第7話 未来人さんの世界は、私達の世界と繋がっているんです


 3人は昼食後もしばらく五十子達と歓談し、太陽が西の浮島・頭島に近付いた頃、内火艇ランチで帰っていった。

 別れ際に舷梯タラップで目を潤ませながら何度もお礼を言う3人に、五十子は例の饅頭を包んで持たせてやっていた。


「ふう、楽しかった。なんだか昔のわたしたちを見てるみたいだったな。若いっていいね」


 内火艇が見えなくなるまで見送った五十子が、しみじみとそんなことを言う。

 洋平は、砂糖をとり過ぎたせいかさっきから頭が熱い。


「ちょっと長官、まだ未成年なのにそういうおばさん臭い発言はやめて下さいよお。……あれ、未来人さん、顔が赤くなってますけど大丈夫ですかあ?」


 寿子の心配する声が、気のせいかゆっくり聞こえる。糖分で思考が加速しているのか。グルメ漫画か何かでプロのバイオリニストは本番前掌いっぱいの砂糖を飲み込むという話を読んだことがあるが、あの水饅頭で摂取した砂糖の量ならば、夜通し絶叫ライブだってできそうだ。


「ふん、こいつはどうせ、少佐クラスの幼女共の裸を見られて興奮しただけだろ、なんたって覗き魔宇宙人だからな。んなことより、黒島は今日も一日食事に出てこねえつもりか」


 再び長官公室だった。束が不機嫌そうに指で食卓を叩いている。

 昼前に夢遊病状態で自室に運ばれた亀子は、夕食の時間になっても姿を見せようとしなかった。

 夜は昼と打って変わって旅館のような和食で、瀬戸内海らしく刺身、天ぷら、焼き魚など旨そうな海の幸が並んでいる。戦艦大和の食事は本当に豪華だ。初めて乗り込んだ者が、今日は何かの記念日なのかと勘違いするのも頷ける。


「ちなみに私達士官の食事代は、お給料から差し引かれてます。未来人さんの分は長官のおごりですから、長官に感謝して下さいねえ?」

「もうヤスちゃん! 困った時はお互い様だよ。気にしないで沢山食べてね、洋平君」

「あ、ありがとう。恩に着るよ」


 お言葉に甘え、早速アジのたたきに箸をつけた。

 これをご飯にのせ、醤油をぶっかけてかきこむのが洋平は好きだったりする。

 醤油を探すと、卓上には相変わらず粉砂糖が置いてあった。普通に食事するなら明らかに不要なはずの調味料だ。洋平は醤油をとる際にさりげなく砂糖の容器を動かして、五十子の手の届かない場所に遠ざけることに成功した。


「変態覗き魔宇宙人はどうでもいいんだよ。みんな、黒島をちょっと甘やかし過ぎじゃねえのか」


 寿子が話題を変えても、束は怒りっぱなしだった。


「僕の不名誉な称号が長くなってる気がするんですけど、それは……」


 洋平の抗議も耳に入っていない。


「昼間はずっと眠ってる、飯の時間は守らねえ、脱ぎっぱなし散らかしっぱなし、挙句の果てには裸で艦内を徘徊。模範たるべき士官が規律乱してどうすんだ、下士官や兵に示しがつかねえんだよ」


 言ってることが参謀長というより、まるで口うるさい母親だ。


「うーん……あ、わかった」


 ぷりっと肉厚な焼き牡蠣を前にきょろきょろと何かを探していた五十子が、急に頷く。一体何がわかったんだろうか。


「束ちゃんが機嫌悪い理由。糖分足りてないんだね? 直ちに糖分補給の要ありと認む、だよ」


 その手にはいつの間にか、洋平が遠ざけておいたはずの砂糖の容器がしっかりと握られていた。どうやったんだ? 今、手が伸びるのがまるで見えなかったぞ。


「あ、あたしは規律の話をだな……」


 さすがの束も怯んだ様子だった。ちなみに寿子は、無言で自分の御膳を安全圏に退避させている。


「そっかあ」


 五十子はシュガラーの布教をとりあえず諦めてくれたようだった。

 代わりに、自分の焼き牡蠣に砂糖をかけ始める。片手にはラムネの瓶。食事開始と同時に「ぷっはー! やっぱり人生この時のために生きてるよねー!」とか言いながら1本飲み干していたから、今は恐らく2本目だ。こんなに糖分ばかりとって、鼻血が出たりしないんだろうか。


