「救命制度」4

うんざりした。あの2人を見ていると、心底うんざりする。



頭を抱えながら泣いていると、ウサミ先生はこっち向けと言わんばかりに肩を叩いてきた。



「うんざりだろ。ほらその顔、当たり!」



不謹慎にも満面の笑みでそう言ってくる。



「ついでにもうひとつ当てよう。マイ・レメディーの説明、まじ意味分かんねぇ」



僕はぽかんとしてウサミ先生を見つめる。ついでに涙も引っ込んだ。



「要は安全かどうか知りたいだけだっつーの。偉そうにペラペラ専門用語並べてんじゃねぇよ」



そこまで言うと立ち上がり、指さしてまたもや笑顔を見せた。



「当たり?」



ついふっと笑みが零れる。



「まあ、はい」


「ハル君はブレイン=コンピューター・インターフェイス、略してBICを知っているかな?」


「いえ」


「例えば、コンピューターに機器をネットワークで接続することで、色々なことが出来るよね。言っておくけど、ネットサーフィンが出来るとか、SNSで仲間と繋がれるとか、そんな話じゃないから!」



自然と笑ってしまった。ウサミ先生の話し方には愛嬌があり、それでいて人を引き込む力があるなと感じる。



「例えばねぇ、パンが食べたいとするじゃない。トースターのスイッチをコンピューターで制御すれば、ああ、パンが食べたいなぁって考えるだけで、トースターの電源を入れることが出来る。だけどパンは自分で入れないといけないから、初めからパンを入れたついでに電源を入れろよって話だけどね」


「駄目じゃん」


「ごめんごめん、例えが悪かった。こんな狭い世界で利用するのではなく、もっと困ってる人に活用しないとね。そう、義手や義足をコンピューターで制御すれば、考えるだけでその義手義足を動かせる。つまり、事故や病気などで身体を動かすことが困難になった人も、BICを応用すれば自分で動けるようになる可能性があるというわけだ。色々と端折はしょると、そのBIC技術を応用し更に進化を遂げたのが、マイ・レメディーだ」



僕は暫くぽかんとしながら、無意味に真っ白な天井を眺め考える。



それで昏睡状態の人を起こす、としたら、コンピューターで操作すればいいのではないだろうか。他に人は必要ない気がする。



「何となくしか、分からないけど、僕って役に立つのかな」


「確かに必要ないケースもある。稀に外部からの刺激で反応を起こす事もあるし、それでも駄目な場合、脳に刺激を与える事で昏睡状態から脱することもある。それでも駄目なら、マイ・レメディーの出番だ」


「最終手段、なんだ。必要な人とそうでない人の、違いって何?」


「うーん、医学では証明できていないし、これを言うと医者の連中に笑われるんだけど――。僕はね、最終的に目覚めるきっかけは、患者の“生きたい”という想いだと思っているよ。だからこそ、人を介したマイ・レメディーの研究を始めたんだ」



それじゃあ、相手に生きたいという想いを抱かせなければならないってこと?

それって、凄く重要な役割だ。



不安だったのは、自分の脳に後遺症が残らないのかって事だった。だけどそれだけではなかった。相手が生きるか死ぬか、それが自分に掛かっているようなものだ。



ウサミ先生はぱんっと手を叩き、指さしながら笑ってきた。



「おっとー?やっと理解出来てビビっちゃってるねぇ!」


「いや、だってもし目が覚めなかったら、相手の家族に恨まれるかもしれないし、そうなったら僕も一生後悔するよ」


「規則で双方の細かい情報は、伝えちゃいけないことになってるから平気。あと、慣れるまで毎日少しずつしか入ってもらわないから。それでちくいち僕に起きた事、相手の状態を報告してもらう。要は君は、患者と医者の架け橋だよ。危険だと感じた場合、もしくは患者に目覚める傾向が出た場合、マイ・レメディーを初めて使用する前の状態に脳を戻すから。その影響で、お互いの記憶も消えてしまうだろう。いわばちょっとした記憶喪失だよね」


「ちょちょちょ、ちょっと待ってください。そもそも相手に生きる活力を与える方法が分からないし、マイ・レメディーで起こった事を報告って何?僕は、ただ寝てるだけでいいって聞いたんですけど」


「そうだね、寝てるだけでいいよ。身体はねぇ」



そう言いながら、壁のスイッチを押す。すると機械音を立て、壁からテーブルとコーヒーマシンのようなものが突き出てきた。手慣れたようにその近くの壁を押すと、観音開きの扉が開いた。中には無数の食器がしまわれていた。



