くろがねの歌8 冥き風

 ちゃりんちゃりんと、胸のお守りがはずむ。

 頭上から降ってくるのは、氷の刃。

 ざむざむと地に刺さる、無慈悲な雹の雨だ。

 ぱっと舞い散る白綿蟲。

 転がりかわして、走る。

 走る。

 走る――。

 脱兎のごとく、ではなく。まさしく脱兎となって。

 


『弟子、にげろぉおおおっ!!』



 それは――恐ろしい光景の直後に起こった。

 吹き飛ばされた黒髭の御方が、広場の石畳にゆっくり倒れたあとに。

 そのとき、ウサギの僕と黒犬は、息を呑んで広場の様子を凝視していた。

 遠目からでもはっきりわかった。

 黒髭の御方の四肢は一瞬にして硬直し、全身凍結していた。

 ましろにきらめく氷の息吹によって。

「バルバトス様。あなたは罪人となり、くろがねの兵士を起動させた罰を受けるのです。それが、我が盟友の望み」

 まだ殺されてはいない。しかしそれに非常に近い仮死状態だ。

 氷結の御方の恐ろしい所業。その目的は?

「くろがねの兵士の暴走を、バルバトス様の所業とすること?」

「らしいなぁ」

 黒犬はぐるぐる唸っていた。

「兵士たちの主人は、黒髭の御方に変わったはずです。なのになぜ、兵士たちは命令をきかなかったんですか?」

「遺跡の管理者を判別する鍵、つまり声紋が、司令塔おれのからだに届かず遮断されたんだろうよ」

 黒犬はだらっと口を開けた。死んでしまった犬の体がさすがに限界なのか、がくりとその場に這いつくばっていた。

「俺に乗り移ってるのは、人工魂『宵の王』。その魂に直接隷属の刻印を打てば、声紋照合による命令なんぞ屁でもない。完全にはね返せるぜ」

「魂に刻印を打つ? それって、黒の技の禁呪じゃないですか! 長老級の導師にしか行使できない……」

「黒髭の前に遺跡に入って管理者登録した奴が、宵の王に直接刻印を打ってたんだろうなぁ。つまり。黒髭に罪を着せて、好きに兵士を動かしてる黒幕は……」


 二位の長老シドニウス様か!


 ヒアキントス様は二位の方と組み、バルバトス様を嵌めたらしい。

 てっきり黒髭の御方と仲がいいと思っていたのに。まさか黒髭の方を油断させるために、いろいろ親身に相談に乗っていたんだろうか?

 くろがねの兵士の進軍先は、北五州。

 そこにはヒアキントス様が後見なさっている蒼鹿州がある。それから――最長老様が後見なさる金獅子州。他の三州にも、みな黒き衣の導師様がついておられる。

「兵士の進軍先はどこかなぁ。あんなもんがやってきて暴れられたら、たまったもんじゃないぞ。シドニウスが狙ってるところといえば――ぐひゃっ?!」

 そのときだった。這いつくばっている黒犬の体が、飛び上がったのは。

 広場の方から飛んできた氷の刃は、犬の背に深々と突き刺さった。

「今の場面を見たものは、たとえ動物でも始末させていただきますよ」

 冷徹な声と共に放たれる、鋭い氷の雨。

「逃げろ弟子!」

 動かなくなる黒犬。

 とたん。びゅう、と通りに風が吹きぬけた。まるでつむじ風のようなうねりだった。

 そして僕は走り出した。

 走る。

 走る。

 走る。

 氷結の御方は追ってこない。犬が斃れたので満足したか。

 ウサギは犬に襲われて殺された。そう思ってくれたのかもしれない。

 それでもまだ弾丸のように走る僕の耳に、我が師の声が飛び込んできた。

 それは風に乗ってくる囁きだった。

『弟子は人間に戻って寺院に帰れ。ヒアキントスにウサギだってことがばれないようにな。黒幕のシドニウスにも重々気をつけて、しらを切りとおせ』

 なに、それ。

 つまり僕は、何もするなってこと? ただ鳴りをひそめていろってこと?

