死神

幽吹が異変を感じたのは、丁度二限目の授業が終わった時だった。

「……司。ちょっと教室から出ましょう」

『いいよ』

次の授業までは少し時間がある。司は席を立ち、廊下に出た。

「学校を出るわよ」

幽吹は窓の外を伺うと、いきなり司の手を引っ張った。

「えっ、どうしたの?」

「何かが近づいて来てる……すぐに山に向かいましょう」

「山って……幽吹が住んでる?」

「そうよ。早く」

「わ、分かった。でもちょっと待って、荷物置いたままだし、突然居なくなるのは……」

「1分以内に学校を出るわ。急いで」

司は教室に、鞄を取りに走った。

「あれ、御影くん帰るの?」

鞄を抱えて教室を出ようとする司に淡島ミナトが気付き、声をかける。

「うん! 早退! じゃあね淡島さん!」

慌てて教室から飛び出る司を、淡島ミナトは心配そうに見送る。

「須玉さん……?」

淡島ミナトには一瞬、司と共に走る幽吹の姿が見えたような気がした。


「どうして、山に、向かうのっ?」

学校を出た司と幽吹は、山に向かって全速力で走っていた。

「色々理由はあるけど第一は私が戦い易いから」

先導する幽吹。走りながらでも一切声が途切れない。

「そ、そっか……」

幽吹は山の妖怪だもんね、と言いたかったが、声が出ない。

「あ……大丈夫? もう少しゆっくり走りましょうか」

司を気にしてペースを落とす幽吹。かつて呼吸器に病を持っていた司に突然の全力疾走は荷が重かった。

「だ、だいじょぶ」

司は何とか持ち堪える。長らく剣道を続けていた甲斐もあって、体力は随分と鍛えられた。

「チッ……来やがったわね」

二人の目前で迸る赤い閃光。眩い光が円を描く。

「なにあれっ!?」

灼けるような赤から、太い腕が伸びた。

光による召喚術式。

「絶対に! あれに近付かないこと!」

いつの間にやら荒削りの木刀を手にした幽吹が叫ぶ。

術式から唸り声と共に這い出てきたのは、角と牙を生やした大男。

いわゆる鬼。

鬼は自らが出てきた光の術式を背負ったまま動き出した。

まさしく、後光が差している形。

旭日を背負う力士像のようだと司は思った。どこか、神々しくもある。

「邪魔っ!」

幽吹は木刀を鬼に打ち付けた。木刀に触れた鬼の腕は、小枝の如くへし折れる。

間髪入れずにもう一太刀。今度は首が捻れた。

「うわっ……」

ひしゃげた鬼を横目に司は走り抜ける。

「可哀想だと思う?」

幽吹は司に尋ねた。

「ま、まぁ……」

「優しいのね。でもあれに対してだけは、そんな感情を持っちゃダメ。あれは冥鬼。地獄に棲む鬼よ」

「な、何で地獄の鬼がこんなところに!?」

司は思う。大人しく地獄で暮らしていれば、ひしゃげる必要は無かっただろうに。

「あいつら冥鬼は、妖怪の世界において死神とも呼ばれてる。私たち妖怪や霊……さらには強い霊感を持つ人間さえ殺す」

「えっ、それって……」

「そう! あなたも狙われかねない!」

赤い光は至る所で迸る。

光の召喚術は、二人の周辺で次々と発動されているようだった。

「完全に、俺たちの事狙ってるよね!?」

後ろを追いかけてくる複数の冥鬼を見た司は悲鳴を上げる。

狙われかねない、ではない。確実に狙われていた。

「そうね。足止めするわ!」

幽吹は木刀を道路のコンクリートに突き刺した。

地中に達した木刀は根を生やし、瞬く間に大木へと成長する。

冥鬼達の追走は食い止められた。

「……さっすが!」

「でしょう? あと少しよ! 頑張って!」

幽吹の住んでいる山はもう目の前。

ここで二人を、白い煙が覆った。

「けほっ……今度は何!?」

咳き込む司。

「幽吹様! 百鬼夜行、第二隊列から第四隊列まで、準備整いました!」

「ありがと! 司を守るわよ!」

白い煙からは、少女の声が響く。

「司様、初めまして。百鬼夜行の伝令、えんらえんらの異香です」

「げほっ……は、初めまして……前が見えない」

「あ、これは失礼しました」

司の視界が晴れる。

異香は少女の姿になり、うやうやしく頭を下げた。

「よし、司。ここまで来ればもう安心よ。籠山戦なら任せて!」

木々に囲まれた道に入ると、幽吹は足を止めた。

司は地面に倒れこむ。

息を整えながら見たのは、深い緑色の髪を靡かせた幽吹の凛々しい顔……


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