Log3 "街の名は"




 ルシア・クルトはビルドー・ガフに逆らえない。


 それはさかのぼれば、クルトがシアンサイト国に存在する、パルスコール魔術学院に入学の誘いがきたことから始まるだろう。


 当時、クルトは自身の前途は明るいと信じて疑わなかった。生まれ持っての資質が左右する魔術士としての適性は、レガリア大陸でも有数の名門であり、常に大陸全土より才ある者を募るパルスコール魔術学院に入学を認められたことでおおやけにも胸を張れるものとなったのだ。


 魔術を扱えるとなれば、一般的な平民に比べ、いくらも道は開けてくる。母国に仕えるもよし、パルスコールを抱えるシアンサイトのような魔術国家にて魔導を追究するもよし、冒険者として己の実力のみで飯を食っていくことも出来る。


 一見、何もないところから、詠唱によって火や水、風や土の隆起を起こす魔術士は、それだけ貴重な存在なのである。


 そんな存在になれる。


 ごく自然に、今まで自分に誇れるだけの取り柄があると思っていなかったクルトにとって、その事実は確かな寄る辺となっていく。


 しかし、あまりに現実は儚いものだった。


 最初こそ同じスタートラインに立っていた新入生たちも、すぐにそれぞれの才や努力、運によって差が出来はじめた。


 大体そのような成績優秀者は貴族や商家などの裕福な生まれであったり、親戚に魔術士のいるサラブレッドといった者ばかりで、そのいずれにも属さないクルトのような苦学生は、学費を稼ぐため放課後には労働に従事せざるを得なく、またそれ故に本来の目的である勉学の時間を奪われてしまうという負の連鎖に巻き込まれ、


 半年もすれば明暗ははっきり分かれていた。


 それでも彼を擁護ようごするならば、最後まで食らいついていたという事だ。


 時間が足りないのなら、睡眠時間を減らした。

 努力が足りないのなら、授業を人一倍理解すべく誰よりも集中し、わずかな休みも許すことなく図書館にこもり、予習復習を欠かさなかった。

 金が足りないのなら、高給だが危険で酷使される仕事をした。

 運が足りないのなら――、


 これだけはどうにもならなかった。



 ならなかったのだ。


 

 限界に次ぐ限界はクルトの身体にわかりやすい変化を与えた。

 もう半年――1年が経ち、頬はこけ、あばらが浮き出てきた。くまは入れ墨でもしているかのように目の下に張り付いたまま久しい。食事も固形物を胃が受け付けなくなった。寝たいはずなのに明日のことを考えると目蓋まぶたがくっつかない夜が続いた。

 

 現実なのか夢なのか、はたして自分はまだ生きているのか。ひょっとして、死んでいるのか。もうわからなくなっていた。


 そんな彼のもとに一つのしらせが届いた。


 実家で弟とともに暮らしていた母が倒れたとのことだった。


 ここまでか、とクルトは思った。

 いや、悟ったと言った方がいいかもしれない。


 結局、世の中、運なのだと。


 病弱な弟が発作を起こしたら、看病できる母が倒れた今となってはたやすく死につながる。

 選択の余地はなく、無駄な時間もなかった。


 学院には自主退学を依願いがんした。ひょとしたらという淡い期待も、一言も引き留められなかったことにクルトはこんなものかと一人静かに笑った。


 寝床と勉強で使った教科書、書物の類(それも売りに出した)を片付ければ、2メルトル四方のごく手狭だと暮らしはじめたばかりのころは思っていた部屋は、実に広く見えた。今となっては愛着も何も……物もない。


がらんとした部屋に、少しだけ立ちつくしてからクルトは部屋に別れを告げるのだった。


 もうここで出来ることはない。そう思った――矢先だった。

 

 クルトは長期休暇の間の一時的な帰郷を望んだ生徒の一群の中に紛れ込んでいた。


 自分とは違う「帰郷」に言いようのない苦い思いを抱き、大規模な集団を運ぶ際に運行している空竜艇くうりゅうていのごった返す三等客室の隅に身を縮こまらせていると、


「――あぁ、ようやくおさらば出来るな」

 

