お元気ですか、ラジエルさん ~ホルス様登場~


 世界には、神様とか天使ってのが以外といるらしい。俺がそう思う理由、それは、いるからだ。具体的に言えば、俺の周りに三、四人。


「……」

 朝食中。お姉さん(自称)が、茶碗をじっと見ながら手をわなわなと震わせていた。

「ん、どうしたんであるか?」

「美味しいで~スよ~?」

「……あのな、何でいっつもいっつも納豆ばっかやねんっ!」

 それは、こいつのせいだ。俺の真向かいで美味しそうに納豆を頬張っているラジエル。気のせいか、最近健康的になってきた気はするが。

「うちは納豆苦手なんやっ!」

 うーむ、さすが関西人(予想)。納豆は苦手か。

「で、でも意外といけるのである」

「あんたは黙っとき」

 あ、黙殺。隣で、紫がぼそっと呟く。

「美味しいのに」

「それはあれには聞こえたらまずいぞ」

 聞こえていたのか、その瞬間恐ろしい形相でこっちを睨むお姉さん(自称)。出来るなら、俺らを巻き込まないでほしいんだが。

「だぁぁぁっ、ちょっとはうちの好みも反映させんかいっ!」

「いや、こいつ怒らすと怖いし」

「うちも怒ると怖いで?」

「重々承知しております」

 恐ろしい笑顔に、思わず平服。と言うか屈服。むう、何か納得いかんが。

「こうなりゃ、実力勝負といこか! ラジエル!」

 そこで何故そうなる。ついでに、やるなら家の中はやめてくれ。

「大丈夫で~ス。すぐ直せま~ス」

「その壊すこと前提をやめいと言っとるんだが」

「はぁ……しゃーないなぁ、ほんま。いじゃ、表に出よか」

 何故ため息を吐く。それは当然の要求だ。


「んじゃ、頼むであんた」

「な、何で我輩なのであるか?」

「……文句、あるん?」

 笑顔。笑顔なのだが、文章では表せないほど威圧感に満ちた表情だった。

「……わ、分かりましたのである」

 あ、何か変な語尾。

「と、言うわけで命が惜しいので行くのである! 現れるがいい、わが子達がふぁっ!」

 そう言いかけた瞬間、俺と紫が同時にシェムハザの後頭部を殴打する。

「とりあえず、周りに被害が及ぶのはやめやがれっ!」

「そうよ、私と隆志の家なのに!」

 ……それは、遠回しなプロポーズか?

「それよりもこないだのコトで今家出しとるん、忘れたん?」

「そ、そうだったのである……」

 どうやら、あの一件で家を出てしまったらしい。……そして補導されて帰ってくるんだろうなぁ。

「そ、それでは、改めて行くのであるっ! 出よ、レヴィアタン!」

 ……。

「ちょっと待てそれ海の王者だろうっ!」

 ど、どこからどんな風に来るんだ。

「……?」

 警戒はしたものの、出てくる気配はない。

「どっから来るんだ?」

「……あの」

 ん、何か聞こえた? 見回して、下を向いたとき。

「……あの」

 何かちっちゃい女の子いた。あ、隣で紫がテンションMAX。

「あ、レヴィやん。呼ばれてすぐ来るんやもん、ええ子やなぁ」

「レヴィちゃん、お久しぶりです」

「あ、シェムハザさんちのお姉さんにガブリエルお姉さん、おひさしぶりです」

 んと、レヴィ、ちゃん?

