第七章 探偵と怪人

□芦屋真咲の解明


 野上が書いている捜査ブログに、怪人からのメッセージが書き込まれた次の日の朝、龍胆寺が珍しく遅刻ギリギリの時間に教室に駆け込んできた。

 席に着いた彼女の顔を見ると、ここ数日と同じように眠そうにしていたが、それまでと違い晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。

 休み時間に野上と龍胆寺の席に行き、昨日のブログの事、怪人と対決を決意した事を伝えた。

 野上からは、昨日の夜にパソコン部の部長のところに怪人からメールがあり、最終通告を突きつけられたという報告もあった。今週中に要求を実行しない場合、パソコン部が中間試験の問題を盗んだとして告発するという内容だそうだ。

 龍胆寺からも、事件の真相を知る関係者から重大な証言を得たという報告があったが、その時は授業が始まってしまい詳しい内容を聞けなかった。次の休み時間も教室の移動や体育の授業などで龍胆寺と話す機会を持てず、昼休みも食事をするのもそこそこで机に突っ伏して寝てしまったため、話の続きが聞けたのは放課後だった。

 そこで聞いた話はとても驚くものであった。

 俺も野上もさらに詳しく話を聞きたかったのだが、それは無理だった。龍胆寺はここ数日ろくに寝てない上に、昨日は完全に徹夜だったそうだ。さらに、体育の授業が止めを刺したらしく、過労死寸前のサラリーマンの様な顔だったので家に帰したのだ。

 野上は偉そうに、

「決戦は明日だ! 真咲君、関係者を集めてくれたまえ」などと言っていたが、俺も悪魔との戦いを前にすぐに家に帰って確認しなければならない事があったので断った。

 野上は、「探偵自身が人を集めるなんてありえない」とよく分からない怒り方をしていたが、今日は野上の戯言に付き合っている暇はない。決定的な証拠を提示され、躊躇している場合ではなくなったのだ。

 今帰ればあの人が家を出る前に連絡を取れるだろう。俺はロンドンとの時差を計算した。



☆野上隆之介の推理


 土曜日の放課後がきた。最終決戦の時だ。時計を確認すると二時の数分前を差している。授業中、何度時計を確認しただろうか。成功はすべて時間通りに進むかにかかっている。

 僕は荒木場氏を連れてパソコン部の部室に向かうため廊下を歩いていた。

 荒木場氏が土曜のこの時間空いているのは先週の訪問の時に分かっていたが、僕が週の初めに出したメールに未だ返事をくれないので来てもらえるか心配だった。しかし、昨日、霧君が聞きたい事があるから会いたがっている、とメールするとすぐに返信をしてくれた。高校の職員用駐車場入り口で待ち合わせし、そのまま連れてきたのだ。

 荒木場氏は数年前まで通っていた校舎を無邪気に懐かしがっていたが、これから連れていくところには、残念ながら霧君はいない。

 階段を上がって部室棟の三階にたどりついたところで、生徒会会長を連れた真咲君に声を掛けられた。安倍会長の方も時間通りに連れてこられたようだ。

 生徒会長を呼ぶことにしたのは今朝に決まった事なので、捕まるかどうか心配だったのだが、真咲君が無事連れてきてくれた。一応、安倍会長がごねた時のために切り札も用意してあったが、それを使わずに連れてこられたらしい。切り札とはここ一番というところで使ってこそ最大の効果を発揮する。多少強引だったのだろうとは想像できるが、一手温存できたことはありがたい。

 パソコン部の部室の前には小島君が待っており、

「パソコン部一同、揃っています」と声を掛けてきた。

 僕は無言でうなずき部室に入った。

 部室の中には、臼井部長を含め四人の部員がいた。後から入ってきた荒木場氏、安倍生徒会長、小島君、真咲君、そして僕の五人、合わせて九人が部室に入るとかなり窮屈になってしまった。これから行う事は、鬱蒼とした森の中に建つ古びた洋館の大広間こそ相応しいのだが、こればかりは仕方がない。

 これで全員揃った。もう一度腕時計を見ると二時ちょうど、その時がついに来た。

 僕は部屋の奥の窓際まで進み、閉めっぱなしだったカーテンを開けてゆっくり振り返った。

 そして、集まった人々を見渡して、

「さて、」と言って目を瞑った。

 一瞬の様な永遠の様な時間が過ぎたのちに目を開け、もう一度、

「さて、」と力強く言った。

 全員が僕に注目している。至福の時間だ。

 僕は小さく咳払いをすると、再び、

「さて、」と威風堂々と言い、皆を見渡し喜びを噛みしめた。

 もう一度言おうと大きく息を吸い込んだところで、いつの間にか隣に来ていた真咲君に肘でつつかれ、「早く進めろ」と小声で言われた。

 もう少し気を使ってくれてもいいのではないだろうか。

 探偵が関係者を一同に集めて、事件解決のため己の推理を披露する際の第一声、

 それが「さて、」なのだ。

 何度夢に見ただろうか。探偵としてこの言葉を発する事が、どれだけ名誉な事なのか分かっているのであろうか。

 真咲君は入り口の前に戻りながら僕をすごい顔で睨んでいる。次を最後の一回にしておこう。

「さて、……。皆さん、本日はお集まり頂きありがとうございます」

そう言って探偵が話を始めようとしたところで、また横から邪魔が入った。

「コレなんなの?」

 荒木場氏である。一番の年長者の癖に、落ち着きがない事甚だしい。心配しなくてもこれから紹介しますよ。もう一言二言、言っておくことがあったのだが、仕方ない段取りを変えよう。

「紹介します。今のパソコン部の部員達と、一緒に入ってきたのが生徒会の安倍会長です」

「こちらは、パソコン部のOBで、今は隣の大学に通っている荒木場さんです」

 荒木場氏と安倍会長は随分戸惑っていたが、パソコン部員達が挨拶をすると、二人とも、もごもごと挨拶を返した。

「荒木場さんと安倍会長、お時間を取らせて済みません。いまパソコン部がちょっと困った事になっていて、その問題の解決を僕が任されたのです。お二人にも協力して欲しくて来てもらいました」

 ゆっくりと全員と視線を合わせてから、僕は、そう、探偵は言った!

「ずばり言いましょう。今、パソコン部は何者かに脅迫されているのです」

 臼井部長以下パソコン部全員がうつむいた。

 本来ならここで、「なんだってー!」の一言くらい欲しいのだが、現実は厳しい。連れてこられた二人は困惑して辺りをきょろきょろと見回すだけだっし、普段なにかと口を挟みたがる真咲君も黙ったままだ。

 仕方なく先を進める。

「五月の末にパソコン部は生徒会からパソコンを与えられました。そのパソコンは元々、昔のパソコン部が使っていたものです。荒木場さんが卒業した次の年に買ったものですが、この事はご存じでしたか?」

 荒木場氏は首を横に振った。

「知らなかった。俺が居た頃は二年ごとに大きな買い物をしていたから、その分なんだろう?」

 なるほど、パソコン部が銀行口座を持っていた謎が解けた。

「ありがとうございます。今のパソコン部が使っている銀行口座は、年をまたいで部費をプールするためのものだったのですね。その溜めた部費で荒木場さんの後輩は、高性能パソコンを買ったのです。しかも、そのパソコンでネットゲームをして遊ぶためにです。しかし、この部室にひかれている晴高ネットに繋がるLANでは、規制がかかっているので遊べません。そこで、荒木場さんの後輩達は、パソコンを情報学習室の隣の機材室にあった大学のネットワークに繋いだのです」

