第19話 魔法研究所
クロードと話した後、二人はゴートン邸ではなく町の宿屋に泊っていた。宿とはいったが、実際はこの国の5本指に入る値段のする場所だ。
マリウスは椅子に座り、クロードから渡された青の水晶を額に当てる。そして、カチリトいう音と共にマリウスに1つの魔法が解放される。
その魔法は検索。物体1つを対象として発動する魔法で、その物体と類似するものに対する距離と方角がボンヤリとだが分かる魔法だ。
試しにマリウスは使い終わった青の水晶を対象に使うと、マハト王国の方角と北東、北西に反応を示す。どうやらこれからはこれで探せという事らしい。
(・・・・・・一向に攻撃手段になる魔法がでない。私には魔法の才が無いのか?)
「・・・・・・」
「そういえばなぜマリウス様はブラスターの設計図の作成を請け負ったのですか?」
「ん? なんだ?」
考え事をしていたマリウスにハルの声は上辺でしか聞こえていなかったらしく、マリウスは顔を上げる。
「ですから、なぜはブラスターの設計図の作成を請け負ったのですか?」
「それは私たちが何事もなくここにきている時点で分かるだろう」
ハルはしばらく考え、その答えに辿り着く。実をいうと、この宿を取ったのマリウスたちではなくエドワードに仕える者だ。表面上は新たな技術を持つマリウスを丁重に扱っているようにも見える。
だが、実際はマリウスたちを監視するためだろう。いくらマリウスに帝国の知らない技術があったとしてもそれに対しての証明を行っていないマリウスは帝国の保有している武器の設計図を盗み取った可能性のある人物である。そんな人間がのこのこと城に設計図を見せに来るというのはおかしな話だが、それでも一度は牢屋に入れた相手。それに対して警戒はするべきである。
「で、作るんですか?」
「ああ、最高傑作を作ってやる」
「・・・・・・え?」
マリウスの即答にハルは困惑する。先の戦いで多くの兵を失い、それを悔いていたマリウスだ。ハルは敵国に有利な情報を与える躊躇のなさに戸惑っていた。
「ああ、すまない。訂正をしよう」
マリウスはハルの顔を見て自身の考えが伝わっていないことを感じ、訂正をする。
「私が作成する設計図は古代の魔法と古代の武器を組み合わせたものだ。私が見たところ奴らの技術は私の持っている物よりも随分低い。今、私の持つ全ての技術の集大成を注ぎ込んだものを渡しても奴らには何も理解できまい!」
マリウスは意識しているのかしていないのか、口元の口角を上げる。それはまるで悪魔のような表情だ。それを証明するかのようにマリウスは笑っている。
「そ、そうですか」
「それにそうでもしないとこの国からは逃げられないだろうしな。門番たちにもすでにこの話は伝わっているだろう」
「・・・・・・しかし、不服です」
「なにがだ?」
ハルはベッドに腰を掛ける。そして、その顔を歪めながら周囲を見渡す。この部屋はベッドが2つに大きなテーブルが1つ。そして、別の部屋には水浴びのためのスペースがある。
「・・・・・・なんで相部屋なんですか」
「さあな」
席に着き、設計図の作成に取り掛かり始めたマリウスは特に何も思うことなく返答をする。
「3日間共に野宿したんだ。さして変わらんだろう」
ものすごい速度で紙に設計図を描きだしたマリウスをハルは見つめ、一つため息をつく。
「それもそうですけど・・・・・・ハァ」
マリウスがそういった事に興味が無いのか、自分の女としての魅力が無いのか。おそらく前者だが、この無視っぷりにハルは静かに落ち込んだ。それは異性として見られてではないので落ち込んでいるわけではなかったが。
・・・
マルクス帝国魔法研究所。人間の国には珍しく、国が魔法の研究に力を入れている場所である。元来、人間には魔力が備わっていない。それ以前に魔力は人間には害なため、あまり研究の進んでいない分野だ。そんな魔法を国を挙げて力を入れて研究しているマルクス帝国は珍しい国と言える。
