機動装鎧トルクギア(第一稿)
第1話
- 作者
- 大野知人
- このエピソードの文字数
- 28,458文字
- このエピソードの最終更新日時
- 2021年3月3日 03:57
「……ライカ。最も大事なことは『殺さない』ことだよ」
養母はそう言って、ライカを育てた。
「どうして?」
殺伐とした戦後の時代にしては随分と平和な町で育った少女が首を傾げると、決まって母親はこう返す。
「……アンタを私の所まで連れてきた男が言ったんだよ。「『兵士』であっても『殺し屋』ではない。やむを得ない状況でもないってんなら、『殺し』も『見殺し』もしないのが一番」――ってね」
何の劇のキメ台詞だ、そう問いたくなるようなことを言ってから娘の頭を一撫で。
「……あの男がこの町に連れてこなきゃアンタは戦後のゴタゴタで飢え死んでたろうし、命の恩人の言葉は守ってやるのが道義ってモンだ」
そう続けてもう一撫で。
ライカが喧嘩したり、あるいはそうでなくても何かに八つ当たりした時には決まって養母はこの話をした。
それが『殺してないなら大丈夫』と言う雑な慰めなのか、『暴力は良くない』という戒めなのか。あまり多くは喋らない母だった事もあって、ライカには判別がつかなかった。
人気のない荒野に、ガコンガコンと金属がぶつかり合う音が響く。
その音は、20メートルほどもある人型の鎧が建物を分解し、そうして出てきた屑鉄をそりのような荷台に投げ入れる音であった。
「今日はこんな所かなーッと!」
巨大ゴーレムーーGG(ギア・ゴゥラム)のコクピットでせわしなく操縦桿を動かしながら少女が声をあげる。
名前はライカ。十五を少し超えたばかりだが、学校なんて物は無いこの『空白地帯』(ワイルドランド)ではもはやすでに一人前の仕事人――盗掘屋である。
「ここの基地は一通り漁ったしなァ……。そろそろ狩場を変えるか……」
ぶつくさ言いながらも機体を動かし、作業を再開した。
年若い少女ながら、そのGG操縦は堂に入ったものである。
「ケーッ! GGの一台、銃の一丁もないでやんの。しけてやがる」
文句を言ったって、ここ三カ月近くに渡って彼女が盗掘に来ていたのだから、残り物が無くなるまで掘り続けた彼女の自業自得である。
「いじゃ、今までお世話になりました、ッと」
軽く会釈するようにGGの上体を曲げて遺跡後から出る。一応、礼儀というものを知っている娘なのだ。今となっては跡形すらないけれど、場所そのものに向かって彼女は頭を下げていた。
「にしても、ここの基地は稼げたよなァ……」
この規模の基地にしてはという条件付きであるが、比較的状態のいいGGが三機に、指揮官室に残されていた徽章などの貴金属類、更にはまだ使える整備用の道具など。
色々なものが放っぽられていたお陰で、この三カ月食い繋いでこれたのだ。散った者が居るというなら哀悼の一つも示すが、それ以上に『飯のタネ』としての感謝が大きい。
ブオンブオンと風を切る音がコクピットの中からでもよく聞こえた。
大きな戦争が終わって、この世界に仮初の平和が訪れたのは五年ほど前の話である。
かつて三千年の栄耀栄華を誇った大陸統一国家、パルム帝国は国王を中心とする『維持派』と大公を中心とする『革命派』に分かれて、死をまき散らした。
三千年の歴史で生み出されたひずみは、両軍に壊滅的な被害を与えて一時の執着を迎え、権力の衰弱によって馬鹿みたいに広がった緩衝地域――『空白地帯』が生まれた。
十年にも渡って行われたその戦争の中で、両軍はかつて封印したはずの兵器としての魔道技術の一旦――巨大人型魔導兵器・GG(ギア・ゴゥラム)を持ち出してまで殺し合った。
その残骸は、今なお数多くが空白地帯の荒野に埋まっている――。
「しっかし、どッこもかしこも惨澹としちゃって……。ま、生まれた時からだけど」
戦争が激しくなったころに生まれ、物心つく頃には難民キャンプにいたライカにとってはこの光景こそ日常である。『惨澹とした』なんて言えるのは義理の親である酒場の女将さんが聞かしてくれたおとぎ話のお陰だ。
地べたを見ると、あちこちに民家の跡らしき木片や畑があっただろう微かな溝が散らばっていた。すでにその跡すら消えかかっているのが、戦争の規模を物語っている。
「……ハァ。明日から、どうしよ」
いくらか貯えがあるとはいえ、半年もあれば使い切る。その前に次の『狩場』を掘り当てねばなるまい。ため息をつくと地平の向こうに見えてきた生まれ故郷の『町』へと、ライカはアクセルを踏み込んだ。
「ただァーいまー!」
『町』に着くなり、彼女が愛機を飛ばして向かうのは町の西にある大広場。昔軍で働いていたという数名の査定屋が、拾ってきた戦利品を買い取ってくれるところがあるのだ。
「おっちゃん! 今日も査定を頼めるかィ!」
自分用のスペースとして決められたところにGGと荷台を止めると、コックピットを開いて声を張る。
「おいおい、また盗みかい?」
聞きつけて寄ってきた男をGGのマニピュレータで掬い上げて荷台の上に乗せるとやや演技染みた動きでトホホと表情を崩された。
彼の名はトーマス。『町』一番の博識の査定屋にして、顔役の一人でもある。ちなみに年のころは二十五と、『おっちゃん』呼ばわりが地味に辛かったりする。
「『盗み』って言い方は良くないぜ、おっちゃん。『盗掘』であっても『盗賊』じゃねぇ。それがアタシのポリシーだ!」
山と積まれた鉄くずの傍で胸を張って少女は言うが。
「『盗掘』だって盗みだよ……」
まったくその通りである。持ち主の大半は死んでいるか、はたまた遠くまで逃げ去ってはいるが、盗みは盗みなのだ。
「とはいえ、お前(まい)さんがたが居るからこの町は成り立っているんだけどね。どれ、荷台を見せてみな?」
『町』なんて呼んじゃあいるが、ここもかつての難民キャンプの一つ。
それが『町』と呼べる規模にまでなっているのは、クズ鉄を回収・分別して分配し、建物を建てたり、生活に必要な道具に作り替える仕組みがあるお陰である。故にこそ、この町における『盗掘屋』は無くてはならない存在であった。
「ありゃ、正真正銘の鉄くずばっかじゃないか! 魔道具の一つもありやしない!」
査定、と言ってもかなりの量の鉄くずである。ライカにもわかるような金目のものは分けて持ってくるにしろ、そうでなければ今回のようにまとめて持ってきて『魔道具を選別する魔道具』で探し出すのがいつものやり様であった。
「あのライカちゃんも不調かい?」
割合勘が良いライカはこの町の盗掘屋の中でも屈指の稼ぎを誇っていたが、ここ数日は大したものを持ってこない。そのことに不審を感じてトーマスは尋ねた。
「いやいや、ここのところ世話になっていた『狩場』が引き揚げ時でね。屑鉄ごっそりかき集めてきただけだよ」
それなら確かに納得がいく、頷いてからトーマスはもう一つ質問をつなげる。
「なるほど、ちなみに次のアテは?」
「アタシのことバカにしてんだろ、それを教えちゃ食っていけないよ」
万が一にも手癖のよろしくない他の盗掘屋に聞きつけられれば、横取りされてしまうかもしれない。同業同士では、そういう所がシビアなのだ。
「言う割に、オレのことは信頼してくれてるみたいだけど?」
今だって現に愛機と自分の取り分を全部預けている。多少戦闘の心得こそあるがライカは少女でトーマスは元正規軍人。強引に奪い取ろうと思えばできないことはない。
「つっても、おっちゃんなんて育ての親みてぇなモンだしなァ。商売敵ってわけでもないから警戒しようもないし、どっちみちこの時代じゃズルして儲けたって知れてるしな」
世界全体が戦争によって疲弊して、貧乏なのだ。大金があっても使い道はないし、他が協力している中で一人だけズルをしたって、周りから袋叩きに合うだけ。
ならば、程よい程度の競争となれ合いをすべきである。それがライカの気風だった。
「微妙に男前な性格、相変わらずだねぇ……」
年頃の娘に向けるべき形容かはさておき、実際ライカは男前な少女であった。
己のことには程々にしか執着せず、優しさと度量を持って他人に接する少女であった。
「『先取りされちゃあ敵わない』なんて言ってる時点で、アタシも十分女々しいよ」
言った頃合いで、トーマスの査定が終わる。軽くメモを取り、ライカに声掛けした。
「今日の料金渡すから、中心街までついてきて!」
町の顔役、ということもあって中心街に大きな事務所を持つ彼は、そこで査定料金を渡すことにしている。歩く分手間だとしても、お金を盗まれないようにやむを得ないことなのだ。
「ちょいと待ってな。今コクピットにロック掛けていくから」
言うや、コクピットの魔道式ロックを閉じ、上からさらに南京錠をガチャリとかける。
魔道式ロック自体、二年前にトーマスがライカ専用に設定してくれたものなので他人には開けられないが、『念には念を』と言う奴である。
「とりあえず今晩は、掘り尽くし祝いに盛大に食うかな!」
呑気なことを呟きつつ、ライカはトーマスを追って駆け出した。
「結局これだけの稼ぎかよーッ! 畜生!」
これだけ、なんてライカは言うが握りしめられているのは大銅貨が五枚。銀貨の半分にして、三食食っても宿を付けてもいくらか浮く金額である。