「俺達が使わないでいてやった金でなんて事をしやがるんだ」

「そう言うところをみると、その後の展開をご存じでないようですね」

「俺が大学に入学した年の事だろう? 知らなかったな。まあ俺も後輩の事を気にした事はなかったがな」

「その行為は程なくして学校にばれました。生徒は軽く考えていたようですが、不正アクセスですから事件です。重い処分も検討されたようですが、部員が全員自主退部したので、それ以上の罰はなかったようです。そして、学校はそのパソコンを没収して、大学のネットワークに繋げる機材を一つ上の階の管理が厳重な化学準備室に置いたのです。隣の大学のOBにも噂が聞こえてこないという事は、よほどうまく処理したのでしょう」

「安倍会長は知っていましたか?」

 突然話を振られた生徒会長は、身ぶり付きで否定した。

「知らない、全然知らなかった」

「そうでしょうね。知っていればそのパソコンを渡す時に一言あったでしょう。そして、生徒会からパソコンを渡された今のパソコン部は同じことをしたのです。なんでそんな事をしたのか、臼井部、長説明してもらえますか」

 臼井部長は、驚いている荒木場氏と安倍会長をちらりと見てから話し始めた。

「貰ったパソコンの中を見たら、知らないソフトが入っていたんだ。調べたら知る人ぞ知る有名なネットゲームで、起動して設定を見たら学校から接続していた形跡があったんだ。それで、部室を探したら、接続設定を書いた変なノートと無線LAN付きのルーターが出てきた。化学準備室に大学のネットの接続口が来ているのは知っていたし、先代がやっていたならいいかなと思って……。ちょっと試してみたかっただけなんだ」

「それで化学準備室に忍び込んで、生徒会に貰ったパソコンを設置したのですね」

 パソコン部全員がうなだれた。

「以上が、パソコン部が犯した罪です。彼等はちょっとだけ悪いコトをしたかっただけでしょう。しかし、その行為により、事件の被害者になってしまったのです。そして…」

 僕はその場の全員の視線を受けながら窓際から壁の本棚まで移動し、ラクダが表紙に書いてある本を手に取ってパラパラとめくった。内容はさっぱり分からなかったが、うむと頷いて本を戻すと、振り返って言った。

「そのゲームソフトはスパイウェアだったのです!」

 (ババーン!) 僕は鳴ることのない効果音を心の中で盛大に鳴らした。現実は気が利かない。いつか真咲君がリアルはくそだと言っていたが、その点は同意したい。

「そのゲームソフトは、スパイウェアとかトロイの木馬と呼ばれるものです。起動するとネットワーク内のデータを不正に入手し、別のパソコンに送っていたのです。荒木場さんの後輩の時もネットワーク内のデータを不正に送信していたものと思われます」

 聴衆の反応を確認して続けた。

「化学準備室のネットワークは、パソコン部員達には制限なしで外に繋がる便利なものという認識だったと思いますが、犯人にとってもこのネットワークは都合のいいものでした。なぜなら、このネットワークは、大学の研究室および教職員用の特別なネットワークであり、そこから高校の教員やシステム管理の領域に繋がるメンテナンス用のルートがあったのです。部室棟に来ているネットワークは晴高ネットに繋がるものなので、管理領域には入れません。しかし、大学のそのネットワーク経由なら比較的簡単に入れてしまうのです」

 誰にも邪魔をされず、探偵しか知らない情報をみんなに伝える。なんて素晴らしいのだ!

「便利なものの裏には必ず穴があるものです。今回、盗まれたデータの中に中間試験の問題も含まれていることが分かっています。僕はデータを盗んだ犯人を怪人と呼んでいます。そして、怪人はパソコン部をこう脅迫してきたのです!」

 全員の視線を浴びつつ、僕は高らかに告げた。

「化学準備室に置いたパソコンの機能を強化しろ! 要求に従わない場合、試験問題をパソコン部が盗んだとして学校に暴露する、と!」

 驚く生徒会長に軽く頷き、さらに続けた。

「パソコン部がそんなお金は無いと断わると、なんとパソコン部の口座に百万円を振り込んだのです! これで買え、と!」

 今度も安倍会長は驚いたが、現金が出てきたからなのか荒木場氏もびっくりしたようだ。

「怪人は誰なのかを明かす前に、この百万円の出所を教えましょう。僕は今週初めに、荒木場さんにパソコン部OBで伝説を残した人物に心当たりがないか聞きました」

 荒木場氏はしまったという顔をしたが、余計な口出しをされる前に続けた。

「いや、荒木場さん、その人物は僕達探偵部が独自に調査したのでもう結構です。宅間さんという、今から七年前にこの学校を卒業した人物です。この人は在学中からかなりできる人だったみたいです。荒木場さんはご存じですよね?」

「ああ、俺が一年の時のパソコン部の合宿に来て、俺に最悪の言語の勉強をさせた奴だ。自分でスーパーハッカーだと名乗っていた。ろくなやつじゃない」

「悪魔言語というコンピューター言語らしいですよ。ゲームの設定が書いてあったノートの前半に書かれていたものが、荒木場さんの書いた悪魔言語への恨み辛みです」

 臼井部長に補足したのだが、探偵の一言に一番大声を出したのは荒木場氏だった。

「ウソだろ! あれ見たのか?」

 なかなか良いリアクションをしてくれる。

「ああ、そうなんですか。大変でしたね。いやー分かりますよ。OBヅラして部活に顔を出して偉そうにしているヤツがたまにいますもんね」

 先ほど変なノートと言った事へのフォローをしたつもりだろうが、臼井部長はさらなる地雷を踏んでしまった事に気が付いているのだろうか。

「……そうだ思い出した。なんで悪魔言語なんて名前なんだと聞いたら、俺が作ったからだなんて言っていた」

 荒木場氏はそれに気が付いたのだろう、わざとらしく自分で話題を変えた。

「なるほど、タクマをもじってアクマにしたんですね」

「本当にそうか知らんが、あいつは他の大学生からアクマというあだ名で呼ばれていた」

 荒木場氏は現パソコン部員達の方を向くと、

「お前ら!」と怒鳴り、続けた。

「拷問の様な言語の勉強をさせられる伝統が無くなったんだ。感謝しろよ」

 別に荒木場氏のお蔭でその伝統が無くなったわけではないだろうに、イタいノートの事をごまかすために大声を出したようだ。その様はさっき臼井部長が言った偉そうなOBそのものだ。

「話がずれました。百万円という大金が出てきた経緯ですが、宅間さんが関わっているのです」

「本当か? やっぱり、ろくでなしだったのだろう、詐欺でもしたのか?」

 荒木場氏が嬉しそうに尋ねた。

「別に犯罪行為ではありません。むしろ責任の押しつけ合いと、大人の事情ってやつです」

 話が佳境に入ったせいか、みんな僕の話を待っている。とてもいい気分だ。

「晴彗学園大学付属高等学校ネットワークコミュニケーションサービス、通称晴高ネットが稼働したのは六年前です。その時今と同じ機能を持っていたわけではなく、稼働後も何回か改修が行われたそうです。僕の部が使っているブログ機能も最初は使いにくかったようです」

「確か俺が三年の時に新しくなったな」

「その使えない学生向けシステムをどうにかしろ、と言われた当時の高校のシステム管理者が、安く上げるために基幹システムを作った会社とは別の会社に開発を依頼したのが不幸の始まりだったようです」

