機動装鎧トルクギア(第一稿)
ゴーレム乗りは荒野を駆ける(トルク・ギア改稿版) 前編
- 作者
- 大野知人
- このエピソードの文字数
- 58,457文字
- このエピソードの最終更新日時
- 2021年4月10日 00:03
人気のない荒野に、ガコンガコンと金属がぶつかり合う音が響く。
その音は、十メートルほどもある人型の鎧が建物を分解し、そうして出てきた屑鉄をそりのような荷台に投げ入れる音であった。
「今日はこんな所かなーっと!」
巨大ゴーレム――GG(ギア・ゴゥラム)のコクピットで操縦桿を動かしながら少女が声をあげる。名前はライカ。十五になったばかりだが、学校なんて物は無いこの緩衝地帯の荒野ではもはや一人前の仕事人だ。
「ここの基地は一通り漁ったし。そろそろ狩場を変えるか……」
ぶつくさいうライカは、器用にも籠を見もせずに鉄くずを投げ入れていく。
「ケーッ! GGの一台、銃の一丁もねぇの。しけてるなぁ~」
文句を言ったって、残り物が無くなるまで掘り続けたのはそもそも彼女である。
「それじゃあ、今までお世話になりました、と」
軽くGGの上体を曲げて遺跡から出る。口調こそ荒いが礼儀は弁えているつもりだった。今となっては跡形すらないけれど、場所そのものに向かって彼女は頭を下げていた。
「にしても、ここの基地は稼げたよな……」
この規模の基地にしてはという条件付きであるが、比較的状態のいいGGが三機に、指揮官室に残されていた徽章などの貴金属類、更にはまだ使える整備用の道具など。
色々なものが放っぽられていたお陰で、この三カ月食い繋いでこれたのだ。散った者が居るというなら哀悼の一つも示すが、それ以上に『飯のタネ』としての感謝が大きい。
ブオンブオンと風を切る音がコクピットの中からでもよく聞こえた。
「しかし、どこもかしこも惨澹としちゃってまぁ……。生まれた時からだけど!」
戦争が激しくなったころに生まれ、物心つく頃には難民キャンプにいたライカにとってはこの光景こそ常である。『惨澹とした』なんて言えるのは義理の親である酒場の女将さんが聞かせてくれたおとぎ話のお陰だ。
地べたを見ると、あちこちに民家の跡らしき木片や畑があっただろう微かな溝が散らばっていた。すでにその跡すら消えかかっているのが、かつての戦争を物語っている。
十年ほど続いたという『壊滅戦争』は、軍だけでもその七割以上、大陸総人口の半数近くを犠牲にしたにもかかわらず、未だ和平も結ばず休戦状態のまま。情報が錯綜し、或いは隠蔽され、被害拡大の経緯も杳として知れない。
「……ハァ。明日から、どうしよ」
貯えがあるとはいえ、半年ほどで使い切る。その前に次の狩場を掘り当てねばなるまい。地平の向こうに見えてきた生まれ故郷の町へ、ライカはペダルを踏んだ。
「たぁだいまーっ!」
『町』に着くなり、彼女が愛機を飛ばして向かうのは町の西にある大広場。昔軍で働いていたという数名の査定屋が、拾ってきた戦利品を買い取ってくれるところがあるのだ。
「おっちゃん! 今日も査定を頼める!?」
自分用のスペースにGGと荷台を止めると、コクピットを開いて声を張る。
「おいおい、また盗みか?」
聞きつけて寄ってきた男をGGのマニピュレータで掬い上げて荷台の上に乗せると冗談と共にトホホと表情を崩された。
彼の名はトーマス。町一番の博識の査定屋にして、顔役の一人でもある。ちなみに年のころは三十と、おっちゃん呼ばわりが地味に辛かったりする。
「盗みって言い方は人聞きが悪いじゃないの、おっちゃん。盗掘屋であっても盗賊じゃねぇ。それがアタシの信念だよ!」
山と積まれた鉄くずの傍で胸を張って少女は言うが。
「盗掘だって盗みだ……。とはいえ、お前(まい)さんがたが居るからこの町は成り立っているんだけどね。荷台を見さしてもらいますよ、っと」
『町』なんて呼ばれてはいるが、ここ――D85番地もかつての難民キャンプの一つ。
それが町と呼べる規模にまでなったのは、クズ鉄を回収して正規軍に売り払い、そのお金が街を潤したお陰だ。なので、盗掘屋はこの町には無くてはならない存在である。
「ありゃ、正真正銘の鉄くずばかりじゃないか! 何かあったっけ?」
割合勘が良いライカはこの町の盗掘屋の中でも屈指の稼ぎを誇っていたが、ここ数日は大したものを持ってこない。そのことに不審を感じてトーマスは問いを発した。
「いやいや、ここのところ世話になっていた『狩場』が引き揚げ時でね。屑鉄ごっそりかき集めてきただけだよ」
それなら確かに納得がいく、頷くとトーマスは査定書といくらかのを渡した。
「ちょっとばかし色を付けておいた。……はい、これ。今日は打ち上げだろ?」
ビジネスライクな会話をしつつも、ライカが幼いころからの知り合いであるトーマスは少しの小遣いを握らせるとライカは笑顔を浮かべて去っていった。
「さーてと、どうしようかね~」
翌日のライカ。今は次の狩場を探してGGでお散歩中である。
本当は地図などを頼りに探せればよかったのだが、『戦時中の地図は?』と思うかもしれないが、当時無計画に小規模な基地やトーチカを立てまくったせいで、あまりアテにならない。よしんばあったとしても、ライカは地図を読むのが苦手だった。
「あーッ! いけねぇ、いけねぇ。そろそろ境界だな」
かつて『革命軍』と『維持軍』の争っていた最前線跡が、もう間もなく。今は戦争で荒れた広い土地を緩衝地帯にしているが、その中に孤島のようにに存在する唯一の貴族領・戦時中に中立を保っていたテレーヌ領がもうすぐである。
ちなみに、ライカの住むD85番地は今は誰の管理下にもない緩衝地域だ。戦争難民であったり、無法者であったりが各々にキャンプを作って暮らしている。
「領軍の連中に目をつけられると厄介だしなぁ……」
かつて領軍にご厄介になりかけた苦い記憶を思い出し、機体を反転させた。
「って、アレ!?」
そこで、ライカは自分が来た方向の視界の端に妙なものを見つけて機体を止める。
土煙だ。規模からして、GG数機だろうか? 群れてこちらへと向かってくる。
それを見て、正義感の強い彼女は相反するような好戦的な笑みを浮かべた。
「盗賊ねぇ……。アタシの荒野で人を襲うなんざ、良い胸してるじゃないの!」
盗掘屋同士は稼ぎが減ることを嫌って滅多に組まないから、盗賊で間違いないだろう。
今日はもう帰ろうかと思っていたが、予定変更。
「幸い、荷台は外してきてるしね!」
狩り場探しだけ、と予定を決めてきていたお陰か今日の彼女のGGは身軽である。
向こうのGGも土煙程度にしか見えない距離だから、身を隠して躱すという手段もあったのだけれど、ライカは生憎と我慢弱い性質であった。
ある程度資産があって整備できるため、D85番地のGGはそこらの盗賊より数段マシなスペックである。数が少なければ、いや多くとも倒す自信が彼女には有った。接近しつつ、カメラの倍率を上げて偵察する。
「しっかし、この辺りにあんな連中居たかね? ……アタシのと同(おんな)じ『ゴブリン』一機に、『ヘルム・ギア』二機か……。武器は結構有るじゃない」
GGは不揃いで移動速度からしてもロクに整備もしていないようだが、武器の数だけは有った。後ろの二機はバズーカやら、マシンガンやらを積んでいる。手前の機体の武装は少ないようだが、それでも小銃と、接近戦用の斧を持っている。
「こっちは軽装だが、負ける気はしないね!」
治安の悪い荒野を行く都合上、マシンガン一丁に近接用のナタを二つ、ライカも持っていた。機体に傷を付けてトーマスに叱られるのは怖かったが、久々の実戦に彼女はワクワクしていた。
と、その時。まだ射程外だというのにタァン! と音が響く。
「って、撃ったぁ!?」
撃ったのはヘルム・ギアの一機である。狙撃銃でもギリギリ当たるかという距離だというのに。そう思ってスコープを覗き込んだ時、ライカは微かな違和感に気が付いた。
「アタシの方じゃねぇ。前方にいるゴブリンを狙ったのか!?」
同士討ちかとも思ったが。よく見れば、後ろのヘルム・ギア二体が所属を表すように赤いバンダナを左肩に巻いているのに反して、ゴブリンはそうでない。
「あっちがもし二グループとするなら、追われてるのはあのゴブリンか」
であれば、囮にして逃げよう。そういう考え方はライカにはなかった。むしろメラメラと闘志が燃え上がる。
「二対一とは、卑怯じゃないのさ!」
自分が三人がかりで終われるというならそれも良かったが、他のヤツが多勢に無勢で襲われているのは見逃せない。ライカはそういう少女であった。
「アタシの荒野で非道をされる奴がいるのなら、手を貸してやるのが人情じゃないの!」
ヒロイックな願望に浸ってか、無自覚だった笑みを深めた彼女は威勢よく加速する。
幸い、連中はこちらの方向へ移動しながら戦闘しているお陰で、ライカが駆けつけるまでには一分足らず。
「あー、あー。そこのアンタ、聞こえてる!?」
ヘルム・ギアの突撃銃の射程に入らないくらいの所で、無線で交信を試みる。
「んだってんだよ! こっちは今忙しいんだよ!」
「テメェも殺されてぇのか!」
先に繋がったのは盗賊の方。威嚇代わりに鉄砲を撃ってくるのを片手間に避けつつ、ライカは無線を調整した。見る人が見れば、それだけでもライカの技巧に唸ったであろう。
「おい、逃げてる方のアンタ! 聞こえるか!」
「ザッ……、ザザッ! ああ。聞こえてるよ」
応じたのは青年と言うには渋い男声。
元は軍人だったのか、追われているというのに、落ち着いている。近づいてみて分かったことだが、彼のGGはあちこちに欠損があり、そんな機体で危険な荒野を横断しようという彼の豪胆さが窺い知れる。
「アタシはアンタに加勢する。事情はよく知らないが、どう見たって被害者だしな!」
ざっくり言い終えると、武骨に丸みを帯びた己の機体を荒野に躍らせて銃を構えた。
「行く、ぜェ!」
逃走中のゴブリンとの短い会話の後、スラスタを全開に吹かして一気に接近する。
盗賊の二機の射程に入っても、構いやしない。避ければいいのだから。そう言えるだけの反射神経と動体視力、そして操縦技術をライカは併せ持っていた。
ジグザグと進んで、持っているマシンガンの射程まで接近する。
ベテランゆえの丁寧な操縦で、華麗に弾丸を避けた。
「喰らっちまいなよ! クソッタレが!」
「嬢ちゃん、言葉遣い荒いねぇ!」
横手に張り出すようにして、敵のヘルム・ギア二体へのバースト射撃を敢行するライカを、防勢から反転したもう一機のゴブリンが素人ならざる丁寧な射撃で援護する。
「舐めてんじゃねぇぞ、コラァ!」
「オレ達を敵にして生きて帰れると思ってんのか、ゴラァ!」
負けじと敵側もアサルトライフルやマシンガンを乱射するので、散開して避けた。
「おっちゃん、アタシが前に出るよ!」
「おっちゃんじゃねぇ、ジェイクと呼んでくれ」
ジェイクもまた相当な腕利きなのか、ライカが前に出ることに文句は付けない。
「んじゃあ、ジェイクさん! 援護頼むよ!」
中距離戦の間合いを保ったまま二手に分かれたライカとジェイク。
リロードの隙をついて接近したライカに合わせるように、ジェイクは反対側に回り込むようにしてマシンガンで援護する。その動きはスラスタ移動中とは思えない程に精密だ。
弾数が少ないのか、はたまた不調(ジャムっ)てるのか、発射音は散発的だったが、その状況でもなんとかやりくりして、的確に敵を妨害していた。
「GGで格闘なんて、できるものかよ!」
「この素人が!」
近づくということはそれだけ避ける余地が減るということだ。盗賊たちは馬鹿にするように呟いて、接近するライカへと銃を乱射する。それをなおも躱す、躱す。
「素人だって? たかだか盗賊ごときがこのアタシを舐めてんじゃねよ!」
接近しすぎて避けづらくなるや、ライカは銃を横にして盾にしながらなおも接近。カンカン、と言う薬莢の撥ねる音に合わせて銃がひしゃげ、ライカのゴブリンの装甲に傷が刻まれる。
「馬鹿が、このまま死ね!」
あと数秒も持ちはしまい。そう確信した盗賊が、操縦桿を深く握りこんだ時。
「この間合いに限っちゃ、負けられないモンでね!」
ライカはニィと不敵に笑って、マシンガンを投げ捨てて上体を倒す。空気抵抗を下げての、更なる加速。ライカは腰裏のナタを引き抜き、斬り付ける。
「うぶぉわ!」
神速の踏み込みは、寸前に放たれた銃弾に背を向けてすれ違うように進んだ。
驚きと共にコクピットの中でのけぞった盗賊が、咄嗟に操縦桿を引いて間一髪で躱す。
「ヒュー。一撃目を避けるとは、いいね。そう来なくっちゃなあ!」
やはり自覚なく、好戦的な笑みを浮かべたライカ。バランスを崩した相手の肩をつかみ、とどめのナタを振り下ろそうとした時。ジェイクが細く呟きを発した。
「嬢ちゃん……、殺さないでくれねぇかな?」
その言葉は何かを後悔するような独り言ちであったが、少女の耳は確かに音を拾う。
「わかってるよ!」
「いや、すまねぇ。……って、え!?」
何故だか既に確信していたように、ライカは盗賊に再接近。ジェイクが動揺するのも気に留めず前進する根本にあるのは、この射程でなお不殺を貫けるという自信と覚悟だ。
「おい、嬢ちゃん迂闊すぎじゃねぇか!? それに不殺なら……」
遠距離から丁寧にやった方が良い、と言おうとしてそれが己のエゴであると気づいて口ごもるジェイク。それをさておき、変則的な軌道でライカは盗賊に迫る。
「せい、ら!」
後ろに跳ぶ盗賊より、前に進むライカの方が速い。
「ん何ぃ!」
盗賊が悲鳴を上げる中、抉りこむようにU字にコクピットのまわりを切り裂き、機能停止に追い込む。
エンジンも傷付かず、パイロットにも被害を出さない。針の目を射抜くような芸当であるが、それをできるだけのGG操縦の才能と『目』をライカは持っていた。
「こんにゃろッ!」
残ったもう一人が怒ったような声をあげて銃口を向けて来るが、既に遅い。
「トロいんだよ!」
先に破壊した機体を盾にするように回り込んだライカが、横を抜けて突っ込む。
「これで、トドメだよッ!」
今度ライカが狙ったのは頭部。ゴーレム魔法の一種であるGGは、『人に寄せることで動く魔道具』であるゆえに、頭部の魔道基盤を破壊されると動けなくなるのである。
「これで、落ちろ!」
右手を横に振り切った刹那、敵の頭部で小爆発が起こった。
「さーてと。とりあえず自己紹介からってところでいいかな?」
日頃荷台をまとめるのに使っているワイヤーで、盗賊のヘルム・ギア二機をまとめ上げてからライカはコクピットを開けてジェイクに話しかける。
「そういや僕(ぼか)ぁ嬢ちゃんに名乗ったけど、名前は聞いていなかったっけぇね?」
「アタシはライカ。孤児だから苗字はないよ。D85番地と呼ばれる町で盗掘屋の仕事をしている」
「D85番地ねぇ……? 聞き覚えがあるぜぃ。結構な速度で復興してるんだっけ?」
「ああ、アタシらが掘り起こした武器やGGを売ったり、或いは屑鉄を加工して生活に役立てているお陰でね。生きて行くには困っちゃいない」
「なるほど、中々良い『町』じゃないか」
ジェイクが町という言葉に込めたニュアンスは、『どうせ規模のでかい難民キャンプだろう』と言う侮ったものであったが、気付きつつも気にせずライカは続ける。
「で、ジェイクさん。名前以外にも教えてもらえるかい?」
これはライカ自身が、ある程度の実戦経験を積んだGG乗りで有るからわかることだが、このジェイクという男はとても強い。
初めて出会ったライカとのコンビネーションといい、ボロボロの機体であれだけ動かせていた事といい、極めつけは『殺すな』が通じるライカの技量を見抜く目であろう。
これでただの一般兵を名乗るなら、戦時中はとんだ修羅の国であったことになる。
「あぁ、失礼したねぃ。革命軍第一軍はアブレウ大隊所属のジェイコブ・アリソン大佐であります! ……ってぇのは十年ばかし古いな」
ふざけたような敬礼で呵々と笑った後、男は無精ひげの顎を撫でて言った。
「僕ぁ、ただのジェイクでいいよぅ。旅人のジェイクだ」
「軍は辞めたってことかい?」
「ああ、辞めたね。ついでに人殺しもやめた。どうにも臆病なもんでねぇ、きっと気性に合わなかったんだろうさ」
人殺し、そう言った時にわずかに表情に影を落として、しかしすぐにジェイクは剽軽な表情に戻す。妙に他人事のような言い方もまた、ふざけた様子に拍車をかけていた。
「というか、嬢ちゃんこそよく咄嗟に受け入れられたもんだねぇ。『殺すな』なんて、この荒野じゃあ言われないだろぅ?」
そう尋ねる彼に、ライカはすこしムッとした表情で首を横に振る。
「殺すのは流儀に反するんでね。『盗掘』であっても『盗賊』じゃないよ。やむを得ない状況でもないってんなら、『殺し』も『見殺し』もまっぴら御免だね」
どこかプライドのある口上にジェイクは共感して、頭をかいて謝る。
「悪かったよ、甘く見てた。嬢ちゃんのその信条のお陰で僕も助かったってぇ所だな」