「っしゃァ、母ちゃんのところに食いに行くか!」
元々、軍の食堂にいたんだとかなんだとか言う義母の店は、おかげでこの町でも指折りの――と言っても食べ物屋自体少ないが――美味しい店であった。
ちなみに、数年前にライカが自立を宣言したのでライカの財布が逼迫しない限り家族割なんてないし、堅実に稼いでいるライカにはそんなピンチは訪れた試しがない。
「ええと、こんだけあれば……。まずは、肉だろゥ、あと果実水もあると嬉しいな。それから、それから……」
掘り尽くした、という事でトーマスが色目をつけてくれたことを露知らず、指折りして今晩の献立を考えるライカ。彼女のことはしばし放って、この町の事情を説明したい。
この町の人口の半分近くは、実のところ二十歳前の子供である。彼らは戦時中に生まれた孤児であった。
残りの半分、大人たちは最前線にいた生き残りで有ったり、或いは『事情があって死んだことになっている』者たちである。
概ね全員が行く当てのない、もしくは帰れない者たちであった。
似た境遇故か町人たちは団結が強く、保護した子供たちの手前で陣営同士の醜い争いを見せるわけにもいかなかった為に、今なお『空白地帯』に根を張っているのである。
ただ、そのお陰と言うべきか。彼らは、とかく町を盛り上げることに余念がなかった。
建物を建て、掘り起こしたGGを裏組織に売ってお金を稼ぎ種や家畜を買い、『水を生み出す魔道具』を探して来て、畜産・耕作を行う。
そういったわけで、『D85番地』と呼ばれるこの町は、この時代としては有り得ないほど治安の良い町であったし、『空白地帯』でも食糧事情はとてもいい町であった。
で、何が言いたいかと言うと。
「うん、うん! 今日も肉がうまい!」
ライカが大枚はたけば、一羽近い量の鶏肉を食べられる程度にはこの町は栄えていたのであった。
「母ちゃん、果実水おかわりー!」
大したことじゃないって? 腹いっぱい食べるのは、この世で一番大事なことさ。
「さーてと、どうしたモンかねェ」
昨日はトーマスに思わせぶりなことを言ってみたものの、ライカには次のアテなどない。気性は良い物の学のない彼女には『地図を書く』とか『困ったときのアテにする』という考えはなく、今まで見つけた狩場はあまさず掘り尽くしてきたのだ。
と言う訳で、次の『狩場』を探してGGでお散歩中である。
ちなみに、『戦時中の地図は?』と思うかもしれないが、建築用としても優秀なGGで小規模な基地やトーチカを立てまくったせいで、当時の地図などアテにならないのだ。
「あーッと、そろそろ『境界線』だな」
何がどうしてそうなったのかライカは知らないが、両軍壊滅の原因は最前線で起こった『大暴走』(スタンピード)と呼ばれるGGの暴走事故のせいらしい。その最前線跡が、もう間もなく。
ここからもう少し行くと、普段ライカが漁っている『革命軍』基地ではなく、『維持軍』基地の乱立する地域へ入ってしまうことに気付いて、GGの踵を返す。
「こっから先は、テレーヌ領だからなァ……」
大戦中に中立派とよばれた貴族の一人である。最前線付近に領土があるというのに中立を貫いた豪胆かつ寛容な領主だそうだが、流石に勝手に侵入するわけにもいかない。
愛機を百八十度回転させたところで、太陽の位置と時間から自分が南西に進んでいたことを悟った。
「って、アレ!?」
そこで、ライカは視界の端に妙なものを見つけて機体を止める。
土煙だ。規模からして、GG数機だろうか? 群れてこちらへと向かってくる。
「……盗賊だな、戦うか。いや、GGに傷をつけると叱られるなァ」
盗掘屋同士は稼ぎが減ることを嫌って滅多に組まないないから、間違いないだろう。
コクピットの中で小さく頷き、ライカは機体を九十度回転させる。今日はもう帰ろうかと思っていたが、予定変更。このまま『町』までつけられては堪ったもんじゃない。
「幸い、荷台は外してきてるしなァ!」
狩り場探しだけ、と予定を決めてきていたお陰か今日の彼女のGGは身軽である。
「さァーて、鬼ごっこと行こうじゃないのォ!」
アクセルを踏み込み、機体に加速を掛ける。
向こうのGGも土煙程度にしか見えない距離だから、身を隠すという手段もあったのだけれど、ライカは生憎と我慢弱い性質であった。
トーマスが整備してくれている為に、ライカたち『D85番地』のGGはそこらの盗賊より数段マシなスペックである。いくらか走れば逃げ切れるだろう。
「しっかし、この辺りにあんな連中居たかな?」
避けるほどの建築物は滅多に無いので、しばらくしてオートモードに切り替えたライカは、GGの後頭部カメラの倍率を拡大して盗賊たちを観察する。
「アタシのと同(おんな)じ『ゴブリン』一機に、『ヘルム・ギア』二機ねぇ。武器は結構有るじゃない」
GGは不揃いで移動速度からしてもロクに整備もしていないようだが、武器の数だけは有った。後ろの二機はバズーカやら、マシンガンやらを積んでいる。手前の機体の武装は少ないようだが、それでも小銃と、接近戦用の斧を持っている。
「こっちは軽装だし、下手に争わないで正解だったかもね」
治安の悪い荒野を行く都合上、マシンガン一丁に近接用のナタを二つ、ライカも持っていた。負ける気はしないが、機体に傷をつけて帰ればトーマスに何と言われるやら。
その時、タァン! と音が響いた。
「って、撃ったァ!?」
撃ったのは、ヘルム・ギアの一機である。はるか射程外にいるライカに当たるわけもないのに。そう思ってスコープを覗き込んだ時、ライカは微かな違和感に気が付いた。
「アタシの、方じゃない? 銃口からして、アイツが狙ったのは前方にいるゴブリンじゃないかィ!?」
同士討ちかとも思ったが。よく見れば、後ろのヘルム・ギア二体が所属を表すように赤いバンダナを巻いているのに反して、ゴブリンはそうでない。
「あっちが二グループとするなら、追われてるのはあのゴブリンか」
であれば、囮にして逃げよう。そういう考え方はライカにはなかった。
「二対一とは、卑怯じゃアないのさ!」
自分が三人がかりで終われるというなら別に構いはしないが、他のヤツが多勢に無勢で襲われているのは見逃せない。ライカはそういう少女であった。
「手助けしようじゃないの!」
自覚してかはわからないが、軽く笑みを浮かべた彼女は威勢よく反転する。
幸い、連中はこちらの方向へ移動しながら戦闘しているお陰で、ライカが駆けつけるまでには二分足らず。
「あー、あー。聞こえるかィ!?」
ヘルム・ギアの突撃銃の射程に入らないくらいの所で、無線で交信を試みる。
「んだってんだよ! こっちは今忙しいんだよ!」
「テメェも殺されてぇのか!」
先に繋がったのは盗賊の方。威嚇代わりに鉄砲を撃ってくるのを片手間に避けつつ、ライカは無線を調整する。
「おい、逃げてる方のアンタ! 聞こえるか!」
「ザッ……、ザザッ! ああ。聞こえてるよ」
応じたのは青年と言うには渋い男声。
元は軍人だったのか、追われているというのに、落ち着いている。近づいてみて分かったことだが、彼のGGはあちこちに欠損があり、それ故に彼の豪胆さが窺い知れる。
「アタシはアンタに加勢する。事情はよく知らんが、どう見たって被害者だしなァ!」
ライカだって、伊達に何年も『盗掘屋』の仕事をしてきたわけではない。トーマスが作ったGG用のシミュレータで戦闘訓練も受けているし、実戦経験もある。
「行く、ぜェ!」
逃走中のゴブリンとの短い会話の後、スラスタを全開に吹かして一気に接近する。
盗賊の二機の射程に入っても、構いやしない。避ければいいのだから。
ジグザグと進んで、持っているマシンガンの射程まで接近する。
ベテランゆえの丁寧な操縦で、加齢に弾丸を避ける。
「喰らっちまいなよ! クソッタレども!」
「嬢ちゃん、言葉遣い荒いねぇ!」
横手に張り出すようにして、敵のヘルム・ギア二体へのバースト射撃を敢行するライカを、戦闘経験豊富らしいもう一機のゴブリンが正確な射撃で援護する。
「舐めてんじゃねぇぞ、コラァ!」
「オレ達を敵にして生きて帰れると思ってんのか、ゴラァ!」
負けじと敵側もアサルトライフルやマシンガンを乱射するので、散開して避けた。
「おっちゃん、アタシが前に出る!」
「おっちゃんじゃねぇ、ジェイクと呼んでくれ」
「んじゃあ、ジェイクさん! 援護頼むぜィ!」
中距離戦の間合いを保ったまま二手に分かれたライカとジェイク。
リロードの隙をついて接近したライカに合わせるように、ジェイクは反対側に回り込むようにしてマシンガンで援護する。
弾数が少ないのか、はたまた不調(ジャムっ)てるのか、発射音は散発的だったが、その状況でもなんとかやりくりして、的確に敵を妨害していた。
「GGで格闘なんて、できるものかよ!」
「この素人が!」
近づくということはそれだけ避ける余地が減るということだ。盗賊たちは馬鹿にするように呟いて、接近するライカへと銃を乱射する。
「素人だって? ああ、アタシは戦闘については素人だよ!」
盗賊ではないのだ、実戦経験なんてそうあってたまるか。そう言い返すが、彼女の回避行動は明らかに手練れのそれであった。