 僕はしみじみとそう言ってから窓の外を見て一息ついた。部屋に居た連中には、探偵が事件を嘆いているように見えただろうが、僕は一連の動作中にさりげなくポケットから霧君に貰ったメモを取り出していたのだ。そろそろ、メモを見ないときつくなってきた。

「予定を過ぎても開発は終わらなかったのに、高校側は年度予算消化の都合で先に開発費を払ってしまったそうです。しかし、出来上がったものは高校側の要求を満たしていなかった。高校の担当者は作り直せと言ったのですが、開発会社はそれを拒否。高校の担当者が、だったら開発費を全額返金しろと言うと、それも拒否。担当者と開発会社の間でかなりもめたようです」

 窓の下の中庭を見る振りをして、メモをさりげなくチラ見するという高等テクニック。あまり褒められた行為ではないが、時にはこういう技も必要なのだ。

「その話を聞いた隣の大学のある研究室が、そんな程度の機能ならウチの学生でもすぐに作れると、学生を動員してさっと作ってしまった事が事態をさらにややこしくした。紆余曲折の末、開発会社が開発費の一部を返金すると一方的に通告し、そのお金をその研究室の口座に振り込んでしまったようです。なぜその口座なのかは、分かりません。単なる手違いなのかもしれませんし、払った実績を作りたかっただけかもしれません。その後、高校の担当者は病気のため休職してしまい、ついに復帰できず退職してしまったそうです。大学の教授も研究のため海外の大学に行ってしまって、振り込まれた百万円がうやむやになったというのが真相です」

 話し終わり、ほっとして真咲君を見ると頷いたので説明は間違っていないようだ。もっとも真咲君も分かっているかどうか怪しいが。

「その時、教授に言われて高校のシステムを修正したのが宅間さんのグループです」

「やっぱり、宅間がお前らを脅していた犯人だろう!」

 荒木場氏が叫ぶ。パソコン部の面々も犯人が分かって安心したような顔をしたのだが、

「それが違うのです」

 僕が否定すると、荒木場氏は怪訝な顔に戻った。

「この情報を提供してくれた協力者によると、真犯人は別の人物だと言っています」

「じゃあ、誰なんだよ」

「その前に、先にパソコン部に振り込まれた百万円の方を片付けてしまいましょう」

 一番おいしい所は最後にとっておかなければならない。

 ああ、後少しであの瞬間が訪れるのだ。

「今言った通り、犯人が使い道を決めていいお金でもありません。だけどこの経緯を正直に話せばパソコン部がやった事も学校にばれてしまう。そこで、安倍会長」

 黙って話を聞いていた生徒会長を指差す。

「パソコン部の口座から生徒会の口座にこのお金を振り込むので、後は良いようにしてください。パソコン部の顧問への言い訳もお願いします」

「はあ~!? な、なんで? 第一、問題の発端はパソコン部だろう。パソコン部でどうにかしてくれよ」

「僕は探偵です。依頼人の利益に添って動く。今回、僕の依頼人のパソコン部は罪を犯しました。だけど、罪を償うかどうかは依頼人の問題です。僕の問題ではない」

 ビシッと言ってやった。パソコン部員達は、今度こそ神を見るような目で僕を見ている。

「大学の方は宅間さんにどうにかしてもらうよう手を打った。後はよろしく」

 真咲君が追い打ちをかけた。可哀そうだが諦めてほしい。それがあなたの今日の仕事です。

「大丈夫ですよ。生徒会の予算にでもしてしまえばいい。元は高校のお金です」

 予算消化に協力するし、と心の中で付け加えた。

「いやいや、待ってくれよ。そんな事のために呼び出されたわけ? もう僕は帰るよ!」

 椅子から立ち上がった安倍会長を真咲君が押しとどめ座らせた。

「安倍会長、こうお願いしているのは、あなたにも責任があるからですよ。とぼけてもらっては困りますよ」

 僕はそう言って、真咲君の方を向いて指を鳴らした。だが、指示された当人はポカンとした顔をしている。本気で分かっていないようだ。仕方なく真咲君の立つ扉の前まで行き、口に手を当てて小声で話した。

「ほら、さっき霧君に貰ったアレ。早く出して」

「あー。会長がごねたら見せろって言っていたアレか」

「声が大きいよ! それだよ。僕が合図したら渡してくれ。よろしく頼むよ」

 真咲君が背負っていたボディバッグを下し、中を探るのを横目に窓際の『探偵の定位置』まで戻る。仕切り直しの咳払いをした後に、

「安倍会長、何か言いました?」と華麗に問うた。

「これから部活なんだ」

 空気の読めない安倍会長は先ほどと違う事を言う。

 ここは同じセリフを言うところでしょうが!

 諦めて真咲君の方を向き、もう一度指を鳴らした。先ほどよりいい音が鳴ったのだが、真咲君はまだバッグの中を探している。安倍会長が何も言わず席を立とうとしたので手で制していると、やっと切り札が書かれた紙を持ってきた。

 頼むよ! ココいい所なんだから! みんなちゃんとやろうよ!

「そもそもパソコン部にあのパソコンを渡したのは安倍会長ですよね。パソコンを欲しがっている部は他にもありました。パソコン部だからといって、無条件に渡して良い訳がありません」

「いや、パソコン部に使ってもらうのが一番いいと判断して……」

 そう口を濁す。素直に罪を認めてもらってはつまらない。これこそ思惑通りだ。安倍会長には悪いが、今日のハイライトその二なのである。多少の演出は仕方がない。

「安倍会長がパソコン部の臼井部長と個人的に知り合いなのは知っています! それを利用して便宜を図ったのでしょう!」

 例の紙を安倍会長に見せる。

「な、え、なな、なんで……」

 絶句し顔が一瞬にして赤くなり、そしてすぐに青ざめた。もう少し溜めてから叫び声を上げてくれると最高なのだが、そのリアクションでも合格点を与えたい。

「我が部の調査能力をあまり見くびらない方がよろしいですな。臼井部長はともかく安倍生徒会長にそんなモノを作るスキルがあるとは思いませんでしたよ」

 安倍会長は臼井部長の方をすがるような目で見た。それで臼井部長も何が書かれていたのか理解したようだ。

 その紙は、あるホームページを印刷したものだ。

『ぺたぺろはんた~』という名前の同人ソフトサークルが作ったゲームソフト紹介が書かれていた。しかも十八禁である。

 安倍会長はその紙を何重にも折りたたみ、ポケットにしまうと、「分かった」と弱々しくつぶやいた。ホシは落ちた。いや犯人じゃないけど。

 霧君に、このサークルは生徒会長とパソコン部の部長の二人が作ったと教えられた時には半信半疑だったが、安倍会長の様子を見ると間違っていないようだ。二人だけで作っているのか不明だが、名前らしきものは二つしか出ていないので、これが安倍会長と臼井部長なのだろう。

 制作者紹介の箇所には、『技のぺたぺた一号』、『力のぺろぺろ二号』と書かれていた。どちらが安倍会長でどちらが臼井部長かは、「かわいそうだから、ヒミツ」と言われ教えて貰えなかった。だが、制作者の「好み」が書かれたゲームのクレジット画面を見せてもらった時には、聞かないで正解だったと心の底から思った。

 この情報も先ほどの百万円の出所も、すべて霧君がある協力者から教えてもらった情報だ。

 部活に顔を出さなかったのは、この協力者と会う方法を考えていたからだそうだ。さすが霧君、よく協力者を探し出してきてくれた。偉いよくやったと褒めたのだが、それが誰なのかは協力者から固く口止めされていると言って教えてくれない。

 確かに僕達探偵は、情報提供者の秘密を守る義務がある。しかし、同じチームの主任探偵には教えてくれても良いのではないか。まあ、この事件が解決したら正体を明かして良いか聞いてくれるそうなので、今はよしとしておこう。

 そして、ここからが今回の話の核心、最高の見せ場である。

 話を仕切り直すには、探偵に与えられたあの金言しかないだろう。

 僕は改めて聴衆を見渡し、重々しく言った。

「さて、」と。

 決まった! そう言わざるを得ない。余韻を感じつつ、もう一度「さて、」と言おうとすると真咲君が恐ろしい顔で睨んでいるのに気が付いた。

 ああ、君はこの至福の時を僕から取り上げようと言うのか!



