機動装鎧トルクギア(第一稿)
第一話改稿版
- 作者
- 大野知人
- このエピソードの文字数
- 17,313文字
- このエピソードの最終更新日時
- 2021年3月4日 05:50
人気のない荒野に、ガコンガコンと金属がぶつかり合う音が響く。
その音は、十メートルほどもある人型の鎧が建物を分解し、そうして出てきた屑鉄をそりのような荷台に投げ入れる音であった。
「今日はこんな所かなァーと!」
巨大ゴーレム――GG(ギア・ゴゥラム)のコクピットで操縦桿を動かしながら少女が声をあげる。名前はライカ。十五になったばかりだが、学校なんて物は無いこの緩衝地帯の荒野ではもはや一人前の仕事人だ。
「ここの基地は一通り漁ったしなァ……。そろそろ狩場を変えるか……」
ぶつくさいうライカは年若い少女ながら、そのGG操縦は堂に入ったものである。
「ケーッ! GGの一台、銃の一丁もねェでやんの。しけてやがる」
文句を言ったって、三カ月にも渡って彼女が盗掘に来ていたのだから、残り物が無くなるまで掘り続けた彼女の自業自得である。
「いじゃア、今までお世話になりました、ッと」
軽くGGの上体を曲げて遺跡から出る。一応、礼儀というものを知っている娘なのだ。今となっては跡形すらないけれど、場所そのものに向かって彼女は頭を下げていた。
「にしても、ここの基地は稼げたよなァ……」
この規模の基地にしてはという条件付きであるが、比較的状態のいいGGが三機に、指揮官室に残されていた徽章などの貴金属類、更にはまだ使える整備用の道具など。
色々なものが放っぽられていたお陰で、この三カ月食い繋いでこれたのだ。散った者が居るというなら哀悼の一つも示すが、それ以上に『飯のタネ』としての感謝が大きい。
ブオンブオンと風を切る音がコクピットの中からでもよく聞こえた。
「しっかし、どッこもかしこも惨澹としちゃって……。ま、生まれた時からだけど」
戦争が激しくなったころに生まれ、物心つく頃には難民キャンプにいたライカにとってはこの光景こそ常である。『惨澹とした』なんて言えるのは義理の親である酒場の女将さんが聞かしてくれたおとぎ話のお陰だ。
地べたを見ると、あちこちに民家の跡らしき木片や畑があっただろう微かな溝が散らばっていた。すでにその跡すら消えかかっているのが、かつての戦争を物語っている。
「……ハァ。明日から、どうしよ」
貯えがあるとはいえ、半年ほどで使い切る。その前に次の狩場を掘り当てねばなるまい。地平の向こうに見えてきた生まれ故郷の町へ、ライカはペダルを踏んだ。
「たァだいまァー!」
『町』に着くなり、彼女が愛機を飛ばして向かうのは町の西にある大広場。昔軍で働いていたという数名の査定屋が、拾ってきた戦利品を買い取ってくれるところがあるのだ。
「おっちゃん! 今日も査定を頼めるかィ!」
自分用のスペースにGGと荷台を止めると、コクピットを開いて声を張る。
「おいおい、また盗みですか?」
聞きつけて寄ってきた男をGGのマニピュレータで掬い上げて荷台の上に乗せると冗談と共にトホホと表情を崩された。
彼の名はトーマス。町一番の博識の査定屋にして、顔役の一人でもある。ちなみに年のころは二十五と、おっちゃん呼ばわりが地味に辛かったりする。
「盗みって言い方は人聞きが悪いじゃアねェの、おっちゃん。盗掘屋であっても盗賊じゃねぇ。それがアタシのポリシーだ!」
山と積まれた鉄くずの傍で胸を張って少女は言うが。
「盗掘だって盗みですよ……。とはいえ、お前(まい)さんがたが居るからこの町は成り立っているんですけどね。荷台を見さしてもらいますよ、っと」
『町』なんて呼ばれてはいるが、ここもかつての難民キャンプの一つ。
それが町と呼べる規模にまでなったのは、クズ鉄を回収して正規軍に売り払い、そのお金が街を潤したお陰だ。なので、盗掘屋はこの町には無くてはならない存在である。
「ありゃ、正真正銘の鉄くずばっかじゃないですか! 何かありましたっけ?」
割合勘が良いライカはこの町の盗掘屋の中でも屈指の稼ぎを誇っていたが、ここ数日は大したものを持ってこない。そのことに不審を感じてトーマスは問いを発した。
「いやいや、ここのところ世話になっていた『狩場』が引き揚げ時でね。屑鉄ごっそりかき集めてきただけだよ」
それなら確かに納得がいく、頷くとトーマスは査定書といくらかのを渡した。
「ちょっとばかし色を付けておきましたよ。……はい、これ。今日は打ち上げでしょ?」
ビジネスライクな会話をしつつも、ライカが幼いころからの知り合いであるトーマスは少しの小遣いを握らせるとライカは笑顔を浮かべて去っていった。
「さーてと、どうしたモンかねェ」
翌日のライカ。今は次の狩場を探してGGでお散歩中である。
ちなみに、『戦時中の地図は?』と思うかもしれないが、建築用としても優秀なGGで小規模な基地やトーチカを立てまくったせいで、当時の地図はあまりアテにならない。
「あーッと、そろそろ『境界線』だな」
かつて戦っていた二軍の最前線跡が、もう間もなく。今は戦争で荒れた広い土地を緩衝地帯にしているが、その緩衝地帯に存在する唯一の貴族領・戦時中に中立を保っていたテレーヌ領がもうすぐそこである。そのことに気づいて、ライカは踵を返す。
「領軍の連中に目ェつけられると厄介だもんなァ……」
愛機を百八十度回転させたところで、太陽の位置と時間から自分が南西に進んでいたことを悟った。
「って、アレ!?」
そこで、ライカは視界の端に妙なものを見つけて機体を止める。
