second chapter.捨て去った想い

「捨て去った想い」1

珍しく、短距離走並みのスピードで、駅から学校に向かって走っていた。遅刻してるわけではないから、急がなくても問題ない。ただ、早く真実が知りたかった。



昨夜は微かな頭痛があったのと、モヤモヤとした気持ちでほとんど眠れなかった。

モヤモヤしてしまうのは、昨日の内に本人の口から真実を聞けていないからだ。



立ち止まることなく校門を抜け校内に入った。急いで上履きに履き替えていると、爆笑しながら友達と話すイッタを発見した。そこまで直行し、ブレザーの首根っこを引っ張る。



「うおおおい、何すんだよ!」



イッタは振り返ると、僕を見てぽかんと間抜けな表情を見せた。



「なんだ、ハルか。なになにどした?」



走ったせいで息が荒く、恐らく危機迫ったような顔をしていたんだと思う。

イッタは友達に「あとでな」と挨拶し、詰め寄ってきた。



「おまえさ、昨日もライン見てないだろ?昨日は例の―― ほら、あれやる日だったじゃん。心配したんだぞ」


「うん、そのことで聞きたいことが――。」



するとそこで、背の高いユウダイがのそっと気だるそうに現れた。



「ういっす。2人ともなに真剣な顔してんの」



ユウダイの家は学校から近い。まだ起きたての眠たそうな目で僕達を見ている。

金色で癖毛の髪が、更に乱れていた。



「おおおっす!おまえ珍しいな、朝からちゃんと来るなんてさ。な、なあ!」



イッタはわかり易く動揺している。ユウダイは怪訝な表情で僕達を交互に見た。

何となくマズイと思え、この場を繕うと思った。



「実は僕、さ―― 昨日からササゼミ受講することになったんだ」


「はあ?まじで?あそこ入ったらおまえ終わりだろ」



ササゼミとは、東大合格者数が最多のスパルタ塾。この街にある有名塾で、テレビで多く取り上げらることから、知らない人はほぼ居ない。



「だよね。僕は東大なんか目指してないんだけど。ほら、父親がさ、大学だけは一流目指せとかなんとか言って無理やり――。」


「おまえのオヤジまじ嫌いだわ。それ俺ら以外には言うなよ。きちがい生徒会長に目つけられっぞ」



その生徒会長はカシワギ。彼は本当に東大を目指しているが、すぐにヒステリーを起こして発狂するため、皆にきちがい扱いされている。ちなみカシワギは、ササジュクの入塾テストに落ちて通えなかった。



このかん、イッタは手で自分の口を覆って硬直していた。押さえてなければ、真実が溢れ出てくるのかもしれない。ユウダイもそれを見て、ははっと笑い飛ばした。



「ほら見ろ、イッタまで引いてんぞ」



そう言いながら、履き潰した上履きを引きずって教室に向かっていく。ユウダイの特徴ともいえる丸まった猫背を後ろから見て、密かに安堵の息を漏らした。そこでイッタが何か言ってこようとしたけど、イッタは声が大きいため内緒話が出来ない。こっちから先に耳打ちした。



「昼休みの時、屋上で待ち合わせね」


「お、おう!」



親指を立て、ぎこちなく大きな声でそう言う。

秘密を持つのが苦手なようだ。



昨日はご飯も食べずにすぐに眠ってしまった。両親とこれ以上一緒に居たくないという気持ちが大きかったけど、何よりも1人になりたくて仕方なかった。早く寝たお蔭か、頭にあった鈍痛は、眠って起きたら治っていた。鈍痛は取れても、心のモヤモヤは未だにある。



ユミさん――。僕はマイ・レメディーに入るまで、何故ユミさんという存在を忘れてしまっていたのだろうか。そして、ユミさんとの思い出を、何故思い出せないのだろう。想像力を働かせて、さまざまな予想を立てた。



例えば、僕はユミさんに嫌われたかと思い、ユミさんと出逢ったことをなかったことにしようと思い込んだ。結果、月日が流れ本当に忘れてしまった。あとは、記憶喪失になる実験を父親にやらされ、見事成功しているが、僕が怒るため真実を隠している―― など。