□芦屋真咲の解明


 目の前では生徒会長が項垂れていた。この学園に混沌をもたらしたこの男も、こうなってしまっては哀れと言うしかないだろう。

 時計を見ると、すでに予定の時刻を過ぎていた。野上がここまで調子に乗って余計な事までべらべらとしゃべっているので、終わるまでまだ時間がかかりそうだ。連絡が無いという事は龍胆寺の方も手こずっているのだろう。いつもは役に立たない野上の無駄口が、初めて役に立ったのではないか。

「さて、」と野上が言ったところで、他の人たちに見えないように両腕で×のマークを作る。

 まだ龍胆寺から連絡なしの合図だったのだが、露骨に不満な顔をしたところを見ると別の意味にとったのかもしれない。

 もしかして、またさっきの様に「さて、」を馬鹿みたいに繰り返そうと思っていたのだろうか。あれを見た時、プレッシャーか緊張で阿呆になってしまったのかと本気で心配したのだが、一応正気のようだ。

 そういえばいつだったか、野上が、「探偵とは『さて、』という事と見つけたり」などと真顔で言っていたのを思い出した。その時は冗談だと思っていたが、どうやら本気のようだ。

 そう考えると今のタイミングで誤解してもらって助かった。あの「さて」連発も、龍胆寺から渡された紙を受け取る小芝居も、この場にいる人間の頭に巨大なクエスチョンマークを付ける事しかできないと気付いて欲しい。

 右手で先に進めろと合図をしてやると、不自然な咳払いをした後に話を始めた。

「えー、皆さん、あと一つ大きな仕事が残っています。そう、犯人を指摘し、パソコン部への脅迫をやめさせることです! 場合によっては警察に引き渡します!」

 本道に戻ったようで安心した。俺にも野上には言っていないが、やっておかねばならない事があるのだ。しかも、さっきの小芝居で邪魔をされたため、いくつかの手順をやり直さなければならない。


「臼井部長、パソコン部の部員は全員そろっていますか?」

「いや、一人病気で休んでいる部員がいる」

 野上はその答えを聞くと、小島を指し示し、

「この人の名前を知っていますか?」と聞いた。

「いや知らない」

 部長はそう答えた。当の小島は笑っている。

「そうですか、でも面識はありますよね?」

「ああ、僕が君たちと会っているのを他の生徒に見られると都合が悪いからといって、ここ数日ウチの部に顔を出して色々聞いていたけど」

「知らない人に簡単に教えてはダメですよ」

「えっ! だって君たちの知り合いだろう!?」

 部長が驚いた顔をした。

「そう、僕達も彼の事は前から知っていました。それに、臼井部長が彼の事をなぜ信用したのかも分かります。彼が密室から逃がしてくれたのでしょう」

 部長は頷き、肯定した。

「安倍会長と荒木場さんはなんのことか分からないでしょうが、僕はここのパソコン部員が化学準備室に忍び込んで、問題のパソコンを設置したところに偶然居合わせたのですよ。ただならぬ気配を感じて化学室に踏み込んだ時には臼井部長達は隠れていたのですが、その隠れている臼井部長達を逃がしたのが彼です」

 その説明で間違いないが、首吊りだ、密室だと騒いでいた件はスルーする気らしい。

「臼井部長はその時僕等と一緒にいる彼を見て、僕等の仲間と思ったのでしょう」

「そ、そうなんだ。掃除用具入れに隠れていたのだけど、扉を開けられた時、見つかったと思った。でも、彼が『シー』のポーズをして手招きで、君達に見つからないように外に出してくれたんだ」

 そう、あの時、大騒ぎしている野上の相手をしている間に、小島はそんな事をしていたのだ。

「先週末、いきなりこの部室に君達が来た時も、彼が打ち明けたからだと思ったんだ。君も部員は後一人いるって言っていたし」

 もう一人の部員と言えば、俺たちは当然龍胆寺の事だと思う。だが、部長は小島の事を思いついたのだ。龍胆寺を知っている部員もいたはずだが、部内で話題にならなかったのだろう。

「不幸な勘違いがあったわけです。この件について、僕は臼井部長を責めることはしません」

 当たり前だろ、お前も勘違いしていたんだから。

 その時の事は俺も覚えている。どうやって脱出したかを野上に聞かれた部長が、今と同じように『掃除用具入れに隠れていたら、もう一人いた…』と言ったとたん、『あー!!』という大声を出して、『なるほど、いやその可能性は考えていた』などと言って自己完結してしまったのだ。あの時、脱出を手助けしたその人物について詳しく聞いていれば……

「臼井部長は彼を探偵部の一員だと思った。そして、彼は僕等にパソコン部に所属していると名乗ったのです」

 俺達が初めて小島に会ったのは、あの密室事件が起こる直前だ。野上に請われて陰陽道の占いをやった結果、事件を探して部室から見ての凶の方角を探している時に声を掛けられた。

「あなたは陰陽師ですか?」

 俺がそれに答える前に野上が反応した。

「ほほう。格好を見て職業を当てるとはなかなかやりますね。僕も職業柄、初対面の人物のプロフィールを当てるのは得意なんですよ。彼は道具を使って占いをしますが、僕は占い師ではないのでそんな道具は使いません。使うのは観察眼だけです。君は僕をどう見ますか?」

その場でくるりと回った野上にそいつは、

「探偵かな?」と答えた。

 初対面の人のプロフィールを当てるのが得意で、占い師ではないなら、そう答えても不思議ではないだろう。しかし、野上は探偵と呼ばれた事がよほど嬉しかったようで、「一年の小島です」と名乗ったそいつに探偵の才能があると褒めていた。

 俺を陰陽師と言ったのも、手に占いの道具である式盤を持っていたからであろうが、式盤自体を知っている事に驚いた。理由を聞くと、昔から縁があると言っていた。

 野上が探偵部に誘うと、パソコン部に入っているという返事だった。興味があれば部室に遊びに来いと言って分かれたのだが、その後化学室の前で再び顔を合わせたのだ。

「臼井部長、休んでいる部員の名前は?」

「一年の小島だ」

「偶然ですね、僕等も彼を小島君と呼んでいます。小島君、説明してもらえますか?」

 全員の視線を一手に受けても表情を崩さない。

「なにも言うことが無いようですね。では、僕が宣言させてもらいます」

 最後の時が近づいているのは、その場の全員が分かっていた。そして、そんな空気を読まないやつがいるとしたら、ただ一人だ。頼む! ここは余計な事をしないでくれ。

「犯人はあなたです!」

 左手を腰に当て、まっすぐ伸ばした右手で小島を指差しそう言った。

 よし上出来だ! ポーズがムカつくが、それくらいは我慢してやる。後はこいつをとっ捕まえるだけだ。

 野上に犯人と名指しされた小島、いやニセ小島は、微動だにしなかった。野上が、

「安倍会長そいつが犯人です。捕まえてください」と言うと急に立ち上がり、俺の背後の出口に向かって突進してきた。

 俺を扉ごと吹き飛ばす勢いだったが、吹き飛ばされたのはニセ小島の方だった。

 会長たちを巻き込んで派手に転んだニセ小島は俺を睨みつけると、今度は窓に向かって突進した。窓の側に野上が居たのは、この事態を想定しての事だったが、突進してきたニセ小島にびびって脇によけてしまった。ニセ小島はそのままガラス窓を突き破り、下に落ちていった。

