番外章 コマーシャル・メッセージ

コマーシャル・メッセージ

「知ってますか先輩! 私達の活躍が本になるそうですよ!!」

「そうか、印税はいくら入るんだ?」

「…………」

「何だお前、印税も知らないのかよ。印税っていうのはな、本が出版された時、出版社から著作権者に支払われる金のことだ。つまりこの場合、俺の残高がいくら増えるかということで……って何だよ、その虫ケラを見るような目は」

「いや、最初に気にするのがそれって、先輩は本当にどうしようもありませんね。もっと他に気にすべきことがあるんじゃないですか?」

「ああそうか、大事なことを忘れていた」

「そうですよね、ちゃんと理解してくれて何よりです」

「メディアミックスの予定はどうなっているのか、だな」

「そおいっ!!」


 軽トラックの運転席から飛んで来た、後輩、絹和コハネの拳。

 俺、苅家ヒビキはそれを、ギリギリのところで回避した。


「てめえコハネ! いきなり何をしやがる!」

「それはこっちの台詞ですよ、このダメ先輩! 何をいきなり、とんでもないことを言い出すんですか!」

「昨今の出版業界の事情を甘く見るんじゃねぇ! メディアミックスの一つもせずにシリーズを続けられると思っているのか! いつでもお待ちしております!」

「一体誰目線のコメントなんですか……そもそも、仮に本が出たとしても、先輩には一銭も入りませんからね」

「はぁ!? 何でだよ! 本が出たら、主人公である俺に金が入るのは当たり前だろ!」

「え? 先輩、自分のことを主人公だと思っていたんですか?」


 コハネは、驚いたような顔で俺を見る。

 それは、明らかに『何バカなこと言ってんだこいつ』というものだった。


「ちょっと待てよ! 俺達の活躍が本になるって言うのなら、主人公は俺だろ!? 俺に決まっているよな!?」

「……どうしてそこまで自信たっぷりに言えるのかが分からないんですけど。目つきが悪くて、性根が捻じ曲がっていて、どうしようもなく自意識過剰で、後輩にも一切優しくなくて、勤労意欲に欠けていて、常にサボることを考えている、そのくせ金品への執着だけは人並み以上に強い、そんな人間として大分崖っぷちに立っている先輩が、本当に主人公なんて大役が出来ると思っているんですか?」

「……少し泣く」

「いや泣かないで下さいよ。まるで私がいじめているみたいじゃないですか」

「完全にいじめているんだよ! 言葉の暴力にも程があるわ!」


 まあ、間違っていないどころか、ほとんどその通りなんだけどな。

 そこまで言わなくてもいいじゃないかよ。立ち直れなくなるだろ。


「という訳で、ですね。主人公は、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。見目麗しく元気溌剌、パッチリお目々が可愛くて、世界中に笑顔を振りまく心優しい美少女、絹和コハネちゃんがぴったりだと思うんですよ!」

「何が百合の花だよ。いきなり軽トラックで魔王を撥ね飛ばすような、マンドラゴラみたいな存在のくせに」

「何か言いましたか?」

「いいや、何も」

「マンドラゴラみたいな悲鳴を上げてやりましょうか?」

「聞こえているじゃねぇかよ!? やめろ! 俺の鼓膜を守って!!」

「嫌ですねぇ、そんなに怯えないで下さいよ。本になるということは、私達の活躍が後世に語り継がれるということですからね。すぐに暴力を振るうような美少女だと思われてはいけません。善良さと心優しさに溢れた美少女っぷりを、しっかりとアピールしておかないと」