「よく言うぜ、ジェイクさん。アンタの腕ならどうとでもできたたろうに」
「僕もどうにも、殺すのは好かなくてねぇ」
もちろん、『殺して』良いのならジェイクが切り抜ける方法はいくらでもあった。ただ、それができないのが彼の弱みなのだ。後ろから追ってくるGGに撃ち返さなかったのは、『当たらないから』ではなく『万が一にもコクピットに当たりかねないから』である。それが、臆病という事。
「だから、事実だよ。嬢ちゃんの信条に救われたのは、紛れもないのさぁ。ありがとう」
「いやいや、アタシのも実のところ受け売りだけどね」
今度はライカが頬を掻く番であった。舐められるのは気に食わないが、褒められると気恥ずかしい。なかなか難しい年頃である。
「受け売りってぇ言うと、誰のだい?」
「……名前は知らないし、顔も覚えてないけどね。昔アタシを助けてくれた人だってよ。終戦直後の動乱の中で命を救ってくれて、D85番地まで連れてきてくれた軍人さん」
「へぇー。ピンポイントな言葉だけ、よく覚えてるモンだね」
「いや、覚えてたのは育ての親の酒場の女将さんさ。アタシは後から聞いただけ」
「そいじゃあ、受け売りの受け売りじゃないか」
言われると、ライカはカラカラと笑った。
「アッハッハッハ。上手いこと言うね、ジェイクさん。……ところで、『人殺し』が苦手な御仁がこの荒野で一人旅をしているなんて、一体どうしたってんだい?」
「少し、探し物をしていてな。もしよかったら、D85番地に寄りたいんだが?」
何か隠しているような言い回しでもあったが、『殺すのが怖い』という言葉には真実味を感じたライカである。人的被害の出るような厄介事にはならないだろうと判断した。
「いじゃ、日が沈む前には皆に紹介しなくちゃね。そろそろ、行こっか!」
日が傾くにも早い時間に、それぞれにGG一機ずつを背負って町への帰路についた。
「ライカちゃん、GG二機はそこら辺に下ろしといてくれ」
ライカたちが町について最初にやったことはジェイクが敵ではないと伝えることと、背負っている二機のヘルム・ギアの中に捕らえた盗賊が居ると伝えることであった。いや、その更に前に予想外に大きかった街に驚いていたジェイクに喝を飛ばすのが先か。
「初めましてだね、旅人さん。オレはこの町のまとめ役の一人をさせてもらってる、トーマスだ。名前を聞いても?」
「初めまして、トーマスの旦那。僕ぁ、ジェイコ――もとい、ジェイクと言う。職業は、見ての通りの旅人さ。しばらく世話になるが、よろしく頼むぜぃ?」
「ああ、ジェイク。よろしくお願いする」
お互い名乗ってから、トーマスが空いている隙間へと誘導し、彼のGGを停めさせる。
「ところで旦那、一つ確認したいんだが。いいかい?」
「ああ、質問は構わないけど。旦那ってのはどうにもむず痒いので、よしてくれ」
確かに少し妙な言い様であった。大体同じくらいの年ということもあって、トーマスは少し不満そうな仏頂面である。
「すまんね。ちょっとしたおふざけだ。気を付けるよ」
「そうしてくれると助かる。……で、質問ってのは何だ?」
トーマスが問うたのに対し、ジェイクは神妙な顔で告げる。
「その、捕らえた盗賊のことなんだが。殺したりとかは、しねぇよな?」
「妙なこと聞く御仁だね。まあ心配しなくても、『迷惑料むしり取る』ってとこまでがウチのルールだ。再犯なら色々考えるけど、人的被害が出てないなら命は取らん」
ライカと同じようなことを言うトーマスに、ジェイクは表情を緩める。
「そうか、ありがとう」
ジェイクが心底ほっとしたように呟き、胸元のあたりを抑えるのを見てトーマスが奇妙に思っていると、GGを縛っていたワイヤーを回収したライカが横合いから口を挟んだ。
「おっちゃん、ジェイクさんは戦時中のトラウマだか何だかが原因で、『殺す』ことに抵抗があるんだとさ!」
「はぁ、お前さんも大変だね。よくも無事でここまでいらしたもんだ」
言われて気恥ずかしがるように首筋を掻くジェイクを見て、『むしろ殺さず無力化する腕が恐ろしいとも言えるな』と思いつつ、トーマスは彼に街を案内し始めた。
「へぇー。いい町だねぇ」
一通りの案内をしてもらったジェイクは、酒場でトーマスと一息ついていた。
彼の嘆息は本心から来るものであった。町を守る長大な外壁。たった数百人とはいえ、まともな家に住む人々。十分、戦前の小規模な街の姿へと復興を遂げていたからだ。
外壁がやけにデカいのだけは妙に気になったが。
「終戦から十年、その全部を復興につぎ込んでいればこれぐらいにはなるモンだよ」
こともなげに言うが、トーマスの膨らんだ小鼻は自慢げな様を隠せていない。事実、この町への彼の貢献はとても大きいのだ、町を褒められることは何よりも嬉しい。
「しかし、終戦直後から人々が団結できてたなんて、余程の事情があったのかぃ?」
「一応言っておくと、この町じゃ終戦以前のことを話すのはご法度なんだが……。大した理由はない、ただこの街の半分くらいは戦災孤児でね。子供たちの前で大人が醜い陣取り合戦をするわけにもいかなかったから、陣営問わずで団結できたんだ」
「ヒュー。かぁっこいい」
「からかわないでくれ」
そのやり取りは、ともすれば十年来の友人同士のよう。いや、そう見えさせるだけのトーマスの包容力が、この町を作り上げたのかもしれない。
「ともあれ、ウチの街はこんな感じだ。そろそろ、オレは仕事に戻るとする」
これでも忙しいのだ、そう言ってトーマスは己の肩を揉む。
「トーマスか。それでメカニック……。トムス・アレイ? 考えすぎか」
背中が見えなくなってから呟き、記憶を漁ってジェイクは首を振る。
彼が呟いた名は、かつて敵対していた『維持軍』でも第一人者と呼ばれたGG技師にして、維持軍の英雄的GG『トルク・ギア』の主要メカニックでもあった若き天才である。
「いやいや、あの男がこんな辺境にいるはずもない」
もしそうであったなら、『探し物』の重要な道しるべとなったであろうに。
「ま、今更探したところでどうなるもんでもないがな……」
それでも探したいものが彼には有る、だから無理して荒野まで来たのだ。
「まぁ、僕のGGもボロボロになっちまったし……。しばらくここに居ますかねぇ」
口にして、トーマスが奢ってくれたコーヒーを飲み干す。なぜかとても、不味かった。
「飲めたもんじゃねぇなこれ!」
本当に酷い味である。その不味さに諸々を忘れ、ジェイクはしばらく夕日に見入った。
「よう、嬢ちゃん。今日はもうお帰りかい?」
「んー。ああ。不作だったからねェ。たまには息抜きをしようと思ってサ」
ある日の昼過ぎ。ライカは少々早めに仕事から帰ってきていた。
「息抜き? ふーん……」
納得したような表情をしつつも、ジェイクはどこか探るような様を見せる。それに気 付いたライカが先手を打って尋ねた。
「ジェイクさんこそどうしたんだい? こんなところで」
「いや実のところね、その『こんなところで』が良く判らなくって……」
「良く判らないって……? おっちゃんに道は一通り聞いたんだよね?」
「そういう意味じゃなくて……。この建物のことだよ」
二人が立ち話をしているすぐ傍にある建物をジェイクは親指でクイと指し示した。
「妙にガチャガチャと騒がしいわりに、酒場って言う風体でもない。さっきから入ってく人を見れば大人も子供も半々ぐらいだから賭博場ってわけでもない。流石に冷やかしで入るのも気が引けるから外で見てたが、一体何のトンチだね?」
「ああ、なるほど……」
納得したように一通りの事情を解したライカは頷いて、それから指を一本立てた。
「まずは入ってみよう、話はそれからの方がよさそうだ」
中に入ると、人一人優に入れそうな大きさの球体が十個ほど、等間隔に並んでいた。
奥の方にはカウンターなどもあるようだが、まず目を引くのは謎の球体である。
「何だってんだい?」
すわ邪教の祭壇かと身構えるジェイクに向かって、落ち着かせようとライカは微笑む。
「コイツはね、シミュレータだよ。GGを使う仕事をするアタシら戦災孤児のために、トーマスのおっちゃん達が作ったGG操縦の訓練装置なんだよ」
訓練用という割には、賭場のような喧噪に包まれている周囲をちらと見渡すジェイク。
「なるほど、闘技場ってわけか。大体わかったが、仕組みはどうなってるんだコレ?」
「詳しくはアタシも知らない!」
その言葉を聞きながら、ジェイクは思考を巡らせる。
この数日見て回った限りだと、この町の娯楽品の大多数は行商が持ってきてくれるカードや記録水晶の類が主であったはず。とはいえ、行商から買うのにはお金がかかる。
「つまり、訓練用だったのを娯楽品としても利用できるようにしたってぇ所かぃ?」
「そうそう、そーゆー事!」
大正解、と軽く拍手をしてライカは挑戦的な笑みを浮かべる。
「アタシより少し下ぐらいが、この町に引き取られてきた孤児の最年少でさ、そういった連中が昼間に訓練用として使い終わった後の夕方くらいからは遊びに使っていいことになってるんだよね。ま、有料だけど」
そして矢継ぎ早に言った。
「ところでジェイクさん。このシミュレータ、やってみたくはない?」
面白いことを何よりも好むジェイクに否はない。
「勝った方が晩飯のおかず一品奢るってぇことでどうだ、嬢ちゃん?」
「何なら一食でもいいけどね?」
言うと、二人は目の前でちょうど空いた筐体へとそれぞれ躍り込んだ。
「なるほど、コイツぁすげぇや。機体だけじゃなく、装備まで選べるのかい?」
トーマスが作ったというシミュレーターの出来の良さに、ジェイクは感嘆の声を上げた。その向かいのコックピットから、ライカがちらと顔を覗かせて自慢げに鼻を鳴らす。
「だろう? 訓練用の時はそうでもなかったんだが、おっちゃん曰く『娯楽用にしようと思ったいくらか興が乗った』らしくてね、中々良い出来なんだぜ。普段乗ってるのはゴブリンだけど、『オーガ』の方が好きなんだよねェ」
GGの名前はいわゆる『暗号(コードネーム)』としての側面もあり、強さを理解しやすくするためにも、革命軍は好んで魔物の名前を使っていた。
ちなみに、ゴブリンは初中期に使われていた格安量産機。オーガはゴブリンとは別の原型機(プロトタイプ)を基に再設計して作られた格闘用GGである。革命軍全体として丸みを帯びた形状が特徴だが、それぞれ形状が異なっていた。
「ふーん……。じゃあ、僕は『コボルト』で」
「おいおい、ジェイクさん。コボルトは無いだろう? 負けても文句は聞かないよ」
コボルトは主に築陣補助や建築・果ては鉱山などでも使われていた『土木作業用』GGである。訓練用には良いのだが戦闘用でないため、そのスペックは推して知るべし。
関節部などが露出した最低限レベル軽装とスラスタの少なさからも、弱さが見えた。
だというのに、ジェイクは全く意に介した様子も無く自信満々である。
「使えるように設定されてるってんだから、良いじゃねえのさ」
「ジェイクさんが強いのはなんとなく知ってるけど……。バカにされるのは好きじゃないなぁ。それとも年上らしく、晩飯を奢ってくれるつもりだって言うのかよ?」
挑発にも動じることないジェイクにライカの中でむくむくと負けん気が膨れ上がる。
一つ、この思いあがった男にお灸をすえてやろうじゃないか。いわゆる『ガチ』編成でGGの武装を組み上げると、戦闘開始のボタンを押す。
「約束、忘れんなよな!」
「嬢ちゃんこそ!」
ライカがコクピットの扉を閉めると同時、スクリーンが移り変わって基地跡だろう廃墟とそこに立つ一機のGG――ジェイクのコボルトが映される。
さしものジェイクも武装だけはまともに揃えてきたか。見える限りで言うとビーム・ソード(光線剣)、ショットガン、バズーカと言ったところか。
「さあ、狩りと行こうぜ!」
相対するオーガの武装は、彼女が好んで使うナタが二丁。普段使いの実体刃のものではなく、切断性に優れる光線刃のものだ。他は内蔵式グレネードランチャーとサブマシンガン。数多くの街の猛者たちと渡り合ってきた、最強の武装である。
「先手必勝って言ってね!」
GGを前傾姿勢にして、スラスタ推力を余すことなく使って突撃。対するジェイクも退きながら銃撃で応戦するが、戦闘用と建築用の差はとても大きい。瞬く間に接近を許す。
「何のぉ!」
予測済みのようにジェイクはビーム・ソードを抜刀。ライカのナタと剣戟を交わす。
とはいえ、ライカは二刀流でジェイクは剣一本。一合、二合までは何とか持ったが、三合目ではバランスを崩しかけ、ついに四合目。
「もらったァ!」
振り切った瞬間に隙のできた脇腹。そこをめがけてライカが切り込もうとした瞬間。
「ところがビックリ!」
ジェイクが剣を持っていない方の左手で何かを操作し、同時にコボルトが有り得ないほどのスピードで後方の廃墟の方へと飛んでいった!
「どういう、手品だよ!」
どう考えても推力限界を超えている。驚きつつも、ライカは榴弾砲で追撃を入れる。
「速度限界なら、避けられないよね!」
今度こそトドメとばかりに放った一撃だったが、ライカは二度驚くこととなる。ジェイクは片足を上げるように地面から逸らし、スラスタ推力を使って斜めに避けたのだ。
「まさか、スラスタ移動じゃない!?」
「おうおう、嬢ちゃん大正解!」
ジェイクが斜めに動いたことで、ようやくライカにもそれ(・・)が見えた。銀色の細い棒の様なもの。いや、ワイヤーである。
「そんな武装、GGには……」
なかったはず、と続ける前に無線の向こうからジェイクの声が届いた。
「あるんだよ、コボルトには!」
言われて、ようやく思い出した。昔、まだライカが幼くて町も小さかった頃。建築用のコボルトが腕につけたウィンチユニットで、建材などを運んでいたことがあったはず。
「そんなものを!?」
瞬間、疑問の氷解と共にライカの驚愕は大きくなる。ジェイクは剣戟を交わしながら、後ろも見ずにワイヤーの先端の分銅を飛ばし、的確に背後の廃墟に絡ませたのだ。
「なぁ、コボルトだって十分強いだろう?」
その言葉には頷かざるを得なかった。ワイヤーに限った話ではない。先の剣戟だって、決してジェイクの腕のお陰と決めつけて良い問題ではなく、むしろ『作業現場で器用な動きができるように』作られているコボルトの性能による物もあったのだろう。
「だからって、負けを認めるほど聞き分けは良くないけどさ!」
「良い意気だねぃ!」
その後も突っ込んでは離され、射撃戦に持ち込んでは圧倒的技量にこちらの弾を撃ち落とされ、機体の性能差があるにもかかわらず拮抗した戦いを二人は演じる。
「この、このこのッ!」
普段とは違い、直前までナタを抜刀せずにサブマシンガンと榴弾で弾幕を張りながらライカは再度突撃。この数分で彼の動きを覚え始めたのだ、今度こそ行けると前に出る。
「今!」
「来るか!」
タイミングを見計らったように両者抜刀、目くらまし代わりに投げつけたそれぞれの銃をお互いに斬り払い、爆炎を抜けて切り結ぶ。
「このレンジでは、負けられないんだよォッ!」
ビーム・ナタ二挺を嵐の如く薙ぎ払ってジェイクを牽制しながら隙を探るライカ。
天性の反射神経と動体視力で攻め込む。
ビーム・ソードでライカをいなしながらも時折ショットガンで攻撃するジェイク。
培った瞬間記憶と判断能力で押し返す。
「良いプライドだ。感動に値する……。だぁが、まだまだだぜぃ!」
推力が上回っているお陰で、半ばジェイクの逃げ道をふさぐようにして四方から攻撃を加えていたライカ。彼女がナタを振り下ろした瞬間、コボルトが不自然な挙動を取る。
「なんの真似を!」
「秘儀・『刀狩り』!」
横から払うようにジェイクが光線剣でナタの刃を切り裂き、残った柄が爆発四散した。
「どういう技だよッ!」
ライカが慌てるのも無理はない。ビームと呼ばれる光線系兵装は魔法によって生み出される物。鋼の硬度と革の弾性を持つ故に、力押しでは破られることなどありえない。逆に言えば、なにがしかの確かな技術によって破られた、という事である。
「もう一本もぉ、落とさしてもらおうかい!」
光線剣は一度破られると、魔力の反動で柄もろとも弾け飛んだ。
「させるかよ!」
しかし怯えて距離を取ればもう接近のチャンスはないかもしれない。つばぜり合いを躱しながら、慎重に隙を探る。そしてついに。
「隙が、見えた!」
腕が上がった脇腹、スラスタの方向からしても回避が間に合わない。ジェイクが見せた大きな隙に食いつくように急速反転したライカが飛び込んだ。
勝利を確信した獰猛な笑み、叫び。だが、応じるジェイクはまだ余裕綽々だった。
「まぁだまぁだ! この程度の罠に掛かってるようじゃあ、英雄には噛みつけない!」
見えていながらも、なおワイヤーを伸ばそうとする。
「間に合うもんかよ!」
「だから、甘いってぇ言ってるでやんの!」
ジェイクのワイヤーが短いまま横に薙がれた。その分銅は重量のままライカのオーガのすぐ後ろを通り過ぎ、次の瞬間にはライカを円心としてぐるりに巻き付いた!
