第5話 異世界で就活

 『えぇ!?  そうだったんですか!?』天幕に素っ頓狂な声が響き渡る。それは他でもないオレの声だ。


 昨夜の格闘場でのひと時はこの世界へ来て以来、最高の一夜だった。目の前で繰り広げられる迫力のある戦いを観戦し、賭けにも勝った。獣との一騎討ちや不意打ちに次ぐ不意打ちなど、同じ戦いでも年末の格闘番組のように、リングの上で二人の格闘家が審判立会のもとに戦うのとはまったく趣向が違う。勝った金で闘技場の帰りに、少しばかり食料を調達することも出来た。おかげで今朝は少しだけ豪華な朝食になった。


 『賭けのチャンピオンが何を仰いますやら』オレのその一言がきっかけだった。昨夜の賭けで600オーロンの利益を得たオレは、この調子で増やせば10万オーロンも夢ではないと本気で思い始めていた。今思えばそれは、典型的な賭け事で身を滅ぼすタイプの思考だったのかも知れない。ミュルは謙遜する様に昨日はたまたま運が良かっただけだと言う。


 「賭けのチャンピオン? 何の事だ?」


 ミュルが怪訝そうな表情を浮かべ言った。


 「アルターさんが言ってたじゃないですか。チャンピオンって」

 「ああ、あれか──」


 ミュルは薬草の入った器をその場へ置くと、鍋から立ち上がる湯気をぼんやりと眺めながら、ぽつりぽつりと語り始めた。


 『今からもう30年以上前の話だ──』当時の闘技場は今とは少し様子の違う場所だった。使用されるのは闘技者自らが用意した本物の武器で、基本的に武器や防具への制限は設けられていなかった。そのため、中には殺傷能力の高い魔法効果を付与された特殊な武器や、異常なまでに防御力を高めた魔法効果を付与された特殊な鎧を使用する者まで現れた。それはもはや闘技者の実力によるものとは言い難い戦いであった。闘技台の上に慈悲などというものは存在しない。『参った』など口にさせる間もなく止めが刺される。血生臭く陰気な空気が漂い、そんな者たちの中から腕の立つ闘技者を、地位や金にものを言わせる者たちが自らの部下や護衛として雇い入れるための場所でもあった。


 そんなある夜、それは起こった。闘技台の上で間もなく、王者への挑戦権利を賭けた戦いが行われようとしていた矢先の事だ。街外れに住み家を作った荒くれ者たち20名以上が、徒党を組んで闘技場を襲ったのだ。目的は賞金と賭けに使われる莫大な金と、手頃な金持ちを人質にして身代金を奪う事。当時の闘技場には衛兵の数も少なく、刃向かう者たちは観客だろうが子供だろうが、関係無く次々と命を絶たれていった。


 闘技場の歴史上、最初で最悪の参事だった。闘技場はあっという間に制圧され掛けた。だが、たった一人の闘技者によって希望の糸は繋がれる。この夜、三度目の防衛戦を迎えていた若かりし日の王者ミュルだ。ミュルは闘技者として身体的才能には恵まれていなかった。加えて特殊な殺傷力を持つような高価な武器や、魔法により防御力を向上された防具を買う金も持ち合わせていなかった。しかし、コツコツと鍛錬を続け身に付けた、戦闘技術に加えて情報収集や戦略、状況判断には長けていた。決して一度の挑戦で王者になった訳では無い。何度も通い敗れても戦い、そうしてついに掴み取った王者だ。


 そんなミュルにとって闘技場は庭の様なものだった。罠を仕掛けたり、自らが囮になって誘いこんだりして、徒党を上手く分断させると、普通のナイフや中型剣で一人一人を倒していった。徒党の数が残り数人となったところで、ようやく近隣の街から保安委員の応援部隊が駆け付けた。こうして徒党たちの悪事は終息を迎える。


 その後、闘技場が再開された折には衛兵も大幅に増員され、様々な防衛技術も施された。しかし、そこに王者ミュルの姿は無かった。徒党との戦いの際に足に受けた酷い手傷が原因で、ひっそりと王者の座を後にする事となったのだった。


