その35 過去編『ゆめにっき。』

 ……物語を、少しだけ遡ろう。



 ここに、一冊のノートがある。


 合原光久という“かんなり”が、とある”社”の一室に置き忘れていった手記だ。

 光久が”魔女”の元へと旅立つ際、(意図的か、それともたまたま忘れていっただけかはわからないが)部屋に置いたままになっていたものである。


 その中の、とある一ページに着目してみよう。


 もし、ここに日本語に堪能な者がいたとして。

 手記の一行目を読み解くことができたのなら、こう読めるだろう。


――奇妙な夢をみた。


 と。


 続く内容は、以下のものになる。


*        *        *


 奇妙な夢をみた。


 四方を地平線に囲まれた、見たこともないような広大な野原に突っ立っていて。

 そのすぐそばでは、『不思議の国のアリス』に出てくるみたいな見事なティーパーティの準備が進められている。


 そんな夢だ。


 ぼんやりそれを眺めていると、給仕をしてくれる女の子に見覚えがあることに気づく。


「どーもデス、アイハラくん」


 美空らいか。

 ”魔女”。

 死んだはずの。


 らいかはにっこりと笑って、俺をテーブルへと招いた。


 夢にありがちな現実感で、


――お前、死んだんじゃなかったのか。


 と、驚く。


「ああ、その辺はお気になさらず」

――いやいや。気になるに決まってるだろ。

「だいじょうぶだいじょうぶ。だってこれ、夢デスので」

――はあ。


 首を傾げる。

 言われてみれば、確かにそんな感じがしていた。

 自分も含め、そこに存在している何もかもに現実味が感じられないのである。


――本当にこれ、夢か?

「ええ」

――じゃ、君のおっぱいを揉んでもいいってこと?

「ドーゾ」


 俺はお言葉に甘えて、さっそく彼女の////////////////(消しゴムで雑に消された跡がある)


――……いいや。やめとこう。俺は世界で一番紳士な男だからな。

「ハア」

――で? 君は何をしにここへ?

「本日は、お詫びをかねて、ちょっとしたお願いごとがありマシテ」

――なんだ?

「実はデスね。……アイハラくんに、これを受け取っていただきたく」

――ん?


 彼女が手渡したのは、一本の鍵であった。

 ただの鍵じゃない。時代劇に出てくる、脇差しくらいの長さの鍵だ。


――これは?

「私の、一番大切なものデス」

――……なんだそれ。

「受け取っていただけマス?」

――まあ。


 なんとなく、それを手に取る。


――俺、母方が大阪の人だから。タダでもらえるものは、全部受け取ることにしてるんだ。

「……なんだか、ビミョーな理由デスケドも。ま、いいや」


 らいかがそう言うと、その鍵は、すうっと溶けるように消えていった。


「これでもう、だいじょうぶ」

――なんだ? 何が起こった?

「アイハラくんには、私の大切なモノを受け取っていただきマシタ」

――だが……消えちまったぞ。

「問題ありません。いま、”鍵”はあなたと共に有ります」


 早くも、彼女の申し出を受けたことを後悔し始めている。


――まさか、なんかの副作用があるんじゃないだろうな?

「それは、アイハラくん次第デス」


 そこでおもむろに、らいかは身を乗り出してきた。

 そして彼女は、俺の唇に、……なんというか。ものすごいキスをしてきて。


――お、おおおおおおお、おおお。


 薄紅色の舌が、俺の唇を舐めて。


――む、むむむむむ。むぐ。


 ことの最中、ピンク髪は淫乱、やはりピンク髪は淫乱だと、頭の中で何度も反芻していた。


「……ぷはっ」


 ”魔女”が顔を離したタイミングを見計らって、俺は訊ねる。


――……き、君、ひょっとして、俺のことが好きなのか?

「? いいえ?」

――じゃ、なんで……。

「言ったでしょう? これはあなたの夢なんだから」

――ああ、そうか……。


 なるほど、と、納得する。

 これは俺の夢な訳だから、つまり、彼女がエロいのはこちら側の問題な訳で……。


――でも、おかしいなぁ。


 俺は、しきりに首を傾げていた。


――正直、俺、君なんかより、魔衣の方がよっぽど好きなはずなんだが。


 するとらいかは、さすがに気分を害した表情になって、


「その発言は……さすがに朴念仁にもほどがあるかと」


 その後、俺の頬にものすごい平手打ちが飛んできた記憶が。


 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 …………………………………………。


 次に気がついた時には、汗びっしょりで目を覚ましていた。


 そして視線を向けると、俺の下半身は/////////////////////(消しゴムで滅茶苦茶に消されていて、この先は読めない)

(2015年2月8日 記)


*        *        *

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