「もぐもぐ、ごっくん……ねえ、束ちゃん。規律って、そんなに大事かな?」


 砂糖味の焼き牡蠣を満足そうに飲み込んでから、五十子はそんな軍人らしからぬことを言い出した。


「確かに亀ちゃんは、他の子にできてることができてないのかもしれないけど。その代わり、亀ちゃんは誰も思い付かないようなユニークな作戦を考えてくれる。だから亀ちゃんは今のままで良いんじゃないかな」

「いや良いわけねえだろ、海軍乙女としての規律以前に、常識的に考えて……」

「束ちゃん、ぶりと葦原の間には圧倒的な国力差があるんだよ。常識的に考えたら絶対に勝てるわけない。それと戦おうっていうんだから、常識的じゃない子も組織に必要だってわたしは思うんだ。それに亀ちゃんはたとえ中央が決めたことでも、間違っていることにはちゃんと反対してくれる子だよ。そういう子はとても大事だよ」

「……そうかよ」


 束は口をへの字に曲げて黙ってしまう。

 やり取りを見守っていた寿子が、洋平にだけ見えるように肩をすくめた。

 彼女が前に、「長官はああ見えて頑固なところがある」と言っていたのを洋平は思い出す。それはどうやら正しかったようだ。五十子の表情は穏やかで、束に対する口調は終始柔らかかったが、しかし亀子に対する自身の評価は決して曲げようとしなかった。


「それより洋平君、ご飯にお醤油をかけて食べるのは感心しないな」


 二人の気まずい空気をよそに自分の飯碗でアジのたたき丼をつくっていた洋平に、五十子が唐突に話を振ってきた。


「え? いや、醤油はご飯にかけてるんじゃなくて、アジのたたきにかけてるんだけど……」

「だったらご飯にのせる前にかけるべきだったと思うな。お醤油が下のご飯にまで染み込んでて身体に悪そうだよ? はっ……もしかして洋平君、何にでもお醤油をかけるのが好きな人なの?」

「違うよ! 何なのその、気の毒な人を見るような目は!」


 少なくとも五十子にだけは、調味料の使い方についてとやかく言われたくない。


「あれえ未来人さん、ひょっとして醤油で兵役逃れですかあ? 心配要りませんよお、未来人さんがこの国の戸籍に載ってないのは調査済みですから」

「そんなゴクゴク飲んでないし、ちょっとかけただけだし!」


 寿子にまで茶化され、洋平が憤慨しながら飯をかき込んでいると、


「お食事中失礼します」


 挨拶とともに、海軍乙女の士官が一人入ってきた。前髪を真っ直ぐに切り揃えた、真面目そうな委員長タイプ。この少女には見覚えがある。確か昨日、甲板で五十子が逆立ちをしていた時のギャラリーの後ろにいたような。


岩田いわた軍楽長! お昼の演奏ありがとうね、『村の鍛冶屋』すっごく良かったよ!」


 五十子が立ち上がって出迎える。どうも、この人が軍楽隊の隊長のようだ。


「……いえ、不覚でした。まさか長官が本当に逆立ちで大和一周をなさるとは」


 長官直々に褒められているというのに、軍楽長は少しも嬉しそうではなかった。


「それで、どうかな? せっかく上手なんだし、これからも色んな曲を演奏してくれると、みんなも喜ぶと思うんだけど」

「長官、それはご命令ですか?」

「そういうわけじゃないけど……」

「軍楽隊の任務は兵員の士気を鼓舞し戦闘力を高めること、楽器はそのための武器なんです。規定通り行進曲をやらせて下さい。あっ、そこにいらっしゃるのは源葉さんじゃないですか?」


 融通のきかなさそうな軍楽長は、洋平を見るやこちらに近付いてきた。


「昨日は申し訳ありませんでした、私の部下達が色々と失礼なことを」

「あー……昨日の。いや、別に気にしてないけど」

「渡辺中佐から伺いましたが、特務機関の方だったんですね。見事な男装・・なので、すっかりだまされました」


 軍楽長は至って真面目だ。

 洋平は思わず振り返って、舌を出している寿子を睨んだ。

 確かに、本当のことを話すのは面倒かもしれないけど。もっとましな誤魔化し方は無かったのか?


