第五話

 この世界には魔術と法術という二つの術理体系がある。魔術はこの世界のみならず異世界、延いては『外』において普遍的に存在する『因子』と、因子が溶け込んだ『力』である魔力を組み合わせて様々な結果を導く術である。

 一方法術は、この世界の根源に根付いている世界樹と繋がることで、世界の法則を操り事象を引き起こす術である。

 どちらにも長所と短所があるのだが、共通しているのは基本的に基点が術者であることだろう。個人差はあるものの、一般的に基点から遠ざかるほどに干渉力は落ちるため、力量が同じでどちらも防御手段を確立している場合、遠距離からの撃ち合いでは互いの防御を抜くことが出来ず、勝負が付かないことが多い。

 特に魔力が豊富であったり、魔導核によって瞬時かつ継続的に防御が可能であったりする魔物や魔獣が相手の場合、遠距離攻撃は役に立たないことが多く、多人数で取り囲んで近距離から攻撃を叩き込むのがセオリーである。

 そのため魔物や魔獣を相手にすることが多い協会員は、近接武器や銃に比べれば防壁を抜きやすい弓を使うことが一般的である。

 

 だからといってこの箱庭世界で銃が廃れているかというと、そんなことはない。

 魔物や魔獣を相手取るには不向きなだけであって、人間相手には有効であることは地球と変わりは無い。

 そもそも人間で防護障壁の展開が出来る者はそう多いわけでは無い。また、魔獣に比べて術式発動プロセスの違いから発動に時間が掛かり、魔力量や空間認識能力が劣る人間にとっては、むしろ継続的な面制圧が可能な銃こそが、最も苦手とする攻撃手段と言って良いだろう。まあ、何事にも例外は存在するというか、素手で銃撃を捌くような化け物みたいな人間も居るのだが此処では置いておく。

 ともあれ、その危険性から殆どの国では一般人の銃の所持を禁止しており、国で管理を徹底している。そして、軍における対人装備が銃となるのも当然の流れである。

 

 

 ヒルメスの村は駐屯地と宿泊所を中心に広がった村である。異界との境界である門からは街道まで一直線に大通りが延びており、門から街道をみた左手に、土を盛って高台にした駐屯地がある。門の右手、大通りを挟んだ駐屯地の反対側には、宿泊施設と魔獣や薬草の保管、加工施設が一体になった建物がある。元はこぢんまりとした二階建ての建物だったらしいが、村の発展にともなって増改築され、今では駐屯地のおよそ二倍の面積に渡る三階建ての建物になっている。

 駐屯地に収まりきらなかった非戦闘員はこの建物に避難しており、窓という窓には板で目張りがされていた。

 中央広場は駐屯地に隣接しており、坂を下りたところでは急ごしらえの防壁が幾重にも張り巡らされていた。広場の中央では分隊長であるノーマンが指示を出しており、仮設の救護テントでは怪我人が治療されていた。

 中央広場の端と宿泊施設の端は揃っており、二つの脇を通るように道が設けられていて大通りと交差していた。実質的にそこが最終防衛ラインであり、道の上には魔術師や弓使い、第一陣で到着した兵隊達が並び、射撃で牽制を行っていた。交差点から街道側や、中央広場と宿泊施設の脇の方には民家がまばらに存在しており、幾つかは取り壊して火を付け、防壁代わりにしていた。

 大通りは西の異界から東の街道へ延びているが、幸いにも敵は南北からは攻めてきておらず、戦力の大部分は大通り沿いに展開され、防衛戦が推移していた。

 

 さて、どう動くとしようか。

 

 大通りの中程ではカーマインが指示を出して敵の侵攻を食い止めていた。質では敵に劣るため押され気味であったが、防壁を上手く使って戦線をじりじりと下げながら味方の被害を最小限に抑えていた。そのままでは時期に押し込められていただろうが、小隊が到着したことで戦力は逆転。敵は小銃の斉射を避けるために建物の影に身を隠した。

 戦況は射撃戦に推移したが、こちらの兵には携行型の障壁用魔導具が支給されており、射撃に専念できるために敵は攻めあぐねているようだった。

 この隙に前線を構築していたカーマイン達は待避、治療所で小休止を取り始めた。

 俺は駐屯地から下り、カーマインに話しかけた。


「敵の手応えはどうかな?」

「フミヤ王子、援軍を届けて頂きありがとうございます。相手は手強いですね。単純に強いということもあるのですが、相対してみるとなんというかちぐはぐな違和感を覚えます。微妙に定石が通用しにくいところがあり、非常にやりにくい相手です。そのくせ連携がとれているのも厄介なところですな。一言も言葉を発していないくせに、互いの位置や状況を理解出来ているようで、一人倒すのもなかなか苦労しています」


 やはり、街道で相対した敵と通ずる部分があるようだ。ただし敵の練度で言えばこちらの方が上であるし、遠距離攻撃手段も有している。手練れはこちらに優先して回したのだろう。


「ただし幸いなことに、敵は本来の実力を発揮できていないようです。何度か反応が鈍いというか、思い通りに身体が動かせていない場面がありました。その理由が掴めれば倒すのも容易になるのでしょうが」

