第二章 三人の出会い

○龍胆寺霧の観察


 こんにちは、龍胆寺霧です。

 事件について書く前に、私達の事を紹介したいと思います。

 私は高校二年生、私立晴彗学園大学付属高等学校に通っています。みなさんは生活が充実していますか? 私は高校生活がとても充実しています。

 私の通っている高校には、普通科の他に二つの特別学科があります。一つは美術科、もう一つが私の在籍している学科です。

 中学生の頃、この高校のパンフレットを見た時からここに進学しようと決めていました。

 その学科のパンフレットには、大げさな言葉が謳われていましたが、それが将来どう役に立つのかなどの有益な情報は一切載っていませんでした。それなのに、生徒が奇抜な格好をして学校行事を行っている写真はなぜか多数掲載されていたのです。普通の中学生なら引いてしまうような写真をパンフレットに載せる理由はなんなのでしょうか? 学校からの挑戦状でしょうか、入学した後で文句を言わせないための言い訳でしょうか、私にはその意図が分かりませんでした。

 ですが、これほどユニークな学科に入りたいと思う人がクラスメイトなら、面白ことがたくさん起こるに違いありません。それはパンフレットに載っている生徒の顔が、とても生き生きしているのが証明しています。

 なぜそこまでして面白い人にこだわるかというと、私の趣味が人間観察だからです。

 でもこの趣味は人には言わないようにしています。「趣味は人間観察です」というと大抵の人は無趣味の言い訳だと思ったり、ひどい時には不思議ちゃんアピールだと思われてしまいます。『観察』している事を意識され、素のリアクションを取ってくれなくなってとても残念な結果になってしまったこともあります。

 慎重に、相手に気付かれることなく、そして最大限の敬意を払って観察させていただくのです。なんでこの人はこの場面でこんな事を言うのだろう。なんでそんな行動をするのだろう。この人はなにを考えているのだろう。そんな事を想像しているとワクワクしてきます!

 むしろ人間観察は趣味を超えた私のライフワークなのです。


 今、私がもっとも観察に力を入れている二人を紹介します。

 一人は一年の時からのクラスメイト、野上隆之介君です。

 初めて彼を意識したのは、入学初日の教室での自己紹介です。

「野上隆之介です」

 名前に続き、出身の中学校、住んでいるところを発言した後、野上君はわざとらしく咳払いをしてから続けました。

「えーっと、あとは趣味ですね。まあ、趣味と言うか特技でもあるのですがね。趣味は、推理です。読むのも、そして、もちろん!」

 クラス中が続きを待っていたのですが、そう言ったきり野上君は机に両手を付いて、下を向いて沈黙してしまったのです。私はその時、野上君が急に気分が悪くなってしまったのだと思いました。みんなの心配する視線を受け、しばらくそうしていましたが急に顔を上げると、

「とくもの!」と言い放ったのでした。

 よく分からないけど、すごいことが起きた! 私はそう確信したのですが、その時大きな衝撃を受けたのは私だけだったようで、先生は、「はい」と軽く言って次の人に回そうとしました。

 すると、野上君はあわてて、

「あっ、あ、そうじゃなくて、解くのも! 解くのも得意です。何か事件があったら僕が解決してあげます。探偵みたいなものを目指しているので」と、なにか大仕事をやり遂げた偉人の様に自信満々に宣言したのでした。

 なんて、素敵なことでしょう! 高校一年から探偵志望とは、見上げた若者です。

 後から聞くと自己紹介の時に沈黙したのは、『探偵の間』を取ったとのことです。素晴らしいです。訳がわかりません。

 私はさっそく、心の中の要観察者名簿の一番目に載せました。その後も自己紹介は続きましたが、残念ながら野上君ほどインパクトがある自己紹介をした生徒はいませんでした。

 野上君は、背が高めで細身ですがしっかりした体つきをしています。よく見るとまつ毛も長く、はっきりとした顔立ちなので、入学当初はクラスの女子からの評価も高かったのですが、少しすると「イケメンというか濃い顔?」「今風ではないよね。昭和の男前? 昔の映画スターみたい」という評価に変わってきました。その評価も入学から一ヶ月が過ぎると、「口を閉じていれば」という但し書きが付き、もう一ヶ月経つと、「私服が残念」という評価も加わってしまいました。