土煙だ。規模からして、GG数機だろうか? 群れてこちらへと向かってくる。
それを見て、正義感の強い彼女は相反するような好戦的な笑みを浮かべた。
「盗賊かァ……。アタシの荒野で人を襲うなんざァ、良い胸してるじゃアねェの!」
盗掘屋同士は稼ぎが減ることを嫌って滅多に組まないから、盗賊で間違いないだろう。
今日はもう帰ろうかと思っていたが、予定変更。
「幸い、荷台は外してきてるしなァ!」
狩り場探しだけ、と予定を決めてきていたお陰か今日の彼女のGGは身軽である。
向こうのGGも土煙程度にしか見えない距離だから、身を隠して躱すという手段もあったのだけれど、ライカは生憎と我慢弱い性質であった。
ある程度資産があって整備できるため、D85番地のGGはそこらの盗賊より数段マシなスペックである。数が少なければ、いや多くとも倒す自信が彼女には有った。接近しつつ、カメラの倍率を上げて偵察する。
「しっかし、この辺りにあんな連中居たかねェ? ……アタシのと同(おんな)じ『ゴブリン』一機に、『ヘルム・ギア』二機かィ。武器は結構有るじゃアない」
GGは不揃いで移動速度からしてもロクに整備もしていないようだが、武器の数だけは有った。後ろの二機はバズーカやら、マシンガンやらを積んでいる。手前の機体の武装は少ないようだが、それでも小銃と、接近戦用の斧を持っている。
「こっちは軽装だが、負けるつもりはないぜィ!」
治安の悪い荒野を行く都合上、マシンガン一丁に近接用のナタを二つ、ライカも持っていた。機体に傷を付けてトーマスに叱られるのは怖かったが、久々の実戦に彼女はワクワクしていた。
と、その時。まだ射程外だというのにタァン! と音が響く。
「って、撃ったァ!?」
撃ったのはヘルム・ギアの一機である。狙撃銃でもギリギリ当たるかという距離だというのに。そう思ってスコープを覗き込んだ時、ライカは微かな違和感に気が付いた。
「アタシの方じゃねェ。もしかして、前方にいるゴブリンを狙ったのかィ!?」
同士討ちかとも思ったが。よく見れば、後ろのヘルム・ギア二体が所属を表すように赤いバンダナを巻いているのに反して、ゴブリンはそうでない。
「あっちが二グループとするなら、追われてるのはあのゴブリンか」
であれば、囮にして逃げよう。そういう考え方はライカにはなかった。むしろメラメラと闘志が燃え上がった。
「二対一とは、卑怯じゃアないのさ!」
自分が三人がかりで終われるというならそれも良かったが、他のヤツが多勢に無勢で襲われているのは見逃せない。ライカはそういう少女であった。
「手助けしようじゃねェの!」
ヒロイックな願望に浸ってか、無自覚だった笑みを深めた彼女は威勢よく反転する。
幸い、連中はこちらの方向へ移動しながら戦闘しているお陰で、ライカが駆けつけるまでには一分足らず。
「あー、あー。聞こえるかィ!?」
ヘルム・ギアの突撃銃の射程に入らないくらいの所で、無線で交信を試みる。
「んだってんだよ! こっちは今忙しいんだよ!」
「テメェも殺されてぇのか!」
先に繋がったのは盗賊の方。威嚇代わりに鉄砲を撃ってくるのを片手間に避けつつ、ライカは無線を調整した。見る人が見れば、それだけでもライカの技巧に唸ったであろう。
「おい、逃げてる方のアンタ! 聞こえるか!」
「ザッ……、ザザッ! ああ。聞こえてるよ」
応じたのは青年と言うには渋い男声。
元は軍人だったのか、追われているというのに、落ち着いている。近づいてみて分かったことだが、彼のGGはあちこちに欠損があり、そんな機体で危険な荒野を横断しようという彼の豪胆さが窺い知れる。
「アタシはアンタに加勢する。事情はよく知らねェが、どう見たって被害者だしなァ!」
ざっくり言い終えると、武骨に丸みを帯びた己の機体を荒野に躍らせて銃を構えた。
「行く、ぜェ!」
逃走中のゴブリンとの短い会話の後、スラスタを全開に吹かして一気に接近する。
盗賊の二機の射程に入っても、構いやしない。避ければいいのだから。そう言えるだけの反射神経と動体視力、そして操縦技術をライカは併せ持っていた。
ジグザグと進んで、持っているマシンガンの射程まで接近する。
ベテランゆえの丁寧な操縦で、華麗に弾丸を避けた。
「喰らっちまいなよォ! クソッタレどもが!」
「嬢ちゃん、言葉遣い荒いねぇ!」
横手に張り出すようにして、敵のヘルム・ギア二体へのバースト射撃を敢行するライカを、防勢から反転したもう一機のゴブリンが素人ならざる丁寧な射撃で援護する。
「舐めてんじゃねぇぞ、コラァ!」
「オレ達を敵にして生きて帰れると思ってんのか、ゴラァ!」
負けじと敵側もアサルトライフルやマシンガンを乱射するので、散開して避けた。
「おっちゃん、アタシが前に出らァ!」
「おっちゃんじゃねぇ、ジェイクと呼んでくれ」
ジェイクもまた相当な腕利きなのか、ライカが前に出ることに文句は付けない。
「んじゃア、ジェイクさん! 援護頼むぜィ!」
中距離戦の間合いを保ったまま二手に分かれたライカとジェイク。
リロードの隙をついて接近したライカに合わせるように、ジェイクは反対側に回り込むようにしてマシンガンで援護する。その動きはスラスタ移動中とは思えない程に精密だ。
弾数が少ないのか、はたまた不調(ジャムっ)てるのか、発射音は散発的だったが、その状況でもなんとかやりくりして、的確に敵を妨害していた。
「GGで格闘なんて、できるものかよ!」
「この素人が!」
