第19話大団円

 逃げたその足で、すぐさま質屋にギターを持ち込んだ。店員は革張りのケースを開けると、おっ、と声をあげ、目を見張った。

「こ・・・これは・・・」

 楽器方面に明るい店員らしい。取り出したアコースティックギターをかかえ、ためつすがめつ、ホレボレとした顔でながめる。

「ギブソンですね。いい品です・・・いや、すばらしい・・・」

 全体の状態を見た後は、細部の観察に入る。

「年代物ですね。型番もいいし、申し分ないです」

「そんなにいいものなんですか・・・?」

「この音色をお聴きください」

 そう言うと、店員はその場でつま弾いてみせる。なるほど、澄みきったいい音だ。

「・・・で、あのー・・・」

「ええ、かなりの高額で買い取らせていただきますよ」

 店員が電子計算機をはじく。パネルに、ギョッとするような額が提示された。

「ま・・・んま、んま、まま、マジですか?・・・」

 ゼロの数を指で追って確認したが、間違いはないようだ。相手の気が変わらないうちに合意し、オレは大枚を受け取った。なんという劇的な終幕。天にものぼる気持ちとはこのことだ。

 さて小麦の待つマボロシ酒場へ急がなければ。と、振り返ったそのときだった。質屋のフロア内には、販売コーナーが設けてある。そのまさに振り向いた先で、いっこの品が光り輝いている。近づいてみると、それはプラチナのリングだった。亡くなった母が・・・優しくて大好きだった母が・・・終生大切に身につけていたものと瓜ふたつだ。オレはそれを見た瞬間、あるインスピレーションを得た。

(これを、小麦の左手薬指に通してやろう)

 即決で買い求めた。値は張っても、あいつのためなら苦ではない。大変な事件つづきの夜だったが、これでやっとあたたかいクリスマスにすることができる。オレにとっては、小麦の笑顔がいちばんなんだ。その笑顔を一生のものにしてやろう。オレはしあわせの種のようにいとおしいリングを手の平に握りしめ、雪景色の街を駆け抜けた。小麦がオレを待っている。いつの間にか灰色の雲間が開き、夜空には星ぼしがまたたいていた。完。

「『完』・・・と」

 ちゃぶ台上でペラ紙に向かってたオレは、鉛筆を置いた。

「ちょっと待って!なにこれ?」

「あの~、この予定調和は、さすがにいただけませんよ、先生」

「っせーなー。いいだろー、多少は脚色したって」

 「小麦の風景」最終回のあらすじネームで、小麦と宮古に責め立てられてるオレなわけである。

「だいたい、あんたのお母さん、生きてるじゃない。仕送りまでしてもらってるのに。あやまりなさいっ」

「そこはほら、この方が感動的だし・・・」

「でも、それ、ありきたりすぎます。あの夜の事実を描いた方が、読者はよろこんでくれると思いますっ」

「ギターケースは空っぽだった!なんて、恥ずかしくて描けねーだろ!」

 質屋で開いたケースに、ギブソンは入ってなかった。押し入れの奥から目ざとく見つけた小麦が、すでに売り払ってたのだ。実際は、オレは怒り狂ってマボロシ酒場に向かったのだった。

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