第13話 忍者屋敷へ行きました

 日曜日、のぞみはママが用意したワンピースを着ていた。ママが好きなピンク色だった。ママはピンクなど可愛らしいものが好きで良くのぞみに着せたがる。とはいえ、ママが用意するものは可愛らしいと言ってもセンスが良いものが多かった。

 今日着ているのぞみの洋服も淡いピンクの七分丈のAラインワンピース。過度な装飾もついていないシンプルなデザインで、甘すぎず上品でのぞみに良く似合っていた。

 きっと清三さんも、のんちゃんを見て可愛いって言ってくれるわよ、というママのお墨付きのワンピースだった。


 11時に清三の家から迎えの車が来た。外国の有名な会社の車だったけれど、車に詳しくなければ会社名はわからない程度に小さなエンブレムがついていた。良く見なければ高級車だとはわからないかもしれない。のぞみは迎えの車が住宅街で浮くことがなく安心した。


 そして、今日は桜も一緒に来てくれるらしい。のぞみは緊張しながら車に乗り込む。偉い人の家に行くのは初めてなのだ。粗相がないようにしないといけない、と考えていた。


 

 のぞみを乗せた車がたどり着いた場所は日本の大きな屋敷、という雰囲気だった。大きな門に広い庭。庭は林になっていて外から建物が見えないのだ。門をくぐってから建物にたどり着くまで、車で約10分もかかる。のぞみはこんなに大きな家に来たことはない。そしてたどり着いた先の建物は、まさに屋敷という表現がぴったりの日本的な作りの家だった。


 忍者屋敷……みたいだな……。

「桜ちゃん、隠し扉とか」

「あると思いますよ」

「え!?あるの?」

 のぞみは自分で桜に聞きながら、桜の言葉に驚いてしまった。


「ようこそいらっしゃいました、のぞみ様」

 建物の扉を開けて出てきたのは、優しそうな男の人だった。ママと同じくらいの年齢に見える。その雰囲気はなんだか家族のようで、安心できるものだった。

「今日はお邪魔します。松葉のぞみと申します」

 のぞみはほわっと笑顔を浮かべると、男性に対して丁寧に頭を下げた。


 男性はにっこり微笑むと、すぐにのぞみと桜を屋敷の中へ案内してくれた。屋敷の中は木の香りがした。ところどころ置いてある壺や絵はいったいいくらするのだろうか、高級感がびしびしと伝わってきた。

 のぞみが通された応接間もまさに庶民との違いを感じさせるものだった。真っ白なソファは座っていいのかな?と思うほどの光沢だったし、壁にかざってある掛け軸は、昔のぞみがテレビの鑑定番組で見たものと似ているような気がする。

 のぞみは慌てて目を反らした。

「桜ちゃん、さっきの男の人、優しそうだったね」

 隣に座っていた桜に話しかけた。

「そうですか?」

「うん。なんだか会ったことがあるような、ほっとする感じだったよ」

「そうですか……私の父ですので」


 父……父……父!?


「え!?桜ちゃんのお父さん、てこと?」

 のぞみは慌ててしまった。

「そうです。こちらの屋敷にお仕えしてます。」

 桜の返事は淡々としたものだった。のぞみが親しみを感じる雰囲気なのも当然だった。良く思い出してみると、いつも一緒にいる桜や松と雰囲気が似ているのだ。

「気づかなかった……」

「気にしないでください」

 桜は特に気にしている風もなく、のぞみにそう告げた。



「のんちゃん」

 突然扉があいたかと思うと、清三が入ってきた。

「はい!」

 突然のことにのぞみの声が上ずってしまう。驚いてしまったのだ。そして今日も清三の威圧感は半端なかった。なぜかまた白いスーツを着ているが、趣味なのだろうか。

「すまない、待たせてしまった」

 清三の眉間のしわは深い。どうやら申し訳なく思っているようだった。

「大丈夫ですよ、来たばかりです」

 のぞみは大して待ってもいないのにあまりにも清三が申し訳なさそうなので、逆に申し訳ない気持ちになっていた。

「清三様、私は少し席を外して宜しいでしょうか」

 清三がソファの向かいに腰を掛けたところで、桜が突然清三に話しかけた。


 え……桜ちゃんがいなくなったら二人っきりに


 のぞみは二人っきりになることをためらってしまう。知らない家で一人になるのは不安だった。

「のぞみちゃん、席を外しますね」

「さくらちゃ……」

「大丈夫です。この部屋は監視カメラがついていますから、男女が二人っきりになっても万が一のことはありません」

 桜の言葉にのぞみは真っ赤になってしまった。そんなことを心配しているわけではなかったのだ。のぞみが清三を見ると、清三は更に眉間にしわを寄せていた。浅黒い肌が少し赤くなっている気がする。清三も照れているようだった。