 そんな野上君を、私は自己紹介以来ずっと注目してきました。

 一年の時だけでも、男子空手部盗撮事件、逆パンダオセロ事件、学園祭探偵喫茶爆破未遂事件、遣随使連続殺人(想像)事件などなど数えきれないくらい多くの事件を自分ででっち上げ、手に負えなくなるとうやむやにしてきました。私はその度に間近で堪能させてもらいました。

 私は個性の塊である野上君がクラスの中で浮いてしまわないか、初めはとても心配していたのですが、五月の連休を過ぎたあたりからその心配は無用になりました。この学科の伝統にクラス中が染められてしまったと言った方がいいかもしれません。

 私たちの高校の校舎は、四階建てで各階に六教室しかありません。このため一階から三階を普通科の一年から三年が使い、私たちの学科と美術科の三学年、合計六クラスが一緒に四階を使っています。つまり、隣のクラスは同じ学科の先輩後輩のクラスなのです。ですので、普通科の生徒と交流するより、同じ科の先輩後輩と仲良くなります。いくら野上君が目立っても隣のクラスには負けず劣らず個性的な先輩がたくさんいるのです。

 それでも野上君を変にからかったり、陰でこそこそ笑ったりするような人には私がひとりひとり誤解を解いてまわりました。

 同じ笑うでも、自分より下にみれば嘲笑であり、それをみんなでしたらただのいじめです。笑っていても、相手をリスペクトすることが大事だと私自身も肝に銘じています。

 幸い野上君のことを誤解していたクラスメイトも私がお話しをすると、野上君がいかに個性的で魅力があるのかを分かってくれました。夏休みを過ぎた頃からは、野上君のセリフに乗ってクラス中で寸劇をすることもありました。もうクラスの中心と言ってもいいかもしれません。おかげで。スポーツ系もギャル系もお笑い系も目立たない子も一緒になっていつも笑って過ごせる楽しいクラスになりました。私はこのクラスが大好きです。


 このクラスに変化があったのは、二年の始業式の日、転校生がきた時の事です。その転校生とは、私が注目しているもう一人、芦屋真咲君です。

 二年の春にイギリスから帰国子女が私たちのクラスに編入してくるというのは、一年の終わりには分かっていたので、どう迎えるかをクラス全員で話し合いました。

 このクラスのおかしな雰囲気にひかれないように、いつもの珍妙なノリと寸劇を控えて様子を見よう。クラスのノリに慣れた頃に歓迎会をやろう。そんな結論に落ち着きました。

 しかし、真咲君は、そのような心配を吹き飛ばすくらいインパクトがあったのです。

 講堂での始業式が終わり教室に戻ってくると、真咲君が先生に連れられて教室に入ってきました。背は普通ですがやせ気味で、ずっと下を向いていました。

 自己紹介するように促され顔を上げると、色白で涼しげな、平安貴族のような顔立ちでした。顔にかかった長めの髪から覗く切れ長の目で、正面を睨むように見据えていたのが印象的に残っています。後日聞くと、睨んだような目つきはコンタクトレンズを忘れただけだそうです。

「芦屋真咲です。名前から分かるように、蘆屋道満という陰陽師の末裔です」

 第一声でいきなりかましてくれました。

 クラスはちょっとした笑いに包まれました。少し前に陰陽師を題材にしたドラマがはやっていたので、それを元にした冗談だと思ったのでしょう。誰かがそれに乗って、

「必殺技は~?」と質問すると、

「いま、泰山府君の法を修行中です。死者を生き返らせるのは無理だが、そのうち寿命を延ばすくらいはできるようになる」と、とても真面目な顔をして言ったのです。

 私はシリアスな顔をしてギャグを言っているのかと思いました。さらに他の誰かが、

「じゃあ、今年の学園祭は寿命延ばし喫茶やろうぜ」と言うと、真咲君はあからさまに不機嫌そうな顔をして、

「泰山府君の法は日を選んで行う必要があるし、失敗すれば寿命を縮めてしまうかもしれない。簡単に行えるものではない。それに今は魔都ロンドンから持ってきてしまった障気が抜けていないから無理だ」

 そう言うと、怒ったように顔を逸らしてしまったのです。

 ギャグではありませんでした。

 でも! でも! ギャグで言っているよりずっと面白い!