接近しすぎて避けづらくなるや、ライカは銃を横向きにして盾にしながらもなおも接近。カンカン、と言う薬莢の撥ねる音に合わせて銃がひしゃげ、ライカのゴブリンの装甲に傷が刻まれる。
「馬鹿が、このまま死ね!」
あと数秒も持ちはしまい。そう確信した盗賊が、操縦桿を深く握りこんだ時。
「この間合いに限っちゃ、別だけどね!」
ライカはニィと唇を浮かべ、マシンガンを投げ捨てて上体を倒す。空気抵抗を下げての、更なる加速。ライカから見て手前にいた盗賊の反応を遅らせ、急速に接近したライカは腰裏のナタを引き抜き、斬り付ける。
「うぶぉわ!」
神速の踏み込みは、寸前に放たれた銃弾に背を向けてすれ違うように進んだ。
驚きと共にコクピットの中でのけぞった盗賊が、咄嗟に操縦桿を引いて間一髪で躱す。
「ヒュー。一撃目を避けるたァ、いいね。そう来なくっちゃあ!」
やはり自覚なく、好戦的な笑みを浮かべたライカ。
その時。
「嬢ちゃん、殺すなよ!」
何を思ってか、ジェイクが声を挟んでくる。
格闘レンジでの一発は敵の銃弾・己の刃問わず、ほぼすべてが致命傷。一瞬を競う命のやり取りに、『殺すな』とはあまりな一言であったが、
「わァってるよ!」
何故だか既に確信していたように短く返して、盗賊に再接近。
声に滲むは、この射程でなお不殺を貫けるという自信と覚悟か。
「らァ!」
後ろに跳ぶ盗賊より、前に進むライカの方が早い。
「ん何ぃ!」
盗賊が悲鳴を上げる中、抉りこむようにU字にコクピットのまわりを切り裂き、機能停止に追い込む。
エンジンも傷付かず、パイロットにも被害を出さない。針の目を射抜くような芸当であるが、それをできるだけのGG操縦の才能と『目』をライカは持っていた。
「んにゃろッ!」
残ったもう一人が怒ったような声をあげて銃口を向けて来るが、既に遅い。
「トロいんだよォ!」
先に破壊した機体を盾にするように回り込んだライカが、横を抜けて突っ込む。
「うわ!」
「これで、トドメだよッ!」
今度ライカが狙ったのは頭部。
一応はゴーレム魔法の一種であるGGは、『人に寄せることで動く魔道具』であるゆえに、重要な術式の集まっている頭部を破壊されると動けなくなるのである。
「ラァ! 落ちろ!」
右手をよく似振り切った刹那、敵の頭部で小爆発が起こる。
無論、ジェイクに『殺すな』と言われた通りコクピットには響いていなかった。
「さて、と。とりあえず自己紹介からってところでいいかい?」
日頃荷台をまとめるのに使っているワイヤーで、盗賊のヘルム・ギア二機をまとめ上げてからライカはコクピットを開けてジェイクに話しかける。
ちなみにパイロットである盗賊二人は、それぞれをジェイクが拳銃で脅しながらライカがロープで手足を縛り、彼らの乗機のコクピットに放り込んだ。
「そういや僕(ぼか)ぁ嬢ちゃんに名乗ったけど、名前は聞いていなかったっけね?」
そうであると小さく首肯してから、ライカは挨拶をした。
「アタシはライカ。孤児だから苗字はないよ。……で、『D85番地』と呼ばれる町で『盗掘屋』の仕事をしている」
「『D85』番地……? 聞き覚えがあるな。結構な速度で復興してるんだっけ?」
「ああ、アタシらが掘り起こした武器やGGを売ったり、或いは屑鉄を加工して生活に役立てているお陰でね。生きて行くには困っちゃいない」
「なるほど、中々良い『町』じゃないか」
ジェイクが町という言葉に込めたニュアンスは、『どうせ規模のでかい難民キャンプだろう』と言う侮ったものであったが、気にせずライカは続ける。
「で、ジェイクさん。名前以外にも教えてもらえるかい?」
これはライカ自身が、ある程度の実戦経験を積んだGG乗りで有るからわかることだが、このジェイクという男はとても強い。
初めて出会ったライカとのコンビネーションといい、ボロボロの機体であれだけ動かせていた事といい、それに何より『殺すな』が通じるライカの技量を見抜く目である。
これでただの一般兵を名乗るなら、戦時中はとんだ修羅の国であったことになる。
「ああ、失礼した。革命軍第一軍・アブレウ大隊所属のジェイコブ・アリソン大佐であります! ……ってぇのは二年ばかし古いな」
ふざけたような敬礼で呵々と笑った後、男は無精ひげの顎を撫でて言った。
「僕ぁ、ただのジェイクでいいよぅ。旅人・ジェイクだ」
「軍は辞めたってことかい?」
ライカがジェイクの技量をいぶかしんでいるからこそ、あえて階級名を告げたらしい。
そう悟って、一応の確認を籠めた質問をするとジェイクは大きく頷いた。
「ああ、辞めたね。ついでに人殺しもやめた。どうにも臆病なもんでねぇ、きっと気性に合わなかったんだろうさ」
人殺し、そう言った時にわずかに表情に影を落として、しかしすぐにジェイクは剽軽な表情に戻す。妙に他人事のような言い方もまた、剽軽さに拍車をかけていた。
「というか、嬢ちゃんこそよく咄嗟に受け入れられたもんだね。『殺すな』なんて、この『空白地帯』じゃあ言われないだろぅ?」
そう尋ねる彼に、ライカはかぶりを振って否定する。
少しムッとしたような表情を作って
「殺すのは流儀に反するもんでね。『盗掘』であっても『盗賊』じゃない。やむを得ない状況でもないってんなら、『殺し』も『見殺し』もまっぴら御免だね」
母の言葉を引用した、でもどこかプライドのある口上にジェイクは頭をかいて謝る。
「悪かったよ、甘く見てた。嬢ちゃんのその信条のお陰で僕も助かったってぇ所だな」
「よく言うぜ、ジェイクさん。アンタの腕ならどうとでもなったろうに」
「僕もどうにも、殺すのは好かなくてね」
もちろん、『殺して』良いのならジェイクが切り抜ける方法はいくらでもあった。ただ、それができないのが彼の弱みなのだ。
後ろから追ってくるGGに撃ち返さなかったのは、『当たらないから』ではなく『万が一にもコクピットに当たりかねないから』であったのだ。それが、臆病という事。
「だから、事実だよ。嬢ちゃんの信条に救われたのは、紛れもないのさ。ありがとう」
「いやいや、アタシのも実のところ受け売りだけどね」
今度はライカが頬を掻く番であった。舐められるのは気に食わないが、褒められると気恥ずかしい。なかなか難しい年頃である。
「受け売りって言うと、誰のだい?」
「……名前は知らないし、顔も覚えてないけどね。昔アタシを助けてくれた人。終戦直後の動乱の中で命を救ってくれて、『D85番地』まで連れてきてくれた軍人さん」
しんみりとした表情で語るライカの胸の裡では、しかしそこまでの思い入れはない。小さすぎて覚えていないためだ。
「へぇー。ピンポイントな言葉だけ、よく覚えてるモンだね」
「いや、覚えてたのは育ての親の酒場の女将さんさ。アタシは後から聞いただけ」
「そいじゃあ、受け売りの受け売りじゃないか」
「上手いこと言うねェ、ジェイクさん。……ところで、『人殺し』が苦手な御仁がこの荒野で一人旅をしているなんて、一体どうしたってんだい?」
『空白地帯』の治安はお世辞にもいいとは言えない。
戦闘面で大きなハンデを負っているジェイクにはお世辞にも易い道ではないはずだ。
「少し、探し物をしていてな。もしよかったら、『D85番地』に寄りたいんだが?」
何か隠しているような言い回しでもあったが、『殺すのが怖い』という言葉には真実味を感じたライカである。人的被害の出るような厄介事にはならないだろうと判断した。
「まぁ、ウチは来るもの拒まずだから良いよ。ただ、町には旧・維持軍のおっちゃんたちもいるから、それだけ気を付けてもらえると嬉しい」
「そこら辺はわきまえているつもりだよ」
ジェイクも伊達に長旅をしてきたわけではないのだ。従うと告げて、頷いた。
「いじゃ、いこっか!」
日が傾むくにも早い時間に、それぞれにGG一機ずつを背負って町への帰路についた。
「オーライ、オーライ! ライカちゃん、GG二機はそこら辺に下ろしといてくれる?」
ライカたちが町について最初にやったことはジェイクが敵ではないと伝えることと、背負っている二機のヘルム・ギアの中に捕らえた盗賊が居ると伝えることであった。
いや、その更に前に予想外に『町』に大きかった規模に驚いていたジェイクに喝を飛ばすのが先であったか。
「初めましてだな、旅人さん。オレはこの町のまとめ役の一人みたいなもんをさせてもらってる、トーマスだ。名前を聞いても?」
ライカは内心で、『ただの査定屋じゃないか』とも思ったが口には出さなかった。顔役と名乗った方が、外から来た人間に対しては都合がいいためである。
「初めまして、トーマスの旦那。僕ぁ、ジェイコーーもとい、ジェイクと言う。職業は、見ての通りの旅人さ。しばらく世話になるが、よろしく頼むぜぃ?」
「ああ、ジェイク。よろしくな」
お互い名乗ってから、トーマスが空いている隙間へと誘導し、彼のGGを停めさせる。
「ところで旦那、一つ確認したいんだが。いいかい?」
「ああ、質問は構わないけど。『旦那』ってのはどうにもむず痒いから、よしてくれ」
確かに少し妙な言い様であった。大体同じくらいの年ということもあって、トーマスは少し不満そうな仏頂面である。
