探偵

 カランコロンと下駄を鳴らしながら、その青年は道の中央を闊歩していた。隣には、洋装をしたおさげの可憐な少女がくっついて歩いている。

 この二人こそ、あの浅倉刑事が探し出さねばならぬであった。此処で私は、この二人について詳しく説明せねばならない。

青年の方は、にのまえうつろという、珍妙な名を名乗っている。無論これは本名ではない(実際は綾樫あやがし某というらしいが、私の知るところではない)。名は態を表すというが、彼の見た目も(名前並みとは言わないが)、なかなか変わっていた。不規則に縮れた黒髪は肩まで伸びており、顔の右半分が丸々隠れてしまう程だ。五尺七寸と背は高く、目方は十八貫程で、わりと細身の好男子である。いつも、明らかに丈の足りない着流しを着、歯の高い下駄を履き、赤い襟巻をぐるぐると巻いていて、近所でも「変わった風貌の書生さん」と認識されていた。そんな彼の最も部分は、その瞳であった。彼の左の瞳の中には、半月型の瞳孔が二つ、向かい合うようにあったそうだ。いつでも、彼はその奇妙な目を細め、飄々と、狐のように笑うのである。

 空に引っ付いている少女は、綾樫あやがし潔子きよこといい、空の従妹である。この綾樫というのは、昔から大きな呉服店を営んでいた家だそうで、潔子は俗に言うであった。しかし、この潔子嬢は感情を表に出さない子供で、痛かろうが悲しかろうが、また嬉しくても、その感情を表に出すことは滅多にしないという。

 二人はS坂にある貸本屋の二階を間借りして、四畳半で共に暮らしている。数年前、彼らの家で、が起こったからだ。「こんな家に居られるか」と啖呵を切って出てきたと聞いたが、真偽のほどは定かではない。

 さて、二人は連れ立ってアイスクリイム屋に向かっていた(このアイスクリイム屋というのは、件の喫茶店の斜向かいにある)。空と潔子は、アイスクリイムが大の好物であった。アイスクリイム一つ十八銭、安価とは言い難いが、彼らには綾樫の家から、生活費その他もろもろを支給されていたので、週に一度贅沢気分でアイスクリイムを食しても、まだまだ釣りが出た。

 アイスクリイム屋で、二人はヴァニラとチョコレエトの混ざった洒落たものを注文した。給仕の娘が運んで来れば、二人はまるで芸術品を鑑賞するような、煌めいた面持ちでそれを眺めた。意を決して匙を取ると、今度は夢中になってそれを口に運ぶ。あっという間に食べ終えてしまうと、二人は名残惜しそうに空っぽの皿を眺めていた。

 店を出ると、斜向かいの喫茶店「黒百合」の前で、いつぞや会った若い刑事が(もちろん浅倉刑事だが)、蒼白な顔で右往左往しているのが見えた。刑事の、何か、いや、誰かを捜すような視線を避けながら、空は身を震わせた。もしかして、何かしら事件があったのかしら、まさか、俺たちが巻き込まれるようなことがありゃあしないだろうかと、気が気でなかったが、どうやらその予感は当たっていたようだ。空と潔子の姿を見つけると、浅倉刑事は思い切り駆け寄ってきた。

「お潔ちゃん、逃げよう。折角楽しみに来たのに、事件なんか――わざわざ俺たちが駆り出されなきゃならんような事件に巻き込まれちゃあ、堪ったもんじゃ無いもの」

 潔子が頷くのを確認し、空は潔子の手を取って駆け出した。浅倉刑事は、待て、お待ちなさい、待ちたまえ書生っぽ、と言葉を変えながら、革靴が汚れるのも構わずに追ってくる。

「待ちたまえ、一君。何だって、君は逃げるんだね」

「刑事さんに追っかけられて、逃げない阿呆が何処にいるって言うんです。折角の休日を、なまぐさい事件なんかで台無しにしたかァないんですよう、だ」

 空は潔子に気を遣いながらも、舌を出して反論した。しかし、着流しと背広、下駄と革靴、子連れと空手では分が合わず、空はあっと言う間に浅倉刑事に捕まえられてしまった。

「さァ、堪忍しなさい。川原さんが御呼びなんですよ」

 そう言うと、空は唇を尖らせ、ひゅうと笛のような音を鳴らして答えた。

「なんですって、川原さん? それならそうと早く言ってくださいよ、川原さんの頼みなら、逃げやあしなかったのに」

「君、僕を馬鹿にしているんですか……」

 浅倉刑事は蒼白だった顔に少し色を戻し、狐のような奇妙な笑みを浮かべる空に吊られて苦笑した。

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