第四章 修羅道、人を愛し。魔道、人を狂わせ
「あぁあああ、うぐぁあああ」
激痛で、声にならない声をあげるブリジットの口に、リリトは自分の手を入れた。
「これを噛みなさい」
リリトの手を、おもいっきり噛むブリジットだが、リリトは全く顔色に出さずに、運転に集中した。
キャンピングカーの置いてある車庫に向かい、車内のベットにブリジットを寝かせた。
何度か、リリトの血液を与えると、ブリジットの身体は痙攣していたが、痛みに絶叫する事はなくなった。
「ブリジット、すみません。私がもっとしっかりしていれば。後は私が全て終わらせます」
リリトは札束をテーブルに置き、メモ書きを残した。
「ゼッハ、今行きます」
ブリジットが目覚めたのは数時間後だった。
メモ書きに目を通すと、テーブルを叩いた。
「何だ、これは……何だよぉ!」
『これを読めるという事は、随分回復したようですね。私の化け物の血を使い、貴女の回復力を無理矢理高めました。許して下さい。それしか貴女を救う方法が無かった。息がまだあったからこの方法がとれました。ほんとなら即死の怪我だったので、くれぐれも無理をしないでください。一週間は最低安静にして下さい。それと、契約金にはほど遠いですが、給与を置いて行きます。取っておいて下さい。貴女にフォローされ、貴女と喧嘩をして、貴女と飲んだお酒、忘れません。もう私達との事は忘れて、貴女の人生を歩んで下さい。短い間でしたが、有り難うございました。親愛なる友 ブリジット・ブルーへ リリト』
置き手紙を握りしめると、ブリジットはとある所に電話をした。
「私だ。金ならいくらでもある。RPGに、対ヘリ用の改造AK、それと私の使っていた銃、パイナップル、それとアレを用意して欲しい。バーサーカーポーションだ。すぐに持って来い!」
そう言うと、ブリジットはウォッカを取り出し、それをストレートで飲んだ。
「二回も私の命を救っておいて、忘れろだと? 出来るわけないじゃないか。馬鹿リリトぉ!」
一時間後に、ブリジットの元に一人の男が訪問してきた。
小柄のいかにも商談が上手そうな笑顔の男であった。
「お久しぶりでさぁ、鉄腕の」
「昔話はどうでもいい。物をよこせ、金はほら」
リリトが置いて行った札束を渡す。
「この早さで、お望みの物を揃えたのに、これだけですか?」
無言でブリジットはカードを差し出した。
「お前なら当分遊べる金がある。これでいいだろう?」
それを受け取ると、男は真剣な顔で言った。
「戦争でも始めるつもりでさぁ?」
「みたいなもんだな」
男は新品の黒い煙草の箱を渡した。
「貴女がこれを咥えて戦った時は、必ず成功生還してきました。サービスです」
「年か? ビタ一文まけないお前が施しとは」
「この仕事してたら、誰が何処で何をしようがどうでもいいんですがね。出来れば、生きてて欲しいお客様というのもいるんでさぁ」
「そうかい、一杯やるかい? サービスだ」
ウォッカの瓶を見せると、男は首を横にふり退室した。
「さてと、ブリジット姉さんのスーパーパックと言った所だが、果たして、あの化け物共に何処まで通用するのかね? おっ! マシンガンまで用意してるじゃんか、気がきくねぇ。じゃあ、お嬢様奪還に私も出ようかな」
★
ゼッハは気がつくと、玩具の沢山ある部屋にいた。
確か、ブリジットにブランケットをかけてもらった。
ポケットに違和感を感じ、入っている物を取り出した。
「ブリジットにもらったのだ。そうだ! ブリジット……」
動物の尻尾を模したアクセサリーを手に、ブリジットが刺された事を、思い出した。ゼッハのいる部屋にノックの音が響く、入室してきたのは髪の長い綺麗な女性だった。
「失礼します。お嬢様」
「貴女は?」
「私はブリュンヒルデ、本日よりお嬢様の世話をさせて頂きます。宜しくお願いします」
「ねぇ、リリトやブリジットは?」
「あの方達は、辞めました」
「そんなわけないよ!」
「辞めたんです」
