赤色の想い

陽乃 雪

赤色の想い

大きなルビーの鍋で作ったモノには、想い人の心を射止める力がある。

それがこの地域に伝わる伝承。

本当は伝承に頼りたくなかったけど、意気地なしの私には彼に振り向いてもらえるほどの力はなくて。

だから私は、勇気を出して森の奥に住む魔女に会いに行くことにした。


あか しろ きいろ

三色のランプが吊るされた立て看板を右へ曲がる。木々を抜けた先には、草原と小さな湖、それと古めかしい家。

私は扉の前に立ち、錆びたドアノッカーを鳴らした。

開いた扉からいかにも魔女といった出で立ちの、白髪が美しい老女が顔を覗かせる。

「あんたが来るのはわかっていたよ」

お入り、という言葉に促され、私は家の中に足を踏み入れた。

「鍋を借りに来たんだろう?」

若いってのはやはり良い、とからから笑う魔女は、奥から大きな包みを抱えてきて目の前の机に置いた。座っていた椅子から立ち上がり結び目を解くと、大きな鍋が姿を見せる。

大きなルビーを削ってできた、透き通った赤色の両手鍋。

思わず見惚れる私の頭に魔女が手を乗せる。

「気持ちを伝えられるように、頑張んなさい」

両手に包みなおした鍋を抱え、お礼とともに家まで走り出す。

「気をつけて帰るんだよ」

魔女の優しい声がだんだん遠ざかっていった。


彼のことを考えながら、鍋に材料を入れていく。

かっこよくて、優しくて、笑顔が綺麗な彼。

甘くてふわふわで密かな恋心。

ルビーの鍋で煮詰めた彼への想いをハート形に固めてオーブンでふっくら焼き上げる。赤色の箱に詰め込んで、真っ白のリボンをかけて。

きっと振り向いてもらえる。大丈夫。


夕方、学校帰り、下駄箱前。

赤色の想いを抱え、私はうつむきがちに立っていた。

大丈夫。大丈夫。何度も自分に言い聞かせる。ルビーの鍋の力は、魔女の折り紙付きなんだから。

キュ、キュ。

下駄箱に上履きの音が近付いてくる。

音の方に目を向けると、そこには彼がいた。

彼が上履きを下駄箱に入れる。

私の鼓動が早くなる。

彼がローファーを履く。

私の息が少し荒くなる。

彼が私の前を通りかかる。

私は──。

「……ねぇ」




私の勇気は想いを伝えるのには小さすぎた。小さすぎて、届かなかった。

そのまま前を通り過ぎ、校門の向こうに消えていく彼。

私はさらにうつむき、手に持つ箱を握りしめた。甘い想いにうっすらと皺が寄る。

「気持ちを伝えられるように、頑張んなさい」

彼のことが好きでも、どれだけたくさん想っていても、動かなくちゃ届かない。

ルビーの鍋の力を借りて想いを膨らませても、私が伝えなくちゃわからない。

……大事なのはモノじゃなくて自分の気持ちなのに。

意気地なしの私の想いは、赤い夕焼けに溶けていった。

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