんだ。主張って言うのは『どう思うか』の話であって、そこには結論も同調圧力も必要ない。必要なのは、考える事と違いを理解する事さ』
「だったとしても、私はやっぱり瓜坂さんの主張には納得できません!」
『うん、そうだろうね。だけど、君や瓜坂の主張と『君や瓜坂がどうするか』はまた別の話なんだよ。ほら時々あるだろう? 『正しいと思ってやったことが、後から見ると間違っていた』なんて。思う事も、することも全然別の事なんだよ』
その文面が、内容が。私にはまるで理解できない。
訳も分からないので、ただ混乱するほかになかった。
「ヤマモトさんの言葉遊びは私には難しすぎます! それとも、私を揶揄って遊んでいるんですか!?」
或いは、何かを試そうとしているのか? 後に思えば失礼極まりない言葉を吐いた私に対して、しかしヤマモトさんは静かに受け止めてくれた。
『いや、そうでもない。君が難しく考えようとするから、問題は難しくなるのさ。月菜ちゃん、『言葉は分かり合うためにある』なんて綺麗事があるけどね。私はそうは思わない。言葉っていうのは、互いに違う事を理解するためにあるんだ。……ま、これは私の『主張』だけどね』
「互いに違う事を、理解するために……ある」
繰り返し呟いてみてから、まるで双眼鏡を覗いたような、視界が開ける思いがする。
『どうやら、歯車が噛み合ったみたいだね』
存外世界は広かったのだなぁ、とふと思った。
隣にいる人の事がまるで分らなくても、話せば何かがわかるかも知れない。
分かった何かが自分とはまるで違っても、同じである必要がそもそもない。
そして何より『正しい』という事は、どうしても大事なことなのだ。私にとって。
「ええ、わかりました。やっぱり私、詐欺師は嫌いです。たとえ瓜坂さんのやり方で上手くいっても、もっと良い方法があるはずだって、根拠もなく言ってやります」
『HAHAHA! こりゃあ、さぞ嫌がるだろうね。でも、それで良い。まあ、セイジもセイジで一般的な『正義』みたいなのにツンデレしてるところもあるからね……。愉快犯ぶってると言うか、何というか……。まあいいさ』
瓜坂さんを嘘つきというなら、ヤマモトさんはきっと清濁併せ呑む懐の広い人であるのだろう。そしてきっと彼にもまた、『正しくない』部分はあるのだ。
いつか見つけ出して、とことんまで追求してやる。……というのは流石に傍迷惑だろうけど、ともあれそういう気負いで私は己の頬を叩いた。
「なんか元気出ました。ありがとうございました」
『うう。硬い硬い。君ねぇ、いい加減親子なんだから敬語は取っ払っても良いんだよ?』
「それこそ、私の『主義』ですから。まあ、気持ちの整理が着いたらお父さんと呼ばせてもらいますよ」
今はまだ、両親の思い出とともにいたい。そう思いつつ電話を切ろうとした時。
『敬語と言えば、私が瓜坂に投げた仕事のあの娘も少女漫画のお嬢様口調って言うの? 妙な敬語の感じだったよね?』
敬語、という言葉に私は目をしばたたかせる。私は遠目に見ていただけだったがマリーさんにはむしろお姉さんらしい雰囲気を感じたが。
「私の印象ではむしろ、嫋やかな年上のイメージでしたけど……。でも、英語だと違うんでしょうか?」
『英語、英語かぁ……。そういえば、時計塔の人間の割には訛りがちょっと変だったのも気になってたんだよねぇ。ブリテンというよりは、アイリッシュ寄りの発音だったし。でも、結構流暢な日本語だったからね。デスワ口調なんて初めて見たよ』
ですわ、という語尾には聞き覚えがある。
「ヤマモトさん、妙なことを聞くようですけど。瓜坂さんを紹介した相手って……?」
『ん、名前? ルイス・スリップジグ。日本研究で話題の魔術師姉妹の、妹の方だよ。しかし、月菜ちゃんも少し瓜坂に似て来たねぇ。一週間ほど前に同じ質問をされたよ』
その言葉に、思わず凍り付いた。同時に、頭の中を言葉が駆け巡る。
