カクヨム

『オカルト詐欺師 完結版』のエピソード「第2話 死ねない未来/探偵事務所の居候」の下書きプレビュー

オカルト詐欺師 完結版

第2話 死ねない未来/探偵事務所の居候

作者
大野知人
このエピソードの文字数
26,933文字
このエピソードの最終更新日時
2021年8月9日 03:28


 一。

「……矢加部ちゃん、『悪魔の契約』って知ってるかい?」

「ええと、願いを叶えたり、力を与える代わりに魂を捧げる、っていう話ですか?」

 問われた質問に私は出来るだけ簡潔に答える。私が瓜坂さんの『裏』の仕事を知ってから二週間、私は変わらず事務所の居候を続けていた。

 週に数回、私のための超常現象(オカルト)講座をしてくれるのも前までと同じ。

「いやいや、それも正解では有るんだけどね。今回は別の話。……逸話や伝承に出てくる悪魔は人間の願いを聞いてその望みを叶えるけど、往々にしてその結果は契約者が望まないものになるのさ。そして悪魔たちは『嘘など吐いていない』と言い張るんだよ」

「私達オカルトは、嘘が吐けないはずじゃ……。瓜坂さん、嘘ついてません?」

 軽く脅しの意味を込めて、掌に人魂を浮かべて見せる。彼は、フルフルと首を振った。

 瓜坂誠司。彼は、町の何でも屋であり、探偵であり、私の養父の親友であり……そして、詐欺師である。オカルトならざる彼は、嘘を吐くことが出来るのだ。

「そこの捉え方が難しい所なんだよね。君たちの『嘘を吐けない』っていうのは、字義通りに『真実ならざることは言えない』というだけ。自分に不利になることは言わなくてもいいし、『可能性』や『見かけ』の話ならある程度好き勝手に喋ってもいい」

 彼の発言の意図がいまいちわからず、私は首を傾げる。口元に運ぼうとしていた湯呑も一緒に傾けてしまって、慌てて元に戻した。

 ちなみに今日のお茶請けはせんべいとマーマレードクッキー。妙な組み合わせだが、不思議と不味くはない。

「アッハッハッハ。分かり難いか。矢加部ちゃん、リピートアフターミー、『私は男かも知れない』……言ってごらん?」

 先日聞いたルイスさんの流暢な発音からは大きく外れる、日本人のカタカナ発音。演技ならネイティブの真似も出来るらしいが、疲れるので普段使いはしないとか。

「『私は男かも知れない』……あ、言えた!」

 考え事をしながらも呟き、そして驚く私に瓜坂さんはパチパチと拍手。

「まあ結局、俺がオカルト相手の探偵なんて商売をやっているのも、彼らが『騙すことが出来る』ってのを理解してるからなのよね。『嘘を吐くことが出来ない』っていうのを前提にしているから、存外アッサリ騙されてくれるけど。それでも気は抜かない方が良い」

 人の頼みを聞き、己の知恵で解決する探偵。

 人を欺き騙して、己の懐に金を入れる詐欺師。

 そのどちらでもある瓜坂さんを信用すべきか否か、私は未だに迷っている。だからと言って逃げたりしないのは、己の生活が大事だからであり、口封じに遭うのが怖いからだ。

結局、『監視されている』という状況にこそ私は安全を見出していた。つくづく情けない話である。

「秘密の一つくらい、あるだろう? 『隠し事』くらいなら『嘘』には含まれないさ」

 言われて、ギクリ。私自身、切り札である己のオカルトについては大雑把な説明しか彼にはしていない。お養父(ヤマモト)さんに『安全のためにも』と念押しされたからだ。

「ねえ、瓜坂さん。この間ルイスさんが来た時には『諸説ある』って言ってましたよね。あなた自身は私たちオカルトが嘘を吐けない理由、何だと思います?」

「俺が何を信じるか、って話なら……。そうだな、『インペルのカラス』説っていうのが個人的には好きだね」

 あまり耳馴染みのない言葉に目を丸くしていると、ちゃんと説明をしてくれる。

「『白いカラスが居る』ことを証明できないからと言って、『白いカラスが居ない』ことを証明できたわけではない、という話だ。誰もが『存在しない』というそのものであり、『存在する可能性』で世界に居続ける君たちオカルトこそは、『証明されてしまったこと』には嘘を吐いちゃいけないんだよ。まあ、諸説あるうちの一つだけどね」

「なんか、ロマンチストみたいなこと言いますね、詐欺師の癖に」

「実際問題、全ての宗教家が神を信じていたなんてのは、それこそ幻想だよ。事実、僧侶にしろ司教にしろ、『神や仏の名のもとに』領主や大名に賄賂を要求した連中が居た。高校の政経で習う通り、『神話』それ自体よりも『王権神授』を盾に権力の強さを無理やり押し出す連中だって、少なく話無かったさ。神や妖怪・魔法なんてものを本気で信じていたのは、それこそ「そのもの」であるオカルト自身だけ」

 何もかもはっちゃけるような事を言った瓜坂さんは、しかしこうも口にする。

「だけども同時にね、詐欺師っていうのは『相手が騙されてくれる』って信じるところから始まるんだぜ? それを思えば、夢を見るくらいいいじゃないか」

「じゃあ探偵は……。疑う仕事ですかね? 誰が犯人か、目に見えてることだけが本当に真実なのか。そういうのを疑っていく仕事」

「君は詩人だねぇ……。詩と言えば、今晩は新月らしいぜ。オカルト絡みじゃあ、決まって厄介事が起こる日だ。気を付けておいた方が良い」

 月のない夜というのは、確かに何かと物騒なものだ。それにまつわる伝承も、そして様々な怪異たちも、当然たくさんいるだろう。

「しかし、仕組みもわからないのに、どうして『嘘が吐けない』ってわかるんです?」

「それはまあ、あんまり気持ちのいい話じゃないんだけどね……。二次大戦中にオカルトを軍事利用しようとしたナチスの研究組織・アーネ……」

 プルルルルルル!