 独り言なのか、こちらに向かって話しかけているのかわからなくて、クルトは隣に腰を下ろしてきたその男へ顔を向けた。


「なんだ? 聞こえてたのか」

 

 どうやら独り言だったらしい。


「あ、いえ、すみません」


 すぐに謝罪したクルトの顔をしげしげと、


「あんたどっかで見た事あるな……ジェムの基礎魔術理論、取ってたか?」

「……はい? 確かに、その講義は取ってましたけど」

「多分そこな気がするな、俺も取ってたんだよ……で、あんたは帰郷か」


 どういう事だろう。その口振りはまるで、


「それはそう、……なんですけれど」


 そこで言い淀んでしまったことが気になったのか、男は無言で続きを促し、

「学院に、もう、戻る事はないと思います」

「どういう事だ?」


 パルスコールに来てからというもの、他人との会話が極端に減っていたクルトは、自身の身の上を尋ねられるまま答えてしまう。


 自分でもこれほど会話に飢えていたのかと驚くぐらい、一気呵成いっきかせいに話し終えると男――ビルドー・ガフは、

「よかったじゃないか」


 あろう事かそう言った。

 何を言ってるんだ、一つもいいことなどない。思わず憤慨しようとして、


「あそこで学ぶような事はもうねぇんだよ」

「!! そんな……っ!!」

 

 学ぶことはいくらもあったはず。


 ――この時、荒げた声のままその場を離れればよかったのだろう。


 何故か、



「よく考えてもみろ。俺もあんたも、もう魔術は使えるんだ」


 動かぬ、足が。

 続きを聞きたいという魅力に逆らえないのだ。


「そうした上で、いい話があるんだ。――聞くか」 

 悪魔は口端を吊り上げて笑った。







    ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×







 ――それから、ぼくは、ガフに誘われるまま魔術を使った犯罪に手を染めるようになった。


 下手に身動き取れぬよう、後ろ手に縛られ馬車の荷台に転がされている瞬に、クルトは語りかけていた。


 最初の方こそ、抗議の声を上げ抵抗の意志を見せていた瞬も、いつしか疲れたのか、話に聞き入ってるのかわからないまま沈黙を保っている。


「初めはもちろん断った。でもね、シュンくんも見ただろう? ソランは、病気だ。そして、薬に医者……生きてるだけで、病人は何をするのにもお金がかかるんだ」



 瞬の背中が大きく呼吸する度に動くのを見つめながら、クルトはつい数時間前の事を思い返す。





 ――自分が稀人ビジターであると口にした瞬を即座に殴り、気を失わせたガフは真偽をクルトに問い質した。


 大樹の付近でボアハガードに襲われていた所を見つけ、保護し、その後この世界の事を何も知らないと錯乱したり、奇妙な名前を名乗ったり、また稀人の名前に反応していた事から、その可能性はかなり高い。


 クルトが淡々とそう言うと、ガフは膝を叩いて狂喜乱舞した。


「運が向いてきやがった!! ハハハハハ!!」


 腹がよじれるほどに愉快だったのかガフは腹部に手を添えながら、クルトに瞬を自分が乗ってきた馬車に運び込むように命令した。うつろな眼差しのまま唯々諾々いいだくだくと従おうとしたクルトの腕をソランが掴む。