「(確か、ルイスさんは『姉のメモを見て来た』と言っていた。メモを見た時点で瓜坂さんの名前を知らなかったとは……言ってない! じゃあ、なぜわざわざ騙された? いや、それ以前にマリーさんに瓜坂さんを紹介したのがルイスさんなら――)」
『おーい、月菜ちゃん? 大丈夫かい、電波ジャックでもされた? もしもーし!』
そこまで考えるのに、数十秒。時計を見ると、早くも七時近く。このままでは遅刻してしまうので、すぐさま気を取り直して電話の向こうへ声をかける。
「ヤマモトさん、すみません。そろそろ学校行くので、切りますね」
『はいはい。それじゃあ、良い一日を(ハバナイスデイ)!』
相変わらずのカタカナ発音と共に、通話が途切れた。
慌てて制服に着替え、鞄を引っ掴んで事務所を出て鍵をかける。数歩歩いてから、玄関の札を『不在』に変え忘れていたことに気付いて駆け足で戻った。
「ふぅー……」
それから秋の日差しに薄い汗を浮かべつつ、思考を巡らせる。
ルイスさんが何かを企んで、意図的に私たちを騙そうとしていたことに間違いはない。
その目論見について、正攻法から――つまりルイスさん自身の事を考えて暴くのは、魔術を専門外とする私には不可能だろう。
なら、瓜坂さんの思考を真似てみてはどうか。ふと思いつく。
ヤマモトさんは一週間前に瓜坂さんから同じ質問をされたと言っていた。
つまりは、一週間前の時点で瓜坂さんは相当数の情報を掴んでいたことになる。いや、そうでなくても『ルイスさんに注意しろ』くらいの警告は出来るはず。
ならばなぜ……。そこまで思考を巡らせたとき、視界の隅に異物が入った。
「黒マント……ッ!?」
いや、ローブというのだったか。
ともあれ、昨日事務所を襲撃してきたアイツがこともなげに公道を歩いている。よく見れば魔力を纏っているので、堂々と言う訳でもないな。
「(まさか事務所を襲うつもり!?)」
そう思えど、こと腕っぷしは無いのが私の幻術である。視線が合うか合わずかの内に、私は道を曲がって駆けだしていた。
少なくとも地の利はこちらにあるはず。そう思って裏路地に飛び込んだ瞬間。
ブゥン、と音がして目の前に黒マントが現れる。
「瞬間移動!?」
「いえいえ、魔術です、わ!」
《眠れ!》
叫び声と同時に、重なるように呪文の詠唱。頭脳を揺さぶる衝撃が来て、聞き覚えのある音色が何事か言うのを聞きながら、私の意識はゆっくりと沈んで行った。
「悪いですけど、後少しという所で邪魔な詐欺師に嗅ぎつけられましたの。しばし、人質になって頂きますわよ?」
ああ、裏路地の路面、べたついてるなぁ……。
「ツキナ、ツキナ! そろそろ起きてくださいな。ウリサカが来る前に、いくつか聞き出したいことが有りますので」
金髪碧眼、ロンドンから来た魔術師ことルイス・スリップジグ。
私は椅子に縛り付けられていて。
やたらと綺麗なその顔を、ハッキリ敵と認識した上で私は声を発する。
「私たちを、騙してたってことですか……?」
「あらら、それはお互い様じゃありませんこと? 詐欺師の共犯者さん」
「ぐ……」
それを突かれると言い返せない。
だが、お互い様だなんて言えるほどの温さは私には無かった。
「だったとしても、私たちを騙していたことに違いはありません! ルイスさん、何をするつもりなんですか! ここはどこなんですか!?」
半ば自棄であり、半ば冷静であった。思いの丈を吐きだすと同時に、聞き出せるだけの事を聞き出してやろうという打算も働いている。
「それを教えて差し上げるメリットは私には有りませんが……。まあいいでしょう、ここは私の屋敷です。貴方も一度来たことが有りますわよね?」
あたりを見るに、教会の様な――いや、それにしてはややエスニックじみた独特の装飾が施された部屋。例えるならば、祭壇であろう。
「何をしようとしているかは……ッ!?」
「言う理由がありませんもの」