「ここは三階だぞ!」

 全員が窓際に集まったが、下にはガラス片だけで小島の姿は無かった。

「あれ!」

 部長の指す方を見ると、小島が特別教室棟をまわって教室棟の方へ走り去る姿が見えた。

「おい! 窓はお前が押さえるはずだろう」

「いや。まさか、窓から飛び出すとは」

「映画やドラマでも窓を破って逃げる犯人はいるだろう!」

 そう怒鳴ると、「あ、ああ、そうだな! いいもの見させてもらった」などとどうでもいい事に感動していた。

「奴の狙いは化学準備室のパソコンだ。俺は先回りして化学室に行く。窓から逃げられたのは痛いが、あいつは化学室に向かうはずだ。野上はやつが逃げたルートを追いかけてくれ。それと会長とパソコン部のみんなも協力して欲しい。できるだけ校内に散らばって、やつを見つけたら野上に連絡してくれ」

 そう言い残すと俺は部室を飛び出した。

 あの場で捕まえられなかったのは残念だが、逃げられた後の対応も想定済みだ。あいつの目的はただ一つ、それさえ阻止できればこちらの勝ちだ。それに先ほど俺は確信を得た。

 あいつが「悪魔」と呼んでいたものに間違いない。

 しかし、あいつは悪魔ではない。あいつの真の正体は、付喪神だ。

 龍胆寺によると、あのパソコンに元から入っていたソフトは、人工知能がネットワークで繋がったとんでもないハッキングソフトらしい。

 本来、付喪神とは、器物などが数十年、数百年かけて神格を得て神となったものだ。恐らく、あのパソコンに入っていた人工知能が暴走し、ネットワークによって増幅された悪意の念を一手に受け、短時間に付喪神と化したのだろう。いや、こうなってしまっては付喪神のなれの果て、邪鬼と言った方がいいだろう。昨日電話で相談した教授も同じ見解だった。


 俺はこれまでの一連の騒動は、怪異の仕業だと確信していた。だが、化学室に残された痕跡やノートの内容などから、怪異の正体は召喚された悪魔だと勘違いしてしまったのだ。

 もしやと思い、聖霊の加護によって清めた聖水を小島に掛けたこともあったが、ヤツには何の影響も与えなかった。

 別に日本の付喪神に西洋の悪魔祓いの術法が利かないというわけではない。悪しき力が生み出される根源が違うのだ。

 例えば、のどが痛いという患者がいたとする。風邪なのか、大声の出し過ぎなのか、アレルギーによるものなのか。その患者を正しく診察し、のどが痛い原因が分かれば、西洋医学の薬でも東洋医学の漢方でも治せるのと一緒だ。だが、日本古来の物の怪には、同じく日本古来の破邪の法が利くのもまた事実。

 俺に向かってきたニセ小島が吹っ飛んだのは、俺が扉に陰陽道の悪鬼祓いの印を刻んでおいたからだ。扉全体が大きな護符として作用する。但し、あいつ自体は本体が生み出した幻鬼にしか過ぎない。付喪神のなれの果て、邪鬼の本体はパソコンだ。本体を調伏しなければ、退治した事にはならない。

 俺は走りながらスマートフォンを取り出し、龍胆寺に電話をかけた。



○龍胆寺霧の観察


 使い慣れたキーボードを叩きながら横目で時計を見ると、約束の時間はとっくに過ぎていました。パソコン部の部室では野上君と真咲君が犯人を追いつめているはずですが、私の担当している作業はまだ終わっていません。

 私の担当は、二人が犯人を問題のパソコンから引き離しているあいだに、そのパソコンに入っているラプラスの悪魔の巣をハッキングしてコントロールを奪うことです。そのために、自分のノートパソコンを持ち込んでスマートフォン経由で悪魔ネットワークの元締めである大学のサーバーにログインしています。

 大学のサーバー経由で高校の悪魔の巣をハッキングする計画なのです。

 画面の端には、猫の姿を消したテキストオンリーモードのララちゃんがいます。

 ララちゃんが私にハッキングを依頼したのは、一昨日の初対面の時でした。


「ハッキング!? パソコンを止めるのにそこまでする必要はないんじゃない? そんなのLANケーブルを引っこ抜くか、電源を落としてしまえばいいんじゃないの?」

【そんな簡単にはいかないにゃ。悪魔の巣には相互監視機能がついているにゃー。別の悪魔の巣と定期的に通信をしていて、連絡が途絶えると監視元の巣が指定した作業を実行させることができるにゃー】

「どんな事が起きるの?」

【それは設定次第だにゃ。元々このシステムはハッキングしてでもデータを手に入れる事を前提にしているので、バレた時の事を考えていろいろできるようになっているにゃ。例えば、監視サーバーからアクセスして痕跡を全て消すトカ、時間稼ぎのための攻撃をしかけるトカ。今回の件でいうと、晴高のパソコンが予告なしで止まったら、監視サーバーからデータをばら撒くように設定されているかもしれないにゃ】

 私も陽子ちゃんに、

「私が死んだら、家族に見つかる前にパソコンの外付けハードディスクを壊して」と言われているので理解できました。

「なるほど、ウチの学校のデータを外にばら撒かれたら大変な事になっちゃうね。でも、プログラムはネットワーク経由で更新できるんじゃないの?」

【あの巣には何回もプログラムの更新要求を送っているケド、全部拒否されているにゃ。使うかどうかはその巣次第なんだにゃ。おそらくプログラムの更新を全て拒否するよう設定を書き換えているにゃ。デモ、表からダメなら裏から行けばいいにゃ】

「それでハッキング? どうするの?」

【リモートコントロールの権限を奪ってしまえばなんでもできるにゃ。もちろん、普通にやっても拒否されるだけなんだが、アイツのデータ処理プログラムは、バグがある古いバージョンにゃ。データやプログラムの拒否はできるけど、そのためにはデータを一度受け取って展開する必要があるにゃ。それを利用するノダ!】

 画面の中の猫少女はニヤリと笑いました。

【まず、大学から晴高の悪魔の巣に処理遅延を起こす異常データを大量に送りつけるにゃ。これをデータAとする。あのバージョンは未処理データが溜まって遅延率がある値以上になると、一時保管エリアに未処理データを保存する仕様になっているにゃ。ダケド、その時のデータ処理プログラムにバッファオーバーランを起こすバグがあって、ある種のデータを保存させると、任意のコマンドを実行できてしまうにゃ。それを利用して、データが処理できなくなったタイミングで、アクセス許可コマンドを実行させるデータBを送り込んでやれば、こちらからのリモートコントロールが可能になるにゃ】

 ウェブブラウザのセキュリティホールとして、度々問題になっているバグですね。これを利用するとは、典型的なハッカーの手口です。

【作戦名は、『目標のマンションの部屋宛てに大量の宅配便を送りつけて宅配ボックスをいっぱいにしておいて、管理人さんに催眠ガスが噴き出す荷物を直接受け取らせ、寝ている間に目標の部屋の鍵をもらっちゃおう作戦』にゃ!】

