vs冒険者・【朝日迎える、五つの花弁】

5. 五枚の花弁

 

 紅く輝く太陽がその役目を終えようと、静かに眠りに入ろうとする頃合い。


 土を踏み固め、道のふちをきらびやかな鉄鉱石で覆っているなだらかな道、山を越えイヴァーク王国と隣国とをつなぐ主要街道。

 その在りし日の栄華を誇るような、荘厳さのある街道をく五人の男女がいた。彼らはどうやら、イヴァール王国からの帰り道のようだった。


 イヴァール王国は、現在戦時中だ。故に、イヴァール王国と敵国たる隣国を繋ぐこの街道は王国騎士団を除き立ち入りを禁止されているはずである。

 彼らは皆例外なく武装をしているが、ある者は剣を、またある者は杖を……というように彼らの武装はチグハグで、何ら統一感はなく騎士団ではないのは明らかだ。

 では、彼は何者であるのか?――そう、彼らは冒険者だ。


 冒険者は、魔物を狩ることを生業とする者たち。“人類を守護する盾”であり、“人類の反撃のつるぎ”だ。


  故に、例え戦時中であろうと何だろうと、冒険者は確固たる理由があれば問題なく入国できる。

 これを断ることは、人類の敵対者・・・として、大陸中の冒険者が敵に回ることを意味するのだ。

 もちろん、“人類反撃のつるぎ”たる確かな実力をもち、入念な入国審査をパスする必要があるが……。


彼らは冒険者パーティー(冒険者は最低でも四人での活動を義務づけられている。個の力ではとうてい魔物に太刀打ち出来ないのだ)の中でも中堅層ベテランの実力者。


 パーティー名は【朝日迎える、モーニング・五枚の花弁グローリー

 剣士・重装戦士・魔術師・神官・拳闘士の攻守のバランスの取れたパーティーだ。


 優秀な冒険者である彼らは、国にも重宝ちょうほうされ、下手な貴族より多少の無茶が効く身分である。当然、実力は折り紙付きである。


  彼らが、わざわざ戦時中のイヴァール王国来たかというと――


「はぁ~。いや、ほれぼれするわ、こりゃ。流石は、【巨匠】ガンコウイ・テツの作品だわ。はるばる、イヴェール王国に来た意味もあるってもんだ。なっ? 見てみろよ、この生唾もんの鋼の光沢を。海結晶石じゃ、こうはいかないぜ? やっぱ、この重量感に漢の魂が宿ってるんだよ。ああ~、クソ魔物どもをこの剣のサビにして~なぁ、オイ。いいか、そもそもこの光沢はだな――」


 

 自信の身の丈を超える、傷一つない出来立てほやほやの巨大なグレートソードに頬ずりしながら顔を輝かす小柄な子供、いや青年。


 無造作に切られた茶髪にこれまた伸びるにまかせたまま手を加えてない無精ひげをこしらえた 【朝日迎える、モーニング・五枚の花弁グローリー】のリーダー。剣士、ニア。

 彼は顔を向けずに後ろにいる仲間たちに話しかける。


 胸当てやすね当て等の速度を重視した最低限の防具を身に着け、帯剣もしているので流石に間違われないだろうが、成人していない少年となんら変わらない細身の体と背丈だ。

 後ろ姿など、まさに少年のそれである。とても今年で二十四には見えない。


 やはり本人も背丈のことを気にしているのだろう、大人らしさを少しでもかもし出そうと伸びるがままにする無精ひげだが、残念ながら童顔の彼には似合わない。まるで、子供が切り終えた髪を口元に付けて遊んでいるかのようだ。


 しかし、その細身の体に無駄な贅肉は一切なく非常に引き締まっており、自身の身長以上の武器を持っても微塵みじんも揺らぐことのない体幹がニアが歴戦の戦士であることを物語っている。


 目を輝かせ、チラリともグレートソードへ視線を逸らさない。

 そのニアの様に例外なく、うんざりした顔をしながら後を歩く、四人の男女。


 ニアとは対照的に、漆黒の黒光りする重厚なフルプレートアーマーに身を包む、山のような巨体の大男、ラグール。歳はニアと同じくらいのはずなのだが、まさにその差は天と地である。

 彼は「はぁ」と深くため息をして肩を落として、ニアに呆れたように言う。


 ラグールはその威圧感さえある巨体に合わない、穏やかな好青年と言った性格をしているのだが、その彼もニアの尽きることのない含蓄なきウンチクに、ほとほと限界の様だった。


「……もうそれ聞き飽きましたよ、ニアさん。ニアさんの鉄剣マニアっぷりはそれはもう、耳が痛いくらいに知っていますので、それくらいにしておいてください。というか、まさか『鋼の剣が欲しいから入国させてくれ』で入国を許可されるとは……。基準ガバガバですね。冒険者ギルドって」