「あ、この子がレヴィアたんや」

 たんってそっちか! 何で萌え系なんだ。

「……このお兄さんは?」

 俺を指さして、レヴィが言う。……何か、じーっと見られてんだが。そして。

 いきなり飛びつかれる。で、しがみつかれる。

「あら、隆史さんを気に入られたようですわね」

 そうなのか。隣を見ると、紫がものすごい笑顔でレヴィを撫でぐりまわしていた。

「ねね、うちの子にならない?」

「え、えと……」

「紫、さすがに暴走しすぎ。レヴィ引いてっぞ」

 困った顔をしているレヴィと紫を引きはがして、俺は言う。

「えー。かわいいのに」

 かわいくても駄目。

「レヴィの母親な、怖いで? なんせ、かの有名なリヴァイアサンやし」

 お姉さん(自称)の言葉に、紫はびくっ、と体を震わせる。確かに、リヴァイアサンは……って。

「……もしかして」

 俺の言葉に、お姉さん(自称)は頷いて言う。

「多分、その通りやで? リヴァイア『さん』や」

「やっぱかぁっ!」

 叫ぶ。そんな俺を無視して、ガブリエルがレヴィの目線にあわせるようにしゃがんで話しかける。おい、スカートの中見えるぞ。

「今日はお一人で来たんですか? お母様は?」

「えっとね、ベヒーモスのおじちゃんのところに行ってるの。だから、一人で来たの」

「あら、ベヒーモスさんどうされたんですか?」

「何だか、悩みごとがあるんだって。なんで世界の終末が来るのをびくびくしながら待ってないと駄目なの、って言ってたって言ってた」

「どういうこと?」

 ああ、そう言うことか。いまいち訳が分かってない様子の紫に、俺は説明をする。

「んとな、世界の終末の時に、リヴァイアサンとベヒーモスは人間の食料になるためにいるんだよ。で、多分そのベヒーモスさんはそれが怖いんだろう。いつそうなるか、って漠然とした恐怖みたいな」

