第12話 フードを被った三人組

 スポルコの店から出ると、オレは通りを歩いていたミュルとはち合わせた。ちょうど良かった。急いで罰ゲームの様な酒と、それに見合わない代金と引き換えに得た、有力な情報を伝えて驚かせてやりたい。それだけが今のオレの心を救ってくれる。だが、その気持ちをグッと堪えて冷静ぶる。


 「ほう。何か手掛かりでもあったようだな」


 何故かばれた。ミュルはオレの顔を見てそう言うと『ここじゃあ何だな──』と言って歩き始めた。どうやら場所を移して話をする気らしい。どこへ向かう気なのだろう。しばらく歩くとミュルは一軒の店の前で立ち止まった。どうやら酒場の様だが、時間が早いせいか人影は見えない。


 「やってるだろうか──」

 「ここは?」

 「例の魔物が出たと言う酒場さ」

 「こ、ここが──」


 オレはミュルの後について恐る恐る中へと入る。薄暗い店の奥の方には、まだ壊れたテーブルや椅子の残骸が積まれたままになっており、柱や壁にも魔物のものと思われる大きな爪痕が残っている。


 「誰?」


 カウンターの奥から現われたのは女性だ。緑色の肌にカールした長い黒髪、コボルトの女だ。コボルトとオークは種族としての特徴として、圧倒的に女性より男性の方が多い。とくにこの様な商売の店で女性のコボルトに会うのは、オレにも初めての経験だった。頭に巻かれた包帯には微かに血が染みている。先日の事件に巻き込まれたのだろう。


 「店はやってるのかい? 怪我をしてる様だが?」

 「ああ。大した事ないさ。店はこの有様だけど酒ならあるよ」


 コボルトはどうやらこの店の女主人らしい。ここでさっきのアグロザワー酒の嫌な記憶を洗い流したいオレは、ここぞとばかりにアンブラベル酒を置いているかを聞く。ミュルは意外そうな顔でオレを見ると『儂も同じものを貰おう』と言ってカウンター席に腰を掛けた。すぐに並々と注がれた琥珀色の液体の入った器がオレたちの前に出され、まずは一口とばかりに口から迎えに行くように器からアンブラベル酒を啜る。ああ、これだ。鼻をくすぐる芳醇な香り、口に広がる深い味わい。


 「サトウ、儂の方もいくつか解った事がある」


 アンブラベル酒の余韻が口から完全に消える前にミュルが口を開いた。


 まず最初に、フードを被った三人組はまだこの街にいる可能性が高いと言う事。昼前に街中で見掛けたと言う者がいたらしい。次に三人組みの中の女性だが、どうやらその女性もエルフらしい。仮面を外している姿を見掛けた者がいたのだ。しかも、その深紅の仮面は、近くの民宿の軒先に宿泊可能の印としてぶら下げていた、トゥータの祭りの仮面が盗まれたものらしい。更に男のエルフが深紅の仮面をした女性を『姫様』と読んでいるのを聞いた者がいると言うのだ。


 その聞き込みの成果は、オレが自信満々で伝えようと思っていた内容が色褪せる様なものだった。


 「まだこの街にいるなら会えるかも知れませんね」

 「ああ。宿屋と民宿を当たればきっと宿泊した形跡があるはずだ。サトウ、そっちはどうだった?」


 魔物はシュヴェールを狙っていたらしいとか、どこから現れたのかは解らないが影の中に姿を消したらしいとか、ミュルの話しを聞いた後では言い出しにくい。もったいぶらずにオレが先に言えば良かった。そんな後悔をしながらミュルに聞き込みで解った内容をしぶしぶ伝えた。


 「と言う事は──、あのゲヘルトの魔女の言ってる事は本当だったのか」

 「そ、そうなんですよ。この酒場を滅茶苦茶にしたのはシュヴェールさんじゃなかったんですよ」

 「しかも、何者かに命を狙われている──」

 「はい。恐らく」

 

 ミュルは静かに考え込む。三人組が嘘の証言をしたのは何故だ──


 拘留されたシュヴェールをゲヘルトでは、どういう理由か身元の引き受けを拒んだ。ゲヘルトのエルフ社会が堕ちた者を受け入れないのは解るが、ゲヘルトが引き受けを拒否すると言うのは不自然な話だ。このままではシュヴェールは明日の夕刻過ぎには、首都ベスティアへ移送となる。


 「ミュルさん、やはり三人組を見付けないと話が進まない様ですね」

 「その様だな」 

 「アンタたちあのフードを被った三人組を探してるのかい?」


コボルトの女主人がオレたちの話に割り込む様に話した。


 「ええ。この店を滅茶苦茶にした魔物を呼び寄せた、真犯人を探しているとこなんです」

 「あの魔女が呼び寄せたんじゃないのかい?」

 「どうやら違うみたいなんです」

 「じゃあ、あの魔女は人違いで捕まったのかい。そんな──」


 コボルトの女主人は驚いた表情を浮かべると、すぐに拘留場のシュヴェールの事を思い気の毒そうに表情を曇らせた。


 「それで証言をしてくれた三人組に、もう一度ちゃんと話を聞きたいんです」

 「そうそう。まだいるかは解らないけど、あのフードを被った三人組の一人が、ボーネンの宿に入って行くのを昨日見掛けたんだ。もしかすると──」

 「まだいるかも!?」


 オレとミュルはお代を払うと、すぐに店を飛び出した。店の戸口でコボルトの女主人が『アンタたち、しっかり真犯人を見付けておくれよ!』と手を振りながら叫んでいる。


 ボーネンの宿はノルイドで最も高級な宿だ。他の宿のほとんどが四人部屋や大部屋での相部屋なのに対し、この宿はほとんどが個室になっていた。そして、一階にある食堂は、他の安宿にある様な柄の悪い酒場とは比べ物にならない。当然ながらその分、料金も高い。その様な宿に泊まる事が出来るのは、一部の限られた者たちだけだった。


