狂信的な宗教国家の暗殺者
第1話
- 作者
- @syo25
- このエピソードの文字数
- 4,251文字
- このエピソードの最終更新日時
- 2018年7月7日 20:43
若い女性の悲鳴が割れた石畳の広場に響き渡る。
「おやめください! その娘は私の家族なんです!」
手入れがされていない髪に、服装もボロボロのエプロン姿。
声の主である女性は、派手な装飾の
広場に召集を受けた住民達もまた彼女同様みすぼらしい姿で、視線で彼女の身を案じる事しかできなかった。
「おやめませんよぉー? この娘は重大な禁忌を犯しましたからねぇー? ヴァイス様の贄に捧げねば怒りをお鎮めできませんからねぇー?」
それに答えるのは、下卑た笑いで語尾を伸ばす肥えた司祭服の男性の姿。
周囲は彼女を拘束している以外の神殿騎士達が、その禁忌と呼ばれた銀髪の少女を取り囲っている。
この国は何よりも宗教を重んじる。宗教こそが法であり絶対。例え黒であろうとも法の代弁者たる司祭が白だと言えば白なのだ。
金も権力も力も無く、自身の衣服すら維持が難しい貧民街の人々にとっては、司祭に意見できる物などおらず、命令は事実上絶対であった。
今もこうして逆らえない住人を命令で集め、見せしめのために無実な国民に異端疑いをかけ、処刑をしようとしている。
幾度も残虐極まりない行為を見せられた人々は牙を抜かれ、逆らう意思すら見られない、死んだ魚のような眼をしていた。
「禁忌とは何ですか!? この娘は何も悪い事なんてしてません!」
「確かに彼女は何もしていませんねぇー? でも存在自体が禁忌なのですよぉー?」
司祭が少女のすらりとした長い銀髪をすくい上げる。
「この純白の髪! そして純白の法衣! さらにその姿でヴァイスと名乗る事は、私達ヴァイス皇国の神を冒涜する行為なのですよぉー!?」
鋭い瞳をした少女の眉がピクリと動く。
「ヴァイス……皇国じゃと? ここは神聖ヴァイス共和国ではなかったのか?」
甲高くもゆったりとした口調で司祭の言葉を遮る。
背丈からして9歳前後を思わせる幼い容姿に、白を基調としたローブ姿に流れるような腰まで伸びた白銀の髪。
自分がこれから生贄にされると言われてもなお、鋭い目つきと毅然とした態度で司祭へ質問を返す様子は、この貧民街の人であれば到底できない行為だろう。
「きょうわこくぅ? それはもう三百年ほど前のお話ですよぉー? ああ、全く無知とは嘆かわしぃー!」
大げさに頭を抱える司祭に、ヴァイスと呼ばれた少女は慌てる様子も無く、ため息をついてその場に胡坐をかいて座り込む。
「やれやれ……このワシの身形で「ヴァイス」を名乗るのが禁忌と断ずるならば、御主らの知るヴァイスとは如何様な姿をしておる? 話してみよ」
司祭は怒りのあまりか、甲高い声を上げ前髪を掻き毟る。
「そのふてぶてしい態度。あなた、本当に罪な子供ですねぇー! 良いでしょう、そんな無知なる罪深き子羊を生贄へ供える前に、如何にその罪が重いかを理解させてあげましょう!」
錫杖のような杖を、銀髪の少女へビシッと勢いよく突きつける。
「本来ヴァイス様は、今のあなたの様になお姿をされていました。しっっっかァァァしぃぃッッ!! 今は違われるのですよぉー!!」
「『本来』はわしの様な姿を『していた』とな? ではなぜ姿を変えたのかのぉ?」
「ヴァイス様は国民のあまりの不敬と愚かさに深く悲憤慷慨され、遂にはその御姿をも変容されてしまわれたのですッ! そのお怒りは三百年経た今も尚冷める事は無く! 愚民共への罰として、国中に破壊を齎されていらっしゃるのですよォー!」
