第四話 変身ヒーローの実力を目の当たりにしました


 蒼の光が『エイユウギア』から溢れる。

 光は幾何学的な模様を取ると、リイトの体各部に巻きつき、位相空間に格納された『エイユウスーツ』を実体化させる。

 両手には白い手袋、両足に同色のブーツ、ぴっちりと体に張り付いた装束は青色で、各部には白いラインが走っている。背中には菩提樹の葉を模した記号の上に意匠化された『2』のマーク、胸に輝くのはエイユウジャーのエンブレムだ。頭部を取り巻く光はフルフェイスのヘルメットとなり、逆三角形の黒いバイザーが下ろされる。最後に聖剣『バルムンク』が実体化すると、細いベルトの剣帯に納まった。

 スーツの調子を確かめるようにジャブを二発、腕をクロスさせ両手指を順に開くと右手を掲げ、再び握りこみながら胸の前へと降ろしてくる。

「竜を滅する不死身の英雄、ジーク・ブルー――」

 右膝を着き、指先を伸ばして肘を曲げた右手は胸の前に、そして優雅に伸ばされた左腕は斜め上を差す。

「――ここに見参!」


 召喚術のおかげで不思議に慣れているこの世界の住人は、一瞬で姿を変えた事よりも、むしろ奇妙なポーズの方に気を取られていたようだったが、エイユウスーツは見た目防御力が高そうには見えない。脅威ではないと踏んだのか、気を取り直した盗賊の頭の号令で、十数人の男たちは一斉にリイトへと跳びかかった。

「クリム、君は下がっていろ」

「え、えぇ……」

 不安げに後ずさるクリムだったが、相手は神話の英雄である。多勢に無勢とは言え、粗末な装備をした盗賊の相手ぐらいならば、心配する必要もないだろう。念の為に風精を召喚し、矢避けの防壁を自分にだけ展開しておく。


 真っ先に斬り込んできたのは刃こぼれの目立つ手斧を持った男だった。筋肉に覆われた、クリムの倍はあろう太さの腕で、振り上げた手斧を愚直に真っ直ぐ振り下ろす。が、

「遅い」

 リイトはエイユウスーツで強化された動体視力で持って軌道を読むと、軽く伸ばした掌で相手の手を包むように受け止め、その勢いを利用して投げ飛ばした。男は宙を舞い、背中から地面に叩き付けられる。

 次に襲いかかってきた二人の男の手も同じ様に掴むと、腕を交差させて引き寄せる。すると男二人は、互いの額を打ち付けあってあっさりと気を失った。

 二人でも駄目ならばと足並み揃えてかかってきた三人は、空中に飛び上がって放たれた回し蹴りで武器を弾き飛ばされ、動揺した所に放たれたジャブに顎を撃ちぬかれて順番に気絶させられる。

 と、そこでリイトの背中にクロスボウの矢が飛来する。が、振り返りもせずに伸ばされた右手指二本で挟むように受け止められた。まるで気負いなく行われた神業に、矢を放った男は思わずクロスボウを取り落とした。

 あっという間に六人が倒された事で盗賊達の足が止まる。全員が遠巻きにリイトを囲み、頭目へと判断を仰ごうとした時だった。

「次はこちらから行くぞ」

 言うが早いか疾風のように駆け出したリイトに肉薄され、一人、また一人と拳の一発で気絶させられていく。

 一分足らずのうちに十数人の盗賊達は皆々地面に倒れ伏し、残るはリイトの足元で腰を抜かす頭目だけとなった。

「ま、待ってくれ! 俺が悪かった! だから命だけは助けてくれ!」

 命乞いをする頭目だったが、リイトに彼を殺すつもりはない。地面に倒れている他の盗賊達も気絶しているだけだ。殺すつもりならもっと早くに決着が付いている。

 正義の味方として悪党を野放しには出来ないが、人の罪は人の法で裁かれるべきである。正義の味方エイユウジャーが裁くのは、邪竜帝国の怪人だけだ。

 命乞いを続ける頭目に対して、リイトが口を開きかけた時だった。

「命を助けて欲しいなら、私達に協力しなさい」

 そうクリムが割って入ってくる。

「きょ、協力?」

「アンタ達、この辺で悪さをしてるって事は、ピルケでも色々とやっていたんでしょう?」

「……まあな」

「なら、市門を通らずに街の中へ入る方法も知っているんじゃない?」

 帝都に顕現した英霊を連れ込むのは危険だ、と言うことで行き先に選んだピルケの街であるが、その理論で行くと帝都ほどではないが人の多いピルケにリイトを連れ込むのも危険なはずである。