「それはもう、ほとんど手遅れなんじゃないのか……?」


 心優しい美少女は、すぐに誰かを殴ろうとしないし。

 マンドラゴラみたいな悲鳴を上げようともしないだろう。

 というか上げれるのかよ。


「というかそもそも、俺達の活躍って、一体何を本にするんだよ」

「ほら、私達っていつも、色々な世界にチートアイテムを配達して、世界を救ったり救わなかったりしているじゃないですか」

「まあ、それが仕事だからな。別にやりたくてやっている訳じゃないけど、働かなきゃ食っていけないからな。全く、世知辛い世の中だ」

「日頃からサボることに全精力を尽くしている先輩の台詞とは思えませんね!」

「うるせぇよ。働きたくて働いている奴なんて、居る訳ないだろうが」

「私、働くのが楽しいですよ?」

「そりゃ、お前がおかしいからだ」

「…………」

「待て。落ち着け。分かった。働くのは楽しい。超楽しい。分かったから、拳を振り上げるのはやめよう。美少女らしさを存分に出して行こう!!」


 やっぱりアピール出来てないじゃないかよ。

 笑顔で人を殺せる人の眼をしていたじゃないかよ。


「とにかくですね。色々な世界を回って、色々なチートアイテムを配達している私達。その配達記録が、本になるということなんですよ」

「まあ、確かにチートアイテムを配達する為に、妙な世界に行きまくって、妙な連中にも会いまくってきたからな」

「そうですね。色々なことがありましたもんね」

「ああ。お前が魔王を軽トラックで撥ねたり……」

「先輩がドラゴンに食べられたり……」

「お前が怪盗に狙われた美術館で迷子になったり……」

「先輩が社長に怒られたり……」

「ちょっと待て! どうしてお前は俺の失敗ばかり挙げるんだ!?」

「先輩こそ、嫁入り前の美少女の失敗をあげつらうなんて、どんな鬼畜ですか! というか、美術館では迷ったりしていませんし!!」


 お互いの認識の齟齬についてはいかんともしがたいが、

 しかし、思い出してみると確かに、珍道中と言えるような内容だ。

 本の1冊や2冊くらい、余裕で作れそうな気がする。


「というか、その内容だったら、やっぱり印税は支払われるべきなんじゃないのか? 俺達に、いや俺に」

「何でちょっと言い換えたんですか!?」

「バカモノ。そこは先輩を立てるのが後輩の気遣いというものだろうが」

「そんな直接的な気遣いがありますか。まあ、どうしたって私達にはお金は入って来ないと思いますけどね」

「何でだよ! おかしいだろ!」

「だって、本になるのも、私達の会社、多元世界干渉通販会社『Otherwhere Zone』、通称『OZ』の活動の一環なんですから。お金も全て会社に入るんじゃないですか?」

「そんなバカな! じゃあ俺、会社を辞める!」

「……別に止めませんけど、辞めてもお金は入らないでしょうし。職を失った先輩はパンの耳すら買えなくなって、近いうちに餓え死にするだけですよね?」

「そ、そんな非道なことが許されてたまるのか!! 俺は、言われるがまま、会社の歯車の一つとして一生を終えるしかないのか!」

「なんか物凄い悲壮感漂わせている中アレですけど、先輩って基本的にサボりまくりですから、歯車としても微妙ですよね」


 辛辣な追い打ちをかけるコハネ。完全にその通りなので、反論のしようがない。

 そもそも、俺は会社の歯車として働き続けるつもりなんて毛頭ない。

 俺が『OZ』で配達員を続けているのは、探したいものがあるから。

 自分の命に代えても、守らなければいけないものがあるからなのである。 


「あ、先輩、そろそろ次の配達先に到着するみたいですよ。雑談はこれぐらいにしておきましょう」

「雑談って、こっちは大真面目に言っているんだが!?」

「はいはい、黙っていないと舌を噛みますよー」

「だから話をきぐぇー!?」

「あ、ちなみに次の配達伝票はこれですから、ちゃんと読んでおいて下さいね」



 品物   : 世界の果てからお急ぎ便 著:更伊俊介 画:はんじゅくいぬ 

 おところ : 全国の書店さん

 お届け日時: 2016年 10月 8日(土)

 配送方法 : お急ぎ便



「……これは果たしてセーフなんだろうか?」

「良いんですよ。なにしろこれは、コマーシャルなんですからね♪」


 そんな、たわいもない会話を繰り広げながら。

 俺、苅家ヒビキと、後輩、絹和コハネは軽トラックを走らせる。

 まだ見ぬ配達先へ、まだ見ぬチートアイテムを届ける為に。

 軽トラックは今日も駆けて行く。



おわり

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