 クラス中も、一瞬、ざわっとしましたが、すぐにどういう状況なのか把握したと思います。一年間野上君の言動で鍛えられたクラスメイト達は、すぐに野上君に負けない逸材がやってきたと悟ったのです。私も、ひゃっほう! こいつは忙しくなってきたぜ! と小躍りしそうになるのをなんとか堪えました。

 私はすぐにでも仲良くなりたかったのですが、その日の放課後は同じ学科の二年と三年主催による一年生の歓迎会があったので、そちらの準備のためお話しすることはできませんでした。

 真咲君にも出席するか聞いたところ、遠慮するとの事でした。残念ですがいきなり一年生歓迎会に出席してもらうには刺激が強すぎるので、欠席してもらって正解でした。幸い野上君が一人で帰すのは可哀そうだからと、校内の案内をかって出てくれたのでお任せしました。

 翌日の朝、真咲君が登校してきたので近くにいた人たちと昨日ほったらかしてしまったことをお詫びにいくと、野上君に校内を案内してもらい楽しかったと言ってくれました。しかもその後、駅前のファミレスに寄って話し込んだようで、色々な話をすることができたと笑顔で言ってくれました。打ち解けてくれるか心配していましたが、さすが野上君、適任でした。

 その後、和やかな雰囲気の中で私たちの自己紹介が始まったのですが、真咲君は私の名前を聞いたとたん目が輝き出し、私に質問しました。

「りんどうじ? 変わった名前だな。どういう字を書くんだ?」

 全国の難読苗字の方と同じく、私も自己紹介するときに苦労しています。他のみなさんはどうしているのでしょうか。私は面と向かっている時は紙に書いて説明するようにしています。

「龍に、肝! それに寺か。おお! 凄い! 格好良い! へー、花の『リンドウ』ってそう書くのか。英語にするとドラゴンハートか! いいな。すごくいい。でも、それだと寺が余るな。ドラゴンハートテンプル。ちょっと語呂が悪いか。テンプル・オブ・ドラゴンハート! こっちだな。うんうん」

 そう言うとこちらを見て、にやっとした顔をしました。

 今改めて考えると、ドラゴンハートではなく、ドラゴンレバーなのではないでしょうか。でもその時は、イギリスからの帰国子女だからなんでも英語で考えるんだと、妙なところに感心していました。周りのみんなもどう答えていいか分からず変な間が開いてしまったので、誤魔化すために真咲君の肩を叩きながら、

「あははは! 芦屋君って面白いね! そんな事初めて言われたよ。でも、そんなこじつけ好きだよ!」と応えました。

 私の返事が予想外だったのか、一瞬真咲君も驚いた顔をしたのですが、そんな素振りを隠すようにあわてて、

「えっと。下の名前はどういう字?」と聞いてきました。

「天候の霧だよ。霧雨の霧」

「おしいな~斬るの『斬』だったら、ドラゴンハートスラッシャーだったのにな。いや、ごめんごめん。霧でも格好いいよ」

 お気遣いありがとう。でも、貶されたと思っていないけど、褒められたとも思えないよ。

「フォグかミストだな。『テンプル・オブ・ドラゴンハート イン フォグ』。ミストなら頭に『ミスティ ドラゴンハートテンプル』はどうか?」

 どうかと言われても……どうなんでしょう?

 冗談で言っているのかなと思いましたが、その後も何かにつけて私の苗字を褒めてくれるので、本当に気に入ってもらえているようです。

 私自身は、自分の苗字は人に説明するのが面倒くさいなあと思っていたくらいで、良い苗字だと思った事はありませんでした。むしろ長くて申し訳ないので、親しい人には苗字では無く名前で呼んでと言っているのですが、真咲君は格好良いからと苗字で呼んでくれます。

 ある時、そんなに私の苗字が好きならウチの養子になればと言うと、

「俺も自分の苗字が気に入っているんだ」と怒ったように言って、そっぽを向いてしまいました。本当に怒ってしまったのかと心配しましたが、照れている様でした。ご先祖様を尊敬しているので、自分の苗字に誇りをもっていると言っていますが、自分の事は苗字ではなく名前で呼んで欲しいと言うのです。

 う~ん、謎です。

 でも、真咲君に褒められたおかげで、自分の苗字が少しだけ好きになったのは確かです。

 一つ心配なのは、真咲君が野上君に、「小説の主人公の条件は?」という話をしていた時に、「珍しい苗字の友達がいる事」と言っていた点です。まさか私の苗字目当てで友達になってくれたわけではないですよね?