「なるほど。貴重な意見だけど、時間を掛けて探る状況ではないね」

「ええ。それに敵の後続も心配です。始めは荷馬車に偽装した八人だけだったのですが、攻めあぐねているうちに次々とやってきて、村の入り口を制圧されてしまいました。今では五十人は居るのではないでしょうか?」


 なかなか厄介な状況のようである。ロディ少尉達が到着すれば状況は変わるのだろうが、村への被害も考えると余り時間を掛けたくない。攻めに出るとしよう。


「カーマインさん、もう一働きお願い出来ますか?」

「もちろん。これでも爆炎剣ほどではありませんが、戦場で鳴らした口でしてね。一昼夜は戦えますよ」


 頼もしい言葉である。大通りの敵は魔術で土を隆起させて防壁を築きつつ、前線を確実に押し上げていた。また、市街地に逃げ込んだ敵は南北に別れ、建物の間をぬって浸透しようとしているようだった。

 このままでは三方から挟まれることになる。障壁を展開出来る兵士はともかく、有志の射撃戦力は囲まれたら退避させざるを得なくなるだろう。

 陣頭で指示を出していたエミリアに近寄り、俺は提案を持ちかけた。


「エミリア侯爵、市街地では射線が通らず敵の浸透を許している。このまま包囲されることは防ぎたいところだ。僕は協会員達を連れて南側を抑える。エミリア侯爵は北側に兵の一部を派遣して欲しい」

「かしこまりました。どうかお気を付けてください」

「カーマインさん、聞いての通り南側から敵を殲滅します。近接戦闘に優れた者を中心に、二十人程見繕ってください」

「少々お待ちください。装備の交換を行っている者もおりますので時間がかかります」

「可能な限り急がせてください」


 カーマインを見送ると、脇に控えていたライアンが話しかけてきた。


「我々としてはフミヤ様には前線に出て欲しくないのですが、御自愛頂けないでしょうか?」

「まあ、こうやって遠距離から潰しても良いんだけど……」


 俺は浮遊の魔術で自身の身体を浮かせ、視界を確保。矢をつがえてホールドし、敵が作り出した防壁に狙いを定める。一呼吸置いた直後、防壁の脇から敵が顔を覗かせた。その額に素早く狙いを定め、トリガーを引く。解放されたリムは力強く弦を引き戻し、矢を亜音速で発射した。放たれた矢は戦場を切り裂き敵の額を貫いた。

 矢を受けた敵は暫く呆然としていたが、自身の額に手を伸ばしかけたところで力尽きた。それでようやく味方がやられたことを理解した連中は仮面越しにこちらを探り、弓を下ろした俺が射手だと分かると、遠距離攻撃を俺に集中させた。

 至る所から矢や攻撃魔術が飛んできたが、それらは俺の周りに展開された障壁に阻まれた。胸元に吊してある護符を一撫でして地上に降りる。


「こんな感じで集中砲火を食らうからね。どこに居ても危険性は変わらないと思う。それに敵の布陣を僕以上に正確に把握出来る人間はこの場に居ない。僕が指示を出すのが適任だろう」

「しかたありませんね。ただし、我らを置いて前には出ませんように。いくら護符が優秀であろうと、敵に囲まれれば破られる恐れがあります」

「分かっているさ。近接戦闘は皆に任せるよ」


 ライアンにフレッド、ハヤテ達を見回していると、カーマインが有志の戦闘員を引き連れてやってきた。


「フミヤ王子、準備が整いました」


 カーマインの後ろに並ぶ連中に目をやるが、彼らの眼差しには子供への侮りは含まれておらず、むしろ驚嘆の色があった。どうやら先ほどの一射で認められたようである。


「この緊急時に君たちが居合わせたことに感謝する。謝礼は後ほど国から贈ろう。そのためにもまずはこの場を生きてくぐり抜けることに専念してほしい。射手と魔術師の四人は僕と一緒に射撃戦だ。敵の足止めを意識して欲しい。残りの人員で四人班を四つ作ってくれ。射撃部隊を取り囲むように心がけるように。近接戦闘の指示はカーマインに任せる」

「かしこまりました。先頭は私が務めるということでよろしいですかな?」

「ああ、任せる。傭兵としての勘を期待しているよ」

「承りました。一班から四班に分かれろ! 四班はしんがり、一班は俺に着いてこい」


 カーマインの指示に従って戦闘員が隊列を組み直した。その動作は素早く、個人行動上等な冒険者としては異例である。おそらく戦闘力以上に集団行動の適正を考慮して、カーマインが選抜したのだろう。内心で感謝すると共に、是非とも俺の配下に加えたいという欲が生まれてしまった。優秀な人材を手元に置いておきたいという、前世からの悪い癖である。


(別に集めたって良いんじゃない?)