近づくということはそれだけ避ける余地が減るということだ。盗賊たちは馬鹿にするように呟いて、接近するライカへと銃を乱射する。それをなおも躱す、躱す。
「素人だって? たかだか盗賊ごときがこのアタシを舐めんじゃねェよ!」
接近しすぎて避けづらくなるや、ライカは銃を横にして盾にしながらなおも接近。カンカン、と言う薬莢の撥ねる音に合わせて銃がひしゃげ、ライカのゴブリンの装甲に傷が刻まれる。
「馬鹿が、このまま死ね!」
あと数秒も持ちはしまい。そう確信した盗賊が、操縦桿を深く握りこんだ時。
「この間合いに限っちゃ、別だけどね!」
ライカはニィと不敵に笑って、マシンガンを投げ捨てて上体を倒す。空気抵抗を下げての、更なる加速。ライカは腰裏のナタを引き抜き、斬り付ける。
「うぶぉわ!」
神速の踏み込みは、寸前に放たれた銃弾に背を向けてすれ違うように進んだ。
驚きと共にコクピットの中でのけぞった盗賊が、咄嗟に操縦桿を引いて間一髪で躱す。
「ヒュー。一撃目を避けるたァ、いいね。そう来なくっちゃあ!」
やはり自覚なく、好戦的な笑みを浮かべたライカ。その時。
「嬢ちゃん、殺すなよ!」
何を思ってか、ジェイクが声を挟んでくる。
格闘レンジでの一発はほぼ致命傷。一瞬を競う命のやり取りに、あまりな一言だが、
「わァってるよ!」
何故だか既に確信していたように短く返して、盗賊に再接近。
声に滲むは、この射程でなお不殺を貫けるという自信と覚悟か。
「らァ!」
後ろに跳ぶ盗賊より、前に進むライカの方が早い。
「ん何ぃ!」
盗賊が悲鳴を上げる中、抉りこむようにU字にコクピットのまわりを切り裂き、機能停止に追い込む。
エンジンも傷付かず、パイロットにも被害を出さない。針の目を射抜くような芸当であるが、それをできるだけのGG操縦の才能と『目』をライカは持っていた。
「んにゃろッ!」
残ったもう一人が怒ったような声をあげて銃口を向けて来るが、既に遅い。
「トロいんだよォ!」
先に破壊した機体を盾にするように回り込んだライカが、横を抜けて突っ込む。
「これで、トドメだよッ!」
今度ライカが狙ったのは頭部。ゴーレム魔法の一種であるGGは、『人に寄せることで動く魔道具』であるゆえに、頭部の魔道基盤を破壊されると動けなくなるのである。
「ラァ! 落ちろ!」
右手を横に振り切った刹那、敵の頭部で小爆発が起こった。
「さァて、と。とりあえず自己紹介からってところでいいかィ?」
日頃荷台をまとめるのに使っているワイヤーで、盗賊のヘルム・ギア二機をまとめ上げてからライカはコクピットを開けてジェイクに話しかける。
「そういや僕(ぼか)ぁ嬢ちゃんに名乗ったけど、名前は聞いていなかったっけぇね?」
「アタシはライカ。孤児だから苗字はないよ。D85番地と呼ばれる町で盗掘屋の仕事をしている」
「D85番地ねぇ……? 聞き覚えがあるぜぃ。結構な速度で復興してるんだっけ?」
「ああ、アタシらが掘り起こした武器やGGを売ったり、或いは屑鉄を加工して生活に役立てているお陰でね。生きて行くには困っちゃいない」
「なるほど、中々良い『町』じゃないか」
ジェイクが町という言葉に込めたニュアンスは、『どうせ規模のでかい難民キャンプだろう』と言う侮ったものであったが、気付きつつも気にせずライカは続ける。
「で、ジェイクさん。名前以外にも教えてもらえるかい?」
これはライカ自身が、ある程度の実戦経験を積んだGG乗りで有るからわかることだが、このジェイクという男はとても強い。
初めて出会ったライカとのコンビネーションといい、ボロボロの機体であれだけ動かせていた事といい、極めつけは『殺すな』が通じるライカの技量を見抜く目であろう。
これでただの一般兵を名乗るなら、戦時中はとんだ修羅の国であったことになる。
「あぁ、失礼したねぃ。革命軍第一軍はアブレウ大隊所属のジェイコブ・アリソン大佐であります! ……ってぇのは五年ばかし古いな」
ふざけたような敬礼で呵々と笑った後、男は無精ひげの顎を撫でて言った。
「僕ぁ、ただのジェイクでいいよぅ。旅人のジェイクだ」
「軍は辞めたってことかい?」
「ああ、辞めたね。ついでに人殺しもやめた。どうにも臆病なもんでねぇ、きっと気性に合わなかったんだろうさ」
人殺し、そう言った時にわずかに表情に影を落として、しかしすぐにジェイクは剽軽な表情に戻す。妙に他人事のような言い方もまた、ふざけた様子に拍車をかけていた。
「というか、嬢ちゃんこそよく咄嗟に受け入れられたもんだねぇ。『殺すな』なんて、この『空白地帯』じゃあ言われないだろぅ?」
そう尋ねる彼に、ライカはすこしムッとした表情で首を横に振る。
「殺すのは流儀に反するもんでね。『盗掘』であっても『盗賊』じゃない。やむを得ない状況でもないってんなら、『殺し』も『見殺し』もまっぴら御免だね」
どこかプライドのある口上にジェイクはシンパシーを感じて、頭をかいて謝る。
「悪かったよ、甘く見てた。嬢ちゃんのその信条のお陰で僕も助かったってぇ所だな」
「よく言うぜ、ジェイクさん。アンタの腕ならどうとでもなったろうに」
「僕もどうにも、殺すのは好かなくてねぇ」
もちろん、『殺して』良いのならジェイクが切り抜ける方法はいくらでもあった。ただ、それができないのが彼の弱みなのだ。
後ろから追ってくるGGに撃ち返さなかったのは、『当たらないから』ではなく『万が一にもコクピットに当たりかねないから』である。それが、臆病という事。
「だから、事実だよ。嬢ちゃんの信条に救われたのは、紛れもないのさぁ。ありがとう」
