Log18 "ドラゴン's げいむ"



 タンショー・ホーキーの冒険譚ぼうけんたんを語るにおいて、彼の出生しゅっしょうの秘密から長々と紙幅しふくをさくことは少しもやぶさかではないが、ここでは割愛とする。


 ホーキーは貧しい村の出自である。特産物など何もなく、牧畜とたまに近隣の草食モンスターを狩人たちが持ち帰ってくることで成り立っている。自給自足、そんな村だった。村の若者たちはこの退屈極まりない閉じた世界の中で生きねばならない自身の不遇を嘆きつつも、かといって行動に移すこともなく、いつしかその退屈な風景の一部分と化していた。


 それが普通という環境の中で、ホーキーが何故、冒険者を志したのか。その嚆矢こうしとなった出来事について、読者諸賢は興味の種が尽きぬ事だろう。だが、それを語るには、いささかページの余白が狭すぎる。これも遺憾ながら割愛とする。


 <中略>


 ホーキーは後に述懐する。


 ――そう、あれは私が、冒険者という大志を抱き、認定ダンジョンへ挑戦した時のこと。ある奇妙な2人組がいたのです。


「なぁ、お前、それ苦しくねーの」

「もちろんくる……な、なんのことでしょうか。言っている意味がわかりませんね」

「や、まぁ顔隠さないとやべぇってのはわかんだけど。にしても、もうちょっとマシなの……」

「い、い、いいではないですか。これは私の善行ぜんこうに対する正当な褒賞ほうしょうとして頂いたものです!! とやかく言われる筋合いはありませんっ」

「へいへい、そうすか。っつか、お前いつまでついてくんだよ。なに、なんなの、お前は俺の何が目当てだよ。金か、身体か」

「ちち違います。誰が金銭に目がくらむような浅ましい人間ですかっ」

「身体か」

「もっと、ある訳がないでしょうっ!! 元からあなたの評価は最低ですが、たった今、それが更に下に更新されましたっ」


 最初こそ同じく冒険者志望の若者が痴話喧嘩ちわげんかでもしているのかと思い、つい聞き耳を立ててしまったのですが、


「私とて、はなはだ不本意ですがこっちの方向に行かねばならない気がしてるんですっ」

「は? じゃおら、こっから二手に分かれてんぞ。俺は右行くから、お前、左な」

「何故、あなたが決めるんですか!! 私が右へ行きます。あなたが左です!」

「ん。じゃーな。それでいいわ」

「えっ、あっ、…………うぅ……、そうだっ、わ、私も、左に行く用事を思い出しましたっ。て、ああっ、なに全力疾走してるんですかっ、待ってくださーいっ」


 そんなやり取りの後で、彼と彼女の声は遠ざかっていきました。


 あの奇妙な2人組は一体なんだったのだろう。いまだに時折、思いをせてしまうのですよ。私のように、彼らも無事、冒険者になれたのだろうか。とね。

 ……いや、無理かもしれないですね。


 何故なら、左に行っても行き止まりなことは私が確認済みだったので。




   ハフィントン・ハリス 著『ホーキー、英雄を語る』より抜粋





    ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×





 そもそも。

 契約コントラクトには代価がつきものだという。


「常識だぜー?」


 いや知らねーよという抗議の念はメイに届くことなく、瞬は大金を詰めた鞄でも運ぶかのような足取りで進んでいる。もちろん運んでいるのは現生げんなまなどではなく、生物なまものである。


 ぬいぐるみのように瞬の胸元に抱きかかえられたガンモは、何これ……という表情かおをしていた。


「うー、ずるいっす」


 それを見上げる形で、恨めしそうにこぼすサロモンに瞬は無言で親指を下に向ける。色々と限界突破しているのだこちらは。というかそもそも、こいつが指環ゆびわを持ってきたことに事の発端はあるのだ。


 メイの説明を受けて、自分の状況を頭の中でまとめる。


 サロモンの持ち寄ってきた指環をつけた結果、ガンモと瞬の間で契約コントラクトが交わされた。本来ならば、契約コントラクトは精霊とか神獣とか本当にいるのか疑わしい超常存在に対して行われるらしいが、瞬の運命のお相手はサルだった。