(やり過ぎるとな、いろいろ警戒されてしまうのさ)


 単純に何をしでかすか分からないといった、驚異として見られるのならまだ良いが、人材の引き抜きを警戒されて組織の人間に会わせてもらうことすら出来なくなるとは、正直やり過ぎたのだろう。

 こちらとしては緩く関係を保っているだけのつもりだったのだが、周りからはそうは見られなかったのだ。まあ、前世のことは置いておくとしよう。


「準備はいいな? 我々の目的は敵が市街地を抜けて、防衛ラインが挟撃されることを防ぐことだ。南から迂回して敵を大通り側に押し出す。建物の中にまで気を配るように。……それでは行くぞ!」


 交差点を抜けて宿泊施設の脇を通る。暫く南下して市街地に突入した。

 まだこの辺りには敵が来ていないようだが、不意打ちを避けるためにも能力を使うこととしよう。

 周囲の警戒を他の人に任せ、意識を身体の内に向ける。世界の根源との繋がりを意識し、『箱庭の神様ワールドシミュレーター』を発動。戦場の様々な情報を取り込み、リアルタイムで更新される戦場の模型を構築する……が、久々の発動に加減を間違い、ヒルメス村全域を取り込んでしまった。あまりの情報量に負荷が掛かり、慌てて範囲を狭め、半径五〇メートルを索敵圏として再設定した。

 味方の配置から健康状態、周囲の建物の内部構造までが手に取るように理解出来る。仲間は緊張している者もいるようだが、恐怖におびえる者は誰も居ない。皆次々と索敵をこなし、探索範囲を北東へ押し上げていく。

 能力の稼働が安定して余裕が出来たので、警戒を能力に任せてヒルメス村全域を取り込んだときのことに思いを馳せた。あの時一瞬だけではあるが、敵の詳細を知ることが出来たのだ。ごく僅かな時間だった為に詳しくは分からないが、明らかに手触りが普通の人間とは異なっていた。近距離で詳しく調べれば、カーマインが感じていた違和感の原因が分かるかもしれない。こんなことなら馬車の中で捕虜を詳しく調べておけば良かったと、後悔を覚えた。


 そうこうしているうちに、南側市街地の四分の一程を探索し終えていた。今のところ敵の影は見当たらないが、そろそろ敵の斥候に当たっても良い頃だろう。そんなことを考えていると、


「フミヤ王子、見られていますな」


 カーマインがおもむろにそう告げた。カーマインの話し口は、周りの人間に緊張を与えないよう配慮されており、皆はその事実を受け止めつつも、それを相手に気づかせないように平然を装った。

 カーマインの言葉を受けて、俺は能力を並列起動。半径二〇〇メートル内の、生物の位置情報を取得する。


「十一時の方向八〇メートル、建物の影に六人。一時の方向一〇〇メートル、家の中に二人。正面六〇メートル、建物裏に三人、正面一二〇メートル、屋根の上に二人。屋根の上と建物内の四人は狙撃手だろう。そして十時の方向一五〇メートルで味方が敵と交戦中。近いところから潰したいが、十一時の敵を放置しておくと味方が挟撃されかねない。多少強引だが二班が正面の敵を抑えている内に十一時の敵を叩く。二班は接敵後、僕たちが通過するまでは戦線を維持。通過後は戦線を下げて敵の射線から逃れてくれ」

「王子の索敵が確かなことは俺が保証しよう。各員戦闘行動を開始するぞ!」


 カーマインの号令を受けて二班が飛び出す。建物の影から敵が襲いかかるが、事前に察知していたこちらに奇襲は通じず、二班に抑えられる。その脇を俺たちは抜け、建物の合間を縫って六人の敵の集団に急いだ。敵の意識は街道側の戦闘へ介入することに向いていた。このまま奇襲を掛けられるかと思ったが、カーマインが言っていたように互いの連絡手段があるのだろう。早々にこちらに気づいたらしく、向き直って戦闘態勢を見せた。


「野郎ども、突っ込むぞ! 二人一組で当たれ!」


 一班と三班で四人を抑え、カーマインが一人を担当する。残る一人は一歩出遅れ、こちらの射撃で足止めされていた。こうして相対すると、丘で奇襲された時よりも手強く、そして異質であることが肌で感じ取れた。ただ強いだけではなく時折条理にそぐわない動きを垣間見せ、実際に冒険者達も攻めあぐねていた。このままでは戦況が膠着していただろうが、そもそも彼らの役割は敵の分散と足止めである。敵の意識が目の前の相手に向いた隙を見計らい、ハヤテ達が次々に敵の首を切り落としていった。

 鮮血が五回舞ったところで、射撃を避けていた敵は撤退を始めた。が、そうは問屋が卸さない。

 俺は素早く屋根に上って射線を通すと、敵に向かって矢を放った。俺が放った矢は打ち下ろすように敵の脚に刺さり、そのまま地面に縫い止めた。脚を止められた敵は勢いのまま宙に身体が投げ出されるが、地面にしっかり刺さった矢が抜けることはなく、そのまま地面に叩き付けられた。