 言葉の途中で、事務所の電話が鳴る。瓜坂さんは素早く動き、ワンコールで受けた。

「はい、こちら瓜坂探偵事務所です。って、おお! お久しぶり……」

 電話中の瓜坂さんに声を掛けられ、慌ててテーブルの上のメモ帳を持って行く。

「警察が捕まえた魔術系カルト教団の残党ねぇ……。オッケ、調べとく。他にはなんかあった?」

向こうにブツブツと問答を返す彼は詐欺師だ。私には到底許容できない仕事。

「……ハァー。なるほど、海外資本の不動産屋の荒稼ぎねぇ。まあ、こっち側には関係ないとは思うが、一応調べておこう」

私が未だにこの事務所に居続ける理由は、今の生活が崩れるのが怖くて出ていけていない部分もあるが、彼の言う所の『嘘も方便』というのを信じてみたい気持ちもあった。

とはいえ結局、身の安全の恐怖が勝るのだから我ながら情けない。

「あいはい、じゃあ……。おう、少ししたら様子見に行くわ」

 電話を切った瓜坂さんがこちらを向く。締まりのない顔だ。怖くはない。

 その顔で演技をして、人を騙すのである。だから恐ろしい。

「どなただったんです?」

「知り合いの金持ち」

 言いつつ、瓜坂さんは手帳を開いてパラパラめくり、走り書きのメモを写していく。

「……また身も蓋もない言い方をしますね。どういった関係の方ですか?」

「まあちょっとばかり仕事を手伝ってもらってる友人、ってとこかな。オカルト界隈の人間ってのは、妙に金を持ってる奴が紛れ込んでるからね。仲良くして損はない」

 私はお茶を一口飲んで、おやつの煎餅を噛みしめた。

「ちなみに、瓜坂さんの仕事の事はどこまで知ってるんです?」

「オカルト絡みの探偵ってことしか教えてない。……んで、どこまで話したっけ?」

「えーと、確か……」

 と、私が思い出そうとしていた時。

 ピン、ポーンと事務所のベルが鳴った。

「あれ、珍しく探偵業のお客さんですかね?」

「良いから応対してきて、俺お茶入れてくるから」

「はい。……あ、詐欺師の仕事するときはちゃんと言って下さいよ?」

 言いつつ、扉を開ける。

 涼しい風が吹き込んで来て、もう九月も半ばであるのを感じた。


 二。


「二週間ぶり、くらいですわね」

「あれ、ルイスさん!?」

 現れたのは金髪美少女。かれこれ半月ほど前に、瓜坂さんが『騙した』イギリスの魔術師お嬢様である。

「ん? ルイス嬢、てっきりイギリスに帰られたかと思ってましたが……」

 瓜坂さんが詐欺師と知っていて、しかして嘘が吐けない私を庇うように、彼は前に出る。いや、ここで口を閉じてしまうあたりもう既に共犯者の思考なのかもしれないけど。

「……しかし、どうしてまたこんな所に? てっきり帰られたかと思ったのですが」

 私が軽く自己嫌悪に陥っている間にも、瓜坂さんは世間話を進めていく。

「ええ、姉が居なくなったとはいえ、折角の日本ですもの。アレコレほしい物もあることですし、しばらくこっちに居る事にしましたの」

 言葉に、背筋をヒヤッとしたものが通る。彼女の中では『死んだ』はずの姉の事をさも何でもないかのように言ってしまえる精神には、どうにも馴染めない。

「なるほど、それでわざわざ何の御用でいらっしゃったと?」

「まあ、ええ。依頼のような物でしょうか。最近巷で噂になっている、『予言少女』なんていうものをご存じでしょうか?」

 言葉に、私は高校で聞いた噂話を思い出し、挙手をして声を上げた。

「はい! 私知ってます」

「ええと、貴方は……。ツキナと呼んでもよろしいかしら?」

「え? ええ、はい! 矢加部月菜です私!」

 唐突に距離を詰められて、思わず声が上ずってしまった。外国人が皆こうだとは思わないが、うう。苦手意識を持ちそうだ。

「あら、変わった反応されるのね」

 グイ、と今度は物理的に距離を詰められる。

「あまりうちの弟子を脅かさんといてください……。さて、その話なら確かに俺も聞き覚えがあります。ネットだったかな、後商店街でも聞いたかな。自分の死を予言して、そして間一髪でそれを回避していく少女、でしたよね?」

「っていうか、『これから自分が死ぬから助けてほしい』って言って、実際言ったとおりに事故が起きたり、或いは通り魔に襲われるのに、ギリギリのところで死なない、っていう風に聞きましたけど」

「おうおう、そんな感じ!」

 演技なのか素なのか、やたら定義的で分かり難い説明に私が茶々を入れると、瓜坂さんは相槌で返した。

「それで、その噂がどうしたって言うんです? ルイス嬢」

「私もまた、偶々見掛けただけなのですけれど。その少女、あからさまに魔力の気配を漂わせていまして……」

「可哀想だから、って話ではなさそうですけどね。一応、依頼しに来た理由を聞いても良いですか?」

 冷血にして技術を愛する魔術師たちは、人道を気にも留めない。彼女らの行動に理由があるとしたら、そこに理屈か、利益が無ければおかしいのである。

「まあ、一言で言えば研究の邪魔だからですわ。……聞くところによればかなりの大規模事件・事故になった案件も少なくないとか。生憎と専門からは遠い感覚だったので手出しはしませんでしたが、巻き込まれたいタイプの物でもございませんから」

「まあ、死を予言する能力は別としても、ここ数週間で噂になるレベルで何度も死に掛けてるとなると、呪われてるか、怪しい魔術結社に狙われているか……。ったく、どこの主人公だよ」

 噂になるというのは、それだけ目撃情報があるという事だ。今回の場合、その数だけ少女が『死に掛けた』訳である。

「そこなんですのよ。私が人づてに聞いただけでも、十件以上。少なくとも姉の一件より前には音沙汰もなかったのですから……」

「日に一度ペースで死んでる訳ですな……。どこの幻想キラーだか、全く」

「案外自販機にお札を吸われて、『不幸だー!!』なんて叫んでるかもしれませんわね」

 言って、二人してクスクス笑う。どうやら、何らかの漫画のネタらしい。

「まあでも俺も魔術探偵として、この辺りのオカルトの治安維持を請け負ってはいますからね……。この辺りのデカい勢力にも声をかけて、調べてもらうことにしますよ」

「それは心強いですわね」

 ルイスさんは納得したように頷いていたが、私には少しよくわからなかった。

「……え、そんなに多かったんですか、こっち側の人々って!?」

「うん、まあね。この辺りだと、例えば商店街脇の神社の神主さんとかは陰陽師の家系だぞ。っていうか、地鎮祭とかはちゃんとやらないと時々厄介事が起こるからな……」

「へぇ~。そうなんですね」

「えぇ。私もこちらに引っ越して来た時に一度挨拶に伺いましたわ」

 ルイスさんの言葉に、なんとなくサラリーマンの出向をイメージする。テレビドラマとかで見た記憶だけど、どこかに異動になると営業先に挨拶しに行く感じ。

「あとはまあ一応土地神様とか、土着の妖怪がいくらか。……で、一番デカい勢力がこの街の極道――藍崎組だな。あそこは昔気質の連中だから余程のことはしないけど、逆に一通りの事には通じてるから、当然のように魔法使いも囲ってる」

「……ェ!? ケフッ、ケフッ」

 その言葉に、私は思わず喉を引きつらせる。

せき込み、慌ててお茶を飲んでから改めて問うた。

「極道って、ヤクザの事ですよね!? そんな連中がオカルト側の力まで持ってるなんて、危険じゃないんですか!?」

「危険かどうかを言うなら、石投げつけるだけでも人間は死に至るんだ。それに、『昔気質の連中』って言ったろ? そうそう進んで問題を起こしはしない。どころか、むしろこの辺りの治安維持に一役買ってるとも言える」

 まあ、俺の同業者だな。瓜坂さんはルイスさんに聞こえない程度の声でそう言った。

「まあ! ツキナはご存じでなかったのね?」

「私はこちら側にきて日が浅いのであんまり。そういうルイスさんは? って、近!?」

 地味にルイスさんの距離感が近くて怖い。二十代半ばだとは思うが、金髪美人に迫られるのは、何とも言えない恐怖があった。

「私も知ってはいませんでしたが……。気配だけはなんとなく」

「はいそこ、近い近い。藍崎組は元々、戦国時代の武士にまで遡るんですがね、江戸時代の当主が妖怪を倒したことがあるらしくって。以来、この辺りで起こるこちら側の厄介事に出張ることも、少なくはなかったらしいんですよ……」

「まあ、おサムライですの!?」

「ええ、アニメチックに妖怪と戦うサムライです」

「なるほど……。そんな事情があったんですのね」

 恐らく嘘は言っていない。というか、騙す必要性が無いと思われる。

「この国の場合、特に土地に根付いた妖怪や魔法っていうのが多いですからね。先日の陰陽五行もそうですが、神秘の行使にも土地の人間や歴史が関わっているんです」

 付け加えるように探偵が言うとルイスさんは何か思いついたような表情になった。

「日本は魔術的に後進国と聞いておりましたが、中々どうして……」

「どうかしたんです? ルイスさん」

「いえいえ、こちらの話ですわ。ちょっと研究に行き詰っていたようなところがありまして、今しがた解消されましたの! お仕事の邪魔をしてもなんですし、失礼しますわ」

「依頼の件、承りましたからね~」

「後日、お支払いに来ますわ!」

 言うと、彼女は事務所を飛び出して行った。

「一応聞いておきますけど、瓜坂さんここまででなんか嘘吐きました?」

「ん? まあ、少しだけね。さっきは藍崎組が魔法使いを囲ってると言ったけど、実質的にはむしろ、『オカルト側の問題を対処する仕事人が集まった集団』が暇な時にテキ屋なんかの仕事をするようになった、っていうのが近いんだよ」

「そう、なんですか」

「うん、よくあるタイプの『極道を自称する暴力団・チンピラ』って言うんではなくて、あそこは世にも珍しい『侠客』なんだよねぇ。だから警察も手を出さない」

「ルイスさんに真実を言わなかった理由は?」

「一応、この街の内情だからね。ハッキリ身内と言い切れる矢加部ちゃんはともかく、ルイス嬢に説明してしまうのは色々とマズい。何かあったら責任取れないし」

 何とも情けない返答であったが、同時にらしい(・・・)とも思った。

「で、これからどうするんですか?」

「あ~。そこももう一つ嘘があったわ、そういえば」

「へ!?」

 私が思わず目を丸くすると、瓜坂さんは三人分の湯飲みをもって立ち上がった。

「実は、藍崎組がもうすでに居場所を特定しててね。これから会いに行こうかなって」

「もしかして、今回もルイスさんが依頼に来るのを待ってたんですか?」

「いやいや、それこそさっき連絡が来たばっかりなんだよ。ルイス嬢が来たのは、偶然だね。まあ、お金が入るんだったら悪い話じゃないさ……」

 その言葉に、軽く記憶を遡る。さっき連絡が来た、ねぇ。

「もしかして、さっき電話してた『お金持ち』って、その極道さんですか!?」

「大正解!」

 瓜坂さんが湯呑を洗いつつ振り返って、その拍子に水しぶきが散った。

 詐欺師の裏家業と言い、極道と知り合いであることと言い……。やはり、私はこの探偵を信用していいのだろうかという不安は拭えなかった。


 三。

「さてと、この辺りらしいけど……」

 やって来たのは浜岡駅――この辺りのターミナル駅近くの繁華街。

 今まさに沈もうとしている夕陽が、地平線を赤く染める。ああ、もうすぐ秋分か。

「あれ、極道さんに会いに行くんじゃないでしたっけ?」

「場所を見つけただけ、らしいよ。明らかにヤバいのは事実だけど、何らかの呪いとかに巻き込まれただけの一般人だった場合、迂闊に極道が関わればその娘自身の将来に迷惑が掛かるからね。連中も迂闊に接触できなかったんだと」