 ここまでで頭がおかしくなりそうだったが、無理を承知で思考を続ける。


 結果として、出来るようになったことといえば、

 ・ガンモの思考や感覚を知覚できるようになった。

 ・どんなに距離が離れていても、来いと念じた瞬間にガンモを眼前に召喚することが可能になった。


 そして、その代価として——命の共有。つまり、一蓮托生いちれんたくしょう。すなわち、お前の命は俺のもの、俺の命はお前のものという劇場版的ジャイアニズムである。


「割に合わなすぎるでしょ。ありえない。絶対にありえない……」


 言ってみれば、ガンモはもう第二の心臓のようなものである。自分の心臓に足が生えて、スクランブル交差点を元気に走り回っている光景を目に浮かべてみればいい。いつ蹴飛ばされるのか、いつトラックにかれるのか危なっかしくて、見てられない。


 だから、こうして瞬は抱きかかえている。


 もうずっとドン底気分の瞬に唯一救いがあるとすれば、メイが最後に付け加えた、


「まぁ命の共有に関しては、推測だがね。検証するなら、どっちかが死んでみるしかない」

 という言葉だ。試してみる気はさらさらないが。まだ確定していないだけマシだ。そう思わないとやってられなかった。


 サロモンたちと出会った石柱の並ぶ部屋を奥に進む間もため息はつきない。もういい加減、日の当たる場所に帰りたい。この世界の唯一の良心とも言えるシャノンの癒やされる笑顔が見たい。


 はぁ。


 いったい何分ぐらい歩いたのか。時計がないせいで時間感覚が麻痺している。腹の空き具合から推測する限り、夕方過ぎくらいなのではないか。はたして、今日中にこのダンジョンの最深部にたどり着けるのか。一夜を過ごす気は全くなかったのに、その可能性も大いにあり得てきたことに、既に50回を超しているため息が追加される。


「ご主人、見えてきたっすよ。あれっす」


 先導するサロモンが指さす方向へと目を向ければ、とうとう部屋の果てに着いたのだと悟る。


 そこには見上げるほどにデカい扉があった。


 石柱が脇を固め、手前には石段が用意されているあたり、たたずまいが完全に古代のそれである。


 やさぐれたトーンで、

「ああもう、やだ。絶対、この向こうになんかいるよー……」

「そっす。吾輩がドラゴンとまみえたのもこの向こうっす」

「うるさいな、そういうことじゃないんだよっ!! もう僕は学んだんだよ、こういうの前フリなんだよっ!!」


 情緒不安定にわめく瞬をよそに、喜々としてメイは扉へと駆け寄っていく。これはいい仕事してますねぇ~とでも言い出しかねない手つきでぺたぺたと扉を触っては、上機嫌に鼻歌を歌っている。


 この人ときたら……と瞬が眉間を揉み込んだ時、その鼻歌がやみ、


「ようし早速、開きたまえ。デビロー」

「ひょっとして、それって吾輩のこと、っす?」


 何故、こっちの方へ確認してくるのかがわからなかったが、そうなんじゃないのと答えておく。


 名前で呼んでもらえなくとも、少なくても存在を認められたことに感動したのか、目元をうるませてサロモンはメイの隣にまでダッシュで向かうと、


「"魔掌の鼓動デヴィコード"!」


 扉に手をついて、そうとなえた。


 本当に開くのかと半信半疑だった瞬も、やがて轟音を立てて扉が開き始めたことで心の準備が出来ていないことに慌てる。


「ふふん、この扉は"開放的"なヤツみたいっす。前も結構チョロかったっす」

「意思を持たせる、ね。案外、掘り出しもんだな」

あねさん。もっと褒めってくださいっす。ご主人もほらほら〜、そこの小猿より吾輩の方が役に立つっすよ〜」

「はいはい、偉い偉い」


 半開き程度に奥に向かって開いた扉から手を離したサロモンは、ドヤ顔でガンモに対し自身の有用性を示してみせるが、どうでもいいわとガンモはガンモで素っ気なく顔を背けていた。実際、そう思っているらしい。


「えと、一応、聞くんですが、……行くんですよね?」


 拍子抜けするほど簡単に開いてしまったことに瞬は戸惑いつつ、メイに尋ねる。願わくば、首を横に、


「野郎ども行くぞー」

「おーっす!!」


 無視シカトだった。


 ドンマイだ。と腹をパシパシしっぽで叩きながらガンモが慰めてくる。瞬はそっと目尻をぬぐい、吹っ切れたような笑顔で「みんな死ね」と口にしてから、後に続くのだった。








    ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×







 祭壇だった。しかも巨大な。


 大いなる何かをあがめ、たてまつるようにこしらえられたその威容に、瞬は飲まれている。これが通常の反応だろうと思うが、お隣のメイは目を細めてガンを飛ばしており、サロモンはサロモンでおっかなびっくり周囲を警戒している。