「誰か武装解除をよろしく。手足を縛ったらそのまま放置しておいてくれ。軍に回収を頼む」

 冒険者の二人が武装解除に走ったのを尻目に、インカムを起動させる。


「あーエミリア侯爵、聞こえるかい?」

『フミヤ様、どう致しました?』

「大通り南側、八本目の路地で戦闘していた班に、奇襲を掛けようとしていた敵を殲滅した。捕虜が一名出たので、彼らの戦闘が終わったら回収させてくれ」

『かしこまりました。援護感謝致します』


 エミリアとの通信を切ると、足止めを終えた二班が撤退してきた。彼らは手傷を負ってはいるものの、誰一人欠けることなく足止めをやり遂げてくれたようだ。彼らの後ろからは三人の敵が追いかけてきたが、こちらと合流した以上多勢に無勢。瞬く間に片付けられた。


「全員無事でなによ……りっ!」


 戦闘に入って探知範囲を半径百メートルに広げていたが、突如探知圏内に矢が侵入。隣に立っていた弓使いが狙われていることに気付き、急いで肉体強化を掛けて建物の影に引っ張った。


「全員隠れろ! 敵の狙撃だ!」


 皆が俺の言葉を受けて慌てて建物の影に身を隠す。


「百五十メートル以上先から狙ってきましたな。四人全てが同じ腕前とは考えたくないですが、最悪の場合近づくのも一苦労しそうです。どう致します、フミヤ王子?」

「定石で行くなら射撃部隊で足止めしつつ、近接部隊が迂回して接近戦を仕掛けることになるんだろうが……。残念ながら敵の増援だ。東側から十人。動きからしてこっちの位置を捕捉しているな」

「よろしくないですな。戦力的に二班ずつに分けるのは厳しいでしょう」

「そうだな……増援の相手は協会員の皆に任せる。狙撃手四人は僕たち七人で始末するよ」

「なにか勝算がおありですか?」

「むしろこれが一番堅実な方法だよ。多少強引ではあるけどね。僕と護衛の二人は魔導具で障壁が展開できる。それに隠密の四人は射手の居場所さえ掴めていればまず当たることはない。この七人で当たれば確実に被害を抑えられるのさ」

「なるほど、確かに防御面では我々は足手まといですからな。分かりました。向かってくる十人は、こちらで責任を持って受け持ちます。が、言いたくはありませんが殲滅は無理でしょう。お早い合流をお待ちしています」

「分かっている。カーマインさんは被害を抑えることに専念してくれ」

「お任せください。それは私の得意とする分野ですからな」

「ではまた後で」

「ええ。野郎ども! 王子様の元には蟻一匹通すんじゃねえぞ!」


 カーマインはそう言って二十名を引き連れ、東へ進んでいった。


「よし、こちらも状況を始めよう。ライアンとフレッドは正面突破。ハヤテは屋根伝いに最短距離を突っ切ってくれ。一号から三号は姿を消して迂回。可能であれば背後から攻めて退路を断ってくれ。僕は後ろから着いていって射撃で援護する」

「王子の護衛を外すのは好ましくないのですが……。私かフレッドのどちらかはフミヤ様の側に着いていた方がよろしいのではないでしょうか?」

「現状鎮圧の速さが最優先だ。心配だというのなら、こちらに飛んでくる射撃の全てを打ち落とせば良い。その分だけ僕も狙撃に専念できる。期待しているよ」


 ライアンはため息を一つ吐くと、諦めたようで敵に向き直った。


「仕方ありませんね。では急ぐとしましょう」

「お、だったらどっちが先に敵を倒せるか競おうぜ!」

「はぁ。負けた方は一杯おごりな」

「よしきた!」

「しゃべっている暇があったらさっさと行け! ハヤテ達はもう動いてるぞ!」


 二人の尻を蹴り飛ばしてから、自分に加速(アクセル)の魔術を掛ける。自身に働く加速度を三倍に引き上げ、二人を追走した。

 前方から次々に矢が放たれる。常人では視認するのも難しい速度で迫るそれら。だが、迎え撃つも常人では視認できない速度の斬撃であった。障壁など知らぬとばかりに迫り来る矢のことごとくを打ち払う二人だが、それでいて走る速度は衰えなかった。

 敵は堪らず矢の密度を上げ、平行して魔術を放ち始めた。

 俺は矢に混じって飛来する魔術に狙いを絞って迎撃。ヒルメスの村に爆発音が鳴り響いた。俺たちと敵の間で広がった爆炎は互いの視線を一時遮る。この隙に俺は脚を止め、手前にいる二人の敵に矢を打ち込んだ。

 放たれた矢は爆炎を貫き敵に迫ったが、当たる直前で展開された障壁に阻まれた。


(ちっ、障壁持ちか。面倒なことだ)


 移動を再開。障壁持ちと分かった以上、接近戦で仕留めるのが上策である。障壁を貫通できる攻撃も無い訳ではないのだが、発動に溜めが必要な上に脚が止まる。これ以上二人から離されるのは得策ではないだろう。

 敵との距離が詰まる。射撃は効かないと判断したらしく、相手は弓を捨てて抜剣した。

 ライアンは左手、フレッドは右手の敵に向かって行く。敵との距離の関係からフレッドが一足早く接敵。振り下ろされたフレッドの剣が障壁を破壊。勢いそのままに敵の肩を狙うが、敵の剣に阻まれる。フレッドは敵の防御に逆らわず、手首を支点に剣を回転。相手の首元に柄頭を叩き込んだ。