そんな研究所の一室、窓と入口以外の壁周りを本棚が囲み、その中央の雑多に物が置かれている大きな机には顔に深い皺を刻んだ白髪の老人がいた。
「・・・・・・なんと!?」
老人は白く長い髭を靡かせながら、羽織っている真っ白なローブをふるふると震わせる。老人は微かに隈のできた自分の目を擦り、目の前にある正八面体の水晶を改めて凝視する。
「これほどのものを・・・・・・いったい誰が」
老人が目を輝かせながら水晶を見つめていると扉をノックする音が聞こえる。
「失礼します。マクネダーレ様」
ノックの主は老人の返答を待たずに部屋へと入る。マクネダーレと呼ばれた老人はノックをした男を一瞥するが、視線をすぐに水晶へ戻す。
「マクネダーレ様、お客人がいらっしゃいました」
「知らん、今大事なとこだ。帰らせろ」
「その水晶の持ち主だとしても?」
マクネダーレはハッと顔を上げる。その反応に男は口角を上げ、勝ち誇った顔をする。
「では私としては非常に残念ですが、お帰りしてもらうようお願いしてきますね?」
「ま、待て! 誰が帰せと言った」
「・・・・・・今言いましたよね?」
「そんなこと言うわけないだろ!」
「では連れてまいります。応接間に来てください」
男は溜息をつき、部屋を後にする。マクネダーレは男が部屋を出て行ったあと、またしげしげと水晶を眺める。マクネダーレの目はその年とは不釣り合いなほどにキラキラと輝いていた。
・・・
マリウスとハルは魔法研究所の応接間に通される。二人の皇帝と会った翌日、二人はここに訪れた。理由はマリウスの渡した水晶がどうなっているか? というのもあったが、一番の目的はクロードが持っていたというコインだ。
(おそらくあのコインは魔王城地下の扉を開けるのに必要なもの。私はあそこに何かを隠したはずだ)
マリウスとハルは二人掛けのソファーに並んで座り、人を待つ。しばらくすると二人の前にティーカップが運ばれるが、魔族の為か二人は手を付けないで待っていると、マクネダーレが部屋へとやってきた。
マクネダーレはマリウスたちの正面に座り、二人の顔を交互にじっくりと見る。その光景はまるで瞼をすべて剥こうとしているようにも見えた。そして、二人をじっくりと見た後、マクネダーレは呟いた。
「若いな・・・・・・ほんとにこやつらが・・・・・・?」
マクネダーレは「信じられん」と呟き、俯く。その光景に少しハルは引いていたが、マクネダーレが来た時から造られていた笑みを崩すことはない。
「老人、話をしてよいか?」
マリウスはいつまでも話を開始しようとしないマクネダーレに痺れを切らしたのか話を切り出した。
「いや、その前に確認させてほしい。これを作ったのはお主達・・・・・・でよいのか?」
マクネダーレはローブの裾から正八面体の水晶を取り出す。それはマリウスがエドワードに渡したものだ。
「ああ、それは私が作った」
「ではこれを起動させてみぃ」
マクネダーレは挑発するようにマリウスに言い放つ。その目は疑念に満ちたものだったがマリウスは気にせずに魔力のこもった青黒い球を3つ取り出す。
マリウスはかつてシュリが行ったように青黒い球と水晶に手を当て、青黒い球から正八面体の水晶に魔力を送る。しばらくして、3つ目の球の魔力を送っていると、水晶の中に刻まれた五芒星が白く光り始める。
「
マリウスは頃合いを見計らい、一言言葉を発する。と
同時に、マリウスを中心にマリウスとハルを除く周囲がオレンジ色の光に包まれる。
ハルはどこからか出した羽を上に持ち上げ、上空で放す。羽は空気抵抗によってゆっくりと地面へと向かって落ちだす。その光景に違和感はない。
マリウスは水晶に刻まれた魔法を発動しながら周囲の光に包まれた場所を見る。周囲にいるハルとマクネダーレはゆっくりと動いている。そう、ゆっくりと。マクネダーレの髭はまるで水中にでもあるかのようにゆったりと靡き、その目は地面に落ちる羽を見ながらだんだんと見開かれるのが見て取れる。