 目の前にいるオレより小さなボビットの老人が闘技場の元王者。俄かには信じがたい話しだが、それが真実だとすればアルターとの会話も全てつじつまが合う。と言う事は、オレは早とちりでミュルの事を闘技場での賭博のチャンピオンだと勘違いし、100オーロン負けた後に更に200オーロンを賭けたと言う事か。仰天して素っ頓狂な声を上げるが後の祭りだ。


 いずれにしろ結果オーライだ。気持ちを落ち着かせるように自分自身にそう言い聞かせる。


 「足の傷は未だに良くないんですか?」

 「いや、普通に生活するぶんには問題ないさ。ヴォーツェルの薬のお蔭だな。それに、歳を取ればどこかしこが痛んだりするものさ」


 ミュルはそう言って微笑んだ。


 「ミュルさん──」

 「ん?」

 「私が元の世界に帰るためには、やっぱり闘技場に出場するのが一番の近道なんでしょうか?」

 

 ミュルの顔が一瞬、真顔になった。しかし、すぐにいつもの呑気な表情に戻る。


 「儂には何が一番かなんて事は解らんよ。ただ、お前さんがやってみたいなら、出来るだけ勝ち残れるためのを手伝う事はできるがな」   」

 「準備ですか?」

 「ああ。準備を怠ればどんな強者でも勝利の可能性は減るからな」

 「そういうものですか──」

 

 オレは思い切って聞いた。


 「ちゃんと準備をした場合に、私が10万オーロンを手に入れる可能性はどれくらいでしょうか?」

 「それは王者になるという意味か?」

 「そうです──」


 ミュルは少し意外そうな表情を浮かべたが、すぐにオレの問いに答えた。


 「それは、かなり低いだろうな。予選通貨か1試合目くらいなら、なんとかなるかもしれないな」

 「ですよね──」

 

 ミュルの答えはとてもリアルなものだった。もし、そこで即座にミュルが『王者になれる』と答えられたら、逆に引いてしまったかもしれない。昨晩のロートとゴブレスの戦いを観た後では尚更だ。万が一、予選を勝ち残り1試合目を勝つと言う事は、1万オーロンを手にすると言う事だ。いきなり10万オーロンを手に入れるより、よほど現実的な目標でもある。まさかこんなスローライフな世界に来てまで金に困るとは思ってもみなかった。オレは悩み事をかき消すように食事を口へ搔き込んだ。


 「なあ、サトウ。体術の訓練をしてみないか?」

 「体術の訓練?」

 「ああ。サトウにとってこの世界は知らない事だらけのはずだ。いつか元の世界に戻るまで自分を守らなきゃいけない。だろ?」

 「たしかに──」

 「だったら、少しでも身を守る何かを見に付けておいた方が良いと思うんだが?」

 「それで体術を」

 「ああ。動きの基本の様なものだ」


 確かにミュルの言う通りだ。今のオレじゃあ闘技場どころか、道端で出会った小動物にすら狩られる可能性もある。 


 「お願いします」

 「よし、じゃあ、明日から朝食の前に訓練だ」

 



 朝食を終えるとオレたちは荷車を押して街へと向かった。ミュルは早朝から預かった物の修理に勤しんでいた様で、朝食前には昨日預かって来た歯車の修理を終えていた。オレたちは昨日と同じ様に鈴を鳴らしながら、街を歩き修理品を返して賃金を受け取りながら、ガラクタを回収して周った。


 修理した歯車を届けて糸巻き機を修理してやると織物屋のボビットの女性は大喜びしていた。修理の賃金は何故か硬貨ではなく織物で支払われた。ミュルも満足気にそれを受け取っていただけに、この世界では時と場合に応じて物々交換の様な事も普通に行われているのだろう。


 更に街を周りガラクタの回収をするとオレたちはゴミ山の天幕へと戻る。明日から訓練を始めると決まった事が、オレにとって不安だらけのこの世界での生活に活気と活力を与えてくれた。