 いずれにせよ名前の件を切っ掛けに真咲君と話す機会が増えていきました。

 クラスメイトも、いままで居なかったクールキャラが来たと、喜んでいました。一時期は、「ふっ…」とか、「やれやれ」とか、「俺に構うな」とか、真咲君の真似をするのがクラスで流行りました。当然、行き過ぎは私が注意しましたけど。

 他のクラスメイトにはクールに接していた真咲君ですが、なぜか私には違う態度を取っているように思えるのです。転校生だからと親切にしたり心配されたりするのは、あまり気に入らない様子でした。

 むしろ、乱暴な口をきいたり、冷たい態度をとったりする方が喜んでもらえるようでした。さらに、そんな態度をとったあとにちょっと優しくすると大変嬉しそうにしていました。

 その辺の事情に詳しいお友達の陽子ちゃんに聞くと、『ツンデレ』という専門用語を教えてもらいました。陽子ちゃんが言うには、私が演技してツンデレをするとプロには見抜かれるので、普通にしていた方がいいとのアドバイスを貰いました。なかなか難しい世界のようです。

 真咲君は私をどのように見ているのでしょうか。

 ある時、そんな事を考えながら真咲君の席の方を見ると、本人と目が合ってしまいました。とっさに目を逸らしてしまいましたが、怪しかったでしょうか? その時はさすがに不自然だと思い、もう一度真咲君の方を見て笑顔で会釈しておきました。



□芦屋真咲の解明


 授業が始まる前の時間を利用してこの報告書を書いているのだが、ふと視線を感じそちらに目をやると、龍胆寺霧が俺を睨んでいた。俺と目が合うとツンと前を向いてしまったが、すぐにこちらに向き直り恥ずかしそうな顔をした。

 まったくなにがしたいのか分からない。思えば最初に龍胆寺と言葉を交わした時からおかしな感じだった。

 転校二日目、登校すると龍胆寺と他数名がいきなり俺の席にやってきた。その時は、背が低くて髪が短めで活発そうな女子という印象だった。話を始めると、俺を見つめる大きな目に戸惑った事を覚えている。

 だが、そんな第一印象はあてにならない事を後から思い知った。

 他の連中には、どうやって通学しているだの、部活はどこに入るだの、英語を教えてだの、どうでもいいことばかり根ほり葉ほり聞かれた。しかし、龍胆寺の、「イギリスでなにをしていたの? 日本ではなにをするつもり?」という質問には真の目的を見透かされた気がした。


 俺の名前は芦屋真咲という。

 先祖は平安時代の陰陽師、蘆屋道満だ。一般的には同時代の陰陽師、安倍清明の敵役としての方が有名だが、俺は心から尊敬し、この苗字にも誇りを持っている。

 名前の真咲という字は、女の名前のようだが俺は気に入っている。マサキとは、つまり魔裂、demon-cleaver 俺にぴったりの名前だと思う。

 俺は中学の一年の春から高校一年の冬までの四年間、親父の仕事の都合でロンドンに住んでいた。一応ロンドン市内ではあったが中心街からは離れており、歴史が古いだけで俺の興味を引くものはなにもない、公園とゴルフ場が多い町だった。

 中学の時はこの町から日本人学校に通っていた。

 ロンドンに来た当時の俺は、頑なに英語をしゃべらないことで日本人としてのアイデンティティを維持しようと誓っていた。それゆえ、言語習得の能力は、英語の学習より関西弁を標準語に矯正することに費やした。

 ロンドンに来る前に住んでいたところは関西では無かったが、両親が兵庫の出身なので気を付けていないと意図しない似非関西弁が出てしまうのだ。

 関西人は間違った関西弁を使われると怒る。そう聞いたのが、俺が言語矯正に取り組んが理由なのだが、それが真実なのかは定かではない。関西出身の友人に確かめた事がなかったからだ。出身地を聞くほど親しい友人がいなかったとも言える。

 こんなことなら素直に英語の勉強をしておけばよかった、と今になって思う。

 高校への進路は、三つの選択肢があった。一つ目の選択肢、現地のイギリス人のための学校に通う。二つ目の選択肢、日本に戻って全寮制の高校に通う。これらの選択は、英語力とコミュニケーション能力が少々劣っていたため断念せざるをえなかった。必然的に残りの選択肢である、ロンドンにある日本の高校に毎日二時間以上かけて通う事を選んだ。