「ふーん……いつ株価が暴落するか分かんないみたいな? 隣の中の国のせいで」

「それは言ってやるな」

 あと、中の国というか大きい国というか。

「それでね、しばらくガブリエルのお姉ちゃんのところに『いそうろう』? させてもらってきて、って。何日か帰れないからって」

「そうだったんですか……。ええ、構いませんよ?」

「ちょっと待て家主に相談なしかっ!」

「えー、いいよね、隆史?」

「う……」

 上目遣いにそう言ってくる紫。そんな顔されたら、断ることも出来ないじゃないか。

「……わかった。いいよ」

「わーい」

「わーい」

 両手を挙げて喜ぶ紫と、それを無表情で真似するレヴィ。


 どうやら、このドタバタ劇はまだまだ続くらしい。




「ほな、行ってくるなー」

「行ってくるのである」

 手を振って、駅の方に向かっていくシェムハザとお姉さん(自称)。確か、観光ついでに夫婦水入らずで旅行してくると言ってたか。

「じゃあ、私たちも行こっか」

「え、どこに?」

 俺の腕を抱きしめて、紫が言う。

「たまにはね。デートもいいでしょ?」

「いやそれは別に構わないけど……」

 あの二人を野放しにするのがちょっと怖いというか。特に……。

「どこかいくんで~スか~?」

「いきなり出てくんじゃねぇっ!」

 背後に突如わいたラジエルに、思わず後ろ上段回し蹴りをかます。あ、きれいに決まった。

「あら、お出かけですか?」

「あ、ガブリエルさん。ちょっと二人で買い物してこようと思うから、ラジエルさん監視(み)ててもらっていいですか?」

「ええ、いいですけども……」

「じゃあ、納豆買ってきて下サ~い」

 もう復活しやがった。そんなラジエルの首根っこを、ガブリエルは笑顔でつかむ。

「ほらほら、ラジエルさん? 紫さんのご迷惑になりますから中に入りましょう?」

 そのまま、ガブリエルはラジエルを引きずって家の中へと戻っていく。

「さ、行こ?」

「お、おう……」

 紫もあいつらの使い方上手くなったもんだ。そんなことを考えながら、俺たちは近くにあるショッピングモールの方へと歩いていった。


「つか、紫?」

「何? 隆史」

「これ、多くないか?」

 ショッピングモールからの帰り道。両手いっぱいの買い物袋に、俺は思わずそうぼやいていた。

「しょうがないじゃない。みんなたくさん食べるのにお姉さん(自称)とラジエルさんの好みが合わないんだもん」

 それで、こんなに食料品が多かったのか。

「で、こっちは?」

「私の服と、レヴィちゃんの服。隆史のも欲しかった?」

「い、いや……」

 笑いながら、紫は顔を近付ける。いや、近いから。

「あはは、でも、何か選んであげてもいいんだけどね。ほら、迷惑かけてるから」

「いや迷惑かけてんのはあいつらだむしろ」

「ああ……」

 ノンブレスでそれだけ言う。

「さすがに朝ご飯の好みだけで戦い(物理)されてもね……」

「そう言うこと」

 顔を見合わせて、ため息をつく。そのとき、何か甲高い音が響いてきた。

「何、この音?」

「何か、鳴き声みたいな……」

 その音が大きくなるにつれて、それが近付いてきている、と言うことに気づいた。

「つか、なんだよこの『ぴえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ』って音!」

 そう。どう聴いても『ぴえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ』と言う鳴き声にしか聴こえない。そんなことを考えている間にも、耳にかかる圧力のようなものが徐々に強くなっていく。