「はは、えーっと、彼女達軍楽兵は演奏以外に暗号電報の取次員もしているんですよお。……で、軍楽長、持ってきたのは赤城からの戦果報告ですかあ?」


 寿子は、そう言って雫が手にした革製の筒を指差す。

 瞬間、空気が張り詰めるのを洋平は感じた。いや、緊張したのは洋平自身かもしれない。

 束は無言で椅子の背もたれから身を起こし、そして寿子は謎めいた笑みを浮かべている。


「良い機会です、これではっきりしますねえ。あの筒の中に入った電文の内容を、ここにいる私達は当然ですがまだ誰も知りません。もし、インド洋作戦について未来人さんが今朝言ったことが的中したら。長官、例の件考えて頂けますよねえ?」


 洋平はごくりと唾を飲み込んだ。

 1942年の4月5日から日本の第一航空艦隊とイギリスの東洋艦隊との間で行われたインド洋セイロン沖の海戦は、今日4月9日に終結する。

 洋平の知る戦史が、この世界における戦争を占うものとなるのか、いよいよ本格的に試されるのだ。

 五十子は寿子の問いかけには答えず、先ほどまでと何ら変わらない雰囲気でぽんと手を打った。


「あっそうだ、洋平君。悪いんだけど一つお願いできるかな」

「え……何?」


 身構える洋平に五十子が頼んだのは、拍子抜けするような内容だった。


「亀ちゃんのお部屋に、夕食を届けてあげて欲しいの。亀ちゃん、今日一日何も食べてないから夜中になってお腹が空いちゃうと思うんだ。そろそろ目を覚ましてると思うから」


 五十子はそう言って、手つかずの亀子の御膳を指差した。


「長官! そんなのは従兵にやらせれば……」


 寿子が驚きと不満を露わにするが、五十子の意向は変わらなかった。


「今日、亀ちゃんだけが洋平君とお話できてないでしょう。親睦を深めて欲しいなって」


 寿子は納得いかない顔だったが、五十子の性格を心得ているのだろう、それ以上は何も言わない。


「……わかった、行ってくる」


 洋平としても電文の内容は早く知りたかったが、ここは言われた通りにすることにした。亀子の部屋の場所なら、午前中の一件で大体わかる。


「ごめんね、洋平君」


 五十子の声と寿子の未練がましい視線を背に、洋平は亀子の分の御膳を持って長官公室を出た。

 五十子が自分を部屋から追い出して、戦果報告を聞かせまいとした理由はわかっている。

 洋平を元の世界に帰したい、戦争に巻き込みたくないと、五十子はそう言っていた。

 洋平のような存在が戦時下の軍隊に見つかったら、普通ならこんな待遇はあり得ないだろう。自由を奪われ厳しい尋問を受けるか、亀子が最初に言っていたように変異種として解剖されるか。そうならなかったのは、ひとえに五十子のおかげだ。今の待遇に感謝こそすれ、不満を覚えるのはお門違いもいいところだ。

 洋平はこの世界の人間ではない。ここは日本ですらない、異世界の帝政葦原中津国だ。さっき寿子が戸籍がどうのと言っていたが、この国の戸籍に源葉洋平なんて人間は当然載っていないだろう。部外者の洋平に、この国のために戦う義務なんて無い。

 それでも、洋平は自問せずにいられなかった。

 自分はこれでいいのだろうか。このまま客人として「大和ホテル」に泊まって、毎日食べて寝て、そうやっていつか元の世界に戻れる方法が見つかるのを待つだけで。

 部屋の外に立っていた従兵の少女が、はっとした顔で敬礼してくる。

 午前中に色々世話になった小堀一等水兵だ。

 残念ながら洋平は両手が塞がっているので敬礼できない。代わりに会釈して通り過ぎようとすると、まだ顔に幼さの残る少女は洋平に怯えつつも意を決したように話しかけてきた。


「あのっ! ……先任参謀のお食事でしたら、私が」

「ありがとう。でも、これは僕が運ばないといけないんだ。山本長官に頼まれたからね」

「しっ、失礼しました!」


 怖がらせてしまっただろうか。なるべく穏やかに話したつもりだったのだが。

 ふと従兵の後ろの掲示板に貼られたポスターのようなものに気付く。

 艦内の注意書きか何かかと思って覗くと……。


「『来たれ華道部、部員募集中!』『軍楽隊、体験入隊希望は岩田まで』『茶道は乙女のたしなみ、お茶会への参加いつでも歓迎します! 茶道部』?……これって」


 可愛らしいイラストがついた手書きのポスターの数々をよく読むと、どうやら葦原海軍には「別科」といって午後に一種の部活動が許されているらしい。艦の最下甲板には部室まであるようだ。