 ロンドンに居た最後の年となった高校の一年間は、中学の失敗を反省し社交的に振る舞ったつもりだが、日本に帰って来てからも連絡を取り合うほどの友人は出来なかった。

 こんな俺でもまったく友達が居ないわけではない。ロンドン時代に一番遊んだのは、向こうで借りた家の隣に住んでいたイタリア人のマルコだった。

 マルコも英語が苦手だった上に、なぜか日本語が得意だったので、俺との会話は日本語で行われた。俺はますます英語を話す機会を失った。年齢を聞いた事は無かったが二十歳は超えていたと思う。近所のイタリアレストランに勤めていて、長靴の形をしたイタリア半島の爪先のところにある町の出身だと言っていたが名前は忘れてしまった。

 出会った頃は足を怪我していたため、店に出ないでリハビリと称し俺とサッカーボールを蹴って遊んでばかりいた。なぜか日本のアニメ、マンガに詳しく、サッカーアニメの必殺技の真似をして怪我を長引かせたりと、阿呆な事ばかりしていた。もっとも、その必殺技を二人で再現しようとして、マルコの左足踵をおもいっきり蹴って怪我をさせたのは俺なので、これ以上マルコを責めるのは控えたい。

 マルコの怪我が治るまでの約一年間は、ほぼ毎日顔を合わせて下らないことばかりしていた。

 そして、俺が秘密組織『白銀の黄昏団』に入ることになったのもマルコが関係している。

 マルコから教授と呼ばれていた人物を紹介されたのは、ロンドンに来て二年目の初夏だった。

 紹介されたその人物は、マルコより年上ではるかに日本語が上手だった。むしろ俺より漢字を知っているくらいだ。

 教授には会ったばかりの時から日本での生活の事をよく聞かれた。親が兵庫出身というと詳しい地名まで聞かれたのを覚えている。

 それからマルコが教授に会いに行くときには、俺もついていくようになった。マルコが仕事の時には一人で会いに行く事も珍しくなかった。教授はいつも思慮深く、年下の俺の話を誠実に聞いてくれた。今思えば、教授は俺に適正があるかずっと観察していたのだろう。

 その『白銀の黄昏団』の秘密を打ち明けてくれたのは、高校一年の夏に一人で教授の家を訪ねた時のことだった。

 その組織の存在は、厳格に秘密が守られており、入団に値すると認められた人物にしか知らされない。俺は教授によって入団の資格と、目的遂行の武器となる二つの力を授かったのだ。

 その力とは、先祖の陰陽師、蘆屋道満に由来する闇の力とそれを覆い隠す聖霊の加護の力だ。

 ロンドンから日本の学校に転入するにあたり、一番配慮したのがその組織と俺に宿る二つの力の存在だ。もし、学校での任務中その力を見られてしまったら……

 そこで考えたのは、最高機密を隠すため、一部真実を明かすことだ。

 俺が芦屋の姓を持つこと、播磨の国出身である事を考えれば陰陽師に関わる人間である事は容易に推測できる。そこで、陰陽師であることは明らかにし、任務の過程で起きた超常現象については陰陽師の職能によるものとすることにしたのだ。

 転校初日の挨拶で陰陽師である事を明かしたのはこのためだが、クラスメイトはさすがに驚いたようだ。だが、孤独には慣れている。俺の力を恐れて距離を取っても一向に構わない。むしろその方が任務には好都合だ。しかし、その日の放課後話しかけてきた奴がいた。そいつが野上隆之介だ。

 野上は俺に陽気に声を掛けると、距離感なくいきなり顔を突き出してきた。太い眉、大げさな目、存在感のある鼻、と各パーツは派手なのだが、全体で見ると何かバランスが欠けているせいか暑苦しい顔に見える。

 だが、暑苦しいのは顔だけでなかった。

 野上は、この学校には陰謀が渦巻いており、一年の頃から一人で脅迫や窃盗、果てには誘拐未遂事件から殺人未遂事件までを解決してきたと言っていた。

 冗談を言っているような顔つきではなかったし、その日あったばかりの人間にツッコミを入れられるほどコミュニケーションレベルは高くない。後から龍胆寺に聞くと、どれも阿呆な笑い話だったのだが、その時は曖昧に笑うしかできなかった。