 ララちゃん、長いよ。もしかしてボケたの? なかなか侮れない猫少女です。

【問題は宅配ボックスをいっぱいにする荷物と、管理人に受け取らせる荷物を別にしないといけないってコト。つまり、異常データAが溜まって処理遅延が起きた時点で、アクセス許可実行データBに切り替えてやる必要があるにゃ】

「そのタイミングはどうすれば分かるの?」

【データAを送り続けている間に、処理確認コマンドを送れば分かるにゃ。本来はデータを送る前に処理が詰まっていないか確認するためのものだけど、今回は逆にゃ。遅延率が80%を超えたらデータBに切り替える。リモートコントロール権限を獲得したら、相互監視機能を切って、晴高の巣から監視サーバーに送ったデータの削除を実行した後、システムをシャットダウンすれば完了ダナ。送りつけるデータも揃っているし、簡単、簡単だにゃー。まあ、実際はやってみないと分からないけどナ】

 そんな無責任な事を言っていたのですが……


【失敗かー。やっぱり、やってみないと分からないにゃー。いい教訓ダナ】

 もう、呑気な事を言わないでよ、二人は私を待っているのだから。

 そうなのです。ハッキングは上手くいかなかったのです。

 もう一度、手順を実行してみました。

 大学の悪魔の巣にリモート管理モードでアクセスして、高校の悪魔の巣に、異常データAを大量に送信。送信。送信。ここまでは手順通りのはずですが、処理確認コマンドを送っても遅延率は10%以上に上がりません。

【大学のネットワークに支障が出るくらいデータを送りつけているのに、おかしいにゃー。もしかして、送ったデータの処理を一つずつ手動でキャンセルしているのカナ?】

「そんなことできるの?」

【こっちが送っているデータでネットワークはいっぱいだから、相手もネットワーク経由のリモート操作は無理なハズ。パソコンのキーボードから直接処理の取り消しコマンドを打ち込んでいるのカモ】

 こっちが送ったデータ全部に対応するって、今まで何千件もデータを送っているのに!

 落ち着こうと大きく深呼吸すると、スマートフォンに真咲君から着信がありました。

「はい! 龍胆寺です」

「俺だ! やっぱりお前の言った通り小島が犯人だった。その他の情報もお前が言った通りで間違いなさそうだ」

 二人に伝えた情報はすべて猫少女のララちゃんから教えてもらったものです。正直、疑っていた部分もあったのですが、こうなるとララちゃんを信じざるをえません。

「でも、捕まえるのに失敗して逃げられた。今から化学準備室に向かって、例のパソコンを確保する。そっちはどうだ」

「ゴメン! こっちはちょっと手こずっていてまだ終わっていないの!」

「何か問題発生か!?」

「アクセス権が奪えないの! もしかしたら準備室から直接邪魔されているのかも」

「相手は人間なのか?」

「とても人間技とは思えないの!」

「分かった。パソコンの方は俺がどうにかする。今、野上が小島を追いかけている。状況を伝えておいてくれ。それと、今から二十分間、小島を化学室に近づけないでくれと伝言頼む!」

 そう言うと真咲君は電話を切りました。私はすぐに野上君に電話を掛けました。

「は、はい!」

 電話口から息を切らせた声が聞こえました。

「野上君! 龍胆寺だけど、大丈夫!?」

「今、パソコン部と会長に学校中に散らばってもらって、怪人を追いかけている! そっちは?」

「ごめんなさい、まだ終わらないの! もう少し時間をちょうだい。野上君も頑張ってね! あと、真咲君が二十分間化学室に小島君を近づけさせないでって」

「了解した! もう少しだ、頑張ろう!」

 電話を切りました。

 あとやれる事は……そうだ! 悪魔ネットワークに流れるデータは悪魔言語のスクリプトそのものです。だったら、送るデータにもっと細工を仕込めば!?



☆野上隆之介の推理


 僕達の高校の校舎を上空から見ると、『王』の形をしている。上を北、下を南とすると、一番下の横棒が教室棟、真ん中が特別教室棟、一番上が部室棟だ。『三』の字の校舎が渡り廊下で繋がって『王』だ。

 部室棟の三階から飛び降りた小島君、いや怪人を追って僕、安倍生徒会長、パソコン部員はパソコン部の部室を飛び出した。荒木場氏には部室で待機してもらった。さすがに制服を着ていない人間が校内を一人でうろついていたら問題がある。

 怪人の目的は、パソコンのある特別教室棟四階の化学室および準備室のはずだ。しかし、落下地点から一番早く化学室に向かうルートである、特別教室棟一階の渡り廊下の出入り口には向かわず、教室棟の方に駆けていった。

 特別教室棟の一階には職員室がある。ガラスを破って上の教室から落ちてきたところを、先生に見られていたら止められると思って、教室棟の西端にある生徒玄関に廻ったのだろう。それならば、教室棟と特別教室棟を繋ぐ渡り廊下を押さえればいい。部員と会長に一階から三階までをカバーしてもらい、僕は四階に向かった。

 階段を上り廊下にでて東を向くと、廊下の先に化学室が見える。すでに真咲君が中に入っているはずだ。廊下を少し進むと、特別教室棟と教室棟を繋ぐ渡り廊下と交わるT字路についた。部室棟は三階建てなので、部室棟の方から来ることはできない。背後の階段か渡り廊下を通ってくるしか方法はないのだ。

 渡り廊下の先の教室棟の四階は僕達の教室があり、何人かの生徒の声が聞こえていた。

 普通科の生徒が寄り付かないことで有名な教室棟四階だ。その生徒達は、半分の確立で僕達の学科の生徒だし、普段いがみあっている美術科の生徒だとしてもなぜかとても心強かった。

 そんな事を思っていると、背後の階段から叫び声が聞こえた。

「おーい! 安倍君が傘で殴られて倒れた! さっきのヤツは階段を上っていった!」

 臼井部長の声だ。

「こっちは大丈夫だけど、念のため保健室に運ぶ! そっちに助けにいけない!」

 つくづくツキがない生徒会長だ。オ~ケイ! ここは探偵に任せてもらいましょうか。



□芦屋真咲の解明


 龍胆寺との電話を終えたところで特別教室棟の四階についた。

 廊下の突き当たりが化学室だ。

 化学室手前でヒトガタを壁に貼り付け呪文を唱え、式神を呼び出した。

 もし、追ってきた野上以下パソコン部の面々に素養のあるやつがいれば、式神を見て大騒ぎになるだろうが、勘の悪い奴らばかりなので心配ないだろう。

 式神はすぐ呼び出せるが、先ほどパソコン部の部室で使った術ほどの力はない。一度や二度くらいは侵入を防げるだろうが、短時間の足止めにしか使えない。破られてしまえばすぐ先には化学室の扉があり危険だが、ここは廊下の行止まりだ。後ろから追われている状況なら袋のネズミとなる。後は野上達が上手くやってくれると期待するしかない。

 化学室の扉を開け、中に入って内側から鍵を掛けた。

 この展開を見越して鍵は開けておいたのだ。手順はパソコン部が使った手の応用だ。

 用意していた脚立を上り、作業用ハッチから天井裏へ侵入する。梁を伝って準備室の上まで移動し、ハッチから縄梯子で降りた。縄梯子は龍胆寺が用意してくれた。非常口脇の緊急降下用と書かれた箱に入っていたらしい。いつか使うのが夢だそうだ。相変わらずよく分からない奴だ。

 準備室に降り立つと、聞いていた通り大きな箱が置いてあった。これがサーバーのラックというやつだろう。その箱からは禍々しい妖気を感じる。全ての元凶はここにある。

 俺は背負っていたボディバッグを下し、儀式に必要な道具を取り出した。

 紙冠を頭にかぶり、幣束を左手に持ち、桃の木でできた小さな弓に弦を張った。

 全ての用意は整った。パソコン部の部室では、扉に触れさせなければよかったが、ここでは邪鬼と化したパソコンそのものを調伏する。幸いここには誰もいない。闇の力を最大限発揮しても支障はないのだ。

 俺は左手の聖霊の加護を弱める呪文を唱え始めた。

 聖霊の加護の力が弱まるにつれ、右手の闇の力が増すのを感じた。



☆野上隆之介の推理


 階段を駆け上がる音が近づいてくる。

 怪人が来た!

