山の妖怪、登校する

翌朝。司と幽吹は、共に家を出た。

「月夜達が帰ってくるまでは、私も学校付いていくから」

「そんなに深刻なの?」

「まだ何も分からない。だからこそ警戒を疎かにできないわ」

「そっか。でも幽吹が学校に来るのは珍しいね」

「そ、そうね……」

実際には、珍しくなかった。

司が気付いていないだけで、幽吹は暇さえあれば彼の学校生活を見守っていた。主に学校の屋上に陣取って。

司の身を守るためには必要な行為だが、見方によっては悪質なストーカーにもなる。

「学が無いってバカにされるならさ、高校でもこれから一緒に授業受けたらいいじゃん」

「……でも、司に迷惑がかからないかしら?」

多くの人間に囲まれながら、姿を隠した妖怪や霊の相手をするのは、なかなか難度が高い。

「もうだいぶ慣れたよ」

「……それなら、今日は教室にいることにするわね」


「おはよう御影くん」

「淡島さん。おはよう」

教室に入った司に、声をかけたのは淡島ミナト。

剣道の大会で会った時は長い黒髪をポニーテールにしていたが、普段は髪を下ろしている。

「ずいぶん仲が良いのね」

幽吹は呟く。教室内での司の様子までは、彼女も知らなかった。

「淡島さんは、誰にでも挨拶する良い子なんだよ」

司も小声で答える。

「……ほんとだ」

淡島ミナトは、教室に入ってくるクラスメートに漏れなく挨拶していく。

「優等生ってやつ?」

『そうだね。テストのセイセキも良いみたいだし』

小声で話し続けるのも無理があるので、司はノートに幽吹への返答を走り書きしていく。

「はー……見た目もなかなか良いし、まさしく才色兼備ね」

『ユブキだってそうじゃん』

「……私は妖怪だから。それに、学が無いし……性格も悪いし」

『ケンソンしなくて良いのに……その学が無いって言葉、好きだよね』

「好きじゃないわよ。嫌いよ」

『逆にさ、学がある妖怪っているの?』

「それがいくらでも。時間だけはあるし姿も隠せるから、高校や大学で授業受け放題。まあ、知識だけ蓄えても仕方がないけどね。お金を稼ぐ意味も、人間ほど無いし」

『へー』

「でも、女子高生や女子大生に近付く事を目的にした不届き者もたくさんいるらしいわ。その逆もまた然り。妖怪や霊には結構多いのよ、痴女が。司も気をつけなさい」

『あー、サキさんみたいな?』

「そう。あいつみたいな。ふふっ」

「あははは……げっ」

幽吹が珍しく声を上げて笑うので、司もつられて笑う。しかしそれが周囲の視線を集めてしまった。

「……ちょっと、思い出し笑いを……お気になさらず」

恥ずかしげに言い訳すると「また御影か」「いい加減にしろよテメー」といった声が周囲の男子生徒から上がった。女子生徒はクスクスと笑う。

「……なんか、常習犯みたいな言われようね」

『イタズラ好きな霊によくやられるんだよ』

司には妖怪だけでなく、霊の姿も見える。学校に迷い込んだ霊にちょっかいをかけられるのは、日常茶飯事であった。

「あー、それは気の毒に」

幽吹がここまで近くにいれば、霊にちょっかいをかけられる心配は無い。そもそも近くに寄ってこない。幽吹は霊に畏れられていた。

「でも、霊除けの札。持ってなかったっけ」

『うん』

司は首にかけた御守りを取り出してみせた。

崎姫お手製の霊除けの札が中に入っている。

『昔は効いたんだけどさ、最近は効果が薄まってて……期限切れとかじゃないんだよ。逆に、俺が持ってる霊を引きつける力が強まってて、効果を相殺してるらしい』

御影家の人間に伝わる、強すぎる霊感の副作用。

「あなたってお人好しだから、それだけ霊にも好かれるのよ。そろそろ、あなた自身が霊を跳ね除ける術を身に付けるべき時かもね」

『そんな術があるの?』

「月夜みたいに、妖怪や霊と戦う術を身に付ければ良いのよ」

『母さんみたいに? でも、母さんは特別な弓矢で戦ってるんでしょ?』

昨夜、日隠村に出立する時に手にした、あの黒い弓。

「そうね。でも、あの弓は、月夜の持つ能力を最大限引き出す道具……御影家の人間は、生まれながらに備えているの。妖怪や霊と渡り合う力を」

『それって、俺も持ってるの?』

実感はまるで無い。

「ええ、まだ弱いけど……その気になればね。月夜に教えて貰えばいいわ」

『相談してみるよ』

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