「いやいや、アタシのも実のところ受け売りだけどね」
今度はライカが頬を掻く番であった。舐められるのは気に食わないが、褒められると気恥ずかしい。なかなか難しい年頃である。
「受け売りってぇ言うと、誰のだい?」
「……名前は知らないし、顔も覚えてないけどね。昔アタシを助けてくれた人。終戦直後の動乱の中で命を救ってくれて、『D85番地』まで連れてきてくれた軍人さん」
「へぇー。ピンポイントな言葉だけ、よく覚えてるモンだね」
「いや、覚えてたのは育ての親の酒場の女将さんさ。アタシは後から聞いただけ」
「そいじゃあ、受け売りの受け売りじゃないか」
「上手いこと言うねェ、ジェイクさん。……ところで、『人殺し』が苦手な御仁がこの荒野で一人旅をしているなんて、一体どうしたってんだい?」
この荒野の治安はお世辞にもいいとは言えない。
戦闘面で大きなハンデを負っているジェイクにはお世辞にも易い道ではないはずだ。
「少し、探し物をしていてな。もしよかったら、D85番地に寄りたいんだが?」
何か隠しているような言い回しでもあったが、『殺すのが怖い』という言葉には真実味を感じたライカである。人的被害の出るような厄介事にはならないだろうと判断した。
「いじゃア、行こっか!」
日が傾むくにも早い時間に、それぞれにGG一機ずつを背負って町への帰路についた。
「ライカちゃん、GG二機はそこら辺に下ろしといてくれます?」
ライカたちが町について最初にやったことはジェイクが敵ではないと伝えることと、背負っている二機のヘルム・ギアの中に捕らえた盗賊が居ると伝えることであった。いや、その更に前に予想外に大きかった街に驚いていたジェイクに喝を飛ばすのが先か。
「初めましてですね、旅人さん。オレはこの町のまとめ役の一人みたいな事をさせてもらってます、トーマスです。名前を聞いても?」
「初めまして、トーマスの旦那。僕ぁ、ジェイコーーもとい、ジェイクと言う。職業は、見ての通りの旅人さ。しばらく世話になるが、よろしく頼むぜぃ?」
「ああ、ジェイク。よろしくお願いします」
お互い名乗ってから、トーマスが空いている隙間へと誘導し、彼のGGを停めさせる。
「ところで旦那、一つ確認したいんだが。いいかい?」
「ああ、質問は構わないですけど。旦那ってのはどうにもむず痒いので、よして下さい」
確かに少し妙な言い様であった。大体同じくらいの年ということもあって、トーマスは少し不満そうな仏頂面である。
「すまんね。ちょっとしたおふざけだ。気を付けるよ」
「そうしてくれると助かります。……で、質問ってのは何ですか?」
トーマスが問うたのに対し、ジェイクは神妙な顔で告げる。
「その、捕らえた盗賊のことなんだが。殺したりとかは、しねぇよな?」
「妙なこと聞く御仁ですね。まあ心配しなくても、『迷惑料むしり取る』ってとこまでがウチのルールです。再犯なら色々考えるけど、人的被害が出てないなら命は取りません」
ライカと同じようなことを言うトーマスに、ジェイクは表情を緩める。
「そうか、ありがとう」
ジェイクが心底ほっとしたように呟き、胸元のあたりを抑えるのを見てトーマスが奇妙に思っていると、GGを縛っていたワイヤーを回収したライカが横合いから口を挟んだ。
「おっちゃん、ジェイクさんは戦時中のトラウマだか何だかが原因で、『殺す』ことに抵抗があるんだとさ!」
「はぁ、お前さんも大変ですね。よくも無事でここまでいらしたもんです」
言われて気恥ずかしがるように首筋を掻くジェイクを見て、『むしろ殺さず無力化する腕が恐ろしいとも言えるな』と思いつつ、トーマスは彼に街を案内し始めた。
「へぇー。いい町だねぇ」
一通りの案内をしてもらったジェイクは、酒場でトーマスと一息ついていた。
彼の嘆息は本心から来るものであった。町を守る長大な外壁。たった数百人とはいえ、まともな家に住む人々。十分、戦前の小規模な街の姿へと復興を遂げていたからだ。
外壁がやけにデカいのだけは妙に気になったが。
「終戦から五年、その全部を復興につぎ込んでいればこれぐらいにはなるモンですよ」
こともなげに言うが、トーマスの膨らんだ小鼻は自慢げな様を隠せていない。事実、この町への彼の貢献はとても大きいのだ、町を褒められることは何よりも嬉しい。
「しかし、終戦直後から人々が団結できてたなんて、余程の事情があったのかい?」
「一応言っておくと、この町じゃ終戦以前のことを話すのはご法度なんですが……。大した理由はないですよ、ただオレ達はたくさんの孤児を抱えていましてね。子供たちの前で大人が醜い陣取り合戦をするわけにもいかなかったから、陣営問わずで団結できました」
「ヒュー。かぁっこいい」
「からかわないでくださいよ」
そのやり取りは、ともすれば十年来の友人同士のよう。いや、そう見えさせるだけのトーマスの包容力が、この町を作り上げたのかもしれない。
「ともあれ、ウチの街はこんな感じです。そろそろ、オレは仕事に戻るとしますよ」
これでも忙しいのだ、そう言ってトーマスは己の肩を揉む。
「トーマスか。それでメカニック……。トムス・アレイ? 考えすぎか」
背中が見えなくなってから呟き、記憶を漁ってジェイクは首を振る。
彼が呟いた名は、かつて敵対していた『維持軍』でも第一人者と呼ばれたGG技師にして、維持軍の英雄的GG・トルク・ギアのメインメカニックでもあった若き天才である。
「いやいや、あの男がこんな辺境にいるはずもない」
もしそうであったなら、『探し物』の重要な道しるべとなったであろうに。