「こういう使い方もあるって、言ってなかったっけぇ!?」
クスクスと笑うジェイクの思惑通りライカは油断し、ワイヤーに捕まる。
「こんの、畜生!」
一定方向に巻き付いているだけのワイヤー、ライカは瞬時に解いたが、その一瞬が命取り。致命打を回避したことで余裕のできたジェイクが一閃。
「『刀狩り』!」
横向きのナタを縦にカチ割り、隙のできた頭部にショットガンの銃口を突き付けた。
「勝負、あったな?」
「くぁーっ! 負けた負けたー! けったくそー!」
大敗を喫したライカは文句の一つもつけずにジェイクと共に町の食堂へ直行し、一緒にご飯を食べていた。ちなみに義母の酒場でないのは、たかが一食とはいえ賭け事に興じたことを咎められたくなかったライカのチョイスだ。
食堂は色んな食べ物の匂いに満ちていて、居るだけでもお腹が空いてくる。
「しかしジェイクさん、アンタ本当に強いね!」
「ハッハッハ。まぁそれほどでも……あるかな!」
「実際問題、別段コボルトが一番得意ってわけでもないんだろう? こんだけの実力差を見せられちまうと、侮られたことを怒る気すら湧かないが、実の所どうなんのよ?」
ライカはかなり直情的な所のある少女であるが、同時に老練の武人や職人に通じる様な潔さと分別を持っていた。それを好ましく思いつつ、パンを齧ったジェイクは返答する。
「侮っていたか、って言うならそりゃあ侮ってぇいたさ」
「侮っていたことは否定しないんだね」
明言に対して、ライカの返事は文言だけ聞けば咎めているかに聞こえたが、相反して表情は好印象を受けたように笑みを浮かべていた。
「そりゃあね、あの『壊滅戦争』を最前線で生き残って今ここに居るんだ。自信の一つもつかねぇ道理がないし、弱い相手に警戒しすぎるようじゃ戦士としては二流だよ。ただまぁ、僕ぁ生憎と戦場に恵まれなくってね。いっつもギリギリの現場ばっかり立たされてたから、実のところそこまで機体にはこだわりが無ぇんだ」
予想と違う答えにずっこけたライカはそれでも興冷めした様子無く次の質問に移る。
「ふーん。あ、あとアレだよ! さっきの『刀狩り』っての、どうやってやるんだい?」
「秘密だね。……まぁでも、どうしてもってんなら、一つだけヒントをやる」
「んじゃあ、どーしても!」
どうにも厄介なところの多い御仁だ、ライカは裡にそう思いつつも食い気味に言った。
「嬢ちゃん、ビームの構造は知ってるかい? 『魔力にのみ接触可能な特殊結界で熱・斥力変換した魔力を……』つってもわかんねぇよな、ってか僕もいまいち理解できない」
「いや、なんなんだよ!?」
「……ともあれ、まぁビームってのは煮立った湯の詰まったガラス瓶みてぇなモンだ」
「はぁ……」
全容が見えないせいか、ライカには何が言いたいのかよくわからない。
漏らされたため息も気にせず、ジェイクは言葉をつづけた。
「中身が破裂するギリギリまで詰まってるガラス瓶ってぇのはな、どっか一箇所にヒビが走っただけで簡単に粉砕しちまう。それと同じようにやるのが『刀狩り』の原理よ」
「つまり、一カ所に集中して力を籠めろってことか?」
「んま、大体そういうこと。ビーム・ソードを相手が振ろうってぇ時に、動きの関係で『一番力が乗っかってる場所』が剣のどこかに発生する。そこにこっちの力を合わせてやれば、パリンと割れるって寸法よ」
ジェイクは両手をそれぞれ刃に見立てて、右手を大振りに、左手をそれに当てるように動かす。速さでも強い力でもなく、点を突くことが大事だというようにトントンと軽く右手首を叩いて口を閉じた。
ここまでヒントをもらったのだ、あとは自分でやってみよう。フンスと鼻息荒く決めたライカに今度はジェイクが問いかける。
「僕も自分の話したんだからさ、嬢ちゃんのこともいくらか聞いて良いかい?」
言い様はいかにも怪しいオッサンであったが、悪人でないことは短い付き合いながらもライカもよく知っていた。
「まぁ、余程のことじゃないなら……」
なので、そう応えた。その応じように、快く笑顔を見せたジェイクはいくつか気になっていたのだ、と口を開く。
「まずはアレだな……。一つはトーマスのことだ」
「おっちゃん? 何かあったのかよ?」
特にとぼけた訳でもなく、理由がわからないとライカは問うた。
「いや、僕自身としちゃあどうにもあの人は苦手でね。変わって嬢ちゃんに聞きたいんだが、トーマスが元々どういう仕事をしていたのか、知らないか……?」
初対面では明るく振舞ってみたが、どうにも探られているような感覚があって、ジェイクは苦手なのだ。故にこそ、彼自身について知れば安心して、あるいは正しく警戒して接することができると思っていたのだが。
ライカはやや怒ったように眉を吊り上げると、キツ目の口調で切り出した。
「いいかい、ジェイクさん。アタシ、この町に案内するときに言ったよね? 『いろんな出身の人間がいる、戦前のことについては聞かないでやってほしい』って」
その目の色は哀愁と寂しさをはらんだ静かな怒り。次はないぞ、という確固たる警告。
「ジェイクさんはこの町にきて日が浅いから知らないだろうけど、この町の大人たちの半分以上は『帰れないからここにいる』人や『帰る場所がないからここにいる』人なんだ」
静かに、言い含めるように。されど同時に、絶対に譲らないという意思を垣間見せて。
ライカは真剣な表情で語った。
「本人たちが話すというなら、他人が口を挟むことじゃない。だけど本人たちが話さねぇって言うなら、探ろうって野暮を止めるのに道理が立つ。わかるよな?」
ともすれば失礼な命令口調。だが、その芯にあるのは町人への親愛の情とそれを支える強い信念である。そして、そこに信念があるからこそジェイクは好んで話しかけるのだ。
「……悪かったよ、嬢ちゃん。今後は反省する」
「別に良いよ、ジェイクさんがこの町に来たばかりなのは理解してるし。ただ、今度やったら分かってるよね?」
別に怜悧と言う訳でもない、されど厳しい視線にジェイクはたじろいで、頷いた。
「ああ。よくよく気を付けよう。で、もう一つ聞きたいんだが」
「注意された直後に話を始められるその根性、嫌いじゃないぜ」
「嬢ちゃんには何かこう、『夢』みたいなものはあるかぃ?」
「ハァ……」
ライカがため息をつくのも無理はない。今はまだまだ戦後の復興期。ここ数年こそ落ち着いているけれど、簡単なことで食うや食わずに陥るD85番地である。
食うに困る日もあったし、餓死体を町はずれに埋めるのだって見たことがあった。
「それを、夢、ねぇ……。ハン」
「いやいや、そんな馬鹿にした風に言わんでも……。軍時代はよく同僚と酒でも交わしながらふざけた話をしたもんでね。戦争が終わったらー、なんてのも何度も話したんだよ」
「へぇ、ジェイクさんの夢は何だったんだよ?」
「重労働はしたくないし、美味いもん作る側に回ってみたかったからパン屋」
「男の夢って言うにはロマンの欠片もねぇな……」
一刀両断に付したライカに、ジェイクは少しいらだった様子で返す。
「良いじゃねぇかよ、何を望んだって。そういう嬢ちゃんこそ、『こうなりたい!』みたいなの、ねぇの?」
「夢か……。夢ってもんじゃないけど、そうだな。強い奴と戦いたい!」
その時、一瞬だけ獣が牙を見せる様な獰猛な笑みをライカは見せた。割合理性を見せる普段と違う、本能的で暴力的なその姿。ジェイクは気取られぬよう軽く背筋を震わせる。
「そんな……。いや、一体、強い奴と戦ってどうするつもりなのさ、嬢ちゃんは」
ジェイク自身が『臆病』と名乗るところの核が言葉選びを迷わせた。今確かに、彼はライカに恐怖していた。
「どうするって……。特に理由はないけど。そうだな、敵を倒してもっと強くなる!」
「強くなってどうするのさ?」
だからこそ、問い詰める。ジェイクがかつて軍に居た時分も、こういう人間を見たことがあった。まるで何も考えていないような口調で人の命をスコアとして扱う輩だ。
聞かれたライカもあまりの勢いに気圧されて、それから。
「考えたことなかったや……」
ポツリと呟いた。
「アタシはなんとなく、自分より強い奴を倒したいと思ってた。けど、その理由は『強くなりたいから』で。……そして強くなりたい理由は、『自分より強い奴を倒したいから』で……。なんかダメだ、堂々巡りだね」
この時、ライカの中に今までになかった疑問が生じる。
彼女が人を殺さないのはただそう教えられたからであり、そうできるからだ。
彼女が誰かと戦いたい・強くなりたいと思うのもまた、理由なくそう思うからだ。
だが、違う。『理由が無い』なんてことは有り得ない。そう断じれる理性を、彼女は持っている。
「ハァ……。なんでだろうな、ジェイクさん?」
先ほどジェイクに注意した時のような芯のある様子は身を潜めていた。
ライカが一つため息を吐く頃には、獰猛な笑みもまた姿を消す。
残るのは、道に迷ったような表情でただ悩むだけの一人の少女。
「僕に聞かれても知らねぇよ」
ジェイクもまた怯えることなく、しかし苛立ちを隠すようにいつもの適当なノリで返した。自分が殺さない理由も、自分が強くなれた理由も今のライカには理解できまいと思ったから、彼はあえて言葉にしない。
だが同時に、今のままでいる事の危うさを実例として知っている彼は、ただ悩み続けることを助言した。
「ただまあ、考えてればその内わかることってのも、有るんじゃねぇの?」
それから、彼ら二人は他愛もない話をしばらくすると、宴もたけなわに解散する。
「うーん。最前線跡なんだし、そろそろなんか見つかってもいい頃合なんだが……」
相変わらず狩場を求めてさまようライカだが、どうにも集中しきれない様子である。
気がかりなのは先日ジェイクと模擬戦をした時の事。
「戦う理由に強さを求める訳、ね……」
ジェイクに言われて初めて気づいたことであったが、彼女自身特に理由もなく『そうしたい、そうありたい』と願っていただけなので答えなどすぐには見つからなかった。
ライカは知識こそないものの、洞察力・思考能力に長けた少女である。故に、己が考えても見なかったことに対しては深く落ち込み、悩むのだ。
「ま、この荒野で生きて行くには強くなけりゃいけない部分もあるけどさ」
ジェイクにコテンパンにされておいて言えた義理ではないが、相当強い方である自負は彼女にも有った。それこそ彼のようなエース級パイロットが相手でもない限り、そうそう殺されるようなことも無い。
「戦う理由にしたってそうなんだよな……」
別に彼女は殺すのが好きであったり、或いは盗賊のように物を奪うために戦おうとしているわけではない。いや、どちらかと言えばそういう者たちを軽蔑すらしていた。
だが果たして、理由もなく闘争を求める自分が彼らを見下すことが出来るのだろうか?
だからだろう、ライカは声を掛けられるまで領土侵犯をしてしまったことに気づいていなかった。
「おい、そこのお前! 何をしている!?」
「へ?」
視線を上げると、三機のGGが編隊を組んでいるのが見えた。
「(盗賊……にしちゃあ、装備が整っているな。なら……)」
ライカの思考が終端に至るより一瞬早く、随分と若い声が響く。
「怪しい奴……、さては盗賊だな貴様!?」
タァン!
恐らくは新兵が乗っているのだろう、滅多に無い侵入者を見て緊張で棒立ちになったGGがビーム・ライフルを発砲した。
「当たるかよ!」
避けた時には、ライカは感づいていた。恐らく思索にはまったライカが侵入しそうになった所に、領軍と鉢合わせてしまったのだろう。以前も世話になったことがあるが、なかなかどうして敏感なのだ、こいつらは。
「ちょっと、ちょっとばかし待ってくれ!」
慌てて無線に叫びかけた時には既に遅かった。
「アイツ、避けたぞ!」
「難敵だ、囲め! 囲め!」
自衛用の軽装とはいえ、武器を持った状態で領内に侵入したうえ、弾を避けたのだ。
疑わしきは撃つ、が基本のこの時代である。戦意を持っていると思われれば戦いは避けられない。
「クソッ! 仕掛けてきたのはアンタらだからな! 悪く思うなよ!」
向こうのGGは三機、旧維持軍製のヘルム・ギアが三。おそらくは戦後に領防衛用に購入したものであろう。今までに聞こえた二人分の声はどちらも若いもの。
「(戦後徴用の連中か……)」
腰裏のナタに左手をあてがい、右手はマシンガンを握り締めて突撃する。
「こんのクソぉ!」
「盗賊ごときに遅れを取るかよ!」
聞こえる声は必死な物であるが、瞬く間に接近を許す辺りてんで成っていない。
「まずは、一機!」
「ひぃッ!」
怯える声を聴きつつ、ナタを引き抜いて頭部を切り落とそうとしたその時。
「んだァ!?」
何か嫌なものを感じた。咄嗟の直感を信じて、後ろに跳んだゴブリン。
「おおィ、おい!?」
元居た場所をビーム・ソードを抜いたヘルム・ギア――今まで動いていなかった三機目が薙いでいた。直前まで動きを感じさせず、一撃でこちらの頭部を薙ぎ払おうとした攻撃。熟達の境地にあるその攻撃にライカは思わず舌なめずりする。
「へへへ。ちっとは、やりがいのありそうなのが居るじゃないの……」
言ってから、己が好戦的な笑顔を浮かべていたことに気付き、ライカはハッとした。
自分は今、何を笑っている? 一瞬自問してから、その刹那に相手が攻め込んでこないことに気付き無線の向こうに声をかけた。
「アンタは、無理に攻めてこないんだな?」
向こうの返事より早く若手の二人が銃を構えるが、抜刀していた三機目が左手で制したことでようやく会話の余裕が生まれる。
なりふり構わずな他の二人とは毛色が違うことに気付いて、ライカはナタを納める。
「貴方、『ちょっと待って』と言っていたじゃない。聞くわよ?」
女声。年はわからないが、老人・少女と断ずるほどではない。澄んだ綺麗な声だった。
「た、隊長!?」
「盗賊かも知れないんですよ!?」
向こうの二人は依然としてライカを敵視しているようだが、それを無視して彼女はコクピットハッチを開けてライカに姿を見せた。
「戦わずに済むならそれが一番よ、そう思わない? ……で、どうして入って来たのか聞かせてもらえるかしら」
本来こういう時は『道に迷った』と言うべきなのだが、長い黒髪の彼女に妙に親近感を感じたライカは己もGGから降り、あえて真実を語った。
「いや、ちょっと悩み事があってね……」
「つまり、悩み事があったから旅に出たというのかしら。こんな危険な荒野に?」
そう返されてから、説明不足であったことに気付いたライカは言葉を付け加える。
「いやいや、すまね。まずは名乗るべきだったな、アタシはライカ。『D85番地』って呼ばれてる町で『盗掘屋』をやっている」
「盗掘屋……?」
ライカが言うと、まるで知らない言葉を聞いたみたいに女は聞き返した。
「アンタ、知らないのかよ。珍しいね……。ここの荒野で『壊滅戦争』の頃に乗り捨てられてったGGなんかを売ってるチャチなガラクタ漁りの事さ」
荒野の人間で『盗掘屋』という言葉を知らぬ人間は居ないはずだが、そう思ってライカは首を傾げつつも説明した。
「盗掘屋なら、入ってこない約束だろ!」
「本当は盗賊で、嘘を突いてるんじゃないだろうな!?」
新兵二人が再び騒ぎ立てると、再び隊長が一喝した。
「落ち着きなさい! 本当に盗賊なら、もっと大人数で来るでしょう? 偵察だったら侵入まではしないし、向こうのGGの整備具合を見るに盗賊と言うには綺麗過ぎるわ」
なかなかの観察眼と筋の通った言葉で黙らせると、彼女はこう言った。
「いや、勘違いして申し訳ないね。私はモネ・シーメル。つい先頃、ここの領軍に入った流れの者なの。君も似たようなクチかと思っただけよ」
向こうがそう言ったのにライカはフーンと流す。正直、向こうの事情に興味はない。
自分より格上であろう相手と戦う機会を逃したことと、『戦いたい』と衝動的に思った己を恥じ入る意味でテンションが下がった彼女はそのまま問うた。
「ところで、アタシは帰っても良いかね?」
「うーんと、本当に侵入だったら調書や関料を取らないといけないんだけど……」
実の所、この時点でのライカは正式な領土線より数キロほど前。本格的な領土にはちゃんとした関所や防衛用の拠点があるので、侵入とは言い切れない。
「まぁ、誤って侵入してしまったというなら無罪放免でいいでしょう」
そんな、余りにも雑かつ人を信用しすぎな判断に部下たちは文句を訴える。
「モネ隊長、ここに来たばかりの貴女の判断は甘すぎます!」
「そうです、たとえ無罪でも見逃せば我々のメンツにも関わります!」
そう、訴えた時。ライカは一瞬だけ殺意のようなものを感じた。
「……。私は客将ですが、あの戦争を生き延びてこの場に居るのよ。これでも貴方達の上司、その判断を疑うというなら貴方達二人で彼女を捕まえて見せなさい」
静かに告げられた言葉にジリ、と歯ぎしりする音が聞こえたが。
ライカ相手に勝ち目がないことは、さっきの攻防で良くわかったのだろう。
「……従います」
「……」
片方は渋々頷き、もう片方は無言ながらも同意を示す。
「よろしい。では、私達は警邏活動に戻りますよ」
言葉と共に去った女性を、二機のGGが追いかけて行った。
「……不思議な姉ちゃんだったな」
呟いたライカもまた、踵を返すとGGを走らせ始めた。
その翌日。今日も今日とて狩場探しに行こうとしたライカに、ジェイクが絡んで来た。
「なーなー、ライカの嬢ちゃん。そう言う訳で、なんかいい仕事なぁい?」
「いや、どういう訳だよ? そもそも何だって、アタシのところに来るんだよ」
模擬戦の時の一件で諸々悩んでいたはずなのに、あまりのノリの軽さに思わず忘れた。
「トーマスのおっちゃんは紹介しただろ? あの人がこの辺りのまとめ人みたいなことしてんだから、そっちへ行ってくれよ!」
ジェイクの軽さが嫌になったか、やたら邪険なライカはそのまま立ち去ろうとする。
それを慌てて引き留めたのはジェイク。泣き落としにかかる。
「いや、こないだも言ったと思うけんど、僕ぁどうにも苦手なんだよなぁ、あの人」
「んじゃア、アタシみたいに盗掘屋でもやる? 近場は粗方掘り尽くされてるから遠出しなくちゃなんないけど」
「遠出は勘弁。長い旅路で僕のGGもボロボロになっちまってねぇ。戦闘になったらと思うと背筋が震えるぜぃ……」
ジェイクがここまで乗ってきたゴブリンは裏市場で買ったものであったが、それももうガタガタ。頭部の三点式(トロ)カメラは両端が潰れ、左手も動かなくなっていた。
