3:黒猫ⅩⅣ

 ギルは血を流していた。何とか致命傷だけは免れているものの、出血の量は普通ではなかった。





「……ちっ」





 おまけに川の方へ衝撃で吹き飛ばされ、体はびしょ濡れだった。





「身体能力だけでよくやる」





 それは五体が同時に喋る声であった。アシュロンが四体。本物は一体。あとの四体は偽物であり、幻である。既にギルは攻防を繰り返すうちに、それを理解していた。


 雑魚であったならば、五体に増えようがギルの敵ではない。だがアシュロンは違う。並大抵ではない実力を持っていた。





 幻にしても実体がないはずだが、攻撃は寸前まで本物と相違ない。常に幻を含めた五体に意識を向けなければならず、ほとんど五対一といった具合だ。





 水音が鳴る。川にて立つギルに、アシュロンがさらなる追い討ちをかけた。





「シャアア!」





 独特な掛け声とともに、刀が横に一文字を描くように振られる。


 ギルは後ろに飛んでかわす。だが、飛んだ先には二体目のアシュロンが待ち構える。





「…!?」





 ギルは残像だけを残し、刀を振ったあとの隙に着眼する。指をぱきっと鳴らし、腕をめいいっぱい伸ばして貫く。だがこれもは外れだ。


 同じくギルの隙に着眼した三体目のアシュロンが、少し離れたところから、斬撃を飛ばす。





「ぐっ……」





 背中を斬られたかと思うと、まだ四体目が残っていた。そいつを確認する頃には、首筋に刃が襲いかかる。


 ギルはとっさに後退した。





「……!?」





 確かに避わしたはずだが、首筋からは一筋の血が流れる。五体目が、四体目と同時に斬り掛かったのだ。もう少し動くのが遅ければ、頸動脈どころか、首から断たれていただろう。





「さすがというべきかな。処刑人」





 ユラリと、五体が押し迫りながら言う。





「そろそろ切り札を出したらどうだ? それとも黒と謳われているのは、単にビジュアルに関してのことか?」





 アシュロンには多少イラつきがあった。それは、中途半端ではない、最高の状態の相手を殺すことに、彼は快感を見い出していたからだ。





「さぁな」





 ギルは笑いながらそう応えた。笑っているのはある程度、強がりかもしれない。





(使うか……)





 ギルは心の内で、一つの決心を固める。出来れば使いたくないが、今は時間がないと考える。





「そうか。ないならもういい。私の最高の技で殺すことにしよう」





 五体同時に、刀を前方へと真っ直ぐに向ける。そして、刀の切っ先からは紅い球状のものが生じた。それはどんどんと大きくなる。





「何だそりゃ」


「なに、俺も弟同様、炎を扱えるということだ」


「……!?」





 ギルのすぐ横をかすめ、直径二メートルはある火球が飛ぶ。そのまま火球は川に着弾し、甲高い、柱のような水しぶきをあげて破裂した。ギルは微妙だにしない。いや出来なかったのかもしれなかった。





「どうしたのかな? 当たらないと見切ったか。それとも目で追うことがやっとか?」


「ははっ……」





 ギルが突然笑う。何がおかしいのか、アシュロンには不可解だった。





「何を笑っている?」


「自分の勝ちを確信したときは、笑えるもんだ」


「……ハッタリか?」


「そう思うか? なら試してみろ」


「言われずとも!」





 ガロン以上の紅蓮の火球が、一気に三つも放たれる。一体が同時に射出したのだ。ギルは高く飛んでかわす。ギルの周りが、ちょうど三本の水柱に囲まれる。視界が完全に水柱で覆われた。





「ち、これじゃあ何処から来んのか……」





 バシャと、まず右方向から現れる。





「お前は幻か?」


「……!?」





 突きを仕掛けるアシュロン。ギルは真剣白羽取りで突撃を抑え、蹴り込む。そしてアシュロンは消えた。幻である。





「シャアア!」





 今度は頭上である。意表をついた。水柱で囲まれたなか、紅蓮の炎が飛んでくる。空中でかわす術はなく、まともに喰らった。





「さて、これでどうしたら私は負けるというのか」





 パシャと水音が増える。またもや数は五体となり、溢れかえる水蒸気に向かって言い放つ。





「すぐに思い知らせてやるよ」


「……!?」





 アシュロンは驚愕する。最高の技だと自負していたのだ。それが、ただ服を燃やしただけだった。





「右から二番目。お前だろ、本物は」


「なっ!?」





 図星だった。完全に見破られている。





「どうした? さっきのように笑えよ」





 気付くとすぐ目の前にギルがいる。ギルの渾身の拳がアシュロンの顔をを定めた。





 勢いよく吹っ飛ばされる。傾斜面ににまで飛ばされるほどだ。すると、幻である残りの四体が消えた。





「当たりだったな」


「……ぐ。何かの間違いだ」


「戸惑ってるだろ。分からないことがあると体はすぐには動けないからな」





 立ち上がりながらアシュロンは吠える。





「さっきまでは、自分がそうだったと言いたいのか」


「さぁな。時間もないし、お前はさっさと殺すことにするぞ」

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