 のぞみがあたふたしている間に、失礼します、と言うと、桜はさっさと部屋を出て行ってしまった。


 

 のぞみと清三だけが残された部屋に沈黙が流れる。


 何を話したら……緊張する……


「のんちゃん」

「はい」

 沈黙を破ったのは清三だった。

「婚約をしてすぐだし、気が早いことはわかっているが……」

 清三が言いよどむ。

「はい」

「この屋敷の離れで一緒に暮らしてほしい」

「はい……はい?え?」

 のぞみは突然のことに清三の言葉が理解できなかった。


 一緒に暮らす?え?どういうこと?離れでって……


「清三さんの家族と一緒に、ということですか?」

「いや俺と二人だが、使用人はつく」

「ご家族は……」

「両親は今はいない」

「あの……なぜ一緒に暮らす必要が」

「花嫁修業だと思ってほしい」

 ……どうも納得できない。


「あの!」

 のぞみは少し声を大きくした。

「あの!清三さんに聞きたいことがあって」

「うむ」

 清三はうなずき、先を促してくる。

「私と婚約をしたのは、私の事を好いてくれているからですか?」

「あぁ……のんちゃんが好きだ」

 清三は眉間にしわをよせたまま答えた。傍から見れば明らかに好きなようには見えない顔だが、声は優しい。

「あの……私は外見で惚れられる容姿じゃないと思います。もしかして、以前清三さんに会ったことがありますか?」

「あぁ。だが……のんちゃんは容姿も可愛い。」

 清三は頷いた。

「その……それはいいのですが……あの……いつお会いしたか、申し訳ないのですが、覚えていないです。あの、会ったのはいつでしょうか?」

 のぞみは清三に可愛いと言われて照れてしまったが、誤魔化すように話を続けた。

「それは……できれば、のんちゃんに思い出してほしい」

 清三はそう言うと真剣なまなざしでのぞみを見つめてきた。

「……わかりました……」

 のぞみはその時はそう応えないといけない気がした。清三の目があまりに真剣で、清三の迫力というよりも威圧感に抑え込まれてしまった。



「失礼いたします」

 二人が見つめ合ったところで、ノックと共に桜ちゃんのお父さんが入ってきた。手にはお盆を持っている。お父さんは清三とのぞみの前に紅茶を置き、さらにのぞみの前にはアイスも置いてくれた。アイスはバニラの上にチョコレートソースがかかっているようだった。

「召し上がってください」

 笑顔でそう言うとお父さんは部屋から出て行った。


「いただきます」

 そう言ってのぞみは早速アイスを口に入れた。


 !!! KITOHのアイスと一緒だ!


 のぞみはそのアイスがショッピングモールで食べているいつものアイスと同じことに気付いた。わざわざ買いに行ってくれたのだろうか。


「このアイス……」

「あぁ、のんちゃんが好きなアイスを用意した」

「あ……ありがとうございます」

 自分の好きなものを用意してくれるなんて、と嬉しくなってしまう。バニラの上にチョコがかかっているなんて、まさにピンポイントでのぞみの好みだった。

「あぁ、俺が経営しているからいくらでも食べてくれ」

「え?」

 のぞみは驚いてしまった。そしてすぐに、KITOHはつまり鬼頭で、清三の苗字と同じだと気づいたのだ。

「KITOHって……」

「あぁ、KITOHグループはこの家の会社だ」

 清三の言葉にのぞみはソファに突っ伏してしまいそうになった。KITOHグループと言えば、この町だけでなく誰もが知っている大きなグループ会社だ。まさか清三の家がそんな大きなグループ会社経営までしているとは思っていなかった。どうやらただの忍者ではないらしかった。


 だから経営について学んでいたんだ……


 のぞみは清三の授業選択をその時初めて納得してしまった。

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