【020】「さ、商談を進めようぜ?」

 鍋太郎を伴い、イーワンとファイは商会の荷揚げ場へと向かう。

 クーメルは交易都市として発展してきた街だ。当然ながらそのクーメルで街を見下ろせる一等地に店舗を構えるシラタキ商会の荷揚げ場は立派なものだ。

 搬入口は大きく開かれており、濁流のように様々な品物を乗せた商人たちが押し寄せていた。あちらこちらで男たちの声が響き、品物が溢れるように商会に運び込まれている真っ最中だ。

 石材や袋に詰められた穀物、甘い香りを漂わせる林檎りんごなど一見して分かるものもあれば、何やら不気味な彫刻を施された木像のようなもの、それどころか 何に使うのか皆目見当のつかない謎の円盤なども散見される。


「おおい、そっちの酒樽はこっちに積んでくれ!」

「ようこそ、シラタキ商会へ。今日はどのようなご用件で?」

「おお、これは良い靴ですな。いつにも増して良い出来だ!」


 あちらこちらで競い合うように商人や商会の人間たちが声を張り上げている。

 人々の往来が激しいのは景気の良い証拠だ。見ているだけでも熱気が伝わるようなこの活気はそれだけで気分を高揚させる。気を抜けば財布の紐が緩むのは抑えられそうにない。


 その節操のなさは商人たちにも表れており、肌の浅黒い南方の出身らしきものもいれば少ないがエルフも見受けられた。もちろん隣にいる悪趣味を煮詰めたようなエルフはいないが。というかいたらこの世の終わりだとイーワンは思う。

 ちなみにドワーフはファイひとりだったが、竜の鱗と尾を持つ半人半竜のドラコニアンならばいた。

 そんな多種多様な商人たちがイーワンたちを見るなり、サァッと潮が引くように道を開けた。正確にはイーワンたちではなく、後ろにいる鍋太郎だ。


「ホラホラ、サボってんじゃねーぞ。仕事仕事! 俺様の財布から出る金が欲しいんだろうが! 働け働け! 俺様に金を持ってこい! 稼がない商人なんざ藁クズ以下だぞォ!」


 バンバンと乱雑に叩かれた手と商会長ギルドマスターである鍋太郎の一声によって、商人たちは我に返って商談へと戻っていく。

 人混みに紛れて誰とは知らないが舌打ちの声が聞こえたのは気のせいではないだろう。


「さて、それじゃあ品物を見させてもらおうか。ファイの商品はどこだ?」

「こ、こちらです」


 慌てて案内の下男が一行を案内する。

 この破天荒な男に振り回されているのかと思うと不憫に思う。

 鍋太郎が肩で風を切りながらファイの荷猪車にちょしゃに近づけば、荷車に繋がれた鉱山猪こうざんイノシシが牙を剥いて威嚇する。


「クハハッ! いつ見てもイノシシが引いてんのウケるわ! おーおー、食ったらウマそうだな、クハハハ!」


 口角を歪め、金歯を見せながら鉱山猪こうざんイノシシを撫でようとする鍋太郎をファイがたまらず止めに入る。


「……冗談でもやめてくれるかい。そっちは商品じゃないんでね」

「おっと。そりゃ悪い悪い」


 明らかに鉱山猪こうざんイノシシは怯えていた。いきなり金歯のエルフが迫ってきたらイーワンだってビビるだろう。

 というか無駄にインパクトがあり過ぎる。なまじ口を閉じていれば一見、魔術師然としたエルフに見えるのが悪質だ。

 イノシシをからかうのもそこそこに鍋太郎が荷台へと手を伸ばす。

 荷台は積め込めるだけ白晶犀はくしょうさいの素材が積み込まれている。


「どれ……」


 鍋太郎はそれらを軽く一瞥し、手を伸ばす。

 手に取ったのは白晶犀はくしょうさい膀胱ぼうこうだ。ファイが積み込む素材を選んだ際に面食らったものである。

 しかし膀胱は伸縮性に優れ、その器官の都合、水を漏らさない。傷の無い膀胱は水筒を始め、様々な用途に用いられるという。

 特に魔物、モンスターの膀胱は牛や豚のものとは違い、水だけでなく魔力も漏らさないという。その為、魔力の質を維持する品物――具体的にはポーションの類などの持ち運びに重宝されるという。

 イーワンもファイから聞いて初めて知ったのだが、ポーションに限らず魔力を通わせた魔道具の類はちゃんと保存していないと劣化する。魔力が溶け出すとも気化するとも言われているが、とにかく専用の容器で保管しなければいけないのは確からしい。