 フレッドの腕力ではじき飛ばされた敵は、呼吸が出来ずにもがき苦しむ。フレッドは即座に近寄って突きを放とうとした……が、屋根から降ってきたハヤテが敵の背後に降り立ち、心臓を貫いた。


「……ふむ。後で一杯頂こう」


 獲物を横取りしたハヤテはそう一言告げると、再び屋根に昇り走り去った。

 フレッドは呆然とした面持ちでライアンの方を見ると、ライアンは既に敵を倒していた。


「俺も後で一杯頼むぞ、フレッド」

「……ちくしょう」


 無情な現実に打ちのめされ、肩を落としたフレッドの背中をポンポンと叩く。


「まあ、特別報酬は出るだろうから、それで埋め合わせると良いよ……」

「はい……」


 気落ちしたフレッドを伴ってさらに先に進む。それでもきちんと矢を防ぐ辺り、プロである。


 残り二人の敵に何度か矢を放つが、手前の敵には障壁で防がれ、奥の敵には躱された。

 腕前と距離から考えて、始めの探知圏外からの狙撃は奥の敵によるものだろう。障壁は持っていないようだが、その身のこなしはこちらの攻撃を危うげなく回避している。それでいて不安定な体勢からも、確実にこちらを狙って矢を放ってくる。確実に今日一番の強敵だ。


 先行していたハヤテが一つ隣の建物にたどり着く。近接戦は不利と判断した手前の敵は逃げ出した。そしてそれをさせじと、路地から飛び出した一号と二号が接敵。不意を突かれ、敵は倒された。

 それを目撃した最後の敵は伏兵を警戒。死角から三号が姿を現して斬りかかるが、敵は間一髪で気がついて回避。そのまま曲芸のような身のこなしで後退しつつ、三号に向けて牽制の矢を放った。

 距離を取った敵はそのまま逃走に移った。正直あれほどの手練れを野放しにしたくない。遊撃戦に徹されると、味方に甚大な被害をもたらすだろう。俺が位置を把握している今のうちに、対処してしまいたい。

 ここは全力を出す場面だろう。


(やるぞ)

(誰か起こす?)

(源太を頼む)

(わかったー)


 フミヤが他の人格に呼びかけている間に、未来予測を起動。敵を倒す為の最適解を導き出す。能力の負荷で意識を失いそうになるが、腹に力を込めて耐える。そして導き出された未来を実現するべく、一本の矢を全力で宙に放った。

 そして俺は屋根の上に躍り出る。こちらに矢を放ちながら後退する敵は、射手の出現に警戒を強める。

 俺は緩く宙に二射。さらに敵に向けて全力で一射する。山なりに飛んだ矢は敵の退路を塞ぎ、敵を射止めるべく最後の一本が迫る。行動範囲が制限された敵は回避ではなく迎撃を選択。素早い構えから放たれた矢は、俺の放った矢とぶつかり上空に身を躍らせた。


(源太、頼む)

(まかせろ)


 俺の第三の人格である源太を経由して世界樹に刻まれた武技にアクセス。『疾風はやて』と『金剛こんごう』の弓技を同時に発動。限界まで弓を引き絞る俺の周囲に理力が集まる。

 敵は武法術の発動の兆候を認めて俺を警戒。そしてその頭上から、始めに放った矢が舞い降りた。重力に牽かれた矢は敵の肩をめがけて落下。当たる直前で敵は気付いて身を翻したが、回避が遅れ左腕が切り裂かれた。

 回避のために飛びすさった敵と視線が交差する。足場がなければ回避もできまい。

 俺はリリーサーのトリガーを引く。武法術に従って世界樹の干渉を受けた矢は、物理法則をねじ曲げ音速を超える速度で放たれた。

 直後、敵に着弾した矢はその物理エネルギーを解放。打撃として機能したその攻撃は敵の上半身を吹き飛ばした。

 身体を開き、弓を落とす。一息吐くと、異能や武法術の同時発動による疲労が襲ってきた。このまま布団に倒れ込みたい誘惑に駆られるが、戦場はそれを許してくれそうにない。もう一息頑張るとしよう。


「全員無事か?」

「問題ありません。フミヤ王子こそお疲れではありませんか?」

「正直辛い。が、そうも言っていられないだろう」

「無理はなさりませんよう。味方も戦線を押し上げています。ここまで戦況が推移したのならば、王子が動かなくとも被害は少ないでしょう」

「そうだといいけどね。少なくともカーマイン達の手助けはするとしよう。市街地も三分の二は制圧できた。残りは軍に任せても良いかな」


 地面に降り、カーマインたちの方へ向かう。上手い具合に敵を挟撃できる位置に出ると、ライアンとフレッドに守りを、ハヤテ達に攪乱を任せ、俺は狙撃に専念した。

 カーマインは建物を上手く利用して戦況をコントロールしており、先頭に立って敵を相手取っていた。味方には怪我人が出ているものの、戦闘不能に陥った者は居なかった。対して敵の数は八人に減っていた。

