災厄は西の森に降れり

御剣ひかる

幸せを当てつける輩は爆ぜ飛べばよいのだ

 みなさま、こんにちは。

 今日は「呪い」と言うものについて何か話をしてくれないか、というご要望でしたね。

 では、新しく聞き及びましたお話がありますので、その話をいたしましょう。

 これは、うっそうとした西の森の奥にすむ魔女が、ある男女にかけた呪いと、その結末についてのちょっとした物語です。


 アーニストとコーディリアは、周りもうらやむほどの仲の良い恋人同士です。まだ若い二人は、もちろん恥じらいというものも人並みに持ち合わせておりますが、それ以上にお互いのことが好きで好きで、つつしみをもって接していても、周りにその幸せをおすそ分けしているかのような、温かな雰囲気に包まれているのです。

 二人が通う学校の中はもちろん、二人の家の近隣でも彼らの仲の良さは有名です。

 その日も二人は微笑みを浮かべながら、手をつないでお出かけです。

「今日は、西の森だったね」

 アーニストは、青く澄んだ瞳でいとしい恋人を見つめて尋ねました。

「ええ。西の森の中の、開けたところにある花畑がとてもきれいだって話なの。部屋に飾る花を摘んで帰りたいのよ」

 コーディリアがにっこりと笑うと、愛くるしい笑顔にアーニストもつられて笑います。

 西の森は、ゆっくりと歩いて行くと町から一時間ほどかかる場所にあります。子ども達が親に内緒で探検ごっこをするのにちょうどいいぐらいの、木々が生い茂る大きくて少し暗い森です。

 森独特の山菜やキノコ、木の実や果物がよく採れるところでもあるのですが、大人達は必要以上に近づきません。

 なぜなら、森の奥には魔女がすんでいると言われているからです。いたずら好きな子ども達に「そんなに悪い子は西の森の魔女に呪われてしまうよ」と叱るのは、この近くの町の母親達の、それこそ魔法の言葉のようなものなのです。

 大人達の間でささやかれる魔女の噂はバラバラで、こちらが悪いことをしなければ何もしてこない、いやむしろ親切な女の子だ、というものもあれば、こちらの顔を見るなり、ぐにゃぐにゃと曲がった大きな杖を振りかざして襲いかかってきた怖いお婆さんだ、という話もあります。

 まだ少年少女から青年へとなったばかりのアーニストとコーディリアも、もちろん魔女の話は知っています。

 しかし二人は「悪い魔女なら騎士団がやってきてやっつけてしまうはず。そうしないということは噂ほどの悪い魔女ではないはずだ」と思っています。特にコーディリアは「きっと親切な女の子という噂の方が本当なのよ。もしそうなら、お友達になりたいわ」と、愛らしい瞳を輝かせているほどです。

 二人は森の中の小道を手をつないで歩きました。昼間なのに薄暗く感じますが、木々の間からところどころで地上に降り注ぐ陽の光は、町や平原で見るそれと違ってなんだか神秘的です。風が頬をそっとなでると気持ちがよくて、二人は自然と顔を見合わせて微笑みました。

 鳥達が、まるで二人を誘うかのように木々の上で軽やかに歌い、小道の脇には小さな花が揺れています。

「ただ道を歩くだけでこんなに素敵な場所なら、魔女の噂なんて気にしないでもっと早くにここに来ればよかったわ」

 コーディリアが声を弾ませます。

「すっかり森が気に入ったみたいだね、コディは」

 アーニストは、可愛い恋人の嬉しそうな姿に目を細めて笑いました。

「ええ。これならきっと、花畑はもっともっと素敵なところよ」

 コーディリアの予想は大当たりでした。森が深くなり、暗くなった道の先がぽっかりと明るくなっていて、太陽のスポットライトを浴びた広場には、色とりどりの珍しい花が咲き乱れています。

 コーディリアは感嘆の声をあげました。アーニストも、花畑の美しさに溜め息を漏らします。

「素敵なお花、少しだけ分けてくださいな」

 うっとりとした声で花達に話しかけて、コーディリアはしなやかな指で花を摘み取りました。束ねた茎に水で湿らせた綿を巻いて、色鮮やかなブーケの出来上がりです。

 花束に顔を寄せると、甘くて淡い香りが鼻をくすぐりました。

「これは、なんて花なのかしら、いい香り……」

 すっかり花に魅入られていたコーディリアは、ふと顔をあげました。つい先ほどまでそばにいたアーニストが見当たりません。驚いてあたりを見回すと、アーニストはコーディリアの真後ろで彼女に背を向けて、何やらごそごそとしています。