「すまんね。昔の友人の口癖が移ったみたいだ、気を付けるよ」
「そうしてくれると助かる。……で、質問ってのは何だい?」
トーマスが問うたのに対し、ジェイクは神妙な顔で告げる。
「その、捕らえた盗賊のことなんだが。殺したりとかは、しねぇよな?」
「ああ? 妙なこと聞く御仁だね、お前さん。他の街では知らないが『迷惑料むしり取る』ってとこまでがウチのルールだ。あとは町に居つくんでも、出てくんでも好きにしていい。再犯なら色々考えるけど、こっちに人的被害が出てないなら命までは取らないさ」
ライカと同じようなことを言うトーマスに、ジェイクは表情を緩める。
「そうか、ありがとう」
ジェイクが心底ほっとしたように呟き、胸元のあたりを抑えるのを見てトーマスが奇妙に思っていると、GGを縛っていたワイヤーを回収したライカが横合いから口を挟んだ。
「おっちゃん、ジェイクさんは戦時中のトラウマだか何だかが原因で、『殺す』ことに抵抗があるんだとさ!」
「はぁ、お前さん大変だね。そんな調子でよくこの荒野を抜けてこれたもんだ」
言われて気恥ずかしがるように首筋を掻くジェイクを見て、『むしろ殺さず無力化する腕が恐ろしいとも言えるな』と思いつつ、トーマスは彼に街を案内し始めた。
「ちょ、おっちゃん待って! アタシもついてくから!」
「ライカちゃん、お前さんは居残りだよ! その二機から、魔導力炉(エンジン)とコクピット抜き出しといて! そのまんまじゃ使えないし、重要パーツは売り払うから!」
GGの手でもできる仕事をライカに押し付けると、今度こそトーマスは歩き出した。
「へぇー。いい町だねぇ」
一通りの案内をしてもらったジェイクは、酒場でトーマスと一息ついていた。
彼の嘆息は本心から来るものであった。町を守る長大な外壁。たった数百人とはいえ、まともな家に住む人々。十分、戦前の小規模な街の姿へと復興を遂げていたからだ。
外壁がやけにデカいのだけは妙に気になったが。
「終戦から五年、その全部を復興につぎ込んでいればこれぐらいにはなるモンだよ」
こともなげに言うが、トーマスの膨らんだ小鼻は自慢げな様を隠せていない。事実、、この町への彼の貢献はかなり大きいのだ、町を褒められることは何よりも嬉しい。
「しかし、終戦直後から人々が団結できてたなんて、余程の事情があったのかい?」
「一応言っとくと、この町じゃ終戦以前のことを話すのはご法度なんだが……。大した理由はないさ、ただオレ達はたくさんの孤児を抱えていてね。子供たちの前で大人が醜い陣取り合戦をするわけにもいかなかったから、陣営問わずで団結できたのさ」
「ヒュー。かぁっこいい」
ジェイコブが茶化すように口笛を吹けば、トーマスは苦笑いで返した。
「からかわないでくれよ」
そのやり取りは、ともすれば十年来の友人同士のよう。いや、そう見えさせるだけのトーマスの包容力が、この町を作り上げたのかもしれない。
「ともあれ、ウチの街はこんな感じだ。他に何か聞いときたいこととかないなら、オレは仕事に戻るとするよ」
これでも忙しいのだ、そう言ってトーマスは己の肩を揉む。
「あ、最後に一つ。ライカの嬢ちゃんもその孤児の一人なんだって聞いたが……」
ふと思いついたように、ジェイクは問うた。トーマスには、いささか演技臭く見えた。
「だから、戦前のことは言いっこなしだって言うのに」
「いやいや、僕が聞きたいのは彼女を連れて来たって言う兵士についてだよ。その後どうなったか知ってるかい?」
一瞬彼の表情によぎった陰は、何ゆえのものであろうか。
「知らないね。故郷にでも帰ったんじゃないのかい?」
「ならいいんだ」
落胆したような、でもどこか安心したような表情を見せたジェイクの裏を探るようにトーマスは目を瞬かせ、それから席を立った。
考えてもわからないことは考えない、それがトーマスの知る長生きのコツである。
「おいじゃ、オレは行くぜい」
「ああ、仕事頑張ってくれ」
「トーマスか。それでメカニック……。トムス・アレイ? 考えすぎか」
呟きながら記憶を漁って、ジェイクは首を振る。
彼が呟いた名は、かつて敵対していた『維持軍』でも第一人者と呼ばれたGG技師にして、維持軍の英雄的GG・トルク・ギアのメインメカニックでもあった若き天才である。
「いやいや、あの男がこんな辺境にいるはずもない」
もしそうであったなら、『探し物』の重要な道しるべとなったであろうに。
「ま、今更探したところでどうなるもんでもないがな……」
それでも探したいものが彼には有る、だから無理して『空白地帯』まで来たのだ。
「『魔法使いの才能(タレント)』、『黄金期の複製品(ゴールデン・レプリカント)』……」
どうせ聞かれても、理解できる人間などいないだろうと彼は呟く。
「ま、のんびり探すとするかなぁ!」
口にして、トーマスが奢ってくれたコーヒーを飲み干す。なぜかとても、不味かった。
「飲めたもんじゃねぇなこれ!」
本当に、不味かった。
ライカの知らないところで陰謀に巻き込まれていく予感もしないでもなかったが……。
「しっかし、どうせ見つかんない気もするしなぁー。いっそ、仕事見つけてしばらくこの町で働くとするかな!」
やっぱ起こらないんじゃないの、大事件。
『D85番地』、人口一人増。なお、ベテランパイロットの模様。
「ふわぁー! 結ェ局、今日も見つからなかったでやんの」
時は移ってその翌日。時刻は既に夕暮れ時、ロクな成果もなく帰って来たライカはため息とも欠伸ともつかぬものを吐き出し、肩をゴキゴキと回していた。
そもそもからして、狩場探しは一・二週間かかることがザラなので焦るほどではないのだが、目に見える成果がないと背中が痒くなる。
「いっぺん、帰りますかねぇ」
ライカが暮らしているのは、いわゆるアパートと言うよりは寮に近いそれである。孤児率が高いこの町では、大概十歳くらいで自分の仕事を見つけるか養親の仕事を手伝うようになるのだが、その内の前者には格安の住まいが用意されているのであった。
「よぉー、ライカ! 今日も『お散歩』だったんだってな?」
寮につくなり話しかけてきた少年・エドウィンはライカの一つ上の幼馴染である。
「……エド。アンタだって、ちょいと前までは似たようなもんだったじゃないか」
二人が言うところの『お散歩』とは狩場が見つからずにただGGでウロウロすること。
つまり、エドも同業の『盗掘屋』であった。その上この寮でも隣同士だったりする。
「大体、エド。アタシはアンタと違って貯えがあるんだから、少しくらい休んでたって困りゃしないのさ」
「そうそう、その貯えを見込んで頼みごとが……」
「金なら貸さないよ!」
「まだそうだとは言い切ってないじゃないか!」
「『貯えを見込んで』と言ってる時点で、金貸しの依頼に他ならないじゃないか!」
「ま、事実そうだけどさ……」
「大体、無駄遣いが過ぎるんだよ! エドは」
金がないなんて言っているエドではあるが、特段量を食べるわけでもなければ、ギャンブル中毒と言う訳でもない。と言うか、この町に賭け事ができる施設自体がない。
「それでも……。それでもっ、手に入れたい歌姫(ディーバ)の記録水晶があるんだ!」
歌姫の記録水晶と言うのはアイドルのDVDのようなものと思ってもらっていい。
そう。この男、いわゆるドルオタであった。
「ハァー! これだよ。で、今度はアゲートちゃんかい? メルケーちゃんかい?」
この時代、吟遊詩人と言うものもかなり種類の幅が広がっており、その中でもエドがぞっこん惚れ込んでいるのが、美少女が歌って踊るタイプの歌姫(ディーバ)であった。
ちなみに、大概の男共は粋がって『吟遊詩人』とだけ呼称する。まぁ、ちょっとエッチな青年漫画でも『少年漫画』と呼んでしまうのに近い心境である。
「いいや、今回はアゲートちゃんでもメルケーちゃんでもない! メルキスちゃんだ!」
「アタシにゃ、区別がつかないよ」
概ね真面目な幼馴染なのだが、如何せん趣味が好ましくない。しらーっという表情になるライカである。別に悪いとまで言わないが、女性からすれば少し嫌なものがあった。
区別できぬと言う割にいくつか名前を挙げてしまえるのは、それだけエドに話を聞かされた怪我の功名である。
「ライカだって知ってるだろう!? あの手の記録水晶は、行商たちが持ってきてくれる時に買っとかないと、次のチャンスがないかもしれないんだよ!」
「ああ、よく知ってるよ。耳にタコができるほど聞かされたからねぇ」
この町にも月に数回は行商がくる。GGの護衛なしでは通れない『空白地帯』と言えど需要があるなら商人はやって来るし、娯楽品や薬の需要が尽きることはない。
「ある程度広い町まで行ければ、ライブも見ることが出来るけどさ! それにはたくさんお金がかかるし、だから記録水晶だけは何としても手に入れたいんだよ!」
そもそも、終戦扱いになっているとはいえ各軍上層部は未だに敏感であるし、『空白地帯』に住んでいる人間に市民権が認められているかは怪しい所である。自前のGGで接近すれば迎撃されかねないが、行商などに連れて行ってもらうのには大金が必要となる。