 カーマインは一挙に三人を引き受けており、何度もその身に攻撃を受けていた。しかし、彼の身体の周囲には強固な障壁が張られており、盾や鎧に傷やへこみは出来ていたものの、身体には一切傷を負っていなかった。


「たいしたものだな、カーマイン殿は」

「魔導具無しであの障壁を張るのは、相当な才能と修練が無きゃ無理だよな。魔獣とタイマン張れるんじゃないのか?」

「今度軍の訓練に協力してもらうのも良いかもしないな」


 二人は周囲を警戒しつつもそう漏らしていた。

 確かにカーマインの防御力と指揮能力、そして戦線構築技術はすさまじいものがある。戦場で鳴らしたと言っていたがさもありなん。もしかしたらアルフォンスと同じように通り名が付けられているかもしれない。


 数分もしないうちに動く敵は居なくなった。敵の遺体を脇に寄せ、カーマイン達と合流した。


「遅くなって済まないね。重傷の者はいるかい?」

「いえいえ。十分過ぎるほどに早いお着きでしたよ。手傷を負った者はいますが、皆動けますし、武器も握れます。体力に不安が残るところですが、もう二当てくらいは持つでしょう」

「五歳の僕がまだ立っているんだ。先にへばってもらっては困るね」

「そういえば王子はまだ五歳でしたな。あまりの貫禄にすっかり忘れておりました。確かに五歳児よりも先に倒れるなんてことがあったら、物笑いの種になります。王子が陣頭に立つ限り、皆も奮い立って働いてくれることでしょう」


 カーマインの脅迫めいた言葉に、後ろの協会員たちが苦笑いを浮かべる。例え苦笑いであっても、笑える余裕があるうちは大丈夫だろう。


「エミリア侯爵に戦況の確認を取る。それまでは小休止。周囲の警戒だけは怠るな」


 俺はそう告げてインカムを起動させる。魔導具の向こうはだいぶ静かになっており、戦線が押し出せていることが察せられた。


「エミリア侯爵聞こえるかい?」

『問題ありませんわ。どちらから報告いたしましょうか?』

「僕から話そう。こちらに被害はなし。現在南側市街地の三分の二程を探索した。これから大通りに向けて移動を開始する。そちらの状況はどうなっている?」

『重体で救護施設に運ばれていた冒険者が二名死亡。戦線で射撃を行っていた協会員三名が負傷し、救護施設に運ばれました。軍属の兵士に死者はありません。現在大通りは八割ほど制圧。目視出来る敵の数は二十人程です。北の市街地は三個分隊を派遣して探索中。途中二度の接敵が報告されましたが、問題無く制圧。現在の進捗状況は八割程とのことです』

「そうか、引き続き指揮を頼む」

『かしこまりました。フミヤ様もお気を付けください』


 互いに状況を報告し合って通話を終えようとしたその瞬間、インカム越しにエミリアの焦った声が聞こえた。


『どうした! 状況を報告しろ!』

「エミリア侯爵、何がおきた?」

『どうやら敵の援軍が来たようなのですが、報告が曖昧で状況が判断できません。一部の兵が恐慌をおこしており、精神攻撃が使われた可能性があります。……申し上げにくいのですが、フミヤ様が直接確かめていただけませんか』


 危険だと分かっていて王族を派遣しようとは良い度胸である。まあ、対人装備を指定したのは俺であるし、尻ぬぐいをするのは吝かではない。それに例え軍の対精神攻撃用装備であろうとも、俺が持っている護符よりはスペックが落ちる。確実を期すためにも俺が赴くべきだろう。


「諸君、どうやら想定外の事態が発生したようだ。これから僕は詳細を確認するために村の入り口に向かうが、君たちに同行は強制しない。カーマインさん、彼らを連れて残りの区画を探索後、本陣に待避してくれ」


 俺の言葉を受けて、カーマイン達は顔を見合わせる。各々がアイコンタクトを交わし合うと、カーマインがこちらに振り返り言葉を発した。


「そいつは水くさいって話ですよ、フミヤ王子。今の俺たちの頭はあなたです。トップだけを危険な目に遭わせて俺たち下っ端が高みの見物ってのは、道理が通りません。この戦い、最後まで王子に着いていきますよ」