「ぴえっ!」

 そして、その声と同時に目の前の地面に何かが突き刺さる。見た感じ、顔だけ鳥にしたような人間。それが、くちばしを地面に突き立てて揺れている。

「あ、どうもすみません。葛城隆史さんでしょうか?」

「あ、はい。ところでそちらは……?」

 ぷらんぷらんと揺れながら、それはそう訊ねてくる。

「あ、申し遅れました。私、『トト』と申します」

「トト……ってことは、黒トキか」

 なるほど、だったら顔が鳥、ってのも納得できる。

「で、そのトトがどうしたんですか?」

「ああ、そうでした。実はですね、ホルス様が隆史様のお宅にお邪魔させていただきたいと申しておりまして」

「ああ……。ま、まあ大丈夫ですけど」

「ホルス?」

 げんなりとした表情を浮かべているだろう俺と、首を傾げている紫。

「うん、古代エジプトの神様の名前。ちなみに、そこにいるトトも神様だぞ」

「え、そうなんですか?」

 驚いたように叫ぶ紫に、まだぷらんぷらんと揺れながらトトは頭をかく。

「ええ、まあ一応」

「ベヌウとトトだけ、自力で産まれてきた、って話らしいけどな」

「いえ、オグドアトの方々も、です。……ところで、少々申し訳ないのですが」

「ん、何?」

 本当に申し訳なさそうに、トトは呟く。

「地面から抜いていただけませんでしょうか」

「ああ了解」

 どうやらぷらんぷらんしてたのは抜けなかったかららしい。俺と紫は、とりあえずトトを地面から引っこ抜く。

「ふう、助かりました。では、隆史様のお宅に向かいましょうか」

「……おう」

「……また、何かありそう……」

 それは、俺も同感だった。


「ただい……うぉっ!」

 家に帰って、玄関を開けた瞬間にラジエルが突っ込んでくる。

「お客さんで~ス、隆史~」

「それは知っとるわっ!」

 突っ込んできた勢いそのままに、俺はラジエルを投げ飛ばす。うん、久々に払い腰。

「で、ホルスさんか」

「そうで~ス。ちょっとびっくりしま~シた~」

 相変わらず一瞬で復活するラジエルに、俺は小さくため息をついた。

「こいつどう殺ったら死ぬんだろうか」

「え?」

「あ、いや何でもない」

 頭の上にハテナマークを浮かべた紫に、俺はそう言って言葉を濁す。案の定、余計にハテナマークが並んだようだった。

「えっと、お邪魔しているよ」

 その声に、慌てて俺は廊下の奥を見やる。そこには、銀色の髪を肩の辺りで切りそろえた青年が立っていた。

「はじめまして、ホルスだ。以後よろしく」

「あ、葛城隆史です」

 恭しく頭を下げるホルスに、俺も頭を下げる。

「それにしても、見た目と違って広い家だね。何キュービッドぐらいあるのかな?」

「いや、なんかラジエル達が広くしたんですよ。空間曲げたらしく」

「ああ、そう言うことなんだね。異界に迷い込んだかと思ったよ」

「ある意味正解です」

「はは、彼ららしいよ。そうそう、これ、お土産だ」

 そう言って、ホルスが出したものは細長い箱。

「超不阿羅王?」

「そこまで引っ張るか」

 焼酎かよ。つか俺飲めないぞ。

「まあ、それはそれ。成人してから飲めばいいと思うよ」

 笑いながら、ホルスは手を振る。

「それで、どうしてエジプト神話のトップにいるような神様が俺のトコに?」

「ああ、それはこれから話そうと思っていたんだよ。とりあえず、座って話そうか」

「……こっちです」

 とりあえず、俺を先頭に長く続く廊下からリビングに入る。

「さて、ちょっとこれ見てもらってもいいかな?」

「……何これ」

 ソファに座ったホルスに、一枚の石版を渡される。これは……。

「死者の書、ですね。ここは神様が知り合いだから自分に危害を加えるな、ってトコでしたっけ」

「ご明察。これを読める、って言うのも覚えてる、ってところもすごいね。これならトトのお眼鏡にもかなうわけだ」

 その言葉に、トト以外は首を傾げる。

「実はね、スカウトに来たんだ。君を」

「……はい?」

 わけが分からない。そんな顔をしている俺に、ホルスは笑う。

「いやなに、僕たちも今は組織を会社の形式にしてるんだよ。それで、トトの部下にどうかな、ってね。ほら、ラジエルやガブリエルさんの話も聞いていて、君なら、って思ったんだ」

「……俺の評判どんななんですか一体」

 俺の言葉に、トトが今度は口を開く。

「非常に博学で万能、なおかつ突っ込みとしてもラジエル様の抑止力としても効果的と存じております」

 それを聞いて、思わず俺はこめかみを押さえた。

「あ、今なら『トトに愛されし者』って神官名も付けてあげるけど」

「いや問題そこですか」

 まず俺は周りがボケ役なだけで自分から突っ込み役に回りたいわけではないしラジエルに対する行動も行動を止めたいわけではなくむしろ息の根を止めたいわけでそれに神官名もそこまで欲しいわけじゃないむしろそこまでするかと激しく思うわけで。

「ちなみに、どんな仕事ですか」

 一応聞いてみる。

「うーん、基本的には人材派遣だね。その場所その場所に応じた神様を選んで派遣しますよ、っていう感じの。だから、セト伯父さんとかセクメトさんとかは本当に引く手あまたなんだ。まあ宗教上こっそり信仰してるようなもんだけどね」

 確かに、今ドンパチやってんのは主とアッラーの代理戦争だな。

「まあ、きみを配置したいのは総務だけどね。何かに特化した神様は多いんだけど、きみみたいに何でも出来るのはわりと貴重なんだよ。いい人材は先に別の宗教に持って行かれるし。零細企業はつらいね」

