大会その1

時刻は午前六時。司と幽吹は近所の公営体育館まで、歩いて向かっていた。

「あれ? 大会とか興味無いんじゃ無かったっけ」

最近高校生になった司が言う。

身長は幽吹と並ぶ程になった。それでも女性としては高い背丈を持つ幽吹を今後上回れるかどうかは、怪しいところ。

「師範が出ろってうるさいから。書類とか、なんか勝手に用意してたし」

他方、女子高生だと偽る幽吹。妖怪としての有り余る体力。持ち前のセンスと経験に裏付けされた女子高生にあるまじき実力の高さは隠しきれていなかったが、試合や大会への参加は消極的であった。

そんな幽吹もとうとう、市で開催されるローカルな大会に、自らの意思とは関係無くエントリーされてしまった。師範の我慢は限界だった。これを無視すると、いよいよ道場から追い出されてしまう。

「幽吹なら普通に戦えば優勝間違いないよね。どうするの?」

「そうなのよね。大学生や社会人とやるならともかく、相手は女子高生。目を瞑ってても勝てるわ」

「あ、高校生として出るんだ」

「何? いけない?」

「んー……いや、大学生の設定でも良かったんじゃない?」

「設定とか言わない」

「もっと、大人の姿にもなれるんだっけ」

「司がなれって言うなら、頑張るけど」

「頑張る必要があるんだ」

「うん。妖怪としての年齢や特徴が、変化後の姿にも色濃く反映されるから。それを変えたり隠そうと思うと、少し骨が折れる」

司は母親の友人たちを思い起こす。

崎姫の白金色の髪や、市の一際大きな頭部は、妖怪由来のものである。

「幽吹は……そんなに妖怪としての特徴は出てないよね」

女性としては高い背丈が目立つ程度。

「そうね。髪色が変わるくらいかしら」

幽吹の髪色は周囲の環境によって変化する。緑豊かな山の中にいれば、髪の色は深い緑色に……自然に乏しい街中ならば、黒の髪色になる。

今の幽吹は、黒の髪を靡かせている。人間の世界に溶け込むには都合が良かった。


「さてさて、少し体でも動かしましょうか」

会場に到着して手続きを済ませた二人。試合までの時間はストレッチや素振りに充てる。

「幽吹も準備体操とかするんだ」

「いや、私は必要無いけど」

必要とする司に付き合っているだけのこと。

「ところで、月夜達は見に来ないの?」

「ああ、いつもは応援に来てくれるんだけど……今日は仕事だって」

「へー、大変ねあいつら」

「なんか、いろいろあるんでしょ? 妖怪同士の争いを仲裁したりとか……」

司は母から、妖怪の世界の警察をやっているようなものだと聞かされていた。

「そうね。大変な仕事だと思うわ。でも、月夜は良い子ちゃんだから」

「良い子ちゃん?」

「なんでもそつなくこなす、凄い奴だって褒めてんのよ」

「そうは聞こえないなぁ」

幽吹は月夜の実力を認めてはいるものの、どこか小馬鹿にしていた。

「それにしても、司と月夜って仲良いわよね。なんか……親子っていうより友達みたい?」

「最近多いらしいけどね。そういう関係。まぁ、我が家が特殊だからってのもあるだろうけど」

親と子という確固たる上下関係が薄れつつある時代。

さらに自分の場合、母子家庭。母親の友人三人(それも皆女性)との共同生活。このような特殊な環境が関与しているのではと司は考えた。

「幽吹もうちに来ればいいのに。なんかもう家族の一員みたいなもんじゃん」

「え……そう? でも……崎姫と一緒に暮らすのは嫌ね……」

一瞬幽吹の顔が綻ぶ。

「あー、なんか仲悪いもんね」

「逆に、司が山に住めばいいのよ。小屋とかなら私が作るから」

「それはそれで崎さんが黙ってないような……というか、勝手に小屋とか建てちゃダメだよ。あの山、私有地なのか国有地なのか分かんないけど、どちらにしても」

「堅苦しい時代ね。山の妖怪が山をどうしようと勝手じゃない」

「目立たないように生きろって言ってたじゃん」

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