「そのクラスになるとおっちゃんでも修理は難しいだろうねぇ。……ジェイクさん、お金はどれくらいあんの?」
問われて、ジェイクは残り少ない軍時代の貯蓄を思い返す。
「GGを買う費用として考えるのなら、正直足りないだろうねぇ」
「この町だと、相場は金貨一本積み――百枚からってとこだけど?」
D85番地は復興の速さと治安の良さ、中古GGがあちこちに転がっているお陰で、他所よりは幾分か物価が低い。
ちなみに、銅貨十枚で大銅貨一枚、そっから十倍ごとに銀貨、金貨と並ぶので金貨百枚は十万枚である。大銅貨一枚で軽い食事が取れると言えば、ほどが知れるだろうか。
「足りないねぇ。腕だけ修理してくれるってわけにはいかないかい?」
「そこら辺は、おっちゃんに聞いてみないとわかんないけど。十中八九、パーツが足りないか工作用魔道具が足りないかのどちらかだろうさ」
「というか、だ。金貨百枚の高級品、何で嬢ちゃんが持ってるんだよ!」
まあ、子供に買える額じゃないのはハッキリしている。
「アタシのはおさがりだよ。育ての親に当たる酒場の女将さんが店を開くって決めた時に売っぱらう予定だったヤツをもらった」
ライカの養母もまた、この町ができた当初は『盗掘屋』であったという。
「はぁ、いいお母さんなこったねぇ」
「善人かどうかっていうかさ、『あるものでやるしかない』って根性が強い街なのさ」
「まぁ、じゃあ。とりあえず僕はGGを使わない仕事を探すことにするよ」
GGを使わない、のところでライカはふと養母が嘆いていたとあることを思い出した。
「ジェイクさんが居つくってんなら、農家をオススメするのになァ……」
十年も経つとはいえ、相変わらず上層部がバチバチやっているのだから復興は遅々として進まない。そんな中で生きていると、中々農村部もてんやわんやで食べ物の値段も上がっていく。
「農家か、いいねぇ。まぁでも、この辺りなら比較的耕作しやすいんじゃないのかい?」
「なんで?」
問いを聞いて、難民キャンプ育ちのライカは初等学校すら通っていないことに気付いたジェイクは、少し物悲しくなった。
「この辺りってのはな、昔は穀倉地帯――大規模に農業をやってる地域だったんだよ」
緩衝地帯は戦争末期に最前線のあった大陸中南部から北東部にかけての広域に広がっている。いくつかの地域が含まれているが、この辺りは耕作地帯であったという話だ。
「北のほうにでっかい山があるお陰で、程々に雨が降って、程々に晴れる。土も良いらしいしな。そりゃあ作物も育つってもんよ。つっても、今じゃ見る影もないがな」
「なぁるほど……。良く判らん!」
ライカには少々難しかったらしく、様を見てジェイクはトホホと頬を掻いた。
「ま、またいつ戦争が始まるかわかんねぇ今の情勢じゃ、大規模にはやれねぇけどな。『探し物』が終わったら農家になるのも手だね」
「おお、いいじゃァないのさ」
ライカ自身の印象としても、厭戦的なところの強いジェイクはできるだけ早く戦いから離れるべきと感じていた。
「まぁとにかく、ジェイクさんのGGを直せるかどうかだけは、おっちゃんに聞いといたげるよ!」
「ありがとう! いじゃ、僕は仕事でも探しに行ってくる」
言って去るジェイクの背中をしばし見つめてから、ライカは己の頬をはたいた。
「さて! アタシも頑張るとしますかね!」
今日もまた、仕事だ。
「ふわぁー! 結局、今日も見つからなかったでやんの」
時は移ってその日の終わり。外壁の向こうに赤々と沈む太陽を背に成果もなく帰って来たライカはため息とも欠伸ともつかぬものを吐き出し、肩をゴキゴキと回していた。
そもそもからして、狩場探しは一・二週間かかることがザラなので焦るほどではないのだが、目に見える成果がないと背中が痒くなる。
「いっぺん、帰りますかねぇ」
ライカが暮らしているのは、いわゆるアパートと言うよりは寮に近いそれである。戦災孤児が高いこの町では、大概十歳くらいで自分の仕事を見つけるか養親の仕事を手伝うようになるのだが、その内の前者には格安の住まいが用意されているのであった。
「よぉー、ライカ! 今日もお散歩だったんだってな?」
寮につくなり話しかけてきた少年・エドウィンはライカの一つ上の幼馴染である。
「……エド。アンタだって、ちょいと前までは似たようなもんだったじゃないか」
エドも同業の『盗掘屋』であった。その上この寮でも隣同士だったりする。
「大体、エド。アタシはアンタと違って貯えがあるんだから、少しくらい休んでたって困りゃしないのさ」
「そうそう、その貯えを見込んで頼みごとが……」
「金なら貸さないよ! 帰った、帰った!」
「まだそうだとは言い切ってないじゃないか!」
「『貯えを見込んで』と言ってる時点で、金貸しの依頼に他ならないじゃないか!」
「ま、事実そうだけどさ……」
「大体、無駄遣いが過ぎるんだよ! エドは」
金がないなんて言っているエドではあるが、特段量を食べるわけでもなければ、ギャンブル中毒と言う訳でもない。と言うか、この町に賭け事ができる施設自体がない。
「それでも……。それでもっ、手に入れたい歌姫(ディーバ)の記録水晶があるんだ!」
歌姫の記録水晶と言うのは専用の装置に入れることで記録した映像・音声を再生できる魔道具だ。娯楽品としてもかなり普及しており、吟遊詩人の映像を録画したものもある。
「ハァー! これだよ。で、今度はアゲートちゃんかい? メルケーちゃんかい?」
この時代、吟遊詩人と言うものもかなり種類の幅が広がっており、その中でもエドがぞっこん惚れ込んでいるのが、美少女が歌って踊るタイプの歌姫(ディーバ)であった。
「いいや、今回はアゲートちゃんでもメルケーちゃんでもない! メルキスちゃんだ!」
「アタシにゃ、区別がつかないよ」
概ね真面目な幼馴染なのだが、如何せん趣味が好ましくない。しらーっという表情になるライカである。別に悪いとまで言わないが、女性からすれば嫌なものがあった。
「ライカだって知ってるだろう!? あの手の記録水晶は、行商たちが持ってきてくれる時に買っとかないと、次のチャンスがないかもしれないんだよ!」
「ああ、よく知ってるよ。耳にタコができるほど聞かされたからねぇ」
この町にも月に数回は行商がくる。GGの護衛なしでは通れない無法の荒野と言えど需要があるなら商人はやって来るし、娯楽品や薬の需要が尽きることはない。
「ある程度広い町まで行ければ、ライブも見ることが出来るけどさ! 正規軍は怖いし、高い関料は払えないし、だから記録水晶だけは何としても手に入れたいんだよ!」
「あーあー。そこら辺の事情は分かってるよ。返すアテがあるのも知ってるし……。そうだね、銀貨五枚まで!」
なんだかんだ言って折れるライカ。これで今、エドに狩場がないなら悩み所であるが、狩場があるうちは一日で一週間分の生活費は稼げる。だから、大丈夫だろうと踏んだ。
「それだけあれば十分! いや、三枚貸してくれればいいです!」
途端にパァっと、エドは笑顔に変わる。邪気が無さすぎて、少し眩しく感じた。
「(趣味ってのはいいモンだねェ……)」
最も、根底にあるのがドルオタだと考えれば微妙な気分だが。
「しっかし、推しがコロコロ変わるってのはどうなのさ? もう少し、一途になれないもんかね」
「それはそれ、恋人じゃないんだからさ。まぁ、品ぞろえの問題とかもあるけど、『娯楽品だ』って考えると乗り換えやすいって言うかね……」
「アンタ、女を娯楽品だなんていうんじゃないよ……。ゲス野郎と思われるぜ?」
「うるさいなぁ。言ったらライカだって、戦闘狂のシミュレータ大好き人間だろう?」
言われて、脳裏によぎるのは先日のジェイクとの模擬戦とその時投げかけられた問い。
なぜ戦うのか、答えを見つけらぬままのライカはどうしていいかわからず激昂した。
「んだって!? 殺しとシミュレータは違うんだぞ! アタシは別に誰かを殺したいからやってるわけじゃなくて、ただ強い奴と戦うのが楽しいからやってるだけだよ!」
そう、まくしたてるように言ったのに対し、帰って来たのは冷徹な答え。
「それを、戦闘狂って言うんだろうに」
そう。そうなのだ。自分は戦闘狂であると理解してしまったら、どこかが堪え切れなくなって壊れる気がして、強引に会話を閉めようとライカは叫ぶ。
「だぁー! やっぱりエドとは趣味が合わない! とにかく、銀貨三枚でいいんだね?」
ここで意地を張って『貸さない』と言わない辺りが、ライカの素直なところである。
「ああ、癪だけど貸してくれ!」
そして、『癪だけど』と言っちゃう辺りがエドの素直じゃないところである。
と、二人が軽い言い合いをしていると。
「ちょっとエド、またライカからお金を借りてるの? いい加減にしときなさいよね」
二人が軽口をたたき合っているその隣から出てきた彼女はルーシーと言う。エドと同い年にして、こちらは裁縫を生業として服の修繕で商売をしている少女であった。
「あれ、ルーシーじゃん。今、仕事大丈夫なのかよ?」
「あなたたち二人が騒いでるから集中できないのよ! 私達だって、もう大人なんだから少しは落ち着きなさいよ」
「ま、大人って言うにはアタシはまだ早い気もするがね……」
「俺だって、別に成人じゃねぇぞ?」
この世界における成人は十七歳。帝国の学校制度の都合で生まれた習俗である。
「一歳二歳の差でごちゃごちゃ言わない! お酒が飲めないってだけで、普通に働いて自分のお金で生活してるんだから節度を持ちなさいって話よ」
「それは、そうだけど……」
娯楽品が高いとはいえ、のめりこみすぎであることを否めないエドがシュンとすれば、代わってライカが反発した。
「でも、アタシは怒られるほどのことはしてないぜ?」
「あなた、この間またいらない戦いに首突っ込んだでしょ? そのうえ、旅人さんに模擬戦を挑んで迷惑をかけて……。全部、聞いてるんだからね!」
「それは、多勢に無勢だったからで……。もう一つのはただ興味があったからで……」
こうなると、日ごろの男前っぷりも形無しである。
「それだって、町に助けを求めることぐらいはできただろうし、襲われてたパイロットも強かったんでしょ? ライカは目だけは良いんだから、それぐらいわかったでしょうに」
「そうだけどさ……」
仁義や人情というものがわからないのかとライカが反論すれば、そんなものを一介の少女が背負おうとするなと言い返された。
「もう大人とはいえ、か弱い女の子の自覚を持ちなさいな……。まったく」
反論できないことにルーシーは事実お淑やかであり、しかも趣味が裁縫で毎日仕事が楽しいというのである。ぐうの音も出ない。
「「ぐぬぬ……」」
いや出た。ライカとエドがうなっているうちにルーシーは部屋に引っ込み、次いで二人もそれぞれの部屋へと戻る。
「ったく、どうにもアイツらにはわかんねぇモンが有るってんだよな……」
ぶつくさ言いつつも、二人が心配していたり気にかけてくれているのは理解しているので、内心嬉しいライカは頬を緩める。
「今晩は何を食べに行くとするかなー!」
扉を閉じた瞬間、フッと静かになったのから逃げるように荷物を置くと、飛び出した。
某所。十年ほど前。
「ジル、お前、この戦争が終わったらどうする?」
暇を持て余したように整備服姿の男が声を投げかけた。工場のような騒がしさと機械油の匂いの中で、良く通る声が返事をする。
「何、トムス。雑談は良いから手を動かしてよ。あと一時間で出撃なの、私の相棒(トルク・ギア)きっちり整備してよね!」
ジル、と呼ばれた彼女こそは軍の旗頭的存在にして若き英雄と呼ばれる人物である。
「修理の大半はもう終わってるんだと前にも言っただろ……。大半の整備はお前が帰ってきてすぐにやっている。あとはビーム・ライフルの調整だけってところだ」
トムスが整備しているGGこそは、古代の設計図をベースに彼自らリビルドしたGG『トルク・ギア』。数年前に普及し始めたGGの中でも最強を名乗れる機体である。
「で、答えをまだ聞いてないんだが?」
「ああーっと、戦争が終わったら、だった?」
「なんだ、何も考えてないのか?」
どうにも返事の鈍い友人に対し、トムスは呆れたように溜息をつく。
「お前さんは本当に戦闘バカだな。平和になったら盗賊にでもなるつもりか?」
軍の英雄相手ということを考えれば、軍法会議モノとすらいえる発言が許されるのは士官学校時代からの友人であるが故の気安さか。
「盗賊にはならないわよ……。私は、守りたいものがあるから戦っているの。だから、なるべくなら平和になったら切った張ったとはオサラバしたいところよ」
少し硬い口調の彼の冗談に苦笑して、ジルもまた少々英雄らしからぬ答えを返した。
そもそも維持軍側の腐敗を原因として始まったこの戦争において、しかし一兵士であろうとした彼女は清廉潔白に人を護るための戦いを望んでいる。
「お前さん、戦うのは比較的好きだと言ってなかったか?」
とはいえいくら才覚が有ろうと、努力しようと。性根のところで向いていなくちゃ英雄にはなれないのだ。そう穿った質問をトムスはするが、ジルは首を振る。
「私は誰かを『殺したい』わけじゃなくて『守りたい』だけだから。そのために強くならなきゃって気持ちはある。けど、強くなる事も戦う事も、手段であって目的じゃない」
語る目つきはどうにも疲れ切っているようであるが、強い意志を宿したそれ。
「ああ、ああ。済まなかった。馬鹿にするようなことを言ってしまった」
戦士の気迫に押されてか、トムスは割合素直に謝った。
「そもそも私が軍に入ったのだって故郷を護るためなんだよ? それがたまたまGG操縦の才能があったからって、こんなところまで担ぎ上げられちちゃったけどね……」
元来の彼女は最前線に立つことよりもむしろ何かを守ることを望む気質である。それが最前線まで来る羽目になったのは宮仕えの辛さか、それとも戦争という時代の狂気か。
「ああ、お前さんバカだものな」
それをこんな一言で流すあたり、トムスもある意味大物である。
「馬鹿って言った方が馬鹿なのよ!」
そういうとこもだと言いかけたが、不毛になるのでトムスは裡に呟くにとどめた。
「でも実際、平和な時代なんて想像もつかないわねぇ……」
この戦争が始まったのはかれこれ十年前。今年で十九になるジルやトマスが初等学校に入るころに始まった計算である。情勢がきな臭くなり始めたのはもっと前だからして、彼らはおおよそ『平穏な時代』と言う物を知らない。
「オレは魔道具いじりも好きだけど……。本当は古物商とかもりたいんだ」
ビーム・ライフル――トルク・ギアの主兵装へと計器を向けながらトムスは言った。
「骨董屋? 貴方、そう言う性分だったかしら!?」
大層驚いたように返すジルに、トムスはコクリと頷く。
「元々オレの興味ってのは古文書とか、美術品の類なんだ。それが、古代の技術書掘り起こして兵器作るのに役立つなんて言って、ここまで引っ張ってこられたけど……」
「そうだったの?」
「だった」
前にも話したはずなのに、どうやら忘れているらしい友人の姿に頬を一掻きして、トムスは計器へと目を落とす。
「まぁ、そういう意味では昔のお伽噺の原典を探してきて、現代人向けにアレンジする小説家なんてのも良いかも知れないな」
「小説家、ねぇ……。いい夢じゃない」
「いま、『絶対できない』ってバカにしたな?」
長年の友人の間を見て、何か勘づいたトムスは声を荒げた。
「難しいとは思うし、やり方もわかんないけど馬鹿にはしないわよ。ただ、夢があるってのは羨ましいなぁ、と思っただけよ」
余りにも純粋な好意を向けられて、トマスは少したじろぐ。
「まったく、そう言う奴だと知ってはいたが……。惚れるぞ?」
「貴方までってのは、やめてよ。ただでさえお貴族様の政略結婚に巻き込まれそうだって言うのに……」
震えるように一歩後退って、ジルは返す。
ちと悪い所に刺さる冗談だったな、と自省してからトマスは真面目な表情で言った。
「とりあえず今は目の前のことだけど、お前さんが夢を見つけたら手伝うよ。絶対に」
「そう? じゃあ、帰った後にでも考えとくとするわね」
「ああ、じっくり考えておけ。なんせお前さん、アホなんだから」
「まだ言うか!」
その日戦争が終わった。最前線で起こった、真相すら定かではないGGの暴走事故によって――。ジルは、帰ってこなかった。
「……んだ?」
荒野に何本も立ち上がる砂嵐。熱に溶けた大地と紫色の煙。
一通り辺りを見回してから、トーマスは静かに溜息をつく。
「また、この夢か」
終戦からこっち、月に一度は見るこの夢は特に何も起こることなく。どこに動くという訳でもなく。ただただ、戦争が終わった後の風景を日が沈むくらいまで見つめて終わる。
「なぁ、ジルよぉ……。夢は、見つかったかい?」
帰ってこなかった親友を思えば涙の一つも流さずにはいられない、悪夢の一つも見ずにはいられない。
「ハァー。まだちょっと早いな」
朝日のまだ上る前。普段は喧騒のやまない大通りの方もシンと静まり返っている。
とはいえ、トーマスも二度寝をためらわれる心理状態であった。
「水が飲みたいな……」
台所まで言って水瓶型の魔道具を起動し、湧き出た水をコップですくって一口飲んだ。
冷たい水の無機質な味が、悲しみと恐怖に火照った体を洗うようで心地良い。
「そういえば、あのジェイクという男。いつまでこの町にいるつもりだろうか?」
戦争が終わってからというもの、寝覚めが悪い日が大半を占める。そのため早起きしすぎてしまった日のトーマスは直近の問題について思考を巡らせることにしている。
「ライカちゃん言うところ、『探し物』とやらをしていると聞いたが、一向に動く様子もない……」
実のところ、トーマスはジェイクを疑っていた。いや、明確な敵と思っているに近い状態だ。出来れば懐に入れたくない相手と認識している。
「まさか、賞金首やその反対の賞金稼ぎってわけでもないだろうが……」
『壊滅戦争』後の治安の悪化は犯罪者の増加を招き、またそれぞれの軍が敵軍のエースを賞金首として貼り出したことで、賞金稼ぎを自称する荒くれ者たちが出現した。
「その手の手合いなら、既に何かやっているか、或いはすでに追手が来てるはずだ」
ジェイクがこの町にやってきてから一週間以上が過ぎた。もし賞金首絡みなら厄介事を持ち込まれる前にお引き取り願いたいが、それにしてはことが起こるのが遅すぎる。
「しかし、ライカちゃんと模擬戦をしたときのあのデータ……。知っている気がするな」