約1分後、魔法の効果は切れ、周囲の光は消える。その髭は普段の通りになびくようになり、その目はカッと見開かれる。羽はすでに机の上へと着地していた。
「おお・・・・・・おぉ・・・・・・」
マクネダーレは口をパクパクと動かすが、そこからは呻き声のような声しか出ないでいた。しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したマクネダーレは未だ閉じられることのない、限界まで見開かれた目をマリウスへと向け、言葉を絞り出す。
「・・・・・・時間に・・・・・・干渉したのか?」
「ああ、そうだ」
マリウスはさも当然のように答える。マクネダーレは目を伏せ、何かを考え始め、そして一つの結論を口に出す。
「・・・・・・時を加速・・・・・・いや、遅延させたのか?」
「おお、良くわかったな」
マリウスは今度は関心をする。実のところマリウスの予測していた答えは時の加速。この魔法は周囲の時間の流れを遅くさせるものだが、魔法をかけられた側はまるでマリウスとその周囲の時間が加速するように見えるためだ。おそらくマクネダーレには羽が高速で机に落ちたように見えただろう。初めて見せられた魔法の効果を的確に答えたマクネダーレに関心を寄せたのはそのためだ。
「しかし・・・・・・うぅむ、やはり
マクネダーレは腰を上げながらマリウスに顔を寄せる。それに対しマリウスは右腕を上げ、制止を促す。
「その前にだ。お主は何者だ?」
「おお、すまんすまん。昨日から興奮が醒めんでな」
マクネダーレは一旦椅子に腰を下ろし直し、ゴホンと咳をし、威厳を表す。だが、その目には先ほどの疑念は無く、まるで少年のようなキラキラした目になっていた。
「私の名前はマグヌス・マクネダーレ。ここ魔法研究所の所長を務めるものだ」
「私はマリウス。皇帝から話は聞いて「して、これをどうやって!?」」
マクネダーレはマリウスの話を断ち切ってその身を浮かしながら言葉を発する。マリウスは思わず仰け反るが、マクネダーレは全く気にする気配がない。
「ま、待て! 待て待て!! 私がここに来たのには理由がある!」
「む? この水晶についてではないのか?」
「違う! 私はあるものを探しに来た」
マクネダーレはマリウスが水晶について喋らないことに、すこし肩を竦めながら席に戻る。
「ここにこれくらいのコインのような水晶は無いか?」
「コイン・・・・・・ああ、あれか」
マクネダーレは思い当たる節があるようですぐにその存在を認める。
「しかし、あれは謎が多すぎる。内部に膨大な魔力があることは分かっているんだが、それ以外が分からん。取り出し方すら分からんからなぁ」
マクネダーレは「そんなことより」と目の前の水晶の話をしようとするが、マリウスはその前に言葉をかける。
「この魔法についての知識を教えよう。その代わりにそのコインを私に譲ってはくれないか?」
「・・・・・・いや、あれは皇帝から賜ったもの。私の一存では」
マクネダーレは先ほどとは打って変わって押し黙ってしまった。その顔は迷いに塗れている。そして、マリウスをひと目見てまた押し黙ってしまう。
(さすがにスムーズにはいかないか)
マリウスはマクネダーレと同じように思考の海へと身を投げ出す。どうすればマクネダーレからコインを受け取れるかを。そして、すでに皇帝のものとなってしまったコインをどう取り戻すのかを考え始めた。
すべてを忘れたそのあとで 赤糸マト @akaitomato
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。すべてを忘れたそのあとでの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます