アイデア置き場
- 作者
- クファンジャル_CF
- このエピソードの文字数
- 2,595文字
- このエピソードの最終更新日時
- 2018年6月24日 14:19
―――不思議な瞳だ。
少年は、そう思った。ただ純粋に。
こちらを見つめる少女の顔に浮かんでいるのは困惑。不安。無理もない。されど強い理性がそれらの感情を押しとどめているのも見て取れた。気丈な性なのだろう。
寝台から身を起こした少女。彼女に対して、少年は口を開く。
「そちらへ行ってもよいかな」
返答には、一拍の間があった。
「―――ごめんなさい。何を言っているのか、わからないんです」
少女の口から出たのは知らない言葉である。世話役を申し付けておいた下女の言っていた通りだった。
少年は、傍らに控える禿頭の戦士へ振り返る。
「なんと言っているか分かるか?」
「分かりませぬ」
忠実なる従僕は即答。それを受け、主人は思案した。
「ふむ。―――預かっていてくれ」
腰に差した短剣を戦士へ手渡すと、少年は少女へと歩み寄った。気負いなく。
対する少女は、警戒心こそ保ったまま。されど、それ以上の反応を見せることなくこちらへ視線を向けている。
少女に手が届かぬ距離まで接近すると、少年は両の掌を開いて見せた。
「そなたに危害を加えることは決してせぬと、太陽神に誓おう」
「……」
果たして通じたか。
さらに、少年は対話を続けた。膝を曲げ、寝台の少女と目線の高さを合わせたのである。
見守る戦士はかすかに眉をひそめたが、それ以上の動きはせぬ。何かあれば主人を守れるよう、警戒は怠っていなかったが。
少年は言葉を続けた。自らの胸に手を当て、その御名を宣言したのである。
続けて彼が指したのは禿頭の戦士。その名を告げ、そして次に指し示したのは少女。
しばし思案していた少女であったが、それが自らの名を訊ねるものだ、と悟ったのであろう。
彼女は、自らの胸に手を当て、そして口を開いた。
鈴の鳴るような音の連なりだ。
少年たちは、そう思った。
こうして、人間たちは互いの名を知ったのである。
◇
「それで、あの娘の服や荷物は?」
「見たことのない布でしたからねえ。洗い方が分からないんで、とりあえず干してるんですよ、若様」
「構わぬ」
下女の言葉に、少年は頷いた。
廊下での会話である。
少女にはひとまず、こちらが敵ではない、ということは伝わったらしい。下女たちの世話を淡々と受け入れている。されるがまま。というか、何をされているのかも理解できていないようだったが。相当な遠方から来たのであろうことが伺えた。
「手取り足取り教えてやってくれ。それこそ幼子に対するように」
「そりゃ構いませんとも」
「ああ。それと。あの娘のことはいいと言うまで、口外せぬように」
「承知いたしました」
下女たちは、近くの集落よりこの館に手伝いに来ている。彼女らが家に帰ればすぐさま、あの少女の話題で集落は持ちきりとなろう。それは避けたい。少なくとも、少女の正体が判るまでは。
必要な指示を終え、下女を下がらせた少年。その背後で、今まで黙っていた戦士が口を開いた。
「若。恐れながら」
「何だ。申してみよ」
「は。少々軽率に過ぎますぞ。仮にも大君の血を引かれる御方が、あのようにへりくだり、あまつさえ太陽神の御名で誓いを立てるなど」
「すまぬな。いつも私はじいをひやひやさせてしまう」
「私は心配なのです。若の身になにかあってはと思うと、身が引き裂かれる思いがいたします」
「肝に命じよう」
少年は頷いた。
◇
黄昏時。
少女は、寝台より起き上がると、差し込む夕日へ向かった。外の光景を目にしようとしたのである。
部屋の外、廊下よりの視線と陽光を遮っていた御簾。その向こうに広がる光景を目にした少女は、感嘆を禁じ得なかった。
そこにあったのは見事なる庭園。丁寧に刈り込まれた果樹はたわわな実りを誇示し、咲き乱れる華々は夕日一色に染まっている。並んでいる彫刻は神話の怪物であろうか。所々にある、粘土をとりあえず人型にしただけに見える人形がおかしさを誘った。
主人の権勢を表す広大な庭が、そこにはあった。
少女の立つ場所。すなわち周囲より高所になるよう積み上げられた土台の上に建造された、離れの客室からは、すべてが見てとれる。
「美しいであろう?」
振り返った先には朝方、2、3言葉を交わした少年の姿。肌の色が濃いのは日に焼けているからばかりではあるまい。
「祖母の庭だ」
何を言っているかは分からなかったが、彼はどこまでも穏やかで、しかしある種の威厳。そう呼ぶべきものを身に付けていた。
「見よ。間も無く日が沈む」
隣に来た少年。彼の視線をたどり、見たままを少女は口にした。
「太陽……」
「ふむ。そなたの言葉では、太陽をそう呼ぶのか」
少女は頷き、太陽を指すと同じ言葉を繰り返す。
対する少年も、再び太陽の名を口にした。
時間がゆったりと流れていく。
やがて。地平線の彼方、太陽は姿を消していった。
替わって姿を表したのは、満天の星々とそして。
夜の天を支配する者たちの中でも最大の大きさを持つ天体。すなわち月が、姿を表した。
ぼおっとそれを見上げていた少女は、はたと気付いた。あれはなに、と。
「……嘘。なんなの。あれ」
体が震える。ありえない。恐い。なんなのだあれは。あんなものがあるはずがない。
なのにどうして。
なぜ、あの月には、一直線に走る運河がある!?あの見たこともないクレーターの連なりは!?兎にも例えられる傷痕はどこ!?
寄る辺を失った少女は、天を見回した。知るものはないのか、と。
なかった。あらゆる星の連なりは、彼女の知識とあまりに異なっていたのである。
ガラガラと世界が崩壊していくかのような錯覚を、少女は味わった。
力が抜けていく。へたりこみそうになった体を支える、横からの手があった。
そちらを見る。
少年だった。
「大丈夫か?さあ。ここは冷える。中に戻ろう」
優しい声。だから、少女はそれにすがった。問いを発したのである。月を指差し、そして運河をなぞるように動かす。という形で。
解答は与えられた。意味は分からなかったが。
「あの傷痕か?ある夜、突如閃光が走り、そして出現していたという。いかな凶兆か?と大変な騒ぎだったらしい。私が生まれるより遥か昔の話だ。私の祖母はその時の様子を目の当たりにしたそうだよ」
分からなかったが、しかし少年にとってはそれは当然に受け入れられている。と言うことだけは、少女にも理解できた。
ありえない。あり得ない事態だったがしかし、あとひとつだけ、少女には状況を確認する術があった。
故に彼女は、願いを口にした。
「あの。
お願い。荷物を、返して」
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小説情報
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- クファンジャル_CF
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