「あのっ、何か……」


 小堀一等水兵が困惑している。自分が凝視されていると思ったのか。


「小堀さんは、どこか部活には入ってるの?」


 洋平に質問されて、初めて背中のポスターのことだと気付いたらしい。顔を少し赤らめながら、


「私は……華道部に」

「へえ。ひょっとして食卓に活けてあった花は、小堀さんが?」

「……はい」


 小堀一等水兵は余計顔を赤くして、完全に俯いてしまう。


「にしても、軍艦の中に部活か。まるで学校だな」


 そう独りごちると、意外なことに反応があった。


「以前は、柔道部と剣道部しかなかったそうです。……山本長官が着任されて、文化系の部の設立を認めて下さったんです」


 ずっとおどおどしていた小堀一等水兵は、五十子のことを口にする時だけどこか誇らしげだった。

 従兵と別れ、洋平は蛍光灯に照らし出された士官居住区の通路を一人で歩く。

 部員勧誘ポスター。昼休みのブラスバンド。購買部のお菓子。甲板でくつろいでいた少女達。今日一日で体験した大和の日常の風景が、洋平の頭に浮かんでは消えていった。

 戦線から遠く離れた柱島泊地の穏やかな海と、少女達の学園のような緩い日常。

 洋平は海軍が大好きだが、決して盲目的な海軍善玉論者ではなかった。旧海軍について調べると、きついシゴキや陰惨な体罰が横行していたことも嫌でも知ることになる。

 しかしこの艦を歩いていて、そういう負の空気は限りなく薄い。乗組員の性別がみんな女だから? それだけでは足りない。他に考えられる原因は、ひとつしかない。五十子だ。

 時に頑固なまでの五十子の優しさと明るさが、この艦に限らず艦隊全てを包み込み、洋平の知る海軍とは異なるものに変えていた。五十子は階級に関係なく、大勢の海軍乙女ひとりひとりのことをちゃんと覚えて、気にかけていた。

 そして、五十子は洋平のことも気にかけてくれている。差し伸べられた彼女の手を、洋平が握ったその瞬間から。

 多分、五十子はこれからも、洋平を戦争から遠ざけ身の安全を守ろうとしてくれるだろう。彼女がこれまで、彼女の艦隊の日常を守ってきたように。

 しかし、本当に自分はこのままでいいのか。

 この日常は、いつまでも続かない。そのことを、自分は知っているのに。




「さてと。ヤスちゃん、一局どうかな」


 源葉洋平がいなくなった長官公室。私室から将棋盤を持って戻ってきた五十子に、戦務参謀の渡辺寿子は口を尖らせた。


「長官、どうして人払いのようなことを? 未来人さんを、あくまで蚊帳の外に置くつもりですか」


 五十子は何も答えずに、自分の陣地に駒をぱちぱちと並べていく。寿子は溜め息をつくと、五十子の隣に腰を下ろして一緒に駒を並べ始めた。


「軍楽長、読め」


 参謀長の宇垣束が低い声で、岩田軍楽長に促す。

 直立していた軍楽長は、筒から幾重にも折り畳まれた電報用紙を取り出して広げた。


「……発:第一航空艦隊、宛:GF司令長官。我、セイロン島ヲ拠点トスル鰤軍ノ強襲二成功。コロンボ・トリンコマリ両港湾施設及ビ飛行場ヲ完全ニ無力化セシメタリ。空母ハーミス撃沈、重巡ドーセットシャー、コーンウォール撃沈、軽巡1、駆逐艦2、哨戒艇1、輸送船28隻撃沈。地上及ビ空中ニテ破壊セシメタ敵航空機120機以上。以上ヲモッテ所期ノ戦果ハ達セシモノト認メ、本作戦ヲ終了トシ、コレヨリ帰投ス」