「お、お師匠さまはどうするんですかっ」

『なんとかすっから』

 なんとかって、今は魂の状態なのに、一体何ができると? まともに声すら出せないのに。

「い、いやです! 僕がお師匠様の体を奪還します!」

『大丈夫だって』

 大丈夫なはずがない。こんなみすみす体を乗っ取られる人が、自分の体を取り戻せるとは思えない。

 弟子の僕がなんとかしないと――!

 遺跡へ行って、僕の声紋を管理者として登録する。

 宵の王に刻まれた隷属の刻印をどうにかして解除する。

 宵の王に、我が師の体から出ていけと命じる。

 対処方法はこれでいいはずだ。

 見習いの僕にできるかどうかはなはだ疑問だが。進軍を始めたくろがねの軍団に追いつけるかどうかも微妙だが。 

 でも、やるしかない!

「遺跡にいきます! 放牧地にあるんですよね? それってどこですか? 西? 東?」

『こら、弟子!』 

「やらせてください! だめもとで!」

『お、おい』

「僕、あんたの弟子なんですからっ!」

『で、でも』


「おねがい! ハヤト!!」


 その名前を口走ったとたん。ふきつけてくるつむじ風がぶるっと震えた。

 そして――。

『……わかった。そこ、右。西にあるから』

 我が師は折れてくれた。

「了解!」

 走る。

 走る。

 走る――!

 僕は走った。四肢に渾身の力をこめて。

 ウサギの足はなんと跳躍力があるのだろう。

 ひと蹴りでこんなに進めるなんてすごい。

 走る。

 走る。

 走……

『弟子!!』

 つむじ風が叫ぶ。

『逃げろぉっ!!』

「えっ?」

 広場はすでにはるか後方。ヒアキントス様からは逃げ切ったはず。

 もしかして町を焼く炎? まだぼうぼうとあちこち燃えているから、瓦礫か何かが落ちてきそうとか?

 一瞬足を止めて見上げたその瞬間。


『弟子いいいい!!』――『そこまで、だ』

 

 ぶわっと生暖かい風が吹いてきて。我が師の囁きが遮られた。

 つむじ風が、押しのけられる。

 なんだこの風?! 我が師の声とともに吹きぬけた、爽やかな風とは全然違う。

 ねっとりまとわりついてきて、気持ち悪い。色がついている。くらい……とても冥い、濃紺の……とぐろを巻く蛇のような……。

『ヒアキントス! ここだ! 捕らえよ!』 

 その不気味な風が、ぎゅるぎゅる僕の周囲に渦巻きながら怒鳴った。

 この声の主は。まさか。まさか――!

『弟子ぃいい――!!』

 我が師の声が遠ざかる。

 ど、どうしたんだこれ。変な風に巻き込まれたとたん、足が……足が、動かない!

 慌ててもがくも、全然前に進めない。後ろにも。左右にも。必死に手足を動かしてるのに!


――「申し訳ありません、二位の御方。見過ごしておりました」


 風の中で足止めされているうちに、氷のごとき声が背後から忍び寄ってきた。

 なんてことだ。

 なんてことだ。

 逃げられたと思ったのに!

『捕獲しろ! だが傷つけてはならんぞ』

 氷の雨が降り注いでくる中。僕を縛る冥き風からあの方の……シドニウス様の恐ろしい声が轟いた。

『そのウサギは、アスパシオンのペペ。我のものだ!』   

 



  

 岩をくりぬいた小さな円窓。

 三つあるその窓から、しめやかな歌声が流れ込んでくる。

 聞こえてくるのは鎮魂の唱和。

 黒き衣の導師様たちが、岩の舞台で歌っておられるのだ。

 果て町の犠牲者を悼むために。


 『空よ 迎え入れよ

 御霊となりて飛んでいくものどもを

 極光のいざない ふりそそぐ御手

 きらめきたつは 星の船』

 