 これもゲームではなかった仕様だ。ファイによれば酒をベースにした物であれば劣化はいくらかマシになるそうだが、まさか戦闘中やダンジョンの探索途中に泥酔するわけにもいくまい。


 鍋太郎は白晶犀はくしょうさいの膀胱をしげしげと眺め、そして舌を伸ばして軽く舐める。イーワンは控えめに表現してもドン引きである。

 しかし、その眼差しに先ほどまでのいい加減な雰囲気はない。


「血と尿の香りが多少残ってんな。洗いはしたが、乾燥が足りてない。お前、魔術の火使って乾かしたな? ドワーフ臭いぞ」


 赤い舌がちろりと金歯をなぞり、背の低いファイを見下す。


「っ……あぁ、昨日仕留めたばかりの獲物でね。肉や肝もあるから速さを優先したんだ」

「だろうな。火の魔力に当てると中身にちょいとだが魔力が移る。回復用のポーションなら問題はねェが水の加護薬辺りに使うと劣化する。その分、値段は差っ引くぞ?」


 鍋太郎の言う通りだった。

 本来なら天日でしっかりと乾燥させ、革などと同じように加工するのだが一晩では渇き切らずファイが魔術で火を作り、乾かした代物である。

 ファイは小さく唾を呑み込み、鍋太郎の言葉に小さく頷く。反論できなかったからだ。


 まさしくイーワンが鍋太郎を苦手とする所はこういう点だ。

 鍋太郎は商人である。

 金を儲ける為ならば文字通り、手段を選ばない。血と尿が残っているかどうかを舌で確かめることを躊躇わない男だ。それが儲かるならば屍肉しにくだってこの男は喜んでむだろう。

 そして鍋太郎はAWO最大の商業ギルド『シラタキ商会』をまとめ上げるギルドマスターだ。趣味は悪くても無能のはずがない。

 むしろ、鍋太郎の異常さはそこにある。

『シラタキ商会』が扱う物流、財産はAWO全体のおおよそ6割とまで言われてた。

 そこに所属するのは鍋太郎のように単に商いを専門とするプレイヤーだけではなく、ポーションの精製や武具の製造などを行う生産者クリエイターたち、その生産者クリエイターたちが使う材料をダンジョンなどから調達してくる狩人ハンターたちと多岐に渡る。

 その全てがシラタキ商会に席を置いているわけではないが、関係の深いことは間違いない。そしてその人数は規模に比例するほど膨大だ。


 鍋太郎は


「まぁ、その分、ナマモノの鮮度はいいな。これならウチですぐ卸してやれるな」


 だからイーワンはこの男が苦手なのだ。

 自分自身の隔絶した盾役タンクとしての防御技術とPlayerversusPlayer経験を勘定に入れても、イーワンはサーバーランク第十位。

 鍋太郎はサーバーランク第五位――5つも開きがあるには理由がある。

 イーワンは確信している。

 この鍋太郎もまた立派な『バケモノ』の1人だ。


「クハッ! なんだよ、その顔。さ、商談を進めようぜ?」


 こと金勘定において、鍋太郎は心底愉快そうに金歯を剥いてわらうのだ。


「こっちは相場の1.5倍……他の革やらも全部ウチに卸すんなら1.8倍で買い取ってやる。どうだ、悪い話じゃないだろ? 一応、確認だがまだウチ以外の商会には顔出してないんだろ?」

「あ、あぁ……元からそのつもりだよ」

「だよな。これだけの量、一括即金で払える商会なんてウチ以外ねェからな。で、代金はどうする? 商品で受け取るならいつも通り安くしとくぜ」


 シラタキ商会が他の商業ギルドよりも遥かに規模が巨大な理由がこれだ。

 原材料の調達、商品の生産、客への流通……それらをひとつのギルド内で完結させることで、鍋太郎は所属する商会員ギルドメンバーへ明確なメリットを提示する。

 狩人ハンターたちは調達してきた素材を買い取ってくれる生産者クリエイターを探しており、生産者クリエイターは自分の必要な素材を調達できる狩人ハンターを探している。

 シラタキ商会に所属していれば狩人ハンターたちは商会に一度売り払い、生産者クリエイターたちは商会から買えばいい。

 そうして生産者クリエイターたちが作った品物は同じプロセスを経て、ほかのプレイヤーたちの手に渡っていく。

 そして商会内でのやり取りを完結させれば、今のファイのように便宜が図られるわけだ。

 シラタキ商会に所属していなくても購入と売買のほとんどは商会を利用する、というプレイヤーはとても多い。その方が得であり、便利だからだ。

 