「なかなか気遣いのできる人達っぽいですね……」

 なるほど。それで瓜坂さんに仕事が回ってきた訳だ。一応は探偵である彼なら、強面の野郎どもに囲まれるよりはマシであろう。『一応』でなければもっといいのに。

「ああ、居た居た。あそこの、浜岡西高の制服着てる子だよ」

 写真と見比べつつ、瓜坂さんが指をさす。

 短めの茶髪を揺らして歩く、活発そうな雰囲気の女子高生だ。

「……瓜坂さん、女子の制服見てすぐ高校がわかるとか、何らかの変態ですか?」

「違う違う、っていうか探偵の必須スキルだよ。相手の恰好見て正体類推するのは」

 言われてみれば、まあ確かに。ただ、詐欺師といういかがわしい職業についていることを考えれば、発言にも犯罪臭を嗅ぎ取ろうというものだ。

「矢加部ちゃん、ちょっと行って来て。同年代の子の方が話しやすいだろうし」

「それこそ瓜坂がいきなり話しかけたら、怪しいですもんね」

「毒がきついねぇ~」

 まあ頑張れ、と手を振る彼を尻目に私はスタスタと近付いていく。

「あの~。すみません、ちょっと良いですか?」

 言い終わるよりも一瞬早く、まるで話しかけられることがわかっていたかのように彼女が振り向いた。

「……ッ!?」

「怯えないで、怯えないで。今回は(・・・)初めましてだね、探偵の助手ちゃん?」

 予言能力を持つ少女、その言葉がこんなにも真実味をもって理解できるとは思わなかった。名乗るより先に正体を察せられたことに、警戒して軽く肩が震えてしまった。

「その、えと。貴方が噂の予言少女さんですね?」

「だからリラックスしてってば。……しかし、噂になってる人物に、『貴方が噂の人ですね?』って聞くのも妙な話だねアンタ。まあいいや、そっちの探偵さんも出てきなよ」

 少女は遠くから伺っていた瓜坂さんの方にチラと視線を向ける。結構人通りがあるというのに、すぐ見つけられるのか。

 こちらを見た瓜坂さんに軽くうなずくと、彼が近付いてくるのをしばし待った。


 四。


「改めましてはじめまして。探偵の瓜坂誠司だ。よろしくお願いするぜ?」

「これはこれはご丁寧に。アタシは、成平環という」

「私、アルバイトの矢加部月菜です。成平さん、よろしくお願いします」

「おう、助手ちゃんね。って言っても知ってるんだけど。まあヨロシク」

 駅舎の隅に移動してしばし。タバコやら道行く人の香水やらの煩雑に入り混じった匂いを嗅ぎながら、私たちは自己紹介をすませる。

 少し気になる言葉に、私は質問しようかと思ったがその前に瓜坂さんが口を開いた。

「さて、サクサク行こうか。君にはいくつか質問したいことがあったんだ」

 確かに、今回の一件――いや成平さんの件は分からないことが多すぎる。そもそも、『どうにかしてくれ』という依頼自体が曖昧なのだ。予知の仕組みや、どうしてその能力を得たのか、成平さん自身がどこまで把握しているかも確認しないといけない。

 瓜坂さんが三本指を立てた時、彼女はひょいと近寄ってそれらを握った。

「一つ目の質問は、アタシがどうやって死ぬかについて、だね? 良くは分からないが、駅裏で事故か事件が起きる。そっから逃げてくる人や車にぶつかり、『運悪く』死ぬ」

「……正解。二つ目は?」

 予知能力だろう。質問を先回りされた瓜坂さんはしかして冷静に返した。

「二つ目、アタシがこの能力を得たのは約二週間前、カルトじみたやつらに誘拐された時によくわからん儀式に巻き込まれたせいだ」

 魔法使いの集まりだろうか。儀式が必要なのは効果の強い呪いと習っている。

「その連中は多分俺も知ってるな……。警察に捕まったと聞いたが、自分が死ぬ未来を見せられるとは、厄介な呪いだな」

「三つ目、アタシ自身が知っていることはそう多くない。経験則なら話せるが、時間はそんなに残っていないし、生憎と頭が良くないもんでどう説明して良いかもわからない」

「……なるほど、もうすぐその『事故』が起きるんですね?」

「うん。それについては未来の探偵さんから伝言。『俺が環君に質問をするか、十八時三十分を過ぎた瞬間に裏の雑居のビルでなにかが起きる』だそうだ。ちなみに、ビルから逃げきた人間の波に巻き込まれてアタシ達はこの後死ぬ」

 唐突な死亡予告宣言に私は馬鹿らしさを覚えつつも、しかし『オカルトは嘘を吐けない』という事を思い出して、身を震わせた。

「安心しろ、矢加部ちゃん。環君の言う通りなら未来の俺たちは既に死んでいる。でもって、この落ち着き様からするに死が確定するまでには余程の猶予があるか、でなければ『死なない未来』を選ぶことが可能なはずだ、この子には」

「大正解。やっぱり頭の回転が早いね、探偵さん」

 言葉にもう一つ、私は思い至る。彼のこの冷静な態度、そしてそれ以上に『未来の事件を予言する』なんてことを表立って行っている少女に、警察が対処しないはずがない。

「多分ですけど。瓜坂さん、成平さんが今までかかわった事件、他に被害者は出てないですよね。だから、『死ぬかもしれない』のに冷静でいられるんじゃないですか?」

「おう、っていうか、被害者が出てたら事件の参考人として警察が動いてるはずなんだ。だけどそれが起こってない、っていうより出て来てないわけだから……」

 少し妙な話ではあるが、逆に言えばそこが『未来視の呪い』の取っ掛りかもしれない。

「もしかしなくても、黙ってましたね?」

「まあ、関係ないと思ってたしなぁ……」

 悪びれることなく言った彼を、ジトっと睨む。

「お二人さん、悩むのも良いけど、そろそろ質問を頼むよ。アタシも時間が無いんだ」

 成平さんが指さした壁掛け時計は六時二十分を過ぎていた。

「……そうだな。環君が生き残れば被害者は出ない。死を回避するルートを選ぶまでは延々と繰り返す。環君は呪いについてはほとんど理解していない、ねぇ」

「その上で、死因は駅裏の方から逃げてきた人とぶつかって死亡ですか」

「ああ。ちなみにアタシが全力で駅から遠ざかった場合、車に轢かれて死んだよ」

 その言葉に、瓜坂さんは何かに思い至ったように目線を上げる。

「なるほど、『未来を変えるために動いたらどうなるのか』もまた知ることが出来る訳だ……。四つ目の質問は『君が未来を変えることが出来る範囲はどれくらいか?』だな。少なくとも君は、矢加部ちゃんが話しかける事を知っていたね? 君が未来を見たのは、いつなんだ?」

「うーん。未来を見た、未来を見たねぇ……。表現は微妙にずれる気もするが、タイミングとしては十八時ジャスト。逆に今までの経験則上、約一時間生き延びればそれ以上死ぬ心配はない」

 言葉を聞いたとき、瓜坂さんは何か面白いゲームでも見つけたかのように口元を歪め、呵々と笑った。ルイスさんもそうだが、この人も大分狂ってる。死を突き付けられてなお、まるで諦めずに笑っていられる。

「そうだね、いつになるかは知らないけど、絶対に助けてやるよ。環君」

 まるで意味深に、あたかも今死んでも次があるかのように瓜坂さんは言って、笑った。

「別の時間のアンタもおんなじこと言ってた!」

 額を抑えつつ発された成平さんの皮肉を背景に、駅裏のビルから爆音が聞こえてくる。

どよめきの波が向こうから伝わって来て、やがて悲鳴に変わった。


 五。


 ざわめく人混みの中、私は声を張り上げる。

「どうするんです? 瓜坂さん!」

「ここまでの五つの(・・・)質問で分かった事だが、もしも『環君以外にも被害者が出る事はない』っていうなら、駅裏の事故でも当然被害者は出ないはずだ! まずは現場の確認をしたい」