「あーあー。そこら辺の事情は分かってるよ。返すアテがあるのも知ってるし……。そうだねェ、銀貨五枚まで!」
なんだかんだ言って折れるライカ。これで今、エドに狩場がないなら悩み所であるが、狩場があるうちは一日で一週間分の生活費は稼げる。だから、大丈夫だろうと踏んだ。
「それだけあれば十分! いや、三枚貸してくれればいいです!」
途端にパァっと、エドは笑顔に変わる。邪気が無さすぎて、少し眩しく感じた。
「(趣味ってのはいいモンだねェ……)」
最も、根底にあるのがドルオタだと考えれば微妙な気分だが。
「貸してもらう側が『いいです』ってのはどうなんだい?」
「いや、貸してください!」
「ま、アタシとしちゃ言葉の厳密性はどうでもいいんだがねェ」
ライカとしては、からかってみたくなっただけである。云々言いだすなら、自分だって年上の彼に敬語を使うべきであるし。
「しっかし、推しがコロコロ変わるってのはどうなのさ? もちッとは、一途になれないもんかねェ」
「それはそれ、恋人じゃないんだからさ。まぁ、品ぞろえの問題とかもあるけど、『娯楽品だ』って考えると乗り換えやすいって言うかね……」
「アンタ、女を娯楽品だなんていうんじゃないよ……。ゲス野郎と思われるぜ?」
「うるさいなぁ。言ったらライカだって、戦闘狂のシミュレータ大好き人間だろう?」
シミュレータ、と言うのはGGのシミュレータのことを指す。ライカは暇つぶしに良く遊んでいた。この町におけるゲームセンターみたいなものともいえる。
ちなみに、才能に恵まれた彼女の戦績はトップクラスで、過去には正規パイロットであった町のおっちゃん達相手に百人抜きを達成したこともあった。一対一の連戦だけど。
「んだって? 『殺し』と『シミュレータ』は違うんだぞ! アタシは別に誰かを殺したいからやってるわけじゃなくて、ただ強い奴と戦うのが楽しいからやってるだけで!」
「それを、戦闘狂って言うんだろうに」
ちなみに件のシミュレータ。元々はトーマスが子供たちにGGの扱いを学ばせるために作りだした物であったが、要望で対戦機能などを追加していった結果として事実娯楽品に近付きすぎている面もあったりする。
「だぁー! やっぱりエドとは趣味が合わない! とにかく、銀貨三枚でいいんだね?」
ここで意地を張って『貸さない』と言わない辺りが、ライカの素直なところである。
「ああ、癪だけど貸してくれ!」
そして、『癪だけど』と言っちゃう辺りがエドの素直じゃないところである。
と、二人が軽い言い合いをしていると。
「ちょっとエド、またライカからお金を借りてるの? いい加減にしときなさいよね」
二人が軽口をたたき合っているその隣から出てきた彼女はルーシーという。エドと同い年にして、こちらは裁縫を生業として服の修繕で商売をしている少女である。
「あれ、ルーシーじゃん。今、仕事大丈夫なのかィ?」
ライカが気にかけた訳を説明すると、朝方から昼過ぎに衣服を預かって翌日には繕って帰す仕事である彼女は、日が傾き始めてから夜半までが最も忙しいのだ。
「あなたたち二人が騒いでるから集中できないのよ! 私達だって、もう大人なんだから少しは落ち着きなさいよ」
「ま、大人って言うにはアタシはまだ早い気もするがねェ……」
「おれだって、別に成人じゃねぇぞ?」
この世界における成人は十七歳。帝国の学校制度の都合で生まれた習俗である。
「一歳二歳の差でごちゃごちゃ言わない! お酒が飲めないってだけで、普通に働いて自分のお金で生活してるんだから節度を持ちなさいって話よ」
「それは、そうだけど……」
娯楽品が高いとはいえ、のめりこみすぎであることを否めないエドがシュンとすれば、代わってライカが反発した。
「でも、アタシは怒られるほどのことはしてないぜ?」
「あなた、昨日またいらない戦いに首突っ込んだでしょ? 聞いてるんだからね!」
「それは、多勢に無勢だったからで……」
こうなると、日ごろの男前っぷりも形無しである。
自分を心配する声を無碍にできる性格ではないのだ。
「それだって、町に助けを求めることぐらいはできただろうし、襲われてたパイロットも強かったんでしょ? ライカは目だけは良いんだから、それぐらいわかったでしょうに」
「そうだけどさァ……」
仁義や人情というものがわからないのかとライカが反論すれば、そんなものを一介の少女が背負おうとするなと言い返された。
「もう大人とはいえ、か弱い女の子の自覚を持ちなさいな……。まったく」
反論できないことにルーシーは事実お淑やかであり、しかも趣味が裁縫で毎日仕事が楽しいというのである。ぐうの音も出ない。
「「ぐぬぬ……」」
いや出た。ライカとエドがうなっているうちにルーシーは部屋に引っ込み、次いで二人もそれぞれの部屋へと戻る。
「ったく、どうにもアイツらにはわかんねぇモンが有るってんだよなァ……」
ぶつくさ言いつつも、二人が心配していたり気にかけてくれているのは理解しているので、内心嬉しいライカは頬を緩める。
「今晩は何を食べに行くとするかなァー!」
荷物を置くと、再びドアを飛び出した。
「よう、嬢ちゃん。今日はもうお帰りかい?」
「んー。ああ。不作だったからね、たまには息抜きをしようと思ってね」
昼過ぎ。ライカは少々早めに仕事から帰ってきていた。
「息抜き? ふーん……」
納得したような表情をしつつも、ジェイクはどこか探るような様を見せる。それに気 付いたライカが先手を打って尋ねた。
「ジェイクさんこそどうしたんだい? こんなところで」
「いや実のところね、その『こんなところで』が良く判らなくって……」
「良く判らないたァ……? おっちゃんに道は一通り聞いたんだろ?」
「そう意味じゃなくて……。この建物のことだよ」
二人が立ち話をしているすぐ傍にある建物をジェイクは親指でクイと指し示した。
「妙にガチャガチャと騒がしいわりに、酒場って言う風体でもない。さっきから入ってく人を見れば大人も子供も半々ぐらいだから賭博場ってわけでもない。流石に冷やかしで入るのも気が引けるから外で見てたが、一体何のトンチだね?」
「ああ、なるほど……」
納得したようにライカは頷いて、それから指を一本立てた。
「まずは入ってみよう、話はそれからだぜ」
中に入ると、人一人優に入れそうな大きさの球体が十個ほど、等間隔に並んでいた。
奥の方にはカウンターなどもあるようだが、まず目を引くのは謎の球体である。
「何だってんだい?」
邪教の祭壇かと身構えるジェイクに向かって、落ち着かせようとライカは微笑えんだ。
「コイツはね、シミュレータだよ」
「は、はぁ」
ジェイクの中にはシミュレータという概念はなかった。まあ無理はない、GGの普及直後に兵士となった彼にとっての訓練は実践訓練のみであったし、実際この町にある物も戦後にトーマスが思いつきで作った物だからだ。
「まあ、つーわけで。将来的にGGを使う仕事をするだろうアタシらのために、トーマスのおっちゃん達が作ったのがこのGGシミュレータなんだよ」
ちなみにだが、GGの操縦系統は結構規格化されているため、特殊機能や変わった武装以外は同じコクピットシステムで動かせるようになっている。
「大体わかったが、仕組みはどうなってるんだコレ?」
「詳しくはアタシも知らないけど、GGのコクピットスクリーンに幻影魔法の魔道具を組み合わせてどうたらって言ってたよ」
その言葉を聞きながら、ジェイクは思考を巡らせる。
この数日見て回った限りだと、この町の娯楽品の大多数は行商が持ってきてくれるカードや記録水晶の類が主であったはず。全体的に貧しいということもあって、賭場の類は存在せず、行商から買うのは幾分もお金がかさむ。
「つまり、訓練用だったのを娯楽品としても利用できるようにしたってぇ所かぃ?」
「そうそう、そうゆー事!」
大正解、と軽く拍手をしてライカは挑戦的な笑みを浮かべる。
「アタシより少し下ぐらいが、この町に引き取られてきた孤児の最年少でさ、そういった連中が昼間に訓練用として使い終わった後の夕方くらいからは遊びに使っていいことになってるんだよねぇ。ま、有料だけど」
そして矢継ぎ早に言った。
「ところでジェイクさん。このシミュレータ、やってみたくはないかィ?」
面白いことを何よりも好むジェイクに否はない。
「勝った方が晩飯のおかず一品奢るってことでどうだ、嬢ちゃん?」
「何なら一食でもいいぜェ?」
言うと、二人は目の前でちょうど空いた筐体へとそれぞれ躍り込んだ。
「なるほど、コイツぁすげぇや。機体だけじゃなく、装備まで選べるのかい?」
トーマスが作ったというシミュレーターの出来の良さに、ジェイクは感嘆の声を上げた。その向かいのコックピットから、ライカがちらと顔を覗かせて自慢げに鼻を鳴らす。
「だろう? 訓練用の時はそうでもなかったんだが、おっちゃん曰く『娯楽用にしようと思ったいくらか興が乗った』らしくてね、中々良い出来なんだぜ」
碌すっぽ魔道具の構造も知らない少女が言っていると思うと、腹が立たなくもないが。装置のすごさに圧倒されているジェイクは気にも留めていなかった。
「アタシが普段乗ってるのはゴブリンだけど、『オーガ』の方が好きなんだよねェ」