 果て町の被害は甚大だった。

 三分の一以上の建物が丸焼けになり、手当て空しく亡くなった人々は百人以上。

 そして僕は。

 まだ、ウサギのままでいる――。


「きゅう……」

 ここは岩窟の寺院の三階。ひんやり薄暗い岩壁の部屋。

 蒼い鹿紋のタペストリーが一面、岩壁にかかっている。

 美しい流線型の足がつき、びっしり彫刻が施された卓や椅子。岩を穿って作った書棚に並ぶのは、キラキラ光る蒼い置時計や蒼い磁器。見事な唐草模様の絨毯も、地の色は蒼で鹿の模様。銀糸の刺繍の縁取りがついた、豪奢な更紗が敷かれた寝台も、蒼地に鹿の模様……。

 蒼い鹿に満ちたこの部屋は、ヒアキントス様のもの。

 そしてウサギの僕は、瑠璃色の卓上に置かれた銀の鳥かごの中にいる。

 氷結の御方にあえなく捕らえられて――いや、「保護」されてしまったのだ。

「きゅう……」

 不気味な冥い風。あれがなければ……。

 二位の御方の魂は、ずっと僕を見張っていたのに違いない。

 悔しさが募る。無力なおのれがふがいなくて、長い耳がだらりと垂れてくる。

 今の僕は、人間には戻れない。

 どんなに韻律を唱えようと、ウサギの口からは「きゅう」しかでない。ヒアキントス様に、人語を封じる韻律をかけられたからだ。

 時計のようなお守りはとりあげられなかったが、ふん、と鼻で笑われたからほとんど効力がないんだろう。たぶん、単なる飾りなんだろうな……。

 僕を捕らえたあと、ヒアキントス様はなにくわぬ顔でユスティアス様を起こし、バルバトス様が兵士を動かした黒幕だと吹き込んだ。

 氷結の御方は氷玉に僕を閉じ込めて持ち歩き、町の犠牲者の埋葬を手伝った。

 その作業が大体落ち着いてから、果て町へ派遣された寺院の者たちは、すべていったん寺院へ退いた。

 お亡くなりになられた、デクリオン様の葬送の儀を行うために。

 宵の王の炎弾を受けた不幸な御方は、介抱の甲斐なく心の臓が止まってしまわれたのだった。

 戻りの船の中。ユスティアス様はもと師の亡骸にすがり、ずっと泣いておられた。

 ご自分と。バルバトス様と。そして我が師へ、呪いの言葉を吐きながら。

 師を失った衝撃ゆえだろうか、ヒアキントス様に気絶させられたことは、全く覚えていないようだった。

 導師がひとり死亡。遺跡から兵を出したのは、バルバトス。

 ヒアキントス様の報告に、寺院中が騒然となった。

 確認のために件の遺跡へ急行したのは、本物の黒幕である長老シドニウス様。むろん二位の御方は、「バルバトス様が遺跡の管理者であることを確認」し、こたびの事件の犯人で間違いないと断定。

 黒髭の御方は凍結されたまま、現在独房に収監されている。おそらく近日中に処刑されるだろう。

 西進中の我が師は、本人不在のまま、最長老様から「破門」を宣言された。

「悪しきものにとりつかれるとは、黒き衣の導師にあるまじき失態。アスパシオンは、デクリオン殺しも弟子への攻撃も止められなかった無能な者である!」

 長老を始めとする導師様たちの見解は厳しいものだった……。

 そして僕は――。

 ヒアキントス様の嘘の証言によって、「暴走した師にウサギに変えられた、哀れな弟子」にされてしまった。


「あろうことか己が弟子をウサギにして丸焼きに?!」

「みすみす乗り移られて、わが子を傷つけるとは」

「アスパシオンめ、取りつかれるとは情けない」

「黒き衣をまといし資格などなかろう!」


 寺院中のだれもがバルバトスに憤り、我が師にあきれ、僕に同情した。

 怒りと驚きと哀しみの中、デクリオン様の葬送の儀が荘厳に執り行われた。

 その体は荼毘に付され。ケーナが演奏され。遺灰が湖に撒かれた。

 その翌日。

 若きユスティアス様は、失意の中にありながらもおのれの正義を貫いた。

 長老様たちに訴えてたくさんの弟子たちを募り、焼かれた町の再建を手伝うために、再び向こう岸へ渡って行かれたのだ。

 それが師への弔いと償いだと言わんばかりに。

 再建を手伝いたい、と志願した弟子たちは前回よりもはるかに多く、寺院の弟子たちの半分以上が果て町に渡っている。

 そして今、導師様が集う石舞台では。

 町の犠牲者のために、鎮魂の祈りが歌われている……。


 『極光のいざない 迎えの御手

 きらめきたつは 星の船』


 僕らの国では、棺は船の形をしている。

 星を渡るための船だという。

 