「ま、今更探したところでどうなるもんでもないがな……」
それでも探したいものが彼には有る、だから無理して荒野まで来たのだ。
「まぁ、僕のGGもボロボロになっちまったし……。しばらくここに居ますかねぇ」
口にして、トーマスが奢ってくれたコーヒーを飲み干す。なぜかとても、不味かった。
「飲めたもんじゃねぇなこれ!」
本当に酷い味である。その不味さに諸々を忘れ、ジェイクはしばらく夕日に見入った。
「よう、嬢ちゃん。今日はもうお帰りかい?」
「んー。ああ。不作だったからね、たまには息抜きをしようと思ってね」
ある日の昼過ぎ。ライカは少々早めに仕事から帰ってきていた。
「息抜き? ふーん……」
納得したような表情をしつつも、ジェイクはどこか探るような様を見せる。それに気 付いたライカが先手を打って尋ねた。
「ジェイクさんこそどうしたんだい? こんなところで」
「いや実のところね、その『こんなところで』が良く判らなくって……」
「良く判らないたァ……? おっちゃんに道は一通り聞いたんだろ?」
「そう意味じゃなくて……。この建物のことだよ」
二人が立ち話をしているすぐ傍にある建物をジェイクは親指でクイと指し示した。
「妙にガチャガチャと騒がしいわりに、酒場って言う風体でもない。さっきから入ってく人を見れば大人も子供も半々ぐらいだから賭博場ってわけでもない。流石に冷やかしで入るのも気が引けるから外で見てたが、一体何のトンチだね?」
「ああ、なるほど……」
納得したように一通りの事情を解したライカは頷いて、それから指を一本立てた。
「まずは入ってみよう、話はそれからだぜ」
中に入ると、人一人優に入れそうな大きさの球体が十個ほど、等間隔に並んでいた。
奥の方にはカウンターなどもあるようだが、まず目を引くのは謎の球体である。
「何だってんだい?」
邪教の祭壇かと身構えるジェイクに向かって、落ち着かせようとライカは微笑えんだ。
「コイツはね、シミュレータだよ」
「は、はぁ」
ジェイクの中にはそのような概念はなかった。GGの普及直後に兵士となった彼にとっての訓練は実践訓練であったし、この町にある物も戦後にトーマスが作った物だからだ。
「まあ、つーわけで。将来的にGGを使う仕事をするだろうアタシらのために、トーマスのおっちゃん達が作ったのがこのGGシミュレータなんだよ」
「大体わかったが、仕組みはどうなってるんだコレ?」
「詳しくはアタシも知らない!」
その言葉を聞きながら、ジェイクは思考を巡らせる。
この数日見て回った限りだと、この町の娯楽品の大多数は行商が持ってきてくれるカードや記録水晶の類が主であったはず。とはいえ、行商から買うのにはお金がかかる。
「つまり、訓練用だったのを娯楽品としても利用できるようにしたってぇ所かぃ?」
「そうそう、そうゆー事!」
大正解、と軽く拍手をしてライカは挑戦的な笑みを浮かべる。
「アタシより少し下ぐらいが、この町に引き取られてきた孤児の最年少でさ、そういった連中が昼間に訓練用として使い終わった後の夕方くらいからは遊びに使っていいことになってるんだよねぇ。ま、有料だけど」
そして矢継ぎ早に言った。
「ところでジェイクさん。このシミュレータ、やってみたくはないかィ?」
面白いことを何よりも好むジェイクに否はない。
「勝った方が晩飯のおかず一品奢るってぇことでどうだ、嬢ちゃん?」
「何なら一食でもいいぜェ?」
言うと、二人は目の前でちょうど空いた筐体へとそれぞれ躍り込んだ。
「なるほど、コイツぁすげぇや。機体だけじゃなく、装備まで選べるのかい?」
トーマスが作ったというシミュレーターの出来の良さに、ジェイクは感嘆の声を上げた。その向かいのコックピットから、ライカがちらと顔を覗かせて自慢げに鼻を鳴らす。
「だろう? 訓練用の時はそうでもなかったんだが、おっちゃん曰く『娯楽用にしようと思ったいくらか興が乗った』らしくてね、中々良い出来なんだぜ」
碌すっぽ魔道具の構造も知らない少女が言っていると思うと、腹が立たなくもないが。
装置のすごさに圧倒されているジェイクは気にも留めていなかった。
「アタシが普段乗ってるのはゴブリンだけど、『オーガ』の方が好きなんだよねェ」
GGの名前はいわゆる『暗号(コードネーム)』としての側面もあり、強さを理解しやすくするためにも、革命軍は好んで魔物の名前を使っていた。
ちなみに、ゴブリンは初中期に使われていた格安量産機。オーガはそれをベースに再設計して作られた格闘用GGである。革命軍全体として丸みを帯びた形状が特徴だが、それぞれ形状が異なっていた。
「ふーん……。じゃあ、僕は『コボルト』で」
「おいおい、ジェイクさん。コボルトは無ェだろう。負けても文句は聞かないぜ?」
コボルトは主に築陣補助や建築・果ては鉱山などでも使われていた『土木作業用』GGである。訓練用には良いのだが戦闘用でないため、そのスペックは推して知るべし。
関節部などが露出した軽鎧風のアーマーとスラスタの少なさからも、弱さが見えた。
だというのに、ジェイクは全く意に介した様子も無く自信満々である。
「使えるように設定されてるってんだから、良いじゃねえのさ」
「ジェイクさんが強いのはなんとなく知ってるけど……。バカにしてると痛い目見るぜェ? それとも年上らしく、晩飯を奢ってくれるつもりだって言うのかィ?」
挑発にも動じることないジェイクにライカの中でむくむくと負けん気が膨れ上がる。