 急いで廊下を戻った僕が階段の最上段に立つのと、怪人が三階と四階の中間の踊り場に駆け込んできたのは同時だった。

 見上げる怪人・ニセ小島と、見下ろす探偵・僕の視線がぶつかる。

「いや~、お早いお着きで、ですがここを通すわけにはいかないのですよ。偉大なる探偵に捕まる事は恥じゃない。むしろ誇っていい事だと思うけど、いかがですかね?」

 怪人から見れば僕の姿は、K2登山者に立ちふさがる北壁の様に見えたであろう。階段の上と下の高低差は、物理的にも心理的にも有利に働く。この状況を利用して怪人を捕えたいが、右手に持っている傘の存在が力関係に微妙な影響を与えていた。安倍会長もこの傘でやられたのだろう。

 例えここで捕えられないとしても、さっき電話で言われた約束の時間が過ぎるまで化学室には近づけさせない。



□芦屋真咲の解明


 俺が準備室で行ったのは、陰陽師が行う追儺と呼ばれる悪鬼追放の儀式を元にしたオリジナルの術式だ。

「今年今月今日今時、時上直府、事上直事、時下直府、時下直事…」

 儺祭詞を読み上げると、廊下から足音と争う音が聞こえてきて、化学室の手前で一際大きな衝撃音がした。

 ニセ小島の姿をした幻鬼が式神に打ち据えられた音だろうが、別の叫び声も聞こえた。

「野上か!?」

 返事は無かったが、何か言い合うこの声は確かに野上だ。

 安堵したのも束の間、すぐに激しい格闘が始まったようだ。

 助けに入るべきであろうか。その考えが一瞬頭をよぎるが思い直した。あいつはお願いした事を必ずやってくれるヤツだ。

「野上! あと少しだ! 頼む、頑張ってくれ!」

 争う音が止むと廊下を走り去る声が聞こえた。小島が逃げたのか? どこに向かうつもりだ? そうか小島の狙いは龍胆寺だ!

 全てを放り出し龍胆寺の元に走りだそうとしたが踏みとどまった。龍胆寺も野上も今自分にしかできない事をやっている。俺だけがこの場を離れる訳にはいかない。

 そう、今ここで俺にしかできない事をやるしかないのだ。

 俺はとっさに、

「探偵部の部室に龍胆寺がいる! 護ってやってくれ!」

 そう大声で叫んだ。これが今俺に出来る精一杯の手助けだ。

「任せてくれ! 二十分持ちこたえるという約束はまだ続いているのだろう!? 僕は依頼人と友達との約束は必ず守る!」

 壁越しに確かに野上の声が聞こえ、小島を追って足音が遠ざかっていった。

 今あいつを守ってやれるのはお前しかいない。頼んだぞ!



☆野上隆之介の推理


 怪人は化学室へ向かって走って行く。僕も後を追うがその背中に手が届かない。さっきは傘で殴りかかられたため不覚を取ってしまい、僕の横を抜けられてしまった。このままでは、真咲君との約束を守る事ができない!

 だが、あと一歩で化学室というところで怪人の体に手が届き、組みついたまま廊下を転がった。一瞬意識が飛びそうになったが、化学準備室からは僕を呼ぶ声がした。真咲君だ!

 立ち上がろうとする怪人の腰にしがみつくが、足で蹴られ引きはがされてしまった。

 だが、そのどさくさで、二人の位置は入れ替わり、僕は化学室の扉を背にして立ち、怪人の手から離れた傘も僕の足元にころがっている。

「部室では探偵と生徒という立場でしたが、こうして探偵と怪人の立場で対峙するのは初めてですね。あなたが生徒会の掲示板に犯行声明を出してから、こうなる事を夢見ていましたよ」

 パソコン部の部室を飛び出してから、初めて怪人が口を開いた。

「あれはあなた達に向けたメッセージではない。私の決意表明です」

 僕達にではないなら誰に? ただのハッタリか? その手に引っかかるほど間抜けではない。

「僕達の部室から証拠品を盗んだ手口も見事なものです。部下には説教をしましたが、心の中では、あなたこそ僕の敵にふさわしいと敬服しましたよ」

 怪人を褒めたのは、もちろん探偵のテクニックの内のひとつだ。ここでもち上げて気安く接することで、相手をリラックスさせて裏で主導権を握る。

「あのノートには、デリケートな事が書いてありますので回収させて頂きました。ケーブルはおまけです。褒めて頂いたから言うわけではありませんが、ここの生徒が書いたブログ、掲示板は公開、非公開含め全て読みましたが、あなた達のブログが一番面白かったですよ」

 やはり好敵手だ。よくわかっている。でも計略かもしれないので用心をしておこう。

「それはどうも。では僕も褒めて頂いたお礼に教えましょう。もうすぐパソコン部の人たちも来ます。ほら!」

 そう言って背後を指差すと、それに釣られ怪人も後ろを向いた。それを逃さず再びタックル! いったんは引き倒したが、組み合う内に立ち上がられてしまった。体は小さいくせに、とんでもない力だ。

「野上! あと少しだ! 頼む、頑張ってくれ!」

 準備室から発せられたその声を聞くと、怪人は化学室に背を向け、階段の方に走っていった。

「探偵部の部室に龍胆寺がいる! 護ってやってくれ!」

 その状況を察したのか、準備室の中から真咲君の叫び声が聞こえた。

 怪人の狙いは霧君か。その意図はすぐに理解できたよ、相棒!

「任せてくれ! 二十分持ちこたえるという約束はまだ続いているのだろう!? 僕は依頼人と友達との約束は必ず守る!」

 真咲君にそう言い残し、僕も駆けだした。

 約束は必ず守る! それが今、僕にできる事だ!