信じられないといった表情で、

「クル兄、……なんだよそれ、何しようとしてんだよ」


 ゆっくりと掴まれたその手をほどきながら、

「結局何も変わらない。彼は運がなかったんだ、仕方がない」

「う、嘘だよ……!! なぁ……クル兄、なぁ!?」


 不意に耳元で舌打ちをされ、反射的に震えた肩を強く握られながらガフはクルトにささやく。


「うるせぇガキだ。こいつも適当にお前の魔術で眠らせとけ。じゃないと俺が力尽くで黙らせる事になるぞ」

「…………ああ」

「それでいい。お前はそれでいいんだよ、クルト。ハハ」


 ソランの顔はくしゃくしゃになっていた。


 今までガフという男の前では情けない姿を見せてきた兄でも、こんな暴力に加担するところを見た事はないし、そんな事は絶対にしないと思っていたのだろう。


 信じて、いたのだろう。


 当然だ。そんな姿は見せないようにしていたのだから。

 けれども、見られてしまった。いつまでもつくろえる嘘だと思ってはいなかったが、今までたどってきた人生のように、唐突に、呆気なく、楽しい時間は終わりだった。


 そう、これからはいつものように、泥濘ぬかるみの中にかっていよう。来もしない助けを求める事は疲れてしまった。ただどこまでも沈んでいこう。


 だから、

「お前には知られたくなかったよ……ソラン、」

 仕方がない。


「おやすみ」








「――これから、」


 目をつぶり回想にふけっていたクルトを、現実の声が呼び戻した。目を開いてもつぶる前と変わらず瞬はこちらに背を向けたままで、


「僕は、どうなるんですか?」


 でこぼこの激しい地帯に入ったのか車体が大きく跳ねた。クルトの背後の、帷幕の向こう側にいるガフが何事かをわめいているのが聞こえる。


「おそらく、きみは売られる」


 ガフの語っていた断片的な情報をつなぎ合わせる限り、とある知り合いに稀人ビジターを探している人物がおり、その知り合いに売りつけるという算段であるらしい。


「そう、ですか」

 想像とは違って、気落ちした様子があまり感じられなかった瞬にクルトは、


「ぼくは弱い人間なんだ。恨むなら恨んでくれ、責めてくれて構わない」

 どちらが強者と弱者なのかわからないほどに言い訳じみたことを口にする。


「……恨みませんよ。あなたが今までどんな辛い思いをしてきたのかを、わかったように責めるなんて、僕にそんな権利はないです。けど、一つ言わせて下さい」


 突き刺すような、

「――今のあなたは、カッコ悪いですよ」


 何も言えず後ずさると、外で名を呼ぶガフの声にすがりつくように、クルトが去っていったのを瞬は背中でなんとなく把握した。


 頭だけを動かし、同じように部屋の隅に縛られ転がされていたソランを見る。外に聞こえぬよう配慮した声の大きさで、


「起きてる?」


 返事はなかった。





    ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×





 何時間経ったのだろう。


 夜は明けていない、おそらくは深夜の時分、まどろみに身を任せつつあると、馬車が動きを止めた。注意深く様子をうかがっていると、ガフが垂幕を開き顔を出してくる。


「おい、起きろ」

「起きてるよ」


 両手足を縛られているため、身体を仰向けにするのも一苦労だったが、瞬は眠気を振り払うように肢体に力を込めて、どうにか体勢を変えることに成功した。


「今の気分は、どうだ」

「最悪だよ」

「そりゃ、よかったな。これからもっと悪くなるぞ」

 

 皮肉を無視していると、違和感に気づいたのか、

「おい、あのガダラモンクはどこへ行った」

「さぁね、気づいたらいなかったから、わかんないよ。大方見捨てられたかもね」


 不審気に一通りサルの姿を探すも、見つけられなかったガフは忌々しげに、

「妙な真似をしたら、その責任はこいつに取ってもらう事になる。その意味がわかるな?」


 ――なるほど。自分だけで十分のはずなのにソランも連れてきたのはそのせいか。保険のための人質、というわけだ。そしてそれは瞬だけではなく、


「お前にとってもだ。クルト」


 御者台側の反対まで回ってきたらしく、遅れて顔を出したクルトにも向けられていた。


「わかってるさ……」


 努めて瞬から視線を逸らしているのがわかるぎこちなさの中で、生気の感じない返答をする。

 