一つ、この思いあがった男にお灸をすえてやろうじゃないか。いわゆる『ガチ』編成でGGの武装を組み上げると、戦闘開始のボタンを押す。
「約束、忘れんなよな!」
「嬢ちゃんこそ!」
ライカがコクピットの扉を閉めると同時、スクリーンが移り変わって基地跡だろう廃墟とそこに立つ一機のGG――ジェイクのコボルトが映される。
さしものジェイクも武装だけはまともに揃えてきたか。見える限りで言うとビーム・ソード(光線剣)、ショットガン、バズーカと言ったところか。
「さあ、狩りと行こうぜェ!」
相対するオーガの武装は、彼女が好んで使うナタが二丁。普段使いの実体刃のものではなく、切断性に優れる光線刃のものだ。他は内蔵式グレネードランチャーとサブマシンガン。数多くの街の猛者たちと渡り合ってきた、最強の武装である。
「先手必勝ってねェ!」
GGを前傾姿勢にして、スラスタ推力を余すことなく使って突撃。対するジェイクも退きながら銃撃で応戦するが、戦闘用と建築用の差はとても大きい。瞬く間に接近を許す。
「何のぉ!」
予測済みのようにジェイクはビーム・ソードを抜刀。ライカのナタと剣戟を交わす。
とはいえ、ライカは二刀流でジェイクは剣一本。一合、二合までは何とか持ったが、三合目ではバランスを崩しかけ、ついに四合目。
「もらったァ!」
振り切った瞬間に隙のできた脇腹。そこをめがけてライカが切り込もうとした瞬間。
「ところがビックリ!」
ジェイクが剣を持っていない方の左手で何かを操作し、同時にコボルトが有り得ないほどのスピードで後方の廃墟の方へと飛んでいった!
「どういう、手品だよ!」
どう考えても推力限界を超えている。驚きつつも、ライカは榴弾砲で追撃を入れる。
「速度限界なら、避けられるものかよ!」
今度こそトドメとばかりに放った一撃だったが、ライカは二度驚くこととなる。ジェイクは片足を上げるように地面から逸らし、スラスタ推力を使って斜めに避けたのだ。
「まさか、スラスタ移動じゃない!?」
「おうおう、嬢ちゃん大正解!」
ジェイクが斜めに動いたことで、ようやくライカにもそれ(・・)が見えた。銀色の細い棒の様なもの。いや、ワイヤーである。
「そんな武装、GGには……」
なかったはず、と続ける前に無線の向こうからジェイクの声が届いた。
「あるんだよ、コボルトには!」
言われて、ようやく思い出した。昔、まだライカが幼くて町も小さかった頃。建築用のコボルトが腕につけたウィンチユニットで、建材などを運んでいたことがあったはず。
「そんなものを!?」
瞬間、疑問の氷解と共にライカの驚愕は大きくなる。ジェイクは剣戟を交わしながら、後ろも見ずにワイヤーの先端の分銅を飛ばし、的確に背後の廃墟に絡ませたのだ。
「なぁ、コボルトだって十分強いだろう?」
その言葉には頷かざるを得なかった。ワイヤーに限った話ではない。先の剣戟だって、決してジェイクの腕のお陰と決めつけて良い問題ではなく、むしろ『作業現場で器用な動きができるように』作られているコボルトの性能による物もあったのだろう。
「だからって、負けを認めるわけじゃないけどさ!」
「良い意気だねぃ!」
その後も突っ込んでは離され、射撃戦に持ち込んでは圧倒的技量にこちらの弾を撃ち落とされ、機体の性能差があるにもかかわらず拮抗した戦いを二人は演じる。
「オラオラオラァ!」
普段とは違い、直前までナタを抜刀せずにサブマシンガンと榴弾で弾幕を張りながらライカは再度突撃。この数分で彼の動きを覚え始めたのだ、今度こそ行けると前に出る。
「今!」
「来るか!」
タイミングを見計らったように両者抜刀、目くらまし代わりに投げつけたそれぞれの銃をお互いに斬り払い、爆炎を抜けて切り結ぶ。
「このレンジでは、負けられないんだよッ!」
ビーム・ナタ二挺を嵐の如く薙ぎ払ってジェイクを牽制しながら隙を探るライカ。
ビーム・ソードでライカをいなしながらも時折ショットガンで攻撃するジェイク。
「良いプライドだ。感動に値する……。だが、まだまだだぜぃ!」
推力が上回っているお陰で、半ばジェイクの逃げ道をふさぐようにして四方から攻撃を加えていたライカ。彼女がナタを振り下ろした瞬間、コボルトが不自然な挙動を取る。
「なんの真似を!」
「秘儀・『刀狩り』!」
横から払うようにジェイクが光線剣でナタの刃を切り裂き、残った柄が爆発四散した。
「どういう技だよッ!」
ライカが慌てるのも無理はない。ビームと呼ばれる光線系兵装は魔法によって生み出される物。鋼の硬度を持ちながら強い弾性を持つ故に、力押しでは破られることなどありえない。逆に言えば、なにがしかの確かな技術によって破られた、という事である。
「もう一本も落とさせてもらおうかい!」
光線剣は一度破られると、魔力の反動で柄もろとも弾け飛ぶんだ。
「させるかよ!」
しかし怯えて距離を取ればもう接近のチャンスはないかもしれない。つばぜり合いを躱しながら、慎重に隙を探る。そしてついに。
「隙が、見えた!」
腕が上がった脇腹、スラスタの方向からしても回避が間に合わない。ジェイクが見せた大きな隙に食いつくように急速反転したライカが飛び込んだ。
勝利を確信した獰猛な笑み、叫び。だが、応じるジェイクはまだ余裕綽々だった。
「まだまだだね!」
見えていながらも、なおワイヤーを伸ばそうとする。
「間に合うもんかよ!」
「だから、甘いってぇの!」
ジェイクのワイヤーが短いまま横に薙がれた。その分銅は重量のままライカのオーガのすぐ後ろを通り過ぎ、次の瞬間にはライカを円心としてぐるりに巻き付いた!