「他に何か分かった事は無いんですか!?」

「気になることと言えば、未来の俺からの伝言だな。環君は心当たりないのか?」

「生憎と、アタシはそこまで頭は良くなくってね。今までも根性だけで切り抜けてきた」

 その言葉に、私は思わず悲鳴を上げる。

「それって行き当たりばったりじゃないですか!?」

「そうでもないさ。少なくとも、未来の俺は『何か』を見た。だからアドバイスを寄越したはずだ。その、『何か』を探す!」

 むしろ、それを探したからこそ死ぬのではないかとすら思ったが、それでも他に解決の糸口があるとも思えない。

どよめき走る人混みの中、駅舎を出て再び繁華街に出る。

「アタシが案内する! 少なくとも、『いつ、誰にぶつかるか』は覚えてるからね!」

 その言葉には頼もしさしか感じられない。

今まで彼女が見てきたあらゆる可能性の未来、その全てを記憶の中にを覚えているのだというのだったら、その記憶力はいかほどなのか。

「そっちの左路地からは人が来る! 大通りを行って!」

件のビルまでは百メートルかそこらだ。

「この距離なら、早々事故に巻き込まれることもないですよね……」

「そうでもないと思うぜ、矢加部ちゃん!」

 言うと、瓜坂さんは軽く私の肩を引き寄せる。瞬間に、横を通り過ぎるオートバイ。

 思わず冷や汗をかき、しかして拭う間もなく慌てて銃身を整えた。

「『今まで被害者が出ていない』ってことは、俺達の誰が欠けた時点で例外に突入することになる。人道云々以前に、事件が解決しなくなるぞ!」

「もう少し、死への恐怖とかないんですか!? 私、滅茶苦茶怖いんですけど」

 肩が震え、背筋が凍る。それらが猛ダッシュの息切れと、周囲を行きかう人並みの熱気に強引に抑えられていく感覚だった。

「そんなもん、事務所開いたときに捨ててる! おい、環君はどこ行った!?」

「成平さん、成平さん! あ、居た!」

 人込みに一瞬隠れた成平さんが手を伸ばすのを、慌てて私が引っ張り上げた。

「ハァ、ハァ。助かったよ助手ちゃん。……次。右からギターケース持った人が来る!」

「撲殺かよ!?」

 瓜坂さんが慌てた声を上げて、私たちの肩を押して左斜め前に出る。

 人の動きに逆らっての移動に息がつかれてきたところで、しかし人数が減ってきたことに私は溜息を一つ吐いた。

「……はぁ」

「助手ちゃん、車来る! 向こう側の標識に寄るよ!」

 声と同時、私たち三人は慌てて駆け出した。ほぼ同時、真後ろを急カーブで侵入してきた軽バンが通り過ぎていく。視界の端には散らばったガラス片、あれに頭をぶつけて死んだ未来もあるのだろうか……?

「ヒュ~。ハリウッドにでも来た気分だぜ」

「アンタも大概、意気が良いねぇ探偵さん! ひとまずこれでラスト、ビルに入ろっか」

 頭痛でもするのだろうか、右手で眉間を抑えつつ成平さんはもう片やで目の前を指さす。視線を上げれば、プスプスと黒い煙を上げる雑居ビル。

「ここですか、件の事故現場は……」


 六。


「はてさて、アタシもこっから先は初めてだからね。気を付けて行こうじゃない」

 言いつつ成平さんはスタスタと階段を上る。その後を瓜坂さん、私が着いて行った。

「……ん? なんか、いやな気配します!」

「矢加部ちゃん!?」

 クンクン、と鼻を鳴らす。煙やなんかの匂い以上に、この気配は……。

「魔力の匂いです!?」

「魔力……。いきなり、アタシの知らない話出てきたんだけど、なにそれ!?」

 その言葉に、そう言えば成平さんはオカルト側にはまるで詳しくないことを思い出す。

「まあ、そういうもんがあるって話だよ。それこそ環君がここの所悩まされてる、このループもそうだけどな」

 時間が無いからか、簡潔に説明する瓜坂さん。

「……と言っても、実は『気配』以上の事は分からないんですけど……」

「大丈夫。予想ではあるけど、少なくとも『切り抜けられる』事態のはずだから、気配が大雑把にわかればいいさ」

 言うと、目元を擦っている成平さんから先導を変わり探偵が前に出る。

「さーて。鬼が出るか、蛇が出るか!」

 外から見て、煙が立っていたのは三階だ。瓜坂さんがドアを開ける。

「んだよ、コレ……」

 何かのセミナーのようにパイプ椅子と長机が並ぶ中で、しかして人の気配だけが無い。

「コレ、何がどうなって爆発したんだよ……?」

 ここまで来たのは初めてなのだろう。成平さんも驚いた声を上げている。

「だが、外から見た時には煙が出てましたよね……。あ、ありました!」

 しばらくキョロキョロして、それからようやく見つける。

「あれ、じゃないですかね?」

 見えるのは、かなり大型の魔術陣。

「どれどれ……」


 七。


「伏せてください!」

 不用意に瓜坂さんが近付こうとした時、少女の声が雑居ビルに響いて私たち三人は長机の陰に隠れる。

「ゥグぎゃァアア!」

 刹那遅れて、魔術陣の向こうから怪物が姿を現す。片側しかない羚羊の角、血走った三つの目、明らかに人ならざる異形の化け物であった。

「(アタシも色んな方法で死んできたけど、あんなモンスターは初めて見たよ)」

「(もしかして、事故の原因ってアレですか……?)」

「(おう、多分だけどな)」

「(うわぁ……。これ以上は聞かないでおきます)」

 控えめに言っても、下手なスプラッター映画より怖い想像しかできない。

「(奴(やっこ)さん、窺ってやがるな……。迂闊に手出しできねぇじゃねぇの!)」

 やたらと魚臭い息を吐いているお陰で、こちらには気付いていないらしいが、逃げるにしても倒すにしても、こちらが動いてしまえばどうしようもないだろう。

「(アタシが先陣を切る! 探偵さんなら、なんとか出来るんだろ?)」

 成平さんはそう言ったけれど、私には到底無謀なことにしか思えない。

 見る限り彼女の予知能力は本物だ、そして能力者であるからには『嘘を吐けない』事は確実。何より切実に『死の運命』を避けようとする彼女が、最善を尽くさぬはずがない。

故に私には『どうしようもないから突っ込もう』という発言にしか聞こえなかった。

「(そんな、無茶ですって!?)」

 だが。

「(いいや。出来るというなら先陣を頼みたい。あの魔方陣を壊せば、怪物は止まるはずだ。俺が紙を破り捨てるまで、時間を稼いでほしい)」

「(何を言うんですか、瓜坂さん!?)」

 私が噛み付けば、瓜坂さんは何の気なしにポリポリと頬を掻く。

「(俺にもようやく、『未来予知』の仕組みが見えて来たって所だ。環君、君は最高に説明下手だなぁ……。苦労したよ)」

「(アタシにゃあチンプンカンプンだが、なんかわかったんだね、探偵さん?)」

 返す成平さんの表情は、幾重もの修羅場を潜り抜けてきた相棒を見る様な、全幅の信頼を寄せるもの。私にはもはや訳が分からない。

「(おう、だが。まずはこの状況を解決するのが先だ。頼むよ!)」

「おう!」

 声と同時に、少女が物陰を飛び出して行く。


 八。

「鬼さん、鬼さん、アタシはこちらぁ!」

 歌うように叫んだ成平さんの方を、猛スピードで怪物が振り返る。

「グゥる、アぁあああァッ!」

「せぇ、のっと!」

 怪物が放った電撃を、あらかじめ知っていたかのように屈んで避けた。

「……すごい」

 流石の『予知能力』である。基礎能力が違うはずの怪物相手でも、通用するのか。

 九。

「それから、っと!」

 屈んですぐに、成平さんはパイプ椅子を拾って頭上に掲げた。そこに、急接近してきた怪物の拳がクレーターを作り出す。

「矢加部ちゃん、今のうちに行くよ!」

「あ! ……はい、分かりました!」

 私たちも慌てて、遠回りのルートを隠れて進みながら魔術陣に向かった。

 十。

「グゥる、ぐぅラァあああ!」

 怪物が長机を振り回し、モグラ叩きの逆を行くように円運動の隙間を縫って少女は須らく避ける。しゃがみ、立っての上下運動。

 たった数十秒に、幾重もの死線を跳ねのける。

「次は雷撃だね、お見通しだよ!」

 再び放たれた稲妻。届く直前に成平さんが投げたパイプ椅子が避雷針となって逸れた。

「ウィりぐ、ぅうううラぁァアあ!」

 十一。十二。十三。

 避けられたことに怒り、狂ったように叫びを上げた怪物は成平さんに近付く。

「矢加部ちゃん、チャンスだ!」

 その分だけ空いた魔術陣との距離、私と瓜坂さんは忍び足ですぐさま詰めた。

「ほらほらほら、そんなんじゃアタシに届かないよ!」

 まるで武術の達人があしらうかのように、己に向かう拳を、蹴りを、寸前で躱す。

「クソ、流石にきついなぁ!」

 そう言っている物の、まるで危なげは無く。ただ、攻撃が掠ったわけでもないのに、頭を押さえているのが少し気になった。

 十四。十五。十六。

 至近距離からの雷撃も、砕け散った長机の破片さえも、成平さんの体に傷一つ付けられない。未来予知とはこれほどまでに精密で、恐ろしい物か。私は背筋を震えさせた。

「よし、着いた!」

 十七。

「今、ですね!」

囮を買ってくれた彼女への合図を兼ねた瓜坂さんの言葉。その言葉に振り向いた怪物の視線を事前に聞いていた通り(・・・・・・・・・)、私が幻術を出して逸らさせる。

 虚空へと飛んで行った雷、その一瞬の隙に探偵は魔術陣を持ち上げた。

「それ、破っちゃって大丈夫なんですか!?」

「召喚の魔術だからな、閉じるか破るかして、儀式を壊せば召喚された化け物は元の場所に戻る!」

 ビリビリビリ、と音がして瓜坂さんが魔法陣を破り捨てる。だが、その瞬間。

「グゥ、が、ぐぎゅあるぁああああああ!」

 徐々に光の粒子となって消えゆく怪物。まだこの世に留まりたい、とばかりに奴は地団駄を踏む。それだけに飽き足らず上げられた断末魔。それが天を裂くような雷となって打ちあがり、怪物の首の動きに合わせて薙ぎ払われた。