内心に引っかかる物のあるトーマスは、捨てた名であるトムス・アレイとしての知識まで総動員して熟考する。最も厄介な事態として、当時の有名人で符合する名前を探した。
「ジェイクか。……ジェイコブ? ……あるとすれば、『三つ目の蜘蛛』(ファイブロスト)のジェイコブ・アリソンか!? ええと、ここら辺に資料があったはずだが……」
惚れた腫れたという関係ではなかったが、親友であったジルには生き残って欲しかったし、だからこそトムスは諜報部などに借りを作ってでも念入りに情報収集を行っていた。
「こっちの棚だったかな?」
そのファイルにも明記されている、そしてトーマスの記憶にも強く残っているのは、ジェイコブと言う男が幾度となくジルと競い合って、生還した男だからである。
『三つ目蜘蛛』と呼ばれる所以は、一つはワイヤーガンを使った特殊機動の使い手であることと、公式に五回もの撃墜記録がありながらも度ごとに戦線復帰する強運だった。
いや、後に思えば運などではなく『死なないようにあえて撃墜された』とすら思えるほどの守りの名手であった。
「あった、あった。ジェイコブ・アリソン……」
彼もまた、ジルと同じく戦争最終盤に戦果を挙げていた英雄である。特徴としては、格闘距離での射撃戦を好むこと。そして、乗機にこだわらないこと。
大規模な戦果が少ないせいで他のエースパイロットたちに見劣りがちであったが、その堅実な戦い方は恐ろしく、またジルとの複数回にわたる交戦もあって、当時のトムスが最も警戒していた人物の一人だ。
「一度鎌かけでもしてみるか……?」
しかし、正体を探ろうかと思うに至って、それは間違っていると自分を否定した。
「仮に彼がジェイコブ・アリソンだったとしても、そこは重要じゃないんだ」
大事なのは、ジェイクが何を探しているのか。そして実際は『探し物』なんかをしていなかった時に、何が本来の目的なのか。今の彼にとって最も大事なのはD85番地とそこに生きる人々だ。
「もし仇なすというのなら、例えどんな手を使ってでも……」
じんわりと暗くひとりごちてから、トーマスは朝食の準備をし始めた。
町のまとめ役と言っても、仕事はそう多くない。盗掘屋たちが帰る夕方からしか査定屋の仕事もないし、時たま技術関係の相談者が訪れるものの、数は多くなかった。
「さてと、それじゃあそろそろ行こうかな」
では彼が午前中何をしているか。それは盗掘屋達のGGの整備であった。
「ライカちゃんは今、出てたはずだな。アル、ミリア、エドは今日は休みだったか?」
町はずれのGG置き場についたトーマスは軽く工具箱の点検をすると、移動用の台車が付いた高梯子を押しながら、一台目のGGの方へと向かう。
「まぁ言っても、簡単なことしか出来ないけど……。やれるだけ、やっておこう」
維持軍時代と違って、まともな整備設備も部品もありはしない。それでも査定屋仲間たちと毎日整備しているのは、ひとえに子供たちの安全のためだ。
「……にしても、相変わらずアルは扱いが雑だな」
高梯子にロープで自身を括り付け、トーマスはテキパキと仕事をこなしていく。
「いずれ職にあぶれる奴が出てきたら、こういうのもやらせてみるとするか」
ライカたちの少し下の世代で孤児はいないのだが、少ないながらも戦後にこの町で生まれた子供がいる。毎年十人もいないといえ、今なお人口増加にある『D85番地』においては、就職難は地味に差し迫った問題であった。
「あれ、ここの関節の小型制御用魔道基盤、掠れてらぁ……。取り替えとくか」
GGを動かす魔導的な仕組みは主に四つ。
空気中などから魔力を取り込み、特殊な魔導触媒によって増幅・貯蓄する魔導力炉。
『ゴーレム』としての魔法でGGの基礎的な動きを実行させる頭部の大型魔道基盤。
関節各部や武器内で細かい動きを補助し、特定の魔術を行使する小型制御用魔道基盤。
そして最後に、それらを統括して人が操作しうる形に落とし込む、コクピットである。
一機目が終わり、高梯子を降りる。次に行こうとした時、遠くに砂煙が見えた。
「んだ? ありゃ……」
盗掘屋たちが帰って来るには少々早すぎるし、仮にそうでも数が多すぎる。
不穏に思ったトーマスは咄嗟に手近な位置にあったGGの頭部へ手を伸ばす。
「なんだ……。盗賊か? それとも賞金稼ぎの集団か?」
年に数度はそう言う輩が来るのだ、今回もその手合いだろうと、状況確認のためにGGのカメラを起動し、ついでに術陣を少し書き換えて手元の磨き布に投影した。――腕利きのトーマスだからできる芸当である。並の技師では、何時間かかってもできはしない。
「おいおい、驚いたな……。正規軍サマが来るとは思わなかった」
どこか自分を客観視するように呟いたのは、そうすることで落ち着くため。
革命軍正規GG部隊、およそ十五機。オーガ型やその三代後継で最新鋭機に当たる『バルログ』型の姿まで。あと三十分以内には着くであろう位置に彼らは近付いていた。
町人達にしばらく建物内に居るように言ったトーマスは、一人外壁の外に立っていた。
轟音を立てて近づいてくる部隊が整列の態勢で止まったかと思うと一番前のバルログのコクピットハッチが開き、金髪緑眼の美少女が顔を見せた。
「私は、大公麾下革命軍・第一軍総司令官、エリーチカ・ジーリングである!」
偉い人が来てしまったことにトーマスはキリキリ痛む胃をそっと片手で抑えた。
表面上は平静を取り繕っているが、内心は汗だらだらである。
革命軍の軍容分布では、一番偉い元帥の下に一~五軍。その下に師団、大隊、中隊、小隊と分かれるのだが。総司令官とは二番目に偉い人を指す言葉であった。
「(はぁ、心底勘弁願いたいな)」
トーマスは内心でボヤきながらまとめ役としての義務を果たすべく、一歩前に出た。
「それはどうも。この町でまとめ役をさせてもらっている…ます、トーマスと言います」
年のころ二十かそこらといった少女――いや実のところかなりの美少女が金髪をしゃなりと揺らしてGGを降りてくるのをじっと待つ。
その後ろでは既に降り立っていた護衛だろう数人の兵士が銃を持っていて、変な動きでも見せようものなら撃ち殺すぞと銃口を向けていた。
「(エリーチカ司令官といえば、確か大公家の一人娘だったか……。七光り公女サマが若くて美人だってのは本当らしいが、何の用だろうか?)」
大公派の革命軍は『革命』の名が示す通り、腐りきった帝国政府に反旗を翻した者たちの軍隊である。なのに何故か大公の娘だけは十五のころから戦争の指揮を執っていた。
終戦前からの軍団長ということもあって、トーマスも名前を知っていたのだが。
「ふむ、トーマスというのか。いい名だな?」
降りてきてすぐさま言われた言葉に、思わず硬直する。この町のルールなんてものはこの公女様には通用しない。『元維持軍の技師のトムス・アレイ』なんて言う正体がバレたら、トーマスの命はお終いである。
「え、ええと……。貴女みたいなお偉いサマが、一体今日は何のご用件ですか?」
技術畑のトーマスに交渉の技術はない。というか敬語も儘ならない。難民キャンプだからやむを得ないと思ってくれたのか、向こうも言葉遣いには突っ込まず、話を続ける。
「まぁ、君のことも多分に気になるのだが……。敵でないなら、良しとしよう」
「は、はぁ……」
見逃されたか、別件の優先度故に気にされなかったか。ともかく一命をとりとめたらしいことを悟ったトーマスは顔色を窺うようにして交渉相手の足元に視線をやる。
「何だ、情けないまとめ役殿だなあ……。相手の目ぐらい見て話せんのか?」
「ハハハ、難民同士が身を寄せ合っているもので。オレみたいなのしかいないんですよ」
軽く皮肉を返すと、しばしの沈黙。テンパって思わず漏れてしまったが、この相手に皮肉はどう考えてもまずかったか。そう、トーマスが焦った時。
「アッハッハッハ! いいではないか、気概もきちんとあるのだな!」
むしろ何故かご機嫌である。貴族とはわからぬものだとトーマスは思った。
「それでその……。ご用件は?」
喋り方の感覚を掴みあぐねながらも、何とか十年前に上司と話していた調子を思い出してエリーチカに応対するトーマス。
「まぁ、そうビビらないでくれたまえ……。というのも無理な話か」
何せ彼女の後ろにはパイロットの乗ったGGが十機と護衛が四人、銃を構えている。
「まぁとにかく。私がここまでやって来たのは他でもない。探し人をしているからだ」
心当たりはない、と断言する前にジェイクの顔が脳裏をよぎる。
「(あの野郎、確か元革命軍の士官だったよなぁ……)」
もし探し人とやらがジェイクなら、厄介払いができたと喜ぶべきなのか厄介事を持ち込んでくれたと怒るべきなのか。思考を巡らせる片側で、エリーチカが再び口を開いたのを見て、トーマスは背筋をただす。
「それで、私の探し人というのが……」
言いかけたのを区切るように、トーマスの後ろから現れた影が大声を発した。
「あれ、公女さんじゃねぇですか! 大分(だいぶん)お久しぶりですねぇ!」
大分能天気な声は最近この町にやって来た旅人のもの。
「すまんな、責任者殿。探し人が来たようだ」
やはりジェイクか、嫌な予感が的中したことでトーマスの胃がさらに締め付けられた。
「公女さんには単刀直入に言わせてもらうが……。僕ぁ、軍に帰るつもりは有ゃあせん」
こんな崩れた口調が許される辺り、革命軍も大分緩い組織だったのだろうかと現実逃避をしつつ、トーマスはあたりを見渡した。
会談の場所となったのは町はずれにある『査定屋』達の休憩所。向こうが護衛数名とエリーチカ公女で、こちら側はトーマスとジェイク。控え目に言っても部外者のトーマスはさっさと立ち去りたい所なのだが……。
「(とはいえ、オレ達が居るのは元大公領だし、緩衝地域とはいえ無法者として排除されてないことを考えるとな……)」
邪険にもできなければ、マズい事態になったときに待ったをかけるためにも居ざるを得ない。しかし正体がバレれば命の危機と、デッドロック状態にあるトーマスであった。
「ジェイク、どうしてもか?」
こうして兵に慮るあたりを、戦争当時は『人無し維持軍と金無し革命軍』などと評されたものであった。政治の腐敗を直すために大義と人道を通す、それが革命軍である。
「ああ、駄目だね。僕にも『どうしても』な探し物があるもんで……」
真剣な表情で二人が話し合う傍で、護衛たちの視線に居心地の悪さを感じながらもトーマスはじっと思考を続ける。
「(とりあえず、『ジェイク』が本名だということは分かった)」
公女サマがわざわざ説得に来ていることから考えてもジェイクと『ジェイコブ・アリソン』が同一人物であるとトーマスは確信する。ま、今は重要ではないが。
「ジェイク、その『探し物』とやら……、どうしても私では協力できん物なのか?」
問うた瞬間、いつも道理の飄々として表情だったジェイクの目つきが急にきつくなった。憤怒や怨恨とも違う、何かを悩むような表情。
トーマスはこれだ、と思った。『探し物』次第でトーマスの彼に対する評価はガラリと変わるだろう。腐りきっていた維持軍に未練のないトーマスにとっては、今は街が最優先である。それさえ守れるならジェイクを疑う必要などないのだから。
「僕ぁね、『探し物』が見つかるまでは戦争に参加するつもりもないし、見つかったとしてそれがどういう物であるかによっては……」
腹が立ったか、言葉も半ばにエリーチカはダンと机を叩いて立ち上がった。
「だから、それは何だと問うておるのだよ!」
そうだ、言ってやれ。トーマスが内心に願った時。
「言うのは構わねぇですが……。どうなるか、知りませんよ?」
ギン、と静かながら強い意志の籠った視線にエリーチカは座り直す。恐ろしかった訳ではない。ただ、そこに込められた忠告の様な意思に気付いたからこその判断であった。
「それは……。殺されかねない、という意味か?」
「そうとは言わねぇが……。物臭の僕が全てを振り切ってでも軍を抜ける程度には」
「厄介な探し物なのか?」
口で応えず、ジェイクはコクリと頷いた。
トーマスもここ数日のジェイクを見てきたからこそわかる。彼の言うところの『物臭』が事実なのか演技なのかはともかくとして、そう振舞える程度の風流と精神的余裕をジェイクは持っているのだ。『探し物』が絡まなければ。
「……ねぇ、公女さん。何であんたは僕に『軍に戻れ』って言うんだい?」
「急に何の話だ?」
唐突な話題転換に表情を歪めるエリーチカであるが、どうしてもと言うので口を開く。
「理由はいくつかありはするが。要するに『戦力として惜しい』という事だ。このD85番地みたいなまともな難民キャンプは少なくてな……。盗賊も多いし、公都の方だって治安が良いとはとても言えない。一応休戦中という扱いにはなっているが、皇帝派の連中との小競り合いだって日々起きている。正直、君という戦力を失うのは惜しいのだよ」
戦士であれば喜ばぬはずない賛辞をジェイクはまるで意に介さぬ様子で、首を振る。
「やはり無理だね。僕にゃあもう、『戦い』は出来ねぇんです。出来たとしても、自分の命を守るので精一杯だ」
それはトーマスがライカから聞いた『人を殺せない』というのにも合致する。
「ジェイク、また『臆病』か?」
エリーチカが皮肉げに尋ねたのにも、反発する様子無くジェイクは頷く。
「なあ、公女さんよ。本当にまた戦争が起きると思うかい?」
「フム……。いや、起きるね。たとえ自然に起きなくとも、起こさざるを得んよ。この場だから言えることだがな、革命軍でも戦争再開派の貴族たちはいまだに収まりがついておらん。私に代が変わっても、止めきれるか否か……」
兵に慮り、国の未来を憂う。そんな革命軍だからこそ、国のために戦争を起こしたのだ。止まるはずがない。軍を治める者としての覚悟を垣間見て、男二人はやや息を呑む。
しかし、それに気押されてはなるものかとジェイクは口を開いた。
「その大公閣下がさ、僕には信用できなくなっちまったんだよなぁ……」
言った瞬間、エリーチカの護衛がチャキ、と銃口を向ける。上司を馬鹿にされたともとれるのだ、当たり前だろう。それをエリーチカが片手で制して、一段落。
そこまで予測していたかのようにジェイクは焦りもせず、滑らかに続きを語る。
「僕はね、不真面目だったけども大義に賛同する気持ちや信念の一助になりたいという忠義もあった。……だがそれは本当に、あんな犠牲を出してまで貫くべきものなのかね?」
ジェイクの語り掛けが、今度はエリーチカと護衛にプレッシャーをかけた。
「……少なくとも貫くべきなのだ、貴族にとっては。……残念ながら」
絞り出すように言ったエリーチカが最後に付け加えた一言は配慮である。彼女には、塀の一人一人にまで共感するような余裕はない。
「姫さんたちが戦争しようってんなら、止めるつもりはない。さっきも言った通り、理解はできるからな。ただ、今の僕の胸にはヒトゴロシを許容できるほどの『忠義』は残っちゃいない。茶飲み話ってわけでもないなら、お引き取り願えるかね?」
「そうなったのは『探し物』の影響か?」
まるでシャットアウトするようにキリリと口を結んだのに対して、エリーチカは一つだけ質問をした。
「ああ。実のところそれが何かは僕も知らねぇが、『あるかも知れない』と思っただけでも背筋が凍る。そういう探し物だよ」
それきり、言うべきことは言ったとばかりに今度こそジェイクは口を閉じる。
どうにも困ったといった様子のエリーチカはトーマスに目を向け、それからトーマスには何の責任もないだろうということを理解し、閉口した。
しばしの沈黙。
その時、一人だけ冷徹に思考を巡らせている者がいた。誰あろうトーマスである。
「(オレにジェイクを助ける義理は……ない。ただ、こいつに害意がある訳じゃないってのも、本当の事だろうな)」
その時、彼の脳裏によぎったのは荒野の様々な危険、陰謀、そしてそれらの中におけるジェイクと言う『エースパイロット』の駒としての価値であった。
だが、それは半分。もう片やは信念を持つ男への共感、『戦いから逃げた』と素直に言い切れるジェイクの心の強さへの憧憬に似た好意である。
「(オレは、この街を守りたい。そのためなら、多少のリスクを負ってもこの男は必要だ。……それに、ライカちゃんも懐いているしな)」
打算で動きながらも敬語と演技が下手な男は、本音を理屈に乗せて口を開く。
「エリーチカ公女、悪いが帰ってもらえませんかね?」
「ほう?」
興味深げに、エリーチカは首を傾げる。他方、トーマスは先ほどまで感じていた威圧感などなかったようにスルスルと言うべきと思った言葉を発することが出来た。
生きるためなら、手段は問わない。かつて英雄を支えたトムス・アレイは静かに語る。
「ジェイクに限らないことですが、オレも『戦えなくなった』人間をたくさん見てきてね。申し訳ないが、この町にもこの町のルールがある」
その強い思いを、ジェイクからも感じるのだ。そこまでは真実。庇う所以こそないが、庇わぬ所以もない。隠しきれぬ本心を、理性で丁寧に誘導する。
「なるほど……。ジェイクはもうこの町の人間だとでも、言いたいのかな?」
「少し、違いますね。これはどちらかと言えば共感だ。『戦いたくない』という者を戦わせようというのであれば、同じ気持ちを理解しうる者として庇わざるを得ないのです」
言い切ったトーマスには、もはやジェイクを警戒しようという気持ちは残っていなかった。いや、彼は間違いなくリスクを持つ一個人だ。だが、利益と共感がそのリスクを無視して余りあると判断する。
「もし彼を戦わせようというのなら、お引き取り願いたい。そういう話です」
「もし、逆らうものは皆殺しにすると言ったら?」
実行するほど度量が狭い訳ではないが、少々興味が湧いてエリーチカは脅しをかけた。
女将軍がガンを利かせて、トーマスに迫る。だが、もはや彼は俯くことすらしない。じっと同じ距離から見つめ返して、応じた。
疑わしくとも、懐に入れて様子を見る。それがトーマスの流儀。
「先ほどジェイクも言ったと思いますがね、命を守るために――己の信条を曲げぬために戦える者ならごまんといますよ」
実際問題、国境間近の『D85番地』に来るにあたってエリーチカは護衛を最小限にしていた。旧式装備しか持っていないとはいえ、町の全員とやり合うのは不可能である。
その答えを聞くと、エリーチカは呵々と笑った。おおよそ、うら若き乙女のすべき笑い方ではなかったが、不思議と堂に入っていた。