 そして最大の失敗は、この信じられない話が、もし、万が一、極僅かでも本当に起こった事件だとしたら、と思ってしまったことだ。

 なぜそれほどこの学校に事件が起こるのか。もしかして、我が白銀の黄昏団が追っている世界の謎に関係する事が起こっているのだろうか。そうであればそれを解明するのが俺の仕事だ。

 そして、この学校に不慣れな俺にとって、事情をよく知る協力者も必要だ。

 こうして、俺は利害関係が一致している間、野上と行動を共にすることにしたのだ。



☆野上隆之介の推理


 探偵部が結成されたいきさつを話す前に、この高校の話をしよう。

 僕達が通っている高校は、隣に建っている私立大学の付属高校である。大きな敷地の大半は講義棟、実験施設、講堂などの大学の施設だが、端の方にまとまって高校の校舎、体育館、グランドなどが配置されている。

 大学と高校の間にはちょっとした森があるだけで、はっきりとした境界線は無い。だが、それぞれの学校の正門が敷地の反対側についており、最寄駅も異なるため、大学生と高校生の間に交流はほとんどない。

 大学の方は、特定の分野では世界的に有名だった事もあるそうだが、観光するのも買い物するのも住むのも中途半端で魅力に乏しい土地であるため、少子化の波にのまれ受験生が年々減ってきているのが悩みの種だそうだ。

 付属高校なのでこの高校からも大学へ進学する生徒はいるのだが、成績優秀な生徒は東京や大阪、京都の大学に進学するし、そうでなくとも何もない土地にもう四年通うのを嫌い他の大学を受験する生徒は数多くいる。

 そんな高校の中で各学年に一クラスだけ存在する僕達の特別学科はちょっと変わっていて、大学進学希望者の多くが隣の大学に進学する。

 それというのもその学科自体が、隣の大学のとある学科に進学するために作られたからだ。

 その学科は、少子化の進む中、他大学との差別化を図るため作られた特別な学科なのだが、ユニークすぎる学科名のせいで受験者を減らしているというのがもっぱらの評判だ。

 学科名はあえてここで語らないが、聞いた人間がことごとく、「その単語とその単語をくっつけるの?」と驚く素晴らしい名前だ。明日の日本を作るという崇高な目的のためつけられたと聞いたが、長時間の会議の末の妥協の産物として生み出されたとしか思えない。OBによると、在学中は学科名を言うのが苦痛でも、卒業後は面接や合コンで自己紹介のネタに使えるくらいには吹っ切れるそうだ。学科名を言えるようになるのに数年掛かるというのが間違っている。

 そんな学科に中学生で進学を決めた人間が変わり者でないわけがない。しかも、一学年に一クラスしかないためクラス替えもない。例え入学時には真面目だった人間も、三年間変わり者に囲まれて生活していればどうなるかは目に見えている。そして、元から変わり者だった人間においては推して知るべしである。

 さらに、同学年の他のクラスとの繋がりが希薄な分、学科の上下の学年の繋がりが濃厚だ。

 修学旅行に行った二年生は一年と三年のクラスにお土産を買ってきてくれるし、高校入学の歓迎会を二年と三年がしてくれるのもウチの学科と美術科だけだ。

 僕も入学した時に歓迎会をして貰ってちょっと感動したのだが、実は美術科と張り合うためだけに行われているという事に後から気が付いた。

 馬鹿な争いに巻き込まないで欲しいものである。だが、大した歴史もないはずなのに伝統という名目で、上の学年からいろいろな行事に参加させられているうちにクラス全員が洗脳されてしまうのだ。ウチのクラスも一年が終わる頃には、三年生を送る会をどうやったら美術科より盛り上げられるかを真剣に議論するようになっていた。慣れとは恐ろしいものだ。

 そんなクラスになぜ僕が入ったか、それは謎である。まさにミステリと言っていい。

 学校説明会に参加して進路希望を出したからなのだが、今になって考えると気の迷いとしか言いようがない。

 学校説明会の時、その学科の一年から三年生までが温かく歓迎してくれたのが嬉しかったからだろうか。今思うとあのノリを受け入れる事が、まず初めの入学テストだったのもしれない。