『わたりゆけ船よ ゆらめき流れよ

 汝をむかえるは 永久に消えし母なる大地

 輝ける 青の三の星』


 鎮魂歌は、僕らのもともとの故郷、蒼き星へもどれと歌っている……。

――「まだらウサギ。エサだぞ」

 歌が流れ込む蒼き部屋に、金髪のレストが入ってきた。

 ヒアキントス様の他の弟子はみな、果て町の再建作業に参加している。レストだけ行くのを渋ったので、氷結の御方は彼に僕の世話をするよう命じた。

 僕のもとには多くの弟子たちがお見舞いにやってきたが、レストは意地悪くも「面会謝絶」にして追い払った。

 特別に、ともったいぶって部屋に入れたのは黒肌のラウだけ。

 白肌のリンが一緒にいたのに、彼女にはにべもなく入室を拒否した。

 ほんとにこいつは不寛容だ。

「ほら、食べろ」

 鳥かごの隙間から、しなびたハーブの葉っぱが入ってくる。

「ほんとにおまえ、ぺぺなのか? どこからどうみてもウサギだよな」

 半信半疑で覗き込んでくる、目にもまぶしい金髪の少年。

 宵の王が僕に放った黒い炎は、幸いあまり威力のないものだった。

 重傷には至らず、メディキウム様特製の軟膏を塗りたくられると、それだけでだいぶ楽になった。しかし体中、軟膏でべたべた。桃色の新しい地肌がそこかしこに見えている。見るも無残なまだらウサギだ。

 口角を引き上げてレストがくすくす笑う。

「おい、もっとうまそうに食べろよ、まだらペペ」

 だっておいしくない。しなびた葉っぱなんて。せめて、ニンジンぐらいほしい。

 鳥かごの隙間からレストの指がにょきっとつき出てきて、僕の丸ハゲのお尻を突っついた。

「きゅんっ!」

「おいまだらぺぺ。言葉はしゃべれないのか?」 

「きゅん!」

「はは。びくっとして面白いな」

「きゅきゅん!」

「ははは。ほら、もっと鳴けよ」

 籠の端にノソノソ逃げる僕。籠を揺らして、僕がずるっと滑るのを笑うレスト。

 ちくしょう。人の言葉が話せたら、レストを呪ってやるのに!

 

 物悲しい鎮魂の歌が止まる……。


 石舞台の導師様たちが歌い終わったようだ。するとレストはパッと僕のかごから離れてハタキを持ち、せかせかと蒼一色の部屋の掃除を始めた。

 わかりやすい。

 案の定、部屋の主が帰ってきた。

 ヒアキントス様の目の覚めるような金髪に、僕は目をしばたいた。このまぶしい髪色は、純血の北方人の証。北五州の貴族たちは、この星に降り立って以来綿々と守ってきた、混じりけなしの人間の血統を何よりも誇りとしている。ひどく排他的になるほどに。