「おまっ!? わかってないな、いいか? 最近、ちまたを騒がせる海結晶石製の剣は確かに、安価で軽いうえに、魔力をよく通す。おまけに、刀身の整備も海水に着けるだけと来たもんだ。金のねえ、新米共ひよっ子にも手が出せて、生存率がグンと上がったっつう話もあるって聞く。ああ、たしかにすげえ。海結晶石様々だ。便利だ。確かに、便利だ。だがな、そこにゃ“魂”ってものがねぇ。いいか? 鍛冶師の手を介さず、ただ型版に突っ込んで作る剣には――」


 油に火を注いでしまったラグール。彼の普段絶やすことのないはずの笑みは引きつっている。

 何、悪化させているのだという他の三人の非難がましい目つきもまたラグールを襲い、余りのプレッシャーにラグールから冷や汗が流れる。

 こうなってはお手上げだと両手を空高くに挙げ、彼は素直に他のメンバーに助けを求めた。 


 ちなみに、冒険者ギルドとは冒険者の元締めのようなもので魔物に抗う人類の象徴とも言える機関だ。主に今回のような他国への入国手続きなどの冒険者のサポートを行っている。

    

 ニアの口が誰も聞いていないというのにより白熱していく様を、手を付けられない子供を見るような、疲れた眼で見る四人。


 ここまでくると、あの刀バカを止められるのは一人しかいない。

 ニア以外の視線が集中することに気づいた、ニア以上に背が低く、最早幼女と言っても過言ではない幼い外見の魔術師の少女、リーン。――と言っても二十を超えた大人であるのだが――

 彼女は嫌そうに首を振る。その余りの勢いにショートカットの美しい青い髪が激しく宙を踊る。余談ではあるが胸は微動だにしなかった。


 しかし、元来の気の弱い性格が災いして、三人の期待するような視線が耐えきれなくなったのか渋々ながらも引き受ける。


 自身の頬を両手でぺチンと可愛らしい音を立てて張り。よし、と気合を入れたリーンは死地に飛び込むかのような顔でニアに話しかける。


「……ねえ。……ニア」

「――ということで、ん? ああ、どうしたリーン?」

「あ、あの。……リーンは早く……王国、でるべきだとおもうの」

「ん? ああそうだな、スマン、スマン。ちと、熱くなりすぎたな」

「……ん。べつに……いいの」


 ニアは朗らかにほほ笑み、剣を龍の意匠をあしらった特製の鞘に仕舞う。

 あっさりといったように見えるが、他のメンバーならこうはいかない。ニアは、いさめようとする声を無視してより早口に、より長く、熱く、聞いてもいない剣に関するウンチクを語りだすのだ。――リーン以外では。


 リーンはその見た目も手伝って、このパーティーのマスコットのような扱いなのだがその中でもニアはリーンに一際甘いのだ。猫かわいがりである。


 別に彼が幼女に欲情すると言った特殊性癖を持っているのではない。いや、そもそも彼女は大人の女性である。

 ただ、彼女が彼よりも背が低く、自身が見下ろすことのできる稀有な存在なのでつい特別視してしまうのだ。


 リーンの保護欲をそそる上目遣いの顔に思わず、ニアは片手を彼女の頭の上に置く。自分が他人の頭の上に手を置ける感動にしんみりとしながら、じっくり味わうように目を閉じる。――彼はこの感覚は何度やっても飽きないのだ――十分堪能した後、仕上げとばかりにわちゃわちゃと乱暴に頭をなでる。


「も、もう……。いつも、ソレ、やめてって……言ってるの」

「ははは。いやぁ、スマン、スマン。つい、な」


 乱れた髪をせっせと直すリーン。これだから嫌なのと呟いているが、ニアにはどこ吹く風で、リーンの髪を整える仕草にほっこりと頬をゆるませる。


 その様を、うわあ、とさげすむ目で見る三人。三者とも、目に光が宿ってない。

 特に女性の神官である。神官服を身にまとったパマは、普段のおっとりとした雰囲気を崩してこそいないが、恐ろしいほど全く目が笑っていない。

 片手にどこから取り出したのかカミソリを持ち、空を切る様に素振りをしている。


 たわわと実る豊満な乳房が彼女の母性の象徴だと言わんばかりに、彼女はリーンより年下であるはずでるにかかわらず自分の妹のように接している。


 だから、リーンに近づく大きなお友達は即浄化してやらねばならない、という使命感のような姉心を持っているのだ。


 ニアは大きい・・・お友達とは言えないが、いかんせん手入れもしてない汚らし気なヒゲ面男である。

 パマは、リーンちゃんには小奇麗な方が似合っているのよ、と暇さえあればカミソリでニアのヒゲを根こそぎ剃ってしまおうとするのだ。


「パマのやつ本気マジだ」とそれに気づいた己の体のみを武器とするためか気配に敏感な拳闘士。


 パーティー最年長のダンディズム溢れる禿頭半裸男、ボザエッグ。

 彼はニアのなけなしの大人の証ヒゲを守るためパマを落ち着かせようと肩に手をやり、そしてどうどう、と叩く。


 彼の渋く、ホリの深い顔立ちは上半身裸のスキンヘッドと怪しげな風貌でも婦女子の心を掴んで離さない。しかし、性格は酒場などに一人は居るような気のいいおじさん、と言ったものだからたまらない。

