プロローグ4

 いきなりではあるが、俺には特殊な力がある。

 と言っても、手のひらから火が出せるとか、空を飛べると言ったものではない。なんというか、物事を察する力がずば抜けているのだ。物質の構造や言葉に込められた思い、その人がどんなことを考えているかなど、本質、全貌、最適解などが、まるで目で『視る』かのように察することが出来るのである。

 俺からしてみれば人が本来持っている洞察力の延長線上にあるような力で、程度は劣るにしても万人が有している力だと考えている。決して親友が持っているような人の道理から外れたような力では無いはずだ。

 だがその親友には、汎用性や社会に与える影響力の凶悪さでは敵わないと言われてしまった。確かにやろうと思えば世界征服すら出来るのだろう。だが、途中で確実に俺の心が折れる。万人の意志や未来をねじ曲げ、数多の命の取捨選択を握るという業に耐えることは出来ない。そのことすら、俺の力は教えてくれるのである。


 そう、力はあくまで力。それを振るう人間に資格や信念といったものが伴わなければ、真価を発揮することは出来ないのである。ただ宝の持ち腐れになるだけなら良いが、周りに災いを振りまいたり、先のマスターの話にもあったように力を持つ本人に破滅をもたらしたりすることだってあるのだ。


 だというのに……


「今回こうやって我々三人が集まったのはだね、今回の事態のせめてものお詫びとして君に力を授けるためなのだよ」


 マスターはそう語るのであった。



「先ほどの処置により君の魂の総量は拡張されている。我々が持つ権能の一端であれば受け取ることが出来るだろう。受け取った力をどう育てるかは君のがんばり次第だよ」

「待ってください! なんで受け取ることが前提になっているんですか。お詫びというならもう十分に受け取りました。これ以上施していただく必要はありません」


 そう、力なんぞ今持っているものだけで十分である。これだけでも使いこなすのにかなりの試行錯誤を必要としたのだ。その過程で起きた対人トラブルなどは思い出したくもない。


「そう悲しいことを言ってくれるでない。最大の理由は詫びの気持ちではあるのだが、他にも理由があるのだ。先ほども言ったように箱庭の中はここよりも遙かに危険なのだ。ただ街に閉じこもるだけならともかく位階を上げて現世に戻るのであれば、これから与える力は君の助けになってくれるだろう。また、箱庭世界へ行く際に通る世界の狭間は非常に不安定なところでね、魂に余裕があれば様々な『因子』が入り込んで来ようとするだろうし、最悪外界種につけ込まれかねない。安全に渡るためにも魂を満たしておく必要があるのだ。それに我々の権能を埋め込むことで、君と我々の間にパスが出来る。与えた力が馴染めば念話をすることが出来る。君の鍛錬へのアドバイスや、何かあったときの緊急連絡先としてつながりがあるに越したことはないだろう」


 勝手に魂拡張の処置とやらをしておいて、酷い言いぐさである。だが、こちらに戻るためと言われ、少し心が揺らいでしまった。

 両親、そしてあいつと彼女の顔を思い浮かべる。

 これまで力に振り回され、余計な力などいらないと嘯き、それでもその力で有益な人物を見抜いて機械的に対人関係を構築してきた。これからさらに力を得たとき、それに驕らない保証はない。それでも、明確に表情を思い出せるたった四人にまた会うためだけに、信条を曲げて力を得るのはいけないことだろうか?

 

 答えを保留して辺りを見渡す。見慣れた店内には世界各地から集められた土産物が飾られている。店の奥に掛けられたコルクボードには、世界各地で撮られた様々なポートレイトが貼り付けられている。マスターはいつも通りカウンター越しに静かに佇んでおり、おやっさんは酒を呷りつつふてぶてしく笑いかけてくる。ノイエは力を受け取ってほしそうにこちらを見ている。相変わらずわかりやすい。

 ふと思い立ち、瞳を閉じて己に問いかける。彼ら三人は自分にとってどんな関係だろうか。


 害をなすか……否。

 有益であるか……おそらくは有益である。

 かけがえのない人物か……未定。

 どうでも良い存在か…………否。

 

 ノイエに至っては今日あったばかりだが、彼らとは濃密な……というよりは普段であれば鼻で笑ってしまうような内容を真剣に話し合ってきた。目を閉じていても彼らの表情は思い出せる。そんな彼らと繋がりが出来るのならば、力を受け入れても良いのではないだろうか? きっと道を誤ろうとすれば止めてくれる。それくらいは彼らを信頼してもいいだろう。


「分かりました。その提案お受けいたします」


 目を開いてそう答えると、ノイエは相当張り詰めていたのか、へにゃりとその身体と耳を伏せた。


「さて、それで能力の内容はどうするかね? 何でもとは行かないが、我らの権能が及ぶ限り答えるとしよう」


 現金なもので、いったん受け取ると決めると、どんな能力が良いかと心躍ってしまうのであった。

 とはいえ、単純な戦闘能力であれば他人を頼ることも出来るだろう。俺が元から持つ力の性質からして、近接戦闘よりは指揮官向きである。得るならば補助的な、あるいは生活を快適にするものを考えるべきだろう。