GGの名前はいわゆる『暗号(コードネーム)』としての側面もあり、強さを理解しやすくするためにも、革命軍は好んで魔物の名前を使っていた。
ちなみに、ゴブリンは初中期に使われていた格安量産機。オーガはそれをベースに再設計して作られた格闘用GGである。
「ふーん……。じゃあ、僕は『コボルト』で」
「おいおい、ジェイクさん。コボルトは無ェだろう。負けても文句は聞かないぜ?」
コボルトは主に築陣補助や建築・果ては鉱山などでも使われていた『土木作業用』GGである。訓練用には良いのだが戦闘用でないため、そのスペックは推して知るべし。
だというのに、ジェイクは全く意に介した様子も無く自信満々である。
「使えるように設定されてるってんだから、良いじゃねえのさ」
「ジェイクさんが強いのは知ってるけど……。バカにしてると痛い目見るぜェ? それとも、晩飯を奢ってくれるつもりだって言うのかィ?」
挑発にも動じることないジェイクにライカの中でむくむくと負けん気が膨れ上がる。
一つ、この思いあがった男にお灸をすえてやろうじゃないか。いわゆる『ガチ』編成でGGの武装を組み上げると、戦闘開始のボタンを押す。
「約束、忘れんなよな!」
「嬢ちゃんこそ!」
ライカがコクピットの扉を閉めると同時、スクリーンが移り変わって基地跡だろう廃墟とそこに立つ一機のGG――ジェイクのコボルトが映される。
さしものジェイクも武装だけはまともに揃えてきたか。見える限りで言うとビーム・ソード(光線剣)、ショットガン、バズーカと言ったところか。
「さあ、狩りと行こうぜェ!」
相対するオーガの武装は、彼女が好んで使うナタが二丁。普段使いの実体刃のものではなく、切断性に優れる光線刃のものだ。他は内蔵式グレネードランチャーとサブマシンガン。数多くの街の猛者たちと渡り合ってきた、最強の武装である。
「先手必勝ってね!」
最初に仕掛けたのはライカ。GGを前傾姿勢にして、スラスタ推力を余すことなく使って突撃する。対するジェイクも退きながら銃撃で応戦するが、戦闘用と建築用の差は余りにも大きい。瞬く間に鉄砲を避けられ、格闘距離まで接近を許す。
「何の!」
予測済みのようにジェイクはビーム・ソードを抜刀。ライカのナタと剣戟を交わす。
とはいえ、ライカは二刀流でジェイクは剣一本。一合、二合までは何とか持ったが、三合目ではバランスを崩しかけ、ついに四合目。
「もらった!」
振り切った瞬間に隙のできた脇腹。そこをめがけてライカが切り込もうとした瞬間。
「ところがビックリ!」
ジェイクが剣を持っていない方の左手で何かを操作し、同時にコボルトが有り得ないほどのスピードで後方の廃墟の方へと飛んでいった!
「どういう、手品だよ!」
どう考えても、機体の推力限界を超えている。その動きに驚きつつも、笑みを浮かべたライカは内蔵式グレネードランチャーを撃って、追撃を入れる。
「速度限界なら、避けられるものかよ!」
今度こそトドメとばかりに放った一撃だったが、ライカは二度驚くこととなる。ジェイクは片足を上げるように地面から逸らし、スラスタ推力を使って斜めに避けたのだ。
「まさか、スラスタ移動じゃない!?」
「おうおう、嬢ちゃん大正解!」
ジェイクが斜めに動いたことで、ようやくライカにもそれ(・・)が見えた。銀色の細い棒の様なもの。いや、ワイヤーである。
「そんな武装、GGには……」
なかったはず、と続ける前に無線の向こうからジェイクの声が届いた。
「あるんだよ、コボルトには!」
言われて、ようやく思い出した。昔、まだライカが幼くて町も小さかった頃。建築用のコボルトが腕につけたウィンチユニットで、建材などを運んでいたことがあったはず。
「そんなものを!?」
瞬間、疑問の氷解と共にライカの驚愕は大きくなる。ジェイクは剣戟を交わしながら、後ろも見ずにワイヤーの先端の分銅を飛ばし、的確に背後の廃墟に絡ませたのだ。
「な、コボルトだって十分強いだろう?」
その言葉には頷かざるを得なかった。ワイヤーに限った話ではない。先の剣戟だって、決してジェイクの腕のお陰と決めつけて良い問題ではなく、むしろ『作業現場で器用な動きができるように』作られているコボルトの性能のによる物もあったのだろう。
「だからって、負けを認めるわけじゃないけどさ!」
「良い意気だねぃ!」
どうもさっきからジェイクは守り一辺倒、明らかに手加減している様子である。そのことにライカは警戒し、今度は軽々に近付かず中近距離での射撃戦に持ち込む。
「ワイヤーは確かにすごいけど、連続しては使えないだろッ!」
左のサブマシンガンを薙ぎ払うようにバラ撒きながら、右腕の榴弾砲を撃ち続ける。
命中率がやや落ちるのが難点だが、先ほどのことを考えるならば弾幕を張るのはいい手と言えた。だが、まだジェイクが一枚上手。
「当たんねぇよ、そんなんじゃ!」
サブマシンガンはワイヤーによる牽引で斜めに避け、榴弾は至近距離に近付いたところをショットガンで撃ち落とす。爆発の煙が晴れてジェイクの機体が無傷のボディを晒したところで、ライカは悲鳴を上げた。
「んな!?」
「無理なことは、してないぜぃ!」
確かに、弾の拡散するタイプのショットガンをある程度の距離で撃ち込めば、その拡散の勢いでもって、弾頭を誘爆・無効化することは不可能ではないだろう。
だがそれにはコンマ二桁以下のタイミング調節が必要なはず……。それをなし得たジェイクの技量に、冷や汗をたらしつつもなお笑みを浮かべる。
「今度は、こっちから行くぜぃ!」
言うと同時、今度はライカの直ぐ傍にワイヤーの分銅を投げつけるジェイク。
「移動が直線なら!」
今度こそ外さないとばかりにライカは両手から銃弾を放つが、ジェイクもショットガンとバズーカで応戦してくるので回避せねばならず、当てることができない。
「ここを離れれば、良いってこったろゥ!」
移動をワイヤーに頼っているジェイクでは、分銅が打ち込まれているより先に移動することはできない。そう踏んでライカは推力任せに後退する。
だが、正直言ってジリ貧だ。
「射撃の精度じゃ、逆立ちしたって勝ち目がねぇ。距離を詰めなきゃ……」
格闘だってもしかしたら厳しいかもしれない。だが、せめて戦うなら得意なレンジでやりあいたかった。これだけ見せられたのだ。たとえ一矢たれども、報いねばなるまい。
「行く、ぜェ!」
逡巡は一瞬。
ジェイクが巻き終わったワイヤーを再び伸ばすより早く、接近する。
「オラオラオラァ!」
普段とは違い、直前までナタを抜刀せずにサブマシンガンと榴弾で弾幕を張りながら距離を詰める。ジェイクの射撃は正確だが、オーガの装甲は厚いのだ。バズーカはともかく、ショットガンならいくらか耐えられる。
「今!」
「来るか!」
タイミングを見計らったように両者抜刀、目くらまし代わりに投げつけたそれぞれの銃をお互いに斬り払い、爆炎を抜けて切り結ぶ。
「このレンジでは、負けられないんだよッ!」
ビーム・ナタ二挺を嵐の如く薙ぎ払ってジェイクを牽制しながら隙を探るライカ。
ビーム・ソードでライカをいなしながらも時折ショットガンで攻撃するジェイク。
数秒の拮抗ののち、ジェイクが口を開いた。
「良いプライドだ。感動に値する……。だが、まだまだだぜぃ!」
推力が上回っているお陰で、半ばジェイクの逃げ道をふさぐようにして四方から攻撃を加えていたライカ。彼女がナタを振り下ろした瞬間、コボルトが不自然な挙動を取る。
「なんの真似を!」
「秘儀・『刀狩り』!」
横から払うようにジェイクが光線剣でナタの刃を切り裂き、残った柄が爆発四散した。
「どういう技だよッ!」
ライカが慌てるのも無理はない。ビームと呼ばれる光線系兵装は魔法によって生み出される物。鋼の硬度を持ちながら強い弾性を持つゆえに、力押しでは破られることなどありえない。逆に言えば、なにがしかの確かな技術によって破られた、という事である。
「もう一本も落とさせてもらおうかい!」
光線剣は一度破られると、魔力の反動で柄もろとも弾け飛ぶ。
「させるかよ!」
そのためにライカは、いったん撤退することを選んだ。
次の一撃を貰う前に、空いた右手でサブマシンガンを抜き、すぐさま牽制射を放つ。
「上手いことやるんじゃあなぃの! 嬢ちゃん!」
コボルトの薄い装甲では当たり所が悪ければ致命傷になる。ジェイクが距離を取って避けようとしたところで。
「隙が、見えた!」
腕が上がった脇腹、スラスタの方向からしても回避が間に合わない。ジェイクが見せた大きな隙に食いつくように急速反転したライカが飛び込んだ。
勝利を確信した獰猛な笑み、叫び。だが、応じるジェイクはまだ余裕綽々だった。
「まだまだだね!」
見えていながらも、なおワイヤーを伸ばそうとする。
「間に合うもんかよ!」
廃墟後に投射して、引き寄せ始めるまでおよそ1・5秒。それだけあれば、切り裂くのに十分。躊躇せずにライカが踏み込んだ瞬間。
「だから、甘いってぇの!」
ジェイクのワイヤーが短いまま横に薙がれた。その分銅は重量のままライカのオーガのすぐ後ろを通り過ぎ、次の瞬間にはライカを円心としてぐるりに巻き付いた!