「アーニスト、何をしているの?」

 コーディリアが声をかけると、アーニストはくるりと振り返って微笑みました。

「ぼくの可愛いコディ姫に」

 そう言うと、彼はコーディリアの頭に花を編んで作った冠を乗せました。

 一体何が起こったのか最初は理解できなかったコーディリアですが、頭に手をやって花冠に触れると、花達に負けないほどの笑顔をその可憐な顔に咲かせました。

「気に入っていただけたかな? 姫」

「ええ、もちろんですわ」

 ちょっと気どった物言いをしてみせ、二人は笑いました。薄暗い森の中の、そこだけがぽっかりと陽の光に輝くステージの上で、この世の幸せを独占しているかのような彼らをもしも町の誰かが見かけたら、きっとほほえましく見守ってくれたことでしょう。

 しかし、彼らを見ていたのは、町の人ではありませんでした。

 花畑から少し奥まった所にある家の中で、木製の机の上に置かれた水晶玉を覗きこんでいるのは、噂の魔女です。

「ふん、何が姫だ。人の庭にずかずかと入ってきたと思ったら、いちゃいちゃいちゃいちゃしおって。胸糞悪い」

 魔女は、見たところアーニスト達と変わらない十代前半ほどのかわいらしい女の子です。しかし彼女の口から洩れる言葉は古風な響きがあります。見た目と実際の年齢がかけ離れているのです。

「礼儀知らずの者どもには、ちょいとお仕置きが必要だねぇ」

 魔女は水晶に両手をかざしました。そして、ごにょごにょと、人間には理解できない言葉でなにかをつぶやきます。彼女の青色の瞳が不気味に輝き、亜麻色の髪が風もないのにふわりと宙に揺れました。

「幸せを当てつける輩は爆ぜ飛べばよいのだ。本来なら最果て山に吹き飛ばしてやりたいところだが、これくらいで勘弁してやる。我が優しさに感謝するがよい」

 魔女は、水晶球に映る二人に、ふふんと鼻を鳴らしました。

 そんなことになっているとはつゆほども思わないアーニストとコーディリアは、それから間もなくして花畑を離れ、また手をつないで帰りました。

 素敵なひと時を過ごせたと満足顔で帰宅した二人ですが、数日もすれば何やら異変が起きているのだと気づきました。

 時間さえあえば毎日のように顔をあわせていた二人が、すれ違ってばかりで五日経っても十日経っても会えないのです。

 最初は、コーディリアの風邪でした。高熱にうかされながらアーニストの名前を呼ぶ娘を不憫に思った母親が彼を呼ぼうとしましたが、父親が許しませんでした。「このような高い熱を伴う風邪をアーニストにうつしたらそれこそコディが悲しむ」というのです。母親も、それはその通りと納得しました。

 コーディリアが元気になったのは、森に出かけてから四日も過ぎた夜のことでした。

 長らく恋人に会えなかったけれど、明日こそは学校で会える、と健康を取り戻したほんのりと赤い頬をさらに期待で紅潮させてコーディリアは就寝しました。

 ところが、次の日になってコーディリアが胸をときめかせて学校に行くと、彼女と入れ換わるようにアーニストがお休みです。隣町にいる親戚に不幸があったので二、三日休むのだそうです。