「……そうですね。最初に、新たな人格を増やして並列的に処理出来るようにすることは可能ですか?」

「ほう? 理由を聞いても良いかね?」


 マスターが興味深そうに、片眉をピクリと上げて聞いてきた。


「最大の理由は、乳幼児期を平和に過ごすためですね。意識はそのままに世話をされるのは非常に恥ずかしいですし、下手に行動して赤ん坊らしくないと疑われても困ります。だったら赤ん坊としての人格を作り、数年はそちらに任せた方が安心ってものです」

「なるほどなるほど! 確かにその年で赤ちゃんプレイは避けたいわな!」


 おやっさんが、あえて使わなかった言葉を言いながら爆笑しやがった。

 ノイエは「赤ちゃん……」と呟きながら目の色を変えていた。おい、変なこと考えてんじゃあないぞ。仕事放り出してこっち来るなよ!?


「最大と言ったが、他に狙いはあるのかね?」

「並列思考出来れば、俺自信の能力も有効活用出来るようになるかな……と。それに俺は考えないと動けないたちですからね。常に余裕は持たせておいた方が良いと考えました」

「なるほど? そういうことなら俺かおまえの領分だな。他の望みを聞いてからどっちが担当するか決めるとするかね。それで、残りはどうする?」


 未だに笑みの残った顔でおやっさんが問いかけてくる。しかし、すんなり通ったものだ。二人とも思考分割が出来るってことなのかね?


「次は、道具を自由に出し入れする術が欲しいですね。物資が潤沢にあるかないかで、俺が振るえる影響力は大きく違ってきますからね」

「なるほど。メジャーといえばメジャーな能力ではあるな。それであれば我らの誰であっても、授けることができるであろう」

「三人ともアイテムボックス的なものを持っているってことですか?」

「詳細は違えど似たようなことは出来る。これはここに居る三人に限ったことではなく、そもそも管理者に必須の技能と言って良いだろう。我々は個々の内部に独自の法則を持つ小さな世界を有しているが故に、世界転移による再構築を免れているのだから」

「つまり亜空間的なものを作れるようにするから、そこに物資を詰め込めと?」

「ああ。そしてその力は、現世へ戻る際の助けとなるだろう。良い選択であるな」


 能力を授けてくれるのはありがたいのだが、なんだか管理者一直線というか、いろいろと外堀を埋められている気がする。俺はまだ人として生きたいのだがなぁ。


「残る一つはどうすんだ?」

「そうですね……今持っている力を強化するって事は出来ますか?」


 新しい能力を得るのもいいが、やはり今持っている力にも愛着がある。これを発展させる分には、使いこなすのもたやすいだろう。


「君の力か……。文弥君は自分の力をどのようなものだと考えているのだね?」

「いきすぎた洞察力……というか、物事の本質を理解出来る力。そう捉えていますが?」

「本当にそれだけかね? 先ほど君の霊体を安定させるときにもその力を使ったのだろうが、術式の構成要素を把握するだけではあの結果は得られなかったであろう。全体像と構成要素を把握する。それに加えて、どこにパーツを配置すれば理想の結果が得られるのか。それを予測、もしくは演算できるのも君の力の一端ではないか、私はそう考えているのだよ」


 マスターに言われて振り返ってみる。確かにこれまでに何度となく、自分の行動が及ぼす結果を予測しながら助言などを施してきた。だがそれは、いわば動かす駒の性質を把握しているからこそ予測出来ているのであって、手元に同じデータがあれば誰でも予測できるだろうと考えていた。

 しかし、よくよく考えてみれば、今まで馬鹿げた内容や遙か遠い未来の事を考えたときも、俺はあっさりと結果を予測していたのではないだろうか。例えば世界征服について考えた時なども、必要な武力や財力、政治的な影響力だけならともかく、割を食うであろう人間の顔やその取捨選択に自分が耐えられるかなどは、そう簡単に考えられるものではないだろう。

 であるならば、確かに俺が持つ力というのは把握と予測、この二つを兼ね備えているのだろう。

 腑に落ちると共に、今までの自分の判断がどれほどこの能力に振り回されてきたのか、空恐ろしくなってしまった。力に振り回されないようにと心がけておいてこの有様である。なによりも恐ろしいのは、このことに気づいた瞬間に、今までの自分の選択がどれくらい能力の影響を受けてきたか。その答えを瞬時に与えられたことである。


 ――本当に、気を抜くことが出来ない頼もしい相棒だ。



「納得いったかね?」

「ええ……嫌って程に」

「それは重畳。そんな君の能力を強化する訳だが、自身の力に呼び名は付けているのかね?」

「いえ、特に付けては居ませんが。あった方が良いものですか?」


 ただでさえ変な力を持っているってのに、それに名前を付けて呼ぶってのはだいぶ気恥ずかしい気がするのだが。


「名を付けるというのは、その存在を明確に規定することにも繋がるのだ。能力においては、その成長性を定めることが出来る。他の二つにも後で名前を付けてあげなさい」


 まるでペットに名前をつけるような言いぐさである。

 急に名前を付けると言っても悩ましいものだ。俺の力を発展させるとどんなことが出来るのか。それを考えて名付けるのが良いのだろうが……

 しかも他にも二つ名前を付ける必要がある。どうせなら、一つの名前に全ての能力を含ませることは出来ないだろうか……?