 ひと仕事を終えてゴミ山へ戻ると、集めて来てガラクタの仕分けをする。この日は修理の依頼は少なかったが、ガラクタはそれなりに集まった。それが終わると、オレたちは昼飯の準備に取り掛かる。ミュルにの指示された野菜をオレが洗っているうちに、ミュルは粉に水を少し混ぜてこねている。干した肉と魚と水を入れた鍋を火に掛けて、沸騰したらそこにミュルがこねた粉を、ビー玉くらいの大きさに千切って軽く指で潰して入れていく。最後に切った野菜を入れてひと煮立ちしたら出来上がり。優しい塩味のほうとう鍋を思わせる。


 「サトウ、飯が終わったら働き口を見に行ってみないか?」

 「あ、はい! お願いします」


 いよいよオレもこの世界で就職活動か。何でもやる覚悟はあるが、手に職がある訳でも無いオレに勤まる仕事があるのだろうか。それに、この世界の事を何も知らないオレに支払われる給金が多い訳が無い。まさかそのまま永年勤続して、退職金を貰ってようやく10万オーロンが貯まった時には、65歳なんて事は無いだろう。そもそも退職金などと言う制度があるとも思えない。いったいどれくらい働けば10万オーロン貯まるのだろうか。頭に浮かぶのは疑問ばかりだ。




 ミュルとオレは街へと向かった。道すがらミュルが説明してくれたのによると、働き口の充ては二か所あるらしい。ひとつは仕分け作業で、もうひとつは皿洗いらしい。大口を叩く訳ではないが、それぐらいなら幾らなんでもオレにも出来るはずだ。


 オレらはまず街外れにある仕分け作業の働き口である養蟲場へやって来た。気の良さそうなホビットが作業場を案内してくれる。ここでは食用から加工品の材料となる数種類の蟲を飼っており、オレに与えられる仕事は蟲の仕分け作業だ。朝から夕方まで全身乳白色からやや茶色の混じった、大きめのイモムシを仕分けする。二人きりになったのを見計らってミュルがオレに『どうだ?』と問い掛けた。絶対に無理だ。何でもやる覚悟があるはずだったのに、見ているだけで吐きそうだ。でも、そんな事は口が裂けても言えない。


 「とりあえずもう一方の仕事も覗いて見るか?」

 「そ、そうさせてもらえますか」


 オレの様子を見て察してくれたのだろう。ミュルの助け船にすぐに乗ったオレは、もう一軒の働き口へと案内してもらう。一軒目の働き口の件は、特に気にした感じも無くミュルはどんどん街中を進む。そして、やがて飲食店が立ち並ぶ区域に入ると、しばらく歩いた先で立ち止まり『ちょっと待っていてくれ』と言い残して一軒の店へと入って行った。


 ミュルと一緒とは言えこの辺は、できれば早めに立ち去りたい場所だ。脳裏にオークに料理の材料にされ掛けた悪夢が蘇る。オレは慌てて仮面を取り出して着ける。万が一、あの人食いオーク共に見付かったら大変だ。


 いずれにしろ、こんな場所で働いていたら、いつかは見付かるに違いない。ひょっとしてこの状況は、リアル地獄逆戻りコースにリーチが掛かっているのでは。せっかくミュルが紹介してくれると言うのに、どちらも断るなどと言う選択は有り得ない。一つ目の働き口がで、二つ目がこの危険区域での仕事となると、かなり究極の選択の様相を呈してきた。


 オレが道端で一人で挙動不審気味にミュルの帰りを待っていると、何者かが背後からオレの背中を突いた。『ギュフッ!』驚き過ぎて思わず奇声を発しながら飛び上がったオレは、恐る恐る振り返って見た。すると、そこには見覚えのあるオークの子供がニコニコしながら立っている。


 「あ、お前!」

 「やっぱり、サトウだ! そのお面ですぐに解ったよ」


 オレがギガタスクルから助けたボルスだ。腕の傷は既に治り掛けている。オークの回復力なのか、あの薬が効いたのか、いずれにしろ軽傷だったようで何よりだ。


 「腕の傷、大した事なくて良かったな」

 「サトウが助けてくれたおかげだよ。あの薬もとっても良く効いたんだ。父ちゃんもいい薬だって驚いてたよ」


 どうやらヴォーツェルがくれた薬は良い物だったらしい。思えば彼はこの世界で出会った最初の親切な相手で、お蔭でミュルとも出会う事も出来た。無性にもう一度会って感謝の言葉を伝えたいと思えた。