「こういう使い方もあるって、言ってなかったっけ!」
もちろん言っていない。だからこそライカは油断し、こうして捕まったのだから。
「畜生!」
ナタの軌道を斜めにそらしてワイヤーを切ろうとライカはもがくが、一瞬遅い。
致命打を回避したことで余裕のできたジェイクが一閃。
「『刀狩り』!」
横向きのナタを縦にカチ割り、隙のできた頭部にショットガンの銃口を突き付けた。
「勝負、あったな?」
「くぁーっ! 負けた負けたー!」
大敗を喫したライカは文句の一つもつけずにジェイクと共に町の食堂へ直行し、一緒にご飯を食べていた。ちなみに義母の酒場でないのは、たかが一食とはいえ賭け事に興じたことを咎められたくなかったライカのチョイスだ。
食堂は色んな食べ物のにおいに満ちていて、居るだけでもお腹が空いてくる。
「しかしジェイクさん、アンタ本当に強いね!」
「ハッハッハ。まぁそれほどでも……あるかな!」
「実際問題、別段コボルトが一番得意ってわけでもないんだろう? こんだけの実力差を見せられちまうと、侮られたことを怒る気すら湧か無ェが、実の所どうなんだィ?」
ライカはかなり直情的なところのある少女であるが、同時に老練の武人や職人に通じる様な潔さと精神的な分別を持った少女でもあった。そのことを好ましく思いつつ、パンをひとかじりしたジェイクは返答する。
「侮っていたか、って言うならそりゃあ侮っていたさ。ただそれだけじゃなくてな……」
「侮っていたことは否定しないんだねェ」
明言に対して、ライカの返事は文言だけ聞けば咎めているかに聞こえたが、相反して表情は好印象を受けたように笑みを浮かべていた。
「そりゃあね、あの『壊滅戦争』から帰ってきて今ここに居るんだ。自信の一つもつかねぇ道理がないし、ある程度の自信があれば自分より弱い者への侮りも生まれる」
苦笑するように言ってのけてから、ジェイクは続けて言った。
「まぁ、僕ぁ生憎と戦場に恵まれなくってね。いっつもギリギリの現場ばっかり立たされてたから、実のところそこまで機体にはこだわりが無ぇんだ」
言って、もしょもしょと咀嚼する。
「ふーん。あ、あとアレだよ! さっきの『刀狩り』ってヤツ、どうやってるんだい?」
興がそがれた、と気だるげな相槌を返してから一転。ライカがふと思い出したように勢いだって質問をするが。
「秘密だね。……まぁでも、どうしてもってんなら、一つだけヒントをやる」
「んじゃァ、どうしても!」
どうにも厄介なところの多い御仁だ、ライカは裡にそう思いつつも食い気味に言った。
「嬢ちゃん、ビームの構造は知ってるかい? 『魔力にのみ接触可能な特殊結界で熱・斥力変換した魔力を……』つってもわかんねぇよな、ってか僕もいまいち理解できない」
「いや、なんなんだよ!?」
「……ともあれ、まぁビームってのは煮立った湯の詰まったガラス瓶みてぇなモンだ」
「はァ……」
全容が見えないせいか、ライカには何が言いたいのかよくわからない。
漏らされたため息も気にせず、ジェイクは言葉をつづけた。
「中身が破裂するギリギリまで詰まってるガラス瓶ってぇのはな、どっか一箇所にヒビが走っただけで簡単に粉砕しちまう。それと同じようにやるのが『刀狩り』の原理よ」
「つまり、一カ所に集中して力を籠めろってェことか?」
「んま、大体そーゆーこと。ビーム・ソードを相手が振る時、動きの関係で『一番力が乗っかってる場所』ってぇのが剣のどこかに発生する。そこにこっちの力を合わせてやれば、パリンと割れるって寸法よ」
ジェイクは両手をそれぞれ刃に見立てて、右手を大振りに、左手をそれに当てるように動かす。速さでも強い力でもなく、点を突くことが大事だというようにトントンと軽く右手首を叩いて口を閉じた。
ここまでヒントをもらったのだ、あとは自分でやってみよう。フンスと鼻息荒く決めたライカに今度はジェイクが問いかける。
「僕も自分の話したんだからさ、嬢ちゃんのこともいくらか聞いて良いかい?」
言い様はいかにも怪しいオッサンであったが、悪人でないことは短い付き合いながらもライカもよく知っていた。
「まぁ、余程のことじゃないなら……」
なので、そう応えた。その応じように、快く笑顔を見せたジェイクはいくつか気になっていたのだ、と口を開く。
「まずはアレだな……。一つはトーマスのことだ」
「おっちゃん? 何かあったのかィ?」
特にとぼけた訳でもなく、理由がわからないとライカは問うた。
「いや、僕自身としちゃあどうにもあの人は苦手でね。変わって嬢ちゃんに聞きたいんだが、トーマスが元々どういう仕事をしていたのか、知らないか……?」
初対面では明るくふるまってみたが、どうにも探られているような感覚があって、ジェイクは苦手なのだ。故にこそ、彼自身について知れば安心して、あるいは正しく警戒して接することができると思っていたのだが。
ライカはやや怒ったように眉を吊り上げると、キツ目の口調で切り出した。
