その44 “瞬間移動”

「地下シェルター、……っつってたよな」


 改めて捜索してみると、入り口は数分もせずに見つかった。

 生えっぱなしの雑草に隠されてはいたが、グリーンマットを被せてあるだけの簡素な偽装である。


「……ごめん、最初に見て回った時、あたしが気づいてれば……」

「言われて探さなきゃ気づかないさ」


 シェルターの入り口は、光久のいたセカイにあるマンホールくらいの大きさで、中央にハンドルが備え付けられていた。

 光久がハンドルを握って、軽く力を込めると、あっさりとそれは開く。


「よーしっ」


 だが、順調なのはそこまでで、


「うげ……っ。こいつは……」


 シェルターの入り口は、多重構造になっているらしかった。

 二つ目の扉には単純な入力装置が備え付けられており、十桁からなる暗号と、指紋認証が必要らしい。

 一瞬、頭の中いっぱいに絶望が広がった。

 スパイ映画の主人公じゃあるまいし、この手のセキュリティを欺く手段など持ちあわせてはいなかったためである。


――ヤバい。これひょっとして、詰んだか。


 後ろ向きな思考を、即座に振り払う。


――落ち着け。もし、最初からここを抜ける手段がないのなら、なんであの猫頭は時間稼ぎをした?


 最速で導き出した答えは、……上水流魔衣の存在だ。


「なあ、魔衣」

「なに?」


 ここに来て、少女は居心地の悪そうな表情をしている。


「君の能力って、“念動力”、“発火能力”、“未来予知”と、……あと、なんだっけ?」


 そうだ。

 合原光久は、たしかその力の名を、手記に書いたことがある。


「嫌よ」


 だが、……期待に反して、魔衣は首を横に振った。


「“瞬間移動”のことでしょ。……嫌。使いたくない」


 ここにきて、我儘にしか聞こえない発言。

 正直、光久は耳を疑っていた。


「使いたくない、だって?」

「苦手なの。……他の力と違って、自分以外の誰かにしか使えないし。それにこの能力、すごく危険よ。ひとつ間違えれば、壁と融合することにだってなりかねない」

「それでも、チャレンジするしかないだろ」

「あたし、“瞬間移動”の事故で、大切な人を傷つけたことがあるの。ああいうの、二度とごめんだわ」

「俺はそれでも構わない」


 ほとんどヤケになって、叫ぶ。


「君に殺されるなら、それでもいい」

「訳のわからないことを言わないで」


 愛の告白ともとれなくもない台詞は、ものの見事に一蹴されてしまった。


「考えてみて。友達を、――異世界に来て、せっかくできた友達を、自分の手で殺してしまうかもしれないんだよ? それって、もの凄く怖いことだわ」


 実を言うと、この時。

 魔衣の唇から堂々と“友達”宣言が出た瞬間。

 光久の中で、この世に対する未練の大半が消滅したような喪失感が生じていた。


(落ちつけ。……ことは、個人的な感情に振り回されていい問題じゃない)


 辛うじて前向きな気持ちを取り戻しつつ、話を続ける。


「いいか。このシェルターの奥に、どうしても止めなきゃいけない奴がいる。。それだけ考えてくれればいい」


 手は、自然と魔衣の肩に伸びていた。


「なあ、魔衣。責任とかなんとか、その手のことは一切考えるな。君は、俺の望みを叶えるだけだ。それが単なる自殺行為だとしても構わない。……俺を物語の主人公にしてくれ」


 少々強引な理屈だが、こちらの覚悟が伝われば良い。

 強ばっていた魔衣の肩から、徐々に力が抜けていくのがわかった。

 一瞬、魔衣の目に、光が反射する。

 少しだけ、泣いているように見えた。


「でも……もし、光久が死んじゃったら……あたし……」


(最後の一押しだ)


 光久は、懐から一枚の金貨を取り出す。


「これ、さっき死に神を自称するおっさんからもらった金貨。ひげ面の男が刻印されてる方が表。……表なら、やる。裏なら、やらない。どっちが出ても恨みっこなし。……それならいいか?」


 少女は、応えなかった。

 光久はそれを肯定と受け取って、コインを弾く。


 コインを手の甲で受け止め、――わかりきっている答えを言った。


「表だ。……これで失敗しても、コインのせい。恨みっこなし」


 そう言うと魔衣は、消え入るような声で、

「………………………………………………………………………わかった」

 と、呟く。


「よーし。じゃ、ささっと頼むぜ」

「うん……」


 後悔はなかった。

 自分の頭が、一部麻痺していることもわかっている。

 だが、それで良かった。実に都合が良かった。


 魔衣は、真剣な表情でシェルターの扉に手を当て、もう片方の手を光久の胸に添える。


「……いくよ。なるべく、遠く。有機物の近くに……」


 理屈の方はどうでもよかった。

 それを知ったところで、光久にどうこうできる問題ではなかったためだ。


「最後に、一つ訊いて良い?」

「なんでもどうぞ」


 思ったよりも、自分が勇敢なままでいることに、我ながら驚きを隠せない。


「光久って、らいかのこと、好きだったりする?」

「は?」

「……いや。なんとなく、だけど。なんかいろいろ、らいかのために一生懸命じゃん」


 一瞬、光久は全てを忘れて、口をぽかんと開けた。


――アホかきみは。


 正直にそう言おうと思う。


――俺が一生懸命なのは、君が……。


 君が隣にいたからに決まってる。


「あ、ごめん。やっぱ聞きたくない」

「えっ」


 ずいぶんと締まらない別れの挨拶の後、合原光久は“瞬間移動”した。



 それは、テレビ番組のチャンネルを変える行為に似ていて。

 意識が途切れた時間は、ほんの一瞬。


 次に気付いた時には、奇妙な空間に移動していた。


――これまた、ずいぶん雰囲気の違う場所だな。


 光久が知る限り、そこは、宇宙船の内部に似ている。


――こういうの、昔、エロ目的で観た深夜にやってるSFドラマで観たことがあるぞ……。


 タイトルは……そう。

 『スタートレック』だ。

 ここは、あのドラマに出てきた操縦室と、少し似ている。


 全体の広さは、およそ二十畳ほどだろうか。

 金属製の壁には、大きな張り紙がしてあって、


『造物主以外、立ち入り禁止(絶対ダメ!)』


 とある。


 奥には、ごちゃごちゃとしたスイッチやモニターの類が備え付けてあり、どう見てもプレステのコントローラーにしか見えないものが、台の上にぽつりと載っていた。


――どうやらここが、冒険の終着点らしいな。


 操縦席と思しきところに座っている人影。

 その姿を見て、光久は目を剥く。


 そこにいたのは、……ずっと探し求めていた“魔女”。


――美空らいか。


 では、なかった。

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