 ボーネンの宿屋に入ると小さなホールになっており、その奥に受付がある。宿泊客はここで手続きを済ませて右手の階段から二階へ、食事に来た客は左手の扉から食堂へと進む。受付のカウンターの向こうには小奇麗な服装の初老のホビットが座っていた。そして、オレたちに気付くとすぐに立ち上がり『いらっしゃいませ』と口を開く。


 「ちょっと人を探しているんだが──」ミュルが問い掛ける。

 「と申しますと? おや、失礼ですが、もしや王者ミュルでは?」

 「王者なんかじゃない。今はただの老いぼれだよ」

 「おお。やはり王者ミュル! 若い頃は私も貴方に憧れたもんですよ」


 どうやら初老のホビットはミュルが闘技場の元王者だった時代を知る者らしく、興奮した様に当時の闘技場での思い出話を語り始めた。いくら元王者とは言え、闘技場の王者と言うのは二度の防衛に成功しただけで、そこまで有名になるものなのだろうか。オレが不思議に思っていると、初老のホビットは真剣な表情でミュルの手を掴み礼を述べ始めた。


 「当時、私たち家族が生き延びる事が出来たのは貴方のお蔭です」

 「いや、儂は何も──」

 「本当にありがとうございました。今こうして私がボーネンさんにこの宿屋を任される立場になれたのも、あの時の助けがあればこそです」


 当時、この辺りの街は天候不順で作物が上手く実らず、街の多くの者たちが食料不足に困っていた。そんな中、ミュルは闘技場で手に入れた金のほとんどを、首都ベスティアや隣国から食料を輸送するために使った。そして、その食料を困っている人たちへ配給した。更には、近隣の金持ちたちに呼びかけて資金を募り、自らも隣国まで足を延ばして食料確保に務め、金持ちたちの食料を確保するのと同時に、その一部を街の者たちへ分け与えてもらう様に交渉したのだ。


 『もしかして、ミュルってもの凄い方なのでは?』人の良いミュルらしいと言えばそうだが、オレは元王者だったと言う事を知った時以上の驚きを覚えると同時に、あまりの傑物ぶりに近寄りがたいものを感じた。初老のホビットが英雄を目の当たりにするが如く崇めるのも無理ない。


 「ところで、フードを被った三人組のエルフが宿泊していると思うんだが? 一人はエルフの女性で、後の二人は体格の良い男のエルフだ」


 ミュルは話題を変えるようにフードを被った三人組の件を切り出した。


 「ああ。シャルヴェール様の事でしょうか?」

 「シャルヴェール様?」


 いったい誰の事だ。オレとミュルは予想外の展開に顔を見合わせる。本来なら宿泊する客の話などしてはいけないのだろうが、ミュルに問われればそれは別格だとばかりに初老のホビットは快く答える。


 「ゲヘルトの祈祷王をご存じで? 」

 「祈祷王グランアヴニルか──」ミュルの顔に驚きの表情が浮かぶ。

 「はい。シャルヴェール様はそのご息女でございます」

 

 何を驚いているのだろうか。祈祷王とは誰だ。話がまったく見えないオレの視線を感じたミュルが、簡単に説明してくれた。祈祷王グランアヴニルとは、ゲヘルトの祈祷師たちの頂点に立つ存在であり、ベスティアでも有数の資産家であり由緒正しい貴族の一つだ。そして、フードを被った三人組の中の女性は、その祈祷王グランアヴニルの娘らしい。


 「それで、そのシャルヴェールさんたちは、こちらにまだ宿泊してるんですか?」

 「はい。ですが今はお出掛けになられております。じきに戻られると思いますので、よろしければ奥の食堂でお待ちになられませんか?」


 初老のホビットはにこやかに問い掛ける。しかし、オレの内心は穏やかではない。これは貧乏学生が小遣いを握りしめて、ドレスコードがあるような高級レストランへ入る様なものである。まったくの場違いだ。ミュルもそれは感じとってくれたようで『いや、我々には場違いな場所だ』とはっきり伝えてくれた。一瞬、初老のホビットの表情が曇る。すると、ミュルは『一つ頼みを聞いてもらえないだろうか』と続けた。


 「我々は向かいの酒場で祈祷王のご息女たちが戻られるのを待ちたい。もし、お戻りになられたら知らせてはくれないだろうか」

 「ええ。お安い御用です」


 満面の笑みで答えた初老のホビットに見送られ、オレとミュルはシャルヴェールたちが戻るまでの時間を潰すため、ボーネンの宿屋の向かいにある古ぼけた酒場へと向う。いつのまにか西の空に沈み掛けている陽が、ノルイドの街並みを朱色に燃える空へ真っ黒に浮かび上がらせていた。

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