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『【5周年記念SS】捨てられた聖女はダンジョンで覚醒しました』のエピソード「お祝いのハーピーシフォンケーキ」の下書きプレビュー

【5周年記念SS】捨てられた聖女はダンジョンで覚醒しました

お祝いのハーピーシフォンケーキ

作者
DRAGON NOVELS
このエピソードの文字数
5,501文字
このエピソードの最終更新日時
2024年1月10日 18:19




 ――ノルンダンジョン領域、第四層。


 女神教会によりダンジョン送りの刑になった侯爵令嬢リゼットが、ダンジョン内で出会った仲間と共に訪れた第四層は、ダンジョン内にもかかわらず青空があり、広い草原があり、あまりにも穏やかな場所だった。


 ――しかもモンスターはしっかりと生息し、更にはドワーフが宿を営んでいるという、ダンジョンの恵みに満たされた階層だった。


 そしてそのドワーフ――カナトコの手によって、もうすぐ仲間の一人であるレオンハルトのための剣が完成しようとしている。


 最後の研ぎの段階にきたところで砥石が割れたので、リゼットは仲間とレオンハルトとディーと共に指定された山に行って砥石の採取してきた。


 あとはカナトコの手によって研ぎ上がるのを待つだけだ。


(もうすぐ、剣が完成します……派手にお祝いしたいですが……)


 リゼットは宿の台所で一人、カナトコに指定された仕事――マンドラゴラの皮を黙々と剥きながら考える。


 ――堂々とお祝いができるこんな機会、滅多にない。

 できるだけ、思いっきり、派手に祝いたい。


(そのためには、あれが欲しいですよね……そう、ケーキ!)


 特別な祝いの場に是非欲しいもの。ケーキ。

 だが、ケーキを焼くには貴重な材料がいくつも必要だ。しかし、ここはダンジョン。手に入る食材には限りがある。


(プリンは作れましたが、ケーキはできるでしょうか……?)


 リゼットが知っているレシピで必須なのは、小麦粉、砂糖、バターもしくは植物油。そして卵。ケーキを焼くための型も欲しい。そして、卵を泡立てるための道具も。


 真剣に考えているところに、家主であるドワーフのカナトコがやってくる。


「うーむ。きれいに下ごしらえできておる。手慣れたものよのぉ」


 リゼットの剥いたマンドラゴラを見ながら、感心したように言う。


「ありがとうございます。ところでカナトコさん、こういうのありますか? もしくは作れますか?」


 リゼットはジェスチャーを交えながらカナトコに相談する。


「ふーむ……それは鍋の真ん中にコップでも置けば使えるじゃろう」

「なるほど! ありがとうございます、確かにそれならできそうです! それから、こんな、泡立て器などというものは――」


 複雑な形状のため、紙に描いて説明する。


「それはないが、それくらいならすぐに作れそうじゃ。ちょっと待ってなさい」


 言って鍛冶場に行き、すぐに戻ってくる。

 手に持っているその完璧なフォルムを見てリゼットは感動した。正に求めていた泡立て器がそこに存在していた。


「完璧です! ありがとうございます。それから、その、欲しい食材があるのですが……もちろんお金は払いますので」





 ――そうして。

 リゼットの前に、ハーピーの卵と、小麦粉と、砂糖とオリーブオイルが並んだ。

 そうそうたる布陣だ。


「うん。これだけあれば、あのケーキが作れますね。おばあ様がよく作ってくれたあのケーキ……ふふっ、楽しみです。さあ、まずはメレンゲ作り――」


 まずハーピーの卵――鶏卵よりも一回り以上大きく、殻も厚いそれをボウルに慎重に割り、卵黄と卵白を分ける。

 そして卵白だけ残ったボウルに、少し砂糖を入れて、泡立て器でカシャカシャと混ぜ始めた。


 ――そして、数十分。


(全然、メレンゲに、ならない……)


 卵の成分の違いだろうか。それとも混ぜ方が足りないのか。

 卵はまだまだ透明で、白くも、もったりとした感触にもなっていない。


(腕が、重い……)


 いまにも挫けそうになるが、少しだけ休んで、また再開する。

 せっかく道具も材料も揃ったのだ。絶対にケーキを焼いて、剣の完成を祝いたい。祝いたいのに――


(私に、もっと力があれば――!)


