Append.3 黄昏時、七条通で

 今日の業務は16時で終わった。僕は京都駅を通り抜けて、プラッツ近鉄の先、七条通にあるゲームセンターに早足で進んだ。


 先日稼働開始した新しい対戦格闘ゲームが、珍しく早くこの店に入ったので、毎日540円を往復かけて大阪まで行かなくてもよかったのはありがたい。高校の時に地元の駄菓子屋の前にあった、そのゲームの続編が、社会人になってからもだいたい毎年出ていて、なかなかこの趣味は卒業できなさそうだった。



 ゲームセンターはパチンコ屋の2階にあって--、1階にゲームセンターの看板が立ててある。そばには、小さなクレーンゲームが2つ並べてある。もちろん2階のゲームセンターにも、枕くらいのぬいぐるみが取れるクレーンゲーム機はあり、だいたい修学旅行生が集まっているのに、こちらには誰もおらず、僕が階段を上がるとき、ペロペロと音楽を流してくれるくらいだった。



 金曜日だから、多少タバコ臭くなっても土日に干せばスーツもなんとかなるだろう。たまに携帯を、帰る前に対応した件で追加の連絡がショートメールで上司から入っていないか確認した。--唯一ゆいいつ七条通側にある窓に目をやると、だいぶ日が長くなっていて、まだ明るかった。




 あのキャラクターの攻略法は、家に帰ってからパソコンで調べてみるか……頭をかきながら階段を下りていると、クレーンゲームの前に女性がいた。ただ。

「あ~!!」

 ぬいぐるみをとりこぼす声に、聞き覚えがあった。

「……泉水さん?」



「……え? あ? あ~!!」

 そしてさっきと同じ声で僕に気づく。

「どうしたのこんなところで?!」


 泉水さんは会社の同僚だ。僕は中途で入社したのだが、労務手続きやらの、いろいろわからないところを教えてくれた。あと、たまに帰り時間があうとき、会社でのぐちとか、パソコンの使いかたとかを、ちょっと京都駅で話すことがあった。--げんみつには、僕がよく京都駅の0番ホームのベンチで缶飲料カフェオレを飲んでいるところを、見つけられたかたちだ。


 そういえば今日は泉水さんも休みだったか。いや、別にそこまで詮索しなくてもいいだろう。彼女は明らかに会社に来る時とは違う、したスカートに、したブラウス、そしてお洒落なショルダーバックで、わきに伊勢丹と無印の紙袋を置いていた。そりゃあ、年休に買い物をすることだってある。



「見ての通り、サラリーマンがゲーセンに行った帰りですよ」

 泉水さんは、これまた笑った。

「ふふ、そうなんですね。あー、会社でタガワさんが言ってた、の続編ですか?」

「よく知ってますね」

 そして泉水さんは社内一「ゲーマーとして有名」な「別の男性の同僚」の名前を挙げた。なんとなく違和感を感じつつ、

「で……泉水さんは?」

 と、話を振ると、彼女はさっと目の前のクレーンゲーム台を指さした。

「もちろんこれ! このサバトラか、ハチワレがほしいんだけど……」

「……それ、ですか……?」

 小さくてちょっと古くて、いつも見過ごしていたクレーンゲームの筐体は、遠くからさしこんでくる夕日のせいか、急に輝きだす。



 ダイニングテーブルに乗せると大きな水槽くらいの、店によっては2回100円でできるようなクレーンゲーム。中には店員が手作りで、家とか公園とか池とかのまちなみを描いたものを入れてあって、そこに、小さな猫タイプのぬいぐるみが数種類、山盛りになっている。

 僕はサバとかハチの意味を知らなかったので、泉水さんにもう一度、目当てのものがある場所を教えてもらう。


「僕が取りましょうか」

「ほんと?!」

 泉水さんはすごく喜んで、ばっと紙袋をよけてくれる。

「100円入れます!!」

 その動作がちょっとおもしろくて、肩を揺らしたら、残っていたタバコの臭いがして、あわてて上着を脱いではたいた。それは泉水さんには「本気でぬいぐるみを取ってくれそう」という動作に見えただろう。




 僕たちはほどなくして、長い影をのばして京都駅に向かっていた。

 泉水さんは上機嫌で、3つのぬいぐるみを、それぞれについているストラップひもで右手にひっかけている。

「2回で3つ取れるなんて、向井君すごい!」

「いや、あれはたまたま……ぬいぐるみが積みあがってたところに、クレーンのアームにひっかけてみたんです」


 僕は隣で自分の上着と泉水さんの紙袋を提げて、ちょっとだけクレーンゲームのテクニックを自慢した。

 夕方から夜に時間は進んでいて、タクシーもバスもライトを点ける。京都タワーや、京都タワーが写ったガラス張りの京都駅を、デジカメや携帯のカメラでおさめようとする人もいつも通り多くいる。バス降り場からは学生も観光客もいっぺんに吐き出され、ポルタに下りる人、人の間をすり抜けて京都駅に向かう人、それぞれで。

 京都駅の中央口あたりで、そろそろお別れかな、と、紙袋を渡してあいさつしようとしたら、泉水さんはきょとんとしたような顔で僕をみた。


「あれ? 今日は0番ホームに寄らないんですか?」

「えっ」


 まるで当たり前のように、泉水さんは改札を通って左の方にすたすた進む。

 ああ、そうか、そうなんだ……急にウキウキした。



「カフェオレ、今日は私がおごりますよ!」

「はい、よろしくお願いします!」















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 このエピソードは、KAC2023のお題「ぬいぐるみ」の回で作成しました。当初は、

【KAC20232】空からこぼれたぬいぐるみ【ぬいぐるみ】

 というタイトルで公開し、こちらに移すにあたり少し加筆改稿を行いました。


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Shade of Beautiful(シェイド・オブ・ビューティフル) なみかわ @mediakisslab

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