 彼の容姿に引かれ、彼の性格に勝手に幻滅する婦女子は後を絶たないのだ。


 掴んだその肩のむっちりとした質感に思わずその下にある、もはや暴力的といっていい豊満な乳の感触を想像してしまいムフフと鼻の下を伸ばすボザエッグ。

 しかし、だらしなく伸びる鼻めがけて、すぐさまパマの握り拳が振るわれる。女はその手の視線に敏感なのだ。


 鼻血を吹きながらも、なだらかに土下座の姿勢に移行するボザエッグ。常習犯ゆえに、その仕草は鮮やかなものだった。


 そうこうしているうちに、ニアが熱い視線でリーンを見つめ、彼女を再び撫で繰り回そうとしている。


 リーンは、自分の髪をまだイジイジと直しているので気づいていない。

 三人は、これ以上はリーンのストレスになるだろうと彼の暴走を止めようと互いに顔を見合わせコクリとうなずく。

 リーンは子供扱いを何より気にするのだ。『なでなで』などもってのほかである。これはある意味、ニアとリーンは似た者同士でお似合いとも言える。


「ロリコンですね」

「ロリコンねぇ~」

「ロリコンだねえ」


 一斉に罵倒されたニアの体がビクっと引きつり、光の速さでリーンの頭に置こうとした手を引っ込める。

 そして、必死にその汚名を返上しようと手をあたふたしながらどうにか言葉いいわけを紡ごうとする。


「はあ、ちちちっちっげーわ! これは、愛でるようなアレだっつーの。ろ、ろろろ、ロリコンとかそんなんじゃねえから! ほほ、ほら、オレは剣が恋人だから!」


 隣に居たリーンも何処か不満気だ。もう一度撫でられたかった――わけではもちろんなく、仲間にロリ呼ばわりされたことに怒り心頭なのだ。

 

 結局、三人の言葉はリーンのストレスをより貯めただけであった。


「……むぅ。リーンは、……ロリじゃないの。……立派な……大人なの。とっくに……結婚適齢期なの」

「えっ? 結婚、誰と!?いつ!? どこで!?」


 ニアは激しい勢いで『結婚』という言葉に喰いつく。目は驚愕に見開いている。

これでは自分で認めたようなものだろう。


 そのことに気づいたニアは、その童顔ヒゲ面の顔を熟れたリンゴのように真っ赤にして、小柄な体をさらに丸めてその場にうずくまってしまう。

 一方のリーンはまんざらでもないのか顔を紅く染めて俯きながらも、口をニマニマとしている。


「……青春だなぁ、オイ。おいちゃん、うらやましいわ」


 三十路を過ぎた、【朝日迎える、モーニング・五枚の花弁グローリー】最年長の男、ボザエッグは微笑ましいな、と眩しそうに初々しい雰囲気を醸し出す二人を見る。


 なあ、と相づちを求める様に残りの二人に目を向ける。が、彼らはニアとロウリーンのふたりの空気に当てられたのか、しっとりとした目で互いを見つめながら両の手を互いに恋人つなぎにしている。どう見ても、恋人同士のそれである。


「……。ああ、はい。そゆことね。いいんじゃない? 青春だわ、おいちゃん本当にうらやましいな。」


 それぞれ、独自の空間を作っているのを見て、はかば呆れたように呟くボザエッグであった。


 





「あいつ等がねぇ、結構、一緒にやってるのに気づかないもんだ……。あいつ等の子供ガキ、か。――なんかいいな。そういうの」


 そっと、彼らの空気を壊さないようにと、一人、街道の外れにある岩に腰を下ろして時間を潰しながら、彼らの仲睦まじい光景を目にしたボザエッグはそんな未来をつい想像してしまう。


 自分はこのまま独身で、彼らの子供の頼れるオジサンのような立ち位置にいるのだ。町外れの川で一緒に魚釣りをしたりするのだ。


――ニアの子はやはり刀バカに育ってしまうのだろうか? いやいや、リーンは賢い子だ、きっと大丈夫だろう。ラグールとパマの子供ならば……色々と、でかいのかもしれない。


 そんな未来を思い浮かべる。


 皆が笑顔の優しい世界。ボザエッグはパーティーの皆が大好きなのだ。だから、そんな事があってもいいかな、と一人ごちた。いや、彼らもそう思ってくれるだろう。そう、ボザエッグは思う。彼らだってこの、【朝日迎える、モーニング・五枚の花弁グローリー】が大好きなのだから、と。


「――もしかしたら、ありえるかもな。そんなことが。」


 ポケットから葉巻を取り出し、火打石を使って火をつける。その動作は手慣れたものだ。

 ゆっくりと顔を出してきている月に向かってフゥ、と紫煙を吐きだす。ボザエッグはフワフワと漂う紫煙を見て、「だったら禁煙しなきゃいけないな」と呟く。


「禁煙、か。それは辛そうだなぁ。……ああ、辛そうだ」


 言葉と裏腹に、彼の顔は訪れるかもしれないその日を思って、好々爺の様に柔らかく笑みを浮かべていた。





――そう、何の疑問もなく、そんな未来が訪れるのだと思っていた・・・・・



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