 確かに、サロモンの話を信じるなら、ここにドラゴンがいるはずで呑気に感嘆の声などを上げている訳にはいかないのだが、肝心なその姿が見当たらないのだ。まさかドラゴンというのだから、手乗りサイズということもあるまい。それが知識にあるドラゴン通りとするなら、この祭壇のある部屋に巨体の隠れる場所のない時点で、瞬が「これ、もしかしていないんじゃないの」と判断したのも無理からぬことだった。


 それよりも、

「……何度見ても、すごい」


 まるで樹のうろのなかに作られたように思える。そんな縁取りがなされている。


 これが地球に存在していたら間違いなく世界遺産に登録されているはずで、やっぱりこの自分の反応こそが普通だと瞬が再確認したところで、腕に抱えたガンモの三つ叉の尻尾が急にピンとはねた。


 なんだ、と背後を振り返った時、――影が伸びていた。

 

 その黒い人型を手前の頭から足下へと逆になぞっていけば、


「きみは……」


 少女がいた。


 しかし、どう見ても普通の少女ではない。あどけなさの感じる少女は、古代のドレスといった風合ふうあいの薄衣を鎖でもって乱暴に身体に巻き付けてある。これが普通の少女だというなら、一周回って時代の最先端を行きすぎだ。誰もまだついていけてない。


 逆光に立つお陰で、若干ながら凹凸おうとつのないなだらかな身体のラインが透けて見えて、ドキリとする。

 

 だが、そんな浮ついた気持ちを一瞬で地面に叩きつけることに気づいてしまう。


 少女は裸足はだしだった。


 ひょっとして。

 自分が危うくされかけたように、どこかで身売りされた奴隷の少女が絵に描いたようなひどい仕打ちを強いる主人の元から命からがら逃げてきたという希望的観測が瞬の脳内では湧き起こるが、反対多数で即却下されていた。


 ありえない。

 いや、そもそもだ。普通の少女は認定ダンジョンこんなところにいるはずがない。裸足とかダンジョンをなめすぎている。


 そこにようやく思考が行き着くと同時に、警戒心を剥き出しに総毛が逆立ったガンモがうなり声を上げる。


「ふふん、勘づくか。存外に賢いヤツよのう」


 和室で例えようものならちょうど敷居をまたいでいた少女は、やおら室内へと歩を進めてくると、後ろ足で、


 扉を蹴り飛ばした。


「う、嘘でしょ……」


 ちょっとしたオフィスビルはあろうかという石扉は、元からそういう仕組みであったかのようなとんでもない勢いで閉まった。


 確かめるまでもなく、その質量たるや推して知るべしである。何度かまばたきをしても、特撮映像でも見せられたような感覚が拭えない。


 横から聞こえたのは小さな舌打ち、


「やられた」


 メイの一言に遅れて、瞬も自分たちが閉じ込められたことを悟る。唯一の出入り口を塞がれれば、ただの袋のネズミでしかない。


「留守中に断りもなく、ここに入りおって。よいか。怒っておるよ。わしは」

「はわ、はわわわわ……」


 大口を開けて、今にも白目を剥きそうなサロモンの反応を見る限り、やはりこの少女が、


「とゆーか、もう少し驚いてもよくないかのう。せっかく、親しみ深く人のなりをしてやったというのに」


 ドラゴンだというのか。


 想像していた、ザ・バケモノといった印象の竜ではなく、この華奢きゃしゃな少女が。


「まぁ、単刀直入に聞くけど、おたくがドラゴン?」


 聞いた方がはえーやと言わんばかりに口を開いたメイに対し、少女は、


「うむ。いかにも。わしがドラゴンじゃ」

 鷹揚おうように肯定する。


 一歩進み、


 瞬たちの背後の祭壇を見上げながら、

「何年ぶりじゃろうか。ここに人が訪れるのは」


 また一歩、


「うむ、いかんなー。やはりたまには外に出ねば。時の流れというものを忘れてしまう」


 徐々にそれは独り言じみてきていたが、


「おお、そこのコアデビルのちっこいの。久しいな」

「うひぃっす。おおお、ほ、本日はお日柄もよくっす!?」


 サロモンの姿を認めるなり少女は気安く片手をあげる。だが、当の本人は格上過ぎる存在に声をかけられてしまったかのように、直立不動で当たり障りのないことを口走っていた。