「クソッ! 避けてくれ探偵さん!」

 成平さんの悲鳴。急いで前のめりに倒れこんだ瓜坂さんの、わずかに中空に残っていた胴を雷が薙いで、焼いた。半身だけとなりつつも、彼は声を嗄らす。

「……ぐぅほ。ゲホゲホ。クソッタレ!」

 その下半身は既に吹き飛び、電が掠った背中は焼け焦げていた。ゴミ処理場の匂いを何十倍も悪趣味にしたような肉の焼ける匂いがあたりに充満する。

 ドクンドクンドクンと、耳裏を流れる血流がやけに煩い。

「助手ちゃん、足場が崩れる! 逃げるよ!」

 走り回る怪物の重量に、ビルの基礎もやられていたのか。ほぼ同時に足元が崩れ始める。でも、目の前には致命傷を推してなお口を開こうとする探偵が居た。

「でも、瓜坂さんが……!」

 私だって自分の命は惜しい。だけど、ここ数か月も寝食を共にした顔馴染みが、今まさに死のうとしているのだ。何とか救えないかと、思わずにはいられない。

 頬が熱くなる。私は、泣いていた。

 涙をぬぐう余裕もない、煙にせき込む暇もない。そんな中で息も絶え絶えと言った体の瓜坂さんが、なおも無理を推して、声を出す。

「……グホッ。一つ、良いかな?」

「なんですか!?」

 足場が崩れて駆け寄る事さえできないが、背中を覆うケロイドと、口から洩れる致死量を超えた血からは死しか連想できない。

 腐臭の前段階のような錆臭い鉄の匂い。そんな状況にありながらも――血圧が落ち切って青白い顔を歪めて、痙攣するように震えながら詐欺師は笑っていた。

「環、君……。次の(・・)俺への伝言!」

「この死にそうなときに、何妙なこと言ってるんですか瓜坂さん!?」

 訳が分からないと、私は泣きながら彼を叱る。

 正しく、死にゆく人の貌であり、体であった。ただただ、笑っていることを除いて。

或いはもう、意識も朧気で何も判って居ないのかも知れない。そんな私を制するように瓜坂さんは掌をこちらに向けた。

「良い、から。環君じゃ無けりゃ意味が無いんだ! 伝言はね、『死神がどこかに居る。探さなくてもいい』だよ……。頼むぜ!」

 言葉とほぼ同時、瓜坂さんは崩れ行く足場と共に地面に落ちていく。あの怪我と、火傷だったのだ、先ず生きてはいない。

「そんな状況で、どうして……ッ!?」

「助手ちゃん、もうビルが持たない! アタシ達だけでも外に……ッ」

 理性的に考えれば、成平さんのいう事が正しいのは分かっている。

 ただ、私の感情が追い付いていないだけなのだ。

 そう、無理やりにでも納得して入ってきたドアの方に向き直る。だがその瞬間。


ド、ゴォン!

 

 爆音が、在った。思うに、粉塵爆発というのだろうか。ともあれ地面が爆ぜ、私は上向きに吹き飛ばされる。

「か、はァ……アッ!?」

 声にもならない呻き声が漏れた。同時、脳が揺れ、意識が混濁する。全身のあらゆる箇所を鈍器で殴られたように、まんべんなく痛みを感じていた。

 それでも、徐々に落ちていくのを三半規管は捉える。ああ、死ぬのだな。

「助手ちゃん、助手ちゃん!? おい、アンタも死んじまうってのか!?」

 聞こえる声が、遠い。足が重いのは、もう動かないからか、瓦礫に潰されたからか。

「(どちらにしろ、動かないんじゃあ一緒ですね……ア、ハハハ)」

 最後にさして面白くもない冗談を言って、そして私の意識は暗闇に飲まれた。


 十八。

 

「そろそろ、アタシも時間が無いんだけど。十八個目の質問、決まったかい?」

 成平さんが指さす掛け時計は、六時二十五分を示している。

「おっとっと。忘れる所だった。未来の探偵さんから、もう一つ伝言。『死神がどこかに居る。探さなくてもいい』ってさ」

 あまりにも意味不明な伝言、だがその言葉に瓜坂さんはにやりと笑った。

「さーて、環君。悪いが最後の質問は後回しにしよう」

「何でだい?」

 頭痛だろうか、眉間を抑えつつ成平さんが問い返した瞬間、爆音。

それからどよめきの波が向こうから伝わって来て、やがて悲鳴に変わっていく。

その人混みの中で、まるで何の論理も通らないのに唐突に、瓜坂さんが空に叫んだ。

「君の未来予知――死を起点としたループ現象の仕組みはもうわかった! まずはこの一時間を生き延びるぞ!」

 人込みを乗り越え、事故を起こしそうなバイクや自動車を躱す。

 やがて辿り着いた雑居ビルで、一枚の光る魔術陣を見つけた。

魔術陣を掴もうとした刹那、怪物が迫りくる。

だが、動きを読み切ったような成平さんがそれを完封。バランスを崩させると同時にパタリ。紙は閉じられ、効力を失った魔術陣はすぐさまその灯を消した。

「ループの解法は実にシンプル、一つの質問もせずに魔術陣を破る事だったわけ、か」

 瓜坂さんはさも納得が行ったかのように頷いているが、私にはまるで訳が分からない。

「私散々走り回って疲れたんですけど……。良い加減、説明してもらっても良いですか? 何がどうなってるんです」

 そう、ここまで来たのは偏に成平さんの未来予知と事前情報のお陰じゃないだろうか。

何故、瓜坂さんがやり切ったような表情をしているのか。

「結局、私はひたすら走りまわされただけにも感じるんですけど……」

 私の声に、瓜坂さんは腕時計を指さした。

「まぁまぁ。時給にして実に二十時間近くも働いたんだ。一回、喫茶店にでも入って解決編と行こうじゃないか!」

 言うと、瓜坂さんは私達二人を先導するように、お気楽に階段を下りて行った。


「おう。多分泰山庁だと思う……。見当つくか?」

 繁華街の端にあるフランチャイズの喫茶店に着くなり、瓜坂さんは軽く席を外して、電話を一本掛けていた。

「いきなり電話っていうのは失礼だと思わない、助手ちゃん?」

 成平さんの問いかけに、私は軽く思案しつつも答えを返す。

「んー。私にもわかりませんけど、多分この後に関係ある事だから心配しなくても良いと思います」

「ハァーン、そんなもんなのかい」

「あと、これの調査依頼も兼ねているんじゃないでしょうか?」

 そう言って私が取り出したのは、四分の一に折られてセロテープで固定された件の魔方陣。化け物を呼び出すような物騒な代物だ、何の故意もなかったとは考えにくい。

「アタシ、魔法とかそういうのには詳しくないけど……。ああいう怪物とかに襲われることって、よくあるの?」

 よくあってたまるか。というか、早々表沙汰にならないからこそ、一般社会には認識されていないのだ。

「あんまりないですかね。こちら側の人でも、むやみやたらに人は襲いません」

「そんなもんかぁ……。ファンタジーっつっても、そんなに夢がある訳じゃねぇんだな」

「おう、そいじゃあな。……よろしく頼むわ」

 私たちが話している間に、電話を終えた瓜坂さんがこちらに向かってくる。

「……当たり前だぞ、俺たちにとってはこれが現実なんだ。みんな必死で生きてる。夢も何もありはしねぇよ」

一通りの問答。二人はズズズとアイスコーヒーとジュースを啜る。

「さて、環君の能力――いや、もはや『呪い』だな。それについて話す前に今度こそ最後の質問――というか、確認だ。噂やなんかでは『予知能力』と言われているが、厳密には君は『死ぬたびに時間を巻き戻って、再びやり直している』んじゃないか?」