「コディ。せっかく風邪が治ったのにアーニストと会えなくて残念ね」

「アーニストがいなくて寂しいわね」

 学友たちが慰めるとコーディリアはうなずきました。

「ええ。でも仕方がないわ。彼が帰ってきたら、会えなかった分もたくさんお話しするわ」

 逢えない時間すらも次への楽しみにするコーディリアに、学友たちは「さすがコディ、けなげね」と微笑みます。

 明日には帰ってくるかしら、明日には、とコーディリアが待ち続けて五日が経ちました。

 二、三日戻らないとは聞いていましたが、さすがに心配になってきます。

「アーニストはまだ戻っていないのかい?」

 父親が心配そうに尋ねました。

「ええ。……何かあったの?」

「数日前に、街道に盗賊団が出たらしくてね。大規模な活動だったらしくて被害者がたくさん出たらしいんだよ。……まさかとは思うけれど……」

 父の話にコーディリアは真っ青になりました。

「それで、襲われてしまった人は?」

「隣町の医者に収容されたらしい。あそこはそれほど大きな施設はないから、医者が分担しているらしいよ。魔法学校とかがあれば治癒の魔法で治してもらえるのになぁ」

 魔法学校は大きな街に行かねばありません。怪我人を何日もかけて運ぶよりは一番近い町で医者が手当てをしようということになったようです。

「それじゃ、アーニストとお父様お母様は隣町のどこかのお医者様のお世話になっているかもしれないのね」

 そうとなっては、じっとしていられません。

「わたし、隣町に行きたいわ。連れて行って!」

 コーディリアの決意は固く、母親が連れていくことになりました。

 その様子を、水晶球を覗いていた西の森の魔女が見ています。

「おやおや、なかなか面白いことになってきたねぇ。二人が会えない呪いをかけたのだけれど、ここまでうまくいくとは」

 魔女は、くつくつと笑いました。

「飽きたらそのうち解いてやるさ。死人が出るような呪いでもなし、もう少し楽しませてもらうよ」

 嫉妬深い彼女は、森の花畑の二人の様子に怒って、彼らが会えなくなる呪いをかけたのでした。魔女は明らかにこの状況を楽しんでいます。飽きれば解くと言っていますが、しばらくは飽きそうにありません。

 そうとは知らないコーディリアは、次の日に早速母親と隣町に向けて出発しました。

 半日ほど乗合馬車に揺られて無事に到着すると、コーディリアは医者を探します。

「アーニスト? うちにはいないな」

「いらっしゃいませんね」

「他にもいないということは、もしかすると都の方に行ったのかもしれないよ。腕の骨が折れたとか、動けるけれど酷いけがの人達が何人か聖都の方に向かったという話を聞いたよ」

 夜になるまで町中の医者をめぐってみましたが、アーニストは見つかりません。医者の言うように、この町からさらに三日ほど離れたところにある聖都に行ってしまったのかもとコーディリアは思いました。

 どうしてもアーニストの安否を自分の目で確かめたいコーディリアは、聖都に向かうことにしました。

 一体アーニストはどこへ行ってしまったのでしょう。

 実は、彼はもう家に戻っていました。盗賊に遭遇したものの無事にやり過ごしたアーニストと両親は、一旦隣町に戻って宿泊して、街道が安全になったと聞いてから乗合馬車で帰ったのでした。コーディリアが出発したその日に、アーニストは家に戻っていたのです。

「え? コディがぼくを探して隣町に?」

 コーディリアの父に事情を聞いたアーニストは驚きました。

 すぐにでも隣町に引き返したいと思いましたが、ここで下手に動いてしまってはまた入れ違ってしまうと考え直して待つことにしました。

 次の日か、遅くてもその次の日に帰ってくるだろうと思っていたアーニストですが、三日経っても四日経ってもコーディリアは戻ってきません。

 それはそのはずです。アーニストは知りませんが、コーディリアは聖都に行ったのですから。

 もう最後にコーディリアに会ってから十五日も過ぎています。

 毎日のように顔をあわせ、愛をはぐくんでいる若いカップルにはまるで半年も一年も会っていないかのような悲劇です。

「そういえば、おまえ達、西の森に行ったんだって? もしかして魔女の仕業じゃないのか?」

 アーニストの友人、マートンがからかい半分で言いました。

「ぼく達、魔女に意地悪されるような悪いことはしていないと思うけれど」

「いや、噂だと魔女は嫉妬深いらしいぞ。二人が仲がいいからやきもちを焼いて悪戯をしたんじゃないか?」

「そんな……。もしそうだとしたら、どうしたらいいんだ?」

「一緒に行ってやろうか? 前から魔女には興味があったんだ。会えるものなら会ってみたいからな」

 マートンが大きな目をくりくりと興味深そうに動かして尋ねました。

 友人のありがたい申し出に、アーニストは頼ることにしました。

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