「こういう使い方もあるって、言ってなかったっけ!」
もちろん言っていない。だからこそライカは油断し、こうして捕まったのだから。
「畜生!」
ナタの軌道を斜めにそらしてワイヤーを切ろうとライカはもがくが、一瞬遅い。
致命打を回避したことで余裕のできたジェイクが一閃。
「『刀狩り』!」
横向きのナタを縦にカチ割り、隙のできた頭部にショットガンの銃口を突き付けた。
「勝負、あったな?」
「くぁーっ! 負けた負けたー!」
大敗を喫したライカは文句の一つもつけずにジェイクと共に町の食堂へ直行し、一緒にご飯を食べていた。ちなみにいつもの酒場でないのは、たかが一食とはいえ賭け事に興じたことを咎められたくなかったライカの選択だ。
「しかしジェイクさん、アンタ本当に強いね!」
「ハッハッハ。まぁそれほどでも……あるかな!」
「実際問題、別段コボルトが一番得意ってわけでもないんだろう? こんだけの実力差を見せられちまうと、侮られたことを怒る気すら湧か無ェが、実の所どうなんだィ?」
ライカはかなり直情的なところのある少女であるが、同時に老練の武人や職人に通じる様な潔さと精神的な分別を持った少女でもあった。そのことを好ましく思いつつ、パンをひとかじりしたジェイクは返答する。
「侮っていたか、って言うならそりゃあ侮っていたさ。ただそれだけじゃなくてな……」
「侮っていたことは否定しないんだねェ」
明言に対して、ライカの返事は文言だけ聞けば咎めているかに聞こえたが、相反して表情は好印象を受けたように笑みを浮かべていた。
「そりゃあね、あの『壊滅戦争』を最前線で生き残って今ここに居るんだ。自信の一つもつかねぇ道理がないし、ある程度の自信があれば自分より弱い者への侮りも生まれる。……悪(わり)ぃが僕ぁ、高尚な武人じゃなくてね」
苦笑するように言ってから、ジェイクは続けて言った。
「だけどそれだけじゃなくてね……。なんつーかなぁ、感傷だよ。僕にとって見りゃあ、コボルトってのはちと思い出深い機体でね。久々に乗りたくなったのさ」
「そうなのかい?」
ムシャリと、ライカはメインディッシュの鶏肉をかじって問うた。
「そうだとも。嬢ちゃんには僕の階級を話したことがあったろ? そこに至るまでの長い長い戦いの、最初の一歩。一番最初に戦功をあげた時の機体がコボルトだったのさ」
「へぇ……。なんとも興味深い話じゃないの、ぜひぜひ聞かせてくれよ」
ガツガツと野菜と肉を交互に口に放り込みながらライカは催促する。
「昔語りは余り趣味じゃないんだが……」
対するジェイクは曇り顔、それじゃあ困るとライカは少し粘ってみた。
「ここまで思わせぶりなことを言っといて、お預けはなしだぜ?」
「しょうがないなぁ」
意外とすんなり許諾すると、ジェイクはエール(流石に自腹で買った)を煽って一口飲みこみ、大雑把なところを話し出した。
「まあ、僕が戦争に参加した当時ってのはGGも大分普及してきて、ゴブリンタイプが減って他の機体が増え始めたころだったんだがな。最初、鉱山で働いていたんだよ」
「ってェことは、最初は兵士じゃなかったのか?」
ライカが首を傾げると、ジェイクはかぶりを振って否定する。
「いや、兵士は兵士だったんだよ。ただ、あまりやる気がなかったもんだから上司に後方支援隊勤務で願いを出してね、コボルトでの土木作業がメインだっただけさ。いわゆる、工兵ってぇやつさ」
そんなものなのかとライカは軽く聞き流し、水を一口飲んで続きを促す。
ちなみに、権威主義を嫌い個人を重視する革命軍だったからジェイクの要望が通ったのであって、腐りきった官僚が上にいる維持軍ではあり得ないことだったりする。
「コボルトに乗り始めて二ヶ月くらいの頃だったかな、敵の奇襲部隊がやってきて、コボルトでそれを倒したわけだ。さっきみたいに、ワイヤーとか上手く使って。で、階級が上がった。以上」
「……」
随分と簡潔にまとめられた語りを聞き終えたライカはしばしの沈黙ののち、言った。
「ジェイクさん、がっかりだよ。アンタ語りのセンスがゼロだよ。もちッと吟遊詩人みたいな感じで語っておくれよ……」
「元兵士に、吟遊詩人を期待されてもなぁ」
雑な返答を返すと、むしゃむしゃと。しばし付け合わせのブロッコリーを咀嚼する。
「ま、それから僕もいろいろあったわけだけど。それ以来コボルトなんざ乗ることも無くてねぇ、久々に乗ってみたくなったという訳さ」
「ふーん。あ、あとアレだよ! さっきの『刀狩り』ってヤツ、どうやってるんだい?」
興がそがれた、と気だるげな相槌を返してから一転。ライカがふと思い出したように勢いだって質問をするが。
「秘密だね。どうしてもってんなら、一つだけヒントをやる」
今度はすっぱり断られた。
「んじゃァ、どうしても」
どうにも厄介なところの多い御仁だ、ライカは裡にそう思いながらも渋々言った。
「嬢ちゃん、ビームの構造は知ってるかい? 『魔力にのみ接触可能な特殊結界で熱・斥力変換した魔力を……』つってもわかんねぇよな、ってか僕もいまいち理解できない」
「いや、なんなんだよ!?」
「……ともあれ、まぁビームってのは煮立った湯の詰まったガラス瓶みてぇなモンだ」
「湯ぐらいの温度じゃァ、GGの装甲を溶かし斬るには足りねェだろ?」
「じゃあ別に、溶けた鉄でもいいんだがな。とにかく頑丈で割れやすい入れ物に熱いものがパンパンに詰まってると思ってくれ」
「はァ……」
全容が見えないせいか、ライカには何が言いたいのかよくわからない。
漏らされたないため息も気にせず、ジェイクは言葉をつづけた。
「中身が破裂するギリギリまで詰まってるガラス瓶ってぇのはな、どっか一箇所にヒビが走っただけで簡単に粉砕しちまう。それと同じようにやるのが『刀狩り』の原理よ」
「つまり、一カ所に集中して力を籠めろってェことか?」
「んま、大体そーゆーこと。ビーム・ソードを相手が振る時、動きの関係で『一番力が乗っかってる場所』ってのが剣のどこかに発生する。そこにこっちの力を合わせてやれば、パリンと割れるってぇ寸法よ」
ジェイクは両手をそれぞれ刃に見立てて、右手を大振りに、左手をそれに当てるように動かす。速さでも強い力でもなく、点を突くことが大事だというようにトントンと軽く右手首を叩いて口を閉じた。
「その場所の見つけ方は?」
「んなもんは、自分で見つけろぃ」
ここまでヒントをもらったのだ、あとは自分でやってみよう。フンスと鼻息荒く決めたライカに今度はジェイクが問いかけた。
「僕も自分の話したんだからさ、嬢ちゃんのこともいくらか聞いて良いかい?」
言い様はいかにも怪しいオッサンであったが、悪人でないことは短い付き合いながらもライカもよく知っている。
「まぁ、余程のことじゃないなら……」
なので、そう応えた。その応じように、快く笑顔を見せたジェイクはいくつか気になっていたのだ、と口を開いた。
「まずはアレだな……。一つはトーマスのことだ」
「おっちゃん? 何かあったのかィ?」
特にとぼけた訳でもなく、理由がわからないとライカは問うた。
「いや、僕自身としちゃあどうにもあの人は苦手でね。変わって嬢ちゃんに聞きたいんだが、トーマスが元々どういう仕事をしていたのか、知らないか……?」
初対面では明るくふるまってみたが、どうにも探られているような感覚があって、ジェイクは苦手なのだ。故にこそ、彼自身について知れば安心して、あるいは正しく警戒して接することができると思っていたのだが。
ライカはやや怒ったように眉を吊り上げると、キツ目の口調で切り出した。
「いいかい、ジェイクさん。アタシ、この町に案内するときに言ったよね? 『いろんな出身の人間がいる、戦前のことについては聞かないでやってほしい』って」
その目の色は哀愁と寂しさをはらんだ静かな怒り。次はないぞ、という確固たる警告。