 だがこの場合彼女の言うとは、学院アカデミーという意味である。その点ピルケは帝都に比べてセキュリティは薄い。もちろん街に入るには市門を守る衛兵の検査が必要だが、学院のある帝都と違って召喚術士対策は甘い。ここまで人間臭いリイトが英霊だと露見する可能性は低いだろう。その上で市門での検査をパス出来るならば、もはや捕まる確率は零だと言って過言ではない。

「し、知ってる! 教えるから命だけは助けてくれ!」

「よろしい。……いいですよね? リイト様」

「ああ」

 リイトにその辺りの事情は分からなかったが、クリムがそう言うならば必要な事なのだろうと納得し、変身を解除する。

「それじゃあその辺りでノビてる奴らは、適当ふん縛って閉じ込めておきましょう。アンタだけは私達に付いてきて、街の中まで案内するのよ」

 クリムは木精を操り作った縄で盗賊達を縛ると、土精を喚び出し、地面を隆起させて簡単な穴ぐらを出現せしめ、男達をその中に転がした。彼らは頭目に対しての人質である。

「召喚術というのは便利な物だな…… ところで、街の中まで案内させたら奴らは解放するのか?」

「まさか。アイツも縛り上げて、衛兵の詰め所の前に置いてくるつもりです。事情を書いたメモと、この場所の地図を持たせ上で」

 クリムとて無法を働く盗賊を許すつもりはない。むしろこちらを殺そうとしたのだから、逆に殺してしまってもいいと思っているくらいだ。盗賊を返り討ちにしても帝国の法では無罪である。ただ殺さない方が利用価値があるし、リイトの心証的にも良いだろうと考えたからそう提案したに過ぎなかった。

 

 こうして二人は、盗賊の頭目が逃げ出さないよう監視しながら、ピルケの街へと向かうことになった。



                   ◆


 ピルケは帝都が現在の場所に遷移してくる以前から川港として栄えていた街であるが、遷移と同時に爆発的に人口が増え、上流に向かって街並みを横へ横へと広げていった歴史がある。結果、上流へ行けば行くほど新しい建築物が目立つようになり、権力者や豪商の間ではどれだけ川上に居を構えるかが一種のステータスになっている。そういった権力者達を守るため、自然と上流側を中心に衛兵が巡回するようになり、上流下流で治安の差が出来るようになったという。

 二人がピルケに侵入したのも、そうした事情で警備の手薄な下流側の市門であった。

「それでこの辺りはこんなにも寂れているのか」

 盗賊の頭目を衛兵の詰め所前に転がした後である。あばら屋のような家や、風に晒され今にも倒壊しそうな土壁の家が並ぶ区画を見渡してリイトが言った。

「衛兵たちは市税で雇われていますから、税金を多く納める住民を優先するのは当然ですし、経済もまた然り、金を多く落とす人の居る場所が中心になるものです」

「理解はできるが、納得はできんな」

 憮然とした表情で隣を歩くリイトに、クリムは内心で溜息をつく。どうも彼の言うことは理想主義的に聞こえてならない。現実が見えていないとしか思えないが、彼の生きた時代ではそれが普通だったのだろうか。そんな人間ばかりだったから、彼らの国は滅びたのかもしれない。

