終章 クレイジーデリバリー
クレイジーデリバリー
そうして。
最愛の妹、
「夢現怪盗プリズマ! 逃げるんじゃない! 俺のガジェットを返しやがれ!」
「ですから。私と一緒に怪盗稼業をして下さるならお返しすると、言っているではありませんか」
「分かった! 怪盗になる! 怪盗になるから返せ!」
「……嘘ですわよね?」
「勿論嘘だ」
「正直なのは良いことですわ」
「ああ、俺のバカバカ! 口先だけでも怪盗になるって言えば良かったのに! でもガジェットの能力で操られて、嘘をつくことが出来ないの!?」
「本当。貴方から盗んだガジェットは便利ですわね。これからも私の盗みに大いに役に立って貰うと致しますわ」
「やめろ! お前が便利に使う度に、俺の金がどんどん減らされるんだぞ!」
「友情があれば、悲しみは半分・喜びは倍になるって言いますわよね?」
「何で俺が全悲しみを引き受けなければいけないんだよ! ほら、今返せば怒らないから! 罪も問わないから、返せって!」
「……嘘ですわよね?」
「勿論嘘だ……くそ、また!?」
「それでは、また何処かでお会いしましょう、私のお友達」
「あ、てめえ! 逃げるな! 戻って来いプリズマ!」
「ちゃお♪」
夢現怪盗プリズマは、別れの台詞を残し、その場から姿をかき消した。
恐らくガジェットの力を使ったのだろう。
残っているのは白く広がる雪原だけ。影も形も、足跡すら見当たらない。
「おいコハネ。念の為、そこら辺を轢いておけ」
「いやどんな指示ですか。流石に、もういないと思いますよ」
「クソッ、また逃げられたか。あの野郎、ガジェットを返す気はない割に、ちょくちょく現れやがって。一体、何のつもりなんだ……」
軽トラックの窓から乗り出していた身体を引っ込め、窓を閉める。
冷えてしまった身体を温める為、助手席の上で身を縮め、エアコンの発射口に手を当てる。
「というか先輩、何で働いているんですか?」
「え、俺働いちゃダメなのか!?」
そんな前時代的な暖の取り方をしている俺に掛けられたのは、運転席でハンドルを握っている後輩、
「別に、働いてはダメとは言いませんけど。でも、先輩が『OZ』で働く理由であった、妹さんを目覚めさせる薬は手に入った訳ですし。何だか物騒な感じはしますけど、妹さんも無事に目を覚ましました。もう先輩は働く理由はないのでは?」
「まあな……」
「無事に目的は達成したことだし。もう絶対に働きたくない。死ぬまでだらけようって考えるのが先輩なんじゃないんですか?」
確かに、コハネの言う通りだ。
つーか誰だって、出来ることなら働きたいとは思わないだろう。
働かないで生きている道が用意されているのなら、絶対に選ぶに決まっている。
少なくとも俺は選ぶ。ボタン連打して選ぶ。
しかし、そんな俺が今までと変わらず、多元世界干渉通販会社『Otherwhere Zone』、通称『OZ』で配達員をしている理由はと言えば。
「しょうがないだろ。サツキの入院費がまだ掛かるんだから……」
そんな、至って現実的な理由からだ。
金を稼ぐ必要性から解放されたかと思えば、また新たな金が要る。
全く、この世は世知辛い。
長い昏睡状態から無事目覚めた俺の妹、苅家サツキは、しかし未だに長い睡眠と目覚めとを繰り返している。
サツキの身体の内に眠る『人災』と呼ばれる超常的な力と折り合いを付け、日常的な生活を送れるようになるには、まだ継続的な治療が必要になるらしい。
そんな特殊な治療が出来るのは『OZ』の病院くらいしかなく。
従って、それなりの入院費が掛かるのである。
今回の人災の一件や諸々の貢献度を鑑みて、入院費の全額免除、あわよくば今までの支払いの全額返金を社長に申し出たのだが。
『実は、もう既に大分割引いているんだよね。はいこれ、本来の請求書』
と、渡された紙には、見たこともない数の0が並んでいた。
信じられないものを見ると、本当に目が飛び出るんだな。
とにかく、しばらくはサツキの為にも働き続けなければならないし。
引き続き、アラタにも協力を頼み続けなければならなそうだ。
俺が配達に出ている間、サツキのことはアラタに任せてある。
いざという時に役に立たないヘタレメガネではあるが、あいつに任せておけば大丈夫だろう。
ちなみに、サツキが目覚めたことを話すと泣いて喜んだアラタだったが、黙って『人災』に向かって行ったことについては、こっぴどく叱られた。
俺のことも、コハネのことも、サツキのことも心配をしてくれたようだ。
何だかんだ言って良い奴なんだよな。
「あ、そう言えば私、この前妹さんのお見舞いに行って来ましたよ」
「はぁ? お前、1人で行ったのか?」
「はい。先輩にご迷惑を掛けまいと思って、1人で行きました」
「マジか。そ、それで、何もなかったんだろうな?」
「はい。丁度起きていて、快く受け入れてくれましたよ?」
「マジか」
絹和コハネと苅家サツキ。