 ため息をつきながら、ホルスはそう言う。零細企業なのかよ。

「ああ、昔は信者もいたんだけどね。コプト教になってそれからイスラムに変わっちゃったから、だいぶ信者も持って行かれちゃってね」

 はあ。で、宗教は違うけど俺に目を付けたと。

「隆史、学校卒業したら入れてもらえばいいのに」

「紫まで!?」

 そっちからも援護射撃。つか、むしろフレンドリーファイアな気がする。

「だって、せっかくここまで言ってもらえてるんだし。自分のこと信用してくれてる人は大事にしないと駄目だよ」

「まあ、それはそうなんだけど……」

 悩んでいる俺に、ホルスが耳打ちをする。

「『真の名』を知ってたら、たとえラジエルさんでも息の根を止められるかも知れないよ?」

「行きます」

 決断。

「隆史~? 一体何を言われたんで~スか~?」

「秘密」

「気になりま~ス。教えてくだサ~い」

「黙れ」

 とりあえず、ダブルラリアット。半径八十五センチはこの手の届く距離ですので離れていてください。

「ちょっと、隆史? ラジエルさん吹っ飛んでいったわよ?」

「当たり前だ、吹っ飛ばすためにやったんだから」

 慌てている紫に、俺は当然、と言った感じで首を横に振る。

「第一、この程度で……」

「隆史~、さすがに今のは首にきま~シた~」

「ほらな、いい加減慣れた方がいいぞ?」

「そ、そうだね……」

 何事もなかったかのように復活するラジエルに、ちょっと引いた感じの紫。本当に、こいつは何やっても死なないな。

「じゃあ、契約書……あ、あれ、どこやったかな……」

 持っていた鞄の中をわさわさとあさるホルス。そして、何かを思い出したらしく手を叩く。

「そうだ、母さんが持ってたな。トト? ちょっと母さんのトコまで契約書もらってきてもらっていい?」

「あ、分かりました。あとはもらってくるものはありませんね?」

「ああ、うん。大丈夫だよ」

 忘れてきたのかよ。そして、トトをパシリにつかうのかよ。突っ込みどころしかないけどここで突っ込んだらさっきの言葉を自分で証明してしまうし。

「ああ、あと隆史くんの改宗届け出してきてもらえる?」

「問答無用でそっちになるんかいっ!」

 思わず、突っ込みを入れてしまった。ああもう。

「あっはっは、さすが、切れがいいね」

「そうなんですよ、もう仕事人みたいな感じですね、隆史は」

「どこの中村主水だっ!」

 それは普段は昼行灯ってことか。

「隆史~、シェムハザさん帰ってきま~シた~。ところで、何が仕事人で~スか~?」」

「お前は気にするなっ!」

 思わず勢いでベアクロー。あ、顔面みしみし言ってる。もうこれぐらいでいいか。俺はつかんでいたラジエルをぺいっと投げ捨てる。

「なんやなんや、イシスさんとこのホルス坊やないか。どしたんやこんなところで」

 両手に荷物を抱えてシェムハザとお姉さん(自称)が帰ってくる。これ以上はややこしいことにならなければいいが。

「ほれ、土産や。すごいな、スカイツリー。あんなエレベーターの中がきらきらなん初めて見たわ」

「ああ、スカイツリー行ってきたんだ。あそこ、プラネタリウムもあったよね」

「ん、紫か? うん、あったなぁ。おもろかったで? ペルセポネの話もあったしな。そこは毎度のことながらゼウスとハデスのボケに腹立つんよな」

 それを聞いて、俺はギリシャ神話を思い出す。ああ、確かにあれはぐだぐだだ。

「どういうこと?」

 そして、案の定紫が話をこっちに振ってくる。

「ギリシャ神話で、デメテル、って豊穣の女神がいて、それの娘がペルセポネ、って言うんだけど、冥界神ハデスがまあ一目惚れしちまって、一言で言うなら『拉致』しちまったんだ。んーで、ケレスが全能神ゼウスに直談判して、何とか連れて帰ることは出来たんだが連れて帰るまでに冥界のザクロを四粒食っちまったんだ。で、その食ったザクロの分、四ヶ月は冥界にいないといけなくなって、悲しんだケレスがふさぎ込んで冬になる、と」

 結局のところ、弟だから、って甘くしてたら見通しが甘かったということか。

「それは、確かに腹立つわね」

「単純に老害かもな」

 本人の前で言っちゃだめなタイプの会話。振り向くと、お姉さん(自称)は腕を組んでうなずいていた。

「あ、そうそう。レヴィ、ちょっとええか?」

「何、お姉さん」

 唐突に、お姉さん(自称)はレヴィに話を振る。それに、特に動じた様子もなくレヴィは聞き返す。

「これ、増やしてもろてもええか?」

 差し出したのは、鎌倉ビール。

「どこまで行ってたんだ」

 俺の言葉を無視して、お姉さん(自称)はビール瓶をレヴィに渡す。それを、レヴィは両手で包み込むように持つ。すると、今までほとんど底の方だったビールがどんどん増えていき、瓶の口の当たりで止まる。