冷や水を浴びせられたかのように、激情が冷めた。自分の手札は、自分が一番よく知っている。黒マントの襲撃者がルイスさんであるなら、私に勝ち目などない。
無論、勝ち目があるかのように偽る手練手管も持ち合わせてはいなかった。
確実に逃げる札が無いわけでもないが、消耗が厳しいのでギリギリまで取っておきたい。第一、逃げるならある程度話を聞いてからでも遅くはないはずだ。
「帰すつもりは、無いってことですよね」
「ええ、ええ。話が早くて助かりますの。まあ、先ほども人質と言ったのでお分かりかと思いますけど」
人質、というのはおおよそ日常に聞くような言葉ではない。
誰に対してか、無論瓜坂さんであろう。
魔力も持たないのにここまで警戒されるとは、流石の詐欺師だ。
「でもま、私としてもいつ来るかもわからぬ殿方をただ待ち続けるのは暇ですから……。折角ですし、いくつか質問したいと思いましたの」
それで私を起こした……という事は、魔術で眠らされていたのか?
「そう、なんですか」
思考のスピードと相反して、言葉はのろまにしか紡げない。体に力が入らなかった。
「まあ、貴方も人質としての役目を果たせば終わる身なのですから。人生最後の一日ちょっとと思って、楽しくお話いたしましょう?」
言葉に怖気を覚えるより、納得が先に来た。ああ、瓜坂さんが言っていた『冷酷な魔術師』って言うのはこういう事なんだ、と。
同時にもう一つ気付く。彼女は別に対人のプロではないことにも。普通、これから死ぬとわかっている人質は口を開かない。たとえ嘘が吐けないオカルトでも、もっとましな言い方はあるはずだ。
「良いですよ。……分かりました」
精神的に余裕があるうちは、まだ私にも勝ち目があるかも知れない。
「質問よりまず先に……私の愚痴に少し付き合ってもらおうかしら」
「愚痴、ですか?」
「ええ、貴方一人を人質にするだけでも、大層苦労させられたんですの……」
ヨヨヨ、などと泣き真似もせず。淡々と言ってくれる。
「藍崎組の連中が見張りをしていたお陰で排除するにも儘ならないし。どうにか隙をついて事務所まで行けたと思ったら、今度は例の予知少女はいるし! 挙句の果てに、貴方一人を連れてくるので精一杯だったんですから……。全く、用意の良い探偵で困りますわ」
「藍崎組が見張り、ですか?」
その言葉に、どうやらまた騙されたらしいと悟る。
意味のない嘘は吐かないと思っていたのだが、秘密主義が過ぎて信用の無さに落ち込む。と思っていたら、まさにその傷口を抉るようにルイスさんが嘲笑った。
「あらあら、ウリサカから聞いておりませんでしたの? 信用されてないですわね、ツキナも。……案外貴方、都合よく利用されていただけなんじゃなくて?」
「それは……!」
精神的な揺さぶりをかけようとしているだけ。そう割り切るのは簡単だが、そこに正義は無い。事実として、『嘘が吐けない』という障害があっても、もう少し私に話しておいてくれても良いんじゃないだろうか。あるいは、そこにも意味があるのか。
「瓜坂さんは詐欺師ですけど、あの人が嘘を吐くのは誰かを助けるためで!」
「詐欺師の味方をするんですのね。ツキナは悪い子ですわねぇ……。でも、『誰かを助けるために~』って言うのも詐欺師の言葉なんでしょう? 果たして信じられるかしら」
その言葉だけは、絶対に真実だ。あの時は確かに私が暗示をかけて嘘を吐けなくしていて……。いや、もしも『暗示にかかった演技』をしていたなら。
嫌な想像が脳裏をよぎり、私は否定するように首を振る。そんなこと、無いはずだ。
「大体、瓜坂さんは最低限しか嘘は吐かないんです。必要なだけしか」
「それだって、証拠が残るのを嫌っているのかもしれませんわよ? 嘘を重ねれば、それだけボロが出ますわ。でも一つ二つの嘘(テーマ)で芝居をするだけなら簡単ですもの」
信じていた物が、何の論拠もないと理性的に否定されていく。