「ひとまず宿を探しましょう。日も落ちてきましたし、ハイマン女史に連絡をとるのは明日にします」

 そういう事となった。


 翌朝、二人はクリムのしたためた手紙を持ってピルケの街の中心部に来ていた。

 ピルケの川に面した側には大小様々な港があるが、丁度街の中心にあるここはその中でも最も大きい港で、各種公共施設が立ち並ぶ区画であった。

 船で帝都へと送られる郵便物は、ここにある郵便局に集約されてから郵便船で送られる。帝都とピルケに一隻ずつある郵便船は、それぞれの港から一日一回朝になると出港し、夕方頃に相手側の港に到着する。次の日は到着した郵便船に荷物を積み込み、再び相手側に返す。郵便船は二日をかけて往復することで、ほぼ毎日運行していた。同じような形で運行する船は多く、輸送力の大きい船舶輸送は帝都の生命線でもあった。

 二人の目的は当然郵便局である。

 石畳で舗装され、レンガや石造りの家が目立つ町並みは、まるで下流側とは別の街のようだ。行き交う人も多く、身なりの良い住民も目立つ。

 そんな中リイトが驚いたのは、クリムの服装がその中で完全に浮いていた事だ。これまで見かけた宿場町の宿屋の店主や盗賊、下流側の人々が飾り気のない質素な服装に身を包んでいたのは単に貧乏だからか田舎だからだと持っていたのだが、栄えているように見える中心街の人々も、それよりは多少清潔感があるとは言え大差ない格好をしている。中にはきらびやかで見るからに上等な服を着ている人も見かけるが、クリムのようにマントと三角帽子を身につけ、下にも洒落たブラウスなど着込んでいる人間はまず居ない。

 そして次に驚いたのは、浮いた格好をしたクリムと、それ以上に奇妙であろうリイトが周囲からあまり注目されない事であった。

 クリムは前述の通りであるし、リイトの服装も召喚時から着ている軍服にも似たエイユウジャーの隊服と、それ以上の浮きっぷりなのにだ。

「恐らくリイト様も召喚術士だと思われているのでしょう」

「それはつまり、召喚術士は誰もが変人だと思われている……と言うことか?」

「……あながち間違いではありませんが、服装の話です。召喚術士は狙った次元とパスを繋ぎやすいよう、それにあやかった服装や装飾品を身に着けている事が多いのです。中には殆ど裸のような格好の人も居ますし、私達などまだ目立たない方でしょう」

「つまり『奇抜な格好をしている人間がいたら召喚術士だと思え』という事か」

「否定は……しません」

 リイトのあまりにもあんまりな纏め方にクリムが憮然とした表情をした時だった。

「どこ見てんだ小僧!」

 聞こえてきたのは酒に焼けたガラガラ声だ。

 声の聞こえてきた方向に視線を向けると、何やら人垣ができており、その向こうで大男の禿頭が揺れているのが見えた。

 人の多い街であるから、大なり小なりこうしたトラブルは起こるものだ。クリムは無視して先を急ごうとするのだが、

「少し見てくる」

 言い残し、リイトが人垣に向かっていくものだから、渋々後に続く事にする。

 人垣の中心では何とも名状しがたい……そう、な服を着た禿頭の大男とその取り巻きらしき数人が、石畳に尻餅をついた少年を見下ろしている所であった。少年は恐らく下流側の住人なのだろう。周囲の人々と比べても特に見窄らしい、ボロ布と見紛うような服を着ている。

「どうしてくれんだオイ。てめえがぶつかった所為で俺様の一張羅が汚れちまったじゃねえか。あぁん?」

「アニキの服はバーダン服飾店の最新作なんだぞ! 幾らすると思ってやがんだ!」

 そのバーダン服飾店とやらがどんな店なのかは知らないが、そんな服を高価な値段で販売しているようでは間もなく潰れるだろう。そういう意味ではあのな服も希少価値が出てくるかもしれない。

