ブルースカイ

 翌日、東京にこの冬初めての雪が積もった。関西のあの大雪ほどではなかったが、見慣れた街の風景が真っ白に塗り替わったインパクトは、大人の自分でも何かしら感動するものがあった。私は、朝一番で事務所にやってきて調査の最終報告を受けた山田明日と二人で、バス通りを駅に向かって歩いていた。私は下り電車で新しい依頼人に会いに、彼女は上り電車で大学のメインキャンパスに向かう予定だった。

「多田先生は、なぜあんなことをしてしまったんでしょう? 自分の人生もメチャメチャになってしまうのに」

「まあ、男と女だからね。ただ、二人は、それ以上に、何か親密な関係だったんじゃないかな」

「恋人以上にってことですか?」

「そうだな、素粒子のような、平凡な人間がうかがい知ることのできない極小の世界に深く親しんでいた二人は、気が合う、といったような月並みな言葉を超えて、何かでしっかり繋がっていたんだろう」

 山田明日の顔に、納得したような、していないような微妙な表情が現われ、やがて消えた。気温が低いためかまだほとんど解け残っている密度の高い雪が、歩を進めるたびにキュッ、キュッと規則的な音を立てた。

「そういえば由名時さん、私すっかり忘れてましたけど、料金支払ってないですよね」

「料金ね、そうだな。僕はただ、警察の親しい友人とムダ話をして、研究センターで物珍しい施設を見学して、そのあと仙台に小旅行をして美人と知り合い、優れた頭脳の持ち主と景色のいいバーで気持ちよくビールを飲んだだけだ。みんな自分の興味でしたことだ。着手金は支払ってもらったし、学生さんからこれ以上お金は取れないよ」

「ホントですか。ありがとうございます。実は今月結構苦しかったんです」そういうと、いつか前に見た気がする、どこか懐かしい笑顔を見せた。彼女の足取りが軽くなるのに合わせて、雪の音もどこかリズミカルに変わった気がした。

 私はいつものように拍子抜けしながら、どこまでも青く抜けるような二月の空を見上げた。


(完)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

理系女子のブルーな二月 夕方 楽 @yougotta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画