第17話 オリーブ事件

 次の日の月曜日、のぞみは桜と松とお昼ごはんを食べていた。今日は一般棟の食堂で昼食をとることにしていた。一般教養の授業の日なので、クラスルームがある一般棟の食堂はいつもよりも込み合うようで、早々に席が埋まり始めていた。

「のぞみちゃん、どうするの?」

 桜が海鮮丼を食べながらのぞみに問いかけてくる。海鮮丼はぷりぷりとしたマグロやエビ、イクラなどがのっている豪華な丼で、中身の割に学生向けに割安価格で提供されているので、とても人気がある。桜の隣では松が一心不乱にご飯を口にいれていた。松の今日のお昼はマーボー丼とC定食らしい。C定食は中華定食でチンジャオロースとから揚げネギソースが半皿ずつ、両方楽しめるお得なセットだ。つまり松は今日は中華三昧の昼食らしかった。

「え?」

 のぞみは桜の質問に首をかしげてしまう。

「同棲です」


 同棲って……せめて同居って言ってほしい……


 のぞみは桜の台詞に少し顔がほてるのを感じていた。

「え……っと……一緒に住む必要、あると思う?」

 のぞみはそう言うと、恥ずかしくてサラダを口に入れた。今日はのぞみは日替わり定食を食べていた。海鮮パスタとオリーブのサラダ、それにスープが付いているセットなのだ。

「そうですね……」

「危険だし、一緒に住んだ方が良いよ」

 松が横から口を挟む。どうやらご飯をすごい勢いでかき込みながら二人の話を聞いていたらしい。


 その危険っていうのが……よく分からないんだけど……


 のぞみはう~ん、と考え込んでしまう。


「の・ぞ・み・ちゃ~ん」

 のぞみの後ろから女性の甘ったるい声が聞こえたかと思うと、いきなりのぞみの身体がぎゅっと強い力で抱きしめられた。


 ……ぐ……る……じい……


 のぞみの喉に食べ物が突っかかってしまう。

 のぞみは必死で口をパクパクする。息ができなくて軽くパニックになっていた。


 くる……しぃ……ちょっと……息が~!


「のんちゃん!大丈夫か!!!むぅ!!!」

 男の声が聞こえたかと思うと、のぞみはすごい勢いで身体が横に振られた。どうやら横から抱き上げられたようだった。


 ドン!ドンドン!

「……っ……げほっ、こほっ、こほっ……だい、じょうぶ、です」

 ……うぅ……苦しかった……


 強く背中を叩かれた途端に喉から食べ物は外れたようで、手に丸いオリーブを吐き出していた。オリーブが外れたことでパニックは収まり、のぞみはほっと息をついた。パニックのせいか、心臓がまだどくんどくんと脈打っていた。どうやらオリーブが丸いままだったため、のどに詰まってしまったようだった。


「むっ!曲者か!」

 大きな声に、のぞみが抱き上げてくれた人を見ると清三だった。清三の顔は眉間のしわがいつもの倍に増え、かなり険しかった。その顔はまるで般若のように見える。


 どうしてここにいるんだろう?……顔、怖い……。


 清三の視線の先を追うと、そこには熟女が立っていた。どうやら清三は熟女をにらんでいるようだった。

「あ……ら、ごめんなさ~い」

 熟女は体をくねっとさせながら清三に謝っていた。熟女の顔は青ざめているようにも見える。のぞみは熟女の顔色に納得してしまった。清三のあの般若顔でにらまれたら誰だって、少しちびってしまうくらい怖いだろう。熟女は言葉を発せるだけすごい、と逆に感心してしまった。


「のんちゃん」

「っはい!!」

 清三に話しかけられ、のぞみは意識をとっさに清三へ戻す。

「むっ!涙が!」

 のぞみを見つめる清三は目を少し見開いている。どうやらのぞみの目が涙目になっていることが気になるようだ。


「あ、オリーブが喉につっかえてしまって」

 あくまで喉が詰まったことによる生理的な涙なのだ。もちろん悲しいわけでも怖かったわけでもない。

「のんちゃん!危険だ!一緒に暮らそう!」

 清三はがしっとのぞみの肩をつかむと、のぞみの真正面10cmくらいに顔を寄せ、見つめてきた。その目は真剣そのものだった。


 危険って……喉にものが詰まりそうになっただけだし…………近い……。


 のぞみは清三から少し顔をはなしながら、清三の物言いに少し呆れてしまっていた。


「あの女はスパイかもしれない」

「いえ、クラスメートですよ」

 のぞみはとっさにフォローする。熟女はただのクラスメートなのだ。良くのぞみがいるのを教室で見かけると抱きついてくる。今日は少し力が強かった気もするが、勢い余ったのだろう。力が優しかったり強かったりはその時の熟女の気分次第で、どちらにしても抱きしめられたのぞみはとても気持ちいいのだ。熟女の身体はとても柔らかいから。

「しかし……」

 清三の眉間のしわは減らない。

「大丈夫です」

 のぞみは清三に向かって頷いた。

「わかった……だが、一緒に暮らした方が良い」

「大げさですよ」

 清三の眉間のしわを見ながら、のぞみは笑った。まるでのぞみが命の危険にさらされたような口ぶりで、それが少しおかしかったのだ。


「のんちゃん……笑顔が……・」

 のぞみの顔を見た清三がポツリと言葉を漏らす。

「え?」

「かわいい……」

 そう言った清三の雰囲気は少し穏やかになっていた。清三の前でのぞみは顔が真っ赤になってしまったけれども。

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