~喜劇~

「はい。最後のガヤいただきました。終了です!お疲れ様ー」


ディレクターの声が聞こえ、収録は恐ろしくスムーズに終わりました。本当にあっと言う間に、困ったり戸惑ったりする暇も無い位にスムーズに終わったのです。全員が「あれ?終わり?」と言う顔になっています。収録音声をアレコレするPAさんも驚いていました。収録はテスト、ラステス、本番と言う流れで行われたのですが、テストの段階で担任や見学に来ていた講師も「おっ」と言う顔をしただけでした。先輩から聞いた話しによると、結構ダメ出しとかが出たりすると聞いていたのですが、ダメ出しらしい物も無く終了です。


「もう終わっちゃった!!もしかしたら…ダメ過ぎて…何も言われなかったのかな?」


「光本、それは違うんじゃない?ダメだったら止めるだろう…多分…」


全員が妙に落ち着かない状態で待機をしていました。今までは何をどうやっても「そこはこうした方が良い」「もっと気持ちを出せ」と言われ続けてきた一年です。その総決算がこうもあっけなく終わるのか?そう思うと戸惑いしか感じませんでした。


「よし!!先ほど収録に漏れが無いかの確認が終了した!!収録はこれで終了だ!!」


やはり終わりだったのか。全員が一層ざわざわし始めました。雑魚美はちょっと泣きそうになっています。本当に何も無いのか?その時、ディレクターを勤めてくれた方がニコニコしながら私達の前に来ました。


「今日は皆さんお疲れ様でした。不安半分、楽しみ半分で収録に立ち会わせていただきました。今日の収録ですが、自分では納得できない人、うまく行った人、緊張した人、緊張しなかった人、全員が色んな気持ちを心に抱えていると思います。だけども絶対に、絶対に今日の収録の事は忘れないで下さいね。良い物見せていただきました。将来皆さんと現場で会えるのを楽しみにしています」


これは上手くいったのだ。上手い下手はそりゃ分からん。しかし、心の上では上手く行ったのだ。少なくとも私達がこの二時間程度の収録にかけてきた日数は肯定されたのだ。肯定、そう思った時背中に電流のような気持ちが走りました。「受け入れられた」「認められた」誰しもがその気持ちを貪欲に欲します。誰もが「自分以外に」認められたいのです。その気持ちが19年生きてきてやっと、やっと自分の力で手にしたのです。子供の時は認められようと無茶をし怪我をしてきました。そして成長と共に現実を受け入れる心も成長し「俺なんて…」と言う気持ちが先に出るようになり、肯定から身を避けるように生きてきました。

しかし、それはただの逃げだった。本当はそう思って居なかった。本当は思い切り肯定されて受け入れられたかった。だから声優専門学校に来たのです。だから毎日練習してきたのです。生活を投げ打って、大学入るなり就職をしていたら手に入れられた「多様性ある未来」を賭けて声優専門学校に来たのです。


「これなんだよな。多分」


笹本がぼそっと呟きました。全員何も言いませんが「これ」を強く、新鮮に、噛み締めるように感じています。これだったのです。追い求めてきて、これからも追いかけていく物は「これ」なのでしょう。人生は「これ」を手に入れる為の道程なのでしょうか。

全員が小さな一歩を感じました。その一歩は他の人からしたら無意味に感じる一歩で世界規模で考えたら何の影響も無い一歩です。しかし、この教室に居る人間には何にも勝る一歩でした。赤ん坊の時、初めて踏み出した一歩のように。


収録から三日後、学科を問わず一年の成果を発表する文化祭のようなイベントでした。色んな人が来校しています。我々声優学科も案内等に駆り出され今日公開される作品の事も忘れて駆け回っていました。


「これより、声優学科一年による作品発表が4F教室で始まります。」


学内放送が鳴りました。来た。ついに来たな。俺達の過去も未来も知らない人が作品を見る。どれだけ練習したのかも知らない人達が見る。それは単純に「面白い」「つまらない」を判断する人達です。しかし、だからこそきちんとした判断をしてくれます。ただ目の前の作品を判断してくれます。だけど自信はあるぜ。


上映される教室は自己紹介をした教室でした。一年前、誰がこうなると予想したのか。一年前、誰がここまでの団結を予想したのだろうか。毎日がただただ積み重なり、折り重なった結果が上映されています。私達は成長できたのか?成長とは階段を登るみたいにはできる物じゃない。平坦を耐えしのぎ、圧倒的な壁が目の前に立ち塞がり、絶望と不安を打ち砕いた時に初めて成長が出来る。壁は越えた新しい景色はどんな世界なのだろうか?ここから後一年はどう言う風に過ごしていくのか?そしてその後の人生はどう言う風になるのだろうか?今考えてもしょうがない。その時に成らないと分からない。ただ、一日過ぎる毎に体が軽くなっていく。一日過ぎる毎に心が裸になっていく。いずれ人生の不条理に飲まれ鎧甲冑で心を閉ざす時も来るだろう。だけど、その時までは丸裸で居よう。丸裸で全ての視線と温度と空気を感じよう。たとえ悲劇が待っていたとしても、今日があるなら喜劇に変えられる。


だから今は、この万雷の拍手を信じよう。




「どうだった?」


「良かった。本当に良かった…ありがとう……誘ってくれてありがとう」


「泣くなよ。お前のお陰でもあるんだから」


「僕は………」


「分かってるよ。皆の前に顔ぐらい出していけよ。心配してる人もいるしさ」


「…うん!」


「ここにいたんだー!!あ!!来てくれたんだー!!ねえねえ、やるつもりだった生アフレコ見せてよー!!それに折角だし弱腰君も入っちゃいなよ!!!」



また毎日が始まります。感動を打ち消すような失敗の日々が待っています。一年目とは全く異質な不安や問題が私達を襲うのでしょう。今日は自己紹介を皆の前でしなければいけません。まあ何とかなるだろうと思いながら家を出ました。


その日は曇っていた。雨を食い止める慈愛の雲なのか、太陽を隠す悪意の雲だったのか。

俺はやる。やりぬくのだ。声優に成る成れないじゃない。やるかやらないかなんだ。

俺は一人じゃ無いんだからな。


また一年が始まる。楽しくて辛くて、美しくて泥臭い、奇妙で真っ直ぐな。

人生と言う劇場の扉は開いて居ます。そこで即興で演じ、飛び込みの共演者と踊るのです。まるで喜劇のような。全て丸裸の世界。正にそこはバーレスクでした。


~ばあれすく・声優の生まれ方~ 完

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ばあれすく~声優の生まれ方~ ポンチャックマスター後藤 @gotoofthedead

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