考えている内に、少しずつ気持ち悪くなった。目を瞑っているのに、ぐらぐらと頭の中が揺れている。マイ・レメディーはやはり、人体に何かしら影響が出るのだと実感した。



授業中もこの繰り返しで、先生の話など上の空で考え続ける。



イッタとユミさんの関係が謎のままだ。もしかしたら忘れてるだけで、僕はイッタにユミさんを紹介したのだろうか。



早くイッタに聞きたい。もしかしたら、イッタが何か答えを握っているのかもしれない。本当は、昨日すぐにでも聞きたかったけど、そもそも僕がマイ・レメディーに選ばれたことは、友人には言ってはならない事だ。ラインにメッセージが残ったり、着信履歴が残ったり、そういうちょっとした証拠となる全てを避けたかった。



落ち着きのないまま午前中の授業が終了し、屋上めがけて走った。



僕は周りから、大人しくて何があっても動じない奴だと思われている。今日は落ち着きない上に走りまくっていたから、同級生達に変な目で見られているような気がした。



屋上に着くと、既にまばらに生徒が居る。太陽が燦々さんさんと照りつけてくるので、目を細めて周囲に目をやったが、イッタはまだ来ていないようだった。



昨夜から何も食べていないのに、不思議とお腹が空いていない。

フェンスに寄りかかり空を仰ぐ。



マイ・レメディーの中と同じだ。

青い空に、見慣れた高校の屋上。



ため息を吐き、ポケットからスマホを出してラインを開く。

母親にメッセージを打った。



【これから毎日放課後あれに入るから。送り迎えはいらない】



入力し終えたところで名前を呼ばれる。顔を上げると、パンを頬張りながらイッタがこっちに向かって歩いていた。腕からコンビニ袋を下げ、右手にパン、左手にサンドイッチを持っている。僕と違い、相当腹が減っているらしい。



「おまえ昼飯は?」


「今のイッタを見てるだけで腹いっぱい」


「何言ってんだよ、飯食わねーと死ぬぞ」



そりゃこのまま一生食わなきゃそうなるだろうけど――。苦笑いで見つめていると、手に持っていたサンドイッチを無理やり口に押し込まれた。咳込みながら、渋々受け取る。



「それだけでもいいから食えよ。心配すんな、あとパンが2個とすきやき弁当、“俺のプリン”も持ってっから」


「心配はしてない。イッタが毎日大量に昼飯食うの知ってるし」



イッタは気にせずごそごそと袋を漁っている。それを無意味にじっと見ながらも、意を決して問いかけた。



「イッタさ、実はお姉ちゃん居ない?」



漁る手をピタッと止め、目を丸くしてこっちを見る。

変にドキドキしながら返答を待っていると、イッタがぷっと吹き出した。



「なんだそれ。俺が一人っ子だって知ってんじゃん」


「知ってるけど。ほら、何か事情があって言えないとか?そういうのあったら、教えて欲しいというか――。」


「ねぇよそんなの!もしそうなら俺、ぜってぇ黙ってらんないし。おまえには言うよ」


「そっか」



それはそうだ。そんな大事なこと、イッタが黙ってられるわけがない。辺りを見回し、近くに人が居ないことを確認してから、少しだけイッタと距離を詰めた。



「昨日、例のあれに入ったんだ。ただ寝てるだけかと思ってたんだけど、脳の中で活躍しなきゃいけなくて」



イッタは次のパンを口にしながら、はあ?と間抜けな顔を見せる。



「話すと長いし、理解するのに時間が掛かるだろうから詳しい説明は省くけど、簡単に言えば、相手の夢の中に入るって感じなんだ」


「ゆめぇ?」


「そう、正しくは昏睡状態の相手の脳の中に入るんだけど、向こうは自分が昏睡状態って自覚がなくて、それで昏睡状態前の記憶の中を彷徨ってるんだ。そこに入るから、人の夢の中に入るようなもので――。」



昨日は比較的冷静を装っていたつもりで、両親にもマイ・レメディーに入った感想を話さなかった。こうやって話していて、自分が興奮してきているのが分かる。僕はきっと、非現実的なあの世界に行けたことを、人に話したくて仕方なかったんだと思う。

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