叫び狂う司祭に、銀髪の少女が片方の口元をヒクヒクさせながら釣り上げる。
「この惨状を重く見られた歴代の教皇様方は、ヴァイス様を御鎮めする手法の究明に御尽力された末、一つの祭事を考案されました……」
そんな少女の表情などつゆ知らず、周囲を歩きながら解説を続ける司祭。
「国民を……特に幼子を聖贄として捧げる儀式です! 文献にも、ヴァイス様は幼子の魂を大層好まれるとあります……ならばこそォ!! 貴方の様な未来ある幼子の贄が不可欠なのですッよぉぉぉ!!」
「ほほーう……つまり、そのヴァイス様とやらの怒りが収まるまで、国民……ましてや幼子を贄として捧げ続けなければならぬと? ……そう申すのじゃな?」
「そうですとも! 貴女の様な紛い物であれ、幼子である以上は十分その価値はあるでしょう! それに、その存在を許せば我々はヴァァイス様の更なる御怒りを免れまっせぇぇェェん! 直ぐにでも生贄として奉納せねば、我が国は滅んでしまうのですよぉー!」
口元をゆがめながら、笑顔で長い髪を揺らしながら少女が立ち上がる。
「そうじゃな……これは不倶戴天の怒りじゃろうて……」
「そうでしょうー? ですから早く生贄に……」
司祭が少女に手を伸ばした瞬間、その手を引っ張られバランスを崩した先に少女が素早く腹部へ拳をめり込ませる。
「ふぐっ!」
腹を抱えて膝をつく司祭の周囲にいた神殿騎士達が、慌てて少女へ得物を向ける。
「喝っ!」
少女が発したモノとは到底思えない一喝が、魔竜の咆哮の如く広場に反響した。
直後、その場の誰もが大気が異常な迄の重圧を帯びたのを感じ、神殿騎士は武器を落として次々に倒れて行く。
周囲の住民は皆、理解は出来無いが身体が「それ」を記憶しているかの様に、絶対的な恐怖に怯え竦み耳を塞ぎ、蹲ってしまっている者もいた。
「全く……封ぜられる前は、国中の童共が日毎で我先にとワシの背を取り合い、それらをあやしながら共に天を翔けておったとゆうに……そう捻じ曲げおったか」
懐かしそうに哀愁を漂わせながら銀髪を翻し、うなり声を上げながら地面をもんどり打っている司祭へ背を向ける。
「人魔戦争の後、人の子共への不安解消に良かれと思うて許した宗教が、今や畏怖と恐慌を振り撒いておる……魔の者そのものではないか」
負の感情による瘴気で曇った空を見上げ、ヴァイスはため息をつく。
「ワシは今、悔恨と義憤の念に満ち満ちておる……此方を瘴気に穢れた不味い
ひぃひぃと倒れたまま浅い呼吸を繰り返す司祭へ振り返り、ヴァイスはその口元を片手で掴む。
「ふほぉ!」
先ほど司祭に膝をつかせた力は嘘ではないと言わんばかりに、悠々と片手で司祭を持ち上げる。
「愛い童共を贄にじゃと? この戯けが! ワシがおったらのなら、そのような下賤な祭事などすぐにぶち壊してくれるわ! ましてや食うなどもっての他じゃ! 恥を知れ! 虚け物共め!」
叫ぶ度に揺さぶられている司祭も、両手を使ってその手を剥がそうと必死になっているが、ヴァイスの手は微動だにしない。
「300年前……この様な顛末に成ると解っておれば、封印なぞ享受せず、反対派の者共を一族諸共根絶やしにすべきじゃったとな!」
ゴキリと鈍い音と同時に司祭の甲高い声が周辺に響き渡る。
「あふぉ……おふぉふぉぉー!」
「おや、つい加減を忘れて顎を握り潰してしもうたかのぉ……なぁに、ヌシ等が日毎民草や信徒に強いておる、餓鬼畜生の蛮行に比べれば瑣末事じゃろぅ?」
ヴァイスは軽々と司祭を放り投げ、先程まで拘束されていた女性の方へ視線を向ける。
「セス、もう出てきても良いのではないか?」