「いいかい、ジェイクさん。アタシ、この町に案内するときに言ったよね? 『いろんな出身の人間がいる、戦前のことについては聞かないでやってほしい』って」
その目の色は哀愁と寂しさをはらんだ静かな怒り。次はないぞ、という確固たる警告。
「ジェイクさんはこの町にきて日が浅いから知らないだろうけど、この町の大人たちの半分以上は『帰れないからここにいる』人や『帰る場所がないからここにいる』人なんだ」
静かに、言い含めるように。されど同時に、絶対に譲らないという意思を垣間見せて。
ライカは真剣な表情で語った。
「本人たちが話すというなら、他人が口を挟むことじゃァ、ない。だけど本人たちが話さねェって言うなら、他人が口外していいことでも、ない。わかるよな?」
ともすれば失礼な命令口調。だが、その芯にあるのは町人への親愛の情とそれを支える強い信念である。そして、そこに信念があるからこそジェイクは好んで話しかけるのだ。
「……悪かったよ、嬢ちゃん。今後は反省する」
「別に良いよ、ジェイクさんがこの町に来たばかりなのは理解してるし。ただ、今度やったら分かってるよね?」
別に怜悧と言う訳でもない、されど厳しい視線にジェイクはたじろいで、頷いた。
「ああ。よくよく気を付けよう。で、もう一つ聞きたいんだが」
「注意された直後に話を始められるその根性、嫌いじゃないぜェ?」
嫌味のようにライカは言っているが、竹を割ったような性格である彼女を思えば、むしろ本心で好んでいるのであろうか。先ほどまでの鬼気迫る様相を消し去ったライカは。ジェイクに続きを促した。
「嬢ちゃんには何かこう、『夢』みたいなものはあるかぃ?」
「ハァ……」
ライカがため息をつくのも無理はない。今はまだまだ戦後の復興期。ここ数年こそ落ち着いているけれど、簡単なことで食うや食わずに陥るD85番地である。
食うに困る日もあったし、餓死体を町はずれに埋めるのだって見たことがあった。
「それを、夢、ねェ……。ハン」
「いやいや、そんな馬鹿にした風に言わんでも……。軍時代はよく同僚と酒でも交わしながらふざけた話をしたもんでね。戦争が終わったらー、なんてのも何度も話したんだよ」
「へぇ、ジェイクさんの夢は何だったんだよ?」
「重労働はしたくないし、美味いもん作る側に回ってみたかったからパン屋」
「男の夢って言うにはロマンの欠片もねェな……」
一刀両断に付したライカに、ジェイクは少しいらだった様子で返す。
「良いじゃねぇかよ、何を望んだって。そういう嬢ちゃんこそ、『こうなりたい!』みたいなの、ねぇの?」
「夢か……。夢ってもんじゃないけど、そうだな。強い奴と戦いたい!」
その時、一瞬だけ獣が牙を見せる様な獰猛な笑みをライカは見せた。
割合理知的な普段の姿とは違う、本能的で暴力的なその姿。ジェイクは気取られぬよう軽く背筋を震わせる。
「そんな……。いや、一体、強い奴と戦ってどうするつもりなのさ、嬢ちゃんは」
ジェイク自身が『臆病』と名乗るところの核が言葉選びを迷わせた。今確かに、彼はライカに恐怖していた。
「どうするって……。特に理由はないけど。そうだな、敵を倒してもっと強くなる!」
「強くなってどうするのさ?」
だからこそ、問い詰める。ジェイクがかつて軍に居た時分も、こういう人間を見たことがあった。まるで何も考えていないような口調で人の命をスコアとして扱う輩だ。
聞かれたライカもあまりの勢いに気圧されて、それから。
「考えたことなかったや……」
ポツリと呟いた。
「アタシはなんとなく、自分より強い奴を倒したいと思ってた。けど、その理由は『強くなりたいから』で。……そして強くなりたい理由は、『自分より強い奴を倒したいから』で……。なんかダメだ、堂々巡りだね」
この時、ライカの中に今までになかった疑問が生じていた。
彼女が人を殺さないのはただそう教えられたからであり、そうできるからだ。
彼女が誰かと戦いたい・強くなりたいと思うのもまた、理由なくそう思うからだ。
だが、違う。『理由が無い』なんてことは有り得ないのだ。
「ハァ……。なんでだろうな、ジェイクさん?」
先ほどジェイクに注意した時のような芯のある様子は身を潜めていた。
ライカが一つため息を吐く頃には、獰猛な笑みもまた姿を消す。
「僕に聞かれても知らねぇよ」
ジェイクもまた怯えることなく、しかし苛立ちを隠すようにいつもの適当なノリで返した。自分が殺さない理由も、自分が強くなれた理由も今のライカには理解できまいと思ったから、彼はあえて助言はしない。
「ただまあ、考えてればその内わかることってのも、有るんじゃねぇの?」
それから、彼ら二人は他愛もない話をしばらくすると、宴もたけなわに解散する。
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小説情報
- 小説タイトル
- 機動装鎧トルクギア(第一稿)
- 作者
- 大野知人
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