ムキになったゼッハは、床にある積み木を投げつけた。それをブリュンヒルデはよけ、ゼッハに歩みよった。
「私は、あの者達のように優しくはありませんよ?」
ゼッハに向けて、ブリュンヒルデは手を上げた。とっさに頭を手で覆い、ゼッハは小さくなった。動物が本能から身を守る姿。
「やめろよ!」
通りがかったレギンレイブが、ブリュンヒルデの手を掴む。
「丁度いいですわ、貴女と精神年齢が近いので、貴女がこの子の面倒を見ればいい」
そう言うと、ブリュンヒルデはレギンレイブの手を払い、その場を去った。頭をかくと、レギンレイブはゼッハのいる部屋の地べたに座り込んだ。
「ひっく……ひっ……」
蹲って泣くゼッハに、戸惑いながら声をかけた。
「泣くなよぉ! えっと、その、そうだピザ!」
レギンレイブはその場を離れようとした時、ゼッハがレギンレイブの服の裾を握った。青い迷彩柄の長いパーカーを着たレギンレイブは、裾を掴むゼッハの手を優しく外し、手を繋いだ。
「ピザ一緒に食べようよ!」
「……うん」
涙を拭きながらゼッハは、レギンレイブと共に、厨房に向かった。
大きな冷蔵庫を開けると、沢山の冷凍ピザが入っていた。
「いいだろう? みんなボクのピザなんだよ。えっと、君の名前は? ボクはレギンレイブ」
「ゼッハ……ゼッハ・ガブリエラ・イマリ」
「ゼッハか、よろしくな!」
レギンレイブは電子レンジに、ピザを入れると、タイマーを捻った。
「ピザ、ピザぁ♪」
チン、と電子レンジが景気の良い音を立て、ピザの香りが広がる。レギンレイブはピザを取り出すと、地面にピザの箱を置いた。
「さぁ喰おう。はい!」
ピザを一切れ取ると、ゼッハに渡した。
「ありがとう」
ゼッハが一口それを食べると、また泣き出した。
それにレギンレイブは戸惑い呂律が回らない。
「どどどどうした?」
「ブリジットのピザが食べたい……」
レギンレイブがピザを食べる手を止めた。
「ブリジット?」
「……うん、手作りピザ……すごく美味しい。大丈夫かな? 怪我したんだブリジット」
「きっと大丈夫だよ。喰ってみたいなぁ。そのピザ、そういえばさ、昔ボクの……ん?」
「ん?」
レギンレイブの脳裏に、何かがよぎった気がした。
「う~ん、何だろうな? 忘れちゃった。まぁいいや。ピザ沢山あるから食べようぜ」
★
人造人間を造る装置の中に、リーヅは再び入っていた。それを見ながら、ブリュンヒルデはワーゲンに話しかけた。
「お父様、あの子どうなるの?」
「もう数日の命だろう。数々の実験と、急激な再生に伴い、体組織が崩れ始めている。大量の血液の輸血も殆どその場凌ぎだろうな」
「思ったより使えないですわね。この装置」
「使えなくなった部分は取り替えればいい」
ワーゲンは凍ったランの死体を、リーヅのカプセルに入れた。リーヅの肥大化した手が、それを捕食し始める。
「恐らくこれで彼女はまだ生きられる。第三帝国の遺産と何処まで戦えるのか楽しみだよ」
「素晴らしいは、死者をヴァルハラに送り、力を得る。まさしくワルキューレ、お父様、決心がつきましたわ! 私は究極のワルキューレになります」
寝ぼけたように視点が会わないリーヅは、カプセルから出た。
タオルで優しく拭いてやると、ブリュンヒルデは耳打ちする。
「屋敷の方にあのメイドが向かってますよ。鉄腕もいるんじゃないですか?」
生気が無かったリーヅの瞳に、一瞬にして生気が戻る。
「次は必ず殺す」
「行ってくれますか? ランワン」
頷くと、リーヅはブリュンヒルデが用意していた、赤いチャイナドレスに袖を通した。
「綺麗……」
舌をペロリと出すと、ブリュンヒルデは部屋から出るリーヅを見送った。
「さぁ、お父様。始めましょうか?」
ゆっくりとブリュンヒルデは、リーヅが先ほどまで入っていたカプセルの中に入った。
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