「……これでいい?」

「おけおけ。や、レヴィがおると助かるわぁ」

 そして、らっぱでそれを飲むお姉さん(自称)。つか、ちょっと待って今何があった。

「ああ、レヴィちゃんの能力ですわ。液体があったら増やすことも減らすことも可能、と言う能力。お母さんに至っては、海の水すらも操れますわ」

 ガブリエルがすごくいいタイミングで解説を入れる。なるほど、そう言うことか。

「ほれ、あんたらも。ゆずサイダー買うてきたから」

「あ、ありがとうございます」

 また何か変わったものを。まあ、ありがたくいただこう。ふたを開けて、一口つける。……あれ、意外と美味い。

「さて、んじゃうちらは部屋に帰っとるから。ホルス坊、迷惑かけんようにな?」

 その迷惑かけてんのは主におまえらだろう。まあ、言葉には出さないが。

「ほーるーすーさーまーっ!」

 さっきと同じ、『ぴえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ』と言う鳴き声を上げながら、庭のど真ん中にトトが刺さる。そのまま、ぷらんぷらんと揺れながら話を始める。

「契約書ですが、ホルス様に渡すのを忘れていたとのことです。それと、火急の知らせが」

 契約書をホルスに手渡して、トトが言う。

「ん、何?」

「黄泉津比良坂の伊弉冉命様からの伝言で、ヤマタノオロチがこちらに向かっているそうです」

 俺は思わず絶句する。何でまた、ヤマタノオロチがこっちに。そんなことを考えていると、にわかに空が曇り始める。

「……来たよ、気を付けて」

「な、何なんで~スか~っ!」

 異変を察知したのか、飛び出してきたラジエルに思わずサマーソルトキックをかます。

「これでちょっとは黙ってくれるだ……」

「何するんで~スか~? あごに入ったらダメージは足にくるんで~スよ~?」

 うん、見た感じどこにもダメージはない様子。ていうか、こんなやりとりをしている暇はない。空を見上げると、巨大な八本の首を持った蛇が落ちてくる、と言った感じで目の前に姿を現した。

「……嘘だろ、こんな巨大だって聞いてねぇぞ」

「た、隆史?」

 思わずそう口に出す俺と、その腕をつかんで震えている紫。そして、その巨体が地面へと着地する。その瞬間、震度六弱ぐらいの揺れと地鳴りが辺り一帯に響きわたった。

「……まずは、僕が行くよ。これでも、下エジプトの守護神だからね」

 元の姿、鷹の頭と人の体に戻ったホルスが言う。そして、ゆっくりとオロチの方へと歩いていき……。

「あれ、何をするんだったかな」

 三歩目で、振り向く。

「鳥頭ーっ!」

 役に立たん。思わず、俺は手近にいたラジエルをぶん投げる。

「ぐはぁっ!」

 あ、二人とも落ちた。

「では、私が」

 どこからか持ってきたなまくらを鞘から抜いて、ガブリエルは羽を広げる。大地を蹴って、空へ。そのままの勢いで、急降下するガブリエル。そして、ぶちっ、と言う音とともにオロチの首が一つ砕ける。