「何だ、戦えるのではないか! ……だが、忠義が無いのであれば、兵士としては不合格だな……。私は帰るとするよ」
一瞬、ヒヤリをさせる様な事を言ってから、今度は、ニカリと人好きのする笑顔を見せた彼女は言葉を続ける。
「しかし責任者殿、私は君を気に入ったぞ! 名前は、何と言ったかな?」
「トーマス、と言います」
「そうか、トーマス。……苗字はアレイかな? ま、今回は見逃してやるとしよう」
その言葉に、再びトーマスの胃がキュッと締まる。やはり、気付いていたか。ジェイクにも聞こえるように言うあたり、この女将軍も性格が悪い。
「また来るぞ! 次は茶飲み話でもしにな!」
冗談ともつかぬ返事を言い放った彼女が踵を返した時、ジェイクが口を開いた。
「気を付けなよ、公女さん!」
「何をだ?」
「この町のコーヒーは、べらぼうに不味い!」
文句でもなく、嫌味の一つでもなく。やや不器用ながらも『また来て良い』という返事にエリーチカは再び笑う。
「何だジェイク、私を早く追い返すために出てきたのではなかったのか?」
「いやなに、僕だって人恋しくなることもあるもんでしてねぇ……。昔馴染みの話を聞こうと思って出てきたんだが、どうにも辛気臭くってぇ口が重くなっちまっただけでさぁ」
言ったジェイクの表情には、もはやいつもの飄々とした笑みが戻っていた。
「また、茶飲み話でもしに来るとするよ!」
エリーチカは今度は冗談ではなく、本気で言った。
「それまでに、僕も『探し物』を見つけるとしますよ!」
ジェイクも返し、それからお互いに歯を見せて笑う。主従を超えた物を見た気がしてトーマスが目をこすっている間に二人は笑みを隠した。そして、公女は帰って行った。
「トーマス、ありがとうな」
ジェイクの素直な礼に対し、トーマスは顔も向けずに返事をした。
「オレはただ、この街を守っただけだ」
別段、男女の仲でもないので耳が紅くなったりはしないけれど。信念のある者同士の共感が、確かにそこにあった。
「あれ、アンタ!? この間の!」
「ええ、こんにちは」
相変わらず狩場探しの途中、そこまでテレーヌ領に近いという訳でもない位置で、ライカはモネと再会していた。ヘルム・ギアの左肩にパーソナルマーク――円形の蛇とそれに噛み付く四足の鷲――が刻まれていたので、すぐにそれと分かる。
「ここら辺はテレーヌの警邏範囲じゃなかったはずだが……?」
「ええ、今日は非番なの。貴女結構面白そうだったし、この辺り来るのも初めてで誰かに出会わないかと思って、少しうろついていたのよ」
言われた言葉に、ライカはしばし驚いてそれから口を開く。
「そいつは不用心というか何というか。でも、アンタの腕なら頷ける話だね。……ところで、官品のGGを持ち出しても良いのか?」
「いやいや、これは私の私物なの。ここに来た時、本当はもう一回り新鋭のGGを斡旋してくれようとしてたらしいんだけど、長年乗ったこの子の方が扱いやすかったからね」
そういって右の拳骨で左肩のマークを叩いた。
「そういえば貴女、この間『悩みがある』とか言ってたじゃない? 年上だし、私で避ければ相談に乗るわよ?」
「アンタ親切だねぇ。……ただ、親切すぎるとこの荒野じゃ疑われるよ? 正直アタシもだいぶ胡散臭いって思ってる」
察する分には申し分ないのだが、駆け引きは苦手な少女であった。言に、モネはクツクツと声を隠して笑う。
「確かにそうね、言われてみれば私でもどうかと思うわ……」
「まあ、そう言ったって、アタシの相談を聞いたところでアンタに何のメリットがあるとも思えないし、別に信用したって悪くはないんだけどさ……」
言われたモネは思わず揶揄いたくなって口を挟む。
「分からないわよ? もしかすると、私が貴女から何か情報を聞き出そうとしてるかもしれないじゃない」
「なら、聞かれちゃまずそうなことは隠せばいい」
と言っても、それが何かと聞かれればわからないライカであったが。逆に言えば過剰に人を疑いすぎないのは彼女の美徳である。
「アッハッハッハッハ。敵わないわね。アレコレ見てきた人間としてはだいぶ危ういけど、気に入ったわ。ライカ、だったかしら? 所属は違うけど、これからよろしく」
「モネさん、よろしくな!」
信頼する、というのとも少し違うのだが。腕のあるパイロットとして互いを認める気持ち、荒野では少ない女性GG乗り同士の共感などから二人はすぐに打ち解けた。
「ふーん。でも、それはいい勉強になったんじゃない? 私の立場で詳しく聞けることとも思わないけど、その『旅人さん』に負けて、いろいろ教えてもらった経験はきっとあなたにとってかけがえのないものになるはずよ?」
「そうかもしれねぇけどさ、アタシとしてはどう受け取ったもんか釈然としない所があって……」
「まあ悩んでる時はやっぱり、大本のところの、『旅人さん』とやらに聞いてみるのが良いんじゃないかしら。向こうが教えてくれるつもりがあるっていうなら、とことんまで聞くのが大事よ」
「そういうもんなのかな? ……くぁ~! もやもやする!」
細かく説明しないながらも、先日ジェイクに言われたことへの悩みを口にするライカと、年上のプライドと経験から丁寧に相談に乗るモネ。
無線越しにも、ガシガシと頭を掻く音が聞こえてきてモネは苦笑した。
「女の子が髪の毛を痛める様な事をしちゃあ、ダメよ?」
叱られて、ハッと我に返ったライカは一拍おいて、ふと気になったようにモネに問う。
「モネさんはさ、何のために兵隊になったの? 色々聞いてもらったけどさ、すごく落ち着いてて、なんか戦い向きの性格にも思えねぇんだよな……」
「あら、私の腕を知っててそういうことを言うなんて。ちょっと失礼よ?」
侮られた、というのも違うのだが。メっ、と不機嫌そうな声を出してから一転、モネは少し悩むようにしながら答えを発する。
「そうねぇ……。私は確かに、いろんな面でライカちゃんとは違うわ。戦争が始まったばかりで、結構あっちこっちでバチバチ言ってる時代に生まれて。私も他人事のように思いながらも、怯えながら小さい頃を過ごして……。でも、女学校を出てすぐに、働いてた革製品の工場が革命軍のゲリラ部隊に襲われて、その時にやむを得ずGGに乗って……」
そこから先は、不幸にもトントン拍子で進んでしまったのだと彼女は言う。
「どうも私には魔力適性があったらしくって、それ以外にも色々――運とかに助けられて、気付けば維持軍でそこそこまで行っちゃってね。たかが二年ちょいだったんだけど、青春の大部分を殺し殺されでやってたもんだから、結局兵隊のまま流されてきちゃった」
「アタシにゃあ、色んな意味で想像がつかねぇな。ガッコの事とかもそうだし、『死ぬかもしれない』って危機感も当たり前と思ってたけど、平和な時代を知ってたんなら怖かったろうな……」
世界はライカにとって未知なことで溢れている。今モネに言ったことに限らずとも『殺し殺され』の世界は、そこまで追い込まれたことのないライカには知りえぬ領域であったし、それを知らぬということに一層『不殺』の信念の薄さを思い知るライカであった。
それでも、一歩ずつ。ジェイクやモネと言った『町の外』の人間と触れ合うことで彼女は今まで知らなかったことをじんわりと己の中に蓄えていく。
だけど同時に、違うものだけではないということもまた、彼女は知っていた。
「でもまぁ、アレだな。流されてきた、って部分には少し共感するかも。アタシも生きるためとはいえ、そんな深く考えないままGG乗りやってるしさ」
「アハハ、そうね。貴女には失礼かもだけど、そういうとこ結構あると思うわ」
モネの返しに、しばらく二人で笑った。区切りの良い所でライカが狩場探しに戻ることを告げるとその日はお開きとなった。
轟音を立てて、ライカのGGが昼過ぎの荒野を駆ける。今日も今日とて狩場探しであったのだが、荷物を拾ってしまったので帰りが早かった。
「あれ、嬢ちゃん。新しい狩場見つかったのかい?」
「いんや、まだ見つかってないんだけどね。ちょっと面白いモノ見つけたもんでね」
「ざらにあるオーガタイプのGGだろぅ? それ」
ライカのGGの肩越しに覗き込み、ゴブリンが背負っている荷物――GGの頭部の形からジェイクは素早く判別を付けた。
ライカが最も好きな機体にして、今では旧型となった革命軍GGである。
「それさ、維持軍陣地との境界線付近で砂に埋もれてたんだけど、妙なんだよ」
「妙ってぇと?」
「ま、見ればわかるんだけど……」
言いってから、ライカは忘れてたとばかりに声を張る。
「おーい! おっちゃん、居るんだろう!? ちょっと見てほしいものがあるんだけど」
「僕、トーマスは少し苦手だって言わなかったっけ?」
言いつつもさほど嫌そうでないのは、先日の一件である程度信用を置くようになったからであろうか。
「別に悪い人じゃないってのはジェイクさんも分かってるだろ? 慣れなよ。それに売っぱらうんだから、査定屋居ないと話にならねぇし」
言い合っているうちにトーマスがやや小走りでやってくる。
「なんだ、GG拾ってきた? 狩り場も見つかってないのに、珍しいな」
ライカは効率重視の『盗掘屋』である。荒野に乗り捨てられたGGを見かけても、安定した狩場が見つかるまでは狩場探しを優先して持って帰らないことがザラなのだ。
「ちょっと、珍しいものを拾ってね」
言うと同時、ライカは背負っていたGGを降ろし全貌を二人に見せた。
「これは……一体?」
瞬間、トーマスの裡で元メカニックとしての機械への探求心が溢れ出す。
頭部はオーガだが、他のパーツは間違いなくトーマスの知らない姿をしていた。
「カシラがオーガ型ってことは、その系列のバリエーションなのかな? おっちゃん」
「正直、オレにもわからないな! 大体、ワンオフのGGってのも居ない訳でもない!」
例えばそれは維持軍の英雄・ジルの『トルク・ギア』高機能試作型GGであったり、あるいは革命軍四天王の『エレメンタルシリーズ』属性魔法を用いるGGであったりする。
ちなみに先だって街にやって来たエリーチカもその四天王の一人であり、『グノム』と呼ばれる土属性魔法の特殊能力を持つGGを愛機としていた。
「いやでも、ワンオフ機ってのは一種のプロパガンダ的な側面があるからオレが知らないってことはないはずなんだ。実際維持軍の上層部もそういう扱いをしていたし、革命軍四天王だって式典なんかがメインで、実践記録なんかはあまりなかった……。でも確かに、そうじゃ無いワンオフのGGだって存在するんだよ! 例えば、どこぞの試作機とか……あるいは、あるいは……!」
「おい、おっちゃん! 長くなるなら一回預けて弁当食ってもいいかい?」
思考の迷路に詰まり始めたトーマスにライカが辟易していると。
「ありゃ? そいつぁ、もしかしてよぉ……。『スルト』じゃねえか?」
しばらく黙って考え込んでいたジェイクがやや演技臭く声を発した。
「知っているのか……!?」
ある種狂気的に、答えを求めていたトーマスがグルリと首を振り向かせた。
どうせ、なるようにしかならぬのだからジェイクに正体がバレても気にしないことにしたトーマスである。メカオタの本性をむき出しに、ややキモチワルイ動きでジェイクに迫る。
「教えてくれよ! なぁ! 知ってるんだろ! なあ! 知ってるんだよな!?」
「あ、ああ。チラッと見たことがある程度だがな……」
普段のお茶らけたジェイクは詰め寄られて引いている。傍から『可哀想だな』とライカは眺めていた。
「で! 早く教えてくれよ、ジェイクぅ!」
一方、町のまとめ役としての体裁が崩壊しているトーマス。実はこういう男だったりするのである。ちなみにライカは知っていた。
「あいはい、わかった。わかった。多分時効だと思うんだが……。一応、機密事項だったはずだから漏らすなよ。このGGは革命軍の試作機の一つでな」
「っしゃあ!」
予想が当たっていたことに小さくこぶしを握り締めるトーマスをさて置いて、ジェイクは機密を漏らしてまで話したかった本題、もとい鎌かけを行った。
「これはなぁ、『黄金期の複製品(ブラス・プロダクツ)』と呼ばれるGGの一つだ」
口にした途端、トーマスの目が緊張でギンと開いたのをジェイクは確かに見た。
「……!」
演技の下手なトーマスである。隠すに隠し切れずに表情に出してしまう。
と言っても、先日エリーチカが言った通りにトムス・アレイであるなら知っていてもおかしくはないのだが、今だ測りかねている内心がこの鎌かけを良しとした。
「四天王専用GG・サルマンドの元となった機体だ。……ちなみに、『黄金期の複製品』についてだけど、トーマスは説明必要かぃ?」
ここでしらばっくれて説明を求められるようなら、まだジェイクはトーマスに対して何かしらの警戒をせねばならないところだが、その前にトーマスは隠すのを諦める。
「いや、不要だよ。オレも立場柄色々知っているからな……」
彼の目つきは以前の探るような物より険が取れていた。エリーチカ公女の一件からこっち、相応の心境変化があったのだ。そして、そのことにジェイクも警戒を緩める。
お互い、緊張を緩めたことに気を良くしたか、トーマスは緩い笑顔を作って言った。
「お前さんみたいな外の人間には警戒せざるを得ないんだ。今まですまなかったな」
と、二人が納得したところで。
「ちょ、待ってよ! アタシ、知らないんだけど!? その、ブラス何とかってヤツ!」
「そう言えば、嬢ちゃんもいたんだっけぇか」
「時効でいいじゃないの、ジェイク」
誤解や警戒と言う物は、溶けるときは存外早いものである。どうやらどちらも深い陰謀はないらしいし、ライカにもないだろう。そう共通認識した二人は少女へと説明する。
「まず大雑把な確認だがねぇ、嬢ちゃん。この国の歴史についてどれくらい知ってる?」
「平和な時代が長く続いてて、戦争が起きて、戦争が終わって、今!」
簡潔すぎて何もわからない答えである。
「おいおい、そのレベルかよぅ……」
「この街にゃあ学校なんてねぇぜ、ジェイクさん。アタシが特段アホって訳じゃない」
カッコつけて言ってみても、知らないものは知らない。先日のモネとの会話もあり、むしろ開き直ったライカである。
「ま、それならそれでいいんだけんどもな。ザックリと説明すると、GGを初めとした戦いに向いた魔法の類ってぇのは平和な時代の間、ずぅっと封印されてたんだとよ」
「なるほど……。なんで?」
出鼻をくじくように放たれた質問にも、ジェイクは丁寧に答える。
「そりゃ嬢ちゃん、アレだよ。誰でも人を殺せる世の中だったら、おちおち眠ることもできねぇだろ? だから昔の王様がそう決めたんだよ。……本当かどうかぁ知らんけど」
「ふーん。まぁ、わかった」
「で、そうだったんだけど大規模な戦争が起きたから、その封印を解いてGGを兵器として使えるようにした訳だ。勝つためにな」
その言葉に頷いたライカは、ふと気が付いたように続きを言い当ててみせた。
「それを見た相手側も封印を解いて、結局戦争がでっかくなったと、そう言う訳だね?」
「ああ、正解だ。ま、真相は知らないから『多分』だけどな」
軍上層部と深い付き合いのあったジェイクでも、それ以前の政治の問題となるとサッパリであった。所詮は偉い人に気に入られているだけのパイロットであるし。
トーマスも似たようなものである。彼は一線級のメカニックだが、政治には疎い。GGの封印が説かれた所以についてはもう少し細かく知っていたが、今ライカに話すことでもないと口には出さなかった。
「話を戻すけんどねぇ。何千年も封印してたもんだから、復活させよーってもやりようがわからなかった。で、宝物として封印されてたり、遺跡なんかに埋まってるGGを掘り起こして真似ることにした。それが『黄金期の複製品』だ」
正確には、掘り起こされたのはGGの設計図である。王家・大公家共にいくつもの書庫を漁っては出来る限り図面通りに作って、実証実験を行い、それを元に量産機を作った。
現代の魔道具学から遠すぎて真似しようもない技術や、特殊な魔法で生み出すため入手できない材料があったので、それらを劣化技術で誤魔化して作ったために複製品と呼ぶ。
「うーんと、そこはわかった」
複製品とよばれる理由も一通り聞いてから、コクリ。ライカは頷いた。
「でも、ジェイクの話には続きがあるんだ。ここから先はオレが説明しよう」
「え? 話長いから聞きたくない……」
トーマスの話は不必要に正確さを求めるせいで長かったので、要約するが。
まず、『黄金期の複製品』と言うのは現代には存在しない技術を見よう見まねで作ったのだが、技術は最盛期のものなので一機一機がとんでもないスペックを持っている。
そのスペックの高さ故に一騎当千の力を持っていたが、維持コストが馬鹿にならず使いこなせるパイロットも少ないので両軍が死蔵・或いは解体していたこと。
『黄金期の複製品』の中には維持軍の英雄的GGトルク・ギアが含まれていること。
存在を気取られて裏組織に盗まれても厄介だし、政治的・軍略的にも足を引っ張りかねない存在なので両軍はこれを機密としていたこと。
などである。
で、この話を聞いたライカの反応と言えば。
「つまり、高く売れるってことだな!」
「「高く売ったら殺されかねないってことだよ!」」
でなければ誰も機密になどしない。
「アハハハ。冗談だよ、冗談。あとまぁ、もう一つ分かったって言うならさ……」
「なんだい?」
珍しく神妙な顔をしたライカにトーマスがいぶかしげな表情を返す。
「おっちゃんの昔の仕事とか、ジェイクさんの『探し物』に関係してるんだろうなァーってことぐらい。だから何だって話でもないけどね?」
そう、ジェイクが鎌かけをしたときにはライカもまた、二人の表情を見ていたのだ。
余りの洞察力に、男二人は冷や汗を流した。特にトーマスは、その片鱗を幼い頃から見て知っていただけに己の迂闊さを呪う意味でも肝を冷やす。
彼女のGG操縦の才の一つは類まれなる観察力であった。
「おいおい、気付いてたのかよ……」
「まぁ別に、隠すべき相手でもないけどさぁ……」
二人の男はライカの頭を交互にわしゃわしゃと撫でて、裡を見られた恐怖心の様な羞恥心の様なものを誤魔化した。
「で、まぁコイツは金に換えられない、って言うか金にならない物な訳だが……。良かったらさ、嬢ちゃん乗らないかぃ?」
「そりゃあ、強い機体だってんなら是非もないけど……」
言ってライカが見やるのは自分が今まで使っていた思い入れあるゴブリン。