 馬鹿らしい。

 チンピラが気弱そうな少年に因縁をつけて憂さ晴らしをしているだけだ。力ある者が弱者を虐げる。どこにでもある光景だった。

 クリムにとって、極々見慣れた世界の縮図である。こんなものに興味を示すリイトの気が知れない。

「てめぇに弁償できんのかよぉ?」

「金……ない」

 顔を歪ませ凄む禿頭の男に、少年がか細い声で返した。

 すると男は口端を持ち上げ嫌らしい笑みを浮かべる。

「金がねえんじゃ仕様が無え。てめえみてぇな貧乏そうなガキから金を巻き上げるほど俺様も鬼じゃねぇからな。だがよぉ……」

 禿頭の男は倒れた少年の腕を掴み無理やり立ち上がらせると、右腕を振りかぶった。

「何事にもケジメってモンがある。こいつでチャラにしてやる……よっ!」

 これから起こるだろう事を想像し、野次馬の誰もが目を背けた。

 たった二人を除いて。


 少年の顔に向けて真っ直ぐ突き出された拳は、乾いた音を響かせて止まった。

 正確には、止められた。

 禿頭の男が放った拳は、いつの間にか間に割り込んでいた黒髪の男の掌によって受け止められていたのだ。

 リイトである。


「んだぁ? てめぇ」

「その辺にしておけ。いい大人がその程度のことで子供に絡むな。みっともない」

「お前っ! 誰に向かって口を利いてやがる! この方は泣く子も黙る『禿鷲の』ゲブル様だぞ!」

 取り巻きの一人が吠えるが、リイトは眉をしかめ、首を傾げた。

「知らんな」

「いい度胸じゃねえか! てめえから先にぶっ飛ばして――」

「唾が飛んだ」

「あぁ?」

 リイトが三白眼を細め、引き結ばれていた唇を不敵に釣り上げる。

「俺の服にお前の汚い唾が飛んだと言ったんだ。何、弁償しろとは言わん。だが――」

 リイトが受け止めたままだった男――ゲブルの拳がミシリ、と音を立てた。

「ケジメは付けなきゃいかんよなぁ……!」

「ひっ!」

 ゲブルは慌ててリイトの手を振り払うと、一歩後退る。

 リイトから放たれる異様な迫力に飲まれ、チンピラ達は己が嫌な汗をかきはじめたのを感じた。

 その中の一人、背の高い取り巻きがゲブルに耳打ちをする。

「こいつの格好……もしかしたら召喚術士かもしれませんぜ」

 確かにこの男、見たこともないな服装をしている。よく知られた召喚術士の特徴だ。

 だとしたら軽々とゲブルの拳を受け止めたのも頷ける。英霊か神の加護でも受けているのかもしれない。そんな相手と戦うのはいくら力自慢のゲブルでも少々腰が引けた。それに召喚術士というのは国家と結び付きが強い。そんな相手と面倒事を起こすのは御免だ。

 ゲブルはそこまで考えると舌打ち一つ。

「今日はこのくらいで勘弁してやる!」

 酒焼け声でありきたりな捨て台詞を吐き、野次馬を追い散らしながら去っていった。

「大丈夫か? 少年」

 リイトが振り向き、汚れた少年の肩に手を置いた瞬間だった。

「すげえな兄ちゃん! 啖呵一つでゲブルを追い払いやがった!」

「カッコ良かったぞー!」

「やっぱり度胸のある男ってステキよね!」

「少年も兄ちゃんに感謝しろよー!」

 野次馬たちが騒ぎ出し、リイトに次々と賞賛を述べる。

「当然のことをしたまで……だ」

 照れたリイトが呟くようにそう言うと、住民たちは「謙虚な男だ」とまた騒ぎ出す。

 リイトは困ったように頭を掻き、少年の方を伺うと、少年は何やらオドオドと口を開いたり閉じたりしている。

「どうした? 少年」

「う、あ、貴方は……貴方が……あ、あぁ、その……」

 未だ恐怖で混乱しているのだろう。

 安心させようと少年の頭をポンポンと手の平で撫でる。

 すると少年は体に電気が走ったかのように飛び上がると、リイトの手を振り払い一目散に逃げ出してしまったのだった。

「あちゃあ、兄ちゃん迫力ありすぎんだよ」

「特に目つきがやべえよな」

 ガハハと笑う野次馬達と少年の背中を見送りながら、

(やはり自分は子供が苦手だ)

 と、リイトは肩を落とし少なくないショックを受けるのだった。


 ――だからだろうか。

 そんなリイトを覚めた目で見つめる翡翠色の瞳に、彼が気付くことはなかった。

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