初対面の出会いがアレで、その後の空気も大分アレな感じだったから、相当相性が悪い2人なのかと思っていたけど、いつの間に仲良くなっていたのだろうか。
まあ、考えてみれば同じような年頃の2人なのだ。
仲良くしてくれるに越したことはないのだけれど……。
「サツキは、元気そうだったか?」
「はい、とっても。あれだけ元気だと、私も嬉しくなっちゃいますね。つい、本気を出してしまいそうになりました」
「……本気?」
おい、何だその不穏なワード。
お見舞いをする時に、本気を出す機会なんてないだろ。
「ちょっと待て。お前達は何をやっていやがるんだ」
「別に、変なことはしていませんよ?」
「詳細を報告しろ」
「え、えーと、ほら、妹さんも、寝ているだけじゃあ身体がなまりますから。ちょっとばかり運動に付き合ってあげたんですよ」
「運動? どんな運動だ?」
「……殴り合いを少々」
「やめろ!!」
「あ、間違えた。ボクシングごっこです」
「ごっこを付ければ良いってもんじゃない! 病人相手に何をしているんだ!」
「それがなかなか侮れないんですよ。病人とは思えないぐらい元気な拳を放って来るんですから。あの拳の調子だと、退院も結構早いんじゃないですかね?」
「何でもかんでも拳で測ろうとするなぁぁぁ!!!」
こいつは本当に何なんだ、現役のアマゾネスとかバーバリアンなのか。
というか、やっぱり仲悪いんじゃないかこいつら。
今後、2人きりで会わせるのだけは絶対に避けねばならない。
「ってか、この前お見舞いに行った時、病室が滅茶苦茶になっていたのはお前のせいなのか!? やめろよ。あれも追加料金払わせられるんだぞ!?」
「あ、勿論、お互いに顔は殴りませんよ? 狙うのはボディだけですから」
「当たり前だ!!」
「でも、本当に元気になって来ていると思いますよ? 最近はフットワークのキレも良くなって、私、一方的に殴られてばかりですから」
「お前、大丈夫なのか? この前だって、包帯まみれの上、更に結構攻撃を食らっていたのに……」
「おや、心配ですか? 妹さんではなく、私を心配してくれるんですか?」
「うるせえな。心配しちゃ悪いのかよ」
「大丈夫ですよ。私の身体は特別製ですから」
そう言って、自らの胸を叩くコハネを見て、思わず言葉に詰まる。
あの騒動の最中に判明し、うやむやのままで過ごしてしまっているけれど。
絹和コハネは人間ではない。
神である、『OZ』の社長によって作られた存在。
その身体には肉の代わりに機械が、血の代わりにエネルギーが流れている。
道具を使う為に作られた、道具使いの道具。
統御人間型ガジェット『
それこそが、絹和コハネの正体なのだ。
「何しろ、お父様謹製の肉体ですからね」
「お父様ぁ!?」
突然飛び出た呼び名に思わずツッコミを入れてしまう。
少しもシリアスに浸らせてくれる気はないのか。
「ちょっと待て。その『お父様』ってのはまさか……社長のことか?」
「あ、すいません。業務時間中はそう呼ばないようにって言われていたのに、つい」
「いやいやいや、そういう問題じゃない。つーかお前、前は『パパ』って呼んでいなかったか?」
「ああ。あれは日曜日でしたからね」
「……まさか、日替わりなのか?」
「良く分かりましたね。日曜日は『パパ』の日なんです」
「あの変態親父、何をやらせているんだ」
それって本当に合法なんだろうか。
何か色々と危険な匂いがするんだけど。
というか、完全にプレイの一種なんだけど。
「一応、あの後精密検査もキチンと受けましたしね。問題ありません!」
「なら、良いんだけど」
「というか、この身体凄いんですよ? 中身はアレですが、ほとんど人と変わらないんですから。食事だって味わえますし、代謝機能もついているから、爪も髪の毛も伸びますしねー」
「妙にディテールにこだわったんだな、あの変態親父」
「それに、人間と同じように成長もするんですよ? ほら!」
「って、いきなりシャツをたくし上げるな!?」
急に制服のシャツをたくし上げ、自らの上半身をさらけ出そうとしたコハネを慌てて止める。
ギリギリで前回になるのだけは阻止出来たが、しかし、腹筋の付いた白いお腹と、可愛らしげなおへそが、目の前にこんにちはしている。
「あー、止めないで下さいよ。ここの成長が一番分かりやすいのに」
「分かりやすいとか、分かりにくいとかの問題じゃない! いいからしまえ!」
「あ、じゃあ触って確かめてみます? 良いですよ? 先輩なら」
「う、うるさいうるさい!」
「ほらほら、私は先輩の
「い、今は業務時間中だぞ! ちゃんと運転に集中しろ!」
「ちぇー」
コハネは、たくし上げていたシャツを下ろし、両手をハンドルに戻す。
横目で向けて来るのは、明らかな非難の視線。
「先輩って、実は結構ヘタレですよね?」
「うるさい!」
本当、いきなり何をしてくれるんだこいつ。
っていうか、これって逆セクハラじゃないのかよ。