 鼻を鳴らすガフは、やがて瞬の足の拘束を解いた。

「ついてこい」


 鬱血気味だった足を揉み込んでいる間、考える。――どういうことだろう。手足を縛られたまま、運ばれる事も考えてたけれど、歩かせる算段なのか。


「そこの寝ているガキを起こすのを、忘れるな」


 命令に従い、まだ足が言う事を聞かないため四つん這いでソランを揺する。

「ソラン、起きて」

「ん……ん、キ」

 

 声を上げたのを確認し、瞬と同じようにガフがソランの足の縄を放した。


「……ガフ、ぼくは外にいるよ」


 ソランが完全に覚醒する前にクルトが、その場を去ると、


「情けないヤツだ」


 即座に嘲笑する。カッとなって怒りで起きたらしいソランを瞬は、腕が使えないせいでのしかかるようにして、押さえ込む。


 華奢きゃしゃな身体をバタつかせるソランに,ガフに聞こえない大きさで耳打ちする。


「今はダメだ……、抑えて……っ」


 なおも口を開こうとしたソランも、瞬が頬の筋肉が震えるほど奥歯を噛み締めているのを見て、どうにか落ち着きを取り戻したようだった。


 それを確認して、ようやく瞬も安堵の息を吐きながら力を抜く。






 馬車を降りたそこは森の中だった。辺りを見回していると、クルトからかなり長いタオルのような布を手渡され、


「頭に被ってくれ、これから歩いて移動する」


 さながら連行される犯罪者だなと思いつつも、瞬はそれに従い、布を頭に巻いた。


「クルトについていけ」


 坂道を下り出すと程なくして森を抜け、そう距離のないところにある街の明かりが一同の顔を照らしはじめた。


 ――いや違う。街じゃない。


 まずこの距離じゃ全容が、とてもじゃないが窺い知れないのだ。夜の闇を裂き、人の営みを示す明かりはそれこそ視界の端から端まで広がっており、夜中といえど喧噪がかすかにここまで響いてくる。


 改めよう、みやこと。そう形容した方が、きっと正しい。


「凄い……」


 呆然とつぶやいた瞬の横で、

「……オルグレス、か」


 クルトがまぶしさに目を細めながら独りごちる。


「それって?」

「ああ,冒険者ぼうけんしゃたちの――!?」


 つい聞き返してしまった瞬は、クルトの話の途中で背中を蹴飛ばされた。地面に倒れ込む所をソランが間一髪、肩で支えた。


「ガフッ!?」

 クルトの抗議に前方に出した靴を戻そうともせずにガフは、


「誰が喋っていいっつった。口を閉じてろ」


 すぐさま僕のせいだとクルトは悔いる。


 責任を取るのが、自分ならば、どうとでも出来る。自業自得なのだから、仕方のないことだ。しかしその累が他人に及ぶなら、身体ではない精神こころに痛みが与えられる。


 それは、どうしようもないものだ。


 かつて、味わった痛みだ。


「――ごめん」

 耐えきれず、こぼれたクルトの言葉に瞬は無言で頭を振る。その気遣いがまた痛みを誘った。






    ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×






 たどり着いたのは、

 ……歓楽街、でいいのだろうか。


 小さい子には見せられない露出過多な女性が,道行く男たちになまめかしい視線を送っている。行き交う人々は例外なく赤ら顔で、酒臭い。大人という衣をまとっているのか脱いでいるのかわからない各々が夜という時間を楽しんでいるように見える。


 足下のおぼつかない彼らにぶつかって面倒事を起こさないよう、顔を覆う布のせいで狭い視界の中,どうにかこうにか避けながら進んでいく。

 

 辺りの騒音とは対照的に、無言で歩を進めていた一行の殿しんがりを務めていたガフは、とある店の姿を認めると口を開いた。


「その店だ。先方はすでに待ってもらってる」


 入り口の扉を開いたガフに続くとそこにはうやうやしくお辞儀をする受付が待ち構えていた。ガフが自身の名前を告げている間に瞬は内部を見回す。


 三階まである円筒状の建物は、中心を吹き抜けとし、円周に沿って階段が伸びている。数百人規模で人を収容できるくらい、相当に広い。各階で上等と思しき身なりの老若男女が食事を楽しみつつ歓談している光景を見る限り、高級レストラン的な場所のようだ。


 すでに取引相手は来ているらしく、すぐに受付の老人は駆け寄ってきた大男のウェイターに頷くと、そのウェイターは相手の待っている上階へと瞬たちを案内すべく進み出した。


 階段を一歩踏みしめる度に、瞬の胸中には言いようのない不安が巣くい始めていた。どんな人物が待ち受けているのだろう。これからどうなってしまうのだろう。


 不安に身を任せてしまえば、もうおしまいだ。かといって振り払うことも出来ずに瞬は足下へ目を落として、階段の段数をひたすら数える。百の半ばまで数えた所で、目的階らしい三階へとついた。

 

 顔を隠しているのが二人もいるせいか、客たちは好奇の視線を隠そうともせずに瞬たちに向ける。そんな視線を受けつつ、壁に隔てられた店の奥へ通される。間違いなく並の人物では用意することが出来ないその空間でただ一人、その人物は舌鼓したづつみを打っていた。


「あーキミキミ、ちょうどよかった。今日のシャバぎょのソテーだが素晴らしかったと料理長に伝えてくれるかな?」


 ナプキンで口を拭った初老ぐらいの男は、上機嫌そうにウェイターに言った。


 かしこまりましたと点頭てんとうするウェイターは後ろに控えているのがガフたちであることを伝え、扉を閉めて下がっていった。


「あんたが、カールさん、か?」


 ガフの問いかけに、カールと呼ばれた男はフォークとナイフを手繰たぐる腕を止めない。外の焼け具合に反して中は生の状態の肉は一見して最上級のものとわかる。


 手術のメスのように身を切り裂いて口元へ運ぶ、その所作は実に優雅だったが、咀嚼そしゃくを一度始めるとクチャクチャと実に品がなかった。


 あごを止めずに、


「ん、んーん?」

 男は首を傾げ、ガフを見やる。


 ごっくん、と喉仏が波打ち。


「カール? ……ああ、カールね。そういえばそんな名前も使ってたな」

 ひげの上にまだソースがついているのに気づきもう一度拭きつつ、


「あ、それ偽名ね。ボク名前、500くらいあってサ。とっかえひっかえ使い分けてるんだ。ウン、そこは勘違いしないでくれたまえ」


 ――なんだ、この男は。


 たぶん、ガフを含めた全員が胸に抱いた感想が一致したはずだ。


 添え物として肉の横に配置された香草を息で吹き飛ばし、肉に専念しているこの男はなんだ。


「まぁキミたちは、カールでいいよん。あるいはブラン、はたまたリクターでもいいけどねぇ――ンまぁいな、これ」

 

 顔を引きつらせつつ、ガフは、

「……カールさん、取引の話をしたいんだが、構わないか」

「ウン、好きにしてくれ。ただボクは食事を続けるよ。美味しい料理ってのは冷えたら台無しだからネ」

 

 ガフはカールの円卓を挟んだ向かい側の椅子に腰掛ける。


「稀――」

稀人ビジターの少年を見つけた、そういう話だったね」


 グラスに入った血のような色合いの酒を揺らし、たゆたうのを眺めながら、カールは先じていた。


「あ、ああ……」

「どちらだい?」


 グラスを持ったまま小指を立て、顔を見せないままの二人の間を指はさまよった。

 ガフは無言で布を取るような動きをし、それにならうかのごとく、片方が布を取る。


「そっちか」

 瞬を小指が捉えた。


「なァるほどねぇ。たしかにに似てるナァ。ウン?」


 もう一人がまだ布を取らなかった事に不思議そうに首を傾げるカール。苛立ちを表したガフに、慌てて、クルトが残った一人の布を剥ぎ取り――





 ――ソランは首を傾げ、口を開くと、




「――キキッ?」




 そんなサルみたいな鳴き声を上げる。

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