 「ねえ、ボクの家すぐそこだから寄って行ってよ。お礼にご馳走するから」

 「いいよ。目の前で子供が助けを求めていたら、大人が助けるのは当たり前だからな」


 確かに本心から言った言葉ではあるが、あの時、ギガタスクルに追いかけられるコイツに、こっちに来るなと心の中で叫んでいたオレがよくも言いたものだと、内心で自分にツッコミを入れるが、オレの事をかなり高く評価してくれているボルスには聞かせたくない内容だ。


 「そんな事言わないで、ちょっとだけでも寄って行ってよ。父ちゃんが、せめてお礼だけでも言いたいって。お願い。ね?」


 ボルスはそう言うと、無理やりオレを後ろから押して歩かせた。そんな事を言われてもオレはここで、ミュルを待っていなきゃいけないのだ。それに、わざわざ出向いて『私がお宅のお子さんを助けたんですよ?』なんて大店に金をせびりに来たチンピラ丸出しではないか。そんな事を思っていると、何故かオレはミュルが入ったのと同じ店の方向へと押されて歩いていた。もしかして──。


 その時ちょうど店からミュルが出て来た。


 「サトウ、店主には儂の方からある程度の説明はしておいた。ここなら食事も付いて、1日800オーロンだそうだ。けっこう繁盛してる店だから忙しいとは思うが、条件としてははかなり良いと思う──」


 ミュルはそこまで話すとオレを後ろから一所懸命に押しているオークの子供に気付いた。


 「ん? ボルスか? 何をしてるんだ?」

 「あ、ミュルさん。こんにちは!」

 「どういう事だ? お前さんたち知り合いか?」


 ミュルが不思議そうにオレとボルスの顔を交互に見ていると、後ろの扉からのっそりと店主らしきオークが姿を現した。ミュルより一回り以上大きな体で、土色の肌に、たるんだ下腹と長い腕、豚のような低い鼻に突き出した二本の牙、左目の横には見覚えのある傷跡がある。淀んだ茶色の瞳がゆっくりとオレを見つめた『コ、コイツ、いや、この方は──』その瞬間、オレは全身が粟立つのを感じる。何故だ。あれほど必死に逃げたのに、まさかのリーチ一発ツモ!?


 終わった。出て来たのは間違い無く、オレがこの世界に来て最初に料理されそうになった、『マーゲン』と言う名のオークの飯屋の主人だった。


 「ここの店主は頑固で口は悪い上に見た目がああだが、面倒見のいいヤツだ。後はお前さんから話してみるといい」


 ミュルが笑顔で話す。あぁ。止めて。そんな本人を目の前に頑固とか見た目がああだとか、そんな火に油を注ぐような煽りは今はいらないです。


 「酷でぇなミュル、オレはごう見えでもこの辺じゃ、仏のドルデスで通っでるんだぜ!」

 「どこの世にそんなゴツイ牙を生やした仏がいるんだよ」

 「まあ、たしがにそうだな!」


 そう言って二人は大笑いする。でも、オレはぜんぜん笑えない。これからオレの身に降り掛かるであろう不幸を想像すると、目の前の会話が嵐の前の静けさにしか感じない。すると、ボルスが二人の会話に割って入った。


 「父ちゃん! この人が昨日、助けてくれた人だよ!」

 「おぉ!」


 えぇ!? ボルスの父ちゃんって!? うわぁ、見てる。仮面に穴が開きそうなくらい見てる。こんな事ならもっと分厚くて頑丈な仮面を貰っておくんだった。オレがそんな事を考えていると、突然、オークの店主がもの凄い勢いでオレに近付き、覆いかぶさるようにがしっと両腕を掴まれた。即死。一瞬、そう思った。


