その9 超能力少女

 突如現れた”竜”に、光久は目を丸くしていた。


「すげえ。これ、本物か?」

「“銀竜”ね。この辺は多いみたい。今朝も卵を食べたわ」


 言いながら、魔衣はすたすたと小柄な竜の横を通り抜けていく。


「ああ……あれの……」


 内心「ごめんな」と呟きつつ、おっかなびっくり少女の後ろへ続いた。


「害はないのか?」

「どうかしら。ときどき人間をさらって食べたりするらしいけど」

「ねえ上水流さん。それって要するに、害があるってことですよね?」

「大丈夫よ。こっちから手を出さないかぎりね」


 竜は、見るからに鋭利な牙を覗かせて、シーッ、シーッ、と吠えた。

 人懐っこいようにも、様子を伺っているようにも見える。


 がさ、がさがさがさ……ざざざっ。


 気のせいだろうか。

 何かが駆ける音が、徐々に近づいている気がした。

 嫌な予感がして振り向くと、


「……げっ」


 飛竜の群れが、徐々に数を増やしているのがわかる。


――あれが一斉に襲いかかってきたら。


 考えただけで身震いがした。


 想像するに、小型の肉食動物にかみ殺されることほど、恐ろしい死に方はない。


――息の根が止まるまで、きっと苦しい想いをするだろう。


 生々しい想像をして、思わず身震いする。


「連中、少し気が立っているように見えるが。……さっき、卵を食べたのと関係あるのかな」

「関係ないんじゃない? たぶん」


 魔衣は肩をすくめた。


「たぶんって……」

「ひょっとすると、最近この辺で戦いがあったから興奮してるのかも」

「戦い?」

「うん。他人に喧嘩ふっかけるのが趣味みたいな“かんなり”が居てね。ここいらで大きな戦闘をやってのけたのよ。お陰で、あちこちめちゃくちゃになったらしいわ。もう少し森の奥に向かえば、その時に死んだ“かんなり”の遺体が見られるけど。……どうする?」


 まるで観光名所を案内するかのような口ぶりである。


「……いや、いい。その場所はなるべく避けて、さっさと進もう」

「うん。あたしもそれが良いと思う」


 “かんなり”の死体。

 自分と同じく、異世界からここへ連れてこられた、誰か。

 こんな得体の知れない世界で独り息絶える気持ちというのは、いかばかりだろう。

 なんとなく嫌な気持ちになりながら、光久は足を速める。

 魔衣のヤボ用が何かはわからないが、少しでも早く終わらせたい。

 そんな風に考えていた、その時であった。


「あっ」


 聞こえたのは、隣を歩く少女の声と、


「――ギャッ!」


 動物の鋭い悲鳴だ。


 知らず知らずのうちに急ぎ足になっていたせいか、足元にいた”銀竜”を一匹、思い切り蹴飛ばしていたらしい。

 群れの中でも特に小柄な部類に入るそれは、


「ギィイイイイイィィ……ィ、ィ……」


 と、悲鳴を上げながら、ぽすん、と草むらの中へと消えた。


「あ、悪い……」


 反射的に謝る。


 だが、この場合、対話によって問題が解決する可能性が限りなくゼロに近いことくらい、光久にもわかっていた。


 今の一撃をきっかけに、飛竜たちの鳴き声がいっそう大きく広がる。

 ずっと草むらに隠れていたものも含めて、ちょっとした合唱団ができあがっていた。

 どうやら、完全に敵と見なされてしまったらしい。


「君、わりとトラブルメーカーね」


 魔衣が、けらけらと気楽に笑う。

 この状況下で、ものすごい余裕だ。


「……えーっと。どうしたらいいと思う?」


 素直に訊ねてみる。


 頭の中では、先ほどの魔衣の言葉、

――ときどき人間をさらって食べたりする……。

 が、復唱されていた。


――逃げよう。


 そう決断する。

 が、魔衣はまるで真逆の考えらしく、”銀龍”の群れに向き合った。


「上水流さん――?」


 言うと、少女は振り返り、


「魔衣でいいわ。あたしも光久って呼ぶし」


 まるで、お互いをどう呼び合うかが、今、この世で最も大切なことであるかのような口ぶりである。


 ふいに、振り向いた彼女の後ろから、少なくとも七匹の飛竜が飛びかかっているのが見えた。


「――ッ!」


 その時にとった光久の行動は、(後々思い返してみても)かなり誇り高いものであった。

 彼は、その身を挺して、魔衣を庇おうとしたのだ。


 だが、

「じゃま」

 少女は辛辣だった。


 盾になろうとする光久の腕をするりと避けて、


「おま、――何を、」


 竜の群れへ、真っ直ぐに右手をかざす。


「――ガ、ギャッ!」


 幾重にもとどろく、鋭い鳴き声。


「――!?」


 一瞬、光久は目を疑った。


 七匹の”銀龍”が、動画の一時停止ボタンを押したかのように、空中で停止しているのだ。


 対する魔衣は、細腕を軽く振り上げているだけである。

 たったそれだけで、竜の動きを完全に制御しているように見えた。

 少女は軽く手首をひねる。


 すると、”銀龍”は中空に浮かんだまま、くるくると回転して、

「――ちぇい、りゃあッ!」

 木々の向こうへ、吹き飛ばされていった。


 ぎゃあぎゃあという、哀れっぽい鳴き声が、森の中のあちこちにこだまする。


「ほら! しっし! どっかいきなさいっ!」


 残った”銀龍”に、あまり同世代の女の子が見せない感じの剣幕で怒鳴る魔衣。

 それだけで、竜の群れはすごすごと退散していった。

 どうやら、夕飯は別のところで見つけた方が手っ取り早いと判断されたらしい。


「急ぎましょう。親の竜が出てきたら、さすがに厄介だわ」


 少女が呟く。

 光久はというと、いま目の前で起こった現象について、何か常識的な結論を出すのに必死だ。

 一拍遅れて、魔衣が付け加える。


「あ、そうそう。言い忘れてたけどあたし、念動力も使えたの」

「……いま、竜を吹っ飛ばしたやつのことか?」

「うん、それ」

「なるほど。そういうことだったのか」


 光久はもっともらしく納得して、……しばらくしてから、

「つまり君は、超能力者ってこと?」

 改めて、訊ねる。


 魔衣は首を傾げた。


「うん。……なんか、今朝も話した気がするけど」


 言われてみれば、そんな気がする。

 発火念力がどうとか。そんな話をしていたような。

 だが、あの時は彼女の力を目の当たりにした訳ではなかった。

 何かの比喩だと思っていたのだ。


「君の故郷では、そういう力があるのが普通なのか?」

「うん。まーね」


 “かんなり”。

 異世界からの来訪者。


――なるほど、ロボットがいるのだ。超能力者がいたって、少しも不思議ではない。


 光久はその事態を冷静に受け止めた。


 恐らくだが。

 これからしばらく、こういったことはたびたび起こるだろう。

 その度に腰を抜かすのも馬鹿らしい。

 そう思える程度には、成長していたのだ。

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