「でも、本当に成長しているんですよ。これも先輩のおかげですね」
「知るかそんなこと。勝手に俺のおかげにするんじゃない」
「はい。でも……」
コハネは、軽トラックを運転しながら。
前を、行く先を真っ直ぐ見つめたままで告げる。
「ありがとうございます、先輩」
そして。
「これからも、宜しくお願いします」
俺は『ああ』とだけ短く返事を返して、両手を頭の後ろに回し、フロントガラスに向けて足を投げ出す体勢を取る。いつものサボりの体勢だ。
考えるのは、これまでのことと、これからのこと。
俺達、配達員の仕事は、人や世界を救う為のチートアイテムを配達すること。
神の意思の下に、人や世界を守ること。
しかしその裏側で、失われていく世界が存在すること。
そして、災害配達人と呼ばれる、俺達とは対局に位置する存在のこと。
まき散らされる災害のことを知った。
自分が、妹を救う為、金を稼ぐ為に働いて来た仕事の裏に。
そんな壮大な事情が隠されていることを知った。
その、大きすぎる事情を前にして、俺は。
「……正直、どうでもいいな」
そう。
どうでもいい。
別に世界を救えなかったことに怒り、悲しむことも思わなければ。
義憤に駆られて、全ての世界を救おうだなんてことも思わない。
そんなこと、一配達員である俺にとっては関係のないことだ。
恐らく今この瞬間でさえも。
俺の関係ないところで、世界は救われ、同時に喪われているのだろう。
そんなの、どうしようもないじゃないか。
俺のやるべきことはと言えば、せいぜい日々の仕事に勤しむことだけだ。
次元を駆ける軽トラックの荷台にチートアイテムを載せ。
それを求めている何処かの世界の誰かへと配達する。
世界の理を守る為、と言えば聞こえは良いけれど。
何のことはない。毎日、与えられた仕事をこなしているだけなのだ。
それでも、それだけでも良いというのならば。
手の届く範囲内で、適当に頑張って行こう。
神ならぬ人の手で、何とかなることだけを、やり遂げて行こうと、そう思う。
自分の手で届く範囲内を、少しでも良く出来たのなら。
僅かな歩みであっても、何かを残せたのなら。
それはきっと、俺のした仕事にも、意味があるということだから。
俺は今初めて。
目的ではなく、手段を誇る。
自分の仕事、そのものに対して、やりがいを感じているのかも知れない。
「っていうか、やりがいを感じるの遅くありませんか? 一体何年この仕事をしているんですか先輩は」
「いきなり割り込んでくるんじゃない。そもそも、どうして考えていることが分かるんだ」
「当たり前じゃないですか! 私は先輩のパートナーなんですから!」
鼻歌など歌いながら、妙に嬉しそうにハンドルを握っているコハネ。
使われるべき道具として生まれ、今もなお俺という使い手によって使われ、使われることを望む、作られた少女。
それでも、自らに与えられた思いをしっかり抱きしめながら生きている。
拒絶するのではなく、自分の存在がそういうものだと受け入れながら。
自分が何者かを、受け入れること。
自分が自分であることを、知ること。
自分が誰と共にいるのかを、探し続けること。
それが、人として生きるってことの証明なのかも知れない。
コハネの横顔を見ながら、俺はそう思った。
「先輩、そろそろ起きて下さい。次の配達先に到着しますよ」
「面倒だな。お前、全部やっておいてくれないか」
「っていきなりそれですか。さっきまでの熱意はどうしたんですか?」
「何を言っている。熱意バッチリだぞ! よーし、配達伝票を寄越せ!」
「えーと、これですね」
品物 : 伝説の聖剣・クーゲルシュライバー バージョンⅢ
おところ : 魔王城 最深部 魔王の部屋
お届け日時: 勇者と魔王の最終決戦 勇者の残りHPが3を切った時
配送方法 : お急ぎ便
「ちょっと待て! あいつら、まだ戦っているのかよ!?」
「みたいですね。勇者さん、また聖剣が折れて負けそうみたいですよ?」
「またかよ!? それ、もう滅びちゃっていいんじゃないのか?」
「間違えたフリして、また魔王さん撥ねてみます?」
「…………」
「…………」
「……着いてから考えよう」
「……そうですね」
世界を巡り、次元を駆け、求めに応じて、あらゆるものをお届けする。
太陽も月も、星も命も、あらゆるものをお届けする。
全ての品物に、在庫切れはなく。
どんな世界の果てまでも、送料無料のお急ぎ便で。
古今東西、森羅万象、何もかもを取り揃えて、軽トラックに乗せてお届けする。
それは、次元を越える通販会社。
多元世界干渉通販会社『Otherwhere Zone』、通称『OZ』。
これは、そんな『OZ』で働く、とある配達員達の物語。
1人の先輩と、1人の後輩。
苅家ヒビキと、絹和コハネ。
2人の配達員が織り成す配達記録である。
おわり
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