 それが『シラタキ商会』という巨大な怪物だった。


 その在り方は本来のギルド――徒弟制度や技術の独占――よりも近代経済におけるグループ企業に近い。現にシラタキ商会は大小様々な狩人ハンターギルドや生産者クリエイターギルドとの関係も根深い。

 そしてそれは顧客にも影響する大規模戦闘レイドボス攻略際などにはどうしても千単位、場合によっては万以上のアイテムが必要になることも少なくない。

 そういった大口需要に耐えられる規模があるのもシラタキ商会の強みだ。


「しかし、テメェはまだ北にいると思ってたぜ、イーワン。まさかこんなところで女を引っかけてるなんてなァ。この白晶犀はくしょうさいを仕留めたのテメェだろ?」


 鍋太郎は余計な一言のせいで隣にいるファイの視線が鋭くなるのを感じるが、十中八九わざとだろう。コイツはこうやって場をかき乱すのが大好きなヤツだからだ。


「まぁね。よく分かったな?」

「そりゃあ分かるだろ。この辺のモンスターはヌルいからな。ここらを縄張りにしている冒険者じゃこうはいかねえ。ましてやこん使いなんて変わり者、そうはいねェよ」


 鍋太郎の言う通り棍の使い手は少ない。

 打撃武器はゴーレムのような無機物、一部の龍種など刃が通らない相手には有効だが、モンスターの主流はやはり動物をモチーフとしたものが多い。そうなれば手や足、モンスターによっては触手などの厄介な器官を切り落とす事ができる刃物が有利だ。

 また打撃武器の多くはその攻撃力が武器の重量に比例する特徴を持つ。先述したような打撃武器が有効なモンスターの多くはHPが多く、タフなモンスターがほとんどであるため、打撃武器はその威力を求めて大型のものが主流だ。戦槌ウォーハンマー金砕棒かなさいぼうのようなものがやはり人気がある。

 棍はその点、長柄という特徴があるが大型の打撃武器はそれだけで長大なリーチを持つこともあり、軽いという利点も槍にとって代わられがちな今一つパッとしない武器である。

 ちなみにランカーで棍を使うのはイーワンだけだ。


「あん? んだこりゃ。魔刀ソローヤ? おい、なんでこんなモンがここにあるんだ?」

「商会長、知っているかい? そりゃ道中で襲ってきた盗賊が持ってたもんだよ」


 素材に紛れ、乱雑に積まれた魔刀ソローヤを鍋太郎は掲げる。

 このソローヤは昨晩、イーワンとファイを襲った盗賊が使っていた得物だ。俗にシミターと呼ばれる片刃の剣であり、その刀身は剃刀のように薄い。

 恐ろしい切れ味を誇り、『接触した装備の耐久度を大幅に削る』という特殊能力を持つ廃人ハイエンド級装備である。

 持ち主には逃げられてしまったが、この魔刀を取り戻す余裕はなかったのかイーワンの手元に残ることとなったのだ。


「知ってるも何もこりゃ、ウチの商会で扱ってた代物だ。2785日に隊商が盗賊に襲われて、以来足取りが途絶えてた商品だ」

「日付覚えてんのかよ、気持ち悪っ」

「テメェ、本当に男には容赦ないな……これも買い取りでいいか?」


 ファイがちらとこちらを視線を投げかけるがイーワンは軽く首を振り、興味がないことを伝える。

 イーワンには自分の武器があるし、ファイは魔術師だ。上等な代物であることは確かだが、無用の長物には違いない。手放すことに異論はない。


「金貨2800枚だが現金だと嵩張かさばるだろ。証券でもいいか?」

「にせッ……!?」


――何を言ってるんだ、コイツは。


「冗談はやめろって。ファイちゃんが本気にするだろ」

「クハッ! 悪い悪い、ついな」

「……まったく。性質の悪い冗談はよしてくれよ。人が悪い……どさくさに紛れてちゃん付けするのはやめな、イーワン」


 からかわれたことに気付いたファイがガックリと肩を落とすが無理もない。


「オレがいるんだからそんな誤魔化し、通じるわけないだろ。チャチな嘘つきやがって」

「そう言うなよ。ちょっとした冗談だよ、冗談」

「まったく……」


 これだからコイツは嫌いなのだ。


「桁がひとつ足りない。金貨2万8000枚だ」

「そりゃ二刀揃ってだろ。2万5000だ」

「チッ……分かったよ。ファイちゃん、それでいいか……って大丈夫!?」


 金額がまとまったと思ったら遠い目をしてふらりと脱力し、崩れ落ちるファイを咄嗟に抱き留める。


「……アタシをちゃん付けすんな」


 どこか遠い目をしたファイは辛うじてそれだけは抗議した。

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