 その言葉に、私は意味が分からず声を上げる。

「瓜坂さん、それはおかしいですよ。だって、そんなの到底『未来予知』じゃあないじゃないですか! だったとするなら、それを成平さんが説明しない理由が無いです」

 私の問いに、瓜坂さんは苦虫を噛み潰したように目元を歪めた。

「そこが、俺が『呪い』と評する所なんだがね……。世の中のありとあらゆることには作用と反作用があり、結果とコストがあり、メリットとデメリットがある。人間の脳みそってのは、与えられた環境に適応するようにできている。さて、では『同じ時間を繰り返すこと』のコストやデメリットや、或いはそれに適応した結果は何だと思う?」

「……回りくどいですね。何が言いたいんですか?」

 できれば、わかりやすく整理することが出来ないのだろうか。そう思った瞬間。

「それだよ、矢加部ちゃん。未来予知にしろ、時間移動にしろ、『何十回分ものif(もしも)の世界』の記憶が脳みそを圧迫することには変わりがない。特に環君のさっきの動き、怪物の攻撃に対してコンマ数秒以下の単位で見切って避けていたんだよ。武術の達人でもない、ただの少女が」

 その言葉に相対して、初めて彼の言わんとすることを理解した。成平さんの現実を垣間見ることが出来た。何十周もの『今』をコンマ数秒単位で覚えているのなら、それに伴う副作用はいかほどの物か。

「それに適応した――適応できてしまった環君はね、記憶力と引き換えに思考の整理能力を失ったんだろう。……環君、君は剽軽な言動で誤魔化しているが、実のところ会話をするのも難しい状態なんじゃないか?」

 私は漠然としか理解していなかった『未来予知』の能力、その実態と反動に恐怖した。

背筋が凍るような思いの中、アイスミルクのカップを指でそっと遠ざける。

「両方とも、正解だよ。……よく、分かったね」

 成平さんはジュースカップ――というより、その中の氷を額に押し当てながら言った。

 そのまま事情を説明しようと口を開いた彼女を手で制し、瓜坂さんは声を発する。

「大分無茶してるのは分かってる。探偵として責任をもって説明させてもらおう。環君は『時間が無い』という割にまとめて喋らず、問を一つ一つ先回りして喋っていた。その上、時折眉間を抑えたり瞼を揉んでいたからね。頭痛持ちであることはすぐわかった」

 言われてみれば、の域ではあるが。そういった仕草が多かったようにも感じる。

 それが脳のオーバーワークのせいだとは微塵も気づかなかったが。

「でも瓜坂さん、それだけじゃあ『未来予知』なのか『同じ時間を何度も繰り返している』のかの区別はつきませんよね?」

 理屈の上で言うのであれば、最終的に選ばれる未来以外が人々の記憶に残らない以上、未来予知だろうが過去改変だろうが、やっていることに違いは無い。

 それを指摘すれば、瓜坂さんはゆっくりと肯定した。

「確かにね。結果として『選ばれなかった未来』は実在しないわけだから、後は本人がどう感じるかの問題でしかない。――ただまあ、今回に限ってはヒントがあったからな」

「ヒント、ですか?」

 温くなった牛乳を飲みながら私が問うと、瓜坂さんはエスコートでもするかのように掌を成平さんに向ける。

「環君が言ってたろ? 『未来の俺からの伝言』だよ。何周目の俺だかは知らないがね。環君の予知能力の特殊性について気付いた俺は、自分に伝わりやすいようまとめたんだ」

 その言葉にはなるほどと思わされた。私自身にも重い当たりの有る事だが、人間は自分に覚えやすい単語や音の並びで物を考える。

情報整理能力が落ちている成平さんに複雑な説明を託すより、『自分が理解しやすい形』で情報を伝えたのである。

「『俺が環君に質問をするか、十八時三十分を過ぎた瞬間に裏の雑居のビルで何かが起きる』だったかな? 少なくともここから分かったことが三つ。環君の未来予知がオンタイムで、つまり直近の未来を見ているわけではないという事」

 それはつまり、例えば『常に三秒後の未来が見える』みたいな状況ではないという事。

今回の場合で言えば、『ループ全体の約一時間先までの未来』が見えていたわけだ。

「二つ目は?」

「環君の未来予知には、何か条件があるという事」

 この場合は、『直近の未来で死ぬこと』とでも言うべきなのだろう。

 或いは、『死を回避できる可能性がある事』なのかもしれない。

「そして三つ目、少なくとも『誰かが決めたルール』に従って、この時間のループ現象が起こっている、という事だ」

 締めのセリフに、私はイマイチ実感が持てなくて首を傾げた。視線を向けると、成平さんも困惑したように眉を八の字に寄せている。仕組みが分からないわけではない。

ただ、その情報がどんな意味を持つのかが皆目見当もつかなかったのだ。

「矢加部ちゃんには前にも説明したはずなんだがね。基本的に神秘――或いはオカルトっていうのは伝承ありきの存在なんだ。だから当然のように伝承の影響を受けるし、どう対処するか考えるなら、先ずは伝承を見るのが手っ取り早い」

 店の奥から漂ってきたシナモンの香りが妙に鼻につく。瓜坂さんは懐から十字架のあしらわれたネックレスを取り出して、言った。

「例えば、吸血鬼は十字架やニンニク、銀などを嫌がる、なんてのはいい例だ。魔術師やなんかじゃなくても使えるが、この場合、ヴァンパイアに限ってであり僵尸やペナンガラン、化けイタチなんかは対象外になる。まあ、伝承の大本が違うんだから当然だけどね」

 そういえば、以前にも瓜坂さんが魔法じみたこと――というよりも、魔法使い相手に星座早見表みたいな道具を使って対抗しているのを見たことがある。魔術師ではないという事を思えば妙な話にも感じていたが、伝承に則ってさえいれば多少の事は出来るのか。

 気を付けねば。

「話が脱線したが、逆に言えば『法則性』を掴むことによって、元の伝承が見える事がある、という話だ」

 今回の場合、それが『誰かの決めたルール』なのだろう。「それを使って、事態を収拾したい。環君の場合、思考能力の低下という明確な障害が出ているからね……正直、かなり不味い状態だ」

「アタシは別に……、そんなの大丈夫だよ!」

 少しどもるようになりながらも言い返す成平さん。探偵は真正面からたたき潰す。

「大丈夫な訳は無いだろうさ。少なくとも、『噂』になる程度には毎日死んでたんだ。常人ならとっくに精神崩壊していてもおかしくはない。……いや、もしかしたら呪いを施した時点で『精神崩壊を起こさない』ために別の呪いをかけたのかもしれないがね。どちらにしても、とてもまともと呼べる状態じゃあ、無いんだよ」

「別に、アタシが耐えればいいだけの話だ!」

 反対に、少女は激昂するように返す。その様は虚勢を張っているようでもあり、或いは誰かを信用することに怯えているようでもあったが、どちらにしても、私と同い年くらいの少女がするにはあまりに悲壮すぎる覚悟が見え隠れしていた。

「大丈夫じゃあ、無いじゃないですか……。成平さんがそんな無茶をすることに、何の意味があるんです! それに今回は私達だったから良かった様な物の、いつか成平さんに恋人が出来て、あるいはそうじゃ無くたって貴女自身の家族が巻き込まれて……目の前で死ぬ光景を見せられるかもしれないんですよ!?」

 その言葉を発したのはただ成平さんを説得するためだったが、発し終えた時私が考えていたのは別の――ヤマモトさんではない、本当の父の記憶。

「それでも、別にアンタたちに何かしてもらう程の事じゃ……」

 そんな私の感傷もお構いなしに、なおも勢を弱めない成平さんは表情を緩めない。

「じゃあ、言い換えようか。これは残業代だ。君に付き合って二十周も死に続けた俺たち二人の残業代として、お節介の一つでも焼かせてくれ」

「そういわれると、それはそれで疑いたくなるもんだね」

 皮肉げに笑って返される。

「だいぶ面倒な性格してますね、成平さん……」

 思わず口をついて言ってしまうと、彼女はカラカラと笑った。

「どこぞの少年漫画じゃないんでね。アタシは命助けられたぐらいで惚れるような――っつーかそれ以前に信用すらできねぇのよ。伊達に何十回も死んでない、っていうの?」

「悪くない信条だね。それに当然だ。でなきゃ今頃、お医者さんはハーレムだ」

 成平さんはスネて悪ぶっているのか、いないのか。

 その据わった視線には、頭痛を堪える眉の動きには、何もかもを疑って掛かるような生き辛さが垣間見えていた。瓜坂さんなら、『探偵としてはある意味合格だね』なんて言うだろう。その修羅が宿った表情を、私は真っ直ぐ見つめた。