「掃除とは感心ですね、レスト。かわいそうなぺぺさんにエサをやりましたか?」

「はい、お師さま」

 金髪のレストは猫をかぶり、いけしゃあしゃあと甘ったるい声で答えた。

「でもあまり食べてくれません。とても心配で胸がつぶれそうです」

 すると。彼の師も、いけしゃあしゃあと言ってのけた。わざとらしくニッコリ微笑みながら。

「友達想いですね。これから二位のシドニウス様に、ぺぺさんの解呪を試していだたくことになりました。きっと人間に戻れるでしょう」

 自分がわざと僕をウサギのままにしていることは、おくびにも出さない。

「お師さま、アスパシオンの奴は、我らの地へ至るでしょうか? まだくろがねの兵士どもの進軍は止まっていないのでしょう?」

 レストが心配げに尋ねる。自分の故郷が破壊されないかどうか、気になるのだろう。

 傲慢で尊大な奴だが、師の悪巧みには全く感づいていないようだ。

 ヒアキントス様は、優しげな笑みを浮かべたまま答えた。

「ええ、兵士どもはバルバトスに命じられたまま、まだ動いています。シドニウス様が遺跡を確認なさった時に急いで管理者名を書き換えましたが、兵士どもは遠方にいってしまって命令が届かぬ状態だそうです。ゆえに現場に急行される支度を整えておられますよ。

 ですから心配はいりません。宵の王は、じきに止められます。それに我らが蒼鹿の地に至ることはなさそうです。あれらは、金獅子州に向かっているそうです」

 金獅子州。最長老様が後見なさっている地だ。

「しかしバルバトス様の執念はおそろしいですね。くろがねの兵士たちの狙いは、金獅子州で開かれる大陸同盟会議。そこに特別招待されたメキドの女王陛下が標的……と、もっぱらの噂です」

 なん……だって?!

「金獅子州が王権認定の申請を望んでいる女王陛下に、諸国へ根回しする機会を与えたのです。しかし黒髭の御方は、メキドの後見を罷免されたことを相当恨みに思っていたようですね」

 トルが、金獅子州に? くろがねの兵士が向かっている処に?

 シドニウス様はバルバトス様に罪を着せるために、トルの金獅子州入りに合わせてくろがねの兵士を動かしたわけか。

 でも、その真意は? 狙いは? 

 ご自身が現場に行かれるということは、兵士どもを食い止めるふりをして好きに操るつもりなんだろうか。

 まさか金獅子州を破壊するつもりなのか? 

 それともまさか……まさか二位の御方も、トルを狙ってる?! 

 あの御方は何を考えているかわからない。大国スメルニアの国意は複雑だ。トルが襲われる可能性は、否定できない……!

「しかし、ひどいですよ」

 たちまち顔色を失って震える僕を尻目に、レストがのんびり口を尖らせる。

「おかげで夏の御霊送りの祭りが中止になってしまったんですから。とても残念です」

 ああ、本当なら今頃は……。

 弟子たちが中心となって湖に灯篭を流して、過去の偉大な導師たちを讃える御霊送り。確かにその行事の時期だ。

 この祭りは、弟子たちが魔法の花火を打ちあげる競技会も行われ、街から捧げられるお菓子が振舞われる楽しいもの。だが今、寺院の弟子の多くが街の復興の手伝いに出払っている。焼け野原の街は、お菓子を作る余裕など少しもないだろう。

「はばたく鳥の群れの花火を出せるようになったのに……誰にも見せられないなんて」

 町へ行くことを望まなかったレスト。その心には、顕示欲しかないんだろうか。

 しかし彼の腹黒い師は説教ひとつすることなく、にっこりなさった。

「鳥の群れとは素晴らしいですね。では、豊穣祭の時に皆にお見せなさい。二ヵ月後ならば街もだいぶ落ち着くでしょう。秋の祭りはたぶん中止になりませんよ」

「はい!」

 レストの顔に満面の笑みが浮かぶ。

「だれよりもお師さまのために、さらに技を磨きます。お師さまに喜んでいただけるように」

「レスト……」

「おそばを離れたくなかった。だから町には、行きたくなかったんです」

「ありがとうレスト。そなたこそ、私の一番の子です」

 氷結の御方がレストの黄金色の頭を撫でる。かわいい息子を愛でる父親のように。

 蒼鹿家の師弟はそれから和気あいあいと、花火の魔法について論じ始めた。

 なんとも緊張感のない、他愛のない話をえんえんと。

 動く花火の種類。望みの色の出し方。

 宮廷の祝宴で使われるようなきらびやかな魔法のことを、二人は語り続けた。

 まるで果て町の惨事など忘れてしまったかのように。

 この世はおしなべて、まったき平和であるかのように。

 物悲しい鎮魂の歌の余韻が、漂う中で。



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