 「お前、うぢの倅の事を体をはっで助げでぐれだんだっでな! 本当にありがどうよ!」

 「い、いえ、どういたしまして……」


 オレは声色を変えながら、何とかこの場をやり過ごそうとする。それにしても、握られた手が痛い。何て馬鹿力だ。それに近くで見ると更に顔が怖い。


 いや、まてよ──。その時、オレの脳裏にある考えが過る。昨日オレが助けたオークの子供、ボルスはこの人食いオークの息子だった。そうなるとオレは大事な息子の命の恩人だ。いくら何でも命の恩人を料理するなんて事はないはずだ。人間的な発想ではあるが、何となくその辺のニュアンスは通用する気がする。そもそも今なら元闘技場王者のミュルも一緒だ。これはある意味チャンスかもしれない。この場ではっきりさせておく必要がある。オレは思い切って仮面を外した。


 「お? んあ!? お前あの時のパンツ一丁男か!?」


 何て酷い名前で呼んでんだよ、馬鹿たれが。仮面を外したオレは急に開き直ったように、ニコニコ作り笑いを浮かべながらも内心でオークの店主に悪態をついた。


 「そ、その節はどうも──」

 「お前、無事だったのか」

 「はあ、何とか。それより確認なんですが、流石に息子さんの命を体を張ってお救いした私を、料理したりしないとかは無いですよね?」

 「ん? お前を料理? お前えをが?」

 「隠し味的な感じなのかなぁ──」


 無理やり浮かべたオレの作り笑顔は、恐怖のあまりカチカチに凍りついている。もしこれが人間界なら営業マンとして顔を覚えておいてもらった事は幸いだが、今は完全にその逆だ。オレの話しを聞いたミュルとボルスの顔には、解りやすい疑問符が浮び、オークの店主の顔には疑問と同時に困惑の表情が浮かんだ。


 「オレは頭が悪いがら、言っでる意味がよぐ解んねえんだが、何でオレがお前を料理するんだ?」「あぁ!」


 オレがそれならそれでけっこうです、と話をまとめてしまおうとした刹那、オークの店主が何かを思い出した様に大き声を上げた。何と言う間の悪さだ。その声の大きさに思わず身構えたオレは、再び強張る顔の筋肉を無理やり動かし笑顔に変える。


 「お前、あの時、パンツ一丁で駆け出したのは、オレに料理されると思ったのか!?」

 「あれ? だってオレの事を解体して──」

 「いや、いや、いや。そんな恐ろしい事する訳ねえだろ!? お前いっだいどんな恐ろしい国がら来たんだ?」

 

 何だか様子が変だ。と言うか、まさかこんな恐ろしい顔のヤツに、恐ろしいとか言われるとは思ってもみなかった。


 「サトウ、ひょっとして何か行き違いがあったんじゃないのか?」


 横で話を聞いていたミュルが言う。はい。オレも今ちょうどそれを考えていたところです。言われて見ると確かに、オレの股間が何も危険信号を出していないのを不思議に思っていたところだ。ボルスの顔には相変わらず疑問符が浮かんでいた。そして、じっとオレの顔を見つめている。頼むから今は見ないでくれ。


 「あの後、ずいぶん探し周ったんだぞ。だけどお前、足が速ぐでどこ行ったが全然見付がらなくてな──」

 「ですよね……ちょっと、街の周りを散歩してまして」


 気まずい。オレを料理しようとしていたオークが、まさかオレの身の心配とか。どうやら食材の鮮度が落ちるとかの心配では無さそうだ。何か大きな誤解があった様だ。


 「まあ、でもそのお蔭でうぢの倅の事を助げでぐれだんだもんな。本当にありがどうよ」


 『あれ? 何かいい感じにまとまった?』そんな事を思っていると、ミュルがちょうど良いタイミングで仕事の件の事を口にしてくれた。オークの店主は、とにかく中に入ってゆっくり話そうじゃないかと、オレたちを店の中へと招き入れてくれた。オレはあの時、結果的にボルスを助けた自分自身を心の中で褒め称えつつ『マーゲン』へと入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る