 複数人格の並列処理、空間の構築、構成要素の把握と演算。これまでの三人との会話を思い返す。緊急避難的な箱庭世界、独自の法則を有する小世界、そしてふと、あいつとの会話が頭をよぎる。確かあいつは自分の力にどんな名前を付けていたのだったか……


「お三方に提案なのですが、三つの能力を一つに纏めることは出来ますでしょうか?」


 その問いに三人は顔を見合わせる。目で合図すると、代表してマスターが答えた。


「ほう、おもしろい提案だね。答えとしては、私たちには出来ないということになる。我々が行うことは、あくまで君という器に力を注ぐだけ。それをどう扱うかは、君の裁量次第だ」

「分かりました。では、先に挙げた三つの能力でお願いします」

「よかろう。それでは儂が能力の強化を」

「私が空間構築を」

「俺が複数人格の並列処理を担当するぜ」


 さて、いよいよ力を受け取る事となった。なった訳だが、なにぶん初めての経験であるので、この後どうするのか全く予想が付かない。場所を移して儀式っぽい準備をするのか、はたまた霊体の安定化の時のように座ったままいつの間にか終わっているのか。どうなるのであろうか?


「さて、万全を期すのであれば、権能付与に適した空間があるのだが……」


 マスターはそう言ってノイエの方に目をやるが、


「駄目です! 絶対に駄目なのです!」


 ノイエは毛を逆立ててはっきりと拒絶した。


「今は使えない状態なのですか?」

「あぅ……。そういうわけではないのですが……」


 何か後ろめたいことがあるのか、ノイエは人差し指同士を突き合わせながら上目遣いで答えた。


「その……目的の部屋に行くためには世界監視用の部屋を通る必要があってですね……」

「なんだよ、言っちまえば良いじゃないか。ノイエが一万年使ってた文字通りの万年床を見られたくないって」

「っ――!!」


 おお、林檎もかくやってほどに真っ赤になっちゃって。

 よほど恥ずかしかったのか、怒ることすら出来ずにおやっさんを睨み付けている。


「なるほど? まあ、女性の部屋を無理に覗くことはしませんよ。そうすると、ここで力の付与を行うのですか?」

「うむ。下準備はすんでおるからの。それにこの空間も儀式に向いていない訳ではない。失敗することはなかろう。ほれ、いつまでにらみ合っておる。さっさと始めるぞ」


 マスターはそう言うと、どこからともなく杖を取り出して床につきつけた。

 次の瞬間、三人と見えない『何か』が繋がった。


『汝の魂に祝福を』『汝の未来に繁栄を』『この力があなたの道標となりますように』


 明確な声として聞こえたわけではない。だが、見えない『何か』――恐らくはパスと呼ばれていたものだろう――を伝ってそのような言葉と共に、強烈なうねりが押し寄せた。しかし、マスターによって拡張された俺の魂は押し寄せる力をすんなりと受け止めた。受け入れて初めて、今までどれほど魂に余裕というか、隙間があったのか思い知らされる。早くも強化されつつある能力によって、流し込まれる力を構成する『因子』というものが外に比べて店内に全く存在しないことがわかる。おそらくこの店の中は、今までの俺にとっての安全地帯だったのだろう。

 数分もしないうちに力の流入は収まり、パスもだいぶ細くなったことを感じる。体内に意識を向けると、ある程度能力の方向性という色づけはされているものの、無秩序な力が渦巻いているのが視てとれた。


「さて、文弥君は己がちからになんと名付けるのだね?」


 そのマスターの問いに思い浮かべるのは、目の前の三人の先駆者。そして、あいつの持つ力――


「そうですね……。いずれあなた方に至ることを願って、『箱庭の神様ワールドシミュレーター』とでも名付けましょうか」


 その名前を口にした瞬間、俺の中に渦巻く力が明確な方向性を得て組み上げられた。出来上がったのは、太陽も雲も星もない一面真っ青な空と、草木のない土だけで作られた地面。そんな中にぽつんと幼木が存在していた。いまはまだこれだけの小さな世界であるが、無限の可能性を秘めた世界でもある。これをどう育てるかは俺次第ということなのだろう。


「おめでとう。そしてようこそこちら側に。いずれは我々の位階に至ることを願っているよ」


 こうして俺は、管理者かみさまへの第一歩を踏み出したのだった。


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