「これを売っちまうってのは、どうにも気分じゃねぇなァ……」
と、そこに口を挟んだのはトーマスであった。
「なら、これにジェイクが乗るってのはどうだ? お前さんのGG、ズタボロだろ?」
「僕としちゃあ有難てぇけど、赤の他人に渡すって言うんじゃあ嬢ちゃんも嫌だろう」
トーマスが言ったことは確かに解決策として申し分なかったが、いついなくなるともしれない旅人に渡すのでは、ライカの心情を慮らなさすぎる。ところが。
「ジェイクさんなら、良いよ」
「え!?」
驚くジェイクをさて置いて、ライカはきっぱり言い切った。
「赤の他人って言うには関わりすぎたし、知らなきゃ『スルト』を売っぱらう所だったからね……。ただ、色目の一つくらいはつけてほしいよ?」
交換条件だ、とライカは言う。『スルト』を拾ってきたのも、ゴブリンを元々持っていたのもライカなのだ、せいぜいふんだくられることを覚悟してジェイクは問うた。
「へいへい、嬢ちゃん。何をお望みで?」
「いや折角、仕事を探してる所だしね。ジェイクさんには荷物持ちでもやってもらって……」
言いかけたところで、機先を制するようにジェイクが口を開いた。
「持ち帰った分の、……そうだな、嬢ちゃんが四、僕が一でどうだ?」
「別に五分五分でいいよ。でも道案内が欲しくてね。金にしても問題ない程度の情報が欲しいのさ」
つまるところ、取り分は互角で良いから、売っても問題ない、時効と呼べる程度の重要機密を売れという話だった。
「食えない嬢ちゃんだ。ま、僕はもう軍属じゃないから良いんだけどね」
といっても、機密の約半分は『誰が何のために持っていたか』が重要なので、技術の塊たる『スルト』並のブツを除けば闇に売り払われても問題ないのだが。
ライカは学こそないが知能の高い少女である。しばらくのやり取りで、ジェイクが多くの機密に携わる人物であることを見抜き、かつ自分に得がありそうな内容だけを瞬時にまとめて理解した。
商才にも似た恐ろしさに、身震いしたジェイクは静かに頷いてライカとの契約を飲んだ。
「んじゃ、そう言う訳で。明日からヨロシクゥ! あ、おっちゃん換装たのんだ!」
まぁもっとも、本人としては『いい金づるができた』くらいの感覚でしかないのだが。
「将来大物になる嬢ちゃんだな……」
「この町の酒場の、自慢の娘ッコだよ」
ため息を吐く大人二人を置き去って、ライカは昼飯を食いに去って行った。
「んで、さっそく案内したいところなんだが……」
明けて翌日。新しいGG『スルト』に荷台を括り付けているライカへ、ジェイクが話しかける。
「何だい、ジェイクさん?」
「実のところ、僕も機密の類はちょいとばかししか知らなくてね……。ここから日帰りで行けそうな範疇だと、四カ所が関の山だな……」
「まぁ、どっちも潰れてたら夜営前提のところも案内してくれるんだよね?」
昨日は持ち前の観察眼と直感で半ば脅し的にジェイクとの交渉を行ったライカであるが、昨晩帰ってから『ジェイクの知識に関わらず、すでに回収済みかも知れない』と気付いて内心ヒヤヒヤしていた。
「野営前提だとしても、行き先は全部で十カ所もない。ただ、一攫千金に一歩及ばない程度のモノは有るはずだぜ?」
「んなら、良いんだ。アタシはジェイクさんに賭けるぜい」
「なかなか賭け事がお好きな嬢ちゃんなこってぇ……」
返すと、ジェイクのゴブリンが噴煙を上げて荒野に飛び出し、ついでライカのスルトも追従した。
「ところでジェイクさん。昨日は随分と気前よく話してくれたけど、おっちゃんのこと苦手なんじゃなかったっけ?」
よかったのかと問うライカの声音は、無線越しでも心配げな表情が浮かぶほど。
「(ああ、本当に純粋な嬢ちゃんなんだな……)」
ジェイクは一種の感動すら覚えた。汚い時代を生きた彼とってライカは眩しすぎる。多少守銭奴なところや勘の鋭い所、人をからかう所こそあれど真っ直ぐ育った娘である。
「いや、この間嬢ちゃんがいないときに色々あってね。そん時少し世話になったもんだから……」
いくらもボカして言ったジェイクに対して、すぐにライカは感づく。
「ああ、そう言えば母ちゃんから聞いたよ。革命軍の正規部隊が来た時の話だろ?」
「良くわかったもんだね」
無線機の向こうへジェイクが感嘆のため息を漏らすとフンスと鼻を鳴らしたのが聞こえる。
「まあ、この時期で革命軍がらみと来たらね……。アンタしかないだろ?」
「庇われたから信頼するなんてぇ、どこぞの三流恋愛小説でもないんだが。それでも、トーマスは『敵じゃない』って思ったんだよな……。いや、ようやく理解できたというか」
些か以前の自分を後悔するように、あるいは他者を疑う方へ進む時代を嘲笑うかのようにジェイクは言った。しかし、そんな感慨は意にも介さず、ライカは適当な相槌を打つ。
「ふーん。ちなみに、ジェイクさん的にはアタシはどうだったわけ?」
「嬢ちゃんの場合は、警戒以前の問題なんだけど。説明が難しいな……」
ジェイクが頭をかきむしることしばし。
「僕が『殺す』ということに対して、強い忌避感を持ってるのは嬢ちゃんも知ってるだろ?」
平和な時代から見たら嘆かわしいだろう民家跡や荒れた畑も無視して、二人はGGを走らせる。先日のモネからのアドバイスもあってか、ジェイクの過去の話にライカはピンと背筋を正して聞く姿勢に入った。
「僕の忌避感ってのは、戦争そのものへの反発でもあるわけで……。あの戦争に少しでも意味があったと思ってる人間とはそりが合わないし、今も戦っている人間とは会話が噛み合う気もしない」
であるからこそ、限りなく戦後生まれに近いライカは例外だとジェイクは告げた。
「まあ、アタシも戦争にはなにがしかの意味くらいは有ったんじゃないかとは思わんでもないけど。それはそれとしても、今も戦ってる人間ってのは?」
「戦争に未練を持っていて、復讐だったり、或いは元々持っていた何かを取り戻そうとしている人間だな……。広義では、僕の『探し物』も入るんだろうけど」
「……」
感傷が過ぎたかと、ジェイクは気遣って、届かぬ視線をGG越しに向ける。少しの沈黙の後、ライカはもう一つ質問をした。彼が『不殺』を念ずるところの核心に迫る。
「じゃあジェイクさん、もしそういう人と出会ったときは……」
「逃げるね」
即答だった。
「別に向こうが悪いわけではない、僕も悪いわけでもない。でも、僕はそういう相手とは戦いたくないし、誰かが争うのだってできれば見たくない。向こうは何かのために戦わなくちゃいけなくて、時には人目もはばからず殺さざるを得ない時もあるだろう」
戦争におびえた、なんてチャチなもんじゃない。明確な『殺し』への拒絶と否定。
たとえ何があろうと、では言い表せない。様々な情念のこもった『戦い』の決意。
どちらも曲げようがなく、そして相反している。
「争いが絶えることは無いけんども。僕は血を見たくないんだよ。自分のも、他人のも」
まるで全てから尻尾を巻いて逃げる臆病者のような発言。しかし、彼が確かに強い人間であることをライカは知っている。つまり、それだけのものを持っていて、『臆病者』に徹するだけの恐怖が、記憶が、思考が、歴史が。ジェイクの脳裏にひしめいているのだ。
「そうまでして追い求める『探し物』とやらについて、聞いてみても良いかい?」
「ああ。……と言っても、実のところ僕もそれが『何か』は知らないんだ」
「そうなの!?」
「僕が知りたいのは、大きく二つ。戦争を終わらせた『大暴走』が一体どんなものなのか、そしてGGの封印が何のために解かれたのか、だ」
一息に言ってからしばしスクリーンに映る荒野を眺め、動くものなど何もいないことにため息をついてジェイクは問いを発した。
「嬢ちゃんはさ、『壊滅戦争』についてどれくらい知ってるかい?」
「んーと、十年くらい前に終わった戦争で、その前に十年くらい続いてて、壊滅って名の通り両方の軍の大半――七割だっけが死んじまって……」
「そこだよ、そこ」
皆まで言う前に、ジェイクが求めていた情報が出てきたので彼はストップをかけた。
「嬢ちゃんは不思議に思わなかったかも知れねぇけどさ……。普通、七割以上の被害ってのはおかしいんだよ。普通三~五割の被害で、撤退して和平を結ぶはずなのさぁ」
「うーんと、そうなのか?」
戦術がわからないライカがきょとんとしてるのでジェイクは例え話をした。
「GG同士の戦闘で考えてみろぃ。五割失って、戦いが続けられるかねぇ?」
「……なるほど。体の半分も持ってかれちゃやりようがない、そりゃあ撤退するわな」
「そういう事。でも何でそうなったかと言えば、だ」
続きを言うより早くにライカは言葉を遮って答えた。
「大暴走、ってのが起きたんだろ? んで、その挙句に両軍に多大な被害を出した」
「なんでぇ、知ってるでやんの」
昨日見た不見識さから、少々ライカの知識を侮っていたジェイクは少し驚いた。
「ま、アタシが知ってるのは言葉だけ。両軍の二割だか、三割だかがその兵器で死んだって言うのも、ジェイクさんの説明でようやく実情を理解できたぐらいだよ……」
それでも、五割近い損害が出てまで辞めなかったところに遺恨の深さが垣間見える。
「で、ジェイクさんは」
「ああ、僕はその『大暴走』の真実を探している」
今度はライカの機先を制する形で、ジェイクが言葉を挟んだ。
「大暴走を再現させて、維持軍でも滅ぼすつもりかい?」
「んな訳ないだろ、僕が『殺せない』ってのは本当の話だよ」
ライカの軽い冗談を、ジェイクも軽く受け流す。巧妙に内心を隠すように。
「……ただ、僕は知りたいのさ」
「何を?」
「あの戦争を『何が』どうやって終わらせたのか、何でそんなことが起こったのか、そして僕の仲間たちは何のために死んでいったのか……。あたりだな」
まともなまま戦争を生き抜いた者なら、誰しも抱くであろう疑問。怒り。トラウマ。
自分が必死に戦ったのに何の納得も行かないまま終わってしまったのだ。当然だろう。
「ありきたりだと笑うかい?」
すねたような、卑屈な笑い方。ジェイクらしくないなとライカはやや苛立つ。が、同時に己の関与するところでもないと思いなおし、ただ
「笑わないさ。でも……。いや、たとえジェイクさん自身でも、笑っちゃあいけない」
と静かに告げた。
「そうかい、そうかもな……」
「……」
「……。食堂のおばちゃんがさ、言うんだよ」
「んだって?」
よく聞こえなかったと聞き返されたのに、ジェイクはなぜか小さな声で言い直す。だけど、冷静に言われたからこそハッキリと聞き取れるものだった。
「僕が軍部にいたころ、基地の食堂でメシ作ってくれてたおばちゃんがさ、『また飯が余っちまったねぇ。あんた、たんと食いなよ!』って言って、大盛りにしてくれんだよ」
「そりゃあ、良い話だと思うけどよー。それとこれと、何の関係があるってェ……」
良くわからないまま、軽い調子で返したライカにジェイクの言葉が付きつけられる。
「誰かが作戦で死ぬたびに、言うんだよ」
「!」
静かな言葉調子を聞いてか、息を呑む音が無線越しにジェイクにも聞こえた。
「僕さぁ、普段GGで戦ってる時も、仲間が墜とされた時も。血しぶき一つ出ねぇもんだから、どうにも『人が死んだ』って実感が持てないんだよ……」
一息。
二息。
トラウマをかみしめるようにジェイクは深呼吸して、続きを語る。
「だけどさ、おばちゃんに『飯が余っちまった』と言われる度にさ、『ああ、アイツらは死んだんだな』って、そん時だけ妙に誰かが死んだことが理解できちまうのよ……」
吸って、吐いて。
「だから、殺すのは辞めにした。もうおばちゃんは居ないけど。居ないから、殺す度に何も感じなくなるんじゃないかって怖くなった……」
ジェイクの骨身からハラハラと落ちた言葉は、ライカの五臓六腑に甚く染み渡る。
「みんながみんな、スコアだ黒星だと言って敵を狩り、あるいは狩られていく。でも、それは命なんだよ。見えないだけで、そこで血飛沫が散って人の――誰かの人生が終わっているんだ。その血飛沫に目隠しするようなGGが、だんだん恐ろしくなっていった」
また、一拍子。先ほどから、無理して辛い話をしているのだ。ジェイクは時折呼吸を挟んでいる。その拍に、ライカが初めて言葉を挟んだ。
「つまり、GGが怖くなっちまった次に、もっとたくさんをいとも容易く殺して見せた『大暴走』が怖くなったと?」
「ああ。ビンゴだよ、大当たり。大正解。つっても現場に居た訳でもねぇ。あの日の僕はちぃと大変な仕事で、遠くで戦ってたからな。だが、見てないからこそ恐ろしいんだよ」
知らぬところで人を死なせるのが一番怖い、そう思うジェイクだからこその言葉。
勝ち目などあるはずもないし、殺した実感もまた無かったろうな。ライカはそう考え、ジェイクと同種の背筋の震えに襲われた。
「……つまり、アレだよな。あの、『怖いモン見たさ』ってやつだよな!?」
心底怯えながらもライカが放ったジョークは、荒野の果てへと風に飛ばされる。
「案外そんなもんかも知れねぇな。……ただ、そこまで考えたところでふと思うんだよな。こんなに恐ろしい被害を出せる兵器の封印を、帝国は何のために解いたのかって」
それが、もう一つの疑問。何のためにGGが作られたのかという疑問。
言われた言葉に、ライカはとりあえず思いつく限りの理由を言ってみる。
「絶対に勝ちたかったから解いたとか、対抗するために相手側も封印を解いてとか……」
余りに本能的な回答。薄々はそうである可能性に気付きつつも、まだ人の理性を信じたいジェイクは必死に否定する。否定したかった。
「いんや。それじゃ歴史がおかしいんでぃ。過去三千年の間に、帝国は何度も内乱・内戦に見舞われた。今回みたいに皇帝とその次に権力のデカい大公が対立することもあった」
たまたま封を解かなかっただけかもしれない、その可能性はまだ信じない。
「でも、その時は使われなかったと?」
「ああ、そうだよ。だから『なんで僕達だけ』って思うんだよ。皆が皆、『殺した』実感を持っていればもっと早く終わっただろう戦争が、あんなにも続いちまったんだぜぃ?」
ならばなぜ、そんなに続いたのか。それが人の愚かしさだと、まだ思いたくなかった。
「それをGGのせいじゃないと、どうして言い切れる?」
ならばなぜ、封印を解いたのか。無思考に勝とうとした故だと、気付きたくなかった。
「それにどんな大義名分があったと、胸を張って言える?」
そんなもの、決まっている。
「アタシにゃ、言えないね」
「そして僕にも、だ」
一通り語り終えたジェイクは、残った感情を絞るように空に叫ぶ。
「なぁ。僕は何回、あの大盛りの皿を眺めた? 僕の仲間は何人、あの戦争で死んだ? そこまでして戦争をしなくちゃいけねぇ理由ってのは、一体どんなもんなんだ!」
そんなもの、有りはしない。有るかもと思わなかった時点で、戦争は始まっていた。
だから、言葉はむなしく風にさらわれて行く。
「……すまねぇな、騒ぎ過ぎた」
「いいや、聞いといてよかったさ」
後に残るは、二人の盗掘屋のみ。
しばし気分の悪い沈黙を保ち続けて、それから二人は目的地へとたどり着いた。
「……ここかい?」
「ああ、そのはずだ」
そのはず、と言われる先には荒野の一般的な集落跡にしか見えない。建物の跡であろうレンガや瓦礫、鉄骨、ボロ布などが一キロ四方ほどに散乱しているだけなのだが……。
「こりゃ、さっそく当たりみたいだね?」
「お、わかるかい?」
それなりに年季の入ったトレジャーハンターであるライカの目は誤魔化せない。
「こっちの瓦礫の類はカモフラージュか何かだろうが……。この鉄骨と布切れ、間違いなく天幕の跡。……んでもって、落ちてるサイズからするに優にGGが入るわけだが、天幕だけの駐屯地と考えると、あっちの瓦礫カモフラージュの意味が理解できない」
戦争当時の基地には大きく二種類ある。鉄骨やレンガ、泥岩壁を組み合わせて地下まで作りこみをして作る要塞と、ここの跡地にあるような天幕中心の駐屯地である。
「大正解だ、嬢ちゃん」
褒め称えるようにジェイクが言えば、少々語り足りないとライカが口を挟んだ。
「街からの距離と方角で言うと、ここは革命軍でも最前線。ただ、比較的端の方の戦域で、しかもそこまで押し込まれていなかったはず……。となると」
「そう、ここは革命軍のGG試験場、その中でも比較的奇抜じゃない部類――もっと言えば、普通の量産機の改装と機能向上を目指していた部隊の基地なんだよ」
あたり一面の中で、天幕跡が占めるのは約三分の一。
「ってなると、残りは地下基地ってことかい?」
「またまた大正解! 入口までは僕も知らないがな、ここの地下にはGG改装用のドックと簡易の魔道工房がある」
魔道工房と言うのは、魔道具を作る設備一式を指す言葉である、軍関係において言うなら限りなく『GG工場』と呼んでも差し支えない。
設備一式揃っているとなると、どこに出しても恥ずかしくない宝の山であった。
「大規模な掘り起しになりそうだし、今日はこの辺にしておくかなーっと!」
日も暮れ始めたころ、簡単に持ち去れそうな資材だけをGGで荷台に詰め込むと、ライカは大きく伸びをする。
あれからしばらく、ジェイクの提案でGGを降りて基地内部を見て回った二人は、魔道工房をできるだけそのままの形で持ち帰りたいという考えの元、今日のところは残っていた資材やGGの余りパーツなどだけを大雑把にまとめて持ち帰ることに決めた。
「嬢ちゃん、明日から忙しくなるぜぃ?」
ジェイクが言うのも無理はない。基地内部に設けられた魔道工房の設備は、どれもこれも大きく、繊細なものである。ライカが普段使っているのより二回りほど大きい、大型の荷台を使わねば運べないし、クッションと防塵用の布も持ってこなければならない。
「本当だなァ……」
GG搬入用ゲートで戦利品を荷台に押し込みつつ、二人はずるずると地上に出る。
「はぁー。夕焼けがきれいなもんだね!」
滅多にと言うほどでもないが、この『空白地帯』ではあまり雨は降らない。そう言う訳で、ライカにとっては見慣れた日没の光景であった。とはいえ、先ほどまで暗い基地内をサーチライトのみで徘徊していた二人にとっては、大層眩しかった。
「じゃ、帰りますかー!」
「おう!」
二機のGGが基地を出て、扉を閉め、上に軽く瓦礫を載せる。
「ザ……ザザッ……」
「ん、ジェイクさんじゃないよね? 今の無線」
その音に、最初に気付いたのはライカであった。
「どうしたってんだい?」
