コーヒー

瓦石喜雨

お気に入りの珈琲店の特等席で。


目の前の雪佳はコーヒーを飲み干した。

そしてコトンとテーブルに飲み終えたカップを置く。

「何でそんなに好きなの?」

と、私はココアを飲みながら問いかけた。

彼女は香気なのだと言う。それが好きらしい。

過去に、私は一度だけコーヒーを飲んだ。

彼女に、お気に入りの珈琲店があると誘われて。

彼女の言う、香気よりも苦味が勝った。

口の中に残るあの苦味は忘れない。

コーヒーを半分くらい飲んだところで、彼女が大笑いしながら残り半分のコーヒーを飲んでくれた。

私は渋い顔をしていたらしい。

その時コーヒーは2度と飲まないと決めた。

そんなことを思い出していた。

我に戻り、もう一度目の前を見る。

そこに彼女の飲み干したコーヒーのカップは無かった。

逆に、私の、ココアを飲んでいたはずの手元のカップには、懐かしい香りのコーヒーが少し残っていた。

口の中にも苦味は残っている。

そのうちに思い出す。

すべてを思い出す。

彼女は事故ですでにこの世界にはいないことを。

何秒、何分、何時間、何日、何年たってもコーヒーは嫌いだと、そう思っていた。

だけどこの珈琲店でコーヒーを飲むと、彼女にまた会える気がするから......

この珈琲店でこのコーヒーを飲んでいる。

今でも何秒何分何時間何日何年先でも。







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コーヒー 瓦石喜雨 @moguchirua04

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