 意に介した様子もなく、少女は次に瞬とガンモへと目を移し、


「ほう、わしのやった、血契りの指環ザインリング。この人のわっぱに渡ったのか」

「ザ、ザインリングって……」


 これのことかと瞬が自分の指環を見つめると、


「結構なレアモンじゃぞ。それ。条件が整えば、わしとて危うい」


 呵々ギャギャと耳障りな声をあげる様は、人ならざるものの笑い方だと受け取らざるを得ない。未だかつて、あんな笑い方をする女の子は瞬も見たことがなかった。


 距離にして、約20歩。その間隔を開けて、少女は構えも何もなく腕を垂らしたままの状態で立つ。相対してみると背筋が勝手に伸びてくる。まるで、脅威というよりも畏敬いけいの対象を前にしているかのように。


「さて、ぬしたちの目的を問おうか」


 ここに何をしにやってきたのか。

 質問に拒否が許されるような雰囲気ではない。何より、少女の瞳に見つめられると、不思議と勝手に話したくなるような気がしてくる。


 息を吸い込んだ瞬間、


「力がいる。可能な限り、早く。そのために実績が必要だ。だから、――早い話が死んでくれない?」


 メイがブッ込んでいた。

 隣では瞬が、アンタ何言ってんのおおお!? と飛び出そうな目で驚愕きょうがくしている。前からこの人何かおかしいと思ったら、頭がおかしかった。


 早い話が死ねと直球で投げ込まれた少女は、しかし愉快そうに、


「大胆じゃのー、わしを殺して、名をとどろかせたいと」

「新米冒険者兼竜殺しドラゴンスレイヤーとかわかりやすい基準じゃん。これ以上ないってぐらいの足がかりでしょ?」

「確かに確かに。その齢で、人の歴史に名を刻めるかもしれん」


 二人して殺伐とした会話をしているとは到底思えない、なごやかな笑い声が響く。その都度、瞬の胃袋と心臓が縮まっていく。


「ま、そりゃ無理じゃろ」

「ですよなー、まっ、出来たらそれがベストだけど」


 笑い声の合間に刺し込まれた断定に、メイもにこやかに頷く。


「じゃあ、どうすればいいかな」

「それをわしにただすのか?」

「うん、最善がダメなら、次善にすがるよね」


 こらえきれないとばかりに吹き出すと、少女はヘタしたらこれで死ぬんじゃないかというくらい笑い続ける。


「いやいや、面白い。兎角とかく、人は愉快じゃて。無謀むぽう愚昧ぐまいも人が故。蛮勇ばんゆう血気けっきも人がよし


 ひとっ飛びだった。


「――その心意気に免じて、やってみるかの?」


 20歩分の距離を一息で詰めた少女は重力をまったく感じさせないままふわりと瞬たちの眼前に立つ。


 冗談でしょと生唾を飲み込む間にメイが、


「へぇ、何を?」

「一度でもわしに触れることが出来たら、ぬしらの勝ち。わしはこの人形ひとなりのまま、かいなも使わんでよい。まぁ一種の手遊てすさびじゃな」


 完全な舐めプレイナメプ。そんな言葉が瞬の脳裏に浮かぶ。


「さわれば、いいんだ?」

「うむ。逆しまに言えば、触れられねば負け、じゃな」

「だってさ、シュン」


 は、と思った。なんで僕に振るの、と。


「あー、ちなみに触れる場所はどこでもよいぞ?」

「ダーシュン、サイテー」

「いやだから、なんでそんな僕を、真っ先に胸を狙いに行くようなエロガキに仕立て上げようとしてるんですかっ!?」


 誰がさわれと言われて、すぐさま胸に手を伸ばすような輩だというのだ。いや、興味がない訳ではなく、むしろ興味津々な訳なのだが、それはそれ、これはこれだ。名誉毀損で法廷で一騎打ちを挑んでやろうかと思う。


 しかし、イジるだけイジっておきながらメイは話をまとめようと、


「それで、うちらが負けた場合は?」

「ここから出さん」


 遠回しでありながら明確な。

 死刑宣告に一瞬ゆるみかけた心が凍る。

 ちょっと待て、なんだその命を賭けたリアル鬼ごっこは。誰もやるだなんて言って――





呵々ギャギャ、さぁさ、遊戯の時間じゃよ」

 

 はずむ声によって、開始が告げられる。


 



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