盤石だったはずの塔が、実は砂で出来ていたなんてよくある話だ。
「大体、私達(オカルト)でもないのにオカルトを扱う人間というのがまず好きませんの。嘘かどうかが定かな言葉が、一つたりとも無いのですから……」
嘘も真実も、濁ってしまった私の目にはまるで映らない。それなのに『人を騙すのが仕事ですよ』と公言しているような奴、どうやって信じられるものだろうか。
いや、思えば彼の手癖にも胡散臭さが漂っていた。
例えば瓜坂さんは書面などではほぼ確実に真実しか書かないが……思えば、文書偽造で訴えられないための予防線だったのだろう。
そう考え始めれば、もう、ダメだった。
反論されるのが怖くて口に出来なかった事々が次々と脳裏で否定されていく。
「信じられない、かも知れません……」
「ま、だから何だっていう話でもないのですけどね。私にとっては貴方もウリサカも障害にすぎません。ただまあ、お気の毒様ですわね」
同情や憐憫を装って、無感情に発されたその言葉がやけに胸に刺さる。
ルイスさんはきっと何か悪いことをしようとしているのだろう、だけど彼女と敵対している瓜坂さんもまた正しいとは言えないのだ。
「……そういえば、随分と脱線してしまいましたけれど。何の話でしたかしらね?」
「確か、ルイスさんは私に質問があるんじゃないでしたっけ」
正直、自暴自棄だった。
ヤマモトさんの言葉が響かなかったわけではないのだけれど、それでも正しいかどうかというのは私にとっては重要な問題で。どちらが悪いか、なんて程度の問題は些末事にしか感じられない程、私は揺れていた。
「さて、ツキナ。質問と言っても一個だけなのだけれど。今回の事件の事、ウリサカはどこまで気付いているのかしら。と言っても、貴方とのやり取りで私自身が疑われてるだろうことはハッキリ理解しているのだけどね」
「……そう、ですね。どうなんでしょう」
言われて、素直に考える。自分で推理してみようと思ったことはあったが、瓜坂さんの思考をトレースしようとしたのは今朝が初めてだった。
多分、ルイスさんが黒幕であることは理解しているだろう。この分だと、ほぼ間違いなく秋月さんの件や成平さんの時に襲ってきた怪物の大本も、彼女にあるのだ。
私たちを騙した手段については、『嘘は言っていない』程度に匂わせるニュアンスの文章で話していた、という点に尽きるだろう。
そしてルイスさんがこれから何をしようとしているかについては、まるで分らない。
だからこそきっと、そここそが最近の『調べ物』の正体なんだろう。
「多分、ですけど……」
整理の傍らに思考を口にしようとした刹那。ヤマモトさんの言葉が脳裏を跳ねた。
もしも『何を考えるか』が『何をするか』に関係ないのなら。『何をしたか』もまた、『何を考えるか』に関係ないんじゃないのか、と。
結果と主張の間には、打算とか理屈とかプライドとか。ありふれた物が挟まりすぎていて、見透かすには些か離れすぎていた。
「私にもわからない部分が多くて、自分なりに考えてみたんですけど」
思考の時間を稼ぐように、口先に音を滑らせる。
もしも、もしもだ。
あの不埒にして飄々たる詐欺師が、『矢加部月菜が人質になって、それを助ける』所までをシナリオに描いていたなら。
いや、少なくとも彼がルイスさんの計画を止めようとしていることには間違いが無い。
だからこれは、限りなく詐欺師(ウソ)に近い真実だ。
「ルイスさん。私はやっぱり、詐欺師の弟子みたいです」
「何を、言ってますの?」
ルイスさんの戸惑いなど、構わずに続ける。恐らく瓜坂さんの目的はルイスさんを最大限警戒させること。だからこそ、不敵に笑って思ったままを口にする。
「予想ですけど分かりました。瓜坂さんの考えてること」
私に嘘は吐けない。吐きたくもない。だからこそきっと、瓜坂さんは真実を話さなかったのだろう。『私が推測しか話せない』という点において、真実はどこにも存在しない。