 怪人は階段を二階まで下り、渡り廊下を通って特別教室棟から部室棟に走り入った。

 左右に扉が並ぶ廊下を走り抜け、突き当たりの探偵部の部室の前に来た。

 怪人が部室の扉に手を掛けたところで、僕は怒鳴った。

「おい! これを見たまえ!」

 ポケットから部室の鍵を取り出し左右に振った。かなり息が上がってしまったが、怪人には呼吸を乱した様子がない。

「これが必要ではないかな?」

 続けて、探偵の名言を聞かせてやろうとすると、怪人は僕に突進してきた。

「少しは僕の話を聞け!」

 そう言って鍵を投げつけると同時に、僕も突っ込んでいった。鍵を怪人が掴んだ瞬間、腰にタックルが決まった。そのまま廊下の突き当たりの壁に押し当てたが、怪人は左手で僕の体を押さえたまま、右手に持った鍵で部室の扉を開け、中に僕と一緒に倒れこんだ。

 部室の中には……



□芦屋真咲の解明


 俺は左手に持った弓の弦を引いて音を鳴らしながら儺祭詞の詠唱を続けた。

 弦を鳴らす度に目の前のパソコンから妖気が薄れる気配があった。これが鳴弦の儀だ。

「奸心を挟んで留りかくらば、大儺公 小儺公 五兵を持ちて追い走り、刑殺物ぞと聞き食ふと詔りたまふ!」

 最後の儺祭詞を唱え終わると同時にドン! と足を踏み鳴らした。

 その瞬間、目の前のパソコンから物の怪の断末魔が聞こえ、部屋中を光が満たしていった。



☆野上隆之介の推理


 探偵部の部室の中に怪人を抱えた形で倒れ込むと、僕は自分から振りほどいた。背後の扉を守るように悠然と立ち上がると、部室を見回している怪人に言ってやった。

「真咲君がわざわざ霧君の居場所を教える筈がないでしょう。この部室に霧君はいませんよ。いい加減に観念したらどうです?」

 僕がそう言うと、怪人は叫び声を上げた。すると、体が光り輝き部屋の中で爆発が起こった。

 僕は爆風に吹き飛ばされ、扉に頭を打ち付けた。

 遠のく意識の中で、そろそろ約束の二十分は過ぎただろうかと考えた。



○龍胆寺霧の観察


 晴高の悪魔の巣に送りつけている異常データAの修正版ができあがりました。無限ループと再起呼び出しを大量に仕込んでみましたが、どこまで効果があるか正直分かりません。送信データを変更して送信再開。お願い!

 その時どこからか悲鳴のような声が聞こえた気がしました。しかし、今の私にはそこに駆けつける事はできません。私にしかできない事をやるしかないのです。

 コマンドを打ち込んで遅延率を確認すると、40%!

 遅延率は、確認する度に上がっていきました。

 50%……60%……70%!

 データ処理の遅延率が90%を超えたところで、送信データをアクセス許可コマンド付きのデータBに変更して、送信!

 リモートコントロール権限を奪えたかは、試してみないと分かりません。

 祈るようにして、晴高の悪魔の巣にリモートコントロールモードでアクセスすると、【OK】の文字が!

 接続成功です!

 続けて、相互監視している悪魔の巣に監視解除のコマンド送信……完了!

 この巣から監視サーバーに送ったデータ一式の削除実行……完了! 異常時の実行スクリプトの削除実行……完了! これで監視サーバーからデータが漏れる事もなくなりました。

 そして、最後にシステムのシャットダウン。

「終わったー!」

 大声を出して机に突っ伏すと、心配そうに見ていた陽子ちゃんがこちらに駆けてきました。

 念のためにという二人の指示に従い、生徒会室を借りて作業をしていたのです。作業といっても実際は学校にあるサーバーへのハッキングなので、生徒会室でやる事ではないですけどね。

 グラフィック表示を消しているララちゃんに報告すると、

【よくやったにゃー。確かに晴高から悪魔の巣は消えたにゃ】とのお答えです。

 喜んでいる猫少女の姿も見たかったのですが、陽子ちゃんが近くにいるのでお預けです。

 小島君を追っていた二人は無事でしょうか?



☆野上隆之介の推理


 目を覚ますと真咲君と霧君が心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。

 部室の窓ガラスは割れていたが、部屋の中で爆発があった様には見えない。気のせいだったのだろうか?

 はっと気づき、「怪人は?」と辺りを見回すと、真咲君が、

「いない。だが全て終わった。事件は解決した」と教えてくれた。

 部屋の真ん中には制服が脱ぎ捨ててあった。


 後から調べるとその制服は、入院している本当のパソコン部員一年の小島君のものだった。体育の授業中病院に運ばれたため、制服は学校に置いたままだったそうだ。

 その日、隣の大学上空を何者かがハンググライダーで飛んでいる姿が目撃された。大学のサークルの仕業かと思われたが、疑いをかけられたスカイスポーツサークルからは、ハンググライダーが一セット盗まれていた。

 あと一歩のところで怪人を取り逃がしてしまった。言い訳させてもらえば、僕は犯人を指摘する頭脳労働が担当なのだ。肉体労働は力自慢に任せておけばよかった。

 だが、パソコン部への脅迫はぴたりと止んだ。

 霧君の何でも知っている謎の協力者も事件は終わったと言っているらしいので、今回の事件は一応解決したとみていいだろう。

 それにしても、どこで知り合ったのであろう。事件が解決したのだから、その協力者を紹介したまえと言うと、黒猫に聞いてみるとの答えだ。コードネーム黒猫か。中々のセンスだ。会うのが楽しみだが、渋るところをみると、その正体はもしや……

 後の問題は……。探偵部へ最初に事件解決を依頼した斉藤先生にどう報告したらいいのか。

 僕は生徒の味方の探偵でありたい。先生には悪いが、真実を一部隠して報告させてもらおう。

 今回残念ながら、怪人をこの手で捕まえる事はできなかったが、あの怪人が大人しく引き下がっているとは考えられない。

 僕と怪人の戦いは始まったばかりだ。そう遠くない未来に僕の推理によって、必ず怪人を捕まえてみせる。



□芦屋真咲の解明


 追儺の儀式は成功し、付喪神のなれの果ての邪鬼は祓われた。本体が消滅した事で野上が追っていた幻鬼の方も消えただろう。

 今回の事件は、俺が白銀の黄昏団に入団してから初めて手掛けた仕事だ。

 教授の手を煩わせずに謎を解明する事ができたのは、自信に繋がった。もちろん、一連の経緯は教授に報告するつもりだが、野上と龍胆寺には真相は伝えない方がいいだろう。

 世の中には知らない方がいいことがあるのだ。


 ニセ小島に傘で殴られた生徒会長の怪我は、たいした事はなかった。日ごろの行いが悪いからそういうことになるのだ。だが、会長にはパソコン部の口座にある浮いた百万円を処理してもらわなければならないので、仕事ができる程度には元気になってくれないと困る。

 パソコン部と探偵部の部室の窓が割れた件も、どうにかしてもらわないといけないしな。

 その後は俺が生徒会の陰謀を解明してやるつもりだ。



○龍胆寺霧の観察


「霧ちゃん、霧ちゃん! 面白い事件が起こったら教えてくれるっていったじゃない」

 事件解決から二日後の朝、『野上君と芦屋君を見守る会』のメンバーの一人の夏奈ちゃんが話しかけてきました。

「えー、どこまで知っているの?」

 陽子ちゃんの方を見ると、手を合わせてゴメンのポーズをしています。イベント大好き、面白い事大好きな私のクラスで隠し事は無理だったようです。

「散らかっていた教室を見た斉藤先生が、野上君に片付けておけって言ったら、野上君が殺人事件の捜査を依頼されたって勘違いしてひと騒動あったって聞いたよ。なんで掃除の依頼が、捜査の依頼になるの?」

 私にも分かりませんよ。そこが野上君のいいところじゃないですか。

 私達の話を聞きつけてクラスのみんなが集まってきました。このクラスで隠しておけるわけもないし、関係者に迷惑を掛けない範囲で教えるしかないかな。二人の活躍を私一人で独占するのももったいないしね。

 それにしても二人のコンビはやっぱり最高です。

 二人の観察はやめられそうにありません。

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