「ああ、本当は飲み物を最初に出すつもりだったんだけど、申し訳ないが君のお父さんは苦手でね、飲み物を与える気にならなかったよ」



コーヒーマシンを操作しながら、ブラックとカフェオレどちらがいいか聞いてきた。



ブラックは飲めない。あの苦さは駄目な事に付随して、父親の好きな飲み物は何となく受け付けない。



「カフェオレお願いします。ていうかウサミ先生、さっきの話の続きは」


「――うん?なんだっけ?」



ウサミ先生はブラックコーヒーを口に運び、目を丸くさせながら思い出そうとしている。



こんな医者に会った事がない。プライドが高くて傲慢な医者ばかりだった。ウサミ先生は、かなり変わった医者に違いない。科学者の方が向いているかもしれない。



カフェオレが出来上がったところで、ウサミ先生は思い出したように「そうだ」と言った。



「身体は眠っているようだけど、君の脳は動いている。脳の活動で発生する電気信号をデジタルに変換し、それをつねに記録しているんだ。そのデーターをもとに、一体何が起きたのか、どんな感情を抱いたのかを照らし合わせたい。これで患者と君の動きや感情を理解し、こちら側がコントロール可能な状況にするんだ」


「何となく分かったけど、やっぱり寝てることに変わりないよね」


「患者の脳波と君の脳波を融合するのだから、君はそれはもう多忙だよ。目覚めた時はどっと疲れるだろうね。いわば、相手の脳領域に入り込むんだから」


「いや、分かるようで分からないんですけど」


「うーん、そうだね、ハル君も寝ている時に夢を見るよね?とっても不思議な世界に入ってしまったことはないかい?」


「まあ、大抵夢は意味不明ですよね」


「寝ている時に脳は、その日に得た情報などを整理している。いわば患者の脳の中は、昏睡状態前の記憶の中だということだよ。そう、ハル君は、人の夢の中に入るんだ」


「わお――。」



そんなこと可能なのかという疑問と驚きで、思わず欧米人のような反応をしてしまった。



「今までこの仕事に携わってきて分かったのは、ほとんどの患者が自分が昏睡状態だと理解していないという事だ。ここで気を付けて欲しいのは、相手に絶対昏睡状態だということは伝えてはならないっていう事。脳波が酷く乱れて、共に危険な状態になる」


「現実を伝えずに生きたいと思わせるなんて、そんなこと出来るのかな」


「相手が悲しむ記憶に遭遇したら、慰めたり面白いことでも言って、笑わせたらいいじゃないか」



いいじゃないかって、全く他人事だと思って。



ウサミ先生はカップに口を当てながら、にこにこして見つめてくる。

ことの重大さを分かっていないようにみえるけど、さっき父親に“未成年には危険じゃ”と、僕を心配しているような発言をしていた。



「あの、ウサミ先生は、マイ・レメディーを使ってみたことあるんですか?」


「当たり前でしょう。それも1番最初にね」


「後遺症は、ないんですか」


「ああ、だからこんな性格になったんだよね」



シーンと静まり返る。



僕もあんなお気楽な変人になってしまうのだろうか。

一抹の不安を抱えていると、ウサミ先生が吹き出すように笑いだした。



「ジョークだよ!全く、君まで僕を変人だと思っているのか」


「い、いえ、そんな」


「ま、冗談はさておき、最初は頭痛があったねぇ。それと、回を重ねる毎に、いつまでも夢の中に居るみたいな時間が伸びていった。だから引き際は大事だと身を持って分かったよ」



それはリアルで心強い意見だ。だけど、僕の心はまだ決まらなかった。



「ハル君は欲しいものないの?引き受けたら結構な報酬が出るよ」



欲しいもの――。特にない。

もともと物欲がないし、趣味と言えば映画鑑賞くらい。



「どうするのか、君のご両親のことは、あっちの遠ーくの方に置いておいて考えなさい。はっきり言うが、僕は未成年が使用することに反対だ。まだ発達途中だからね」


「僕、正直どうしたらいいか分からないんです。親の為にここで一肌脱ぎたいって気持ちもあるけど――。というか、父親にあんな言われ方もうされたくないから。だけど、不安だって同じくらいある」



ウサミ先生は腕を組みながら、うーんと言って首を傾げる。

そして、親指で僕の背後にある壁を指さした。



「じゃあ、ちょっとだけ入ってみる?」


「え?」


My Remedyマイ・レメディーにだよ」



そう言うと、壁の一部をぱかっと開き、そこに現れたボタンを押す。大きな機械音と共に、背後にあった白い壁が真ん中から二つに分かれ、左右に引っ込んでいった。重厚な窓ガラスが壁となって現れる。導かれるようにして近付いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る