「……瓜坂さんは、ルイスさんがこの二か月くらいで何をしたか、入念に調べていると思います」
ならばこれは賭けだ。『私の推測が真実ではない』と彼女がそう判断する、そこにこそ賭けるのだ。だからこそ私は話す。真実を、嘘っぽく。知らぬことを、知るように。
「多分ですけど、瓜坂さん自身は魔術の専門家じゃないので、ルイスさんが何をしようとしているかなんて、半分くらいしか見当がついてませんよきっと」
情報を、与えよ。ミスリードとなる情報程、探偵を妨げるものは無い。
それは魔術師であっても同じ。
「そもそもあの人、基本が詐欺師だから『事件が起こってから』じゃないと何も調べないんですよ。人を騙すときだって、その人に関係があることを調べまくってるから博識な振りが出来るだけで合って、自分自身は大したことは知らないんです」
詐欺師を信じるか、魔術師を信じるか。騙されるなら、『人を救うために騙している』と言った瓜坂の方がまだマシだろう。
何せ、どちらも人を騙しに来ているのだ。信じたい方を信じて、何が悪い。
「そう、ですの……」
返すルイスさんの表情には、脂汗が浮いていた。なにせ、知ってしまったのだから。
よりにもよって詐欺師の弟子を名乗る人間が『嘘かも知れない予想』なんてものを口にしたのだから。
「ルイスさん、私は予想することしか出来ないんですよ。ルイスさんの言う通り、あんまり信用されてないみたいで。大したことは知らないんです」
ダメ押しのようにそう言うと、彼女は静かに立ち上がった。
「もう結構ですわ。……儀式まではまだ一日とちょっとあります。死なれても困るから、後で何か食べ物でも持って来ますわね」
「それはそれは、ありがとうございます」
「いやな意味で、ウリサカに似てきましたわね。貴方」
言うと、部屋のドアが閉じて一人取り残される。
きっとこれでよかったのだ。
なにせ私には騙すつもりなど微塵もない。ただ真実を言えばいいのだから。もしそこまで予想しつくして、瓜坂さんが『あえて真実を言わなかった』のだとすれば、彼は大したタマだろう。そして、――これは些か傲慢すぎるかもしれないが、そんな彼の思惑を見抜けたとしたなら、私もまた十分立派な探偵である物だなぁ。
さて、(推定)翌日は夜ごろ。推定と言うのは、時計も何もないせいなのだけれど。
儀式とやらの準備をするルイスさんを眺めつつ、無意味に時間を潰していた。見る限り、粗方終わっているようである。暇なのか、ルイスさんが声を上げた。
「しかし、来ませんわねぇあの詐欺師。工房の対侵入者用の結界にも反応はありませんし……。案外、自分一人で逃げたんじゃありませんの?」
衰弱しきった脳が、ちょっと肯定したいと思いつつ。目を瞬かせればハッキリと違うという事が見て取れた。
「いや、それは確かに違いますよ?」
服はダボダボのジーンズに、ポケットがたくさんついたジャケット。資料やら道具やらでパンパンにしたバックパックを背負い、血色よくニヒルに笑う。
大分見慣れた彼は、大分聞きなれた声を発した。
「振り向けば奴がいる、なんてな。よう、ルイス嬢。うちの助手連れ去ってくれるたぁ。随分手荒じゃあないの?」
「あら、遅いお着きですわね。ウリサカ。今夜のメインイベントはもう始まりますわよ」
「いいや、始まらないさ。盛大に何も始まらない。そのために俺がここに来た」
硬い椅子のせいでロクに眠れなかった私には些か憎らしいほどに健康そうだったが、その顔が見れただけでも、妙に元気が出てくるのだから不思議な物である。
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小説情報
- 小説タイトル
- オカルト詐欺師 完結版
- 作者
- 大野知人
- 公開済みエピソードの総文字数
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