 もっと力が。もっと体力があれば。現実は残酷だ。


「ふぁあ……あ? リゼットお前何やってんだ?」


 泣きそうになっていたところに、あくびをしながらディーが台所へやってくる。

 何処かで隠れて昼寝をしていたのか、その顔はまだ眠そうだった。

 リゼットは力なく答える。


「メレンゲを……作ろうと思ってたんですが……」

「メレンゲ? なんだそりゃ」

「卵白に砂糖を加えて泡立てたものです……が……」


 リゼットは言葉の途中で、ぱたりとテーブルに突っ伏す。

 体力の限界だった。


「よくわかんねーけど、こいつを混ぜればいいのか?」


 言いながら泡立て器を手に取る。


「はい。空気を膨らませながら、真っ白でふわっふわでもちっもちになるまで混ぜるんです」

「マジかよ……マジで卵がそんなんになるのか? 騙されてねぇ?」


 ディーは半信半疑な顔で泡立て器を振り始める。

 カシャカシャという音がテンポよく響き続けるが、そのうちディーもぱたりとテーブルに倒れる。

 卵白は少し白っぽくなってきた気がするが、まだまだメレンゲには程遠い。


「いや無理だろこれ。魔法でなんとかなんねーのかよ。風魔法とか」


 ディーがぼやきながら、交替して混ぜるリゼットを見る。


「風魔法は、そも、まだ、苦手で……失敗したらもったいないです! 貴重なお砂糖……貴重なハーピーの卵なのに!」

「やっぱハーピーの卵かよ……ニワトリの卵がよかったぜ……」

「コカトリスの方が良かったですか?」


 ――コカトリスは大きなニワトリの身体に、蛇の尻尾がついたモンスターだ。引き締まった肉がおいしい。


「そっちじゃねぇ! ……ったく、いいからレオン呼んでこいよ。外で薪割りやらされてるから。こういう体力仕事こそあいつの出番だろ」

「ですが……」

「どーした」

「これは、剣の完成を祝う特別な料理なんです」

「へーえ。それで?」

「レオンにはその……サ……サプライズしたくて」

「うるせえ。早く行け」


 台所から追い出される。


(仕方ありません……もうディーも巻き込んでしまっていますし、引き返せないところまで来ていますし)


 リゼットは肩を落としながら、外から聞こえてくる薪割りの音を頼りに、宿の外に出る。


 そしてすぐにレオンハルトの姿を見つけた。大きな切り株の上に薪を置いて、斧でテンポよく薪割りをしている。相当な量の割れた薪が積み上がっているが、疲れた顔もしていない。