「ジェイクさんはこの町にきて日が浅いから知らないだろうけど、この町の大人たちの半分以上は『帰れないからここにいる』人や『帰る場所がないからここにいる』人なんだ」
静かに、言い含めるように。されど同時に、絶対に譲らないという意思を垣間見せて。
ライカは真剣な表情で語った。
「本人たちが話すというなら、他人が口を挟むことじゃァ、ない。だけど本人たちが話さねェって言うなら、他人が口外していいことでも、ない。わかるよな?」
ともすれば失礼な命令口調。だが、その芯にあるのは町人への親愛の情とそれを支える強い信念である。そして、そこに信念があるからこそジェイクは好んで話しかけるのだ。
「……悪かったよ、嬢ちゃん。今後は反省する」
「別に良いよ、ジェイクさんがこの町に来たばかりなのは理解してるし。ただ、今度やったら分かってるよね?」
別に怜悧と言う訳でもない、されど厳しい視線にジェイクはたじろいで、頷いた。
「ああ。よくよく気を付けよう。で、もう一つ聞きたいんだが」
「注意された直後に話を始められるその根性、嫌いじゃないぜェ?」
嫌味のようにライカは言っているが、竹を割ったような性格である彼女を思えば、むしろ本心で好んでいるのであろうか。先ほどまでの鬼気迫る様相を消し去ったライカは。ジェイクに続きを促した。
「今度は『今の』トーマスの話なんだが。あいつは、GGの修理もやってるのかい?」
そう言えばジェイクのゴブリンは損傷が激しかったな、とライカは思い出した。凄腕の彼をして逃げるだけで精一杯になるほどだったのだ、修理の一つも必要であろう。
「アタシは専門家じゃないからわかんないけど。確かジェイクさんの機体って、相当アチコチにキてなかったかィ?」
「ああ。左腕は丸っと動かねぇし、スラスタや脚部関節もガタガタ。最悪なことに、頭部カメラも両側の二つがいかれちまってる」
ちなみに、一般的な革命軍GGはトロ・カメラと呼ばれる三つのカメラが横に連なった物を採用している。単純計算で視界が三分の一と言うのは、さぞ使いにくいだろう。
「つくづく、良く逃げ切れてたモンだねェ……。ただ、修理は難しいと思うよ」
「それはトーマスの技術的に?」
「いや、アタシにゃ技術はわからんけども。単純にパーツと工具が足りないと思う」
この街では復興に使えそうにない発掘物はほぼ全て外部に売っぱらう事にしている。
「まだ、誰かが拾ってきたGGを丸一台で買った方が目があると思うぜィ?」
「ちなみに相場は?」
「金貨で一本積み」
ちなみに、銅貨十枚で大銅貨一枚、そっから十倍ごとに銀貨、金貨と並ぶので金貨百枚は十万枚である。大銅貨一枚で軽い食事が取れると言えば、ほどが知れるだろうか。
軍時代の俸禄を食いつぶして生きているジェイクには少々難しそうであった。
「足りないねぇ。というか、逆になんでそんな高価なモン嬢ちゃんが持ってるんだい?」
「アタシのはおさがりだよ。母ちゃんが店ェ開く時に売る予定だったヤツをもらった」
ライカの養母もまた、この町ができた当初は『盗掘屋』であったという。
「はぁ、働き者のお母さんなこったねぃ」
「善人かどうかっていうかさ、『あるものでやるしかない』ってェ根性が強い街なのさ」
「はぁーん」
仕事を探すところから始めねばないといけないと分かったジェイクはため息を吐いた。
少し間があって。
「そう言えば嬢ちゃんって、今どこに住んでるんだい?」
「……犯罪的なアレなら、応えねぇけど?」
すわ少女誘拐か、はたまた強盗かと半分ふざけて言うライカに事情から説明しておくべきだったとジェイクは口を開く。
「そうじゃなくて。酒場の養子だって聞いてた割に、住んでる様子がないなと思ってさ」
「あれ、ジェイクさん。母ちゃんとこの常連?」
「ま、結構な頻度でお世話になっております。……コーヒーは不味いけど」
「そうかい? アタシは苦みの中に不思議な酸味や独特のクドさがあって好きだけど」
それは一般的に雑味と呼ぶんじゃないかとジェイクは思ったが、言及はしなかった。
「ま、そういう話なら簡単なんだけどね。この町の子供の大半は孤児だから大体十くらいの年には自立するんだ。そんで、トーマスのおっちゃんたちが経営している格安の寮みたいなところで一人暮らしを始めるのさ」
ライカや彼女の幼馴染、エドとルーシーもその手合いである。
「トーマスの奴ぁ、なかなか立派に町長やってんのな」
「ま、他にも医者の爺ちゃんとか金物屋のおっちゃんとも相談してるらしいけどな」
いずれも、この町の顔役たちである。
「へぇ、この町にゃ医者がいるのか……」
せいぜい、田舎の村落程度と見繕っていたジェイクには少々驚きの新事実であった。
「あともう一個聞きたいことがあるんだが……。嬢ちゃんには何かこう、『夢』みたいなものはあるか?」
「ハァ……」
ライカがため息をつくのも無理はない。今はまだまだ戦後の復興期。ここ数年こそ落ち着いているけれど、簡単なことで食うや食わずに陥る『D85番地』である。
食うに困る日もあったし、餓死体を町はずれに埋めるのだって見たことがあった。
「それを、夢、ねェ……」
「いやいや、そんな馬鹿にした風に言わんでも……。軍時代はよく同僚と酒でも交わしながらふざけた話をしたもんでね。戦争が終わったらー、なんてのも何度も話したんだよ」
「へぇ、ジェイクさんの夢は何だったんだよ?」
「強いて言うなら平穏な毎日。重労働はしたくないし、美味いもん作る側に回ってみたかったからパン屋」
「男の夢って言うにはロマンの欠片もねェな……」
一刀両断に付したライカに、ジェイクは少しいらだった様子で返す。
「良いじゃねぇかよ、何を望んだって。そういう嬢ちゃんこそ、『こうなりたい!』みたいなの、ねぇの?」
「夢か……。夢ってもんじゃないけど、そうだな。強い奴と戦いたい!」
その時、一瞬だけ獣が牙を見せる様な獰猛な笑みをライカは見せた。
割合理知的な普段の姿とは違う、本能的で暴力的なその姿。ジェイクは気取られぬよう軽く背筋を震わせる。
「そんな……。いや、一体、強い奴と戦ってどうするつもりなのさ、嬢ちゃんは」
ジェイク自身が『臆病』と名乗るところの核が言葉選びを迷わせた。今確かに、彼はライカに恐怖していた。
「どうするって……。特に理由はないけど。そうだな、敵を倒してもっと強くなる!」
「強くなってどうするのさ?」
だからこそ、問い詰める。聞かれたライカもあまりの勢いに気圧されて、それから。
「考えたことなかったや……」
ポツリと呟いた。
「アタシはなんとなく、自分より強い奴を倒したいと思ってた。けど、その理由は『強くなりたいから』で。……そして強くなりたい理由は、『自分より強い奴を倒したいから』で……。なんかダメだ、堂々巡りだね」
この時、ライカの中に今までになかった疑問が生じていた。
彼女が人を殺さないのはただそう教えられたからであり、そうできるからだ。
彼女が誰かと戦いたい・強くなりたいと思うのもまた、理由なくそう思うからだ。
だが、違う。『理由が無い』なんてことは有り得ないのだ。
「ハァ……。なんでだろうな、ジェイクさん?」
ライカが一つため息を吐く頃には、獰猛な笑みも鳴りを潜めていた。
「僕に聞かれても知らねぇよ」
ジェイクもまた怯えることなく、いつもの適当なノリで返した。
自分が殺さない理由も、自分が強くなれた理由も今のライカには理解できまいと思ったから、彼はあえて助言はしない。
「ただまあ、考えてればその内わかることってのも、有るんじゃねぇの?」
だから毒にも薬にもならないことを言って、冷めてしまった夕食を口に運び始めた。
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小説情報
- 小説タイトル
- 機動装鎧トルクギア(第一稿)
- 作者
- 大野知人
- 公開済みエピソードの総文字数
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