 僕達のクラスに芦屋真咲君が転校してくると分かったのは、一年の終わりの頃だった。

 春休み前には真咲君をどう迎えるか対策会議まで開かれた。恐ろしい案が多数出されたが、人となりを見て判断しようという事に落ち着いた。ちなみにこの会議を仕切ったのが、龍胆寺霧君である。

 霧君は、一年の夏休み前にはクラスをまとめるリーダーになっていた。

 初めて見た時は、小さなかわいい子という印象を持った。中学生はおろか、その下と言われても驚きはしない容姿だ。褒めるつもりで、おかっぱが似合うねと言うと、

「おかっぱじゃなくて、ボブって言ってよ」と怒られた。そういう髪形があるらしい。

 そんな幼く見えた彼女が、あんなに活動的だったとは思いもしなかった。

 表情も豊かで良く笑うが、その笑顔には注意が必要だ。たまに飛んでもない事を考えている時がある。一年の時にクラスで起こった事件の前には、だいたい霧君が笑っていた。

 あまり書きすぎると後が怖いのでこの辺にするが、人望があるのは確かだ。面倒見もよく、転校してきた真咲君を何かと気にかけている。真咲君も照れ屋なので面と向かって言わないが感謝していると思う。

 霧君は、僕が真咲君と探偵部を作ると聞いた時もすぐに入部したいと手をあげてくれ、面倒な手続きをほとんどやってくれた。部の名称で生徒会ともめた時も、ほぼ探偵部の名称を通す事ができたのは霧君の機転のおかげである。


 探偵部を作るきっかけは真咲君の転校初日にさかのぼる。

 その時真咲君に話しかけたのは、最初の自己紹介がとても面白かったからだ。

 実は、その日の放課後に同じ学科の一年生の歓迎会があったのだが、僕は真咲君に校内を案内するという理由をこしらえてパスさせてもらった。みんなと騒ぐのは嫌いではないが、あの企画にはついていけない。

 一見、気取っていて気難しい感じもした真咲君だが、話してみるととても面白く、すぐに意気投合した。校内を案内した後も駅前のファミレスに寄って五時間もしゃべってしまった。

 そこで誰にも話さないで欲しいと前置きをしてから、真咲君は僕に秘密を打ち明けてくれた。

 なんでも真咲君は、世界の謎を解き明かすというという目的を持った組織に所属していて、この学校で起きた不思議な出来事も報告する義務があるという。

 真咲君は、不思議な出来事とは人間の仕業ではない超常現象的な事象を指すと言っていた。つまりそれは、人の手が加わっているかどうかを判定する必要があるというわけだ。そういう事なら僕が協力しないわけにはいかない。

 僕はこれまで学園で起きた数々の難事件を解決してきた。そして、それらの事件はどれも人によって起こされたと断言できる。僕は息を吐くように事件を解決できる。全ては探偵のなせる業である。

 しかし、探偵としては素人の真咲君には、人が起こした事件なのか超常現象なのかを判別するのは難しいであろう。そこで僕がその判定を引き受けてもいいと買って出た。僕を信用して秘密を打ち明けてくれた真咲君には、僕しかできない役割を担うことで応えたかったのだ。

 僕がそう告げると真咲君は、転校初日に話を聞いてくれる人が出来て嬉しい。そう言ってとても喜んでくれた。

 その後、真咲君が自己紹介で言っていた陰陽師について聞いてみると、色々便利な能力を使える事が分かった。相手に気付かれずに尾行する術、相手の嘘を見破る術など、まさに探偵にうってつけではないか。これらの力が使えるなら、素質が無くても十分探偵としてやっていける。僕が探偵のテクニックを教えれば一流の探偵になれる、そう言ったのだが先ずは自分の仕事を第一に考えたいとの事だった。

 それは残念だったが、良く考えれば真咲君の仕事にこそ探偵のスキルが活用できるのではないか。探偵として学ばなくても、真咲君の仕事に活用できるスキルを僕から学び取ってくれればいい。もちろんお客様ではないので指導は厳しくさせてもらう。

 僕の力が必要な時には当然力を貸すし、僕も真咲君の力は遠慮なく借りるつもりだ。

 お互いが得意な能力で協力できる事が分かったので、一歩進めて組織にしてはどうかと提案した。

 それこそ僕が前から温めていたアイディアだ。

 僕がそう言うと、真咲君は大きく頷いた。そして、僕達は固い握手を交わした。

 その瞬間、探偵部が結成されたのだ。

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