「――リゼット? どうしたんだ?」

「レオン、助けてください……!」

「リゼット? 大丈夫だから、落ち着いてゆっくりと話してくれ――」

「メレンゲが、メレンゲが立たなくて!」

「メレンゲ……?」



◆◆◆



 ――そうして、台所にリゼット、レオンハルト、ディーが揃う。


「これを混ぜればいいのか?」


 レオンハルトがボウルと泡立て器を手に取り、カシャカシャと混ぜ始める。

 すぐにコツをつかんだらしく、力が無駄なく卵白に伝わっていく。どんどん白く立っていき、ふわふわのメレンゲになっていく。


 まさに魔法のようだった。


「なんてことでしょう……やはり、料理は体力と筋肉。レオンならすごいモンスター料理家になれるかもしれません」

「モンスターにこだわりすぎだろ。普通の料理人でいいだろ」

「……料理人になるつもりは、ないな……」


 そうしているうちに、完璧なメレンゲが出来上がる。


「おふたりとも、ありがとうございました。これで次へ進めます」


 リゼットは卵黄、小麦粉、オリーブオイルを混ぜてなめらかな生地をつくる。そして、メレンゲを、泡が潰れないように、慎重にさっくり混ぜ合わせる。

 混ぜ合わせた生地を、中央にコップを置いたケーキ型に流し込む。


「このコップ邪魔じゃねえ?」

「これが重要なんです」


 そして、火をくべてあるドワーフ特製オーブンへ投入した。


「これっていつ焼き上がるんだ?」

「そうですね……割と時間がかかりますね」

「なら、俺は薪割りの続きをしてくる。何かあったら声をかけてくれ」

「んじゃオレはもうちょっと寝てくるか」

「ディー、暇なら手を貸してくれ」


 レオンハルトがディーをずるずると引っ張っていく。

 リゼットはケーキが焼けるまでの間、鍋や台所を磨きながら待った。


 しばらく経つと、砂糖と卵の甘い香りが漂い始める。


 ドキドキしながらオーブンを覗くと、ケーキが膨らんできていた。

 見ているうちに高さがどんどんと盛り上がっていって、ケーキ型から溢れそうになっている。


「上がってきた! 上がってきました!」

「テンションマックスだな……匂い甘ぁ」


 ディーがふらふらとしながら台所に入ってくる。


「ディー、お疲れ様です」

「マジで疲れた……あいつマジでバケモンだよ。どこにあんな体力あるんだ?」


 ぐったりとテーブルに突っ伏して呻く。


「やはり、モンスター料理でしょうね」


 リゼットは確信を持って言う。


「モンスター料理はとても元気が出るものですが、レオンには体力増強という効果が強く出ているのかもしれません」

「マジかよ」

「ディーもずっとモンスター料理を食べていたら、同じくらい体力がつくかもしれませんよ?」

「それはヤダ……」


 あっさり嫌がられる。


「お前はどーなんだよ。モンスター食ってて、本当に大丈夫なのか?」

「自分自身のことはよくわかりませんが、こうしてダンジョンを進み続けられているのも、モンスター料理とおふたりのおかげだと思っています」


 ――この階層に来て一度倒れてしまった手前、体力に自信があるとは言えない。

 だが、前へ進めているのは間違いなくモンスター料理と、レオンハルトとディーのおかげだ。


「さあ、そろそろ焼けましたよ」


 厚いミトンを両手にはめて、慎重にオーブンから取り出す。

 ふんわりと膨らんだシフォンケーキを。


「出来ました! ハーピーシフォンケーキです!」

「もう食えるのか?」

「まだです。ちゃんと引っくり返して冷まさないと」


 テーブルの上で逆さに引っくり返す。これで冷めても、小さく萎んでしまうことはない。


「これでしばらく置いておきます。さあ、お仕事の続きをしましょう」

「お前もクソ真面目だよなぁ……」



◆◆◆



 空が暗くなり、夕食の時間になる。

 全員が食堂に集まって、食事を楽しんだ。コカトリスのソテーに、マンドラゴラを揚げたもの。毒消し草と薬草のサラダ。爆発ウサギ肉を使ったのミルクスープ。どれもご馳走だった。


「剣は明日の朝には完成するぞ」


 食事がもうすぐ終わるというところで、カナトコが言う。


「じゃあ、明日にここを出発しようか」


 レオンハルトの提案に、リゼットも頷いた。


「そうですね。少し名残惜しいですが……」


 この場所ではたくさんの発見と喜びがあった。

 離れるのは寂しいが、ここにいつまでもいるわけにはいかない。

 自分たちは冒険者なのだから。前に進み続けるのだ。


「それでは、剣完成の前祝いと、ここでの日々に感謝して――」


 リゼットは準備しておいたケーキを運んでくる。

 型から外しておいたシフォンケーキだ。


「ハーピーシフォンケーキです!」


 ケーキは丸く、背が高く、中央には穴が開いていている。トッピングがなくシンプルなケーキなだけに、その形がインパクトを強めていた。


「ほう、この形は面白いのう」


 カナトコが興味深そうにケーキの穴を覗き込む。


「ハーピーの卵をふんだんに使ったシフォンケーキです。皆さんのおかげで、とても美味しくできました。どうぞ」


 型から外すときに落ちた欠片で味見をしてある。

 だから味には絶対の自信があった。


 シフォンケーキを四等分に切り分けて、更に乗せていく。

 黄色の断面は眩しく輝き、まるで秘密の宝物のようだ。


 リゼットはフォークで一口分に切り分け、口に運んだ。

 ふわりと広がる甘い香りに、軽い食感。まるで口の中で溶けていくかのようだった。


「ああ……やっぱり、ふわふわです……この飛んでしまいそうなほどの軽さはハーピー所以でしょうか。甘さもちょうどいいですね」


 メレンゲがちゃんと出来ていたおかげで、中の空気が膨らんでふわふわの食感を作り出している。それに、鶏卵でつくるよりも口当たりが軽い気がした。


「不思議な食感だ。空気のように軽いな」

「雲食ってるみてぇ。こんなうまいもんがこの世にあるのかよ」

「うむ。初めて食べる感触じゃ……」


 皆の顔を見ていると、お祝いのケーキは大成功だったと言える。

 リゼットは満足して微笑んだ。


「私、すごく嬉しいです。こうして力を合わせて、困難を乗り越えて、おいしいものを食べて……一生の思い出になります」

「これから、もっとたくさんの思い出ができるさ」


 レオンハルトが当然のように気負いなく言ってくれた言葉に、胸があたたかくなる。


「はい。そのためにも、私も筋肉をつくらないといけませんね。ひとりでメレンゲを作れるように!」

「体力つけるのはいーけど、筋肉は筋肉に任せとくべきだろ。なあ?」

「その呼ばれ方は微妙だな……」


 ディーの視線に、レオンハルトは微妙そうな表情を返す。


「だがやっぱり、冒険者は助け合いだと思う。ひとりではどこかで行き詰まる」

「適材適所ってな」

「……そう、ですね」


 素直に人に頼ることは、まだ少し苦手だが。

 甘いケーキの力を借りて、勇気を振り絞る。


「これからも、頼りにしてもいいですか?」

「ああ。もちろん」

「いちいち聞くなよ。お互い様だろ」


 笑うレオンハルトとディーを見て、幸せな気持ちになった。


(私は、私にできることを)


 あたたかな雰囲気の中で満たされているうちに、シフォンケーキはあっという間になくなってしまう。


「ふふっ、とても美味しかったです。皆さん、本当にありがとうございました」


 ひとりでは絶対に作れなかった、シンプルなハーピーシフォンケーキは、いままで食べてきた中でも一番美味しいケーキだった。

 食べている間はもちろん、作った時間も、苦労した工程も、かけがえのない宝物になった。


 特別なレシピとして、これからも思い出に残っていくだろう。


(――さあ、次の階層では、どんな冒険とモンスターが待っているのでしょうか。とっても楽しみです)


 甘い香りの名残を感じながら、明日からの新しい冒険への期待に、胸を膨らませた。

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小説タイトル
【5周年記念SS】捨てられた聖女はダンジョンで覚醒しました
作者
DRAGON NOVELS
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