「……オーバーキルだ」


 束が唸るように言った。


「一航艦のほぼ総力をぶつけて、沈めたのは雑魚ばっかじゃねえか。主力のリヴェンジ級戦艦やイラストリアス級空母はどうした? まさか逃げられたのか」

「それは……」


 軍楽長は当然だが答えられない。束は腹立たしげにテーブルを拳で叩く。


「何が強襲成功だ、奇襲に失敗しやがって。これじゃ東洋艦隊はほとんど無傷だぞ。南雲と草鹿は何を浮かれてやがるんだ!」

「……味方の損害は?」


 激する束とは対照的に静かな声で、五十子は訊ねた。既に寿子との対局が始まっており、視線は盤上から動かさない。


「はっ、我ガ方ノ損害ハ未帰還機20機ナリ」

「未帰還機の搭乗員の人数や名前は書いてある?」

「いいえ、機数しか書かれていません」

「そっか」


 先手の寿子の飛車が五十子の歩を取っていくのを、五十子は見下ろしている。


「ありがとう、岩田軍楽長。もう下がっていいよ」


 一礼して、軍楽長は退室していった。


「……真珠湾では、29機55名が帰ってきませんでした。戦術的勝利を重ねるたびに、優秀な搭乗員の子達が確実に減っていきます。……やり切れないですね」


 寿子は嘆いた。五十子は黙って駒を動かしている。束がふんと鼻を鳴らす。


「戦いで死人が出るのは当たり前だ。問題なのはその死が無駄になってないかってことだ。これじゃ何のために機動部隊をインド洋まで行かせたかわからねえぞ。このまま帰投させていいのかよ?」

「もう時間切れですよお、参謀長。これ以上一航艦をインド洋に留めておけば、この先の第二段作戦に支障が出ます。元々、ブリトンを弱らせてトメニアを側面支援しろとかいう無茶ぶりでやらされた作戦ですしねえ」


 寿子は肩をすくめると、将棋を指し続ける五十子に向き直った。


「長官、未来人さんの予言と寸分違わぬ戦果になりました。これでもう疑いの余地はありません。未来人さんの世界は、私達の世界と繋がっているんです。彼の協力を仰いで、その知見を今後の作戦に活かすべきです」


 身を乗り出して進言する寿子に、束の声が割り込んだ。


「待てよ渡辺参謀。あいつの言葉にみんなの命を預けろっていうのか。結論を出すのが早過ぎるぞ。それに協力を仰ぐってどういう意味だ。尋問するだけじゃねえのか」

「彼に参謀として、連合艦隊司令部の一員になってもらうという意味ですよ」


 寿子の言葉に、束は目を眇める。


「未来人さんが当てたのは、沈めた敵艦の名前だけじゃないんです。この作戦が失敗した原因も、そもそもこんなことをしている時間があったらヴィンランドを攻めるべきだってことも、未来人さんは話して下さったんです。そりゃまあ尋問でも、未来の知識は引き出せるかもしれません。参謀長が私達に内緒にしてるこの大和の詳しい性能も、未来人さんはご存知みたいですしねえ」


 束が苦い顔をする。寿子は笑って続けた。


「でも欲しいのは、そういう未来の知識だけじゃないんです。この戦争が終わって何十年も経った世界で生まれ育ったという彼の、大局的な視点からこの戦争を俯瞰できる見識にこそ価値があるんです。幸い未来人さんは私達に対して好意を持ってくれているようですし、積極的に協力したいという意思も見受けられます。彼の尊厳を奪う尋問のようなやり方ではなく、仲間として迎え入れ作戦に協力してもらう方が、得られるものははるかに大きいかと思います」

「……驚いたな。海軍は絶対に男子禁制ってのが、てめえの主義じゃなかったのか」

「未来人さんは例外ですよお。それに、私は女の子同士がいちゃいちゃしてるのを見たくて海軍に入ったんです。女の子が死ぬのを見たくて入ったんじゃないんです。この戦争を一日も早く終わらせるためなら、私何だってしちゃいますよ」

「ん? ……なら賭けようか、ヤスちゃん」


 相変わらず将棋盤を見たまま、五十子がうっすらと微笑む。


「この対局でヤスちゃんが勝ったら、ヤスちゃんの言う通りにするよ。でも、もしわたしが勝ったら洋平君のことは……」


 寿子もまた微笑んで、五十子の誘いを断った。


「えー、それは嫌ですよお。将棋で長官に勝てるはずないじゃないですかあ」

「ふふっ、そうだね。……ヤスちゃん、王手」

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