継いでジェイクも、ライカとは違う無線が入ってきていることに気付き、耳を澄ます。
「ザザッ……、ザー。……るかい!」
「んだって?」
ようやく波長が合い始めたか、わずかに聞こえた声にジェイクがすかさず応答する。
「……ザ、……儲かってるかい!?」
「ジェイクさん、逃げるよ!」
声が聞こえると同時、ライカはジェイクに向かって叫んだ。
「どうしたってんでぃ、嬢ちゃん!?」
ライカが言った理由はただ一つ、『儲かっているかい』と言う符丁を知っていたから、それを使う連中のことを知っていたからに他ならない。
「盗賊だよ、『盗掘屋』をメインで狙ってる盗賊ども……! クソッ!」
ライカが簡単な説明をジェイクにしようとした時。
「そうとも、そうだとも! この荒野の最ッ高に! イカしたファンキー・ガイ! 俺様スネンヴァル様がやって来たって言うんだぜ、コンチクショウ!」
耳障りな声が聞こえてきて、地平線の向こうから十機余りのGGが姿を表した。
「戦利品全部と、乗ってるGG置いてきゃあ、命までは取らねぇぞドチクショウ!」
ドドドドン、と向こう側から音がして、弾頭が発射される。
「ミサイルかよ! 嫌らしい武器、持ってるんじゃあないのぉッ!」
ある程度上空に上がってから、こちらへ跳んでくる誘導ミサイルを二人は右に避け、左に避け。荷台を背負っているせいか回避のタイミングがギリギリになってしまう。
「ジェイクさん、荷台捨てて逃げるよ!」
GGを操作し、肩のところで荷台を固定していたワイヤーの留め具をライカは外した。
普段のライカなら、五・六人程度が相手までなら交戦しただろう。単純な計算上はジェイクとの二人対十人で釣り合いも取れるはずだが、ジェイクの性格を気遣ったのだ。
だが。
「いいや、嬢ちゃん。荷台は外す。だが、撤退はしない!」
「なんで!? ジェイクさん、さっき言ったじゃないか。『相手が争いを求めるなら逃げるまで』だって……」
言葉を聞きながら、ジェイクも荷台の拘留を解く。
「言ったはずだぜ、『戦争に未練がある相手なら』って。僕ぁねえ! 盗賊なんつー、欲望のためだけに戦う人間が嫌いなんだよ! だから『臆病者』に徹するまでもない!」
そうまで言うのなら、ライカにも遠慮する理由はない。
「ならジェイクさん、折角の『スルト』の初乗りなんだ。アタシに華を持たせてくれよ」
少しの気遣いと、戦闘を求める本能。ジェイクが嫌う欲望のままにライカは前に出る。
「ゆっくり後から来てくれていいぜェ!」
アクセルペダルを踏みこんで、前傾姿勢の突撃に入る。
「おいおい、待てってぇの!」
『黄金期の複製品』故のスルトの圧倒的速力を、ジェイクは慌てて追いかける。
機体が変わったとはいえ、ライカのスルトはいつも通りナタ二丁にマシンガンの軽装である。ジェイクもマシンガンとビーム・ソードのみ。はるか遠くから攻撃可能な敵を思えば、勝ち目は薄いはず。だというのに。
「ぶるっちまうほどのやる気だねぇ、あの嬢ちゃんは!」
ライカにああ口走っておきながらも、戦闘狂の彼女のザマを見て否定しない辺り、ジェイクも中々のバーサーカーである。こと『殺す可能性が低い』状況では強気になれた。
ライカ以上に変態的な軌道。機体差ゆえに遅れつつも、ジェイクは後を追う。
「何だってんだよ、手前チクショウども!」
さっき音量を下げた無線の向こうから何某言う盗賊の声が聞こえてくるが、
「知ったこっちゃないんだよ! 盗賊さん方、ボーナスタイムは終わりだぜ!」
機体性能と操縦技術のマッチアップで瞬く間に己の射程まで接近する。ジェイクが着くまで二、三分は有るはず。
「一、二……、十二機ってとこかな。その間に何機やれるかな、っと!」
ジェイクに攻撃を加えている五機を除き、残りの七機にライカは狙いを定める。
他の獲物を狙っている敵に奇襲をかけるのは、風流ではない。
「まずは、そっちのお兄(あに)ぃさんから!」
ライカの見たところ、ほぼ全て戦時中の機体。維持軍機『ヘルム・ギア』と射撃特化型『アーチ・ギア』が二機ずつ、残り三機は革命軍の格闘特化型の『オーガ』と射撃特化型の『ケンタルス』。そして、戦後に維持軍が開発した『量産型トルク・ギア』。
「模造品といえ、英雄サマに挑戦できるなんて光栄だがねェ、でもまずは他から!」
弾幕をかいくぐり、不格好なメイスで格闘戦を仕掛けてきたゴブリンを軽くいなす。
「何よ~、やる気~? ったく、だるいんだけど~」
「おい、気を抜くんじゃねえよ手前ら、ドチクショウ!」
敵の混乱など構わず、最初に決めた標的・ケンタルス型へとライカのナタが迫る。
「ぎ、ぎやあゃあああああ!」
焦って応射するも、錯乱状態の弾などライカに当たらない。躱して、ナタを一閃。
「まずは一機、っと」
GGが頽れるより早く、他からの銃撃を斜め上に跳んで回避する。
「っし、袋のネズミだ! お頭、コイツちょろいですぜ!」
「っとと、いけねえ、いけね!」
敵集団に飛び込んだことで半包囲されたのに気付き、高低差の有利を利用して手近な一機――先ほどミサイルを撃ってきていた『アーチ・ギア』の一機へと躍りかかる。
「よィっと、なァっ! これで、二機!」
「囲め、囲んでせん滅するぞアンチクショウ!」
ライカが包囲を抜けるや、向こうのリーダーの指示が響く。
「ったく、忙しい皆さんだね……」
この中でも最も高速、かつ多彩な動きをした少女の言っていい台詞ではない。
「お頭、私とお姉ちゃんで、引き付ける!」
「私たちが、落とす。 ……行こう、ムージ!」
突き出された四本の剣をバックステップで避けるが、向こうもすぐに追ってくる。
「お、二人がかりか? まとめてくるのも大歓迎!」
実体のある片刃剣と、ビーム・ソード。それぞれ一本ずつを構えたオーガ二機がにじり寄り、その裏に回る形でスルトの背後に展開したGG達が一斉射を浴びせかかる。
「コンビネーションがお上手だが、少々奇抜さが足りないね!」
大振りの動きで牽制し、勢い地面を殴りつけるように半身回して跳び上がった。ギリギリでの防御を決めた勢いのまま、
「ちょいと頭借りるよ!」
「あぐっ、踏み台に、された!?」
片やのオーガの頭を蹴り壊し、もう一方も踏み壊しながら踏み台にしたGGにスラスタを吹き付け、曲芸の様な空中機動を実現させる。
「何て奴だ。アルク、メンキー、ヘンリー。そっちは一旦いい、援護してくれ!」
向こうの準リーダー格だろうか、『コンチクショウ』を連打する例の彼とは異なる声が、ジェイクを狙っていた組の内の三人に声をかけるが、返事がない。
「すまないねぇ、嬢ちゃん。ちと遅くなったよ!」
いつの間にか近付いていたジェイクの方に視線を向ければ、撃墜されたGGが三機。頭を撃ち落とされたゴブリン型が二機と、半身を切られたオーガ型が一機転がっている。
「流石だねぇ、嬢ちゃん」
こちらの状況も一目見たか、ジェイクが感嘆を漏らす。
「ジェイクさんほどの上手に褒められると、嬉しさも一段さね! 残り七機、アタシが四機貰っていいかな?」
「どーぞ、ご自由に!」
「了解ッ!」
ほとんど同時に言いきって、二人は飛び込む。
そこから先はワンサイド・ゲーム。
「……流石嬢ちゃん、ナタの切り口が相変わらずきれいなこってぇ……」
ジェイクはマシンガンを扇状に牽制射してから手近にいた二機へと近づく。丁寧なテクニックで弾幕を避けて、懐に潜り込んで敵の光線剣を切り落とす。
「そう、らッ!」
これでジェイクの相手は二機減って残り一機。量産型トルク・ギアのみ。
「えい、ほッ、は、とね!」
他方のライカも、チョン切りするような細かいスラスタ制御で相手四機にあえて囲まれるように動きながらも、距離を詰めては敵の関節や武器を破壊していく。
「あっちはどうなってるかな……。って、おお! 相変わらず凄い動きだね!」
武装も尽きて剣を抜いて寄って来たゴブリン型をいなしながらライカが目を向けた先では、性能差をものともせずメインディッシュに臨んでいるジェイクの姿があった。
「なんて動きしやがる、コンチクショウ!」
スネンヴァルと名乗った男の面罵する通り、トーマスにつけてもらった内蔵型ワイヤーガンで先ほどまで以上の変則軌道を見せるジェイク。彼が量産型トルク・ギアの性能を見るために手加減しているせいで拮抗しているように見えなくもない。
「どぅらぁああ! せぇやぁああ! 避けんなチクショウ!」
流石に頭目を名乗るだけあって、スネンヴァルも筋は良い。右手に持ったビーム・ライフルでの射撃の狙いはなかなか合っているし、ジェイクが牽制に撃つマシンガンも上手く躱したり、左肩に接合されたシールドで防いでいる。
「……つっても、相手が悪いね」
フェイントをかけて射撃を入れれば普通に当たる程度。何よりも、銃撃する際に一瞬足が止まるのが難点だ。クセが有りすぎて、訓練なぞ受けていないことが丸わかりである。
「ま、ウチほど訓練設備のまともな難民キャンプはないだろうしな……」
最後の一機を手にかけて、見物の姿勢に入ったライカがぼやく。素人の『盗掘屋』GG乗り相手なら良かったのだろうが、今回は相手が悪かった。
「そろそろピッチ上げて行くよ! 機体は惜しいからね、とっておきを見せてやる!」
一通りの性能を見終わったジェイクが武器を投げ捨てる。
「とうとう観念しやがったか! ドチクショウ!」
機体性能上は優位なのだ。実力差をまだ理解しきっていないらしいスネンヴァルは、無手のジェイクをどう見たか、止めを刺そうと近付く。刹那。
「ほう」
「『刀狩り』!」
ライカが見ほれるほど丁寧に、それでいて素早く。一歩でジェイクは懐に詰め寄り、右で居抜いたビーム・ソードで敵のそれを打ち折った。そのまま左の拳で体勢を崩すと、ワイヤーできれいに縛り上げる。二撃目のGで気絶したか、頭目の声は聞こえない。
「こいつは、いいモン見せてもらったな……」
「だろ?」
いくらか話し合った末、ジェイクが鹵獲した量産型トルク・ギア以外は達磨――四肢を切り落とした状態にしてライカの荷台に詰め、持って帰ることにした。
「よし、っと! 日が暮れる前には出発できそうだな!」
ジェイクの荷台には、達磨を三つほどと量産型トルク・ギアを完品のまま乗せている。
戦後に作られたGGであるために、高値で売れるのだ。他の雑魚どもについては、動力炉とコクピットが無事ならよしとした。壊れてるものも混ざってるけど。
「見殺しにするわけにもいかねぇしな……」
この広い荒野である、一番近い『D85番地』までだって徒歩なら一週間はかかる。食料なしでそんな旅は無理だし、見殺しにするのはライカの流儀に反することだ。
「しっかし、嬢ちゃん。初乗りだっていうのになかなかうまくできたもんだねぃ?」
『黄金期の複製品』は一般的なGGを凌駕する性能を持っている。そのピーキーともいえるほどの高性能を初見で扱うのは難易度が高い。
「なかなかの暴れ馬だけど、アタシを振り落とすにはちと足りないよ」
「ハッハッハ、すげぇ自信だこと」
「ジェイクさんが言ったんじゃないか。ある程度の腕があるんだ、自信もつくさ」
その言葉でかつての模擬戦後の会話を思い出したか。
「結局、嬢ちゃんは見つけたかい? 『戦う理由』」
問われて、ライカはハッとする。なんだかんだ言って今日もまた、『戦うことを楽しんでいる』自分が居たことに。それを隠すようにライカは言葉を吐き出した。
「……いんや、まだだ。……それよりジェイクさん、この機体すげェよな! こんな高スペックなGG、初めてだ」
「だろう? 僕にとっちゃあ無用の長物だが、嬢ちゃんには良いんじゃねぇか?」
誤魔化されたことを承知でジェイクは応じる。思えばライカはまだ十五歳なのだ。強さを見れば『戦う理由』を考えるべきなのだが、それにしたってまだ早い悩みであったか。
「スラスタ出力や動作の精密性も高い、本当に良い機体だぜぃ」
脳内で軽く考え流しながら、ジェイクは呟く。それに対し、ライカが食いついた。
「この『スルト』はジェイクさんが昔使っていたものなんだろう? な? な?」
ライカは鋭い観察眼を持っているが、すぐに答え合わせをしようとする癖がある。まだまだ子供だな、裡に笑ってジェイクは応える。
「ああ、嬢ちゃんにも言ってなかったがな。僕はそれのテストパイロットだったんだ」
「道理で詳しいわけだ。色々聞かせてくれよ! な! な?」
ライカが問えばジェイクは気前よく説明を始めた。
「まぁ、機体性能が高いのはもちろんだが、色々な特殊機能が積んであるってのが重要だな。一時的にビームの出力を上げて切れ味を増したり、ある程度だが魔法攻撃もできる」
「おお! 魔法!?」
その言葉にライカが目を丸くするのも無理はない。建国当初からの法律で、帝国では攻撃魔法に大幅な制限が設けられていた。以降も様々な危険性を主張しては規制して、と歴史を繰り返すうちに安全措置の施された家庭用魔道具以外はほぼ廃れたのだ。
「攻撃魔法ってぇと、アタシもビーム・ソードと銃くらいしか知らないんだよな」
どちらも開戦後に開封されたものだ。ちなみに、この世界の銃は爆発の魔法を籠めた使い捨ての『魔道薬莢』でもって鉛弾を撃ち出す魔道具である。
「嬢ちゃんは、『サルマンド』って知ってるかい?」
「えぇと、革命軍四天王の使ってたワンオフのGGだっけか?」
要はエリーチカの同僚が使っていたものである。ちなみに終戦より前に戦死した。
「そうそう、この『スルト』も『サルマンド』と根っこんとこでぇ同じでな、炎関係の術がいくつも使えるんだとよ」
だとよ、と言う伝聞系にライカが首をひねっていると
「技術者連中もよく知らないらしいんだが、『才能がない奴には使えない』機能ってのがあるんだとさぁ。僕はからっきしダメでね。知ってるのも一種類だけ」
すねたように言ったジェイクが移動しながらも教えてくれたのは、かつて魔法剣と呼ばれていた技術。魔法で生み出した炎を固めて、剣の形にする術だ。
「おお! すげぇ!」
喜び勇んで言われたとおりにやろうとしたが。
「あれ? 出ない……」
「ったり前だよ、とゆーか、そんなすぐ出来たら僕の立場がないじゃんよ。ま、そこまで強い技ってわけでもないらしいんだがな」
「へぇ、そりゃまたどうして?」
「実のところさぁ、火力は普通のビーム・ソードより上なんだけど……」
曰く。燃費が悪く、普通の相手なら光線剣で十分切れるし、しかも『スルト』以外であれば敵味方関係なく燃え移るので使いにくい。
「どの道、物騒な機能しか出てこねぇしなぁ。別に誰を倒したいってわけでもないんだから、魔法なんて使えなくていいだろぃ?」
「そりゃまあ、そうだけどさ……」
言われて、『なぜ強くなりたいのか』という疑問にも答えを出せていないことに思い至ったライカ。押し黙ったところに、三人目の声が聞こえてきた。
「なぁ、俺様は一体どうなるんだ? ドチクショウ……」
スネンヴァルが意識を取り戻したのだ。負けを認めて気弱になったとはいえ、ふざけた語尾をやめない辺りは肝が据わっているのか、それともクセが強いだけなのか。
「どうなるって……、どうするんだ?」
余り突然のことであったためか、ライカは少々取り乱す。彼女の場合、盗賊を引き渡したら大人たちに任せっきりなので、どういう処分を受けるのかよく理解していなかった。
「どうされるかっつぅたら……。とりあえず、有り金の大半は罰金として没収だな」
「他にもあるのか? アンチクショウ」
スネンヴァルは『他にも』などと言ったが、ジェイクの説明したところはこの荒野で盗賊が受ける処罰としては甘い方である。殺されないだけマシであった。
「あんたの場合、ライカの嬢ちゃんが知っていたってことからしても常連だろ? ってぇなると拠点を教えてもらって、後は町で強制労働だな」
「命があるだけでも十分ありがてぇぜ、ドチクショウが。教えてくれてあんがとな」
文句が無いのは荒野に生きる者の達観である。いや、それができない盗賊の多さを考えれば本人が最初に名乗った通りに大物であると言えたのかもしれない。
ジェイク・ライカとも戦う前の軽蔑はどこへやらな対応であるが、それはひとえに荒野で生き延びる難しさを知っているから。
盗賊行為は軽蔑するし死んでもやりたくないが、捕まってしまえばただの人。身を落とした者が盗賊で無くなったなら。後に残るのは同情のみである。スネンヴァルの達観した態度のせいで気が散ったというのもあったが。
押し黙ったスネンヴァルに、そういえばとジェイクは問いかける。
「しかしまぁ、あんたも随分とサバサバしてるもんだねぇ……」
「いやなに、俺様もちったぁ名前が売れる程度に盗賊をやってるからな。人間ができることが、いかに少ねぇかってのがわかってんだよ。ドチクショウ」
戦闘時の騒ぎようとは比べ物にならない、いやむしろあちらが演技だったと言われても信じられるほどの静けさを持って、スネンヴァルは他の仲間たちを顎でしゃくった。
「偉ぶっちゃあいるが、俺様はアイツらが居なければ何も出来ねぇコンチクショウだ。学もねぇときたら、わかることなんざちぃとばかしもないけどよ」
そう言った表情は見えなかったが、低い声調子からおおよそは知れる。
「仲間が死ぬことも、報復に来た奴を介錯することも有ったぜ。んだからよ、あんたらが生かしてくれるって内は、大人しく生きるね。で、殺される段となったら、逃げるかな」
このスネンヴァルには自己流なれど考えがあるのだ。
「そういや、アタシ達を見つけた時にも『戦利品おいてきゃあ~』って言ってたよな?」
「少なくとも俺様は進んで殺すような真似はしない。趣味じゃねぇんだよ。ま、死ぬときゃ殺しちまうし、このチクショウな荒野でGGを奪われれば、死ぬ奴は少なくないがな」
でも、殺さないのだ。全ては、奪わないのだ。
ライカやジェイクの不殺とはまた違う形であるし、彼が見殺しにした人間はもしかすれば殺されるより長く苦しんで尽きたかもしれない。
「俺様達だって食わなきゃいけないから、なんだって奪うさ。でも、持ち歩ける程度のはした金くらい、金にならねぇ命くらい。奪わないんだよ。アンチクショウが」
ただ、殺さないのだ。趣味でないから。
盗賊を軽蔑することに変わりはないけれど。様々な人間がいる事を二人は学んだ。
共有されたエピソードはここまで。 大野知人さんに感想を伝えましょう!
小説情報
- 小説タイトル
- 機動装鎧トルクギア(第一稿)
- 作者
- 大野知人
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