「五十七回。この二週間でアタシが巻き込まれたループの数だ。一日平均四回ちょっと死に掛けた計算だな。勿論、一回のループごとにクリアまでに軽く二十周はかかるからな、実際はもっと死んだことになる」

「……それは」

 何と言っていいかわからず、気まずさを紛らわすようにテーブルの下で指を遊ばせる。

「大変でしたね、何てありきたりなことは聞きたくねぇ。五十七回のうち、二十回以上は通り魔とか強盗とか、とにかく『アタシを殺そうとしてる人』だったよ」

「まあ、そうだろうね」

「ちょっ!? 瓜坂さん……」

 唐突に口を挟んだ探偵を私は叱責する。

トラウマを抱え込んだ女の子に対して、余りにも無神経だ。

「世間なんてそんなものだ。みんなストレスを抱えてる。今日生きていくのに、何かを奪う以上のことを思いつかない奴も居る。或いは、強盗せざるを得ない複雑な事情を抱え込んでいたかもしれない。……環君の『呪い』がそういう人を引き寄せてしまう物であったとして、そういう人が居る事に違いはない」

 あまりにも絶望的に聞こえるその言葉に、しかし成平さんは救われたように顔色を明るくする。それは狂気――ではないのだろう、多分。

 生き辛さ、人の汚さの様なものを身に染みて覚えただけに、それを肯定された事に安心した。狂ってしまうよりもつらい、失望の安定感。

「アンタは、なんか落ち着くね。静かっていうか、すごい澱んでるっていうか」

 まあ、実のところ詐欺師なのである。ある意味当然だ。

「……じゃあ、もう少し汚い話をしようか。環君、もし君が死ぬことに慣れきって、そして生を諦めてしまった場合……。もしかすると、世界は延々と『環君の死』を起点に止まり続けてしまうかもしれないって話だ」

「そりゃあ良いね。自己中なんて言葉もあるが、まさにアタシが世界の中心になるってことじゃないか。それはそれで愉快にも思えるさ」

 成平さんは体温で温くなったジュースを飲み干し、拍手をしながら愉快に笑った。

「冗談じゃない。実に不愉快だよ、そうなったらば。だから、俺が君をどうこうするのは君のためじゃあ無い。俺自身のためだ」

 眉根を寄せながらも真摯に放たれたその言葉に、成平さんは満足げに頷く。どうやらそれは、彼女の中で道理の通る話だったらしい。その表情は晴れ晴れとしたものだった。

「……でもまあ、アンタがアンタ自身のために何かするってんなら、アタシは文句も言わない。折角の残業代だ、協力もしよう。何をすりゃあいい?」

「いいや、何にも?」

 不愉快だと言った時の表情のまま、瓜坂さんは応じた。

「君は少年漫画じゃないと言ったがね、俺は結構手広くやってる――それこそ漫画みたいな探偵なんだ。解決するのに許可が居ると言うだけで、別段協力は必要ない。……どうぞ、帰りたまえ」

 促された成平さんは、律儀にジュースの代金を置くと席を立つ。

「じゃあ、お言葉に甘えて。おとなしく救われるとするよ、ありがとね」

 嘘を吐けないオカルトである。その言葉もきっと真実なのだ。

 そう思って、自分のアイスティーに手を伸ばす。届くより早く瓜坂さんが言った。

「さて矢加部ちゃん、感傷に浸ってるところ悪いがね。これから詐欺師の仕事をする。先方が来るまで十五分って所だからね。それまでに、一通り真相を聞いてもらうよ?」

「ええ……。また詐欺師の仕事ですか」

 なんだかんだ格好つけても、結局人を騙すのか。そう思って私がため息を吐けば、それ以前の問題だと瓜坂さんは笑う。

「そもそもを言うなら、成平ちゃんに言ったことだって全部が真実じゃない。勿論、余計な口を挟まずに静かに聞いていたり、或いはこのまんま帰ってくれるというなら真実を聞かずとも良いけど……。矢加部ちゃん、どうしたい?」

 それこそが、詐欺師の笑顔。一見爽やかなのに、一見こちらに選択をゆだねているかのようなのに、その実どちらとも異なる。非常に、忌々しい。

 いや、今思えばこの男はずっと騙して居たのだろうか。成平ちゃん、などと呼んだ辺りからしても、さっきまでの態度すら徹頭徹尾演技だったのだ。

「……分かりました。教えてくださいよ」

「うんうん。まず最初に成平ちゃんの『ループ現象』の仕組みだね。呼ぶなれば、『英雄病』って所だ」

「英雄病、ですか……」

 名前は妙に勇ましいが、イマイチ実感がわかず、私は自分の肩を揉んだ。

「うん。メサイアコンプレックスとか、厨二病みたいな類の事じゃなくてね。彼女は、それこそ物語の英雄よろしく『死の運命』を捻じ曲げることが出来る。だから英雄病」

 なんというか、ネーミングセンスが無いのだろうか、この詐欺師。

「微妙な名前ですね、それ……」

「まあ、ネーミングの理由はそれが半分でね。もう半分は、中国神話における『死の運命』の特殊性に由来する。――かく言うこれからくるお客様も、中国のあの世の役人だ」

 あの世、というと閻魔大王や或いはハデスなどが脳裏に浮かぶ。ただ、中国のイメージは余りない。

 その上、『死の運命』の特殊性などと言われても、情報が混乱してよくわからなくなってしまう。ただ、特殊というからには私の想像から外れるのだろう、と思いつつ。

「でも、中国のあの世ですか。あんまりイメージ無いですね……」

 そういうと、瓜坂さんは鞄から紙を一枚取り出した。

「日本の閻魔大王みたいに、中国のあの世には東岳大帝、もしくは泰山府君と呼ばれる偉いオッサンが居るんだ」

 言いつつ、紙には相関図の様な物が描かれていく。字はこれから入れるのだろう、空白だらけであった。

「その人が『どこの誰が何時、どうやって死ぬか』みたいなのを決定する。それが『寿命』、所謂死の運命と呼ばれるものだ」

「その決定事項は八~九割くらいの確率でほぼ発生し、そしてその配下の役人がそれを確認・死者の魂をあの世に連れ帰る。そういうシステムになっているんだ」

 その八~九割、というのが特殊性に該当する部分なんだろう。

「なんていうか、マッチポンプじゃないですか、それ?」

「そこら辺は価値観の違いだね。ただこの場合に理解してほしいのは、泰山府君が十字教的な『絶対神』ではなく、またその配下たちもそれぞれに人格を持つ連中だっていう事」

 そこで一息置いて、紙をちょんちょんとつついた。

 その言葉から連想しうるのは、所謂昔話や説話のお約束。

「それって、その配下の役人たちがうっかりミスをしたり、神様が気に入った人間を助けちゃう、……どころか場合によっては『めっちゃ頑張れば生き残れる』程度に死の運命を設定してる、ってことですか?」

 それこそ、紀元前から続く中国の歴史で是正されていないわけだから、ある程度のミスは見逃す前提で神々も動いているに違いないだろう。

「おう、大正解。成平ちゃんのループ現象の場合、『死なない可能性』が存在する以上無限にやり直せる、って所だね」

「死の運命、については分かりましたが、それでも三つ疑問が残ります」

 私が言えば瓜坂さんは三本指を立て、それを反対の掌で包み隠した。

「なんの仕草です?」

「いやあ、ちょっとした思い付きさ。いつかの成平ちゃんがやったであろう仕草、って所だな。……その三つは『日本人のはずの成平環がなぜ中国のあの世の影響を受けるのか』『成平環はどうやって過去に戻っているのか』そして、『彼女はなぜ死に続けるのか』」

 流石、というよりも、きっと彼自身が正答に至るまでにたどった道筋なのだろう。

 文面こそ違えど、まさに私が聞こうとした内容をズバリ当てられ、思わず手を振り払うのも忘れてしまっていた。

「ええ、はい」

「一つ目に関して言えば、『そういう工夫をした魔術師がいたから』だろうな。それこそ俺が藍崎組から頼まれていた案件なんだが、最近この辺りで中国系の魔術結社の大規模告発があってね。警察の暗部が確保したらしいんだが、その連中の仕業だろう」

 だいぶ御都合的な話にも聞こえるが、しかし目の前の男が『中国のあの世の役人を騙す』などと言っている以上は、中国の死神は意外とフットワークが軽いのかもしれない。

「二つ目は?」

「これについても、『魔術師の仕業』としか。日本にも寒戸の婆と言って『村を出た娘が何年かしたら老婆になって帰って来た』なんて話もあるがね、それこそ大陸の方なら『過去に戻る』ような逸話・伝承もいくらかあるだろう」