 カーマインがそう言うと、後ろの冒険者達が口々に同意した。


「それにカーマインのおっさんや、王子達ばかりが活躍してますからね。俺たちにも見せ場をくださいよ」

「だよな。このままじゃ吟遊詩人の話のツマにもなりゃしねぇ」

「俺たちゃ冒険者ですぜ。危険だからってしっぽを巻いて逃げ出したら仕事がなくなりますや」

「危地こそ我らが舞台、未知こそ我らが望み、幾重もの試練を乗り越え己が生き様を知らしめせ! ってね」


 まったく、冒険者というのは揃いも揃って馬鹿ばかりである。


「こんな連中ですが、連れて行ってはもらえませんかね?」

「……あなた達の命を預かることは出来ない。だから、いざとなったら兵士を盾にしてでも逃げること。それだけは守ってくれ」

「生き汚いのが俺たちの最大の強みですよ!」

「名誉も報酬も生きてこそ。引き際を見誤る間抜けは此処にゃあ居ませんぜ」


 頼もしい言葉である。


「よろしい。……総員、装備を点検! 休息は十分にとれたな! 寝ている間抜けが居たら叩き起こせ!」


 緩んでいた空気が引き締まる。この辺りの切り替えが素早いのは流石としか言いようがない。


「これより大通りに出て村の入り口に向かう。何が居るかは分からないが、精神攻撃を喰らう可能性がある。各種防護術式が仕える者は事前に展開しておけ」


 幾人かは障壁を展開するが、精神に作用するような補助術式を使える者は居ないようだった。まあ、メジャーなものではないし、ある程度の才覚と専門の教育が必要であるため、学習が片手間になりがちな協会員で使える者は少ないのだろう。

 しかし、このまま行くのは不安が残る。仕方が無い、ここは一肌脱ぐとしよう。幸いなことに術式展開用の魔力はまだまだ余裕があることだしな。


 『箱庭の神様』内の術式を検索。『昂揚』『祝福』『調律』に加え、恐慌状態をトリガーとした『沈静』の、四つの術式を広域同時展開。

 俺たちの足元に展開された魔法陣は光を放ち、この場にいる全員に補助魔術を付与した。


「なんとまあ。フミヤ王子の引き出しの多さには驚かされますね。いったい誰に教わったのですか?」

「あー……。王室の機密情報と言うことで。君たちも口外はしないでくれよ?」


 突然の補助術式に皆は目を丸くしていたが、俺の忠告を受けて無言で首を縦に振った。

 まあ、これだけやっておけば何とかなるだろう。


「それでは行くぞ。先頭は僕とライアンにフレッド。皆は周囲を警戒しつつ着いてきてくれ」


 ライアンとフレッドを引き連れて大通りを目指す。何よりもまず、防御性能を重視した布陣である。大通りに出てすぐに二人と背中合わせになり、三方を警戒した。周囲は既に戦闘が終わっており、敵の遺体が転がっていた。西を見ると小さくではあるがエミリアが見えた。一方東に目を向けると、兵士達が壁を作っており、村の入り口を視認することが出来なかった。

 周囲の安全を確認して後続を招き、村の入り口へと脚を進めた。

 近づくにつれて嫌な気配が強くなってくる。兵士達は隊列を組んではいるものの腰が引けており、中には顔を覆ってうずくまっている者もいた。


「道を空けろ!」


 声を張り上げ、反応が鈍い彼らをかき分けて前へ出た。

 人の群れを抜けた俺の目に飛び込んできたのは、戦場には相応しくない酷く静謐な光景であった。

 もちろんそこかしこに敵の遺体は転がっている。だが、兵士達の視線の向かう先にあったのは、九つの人影と祭壇であった。

 どこから用意したのかは分からないが、様式が不明な祭壇には多数の武具が奉じられており、それを取り囲むように、各々異なる八色のローブを身に纏った者達が跪き、祈祷していた。彼らの纏う外套は上質な作りであり、他の者達が纏っていた焦げ茶色の外套とは明らかに一線を画していた。

 そして彼らの囲みのなかには、一人の巫女がいた。


 彼女は限りなく光を吸い込む瑠璃色の袴と、あらゆるものを拒絶して白く輝く白衣しらぎぬと千早を纏っていた。そのかんばせは仮面で隠されて見えないが、長く艶めく亜麻色の髪を、ありふれた髪留めで束ねていた。

 彼女の手には仮面と同じ素材の金属と、加工された竜の鱗で作られた御幣が握られていた。彼女は祈祷を一身に浴び、見事な舞と共に御幣を踊らせ、現実を侵していた。

 その舞は決して神聖なものではなく、かといって淫蕩に満ちている訳でも、冒涜的な訳でもなかった。強いて言うならば空虚であった。例えるならば高層ビルの屋上、そのフェンスの向こうの僅かな足場で戯れているようであった。彼女は既にこの世の理から外れ、その身を弄ぶ暴風と共に、全てを飲み込むうろの傍らで踊り続けていた。

 その舞は見る者を虚へと誘い、同時に虚に潜む『何か』をこの世に呼び寄せてもいた。


 直感する。これは見てはいけないものだ。あってはいけないものだ。この世の全てに仇成すものだ。どんな犠牲を払ってでも消し去らなければいけない。

 気がつくと彼女に向けて矢を放っていた。人生で最高の一射は、だが、無情にも虚空でその身を押しとどめられた。放たれた矢は暫く拮抗していたが、数秒も経たずにはじき飛ばされた。

 その光景を見て、事態が予想よりも悪いことを理解する。今の光景は、障壁に矢を防がれた時のものではなく、異界の境界に矢を打ち込んだときのものだ。既に彼女たちの周りはこの世からずれ、『外』へと近づいてしまっているのだ。