「そうだな、頃合いか」
先ほどまでボロボロの衣服をまとっていた女性の姿が、瞬時に小柄になりフードとマントで全身が覆われる。ヴァイスよりも目線一つ程度高い背丈に、彼女よりも少し大人びた声色と、マントの隙間からわずかに胸元が膨らんでいる部分が見える事から、少女とみられる姿だった。
フードに覆われているため髪型は分からないが、薄紫に見える肌に青紫色の唇……純粋な人間である事を否定した色だが、表情を綻ばせている事だけは分かる。
その姿を見て周囲の人々がどよめき始める。
「ここにいる神殿騎士は全員家族を人質に取られて、無理矢理こいつの命令に従わせられていただけなので、殺しはしなかったが……」
自信に溢れた不敵な笑み見せるフード姿の少女の懐から、スイカ程の大きさの革袋が司祭の目の前に置かれる。
「さて、お前ならもうこれが何だか薄々分かるよな?」
次々と似たような大きさの革袋を並べて行く。マントの中に入っていたと考えるにはどう考えても無理がある。
おそらく空間転移を利用した高度の魔法によるものであろう事をすぐに察し、司祭は外れた顎どころか全身をガタガタと震わせている。
「スラム街の人達にありとあらゆる暴虐を繰り返して、反省の色が一切見られないお前の側近達は……あれだ、打ち首獄門って奴だ」
「セスの姐さん! 俺達の家族はどうしたんだい?」
どよめいていた人々の一人がそう話しかけると、セスは顔を上げてふと思い出す。
「……っと、悪い。肝心な事を忘れてたな」
薄紫の少女がマントから腕を上げ指を鳴らすと、付近にいくつもの黒ずんだ転異空間が出現する。
そこからはくたびれた老若男女が次々と現れる。
それに合わせてヴァイスが掌で地面を叩くと、神殿騎士達がゆっくりと目を覚ます。
彼らは皆知己の間柄だったのか、神殿騎士達はくたびれた人達を見るや否や、次々と兜を外し名前を呼び合い互いを確認する。
そして、救助された人達と抱き合ったり歓声を上げたりと感動の再開を果たしていた。
「これで、お前が確保していた人質も全員解放だ。みんな! もうこいつらにおびえる必要なんてない! 自由なんだ!」
セスの声に周囲の人達が賛同し喝采が沸き起こる。それと同時に司祭へありとあらゆる暴言が浴びせられる。
「おおお、おおおふぁふふぇほぉー!」
司祭の絶叫に対してセスは冷たく突き刺さるような鋭い視線で返答する。
「何が『お助けをー!』だ……今までお前がして来たことそのままやってやっただけなんだぜ?」
司祭が必死に後ずさるが、すでに壁を背にして逃げられず、その場で空しく手と足を地面へ擦り付けているだけだった。
目からは涙、股間から尿を垂れ流し、必死に首を左右に振る司祭に人々の怒りは更に激化し、暴言以外にも石や木片が浴びせられている。
「さて……あんたはこのまま尻尾巻いて教団に逃げ帰れば、責任問題で極刑。俺が大衆のど真ん中にぶん投げても私刑。どの道アンタの人生はここで詰んだよな?」
セスは必死に震えながら首を振っていた司祭の頭を掴んで引き寄せ、そっと耳打ちをする。
「どうする? こっちの条件を飲むんならアンタの命、保証してやってもいいぜ? どうだ、助かりたくないか?」
(はぁ……まさか俺が革命運動の中核なんてモンを担がされるなんてな……)
そう司祭に告げながら、セスはふとこの世界に来る前の事を考えていた。
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小説情報
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