「なるほど。伝承自体は有るんですね」

「というか、その『伝承』自体がまさに時間に縛られないからな。おかしな話だが、『古事記』や『日本書紀』が書かれるよりはるか前から日本の神々は実在している。彼らの記憶では。だけども同時に、それら以前の資料となると同じ名の神への記載がまるでない」

 神々が書物より以前に存在したなら、古事記以前に資料が存在しないのは変だ。逆に書物によって神々の存在が生まれたなら、それは歴史が書き換えられた証左である。

「未だに魔術師界隈でも解決してない問題の一つだよ。明らかに歴史が改竄されているのに、何の問題も起こっていない。もうちょっと言うと、大半の神話は『大地の創造』を含むから、地質学上『既に存在していた土地』を『新たに生み出した』という矛盾もある」

 プレートなどの移動で日本列島が大陸から分離するのと、イザナギ・イザナミが日本列島を作ったという時期は別々だ。しかし、どちらもどうやら事実らしい、と。

「まあ、そこら辺は専門家が考えるべきところだから話を戻すがね。術式起動の魔力は十中八九『死への恐怖』を使って生み出してるんだろう。魔力ってのは感情の力だからね」

 その言葉に、先ほど瓜坂さんが『精神崩壊を防ぐ呪いでも掛けられたか』と呟いたのを思い出す。祝福ではないのかかとも思ったが、ループの仕組みを理解した今となっては『ループさせる魔力を稼ぐために、精神を保護した』という意図が透けて見える。

 実に、おぞましい。

「呪いの目的としては、そうだね。疑似的な不老不死の研究、って所だろうね」

 死んでも甦る、ではなく『死なない可能性を掴むまで繰り返す』という事だ。

「組織が壊滅した以上、研究は続かないだろうけど……。警察が確保している以上、解呪のためとはいえ面談するのは難しい。――っていうか、死刑になってる可能性もある」

「そんな過激な組織でしたっけ、警察って?」

 というより、それ以前に警察がそんなものを相手取るのだろうか。

「一応、警察にもオカルト関係の専門部署があるんだよ」

「へぇ。でも、やっぱり死刑は性急過ぎません?」

「むしろ、慎重派だからこそさ。オカルトを操る魔術結社相手に動くなら、警察も相応の被害を覚悟したはずだ。そうまでして動く以上、成平ちゃん以外の件でも相当やらかした(・・・・・)んだろうさ、その連中は。拘置所の中で儀式とかされても困るしね」

 合理的なのは理解できるけど、あんまりだ。オカルトに関わる人間というのはやはりどこか狂っているな、とつくづく感じる。

「三つ目の『なぜ成平ちゃんが死に続けるのか』については、これから来るお客がまさにそうなんだけどね……。それこそ『英雄病』って呼ぶところの本質だよ。彼女は英雄に足る器も、能力もないのに『死の運命』だけは頑なに回避し続けた。真相を知らなければ、誰にでもそう見える」

 瓜坂さんのいう事は、少しわかる気がする。例えば今日の事件であれば、少なくとも成平さんは『怪物を倒して』事件を解決すべきだったのだろう。もし彼女が『英雄』なら。

「瓜坂さんらしく言えば『死を回避する運命』も百パーセントじゃないって事ですか?」

「うん、判って来たじゃないの。成平ちゃんはね、死の運命を回避したにも拘らず、彼女を監視していた死神から『英雄の器ではない』と判断された。偶然生き延びただけど判断したあの世側はいわば『死の運命の不履行』と判断したわけだ」

 あまりにも身勝手にも思える話だが、それでも死神の仕事は人を殺すことである。人を殺して、その魂をあの世に持ち去る事だ。それに失敗したとなれば……。

「彼女にまつわる死の運命は、バネやゴムのようにたわみ、そして反動が追いかけてきた結果として成平環はより死にやすくなる」

「そして死を回避した成平さんは、英雄と呼べるほどの器を持たないがゆえに、『偶々死ななかった』か、さもなくば『死神の仕事ミス』と判断され、再び死の運命を課せられる、訳ですか」

 それが、彼女が死にやすくなっていた理由。

 まるで無限に反射し続けるスーパーボールのように、ドンドンと死の運命に追い立てられていく。そんな境地にたった十六歳の少女が置かれていたのだ。

「じゃあ、成平さんの関わった事件で死者が出なかった理由は……」

「彼女自身をピンポイントに狙った『死の運命』だったからだろうね。今回の俺達みたく積極的に関わった場合を除いて、例え成平ちゃんが死んだルートでも人的被害は出なかったはずだ。ま、だったとしても胸糞悪いことに違いはねぇけどな……。ほうら、向こうさんが来なすったよ」

 

 この後の話は、実は私はよく覚えていない。瓜坂さんが死神と交渉したのは確かなのだが、実は私自身仕事にかまけすぎて学校の宿題をやっていなかったことに気付き、その後徹夜したせいもあってよく覚えてはいないのだ。

「……まあでも、そういう訳で成平さんの『呪い』は今後かなり軽減されるらしいです」

「はぁ、死神と交渉なんて与太話も大概にしろ、と言いたいところだけど……。ここ三日近く『死んで』無いからねぇ。流石だね、あの探偵さん」

 そういってケタケタと笑う少女の顔には、あの夜見せたような人への失望や『死に続ける事』への焦りはもう無い。勿論、頭痛の陰りも。

 週開けて火曜日。瓜坂さんに『俺が魔術師で無いこと以外、全部話していい』と許可をもらったうえで私はネタばらしと経過報告をしていた。

 ちなみに、こっち側に関してはずぶの素人である以上、『嘘を吐ける』ことはばらして良いそうな。

「で、結局探偵さんがアタシに吐いてた『嘘』って何だったんだい?」

「一個目は『成平さんが死んだら、世界が停滞してしまう』っていう話。どうも、成平さんの死っていうのは世界から孤立して存在してるらしくって、成平さんが死んでも、死ななくってもあまり影響――バタフライエフェクトって奴ですね、が無いらしいです」

 彼女の場合、あの世サイドから『本来死んでいるべき』と判断されていたのだ。現時点で既に死んでいるべきなのが彼女であり、彼女がいつ死のうが彼女の死は『世界』そのものに影響を与える事は無いらしい。

「そりゃあ何とも、寂しい話だね」

 言葉の割に、むしろ気楽そう。というか、肩の荷が下りたような表情だ。

「変に気負わなくてもいい、って話ですよ」

「そういや、その探偵さんが居ないさね」

 いま私たちが居るのは、先日と同じ喫茶店。事務所ではない。

「ええ。……実は私達、別の人から解決を依頼されてまして。瓜坂さんはそっちの報酬目当てで解決したかったんだそうです。『気にはしないと思うけど、念のため謝っといて』とのことです」

「そりゃあまた、律儀なことだね」

「ただ、さっき『かなり軽減される』と言った通り、今後も週一ペースで死ぬことになるそうなので、油断はしないでください」

 結局瓜坂さんが死神相手にした事と言えば、『こういう事情であなた方が狙ってた子は死なないんですよ~。あの娘が被害者だって、わかるよネ?』という交渉であった。

 あの世側にも色々規則があるそうなので、週に一度ほどは軽く死ぬらしいが、それでも大分マシになるだろう。今まで、週三十回ペースだったらしいし。

「それ、アタシの脳への負担は大丈夫なの?」

 気丈な彼女と言えど、流石に肩の荷は降りていたのだろう。やや不安げに問うた。

「大丈夫だそうです。脳科学の順応成長理論がどうとかで、頻度を一定以下に落とせば問題は無い、とかなんとか。私も瓜坂さんも専門ではないですけど、前みたいに恒常的な頭痛に悩まされるわけじゃないらしいですよ」

「ありがたい限りだね、助手ちゃん。くれぐれも無理はしないようにね」

 そういうと成平さんは席を立ち、去っていく。

 あの詐欺師が結局人を救ったのか、そうでないのか。私にはわからない。

 結局のところルイスさんと、例の藍崎組とかいう極道からもお金を貰っていることを考えれば、決して『見返りを求めない善行』などではない。

 しかし、では迷惑をこうむった人間が居るかと言われれば皆無なのだ。

 それこそ瓜坂さんが交渉した相手の死神ですら、『成平さんを殺すこと』そのものが一種のノルマ、というか残業と化していたらしく、『これで定時で帰れます』と感謝していたくらいなのだから。

「それでも……」

 彼が人を騙した事だけは、今回も事実なのだから。この経過報告だって、全て終わった後に私が来たからこそ意味があるのであって、事実『成平ちゃんが居ると、交渉の邪魔なんだよね』と瓜坂さんは言っていた。だから騙して帰らせたとも。

「ぐぬぬ……」

 信用すべきか、否か。悩みながらも、私は席を立つ。

 幾分涼しくなった秋の風が、街路樹を揺らして過ぎて行った。

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小説情報

小説タイトル
オカルト詐欺師 完結版
作者
大野知人
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