「全員、なんとしてでもあれを止めろ! 越界術が使える者は直接叩け!」


 俺の声に正気を失っていた者達は気を取り戻し、儀式を妨害すべく駆けだしていった。だがそれをさせじと、儀式を見守っていた敵の生き残りが集まってきた。

 その光景を注視しつつ、インカムを起動してエミリアに繋ぐ。


『どうなっているのですか!?』

「最悪の一言だ。手元に対魔物装備はあるかい?」

『魔物ですって!?』


 エミリアが絶句する。質問に答えることを忘れている辺り、彼女にとっても想定外の事態だろう。


「俺の目の前で、世にも貴重な魔物召喚儀式の真っ最中だ。何とか妨害してみるが、時間も準備も足りない。おそらく魔物は現れるだろう」


 エミリアと会話しつつも攻撃術式を起動。俺の手札の中で最大の干渉力を誇る『天墜てんつい』を発動。指向性の竜巻が対象に直撃。指定した範囲を隔離して天と地を繋ぐ。どこから共無く現れた隕石が降り注ぎ、空気を切り裂いて雷が敵を打つ。そしてとどめとばかりに上空からかき集められた太陽光が照射された。魔術で隔離された空間は殆どの光をねじ曲げ押しとどめ、対象空間は一気に灼熱地獄と化した。


「予想だが、状況は甲種非常事態になる。状況判断はそちらに委ねるが、場所が悪い。龍脈まで汚染されると人間の手には負えなくなる。協会の人外達に話を通しておくように、父上に頼んでおいてくれ」

『……既にこの世の終わりのような光景が見えるのですが、目の錯覚でしょうか?』

「気にするな。これでも止まらんだろう。とにかくよろしく頼むぞ」


 一方的に会話を打ち切り、前方を見据える。

 魔術の余波で集まってきた敵達は吹き飛ばされていた。味方は脚を止めて、陽炎揺らめく着弾地点の様子を窺っている。


「すげぇ!」

「やったか!?」


 やめてくれ、まだ殺ってない。

 一陣の風が吹き視界を晴らす。飴状に溶けた地面が輪を描き、その中では亜麻色の巫女が変わらずに舞っていた。

 巫女は傷一つ負っていないが周りで祈祷している八人には影響が出ており、彼らの上質なローブは身代わりになったかのように、ぼろぼろになっていた。


(効いてないねー)

(見た目はな。だが多少なりとも干渉出来た事で、あの空間をこちらに引き戻せている。傍目には分からないが、その分だけ儀式を遅らせるか、呼び出される『何か』の格を落とすことが出来るはずだ)

(それじゃあ、がんがん攻撃しなきゃね)

(ああ。そうだなっと)


 アフターサービスとして、『氷爆槍』を四本同時に遠隔発動。取り囲むように地面に突き刺さった槍は冷気をまき散らし、溶けた地面を急冷する。


「ひるむな! とりついて引きずり出せ!」


 ライアンとフレッドを先頭にして、儀式空間を取り囲む。各々越界術を発動しつつ武法術を叩き込み、射撃組は弾幕を形成。半分は敵の足止めを行い、もう半分は境界を削りに掛かった。

 皆の努力の甲斐あって異界化の進行は止まったが、境界は硬く、祈祷している八人にダメージを与えられているものの儀式はつつがなく進行していた。


――ここまでか。


 いよいよ敵の儀式が佳境を迎え、『何か』が顕現しようとしていた。


「総員退避!」


 仲間を下がらせ、だめ押しにもう一度『天墜』を発動。二度目の大規模魔術に体内魔力が枯渇しそうになるが、なんとか持ちこたえる。発動後は調息で魔力を補給しつつ、敵の様子を窺った。


 視界が晴れたそこには御幣を逆手に持ち、天高く掲げている巫女の姿があった。

 きらり、と竜の鱗が光を反射した次の瞬間、彼女は勢いよく御幣を自分の胸元に突き刺した。

 その衝撃で彼女の仮面が外れ、素顔が露わになった。まだ少女と言って良いであろうそのあどけない顔には、満足げな笑みが浮かんでおり、何かを求めるように手を伸ばした直後に吐血し、空っぽの人形のようにくずおれた。

 彼女の胸と口からあふれ出た血は不自然に地面を濡らし、気がつくと周りの八人の足元にまで達していた。

 いつの間にか祈祷をやめていた八人は、それを契機に懐から短刀を取り出し自身の首を切り裂き、巫女の血の上に倒れ伏した。

 彼らの血は巫女の血と混ざり合い、おぞましい気配と不気味な光を放った。


 ことここに至ってようやく気がつく。彼らは世界の理、神たる八龍を模していたのだ。その血が『外』の祝福を授かりし巫女の下で混ざり合い、『世界』が反転する。

 人の霊格では認識し得ない『何か』は、巫女と八人を呑み込み、祭壇に捧げられた供物を喰らい、この世に産声を上げた。


 世界の敵。意志持つ魔力。かつてノイエ達管理者が外界種アウターと呼び、この世界では魔物と忌み嫌われるもの。

 この時初めて、俺はそれと遭遇したのだった。

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