「やった……か?」

 思わず力が抜ける。

「……いえ、残念ながら」

 その言葉と同時に、砕けたはずの首が再生する。

「……神話以上にやっかいだな」

 どうやら、進化したのかも知れない。

「対処法は……神話と同じことをすればいい……?」

 使えるかは分からないが、思い出せ。確かスサノオの話だ。あのときは……そうだ。

「レヴィ、水分は増やせるんだな?」

「うん。どうしたの?」

 怪訝そうな声で、レヴィが聞く。

「増やしてほしいものがある」

 そう言って、俺はレヴィにあるものを渡した。


「準備、出来たか?」

「うん、いっぱい増やしたの」

「樽も準備完了っ!」

「すぐに運べますわ」

 その声に、俺は満足げにうなずく。

「んじゃ、状況開始!」

「何するんで~スか~?」

「お前はちょっと黙ってろ」

 間合いを一歩で詰めて掌底。鳩尾に綺麗に決まった。

「ガブリエル、ただいま戻りましたわ」

「トト、任務完了致しました」

「僕も持っていって来たよ」

 そして三人が帰ってくる。

「おっけ、じゃああとはあいつが上手い具合飲んでくれるかどうか……」

 遠くから、オロチの方を見やる。あ、樽の中に頭突っ込んで飲み始めた。やがて、その動きは徐々にゆっくりになっていき、全身の力が抜けてその場に沈む。

「で、これからだけど……」

 ここから先は考えてなかったな。

「多分だけど、真の名を使えば何とかなる……。使ってみようか」

 そう言って、ホルスはポケットからパピルスとペンを出して、なにやら書き始めた。

「出来た! 『汝、ヤマタノオロチよ! 我が紡ぎし真の名に置いて隠世へと戻れ!』」

 その瞬間、空間が揺らぐ。その揺らぎが収まったとき。

「あれ、まだいる。おっかしいなぁ……。真の名に間違いはないはずなんだけど……」

 ……ちょっと待ってなんか気になったんだけど。

「もしかして。ちょっと思い当たることがあるんだけど」

 俺の言葉に、ホルスはパピルスとペンを差し出してくる。

「隆史くん、やってもらってもいいかな。もしかしたら僕たちに何か間違いがあったのかも知れないし」

「……駄目だったら?」

 俺がそう言うと、ホルスはすかさず言葉を返してくる。

「そのときは、フルボッコだね。でもそれじゃかわいそうだ。あ、あとね、呪文詠唱は完璧に自分の趣味で作っていいから」

 思わず、こめかみを押さえる。あれ、自分で作らんといかんのか。まあいい。俺は、パピルスに八俣遠呂智と書いて叫ぶ。

「『我、真名を以て汝を隠世へと送らん! 汝が名は、八俣遠呂智!』」

 その叫びの直後、空間がゆがむ。そのゆがみが収まったとき、目の前にいたはずのヤマタノオロチは消え去っていた。

「……ふう」

「お疲れさま、隆史。さっきの呪文かっこよかったよ?」

「うん、お疲れさまでした、隆史くん。初めてにしては上出来だね。と言うか、まさか真の名が漢字とは思わなかったよ。母さんも話し言葉だけで教えてくれたから」

「……まぁな。それと、悪いな、超不阿羅王飲まずに無駄にしちまって」

 そう。さっきヤマタノオロチに飲ませたのはレヴィの能力で増産させた超不阿羅王。

「神話がこうだったから使えるはず、って思ったんだけどこうも効果的とは思わなくてな」

「……隆史、学校楽しいの? 何だかいろんなこと知ってるけど」

 紫の言葉に、俺はたっぷり十秒考えて言う。

「まあ、大概のことは知ってるしなぁ。そこまで楽しいわけではないかな」

「いやいや、こう使うのなら無駄にはなってないよ。それにしても、さらに機転が効くというのは本当に君は有能だね。どうだい、学校辞めてすぐ来ないかい?」

「いやそれはちょっと」

「いたたたたた……さっきのはちょっときま~シた~」

「もうちょっと黙ってろ」

 復活してきたラジエルに空手チョップ。そしてたたらを踏んだところを見計らって十六文キック。おお、ダウンした。

「まあ、あと一年半待ってください」

「そうだね、うん、いいよ。じゃあ契約書と改宗届け」

 ……どうやら、改宗はマジで前提条件らしい。契約書を書きながら、俺は心の中で一人ごちる。



 どうか、これ以上の非常事態は起きませんように。

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お元気ですか、ラジエルさん 美坂イリス @blue-viola

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